1 :
蜃気楼:
君が誰も
信じられなくなり
泣きそうになったら
僕のところへ
戻っておいで
君が悲しくなり
誰かが
恋しくなったら
僕のところへ
戻っておいで
甘えるところも
寂しがる所も
みんな好きだよ
強がらないで
寂しい時は
僕のそばにおいで
気がすむまで
気が晴れるまで
そばにいてあげる
君が
くじけそうになった時
僕が一生 守ってあげる
大切にしてあげる
君に小さな
天使の翼を
あげよう
僕と君の幸せが
いつまでも
長く続くといいね
2 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 12:17:38 ID:gRQp6TMA
単発スレかボンクラが
3 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 12:25:38 ID:dFsLsAnZ
「シーソー」
喧嘩してふたりシーソー。ぎっくしゃく。ぎっくしゃく。
つまんなそうな顔してる。。
4 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 13:01:09 ID:N+UFrpL4
>2 こいつほんとに馬鹿だろ
5 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 13:05:10 ID:qowfnSLH
幼稚園みたいな詩だよね
6 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 13:09:17 ID:N+UFrpL4
訴えたらいくらお金貰えるんだよ
7 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 13:12:52 ID:qowfnSLH
幼稚園みたいな詩でも
客観的な評価はうまく保たれてるから
嗜虐性が見えても攻撃できないんだよな
吐きそうな詩なのにどうしていいのか分らないよね
>>2
8 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 13:16:08 ID:N+UFrpL4
どうもしなくていいよ
やっぱり絡んでんのはそっちだろ
9 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 13:18:04 ID:qowfnSLH
10 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 13:24:14 ID:qowfnSLH
>>8 こっちは釣り師に遊ばれてるだけなのに
人聞き悪いこと言うなよ
11 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 13:27:34 ID:N+UFrpL4
こいつ何いってんの?
被害妄想強すぎ
12 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 13:38:16 ID:qowfnSLH
いや、実際そうだろ
どんだけ面の皮厚いんだこいつ
13 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 13:38:51 ID:N+UFrpL4
なんもしなくても金貰ってるやつもいんのに
なにいってんだ
馬鹿じゃないの
14 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 13:41:44 ID:qowfnSLH
そんな奴居ないよ
その金誰がくれんの?
お前こそ馬鹿じゃないの
15 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 13:44:19 ID:N+UFrpL4
知らないだけじゃん?もっと他も見たほうがいいよ
16 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 13:50:55 ID:qowfnSLH
じゃ、金の話はもういいよ
>>2と意気投合してただけなのに
わざわざ悪いね
17 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 17:41:08 ID:sL9uXGSn
戻りたくないから
ばいばいしたの
私は
今
新しい人と
すごく幸せ
新しい人
あなたより
ずっとずっと
素敵なの
だから
ばいばい
ばいばいきーん
18 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 18:54:41 ID:L8S0NzNj
中卒が
19 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 18:55:18 ID:L8S0NzNj
中卒と
20 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 18:56:00 ID:L8S0NzNj
自虐して
21 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 18:56:33 ID:L8S0NzNj
見捨てられた
22 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 18:57:11 ID:L8S0NzNj
なんて気取ってみせる
23 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 20:01:43 ID:N+UFrpL4
中卒は事実だろ
非難してるのは自分自身だよ
24 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 20:16:25 ID:N+UFrpL4
そんなの誰のせいとかじゃなくて
うちのタレントにたまったもんじゃないとか思われたからだろ
普通たいていユージャアリーだよ
25 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 20:17:04 ID:N+UFrpL4
そんなの誰のせいとかじゃなくて
うちのタレントに同じことされたら、たまったもんじゃないとか思われたからだろ
普通たいていユージャアリーだよ
26 :
名前はいらない:2007/08/26(日) 20:51:32 ID:N+UFrpL4
だからオカマとか多いんだね
うってつけなんだね
27 :
名前はいらない:2007/08/27(月) 02:57:19 ID:s9g0QLQm
そういいながら
また今日も二町目に走る
28 :
名前はいらない:2008/12/27(土) 22:33:24 ID:MqXU31R0
(^ω^ )〜
29 :
名前なし:2009/02/04(水) 16:27:20 ID:6BOedt2W
始まり
特徴のない舞台装置。法廷用のベンチ。ジャンヌのための、背と肘掛なしの椅子。玉座、薪束。
最初、舞台には誰もいない。ついで、三々五々、登場人物が入ってくる。
衣装は、漠然と中世風。だが、形や色の考証はない。
ジャンヌは最初から最後まで男服を着ている。一種の運動選手用トレーニングウェア。
登場しながら、登場人物は、前の上演の最後に舞台に残しておいた兜や小道具類を取る。
彼らはベンチに座り、そのベンチをきちんと置きなおす。
片隅で母が編み物を始める。上演中、自分の場面以外は、ずっと編み物をしている。
最後に入ってくるのは、コーションとウォーリック。
30 :
名前なし:2009/02/04(水) 16:29:06 ID:6BOedt2W
ウォーリック (とても若く、魅力的、エレガント、気品がある)
みんな揃ってる? よし。では、裁判だ。判決を下し、火あぶりにする。早ければ早いほどいい。全てのものにとって、それが一番だ。
コーション ですが、伯爵、演じなくてはならない物語があります。ドンレミ村、<声>ヴォークルール、シノン、戴冠式……
ウォーリック 余興です! そんなのは、子供向けのお話。白く美しい鎧、旗、優しく厳しい処女の戦士。
あとになればこんな銅像が建つでしょう。時を経て政治の風向きが変われば、求められるものも変わる。
そういう銅像をロンドンに建てるのすら、不可能な事ではありません。冗談に聞こえますか、司教様。けれど、何世紀かあとには、
国王政府の深遠な利害関係によって事態はそうなっているかもしれません。今のところ、私は、ウォーリック伯爵ビーチャム。
垢まみれの魔女を、ルーアンの牢獄深く、寝藁の上に拘留している。踊りの輪を乱す小さな困り者、伝染病---なんとも物入りな買い物だった……
娘を捕らえたジャン・ド・リニーから直接買うことができていたら、もっと手ごろな値段で手に入っていたはず。あれは金に困っている男。
ところがブルゴーニュ公の手を通さなくてはなりませんでした。伯爵は私達よりも先に取引にかかわっていたし、
私達にはあの娘が必要だという事も知っていた。その上公爵は金に困ってはいなかった。そのことは骨身に染みて分かりました。
もっとも、イギリス国王政府は、大陸で何かを得ようとするとき、これまでも常に必要な対価をはらう見識を持ってきました。
フランス、高くついた! ……とうとう、この娘を手に入れた……
彼は、うずくまっているジャンヌに、ステッキの先で触る。
こんなもののために、途方もない出費でした。だが今は私のもの。この娘を裁き、火あぶりにします。
コーション 今すぐというわけには参りません。その前に、この子は一生を演じます。
短い人生です。耐え難い輝きを放つ小さな炎---そしてすぐに消えてしまう。それほど長くはありません、伯爵。
31 :
名前なし:2009/02/04(水) 16:30:36 ID:6BOedt2W
ウォーリック (諦めて、隅に行って座る)どうしてもというのであれば。イギリス人は、いつでも、待つ術を心得ています。
不安そうに尋ねる。
ときに、戦い全部を再現しようというおつもりではないでしょうね。オルレアン、パテー、ボージャンシー……。気持ちのいいものではありません。
コーション (微笑んで)ご心配なく、伯爵。戦いの場面をやるには人数が足りません……
ウォーリック それはいい。
コーション (ジャンヌに向き直り)ジャンヌ?
