【書評】エロスが互いの創作意欲を刺激 『ただセックスがしたいだけ』桐野夏生
画家の牧野伊三夫さんが、自身で挿絵を手がけて、作家桐野夏生さんの短編小説を自費出版した。
2人の創造力の往復から思いがけず生まれた一冊だ。
自費出版されたのは『ただセックスがしたいだけ』。
極北にある何の楽しみもない炭鉱労働村の殺伐とした暮らしと、
それゆえ荒々しいまでにむき出しの情欲とが、17歳の若者「コウサ」を通して描かれる。
桐野さんが昨年2月に新潮社の文芸誌に発表した。
執筆は、牧野さんの絵がきっかけだった。
2人は、週刊誌に連載された小説「ナニカアル」の作者、挿絵画家として親しくなった。
連載が終わった年の暮れ、牧野さんが都内で開いた個展に桐野さんが訪れ、
「ただセックスがしたいだけ」と題した牧野さんの絵を購入した。
そのタイトルが桐野さんの創作意欲を刺激し、同名の短編小説が生まれた。
その話を知った牧野さんは、ことの意外性に驚きながらも大喜びで小説を読み、再び驚いた。
もとの絵は明るい色彩の抽象画だが、桐野さんが描き出したのはひんやりとした炭鉱村の物語だ。
「連載小説の時の習い性もあって、物語を読むうちにイメージが湧いてきた」と牧野さん。
物語のいてつくような世界観を版画で挿絵として表現し、
あわせて自費出版したいと桐野さんに提案すると、桐野さんも快諾した。
牧野さんは「桐野さんの小説を通して創作にはエロスも必要だと学び、描いた一枚があの絵だった。
思いもよらずに生まれた一冊だけに、喜びもひとしおです」。
東京都千代田区の東京堂書店や京都市の恵文社一乗寺店などで販売。
税込み1260円。(浜田奈美)
ttp://book.asahi.com/clip/TKY201102050154.html 自費出版された『ただセックスがしたいだけ』
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