横浜市港北区の新横浜ラーメン博物館は、近年、多くのラーメン店のメニューにも見られる「つけめん」の
命題を検証し、「ラーメンの一種として食文化を確立した」との研究成果をまとめた。同博物館は2日、
1994年の開館以来初めてとなるつけめん店を出店する。
研究によると、この10年間で、ラーメン店を紹介する本で、つけめんをアピールした店は6倍に増えた。
多くの有名ラーメン店のめんを製造する都内の「三河屋製麺」では、全出荷量に対するつけめん用のめんが
占める割合が20倍以上になったという。
日本初のつけめんが登場したのは1955年。東京・東池袋の「大勝軒」が賄い食を「特製もりそば」として
商品化した。小さなブームはあったが、2000年に埼玉県川越市の「 頑者」が「自家製太めん、魚粉、濃厚つけだれ」で
大ブームを作り、全国に定着していったという。
しかし、ラーメン愛好家には「ひとつのどんぶりにスープとめんが一緒に入ってこそラーメン」との声も強く、
長年、“つけめん論争”が繰り広げられてきた。
同博物館では、データ検証に加え、つけめん55年の歴史の中で、専門店の登場、つけめんに限定した
イベントの開催などがここ10年に集中していることなどから「単なるブームではなく、ラーメンの一ジャンルを
確立した」と結論づけた。
2日にオープンするのはブームの火付け役とされる「頑者」。「 厨房に自らが立つ」とのこだわりでこれまで
支店を持たなかった店主・大橋英貴さん(37)を説得した。当面、大橋さん自らが「初支店」の厨房に立つという。
同館では、1階展示ギャラリーで、今回の研究成果を展示する特別展「つけめんの 全て」も開催している。
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20100602-567-OYT1T00053.html 依頼216