ジャンヌ、眼をコーションに上げる。
始めていい。
ジャンヌ 好きなところから、始めていいの?
コーション うん、好きなところから。
ジャンヌ では、始まりです。いつも、一番美しいのは始まりのところ。私はまだ小さくて、父さんの家にいます。
牧場で羊の世話をしています。始めて、<声>が聞こえます。
同じ場所にうずくまったまま。シーンに関係ない登場人物は、暗がりへ遠ざかる。
やがて介入する事になるジャンヌの父、母、兄が進み出る。母は相変わらず編み物をしている。
夕方のアンジェラスの鐘のあと。私は子供。髪の毛は、まだ三つ編み。何も考えてい。神様は優しくて、
私を汚れのない幸福な少女のままお守りくださっている。ドンレミ一帯の、占領を免れている小さな領地で、
母さん、父さん、兄さん達と一緒に。まわりでは、来た慣らしイギリス兵が、火を放ち、略奪し、乱暴している。
あ、来たわ、私の大きな犬。鼻をスカートに擦りつける…… 周りの人は、皆、強くていい人たちばかり。
私を守ってくれる。幸せな女の子でいるって、とっても簡単なこと! ……それから突然、後ろから、誰かが肩に触ったようでした。
でも私には分かっています。誰も触ってはいないって。そうして<声>が言います……
32 :
名前なし:2009/02/04(水) 16:32:00 ID:6BOedt2W
誰か (おくから、出し抜けに尋ねる)<声>は誰がやる?
ジャンヌ (分かりきった事のように)もちろん、私よ。
続ける。
振り向くと、後ろの暗がりに、まぶしくて大きな光がありました。聞こえてきたのは、太くて、優しい声。聞いたことのない声でした。
あの日は、ただこう言いました。
---ジャンヌ、心の優しい、物分りのよい子でいなさい。教会にもよくお行き。
私は優しくて、物分りもよかったし、教会にもよく行っていました。何のことを言われているのか、分かりませんでした。
とても怖くて、走って逃げました。一回目は、これで全部です。家に帰っても、黙っていました。
沈黙。彼女は少し夢を見て、そして続ける。
羊をそのままにしていたので、あとで兄さんと探しに戻りました。陽は沈み、もう光はありませんでした。
二回目はこうです。お昼の鐘の時。今度も、光でした。でも、真昼だというのに、太陽よりも強い光。見ました、今度は!
コーション 誰を?
ジャンヌ 立派な方。きちんとアイロンがけした、綺麗な服をお召しでした。大きくて、真っ白い翼も生えていました。
この日は名前をおっしゃらなかったけれど、でもあとになって、大天使ミカエル様だって教わりました。
ウォーリック (苛々と、コーションに)必要なんですか、こんなくだらない話、しゃべらせておくんですか。
コーション (断固として)絶対に必要です、伯爵。
ウォーリックは黙って隅に引っ込み、手に持った薔薇のにおいをかぐ。
33 :
名前なし:2009/02/04(水) 16:33:42 ID:6BOedt2W
ジャンヌ (大天使の重々しい声で)
---ジャンヌ、フランス国王を救い、お前から、その手に、王国を返してあげなさい。
ジャンヌ、答える。
---でも、私は哀れな小娘です。馬にも乗れません。兵士を率いる事もできません。
---ヴォークルールの、ボードリクール守備隊長に、会いに行くとよい……
群衆の中からボードリクールが立ち上がり、最前列へ進み出る。
自分の出番である事を、他の人々に示す---彼を引き止める者がある。まだ彼の出番ではないのだ。
……ボードリクールがお前に男の服をくれ、王太子にひきあわせてくれる。
聖女カトリーヌと聖女マルグリットがお前のそばにつく。
ジャンヌは、おびえて、すすり泣きながら、突然崩れ落ちる。
---お慈悲を! お願いです! 私はほんの子供です。今のままで幸せです。私にまかされているのは、羊だけ…… フランス王国なんて、無理です。
私は小さくて、何も知らず、力もありません。重すぎます、フランス王国なんて! 王様の周りには、戦いに慣れた強い大将たちが大勢います……
それにあの人たちは、戦いに負けても、平気で眠れます。そしてこう言います。砲兵隊の準備が不十分だった、援軍が来なかった、雪が降った、風が吹いた。
死んだ人たちは、名簿から消してしまえばそれでおしまい。でも私は、人を死なせたら、そればかり考えてしまうと思います……
お願いです、お慈悲をお願いします!
彼女は立ち上がり、別の口調で。
分かったよ、本当に、もう! 酷いんだから。あの方はもういなくて、私は背中にフランスを背負ってた。
さらりと付け加える。
その上、畑仕事と、まじめ一本やりの父さんも。
34 :
名前はいらない:2009/02/04(水) 18:42:03 ID:vWttROnH
誤爆かな?
35 :
名前なし:2009/02/05(木) 10:45:13 ID:te/znNmT
父、母のまわりを回っていたが、突然怒りを爆発させる。
父 何をやっていやがる。
母 (相変わらず編み物をしながら)畑仕事ですよ。
父 俺も畑にいたぞ。そしてちゃんと帰ってきた。もう六時じゃねえか。何してやがる。
兄 (鼻くそをほじくるのをひと時止めて)ジャンヌかい? 妖精の木のそばで、夢を見てるよ。牛を追って帰るとき見たんだ。
検事 (奥の皆に向かって)
妖精の木! 皆さん、ポイントはここです。迷信。魔術の芽生え! 妖精の木!
コーション 検事さん、妖精の木なんて、フランスのどこに行ってもあります。女の子達に妖精を残しておかなくては。われわれのためにもなるんです。
検事 (不満げに)われわれには、聖女様がいらっしゃる。女の子には、それで十分なはずだ!
コーション (妥協して)たしかに、大きくなってからはそうです。ですが、まだ小さいうちは……ジャンヌは十五歳にもなっていませんでした。
検事 十五歳といえば、もう立派な娘でしょう。その年頃になれば、もう何だって知っている!
