3・11後のサイエンス:「餅屋」はどこにいる=青野由利
専門外のことには口を出さない。多くの科学者の「正しい」態度である。原発事故がこの「正しさ」を覆した。
「餅は餅屋だと思っていたのに、なかなか餅屋が出てこなくて」。そう笑うのは東大理学部の早野龍五教授だ。
本職は反物質を使った素粒子研究。スイスの欧州合同原子核研究所(CERN)で国際チームを率いる。放射線測定はともかく、被ばくについては素人同然だった。それが震災で一転した。
「ツイッターで放射線の状況をつぶやくうちに、子どもの食べ物への不安が大きいことがわかった」。
そこで、給食を丸ごと測定する方法を提案し政府にも働きかけた。抵抗にもあったが、自主的に行う自治体が相次いだ。福島県南相馬市でも測定にこぎ着けたところだ。
その活動を見て、南相馬市立総合病院に応援に通う東大医科研の内科医、坪倉正治さんが相談を持ちかけた。
福島第1原発から23キロ。病院は住民のために早く内部被ばくを測りたいと、国内外のホールボディーカウンター(WBC)を苦労して3台入手した。ところが、古い測定器のデータがおかしい。
早野さんが調べるうちに他の施設のWBCにも問題があることが次々わかった。各メーカーと議論しデータの補正にも協力する。「僕ほどいろんなメーカーのデータを並べてみた人はいないでしょう」と、もはやプロだ。
実は、坪倉さんも放射線や被ばくの専門家ではない。現場に飛び込み活動する中で知識を身に着けた。市立総合病院でのWBCによる測定はまもなく1万人。
希望者には結果もじっくり説明する。被ばくはほとんどの人が問題にならないが、値が高めの人も含め、定期検査と食の管理が重要であることもわかった。
「2人のおかげで世界に通用する精度のよいデータが得られるようになった」。副院長の及川友好さんが言う。
こうした話を聞くにつけ、気になるのは「餅屋」の動向だ。
環境放射能の分析を担う文部科学省の財団は、家庭の食事を長年測ってきたが、3年前に中止されたまま。
事故後、厚生労働省が実施してきた約9万4000件の食品サンプル調査は、半数以上が牛肉だ。これでは住民の不安に応えられない。
http://www.mainichi.jp/select/science/after311/news/20120124ddm016070011000c.html