【デモヤッパリ】カチーナタン(´д`)ハァハァ×4【リョウトキュン】
「何だってぇ? だ、大丈夫なのか?」
連邦軍極東支部基地の昼下がり、リュウセイの驚いた声があがる。
合同食堂で昼食を終え、洗い場に食器を下げている所だった。
「大丈夫…私たちに任せて」
「ああ、やってみせる」
リュウセイの前に立ち、なにやら自信ありげに答える少女がふたり。ラトゥーニとレビ。
「どうしたの、リュウ?」
同じく食器を下げに来たアヤが問う。
「あ、アヤ…それがさぁ……
このふたりが、俺に今日の晩メシ作ってくれるって言うんだよ」
少し困ったような顔で、リュウセイが説明する。
「あら、素敵じゃない!
リュウ、女の子がお料理を作ってくれるって言うんだから、もっと喜びなさい」
たしなめるように言うアヤに、さらに顔を困らせてリュウセイが返す。
「いや…そりゃ嬉しくないこたないけどよ、食材までイチから手に入れてくるって言うんだぜ? 心配でさ」
レビが少し、むすっとして答える。
「…大丈夫だ。そのくらい簡単に出来る……」
「そうよねえ、リュウったら失礼よね。 それで、何を作るのかしら?」
「まだ決めてないんです。だから、リュウセイに決めてもらおうと思って…」
ラトゥーニが答える。再び話を自分に振られ、リュウセイは目線をそらして呟く。
「……う〜ん、何が食いたいかって言われても…昼メシ食ったばっかじゃ分かんねえよなぁ…
簡単そうなのでいいぜ?」
「リュウ、『なんでもいい』っていうのは一番困る答えなのよ?
いいじゃない、あなたの好きなものをお願いしちゃいなさい」
「ちょっとくらい難しくても大丈夫だから…。ね、何が食べたいのか教えて、リュウセイ」
「何か無いのか、リュウ…? 私は、お前が一番喜ぶものを作って、それで喜んで欲しいんだ…!」
「のあーーっ!ちょっと待ったちょっと待ったーー!! …そ、それじゃあ……」
一斉に詰め寄られたリュウセイは、たじろぎながらも必死に頭を巡らせて
なんとか『焼肉』という答えをしぼり出した。
「それじゃあ、行ってらっしゃい。ふたりとも気をつけてね」
ふたりを基地の正門までジープで送り、アヤが手を振る。少女たちもそれにこたえ、街へと歩いていく。
その姿を見送り、アヤは心配そうに呟く。
「あのふたりだけで外に出すなんて初めてだけど……ほんとに大丈夫かしら?
……なんだか、嫌な予感がするけれど…………
…考え過ぎね。ラトゥーニはしっかりしてるし…こんなところで、何も起こるわけが無いわね」
そう思いなおし、アヤは基地内部へ引き返していった。
騒音などの問題のため、基地から市街地へはそれなりの距離がおかれている。
見渡す限り草だけの平野に貫かれた道路を、ふたりは歩く。もうしばらく進めばバス停がある。
「…あ。焼肉っていっても、何のお肉なのか聞くの忘れちゃったね…」
「そういえばそうだな…。食べられる肉というと、どんなものがあるんだ?」
「そうね…。豚に牛、鳥かな…。あ、でも鳥を焼いても、焼肉とは言わないかも…」
「そうなのか…」
白い息をこぼしながら、少女たちは歩いていく。
のそり……
草むらの中から、道を歩くふたりを見つめるひとつの大きな影があった。
「ぐるぅぅ………」