コーション ジャンヌは、あのころ、純真で素朴でした。ご存知のように、この裁判を通じて、
私はジャンヌの聞いた<声>については容赦はしません。ですが、女の子達の妖精は、大目に見ようと思っています……
彼は断固として付け加える。
それに、この論争を仕切っているのは、私です。
検事は、憎憎しげにお辞儀をして、黙る。
父 (再び怒りを爆発させ)で、なにしてやがんだ、妖精の木のそばで?
兄 行って見て来ればいいよ! じいっと前を見つめてる。何かを待ってるみたいに夢を見てるんだ。今日が初めてじゃないよ。
父 (兄を揺さぶる)なんで今まで黙ってた、え? 女の子が夢を見ているだと?
いい年して、何を考えてる。待ってるのは、何かじゃねえ、誰かだ! 好きな男がいるんだな。ジャンヌのやつ。棍棒をよこせ!
母 (編み物をしながら優しく)でも、父さん、知ってるでしょ。ジャンヌは生まれたまんまの、けがれなんか知らない女の子だよ。
36 :
名前なし:2009/02/05(木) 10:47:28 ID:te/znNmT
父 娘達はな、そりゃあ、赤ん坊のようにけがれがねえ。おでこを出して、寝る前のキスをしてもらう時、
澄んだ目をして、目の奥に書いてあることもちゃんと読み取れらあ。
だがな、ある晩を境にそれも終わりだ。朝になってみると、驚くじゃねえか!
---ちゃあんとかぎかけて家から出ねえようにしといたのに
---何がどうなったんだか、眼の中にあることが、もう何も読めやしねえ、目をそらして、嘘をつく! 悪魔になっちまってる。
検事 (指をあげる)諸君、言質をとりましたぞ、しかも父親の口から!
母親 お前さんに何が分かるの、ジャンヌは、今朝だって、畑に行く時、けがれてなんかいませんでしたよ。
私だって、あんたが父さんちで私を奪ったとき、けがれてなんかいなかった…… で、私の目は、次の朝、どんなだったの。
父 (ぶつぶつと)同じだったさ。そんなことは問題じゃねえ。
母 じゃあ、ほかに女を知ってたんだね。聞いてなかったよ、そんな話。
父 (気詰まりを隠すために、怒鳴る)問題はお前じゃねえって、言ってるだろ。他の女のことも関係ねえ。ジャンヌのことを言ってんだ!
棍棒をもってこい。見てくる。男と会っていやがったら、殴り倒してやる、二人ともな。
ジャンヌ (優しく微笑む)そうよ、私は会う約束をしていたの。でも、私の恋人には、白くて大きな翼が生えている。
きちんとアイロンがけした服を着て、重々しい声で言うの。
---ジャンヌ! ジャンヌ! 何をぐずぐずしている。大いなる不幸がフランス王国にある。
---怖いんです。私は哀れな小娘です。貴方はきっと人違いをなさっています。
---神はお間違いになるのか、ジャンヌ。
彼女は裁判官のほうを向く。
私に「はい」と答えられたでしょうか。
検事 (肩をすくめて)十字を切るべきだった!
ジャンヌ そうしました。鐘が鳴っている間、大天使様も一緒に、私の目をじっと見つめていました。
検事 やつをどやしつけるべきだった。「悪魔よ、さがれ!」
ジャンヌ ラテン語はできません。
37 :
名前なし:2009/02/05(木) 10:49:18 ID:te/znNmT
検事 馬鹿を言え! 悪魔はラテン語じゃなくても分かる。こう言えばよかったんだ。「行け、汚れた臭い悪魔、私をもう誘惑するな!」
ジャンヌ (大声で)でも、あのあの方は、聖ミカエル様でした。
検事 (冷笑)やつの言い草だろう! お前はそれを信じたのか。
ジャンヌ もちろんです。第一、悪魔のはずがありません。とても美しい方でした。
検事 (われを忘れ、立ち上がり、宣言する)そこだ! 悪魔は美しいのですぞ!
ジャンヌ (虚をつかれて)そんな!
コーション (身振りで検事を鎮めて)こういった神学上の細かい問題は
---聖職者同士なら面白いかもしれませんが---この子の理解を越えています。無駄につまずかせているだけです。
ジャンヌ (彼女も立ち上がり、検事に叫ぶ)でも、知っているのよ、悪魔は醜いってこと。美しいものは全て、神様がおつくりになったってこと。
検事 (冷笑)もしそうなら、話は簡単なんだがね!
続けて
全くあきれてしまう! 悪魔を馬鹿だと思っているのか。お前と私を束ねたより千倍も頭がいいんだ。
悪魔は、魂を誘惑しようとして、尻の臭い猫になって出てくると思うのか。おとぎ話なら、そうかもしれん! 実際は、一年中で一番気持ちのいい晩を選ぶんだ。
明るくて、いいにおいがして、心のふらりとする夜…… 一糸纏わぬ美しい女の姿で現れる。
胸はそそり立ち、どうにも我慢できないほど、綺麗で……
コーション (厳しくとがめる)話がそれていますぞ、検事さん! たとえジャンヌが悪魔を見たとしても、
その悪魔からすっかり離れているじゃありませんか。一人一人の抱く悪魔のイメージを、いっしょくたにされては困ります。
検事 (我に返り、困惑する。他のみんなが微笑するなか)これは失礼。だが、悪魔は一人しかおりません。
コーション それに、裁判はまだ始まっておりません。尋問はすぐあとで始まります。では、ジャンヌ、続けて。
ジャンヌ (あっけにとられ、言う)もし悪魔が美しいとしたら、どうやって悪魔だって分かるの。
検事 神父様に尋ねればいい。
ジャンヌ 自分では分からないの。
38 :
名前なし:2009/02/05(木) 10:51:28 ID:te/znNmT
検事 分からない。だからこそ、教会のほかに救いはない。
ジャンヌ でも、お金持ちでなくちゃ、いつも神父様をそばにおいては置けないでしょ。貧乏人には難しいのよ。
検事 地獄に堕ちないでいるのは、誰にとっても難しい。
コーション 検事さん、かまわないで下さい。
ジャンヌに<声>としゃべらせてやってください。今は物語の始まりなんです。まだ誰も、<声>のことをとやかく言えません。
ジャンヌ (続ける)それから、ある日、聖女マルグリット様と聖女カトリーヌ様がいらっしゃった……
検事のほうを、いたずらっぽい挑戦の態度で振り向き、彼に言う。
そして、美しかったわ、あの方達も。
検事 (にわかに顔を赤くして、言わずにはいられない)一糸纏わぬ姿でか?
ジャンヌ (微笑んで)まあ! 神様が、聖女様に服を買ってやれないとでも思っているの?
この答えに小さな笑いが起こり、検事は困惑して座る。
コーション 検事さん、笑いがもれましたよ、貴方の質問に。今度は、話の核心に迫るとき以外は、口を挟まないで頂きたい。
この質問では、ジャンヌを裁くときさえ---いや、とりわけ、ジャンヌを裁くときにこそ---
この小柄で、華奢で、突拍子もない体に住んでいる魂に対して、われわれは責任をおっているのだという事を、
何よりも忘れないで頂きたい…… この若い頭を、混乱させるではありませんか。
善悪の問題は洋服の問題に過ぎないと思い込ませるなんて。成人は普通、服を着ています、普通はそういう風に描かれます。ただ……
ジャンヌ (検事に)イエス様は十字架の上で裸です!
