【告発】畑中絹代です。【道警】

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長い取り調べが終わり、刑事企画課の黒板五郎は最後に言う。
「まぁ半年ぐらいは大人しくしていなさい。そうしたら再就職先も考えておきます」
畑中絹代はその言葉を無視し薄暗い部屋のドアに手を伸ばす。
「私物は後で送っておきますよ」
「いいえ、今から取りに行きます」
黒板はホゥと呟いて、ニヤリと笑う。絹代は振り向き、黒板の死んだ目を見つめる。わたしと同じ目だ。
その長い取り調べで、絹代には3つの選択肢しか残っていない事を、黒板は遠回しに説明した。
1.自殺する。
2.全てを黙って、ひっそり生きる。
3.全てを話して、殺される。
絹代は2を選択する事を信じ込ませて、ここを出る。

絹代は銃器対策課の部屋に入る。まだ午前中なので大勢が部屋に残っている。皆黙って絹代とは目も
合わせない。一瞬課長と目が合う。狼狽した表情が浮かびすぐ目をそらす。絹代も黙って私物の片づけを
始める。黙々と机の整理していると、後ろに視線を感じる。振り向くと、後輩の北村草太がまっすぐ
こちらを睨んでいる。迷いの無い怒りがその目に浮かぶ。絹代はその目を羨ましく思う。その視線は
絹代の雌としての本能を刺激する。無視して作業を続けようとするが、その視線は小脳を揺さぶり続け、
絹代の下半身を濡らす。クスリを使わないでこんな気持ちになったのは、いつ以来だろう。絹代の熱い
感情に懐かしさが入り交じる。北村は絹代より7つ年下で、一から仕事を教えた後輩だ。もちろん
裏の仕事は教えていない。まだ・・・。絹代は高ぶる気持ちを抑え、素早く作業を終える。そして、
ちらりと北村を見て一枚のメモを残す。誰にも挨拶をしないで、部屋の出口の前に立ち、一礼する。
顔を上げた時、課長と目が合う。死んだ目だ。北村の目もあの様に死んだ目になるのだろうか。
絹代は憎む。北村の目を死なすものを。絹代の目を死なせたものを。そして絹代自身を。
北村の視線を背中に感じながら外に出る。

その夕暮れ、尾行をまいた絹代は独り歩く。肩に掛けているバッグの中身を意識し、少し自嘲気味に嗤う。
そして、北村草太と一度だけキスをしたホテルに向かう。

一年前、絹代と北村は銃器取引の内偵をしていた。ある中古車販売業者が銃器取引に関わっていると密告
があった。そして向かいのホテルで張り込みを始めて3日後に動きがあった。密告をしてきた渡邊司が
修理工場に連行されるのを2人はホテルの二階から見ていた。すぐにでも渡邊を助けに行こうとする北村
の頬を張り、絹代は冷静に言った。
「五分だけ待ちなさい」
知り過ぎた男は消えなければならない。その事を北村は知らないのだ。そして2人は一発の銃声を聞き、
渡邊は死んだ。殺人犯を逮捕し銃器数点を押収する間も北村はずっと憮然とした表情をしていた。全てが
済んだ後、絹代は向かいのホテルを引き払う為北村を誘った。薄暗い部屋で絹代は北村を前に立たせ、
じっと見つめていた。しかし絹代の目は死んだままだった。北村が何かを言おうとするのを遮り、口づけ
をする。一週間前、絹代は北村にプロポーズされた。北村が絹代のことを好きなのは知っていたが、
いきなりプロポーズするとは思わなかった。しかも稲葉圭昭との噂が持ち上がっている時だった。北村の
まっすぐな視線は絹代をたじろがせた。しかし答えは分かり切っていた。たとえ絹代が北村のことを
愛していたとしても。そっと口を離し絹代は言った。
「あの話、お断りするわ」
この時、後戻りする道は全て断たれたと絹代は悟った。

絹代はあの部屋の前に立つ。北村草太があのメモを読んだ事を知る。ノックをする。ドアが開く。北村は
朝と変わらず怒り満ちた顔で睨む。絹代は今朝の熱い疼きがぶり返すのを感じる。部屋に入り向かい合う。
北村の瞳には怒りが消え、哀しみが浮かんでいることに絹代は気付く。北村は絹代に自首して欲しいと言う。
自首して全てを話して欲しいと言う。そして結婚して欲しいと言う。何年でも待っているから。しかし
去年と違って絹代は動揺しない。絹代の目はもう死んでしまってるから。それに絹代がすべて話したら、
法律上も、警察の鉄の掟の上からも、もう二度と外には出られない事を、北村は知らない。
絹代が背徳の都に住んでいる俗物だという事を知らない。絹代が下を向きニヤリと笑った事を知らない。
絹代は飲み物を用意する。その中に強力な睡眠導入剤を入れる。それを北村の前に置く。北村は眠る。