それは低い唸り声をあげると、静かにふたりに近づいていった。
「他には無いのか、食べられる肉は…?」
「えっと…、わたしは食べた事ないんだけど、鹿とか、馬とか食べる事もあるみたい」
「そうか…。リュウは、何の肉が一番好きなんだろうな…?」
「そうなのよね…なんだろう? あ、他にはね、熊も食べられるみたい」
「…熊?」
呟いて、レビが足を止めた。
「あれ…熊、知らない?」
ラトゥーニも立ち止まり、レビの視線につられて振りかえる。
50メートルほどの距離の位置に、褐色の、巨大な動物がいた。
「ラトゥーニ……あれは、熊……だよな?」
それを指差し、レビは呆然と呟いた。
「ぐがぅぅぅぅぅ………」
その熊は、目を血走らせ牙をむき、唾液を垂れ流して少女たちを睨んでいる。
どう見ても、腹を空かせている風体だ。
そのあまりの現実感の無さに、ラトゥーニの思考が一瞬停止する。
なぜ、こんなところに、こんなものがいるのか…………
気が付くと、レビの手を取って走り出していた。基地への道を引き返す。
「なっ、な……な、なな、なんでーーーー!?!?」
「がぅぅぅ………るぅぅ!」
背後から熊が追ってくる気配がする。
さすがに…速度が違う。逃げ切れない。
「あう…っ!」
「レビ…!」
脚がもつれ、レビが転んだ。駆け寄り、助け起こすラトゥーニ。
熊は目前。…もう逃げられない。
生身の戦闘力を鍛えられているラトゥーニも、さすがに熊を相手にしたことは無い。
相手を制する基本は、相手の急所を攻める事。
だが、この熊を相手には……
ラトゥーニは、自分の持つ攻撃が、この熊の巨体と筋肉の前には通用しないだろう事を
恐れからではなく、観察眼で見抜いてしまっていた。
だからこそ初手から逃げを打ったのだが、それが断たれてしまった今、なす術はもう無い。
追い詰めた事を確認したのか、熊がじりじりと近づいてくる。
このままでは、リュウセイに料理をつくってあげるどころか、自分達が料理になってしまう。
(……こんなことなら、無理にでもリュウセイと一緒にお風呂入っておけばよかった…)
(リュウ…やっぱり私は、リュウに身体を洗って欲しかったよ……)
「…どうせなら、あの時…ほっぺたじゃなくて、くちびる奪っちゃっておけばよかったな……」
「…それで、そのまま一緒に眠りたかった……」
「わたし……やっぱり、もっとリュウセイと一緒にいたかったよぉ……」
「私は…もっと、リュウに撫でてもらったり、肌に触れたりして欲しかった……」
「…レビのえっち……」
胸の内を明かしあうばかりで、ふたりは気付いていなかった。
新たな影が現れ、熊がそちらの方に向き直っていた事を。
「グァアアアッ!」
熊の丸太のような腕が振り下ろされる。それをかわし、叫ぶ。
「一刀両断!!」
ダダァアアアアアン!!
響き渡る叫びと轟音に、ふたりはようやく正気に戻った。
大量の血飛沫をあげて、どう、と地に倒れ伏す熊。
その向こうに、深く腰を落とし、刀を青眼に構える男の姿。
ゼンガー・ゾンボルト。
その姿に、ラトゥーニが目を見開く。
(ゼンガー少佐…? 終戦直後に、エルザム少佐と一緒に姿を消したって話だったけど…
こんな基地のすぐ近くに…いたの……?)