コーション (彼女に振り向いて)これ、口出しはいかん。今それを言おうとしていた所だ。だがな、おそれおおくも検事殿を非難するのは、お前の役目ではない。
お前は、自分が誰で、われわれは何者か、そのことを忘れている。われわれは、お前の司牧者、主人、判事だ。思い上がりはよくない、ジャンヌ。
悪魔がお前に近づくときには、傲慢な心を利用するだろうからね。
39 :
名前なし:2009/02/05(木) 14:39:44 ID:g6m91ccB
ジャンヌ (穏やかに)私は傲慢です、そのことは知っています…… けれど私は、神の娘です。私の傲慢を神様がお望みでないのなら、
どうして、輝く大天使と光の衣装を着た聖女様を、私にお遣わしになったのでしょうか。神様は約束なさいました、
私は男の人たちを説得できるって。そして本当に、説得する事ができました。それはどうして?
---しかも、貴方に劣らず学のある、賢い人たちを説得したのよ。
神様は約束なさいました。私は大さまから白く美しい鎧をいただき、立派な剣を持つことになるって。
一斉攻撃のなか、馬にすっくとまたがり、あの勇敢な若者達を導く事になるって。そうれはどうして?
羊の世話をし、母さんのそばで糸紬をするだけだったら、傲慢な娘になどなりませんでした……
コーション いっていること、考えていることの重さを、秤にかけなさい、ジャンヌ! お前は神を告発している。
ジャンヌ (十字を切る)お守り下さい! たとえ私が傲慢で、地獄に堕ちるのを神様がお望みになったとしても、その御心が成就しますように。
それもまた神様の権利です。
検事 (我慢できずに)恐ろしい! 恐ろしいことを口にする! 神が人の魂を地獄に堕としたがるだって?
皆さん、身の毛がよだちませんか。教会を引き裂く不気味な異端の芽生えを、私は感じます……
異端審問官が立ち上がっている。頭のよさそうな、痩せて厳しそうな男で、とても穏やかにしゃべる。
異端審問官 これから質問を行う。よくお聞き、ジャンヌ。今、そなたは、恩寵を受けていると思うか。
ジャンヌ (非常に明快に尋ねる)いつですか、今というのは。今がいつの事なのか誰にも分かりません。なにもかもごちゃまぜになっています。
今というのは、始まりの頃、私がお告げの<声>を聞いているときでしょうか?
それとも今は、裁判も終わりの頃で、王様にも仲間にも見捨てられた事が分かり、疑念にかられ、異端放棄を宣言し、
その後自分を取り戻した、あのときの事でしょうか?
異端審問官 質問から逃げてはいけない。そなたは、恩寵を受けていると思うか。
40 :
名前なし:2009/02/05(木) 14:44:47 ID:g6m91ccB
ジャンヌ (非常に明快に尋ねる)いつですか、今というのは。今がいつの事なのか誰にも分かりません。なにもかもごちゃまぜになっています。
今というのは、始まりの頃、私がお告げの<声>を聞いているときでしょうか?
それとも今は、裁判も終わりの頃で、王様にも仲間にも見捨てられた事が分かり、疑念にかられ、異端放棄を宣言し、
その後自分を取り戻した、あのときの事でしょうか?
異端審問官 質問から逃げてはいけない。そなたは、恩寵を受けていると思うか。
司祭達は食い入るように彼女を見つめ、静まり返る。危険な質問に違いない。
ラドヴニュ (立ち上がる)異端審問官様、神様に選ばれたと信じきっている単純な娘にとっては恐ろしい質問です。
ジャンヌの答えが自らの不利に働かないようにと願います。この子は、軽率に危険を冒します……
異端審問官 静粛に、ラドヴニュ君! 私は、訊いた方がよいと思う事を訊くのです。ジャンヌ、そなたは、恩寵を受けていると思うか。
ジャンヌ もし受けていないなら、神様が私に恩寵を下さいますように。もし受けているなら、神様が私をずっとそうしておいて下さいますように。
司祭達のつぶやき。異端審問官は考えを表にあらわすことなく座る。ラドヴニュは優しく言う。
ラドヴニュ 立派に答えた、ジャンヌ!
検事 (ジャンヌの成功に立腹して、ぶつぶつと)それで? 悪魔はうまく立ち回る。でなきゃ、悪魔の名折れだ。質問したみなさんは考えている。
あいつのことなら、私はよく知っている。答えは準備してあるんだ。
41 :
名前なし:2009/02/05(木) 14:47:48 ID:g6m91ccB
ウォーリック (退屈して、突然、コーションに)司教様、興味深くないとは言いません。
でも、この子ばかりか私にも進み具合がよく見えないんです。
この調子で行くと、裁判まで行き着けず、火あぶりもできなくなりそうだ。
この子が自分の物語を演じるのはいい。必要なんでしょうから。
ただ、手早くやって欲しいんです。核心に迫ってください。
イギリス国王政府は、あの虱まみれの猪口才なシャルル王の評判を、
なんとしても早く落としてしまいたい。キリスト教徒の面前で、
王の戴冠は仮面劇に過ぎなかったと宣言しなくてはなりません。
その仮面劇を操っていたのは、魔女、異端者、ペテン師、軍隊づきの娼婦……
コーション 伯爵、われわれは、ジャンヌを異端として裁けば、それでよいのです……
42 :
名前なし:2009/02/05(木) 15:58:16 ID:g6m91ccB
ウォーリック 分かってます。ただ私は、軍隊のためを思って、大げさに言うんです。
皆さんの判決理由が、わが兵士にとって高級すぎるのではないかと、
心配なんですよ。プロパガンダというものは上っ面なもの。司教様、よく覚えておいて下さい。
大切なのは、大雑把な事を言って、それを繰り返すことです。そうやって真実は作られます。今申し上げているのは新しい考えです。
でも、今にそれが普通になると私は確信しています…… 私の方では、この娘が誰であろうと、
恥ずべき女に仕立て上げる必要がある……
この女は何者か、実際のところ、国王政府の目には、そんなことはちっとも重要ではありません。
正直に申せば、この子がみんなを黙らせるやり方は、私は好きです。
それに女には珍しく、乗馬もうまい。状況が違っていれば、そしてこの子が私と同じ世界の人間だったら一緒に
キツネ狩りを楽しみたかった少女です。残念ながら、あの不遜な戴冠があり、最初にそれを考えたのがこの娘……
要するに、何たる無礼! われわれを出し抜き、フランス王として聖別されに行くとは。しかもヴァルワの人間が!
