66 :
名無しさん、君に決めた!:
第一話 そして旅立ち
ここはジチチュウ地方、今日行われるジチチュウ地方第10回ポケモンリーグで新たなチャンピオンが生まれようとしていた。
「決まりました!第10回ポケモンリーグ優勝者はティル選手です」
終わったんだな、やっと。
ティルは1年前に生まれ育ったギゼンタウンを旅立った。
そしてこの一年、ジチチュウ地方を駆け巡り、8つのバッジを集めてポケモンリーグに出場し、優勝した。
目的は果たされたように思えたが、ティルにとってこれは中間地点に過ぎなかった。
ティルが戦いを終え、帰ってきた故郷ギゼンタウン。
ポケモンセンターもなければフレンドリーショップもない田舎だ。
ティルはこの町で母のレアンと親子2人で暮らしていた。
「ティル!」
ティルが町に着くとすぐにレアンが出迎えた。
レアンはこの町でティルが生まれる前からパン屋を経営し、その収入で生計を建てていた。
今日は早めに店を閉め、テーブルにはレアンが焼いたパンが所狭しと並んでいた。
「たくさん食べてね。ティルのために焼いたのよ」
レアンがティルに笑いかける。
嬉しいのだろう。
1年前に旅立った1人息子がポケモンリーグのチャンピオンになって戻ってきたのだ。
「ありがとう、母さん。だけど、まだ終わりじゃないんだ。おれ、また旅立たないといけないんだ。」
ティルが重々しい口調で言った。
「おれ、アラシゾーンに行こうと思う。」
「アラシゾーン」の言葉を耳にした途端、レアンの顔色が変わった。
「おれ、自分の実力を試したいんだ。だからアラシゾーンに行って、四天王と」
「やめなさい!」
レアンが怒鳴り、ティルの言葉を制した。
アラシゾーンとはジチチュウ地方より少し南に位置するところにある、4つの巨大な島とその周辺の海域の名称である。
その4つの島と周辺海域は昔から治安の悪いところで、犯罪発生率は全地方中で第1位の悪いトレーナーたちの巣窟だった。
近隣の地方であるジチチュウ地方はアラシゾーンから受ける被害を恐れていた。
そこでジチチュウ地方のポケモン協会は当時のアラシゾーンの悪いトレーナーたちの中でも一際力のある4人のトレーナーにジチチュウ地方に危害を加えないことを条件に四天王という称号を与え、それぞれが島を1つずつ統治することを認めたのである。
67 :
名無しさん、君に決めた!:2008/05/15(木) 23:28:56 ID:WYeuD1MB
「アラシゾーンの四天王はカントーやジョウトの四天王とは違うわ。
ポケモン協会の力でもどうにもならないから彼らに島の統治と四天王の称号という飴を与えてあの島から外に出さないようにした。
あの島の政治は四天王が行っている。でもどの島の四天王も人殺しを奨励しているの。
だから今も殺し合いを目的としたポケモンバトルが行われている。そういうところなのよ!」
そこまで言い切ったレアンは荒い息をして目をそらさずにティルを見ていた。
「ごめん母さん。おれ、行くよ」
ティルも真っ直ぐにレアンの目を見て言った。
「ティル、あなたはまだ12歳なのよ!」
「おれは12歳だけど1年間旅をした。その間にたくさんのバトルを経験した。ジチチュウのチャンピオンにもなった。それに・・・」
ティルとレアンの間を風が通り過ぎる。
「おれの体が闘いを求めてる」
長い沈黙があった。
「ティル、あなたはアラシゾーンでのバトルがどんなものなのかどれくらいわかっているの?」
沈黙を破ったのはレアンだった。
「基本的に善人だろうと悪人だろうと所持できるポケモンは3匹まで。それ以上の数のポケモンを所持すると自動的に持ち主のパソコンに転送される。
偽装は不可能よ。つまりバトルで3匹のポケモンが戦闘不能に陥ったらアラシゾーンではどうなると思う?」
レアンはティルの答えを待たずに話を続けた。
「ポケモンをなくして無防備になったトレーナーを攻撃してくるのよ。どんなに鍛えていてもポケモンの攻撃に耐えられるトレーナーはいない。