ゼンガーは刀についた血を拭き取り、鞘に収めた。
「…無事か。ラトゥーニ・スゥボータ」
「は………はい……」
答えを返す。思っていた以上に、声が震えていた。
ラトゥーニにしがみついていたままのレビが、おそるおそる口を開いた。
「た……助かった、のか…? ラトゥーニ………」
「そ、そうみたい……レビ………」
「……レビ…?」
ゼンガーの片眉がピクリと動いた。
ガチャリ。刀を握りなおす音が響く。
「…あっ」
ラトゥーニは息を呑んだ。あの戦争中にレビの顔を見たものはいない。
そしてゼンガーは、今のレビの事情をおそらく知らない。
ゼンガーの全身から発せられる気が、その場一帯にただならぬ緊迫を生み出した。
「貴様……レビ・トーラーだというのか?」
…こくん。
見据えられ、尋常でない威圧感に恐怖を感じてはいたが…呼ばれた自分の名に、レビは正直にうなずいた。
「……………」
ゼンガーはしばらく、レビを凝視していたが…やがておもむろに剣を頭上高く掲げ、気迫を込めて叫んだ。
「出でよ、零式ぃいいい!!」
天が雷鳴で応え、大地が激しく揺れ動く。
どこからともなく巻き起こる烈風が、ゼンガーの髪とマントをバサバサとなびかせる。
「チェストォオオオオオ!!」
大地を蹴り、ゼンガーが空高く飛びあがる。同時に無数の地割れが走り、地の底から幾筋もの閃光が放たれる。
ゼンガーの跳躍が最高点に達し、一瞬、空中で動きが止まる。閃光も止んだ。
「ぬおおおおおおおおおおお!!」
次の瞬間、轟音と共にひときわ巨大な光が天へと駆け昇り、ゼンガーを包みこんだ。
光に溶けるようにゼンガーの衣服が消えていき、赤いフンドシのみの姿となった。
光を放つ地中から、巨大な影が浮かび上がり、空中のゼンガーの影と重なる。
ゼンガーの姿が、影の中に吸われて消えていく。
「一意専心!!」
叫びと共に光が激しさを増し、あたりの全てを包みこんだ。
光が止んだとき、そこには圧倒的な威圧感を放つ鋼鉄の巨人の姿があった。
巨大な腕を伸ばし、掌を握り締めて拳をなす。分厚い胸板が鈍く輝く。
鋼鉄の脚が力強く大地を踏みしだき、鬼神の怒りを抱いたがごとき面構えを見せる。
背負いし無双の太刀を抜き放ち、上段に構える。その一挙一動が、大気を震撼させる。
両の眼から、真紅の稲妻がほとばしった。
「グルンガスト零式、見参ッッ!!!」
超闘士が、咆哮をあげた。
「いやーーーーっ!?」
目まぐるしい状況の変化に、ラトゥーニは半狂乱に陥ったような叫びをあげた。
「…待って、少佐…! レビは……」
「問答無用!!」
グルンガストに向かい、ラトゥーニが必死に声を張るが、一喝で退けられる。
零式は首を回し、レビを睨む格好を取る。そして、ゼンガーの声が響く。
「どうしたレビ・トーラー! 機動兵器を出さんのか!」
「あ…………ぁあ……………」
…レビは怯えていた。記憶を無くしてからは初めて触れる、純然たる敵意。
今の彼女に、それに抗うことは不可能だった。
震えるその身体を、ラトゥーニは力いっぱいに抱きしめた。
(ごめん、レビ…… わたしには、なんにもしてあげられない…!
助けて………レビを助けて、リュウセイ……!)
「来ないのならば……こちらから!!」
斬艦刀が振り下ろされるかと思った、その刹那。
もう一つの巨大な影が上空から舞い降り、零式とふたりの間に立ちはだかった。
大地が激しく振動する中、ふたりは互いの身体を支えあって、現れたその機体を見つめていた。
グルンガストより一回り小さいが、その姿は、ふたりの目には何よりも頼もしく映っていた。
「「R−1……!」」
ふたりの声が重なった。
零式がR−1を睨む。
「俺の前に立ち塞がるか…。ならば!