われらのお膝元の、ランスの町に来てそれをするとは。
フランスをわれらの口元から奪い取り、イギリスの世襲財産を、とがめだてもされずに略奪するとは。
幸い、神はイギリスの権利と共にあられる。アザンクールの戦いでそのことをお示しくださった。
神とわれらの権利、今やこの二つは一体です。そのことは、われらの紋章にもかいてある。
さあ、早くジャンヌの言いたい事を言わせ、火あぶりにしてください、人がもう噂などしないように。さっきは、つい、口が滑りました。
十年もすれば、世間の人たちはこの物語を忘れているでしょう。
43 :
名前なし:2009/02/05(木) 16:03:27 ID:g6m91ccB
コーション (ため息)神がそれを望まれますように!
ウォーリック 話はどこまで行きましたかね?
父 (棍棒を持って進み出る)わしがあいつを見つけるところまで来やした。
あいつは、妖精の木の下で、どこの馬の骨ともしれんやつのことを、夢見ていやがった。ひと波乱ありますぜ!
ジャンヌのほうへ駆け寄り、手首を取って、荒々しく立ち上がらせる。
何してやがる? え? ちゃんと答えろ、何をしてやがる、スープはよそってあるし、母さんは心配してるんだ。
ジャンヌ (見つかって恥ずかしそうに、口ごもり、小さな女の子のように、顔を手で守り)
こんな遅い時間だなんて、思わなかったの。時間の感覚をなくしていたの。
父 (怒鳴りながら、ゆすぶる)遅いのが分からなかっただと。こいつめ。時間の感覚をなくしましただと。ほかになくしたものがあるんじゃねえのか。
言うに言えねえものがよ!
酷くゆすぶる。
誰がお前になくさせた、え? 時間の感覚とやらを?
このあばずれめ、俺が来たとき、お前は大声で、さよなら、って言ってたな。
あれは誰だ。どこへか知らねえが、まんまと逃げちまいやがった。今に見てろ、あの野郎! 誰としゃべってた?
答えろ! 答えねえと、ぶっ飛ばすぞ……
ジャンヌ 聖ミカエル様とよ。
44 :
名前なし:2009/02/07(土) 16:56:51 ID:GvZEcEQN
父 (酷く平手打ち)やい! 親父を馬鹿にする気か! 聖ミカエル様だと、この色気違い。
え! うちじゃ心配して待ってるんだ、だのにお前は、日が暮れても木の下でしゃべってるつもりか?
お前も、他の連中と同じに、らんちき騒ぎを始めてえんだな、父さん母さんの手伝いもせず、お前に見つけてやるまじめな男と結婚もしねえで。
よし、見てろ! そのせいミカエル様とやらのどてっぱらに、馬鍬をぶち込んでやる。
そしてこの手でお前を溺れ死にさせてやる。盛りのついた汚ねえ雌猫のお前をな!
ジャンヌ (侮辱の嵐に静かに答える)何も悪い事なんかしてない、父さん。私に話していたのは、本当に、聖ミカエル様なの。
父 そして、腹が大きくなって、帰って来るんだな。親父の名は汚れ、お袋は苦しみで死に、
兄弟は恥をかいて村にいられなくなり軍隊に入っちまう---聖霊だろうよ、そいつはな、騙した野郎は!
神父様に言ってやる、男あさりでは飽き足らず、冒涜の言葉を吐き散らしているとな。お前なんか修道院にぶち込んでやる。パンと水だけで干からびちまえ!
ジャンヌ (父の前にひざまずく)父さん、怒鳴るのはやめて。私の言う事を聞いて。神様に誓って、私は本当の事を言っている。
だいぶ前から、あの方達は私に会いにきて、頼み事をしているの。いつも、お昼か夕方の鐘がなるとき。いつも、お祈りをしているとき。
一番純粋で神様に近いとき。本当でないわけがない。聖ミカエル様が現れる。聖女マルグリット様と聖女カトリーヌ様も。
そして私にお話になる。何かたずねれば、答えてくださる。三人とも、同じことを言うの。
父 (叱りながら)なんで、聖ミカエル様が、お前に話しかける? 馬鹿じゃねえのか? そいつは俺にも何か言っているか? 父親のこの俺に?
何か言う事があったら、一家の主たるこの俺に言うはずだろうか。そいつは神父様にもしゃべるのか?
45 :
名前なし:2009/02/07(土) 16:59:04 ID:GvZEcEQN
ジャンヌ 父さん、ぶつのも怒鳴るのもやめて、一度くらい分かろうとしてくれてもいいでしょ。
私は一人ぼっちで、小さくて、言われている事は、とても重いの。もう三年も抵抗してきた。三年間、あの方達は、同じことを言ってる。
<声>とひとりで争う事に、もう耐えられない。私はやらなくちゃいけなくなる。
父 (激怒)今も聞こえるのか、その<声>とやらは。なんてこった! 俺の娘にお告げがあるとはな!
四十年間働いて、キリスト教徒にふさわしく苦労して子育てもしてきた。そのあげくに、お告げの聞こえる娘を持つとはな!
ジャンヌ 私は、あの方達に、はい、と返事をしなくてはいけなくなる。もう待てないと言っているんだもの。
父 待てねえものなどあるもんか。お前に何をしろって言うんだ、その<声>は! <声>! 全く! 聞いてあきれらあ!
ジャンヌ 存亡の危機にあるフランス王国を救いにいけって言うの。本当なの、それは?
父 そいつはな、もちろん、存亡の危機にある。フランス王国はな。なんとなく分かるんだ。東部の民衆にはな。
特に、イギリス兵がうようよしているところではな。だがそいつは、これが初めてでもなけりゃ、最後でもねえ。
フランス王国は、いつだって、存亡の危機から抜け出すんだ。神の御手にお任せしておけ。お前なんかに何ができる。
たとえ男でも、戦争を商売にしているのでなければ、手の打ちようがねえ。
ジャンヌ 私にはできる。<声>がそう言うの。
父 (冷笑)お前に? そうか、お前は、大将たちより腕が立つんだな。そうかもしれん。あいつときたら、ここんとこ、略奪のされ放題だからな。
ジャンヌ そうよ、父さん。
父 (真似して)そうよ、父さん! お前のことを、男あさりだとばかり思っていた。だが、そうじゃねえ。もっとたちが悪い。お前は狂ってる。一体何ができる。
46 :
名前なし:2009/02/07(土) 17:00:27 ID:GvZEcEQN
ジャンヌ <声>の言う事がよ。ボードリクール様に兵士のエスコートを頼むの……
自分の名前を耳にし、ボードリクールが満足の「ああ!」の声を上げ、
進み出ようとする……人々が彼に囁く。「駄目駄目、もっとあと」……そして列に戻らせる。
……そして、護衛をもらったら、シノンにいる王太子様の所へ行って、貴方が本当の王です、って言うの。
そして彼を兵士達の先頭に押し立て、オルレアンを開放しに行く。そしてランスで、大司教様から、即位の聖油を授けてもらうの。
イギリス兵たちを海に投げ込んでやる……
父 (全て理解し)ああ、ようわかった。こいつめ! 女のくずになって、兵隊のあとからついて行きてえんだな。
ジャンヌ 違う、父さん。先頭に立つのよ。矢面に立つの。<声>がそういったもの。
私がフランスを救うまでは、決して後ろを振り向いたりしない。
突然、悲しげに付け加える。
そのあと、神様の御心通りのことが起こる。
父 (この見通しに我を忘れて激怒し)フランスを救う? フランスを? その間、俺の雌牛の面倒は誰がみる?