進化前の小型のポケモンならまだなんとかなるでしょうけど、殺し合いのバトルで使用されるのは主に大型の最終進化態のポケモン。
手持ちを失った敗者の運命はもはや勝者のもの。身包みはがされようが、殺されようが文句は言えないのよ」
ティルは驚いた。
レアンが反対するとはわかっていた。
しかし、こんなにもアラシゾーンに詳しいとは予想外だった。
「母さんは・・・なんでそんなに詳しいんだよ。アラシゾーンのこと・・・」
その質問を受けたレアンは今まで決してティルを捕らえて離さなかった瞳を伏せた。
68 :
名無しさん、君に決めた!:2008/05/15(木) 23:29:40 ID:WYeuD1MB
「母さんね。昔アラシゾーンで暮らしてたのよ。10年以上前の話だから、まだ四天王がいない時代にね。それこそ無法地帯だったわ。
ただ、それがあの頃の私にとって幸せだった。当時は結構腕の立つトレーナーだったから今のティルみたいに調子に乗っちゃってスリルを求めてたの。
強いやつと戦いたいって。だからアラシゾーンに行った。毎日バトル三昧だったわ。でもあるとき、一瞬の気の迷いから負けてしまった。
そして男にレイプされたの。そのあと隙を見て何とか逃げ出して、ギゼンタウンでひっそりと暮らし始めた。そして何日かして妊娠してるってことがわかって、あなたを産んだの」
そんな・・・じゃあおれは、おれの父さんは・・・
「12歳のあなたには早すぎた話だったかもね。あなたに父親がいないのはそういう理由。申し訳ないと思ってるわ。あなたは両親の愛によってではなく生まれてきてしまった。
でもせっかく授かった命をあきらめたくはなかった。あなたが私の子供には代わりないから」
そこまで言うとレアンは泣き出してしまった。しかし涙ながらに話を続けた。
「ねぇ、ティル。あなたは本当にアラシゾーンに行きたいの?怖い思いをするかもしれない。いや、きっとするわ。しないほうがおかしいのよ。
そういうところなの」
身勝手だ。この人は。おれが産まれるきっかけはレイプされてたまたま。そして産む理由はそのときの自分の弱さ、寂しさを隠すためだ。
ティルは12歳の少年ながら、自分なりの理解で、目の前にいる母親に対して怒りを抱いた。
母さんのことは嫌いじゃない。だけど、おれに夢をあきらめてまで側にいさせたいっていうなら、許さない。
「母さん、おれに父親がいなくたって、おれが産まれた理由がどうであっても今更気にしない。でも、おれはアラシゾーンで自分の実力を試したいんだ。
母さんの側にいるわけにはいかない」
だけど・・・
69 :
名無しさん、君に決めた!:2008/05/15(木) 23:31:31 ID:WYeuD1MB
「だけど・・・今度帰ってきたときはずっと母さんの側にいるつもりだよ」
頭をかきながら、少し照れた様子でティルは言った。
甘いな、おれは。いや、おれが甘えたいのか。この人はおれの母さんなんだ。
「ティル・・・、ありがとう。ありがとう、ティル・・・。そうだ、少し待ってて」
そう言うとレアンは部屋の奥へと入っていった。
しばらくして、手に紙切れのようなものを持って帰ってきた。
「これは私がアラシゾーンから逃げてくるときに使った船の切符の余りよ。
もともとアラシゾーン行きの船を利用する人はそんなにいないから、何十年も前のものだけど使えるはず。
2枚あるから、これでジチチュウ地方とアラシゾーンの『愛の島』とを往復できるわ。危なくなったらすぐに帰ってくるのよ」
レアンはティルに切符を手渡した。
「ありがとう、母さん。絶対帰ってくるから」
レアンを背にしティルは歩みだす。
振り返りはしない。次に帰る日までは。
新しい冒険が始まる。
初めての小説です。至らない部分は多々あるかと思いますが。
第2話ではちゃんとポケモンバトル入れますので。
読んでくださった方には感謝します。