いざ、尋常に勝負!!」
仕切り直しを示すように、零式がふたたび斬艦刀を頭上に掲げる。
R−1も姿勢を正し、拳を構えた。
………
ラトゥーニも、レビも…言葉を失い、ただ、二機の対峙を見守るしかなかった。
静止したまま動かない二機の間で、空気が研ぎ澄まされていく。
均衡を破るきっかけを待つ、その空間で…
渇いた風に運ばれた葉が、ゆらゆらと舞い、落ちて…ほんのかすかな音を響かせた。
その合図に、二機は同時に大地を蹴った。間合いは一瞬で詰まり、零式が必勝の一撃を振り下ろす。
R−1の拳は、振りかぶったまま動かない。
「「―――――!!」」
少女たちが声無く叫ぶ。
斬艦刀がR−1の頭部に達す――…
コンマ1秒に満たない世界。
R−1の両目が光り輝き、モーターが激しい唸りを上げる。
振りかぶった右拳を斬艦刀の腹に叩き付け、斬撃の軌道を逸らそうとする。
瞬間的に生まれた膨大な衝撃が大量の火花を生み、爆煙をあげて右腕を襲う。
すぐに荷重に耐え切れなくなり、拳が爆ぜた。だが同時に斬艦刀も、R−1の機体スレスレの
地面にまで逸れて振り下ろされていた。
そのとき既に、R−1は左手に構えたリボルヴァーを零式の眉間に突き付けていた。
「そこまでだな。お前の負けだ、ゼンガー」
決着を告げる声が響く。
振りかえった少女たちの前に、エルザム・V・ブランシュタインの姿があった。
零式が、斬艦刀から手を離した。
『大丈夫だったか、2人とも?』
いまだ火花の上がる機体から、多量のノイズが混じった声が響き、R−1がこちらを向いた。
コクピットブロックのハッチが開く。
…プシュウウウウ……
オーバーロードのために蒸気が吹き出し、その中に人影が姿をあらわした。
「…リュウセイ……」
「……リュウ…」
夢見るような面持ちで、ふたりはその人影を見つめていた。
蒸気が晴れ、そのパイロットはヘルメットに手をかけて、脱いだ。
「………なにをしょぼくれてるんだ、お前達は?」
カイ・キタムラは、ヘルメットを抱えてけげんそうな顔をした。
「申し訳ない……逃がしてしまった食材が迷惑をかけたばかりか、
ゼンガーまであのような振舞いをするとは。…だが、怪我が無くて何よりだ。
『斬られる前に斬れ』とは言うが…ゼンガーも本気で、無抵抗のままの君たちを
斬るつもりは無かっただろう。…無器用な男ゆえ、ああするしか無かったのだ」
「…許せとは言わん。…だが、済まなかった」
レビの事を話し、またゼンガーの行動を釈明される。だが、それでもその行動は理解に苦しんだ。
脱げたはずの衣服を、零式から降りたゼンガーが再び着ていた事も含め、ラトゥーニは考えないことにした。
「それにしても驚いたぞ。ここらで急激な巨大エネルギー反応が出たっていうんで、
俺が緊急でR−ウイングで出てきたんだが…まさかお前等だったとはな」
「お騒がせしてしまったようですね。零式のジャマーが故障していたとは…うかつでした」
嬉しそうに語らうカイ。あれだけの戦闘を繰り広げた後だというのに、何の文句も無いようだ。
教導隊という人種は、やはり自分には理解できない所があるようだと、ラトゥーニは思った。
レビもきょとんとしたまま話を聞いている。多分、彼女もよくわかっていないのだろう。
後で聞かれたら、何と説明したらいいのか……ラトゥーニは頭が痛かった。
「ところで、君たちは休暇中だったのか?