俺がお前を育て、犠牲を払ってきたのは、お前が兵隊と浮かれ騒ぐためだったのか。フランスを救うだなんてぬかしやがって。
やっと畑仕事の役に立つ年になったかと思えば! フランスを救いたいなんて、いい加減にしやがれ!
ジャンヌ (踏みつけられて、叫ぶ)やめて、父さん、やめてったら、やめて!
父は自分のベルトをはずして、ジャンヌを打ち始める。憤怒して、うめきながら。
47 :
名前なし:2009/02/07(土) 17:02:11 ID:GvZEcEQN
ラドヴニュ (真っ青になり、立ち上がっている)止めさせろ! 痛がっているじゃないか!
コーション (穏やかに)無理なんだ、ラドヴニュ君。われわれがジャンヌを知るのは、裁判のときだ。
われわれには、めいめいの役割があり、それを演じる事しかできない。よい役もあれば、悪い訳もある。書かれたとおりに回ってくる。
加えて。
やがてわれわれも、あの娘を、もっと酷い目に合わせる事になる。そうだろう。
ウォーリックのほうを向いて。
気持ちのいいものじゃありませんね、こんな家族の内輪もめは。
ウォーリック (身振り)どうして? イギリスでも、子供にはきちんと体罰を加えます。そこで性根が入るんです。私だって、死ぬほどぶたれました。
おかげで、このとおり、いたって頑丈です。
父 (やっと打擲をやめる。疲れきり、額の汗をぬぐい、足元で気絶しているジャンヌに怒鳴る)どうだ! 根性曲がり!
これでもまだ救いたいか、フランスを。
少し気まずそうに、みんなのほうを向く。
わしの立場だったら、どうしなすった。あんた方の娘さんが、こんなことを言ったら。
ウォーリック (この野卑な男から目をそらし、冷静に続ける)たった一つ、残念で、意外な事があります。
この件に関して、わが軍の情報活動は不充分でした。われわれは、はじめから、この男と手を組めばよかった。
コーション (微笑む)そうです。でも、予想できませんでした。
ウォーリック 有能な情報局なら、全てを予想すべきです。どこかある村で、神の啓示を受けた少女が、フランスを救うと言っている。
それをすぐにかぎつけ、父親とわたりをつけ、娘を閉じ込め、事件を卵のうちに潰しておく。
ことが大きくなるまで待つ必要はない……あとで高くつきすぎる……
薔薇のにおいを再びかぐ。
48 :
名前なし:2009/02/07(土) 17:06:01 ID:GvZEcEQN
母 (進み出ている)お前さん、死んじゃったの。
父 いや、死んじゃいねえ。だけどな、今度こいつが兵隊と一緒に行くだなんてぬかしやがったら、ムーズ河に沈めてやる。
お前の娘をな、いいか? この手で沈めてやる。俺がいなくても、せがれ達にやらせる……
父は大股で歩み去る。母はかがみこんで、ジャンヌの顔をぬぐっている。
母 ジャンヌ、可愛いジャンヌ…… ジャネット! 痛むの?
ジャンヌ (最初は怯えたように、そして母を認めて、哀れな小さな微笑を浮かべる)うん、ひどくぶたれた。
母 我慢しなくちゃいけないよ、お前の父さんなんだからね。
ジャンヌ (かすかな声で)我慢する、母さん、ぶたれている間も、父さんのためにずっと祈ってた。神様が父さんを許してくださいますようにって。
母 (その言葉に、やはりショックを受けて)娘を叩く父親を、神様がお許しになる必要はないんだよ。それは父親の権利なんだからね。
ジャンヌ (最後まで言う)そして、父さんが分かってくれますように、って祈ったわ。
母 (ジャンヌを愛撫しながら)何を分かって欲しいんだい。どうして、あんな馬鹿な事を父さんに言ったの。
ジャンヌ (苦しくて、叫ぶ)母さん、誰かに分かって欲しいの、でなきゃ、たった一人じゃ、私は何もできない!
49 :
名前なし:2009/02/09(月) 13:58:18 ID:xIjk6w2F
母 (ジャンヌをあやす)さあ、さあ、動かないで。母さんにもたれて、子供の時みたいに…… 大きくなったねえ! もう抱っこもできないよ……
でも、やっぱり、私にそっくりの、小さな女の子だよ。お前は台所で、私にくっついてばかりいたねえ。
私と同じにしたいって言うから、いつも、人参をやっては泥をかき落としてもらったり、皿をやっては拭いてもらったり……
兄さん達は、そうじゃなかった。あれは男だから。父さんと同じ…… 男たちに、ものを分からそうなんて、しちゃいけないよ……
はあい、と言っとけばいいの、男たちは野良仕事に行くだろ、行ってしまえば、こっちのもんさ。
こんな事お前に何もかもしゃべっちゃ、どうかと思うけど、お前だって、女だからね。こんなに大きくなって……
父さんは正しくていい人だよ、でも、私が少しずるをしなかったら---父さんを思っての事だよ---うまくやっていけると思うかい?
耳打ちする。
ちょっとだけど、へそくりがあるんだよ。こっちから一スー、あっちから一スー。
よかったら、今度マーケットで買ってあげるよ、刺繍入りの綺麗なハンカチ。お前は綺麗になるよ。
ジャンヌ 母さん、私は綺麗になりたいんじゃないの。
母 母さんにも合った、恋に狂った事。倒産よりも前に好きな人がいてさ。素敵な人だった。でも、実らぬ恋。兵隊に行っちゃったの。それでも、幸せだった。で、誰なんだい。
母さんに秘密はなしだよ。名前も言えない相手なの? この村の男なんだろうね。父さんだって認めてくれるかもしれないよ、いい話には反対じゃないもの。
父さんが自分で選んだように思わせとく事もできるんだよ、男ってものは、大声を出し、命令し、ぶつ---でも、ちゃんと牛耳る事ができるの。
ジャンヌ 母さん、私は結婚したいんじゃない。聖ミカエル様がおっしゃるの。
出発しなくてはいけない。男の服を着て、王太子様に会い、フランス王国を救うように、って。
50 :
名前なし:2009/02/09(月) 13:59:43 ID:xIjk6w2F
母 (厳しく)ジャンヌ、母さんは、優しく言ってるんだよ。その母さんに、そんな馬鹿な話をすることは、許さないよ!