絹代は生涯最後のシャワーを丹念に浴びる。生涯最後の性交の前に絹代は隅々までカラダを洗う。浴室から
出ると絹代は北村のやすらかな寝顔を見る。目覚めるまで数時間はありそうだ。絹代はバッグから数本の
ビデオテープを取り出しデッキにかける。この数年間、稲葉と共にしてきた事をブラウン管の中に見出す。
そこには3人の人物の痴態が映っている。絹代と稲葉と稲葉の息子だ。絹代は稲葉の息子に後ろから
突かれている。その女は激しく身悶えしている。それを見ながら稲葉は薄く嗤う。画面の中の稲葉は
その女がその行為によって感じていると勘違いしている。今、拘置所の中でも勘違いし続けている。
幼少の頃から厳しく躾られてきた絹代にとって、稲葉そのものが魅力的であったのではなく、稲葉の背後
にある悪徳が、絹代させる背徳そのものが絹代を惹きつけて離さない。ビデオは続く。あらゆる行為が
展開される。画面の中のその女は、縛られ、排泄し、乱れる。絹代以外の人物は次々と入れ替わる。
元本部長、警察庁キャリア、公安委員・・・。稲葉はこのビデオを権力の源泉として利用する。絹代は
このビデオをマスターベーションに利用する。しかし今、絹代の心は此処にない。絹代は想像する。
警察大学校で北村と同期であることを。恋に落ちることを。ふたりは結婚する。女の子がひとり生まれる。
3人で慎ましやかに生活する。絹代は現実に戻る。そして昔と想像と現実が逆である事に気付き、
苦笑する。眠っていた北村が身じろぐ。

絹代は7年前、稲葉された行為を北村にする。手足をベッドの四隅に手錠で固定する。北村は薄く目覚め、
怪訝な表情を瞳に浮かべる。絹代はニッコリ微笑みかけ、バッグから幾つかビニールのパケットを取り出す。
あまり覚醒されても困るから、少し迷いヘロインのパケットを取り上げる。それをミネラルウォーターに
溶かし北村の静脈に慎重に注射する。北村の目から光が消える。絹代はいつもの様に覚醒剤のパケットに
手を伸ばす。もう注射痕を気にする必要もないので、スニッフィングではなく静脈に注射をする。
そして目を閉じる。しばらくしてラッシュが訪れる。カラダが冷たくなり胸から頭に電流が流れ、
全身が性器になったと感じる。絹代は立ち上がり、しばらく着ていなかった制服を着込む。そうして
全裸の北村を見下ろす。勃起した北村のペニスから北村の顔に視線を移す。夢でも見ている様に北村の
視線が彷徨う。制服を着たまま北村の全身を優しく時間をかけて舐めまわす。触れてもいないのにペニス
ははち切れそうに膨張する。絹代は濡れた性器に覚醒剤の結晶を擦り込む。膣の奥で結晶が融けるのを
感じる。北村のペニスを握り、優しく自分の女性器に撫で付ける。そしてペニスを握ったままゆっくりと
腰を落とす。ペニスが膣の奥に達すると同時に精子が奥の壁にほとばしるのを感じる。絹代はそれを無視
して、ゆっくりと腰を上下する。ペニスは膨張したまま卑猥な音を立てる。絹代は際限なくそれを繰り返す。
何度目かの精子のほとばしりを感じる。絹代はかまわず速度を上げる。制服の裾が破ける音がする。
北村は目を開けたまま夢を見ている。絹代も夢を見る。幸せな結婚生活の中で一人娘は、私に似て
素晴らしく綺麗に成長する。そして両親に倣い警察官になろうとする。北村は笑ってそれに賛成する。
わたしはそれだけは駄目だと絶叫する。夢の中で。現実の中で。その時、強烈な絶頂が全てを押し流す。
絹代は北村の上に崩れ落ちる。

北村にはもう少し眠っていてもらう。絹代はシャワーを浴びずに服を着替える。絹代の肌には男の匂いが
消えずに残る。薬物をトイレに流す。北村の鞄の中にビデオテープを入れる。これをどう使うかは北村が
決めるだろう。その鞄の中に一冊の本を見つけ、少し迷って絹代はその本を持って行くことにする。
北村に軽く口づける。北村は目を開け、死んだ目で絹代を眺める。絹代は無感動にドアを開け外に向かう。
表に出ると朝日に一瞬目眩がする。そんな朝日から身を背けるようにうつむき、絹代は死にに行く。
しかし死体が見つかってはならない。それでかれらは少しは慌てる。北村の目を死なせたものに対する
ささやかな復讐。絹代は独りきりで死んでいく。絹代は十勝方面の電車に乗り、手に持った本を開く。
そして目的のページを探す。そこには絹代が高校時代に好きだった、今は大嫌いな詩が載っている。

汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の皮裘
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところなく日は暮れる・・・・・

絹代は少し涙をながす。そしてそれは絹代の最後の良心を洗いながした。