見たところ、任務や訓練のようにも思えないのだが」
常識的な話の展開に、少し安心したラトゥーニが事情を話すと、エルザムは興味深そうに言った。
「ほう、手料理の食材を探すためとはな」
静かな笑みを浮かべる。
「そういうことならば、詫びと言ってはなんだが…。取り戻せた食材をおすそ分けしよう」
「…って……え…。さっきから、食材って……」
「…まさか………」
ふたりの危惧どおり、エルザムの視線は一刀両断されて転がっている熊に注がれていた。
聞けば、珍味として北海道から取り寄せていたヒグマが、運送中の事故で逃げ出し
この付近をうろついていたのだという。
(珍味って……。この人たち、隠れて生活してる自覚あるのかしら……)
ラトゥーニは頭を抱えるほかは無かった。レビが心配そうに袖を引いた。
「では、まずは解体から始めねばな」
エルザムが熊に歩み寄っていく。
「か、解体って……」
思わず顔をしかめるラトゥーニに、ゼンガーが言う。
「滅多に見られん。よく見ておくがいい。
料理をしようと言うなら…なおさら、生物が食材に至る過程をその目で見ておくのだな」
自身も目をそらさず、横顔でそう告げた。
その言葉にラトゥーニは、食材たる熊に対し、真摯なまなざしを向けた。
(そうか……それは、その通りよね……)
「うむ、組織が無駄に傷つくことなく両断されている。これならば問題あるまい」
エルザムは熊の傷口を点検すると、立ち上がってマントを広げた。
その内側には、無数の調理道具がしまい込まれている。
その中からシートを取りだし、地面に敷いた。そして、一本の大型の包丁を取り出す。
「では参るぞ、我が剣よ!」
目を細めて刃の具合を確認すると、ゼンガーの方を振りかえって言う。
「ゼンガー、頼むぞ」
「承知。……ぬんんっ!」
ゼンガーは熊の身体を担ぎ上げ、真上に放り上げる。エルザムがそれに続いて跳躍した。
「とあーーーーーーっ!」
その際、身体に大きなひねりを加え、凄まじいスピードで全身を回転させた。
「か、回転しているだと!?」
「むうっ、エルザム…!」
カイが驚きの声をあげ、ゼンガーも目を見開いた。
「これぞクロガネの艦首超大型回転衝角を元に編み出せし技、
その名も黒鉄竜巻剣≪シュバルツァイゼン=トロンベ=シュヴェーァト≫!」
空中高く回転しながら、高らかに叫ぶエルザム。
ラトゥーニはめまいを感じながら、頭上を見上げていた。
空中の食材に追い付き、包丁を突き刺す。
そのまま流れるような手付きで、肉をさばいていく。切り取られた肉が、四方へ散っていく。
超スピードで回転していながらも、その手付きにはわずかな乱れすらない。
「これで仕上げだ!」
夕陽をバックに、エルザムの包丁さばきが映えた。
エルザムの着地から一瞬遅れて、シートの上に分割された熊肉が落ちてくる。
…とたたたたたっ
ひとりでに、部位ごとに分けられて整然と並べられていく。
「相変わらず見事だな、エルザム」
カイが感嘆と称賛を告げた。
「見たか。これが…生きる為に人間が背負わねばならぬ、業の姿というものだ」
ゼンガーの声に、ラトゥーニはもはや、言葉を返すことが出来なかった。
「ラ、ラトゥーニ……今のは、跳んで回る必要があったのか…?」
「………た…たぶん、遠心力とか、そういうのじゃないかと思う……
………全然、わからないけど…………」
「次は血抜きだな」
そう言ってエルザムは、大型のボールに水を浸していく。
「準備のいいことだな。塩水まで簡単に用意するとは」
なかば呆れたように称賛するカイに、エルザムは不敵な笑みで答える。
「ただの塩水ではありません。南極の海水と南アルプスの天然水をブレンドした、
ヒグマ肉の血抜きのためだけに用意した特別製の塩水です。
もはや地球上で、これ以上のものは有り得ません」
「…そ、そうか」
「…そういうものなのか、ラトゥーニ…?」
「……お願い、聞かないで………」
震えながら、レビの問いをラトゥーニは拒絶した。
手早く血抜きを終え、その肉を丁寧に包み、袋に入れてレビに手渡す。
「ヒグマのロース肉、もっとも美味な部位だ。
せんえつながら、精製まではこの私がさせてもらったが…調理は君たちの手でしてあげるといい。
私のおすすめの調理レシピを、あとで幾通りかメールで送ってさしあげよう」
「あ…ありがとうございます……」
はっとしてラトゥーニが礼を言い、レビもぺこりと頭を下げた。
「…お前達、行くのか?