第一、男の格好なんて、絶対に駄目だからね。自分の娘が男の服を着るなんて! 見てみたいもんだよ!
ジャンヌ でも、母さん。馬に乗って、兵隊の中に入っていくには、それしかないの! 聖ミカエル様の命令なの。
母 聖ミカエル様の命令だろうと、なかろうと、馬になんか絶対に乗せないからね! ジャンヌ・ダルクが馬に乗る! 村の笑い者だよ!
ジャンヌ でも、ヴォークルールのお嬢さんは、馬に乗って鷹狩をするじゃない。
母 お前は駄目なの! 身分が違うでしょ。とんだ思い上がりだよ!
ジャンヌ でも、馬に乗らずに、どうやって兵隊を指揮すればいいの?
母 兵隊のところになんか、行かせるもんか、不良娘! そんなことなら、死んでもらったほうがましさ。
母さんも、父さんと同じことを言うよ。なんだかんだ言っても、考えの一致する点があるんだ。
女の子ってものは、糸をつむぎ、機を織り、洗い物をして、家にいるものなのさ。あんたのおばあちゃんは、ここから一歩も出なかった。
私だってそう。お前も同じにするんだよ。そしてお前に娘が生まれたら、その子にも、そうするように教えておあげ。
彼女は急に激しくすすり泣き始める。
行っちまう、兵隊と一緒に! 何の因果だろうね、こんな娘を持つなんてさ。私なんか死んでもいいんだね。
51 :
名前なし:2009/02/09(月) 14:01:50 ID:xIjk6w2F
ジャンヌ (すすり泣き、叫びながら、母の腕に身を投げる)そんなのいや、母さん!
彼女は立ち上がり、泣きながら大声を出している。母は遠ざかる。
---ご覧のとおりです、聖ミカエル様、無理です。分かってなんかもらえません。誰も絶対にわかってくれません。
たった今、諦めたほうがいいんです。神様は、父母に従えとおっしゃいました。
大天使の声で答える。
---その前に、ジャンヌ、神に従わねばならぬ。
彼女は尋ねる。
---でも、もし神様が、不可能な事をお命じになったら?
---そのときは、黙って、やらなくてはいけない。始めるのだ、ジャンヌ、それだけを神は望まれている。
あとの事は、お計らいくださる。紙に見捨てられたような気がして、行く手には乗り越えられそうにもない障害物が置かれているとしても、
それはお前を一段と助けるためにだ。神はお前を信頼している。小さなジャンヌなら、この山を任せても大丈夫---私はとても忙しい---
あの子なら、血が出るまでしがみつき、ちゃんと乗り越えてくれる。神はそうお考えになる。行く手に山が有るたびに、誇りに思わなくては。
神に仕事を任されているのだ……
少し間を空け、彼女はまた尋ねる。
---私が出て行けば、親は泣いて、心痛のあまり、きっと死んでしまいます。そんなことを、神様が望まれると思いますか。私には理解できません。
---イエス様は、こう言われた。私は、平和ではなく、剣をもたらしに来た…… 私は、兄弟が兄弟に刃向かい、息子が父親に刃向かうために来た……
ジャンヌ、神は、戦争をもたらしに来た。物事を丸くおさめるために来たのではない。
ただ、お前にはそれをお望みになる。お前に難しすぎるものがあるとは、お考えになっていない。そういうことだ。
ジャンヌは立ち上がり、あっさり答える。
---分かりました。行きます。
52 :
名前なし:2009/02/09(月) 14:04:29 ID:xIjk6w2F
声が、どこからか分からないが、奥の暗がりで叫ぶ。
声 傲慢だぞ!
ジャンヌ (不安そうに立ち上がり、尋ねる)誰、傲慢といったのは。
少し間。彼女は、大天使の声で答える。
---お前だよ、ジャンヌ。そして、お前が神の命じられる事をやり始めたとたん、世間もそう言い始める。
神の手の中で十分にへりくだり、この思い上がりのマントを受けなさい。
---私には重荷です。
---そう。それはとても思い。そして、おまえが強い事を、神はご存知だ。
沈黙。彼女はまっすぐ前を見る。突然、小さな女の子に戻り、太腿をたたきながら、嬉しそうに、決然として叫ぶ。
よし。決まり。デュランおじさんに会いに行こう。おじさんなら私の思い通り。ほっぺにキスして、お膝に乗って。
新しいスカーフを買ってもらおう。そして、ヴォークルールに連れてってもらおう!
兄 (鼻くそをほじくりながら、近づく)馬鹿! ほんと、馬鹿だよな! 何もかも親にしゃべくるやつがあるかよ。
近づく。
タバコ代くれたら、言わないでおいてやるよ、男といるのを見たってこと。
ジャンヌ (嬉々として彼に飛びかかる)あ! あんたね、しゃべったの、蛆虫! あんたがしゃべったんだ、豚!
ほら、お金。ボケナス! ほら、タバコだよ、下衆!告げ口なんかしてごらん、ただじゃおかないよ!
二人は、まるで屑屋さながら、激しく喧嘩する。彼女は、みんなの間を縫って、彼を追う。
追いかけているうちに、ボードリクールの腹に当たる。彼はみんなに押されて---自分の出番だという事を忘れていたのだ---
とうとう舞台中央に出てきたのだ。その太った腹に、彼女は頭から突っ込む。
ボードリクール (登場しながら、叫ぶ)なんだ、なんだ、なんだ。何の騒ぎだ、一体。
彼はジャンヌを腹で受け止め、痛くて叫ぶ。腕をつかみ、彼女を鼻先まで持ち上げる。怒りで真っ赤になっている。
何の用だ、こいつめ。三日前から、ほら話で城門の番兵を喜ばせているそうだな。
53 :
名前なし:2009/02/09(月) 15:34:12 ID:xIjk6w2F
ジャンヌ (走ったので息切れして、大男の腕のはしで、爪先立ちになって)
馬が欲しいんです、それに、男の服と、従者も。シノンに、王太子様に、会いに行くんです。
ボードリクール (カッとなって)ついでに蹴飛ばしてもらいたいか。
ジャンヌ (微笑んで)ええ、それに、平手打ちも---父さんので慣れてるから---でも、馬をくれるっていうならよ。
ボードリクール (つかんだまま)俺が誰で、何を欲しがっているのか、知ってるか。教えてくれる村の娘はいなかったか。俺に頼み事をしに、娘がやってくる。
たいていは、ウサギの密猟中に捕まった兄弟とか、首から縄をはずしてやる---心が広いんだ---もし器量が悪ければ、密猟者は縛り首だ……
みせしめのためにな! だが、やってくるのは、いつも、可愛い娘と決まっている。
家族の中に、必ずそういう娘がいるもんだ---そうやって、俺は、心の広い領主様という評判を得ている。
ギブ・アンド・テイクでやっているんだ。相場は知っているか?