何を企んでいるのか……聞くだけ無駄だろうな」
カイの問いかけに答えず、エルザムとゼンガーは背を向けた。
「フッ…。また、お会いしましょう」
「さらばだ」
そして2人は、つむじ風の中に去っていった。
「……さて、すっかり日も暮れちまったな。お前たちも疲れたろ。一緒に帰るか?」
「え……、でも、少佐…」
R−1のコクピットに、ラトゥーニとレビのふたり、加えて熊肉が入りきるとは思えない。
「大丈夫だ、何かあった時のために、近くでフェスラーを待機させてある。
今呼ぶから、待っていろ」
カイが無線で連絡を入れる。
「…………」
レビが黙りこくって、明後日の方を見つめている。
「…どうしたの、レビ?」
「ああ……大した事ではない…。あの、あれは何という名だったかと思って……」
「あれ?」
こくり。
「ほら、あれ…跳び上がって、回りながら肉を切ったあれだ…」
「………………知らない…っ」
ラトゥーニがそっぽを向いてうつむいた。その様子に、カイが大きな笑い声をあげた。
ごうんごうん、ごうんごうん。
輸送機の中で、ふたりは壁に背をもたれ、並んで座っていた。
「…ラトゥーニ……。大丈夫なのかな……、リュウは、喜んでくれると思うか…?」
「…お肉はお肉だし、エルザム少佐のお墨付きよ。…きっと、大丈夫よ」
「そうではなくて…リュウは、私たちが料理を作ることを、迷惑だと思ってないか、って……」
「レビ………」
「何を馬鹿な心配をしてるんだ、お前たち」
R−1のコクピットから、カイが顔をのぞかせて言った。
「あいつが女の真心こもった手料理を嫌がるような男かよ。
心配するな。ちょっとでも嫌そうな顔しやがったら、俺が代わりに食ってやる。
泣いて謝っても許してやらんぞ。奴の目の前でたいらげた後、2時間は説教してやる!」
「…………ふふっ…」
その光景を思い浮かべたのか、レビが小さく笑いを漏らした。
「……ありがとう、カイ少佐…」
ラトゥーニが礼を言う。カイは自慢の口ひげをつまんで笑った。
「おかえりなさい。ふたりとも、遅かったわね?」
基地に戻ると、アヤが出迎えてくれた。時計の針は8時を指している。
「何か、いい食材は見つかったの?」
言われて、レビが抱えた包みを示していった。
「ああ…熊肉が手に入った」
「く、熊…!? そ、そんなものが売っていたの…?」
「違う、道端で…」
「え、えええ………!?」
アヤが、目を白黒させた。
「よぉ、ふたりとも…おかえり〜……」
キッチンに入るために横切ろうとした食堂で、テーブルに付いていたリュウセイが力なく手を挙げた。
「リュウセイ…待っててくれたの?」
「まぁな…」
「リュウ…なんだか、ずいぶんやつれて見えるが……」
「うふふ、ふたりが頑張ってお料理するって言うから、
リュウは晩御飯、何も食べてなかったのよ」
「…え…… ほ、本当なのか…?」
「だって、もう…こんな時間なのに……」
基地の夕食は6時。毎日の食事を楽しみにしているリュウセイにとって、
2時間耐えることがどれほどのものか。それを考え、ふたりの心は申し訳無さで一杯になった。
「リュウセイ…ごめんなさい…」
「すまない、リュウ…」
「…何言ってんだ、お前たちだって、何も食べてないんだろ…?
さ、作ってきてくれよ…そしたら、一緒に食べようぜ」
リュウセイに促され、ふたりからようやく暗い顔が消えた。
「…うん! すぐに作ってくるね」
「もう少しだけ…待っていてくれ」
そう言うと、ふたりはパタパタとキッチンへ走っていった。
割烹着を着て準備を始めるふたりに、アヤが声をかけた。
「おせっかいかとは思ったけど、帰りが遅かったから、ごはんを炊いておいたわ。
ジャーで保温になってるから、良かったら使ってね」
言われてラトゥーニははっとした。確かに、今から炊いていてはリュウセイが餓え死にしかねない。
「あっ……ありがとう…ございます」
「ありがとう、アヤ」
「どういたしまして。それじゃあ、私は行かなきゃならないけど…火には気をつけてね」
「はい」
「それじゃあ、頑張ってね」
アヤは笑顔を残し、キッチンから去っていった。
エルザムが送ってくれたレシピの中から、すでに「熊串焼き」を選んでプリントアウトをしてある。
必要な道具、材料に調味料…すべて揃え、あとは調理を始めるだけなのだが…
いざとなると緊張してしまう。
「…なんだか、最初思ってたのより…すごく野性的な料理になっちゃいそうだけど…」
「上手く作れるといいが……はじめようか、ラトゥーニ」
「うん、がんばろうね、レビ」
あのひとのために。
それを言葉にはしなかったが、同じ想いを抱いて、ふたりは笑顔で励ましあった。
当のリュウセイは、頬杖を付きながら、キッチンから流れてくる物音を聞くともなしに聞いていた。
カチャカチャ、カチャン……
ジャー――――……
ぼふん、ぼふっ……
ばたばたばたばた……
「レビ……何してるの?」
「遠心力を……」
「しなくていいから…ね? それはしなくていいから……」
「な…何だぁ、今のは……?」
やがて火がつく音がして、肉の焼ける匂いが漂ってくる。
「うぁ〜……やっべえ、いい匂いだ……」
目を輝かせて、リュウセイはヨダレを拭いた。そわそわと落ちつかない。
「…出来たね…!」
「ああ、出来た…!」
そしてその声を聞いたとき、リュウセイは思わずキッチンまで乗り込んでいきそうになった。
澄まそうとしても隠しきれないといった笑顔で、ふたりが料理を運んでくる。
すぐにでも食らいつきそうなリュウセイをなだめ、自分たちの分も整えてテーブルに付く。
熊肉の串焼きと、白いごはんが3人分並べられた。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
「い……いただきまーす!」
既に香りだけでメロメロになっているリュウセイ。
串を手に取り、ひと切れを口に入れる。
少女たちは自分たちが箸を動かす前に、リュウセイの一口を見守る。
……ごくん。
充分に噛んだ後、飲み込む。
「リュウセイ……ど、どうかな………?」
「…リュウ……」
ふたりが心臓の鼓動を抑えながら聞く。
「どうもこうもねえよ、
美味い、美味過ぎる!」
リュウセイの見せた極上の笑顔に、ふたりは別の意味で心臓の鼓動を加速させてうつむく。
「ど、どうしたふたりとも? 早く食べないと冷めちまうぞ?」
そしてふたりも、今日一日の散々な出来事が詰まった肉をほおばる。
その記憶はあまり思い返したくも無いものだったが、その結実は確かに美味だった。
「……おいしいね、レビ」
こくん。
レビも口いっぱいに味わいながら、うなずいた。
「いやホント、たいしたもんだぜ。
これならふたりとも、いい嫁さんになれるぜ?」
ガタタタッ
その言葉に、少女たちは勢いをつけて席を立った。まっすぐにリュウセイに詰め寄る。
「ほ、本当っ?本当にそう思うの?
大丈夫だと思う…?たったったた、たとえば、リュウセイなら…」
「嫁って……、リュウは、私とラトゥーニをどこかにやってしまいたいのか?
私は…、私はそんなのはいやだ! 私もラトゥーニも一緒に、リュウが貰っ」
「れ〜〜〜び〜〜〜〜〜〜!」
「なんだー!? なんだ、なんだーー!?!?」
突然騒ぎ出した少女ふたりに圧倒され、リュウセイはうろたえるだけだった。
極東支部の変わらない一日が、夜のとばりに閉じていく。