ジャンヌ (単純に)何のことか、分かりません。私は聖ミカエル様のお使いなんです……
ボードリクー (空いているほうの手で、怯えたように十字を切る)
こういう話に、天国の聖人様は、いらん! 厚かましいやつめ…… 聖ミカエル様は、番兵には効き目があったとみえる。
それで、通してもらって、ここにいるんだからな。お前に馬をやらないとは言っていない。ぴちぴちした娘と老いぼれ馬。
取引としては悪くない。お前は処女か?
ジャンヌ はい。
ボードリクール (相変わらずじっと見つめて)馬はやる、心配するな。お前は、綺麗な目をしている。
ジャンヌ (穏やかに)欲しいのは、馬だけじゃないんです。
54 :
名前なし:2009/02/10(火) 13:55:24 ID:sUMRh2Ez
ボードリクール (面白そうに、微笑む)欲張りだな! 面白い子だ。言ってみろ……
娘に物をやりすぎて、盗まれたなんて不平を言うのは、つまらん男だ。快楽は、高くつくほうが俺には楽しい。
それだけ欲しかったんだ、ってことだからな。何を言ってるか、分かるか。
ジャンヌ (はっきりと)いいえ。
ボードリクール まあ、それもいい。ベッドの中で理屈っぽいんじゃ、かなわんからな。馬のほかに何が欲しい。この秋はたっぷり年貢が入る。遠慮なく言ってみろ。
ジャンヌ お供の兵士が欲しいんです。一緒にシノンに行ってくれる。
ボードリクール (手を放し、口調を変える)よく聞け。俺は人がいい。だが、馬鹿にされて喜ぶほどのお人よしじゃない。俺はここの領主だ。
その堪忍袋の緒が切れたらどうなる。お前を、敷地に押し入ったかどで鞭打ち刑にすることもできる。
そして家に送り返してやる。土産は尻のみみずばれだ。欲しい気持ちをあおるために、高くつくのが好きだとは言ったが、
高くなりすぎると、欲しい気持ちなど失せてしまう。シノンに行って、何をする。
ジャンヌ 王太子様にお会いします。
ボードリクール ほう、村娘にしては、なかなかの野心だな! それなら、いっそ、ブルゴーニュ公爵にしたら、どうだ。
そのほうが見込みがあるだろう。なかなか熱いお人だからな…… 王太子ときたら、戦争や女の話になると……
王大志に、何をお願いする。
55 :
名前なし:2009/02/10(火) 13:56:55 ID:sUMRh2Ez
ジャンヌ 軍隊です。その先頭に私が立って、オルレアンを開放しに行くんです。
ボードリクール (突然、手を放し、疑い深げに)狂っているのか。それなら話は別だ。悪い噂の立つような話に首を突っ込む気はない……
奥へ呼びに行く。
おい、ブドゥッス!
衛兵進み出る。
ボードリクール 少し痛い目に合わせて、牢屋にぶち込んでおけ。明日の晩、親父のところに送り返せ。だが叩くんじゃないぞ。
揉め事はごめんだからな。狂っているんだ。
ジャンヌ (衛兵に引かれたまま、静かに)喜んで牢屋に入ります。でも、明日の晩、開放されたら、また戻ってきます。
だったら、今、私の言うことを聞くほうが、いいんじゃありませんか。
ボードリクール (ジャンヌのところへ行く。ゴリラのように自分の胸を叩いて、吠えながら)俺が怖くないのか。
ジャンヌ (目の奥を見据え、静かな微笑を浮かべて)ええ。少しも。
ボードリクール (狼狽して立ち止まり、衛兵に吠える)貴様、失せろ! お前に聞かせる話いじゃない!
衛兵さがる。彼が退場すると、ボードリクールは少し不安げに尋ねる。
どうして怖くない。他のやつらは、みんな怖がる。
ジャンヌ (静かに)だって、貴方は、いい人だから……
ボードリクール (口ごもって)いい人! 場合によってはな。値段のことはもう言った。
ジャンヌ (あとを続ける)それに、頭もいいし。
加えて。
私は、この先、大勢の人を説得する事になります。<声>の命令を果たすために。全ては、私の最初の関門である方にかかっています。
その人が頭がいいって言うのは、幸先のいいことなんです。
ボードリクール (初めは少し唖然として、タンブラーのワインを飲みながら、気のない訊き方をする)
全く、変わった娘だ。何で頭がいいって思う。
ジャンヌ とてもハンサムだから。
56 :
名前なし:2009/02/10(火) 13:58:01 ID:sUMRh2Ez
ボードリクール (金属製の小鏡をぐっと近づけ、そっと視線を走らせ)
ふうん! 二十年前、って事もないが、そりゃあ、女にはもてた…… 老け込まないように努力してきたんだ。単にそれだけだ。
それにしての妙な話だ、ある日、天から降ってきた羊飼いの小娘と、こんな話をしているとは。
ため息をつく。
要するに、俺は、ここでさび付いている。俺の部下達は、荒くれもので、話し相手にならん……
---まあいい、話のついでに教えてくれ、お前の口から、知性と美貌の関係について。人は普通、お前とは逆のことを言う。
二枚目は頭が悪い、って。
ジャンヌ そんなことを言うのは、背中の曲がった人か、鼻の垂れ下がった人です。神様は、完璧なものをつくれないだなんて、思っているの。
57 :
名前なし:2009/02/11(水) 16:50:12 ID:wZWUlgyt
ボードリクール (お世辞を言われて、笑う)確かに、そういう見方もある…… だがな、たとえば、俺の場合はどうだ。
醜くはない…… しかし、自分は本当に頭がいいのか、と思うことがある。いや、いや、言わせてくれ。そう自問してみる事があるんだ……
お前には正直に話そう、弱みを握られてどうのという心配もない…… が、部下を相手なら、もちろん、俺は、あいつらよりもずっと頭がいい。
なんといっても、こっちは隊長だからな。この原則なしには、軍隊は成り立たない。---だがな……
(おまえとわざわざしゃべってやっているんだからな。しがらみもないし、身分も違う。行き当たりばったりにしゃべっても、別に害はない)
だがな、時には、どうしようもなく困難なことが起こる。たとえば、何かを決定するように迫られる。
戦略的に、或いは、行政的に重要な事をだ。すると突然、なぜかそこに、穴がある。霧がある。何一つ分からなくなる。
顔色を変えはしない。怒鳴ってそこから抜け出す。そしてともかく決定は下す。どんな決定であろうとも、大事なのは、
命令を下すとき、毅然としている事だ。最初の頃は、びくびくする。そのうち、経験をつんでいくにつれ、何を決定しようが、
結局は同じだという事に気付く。それでも俺は、うまくやりたい。いいか、ヴォークルールは小さい。俺は、いつか、重大な決定を下したい。
一国の運命にかかわるような決定だ…… 年貢の入りが少ないとか、脱走兵を縛り首にするとか、
そんなみみっちい話じゃなくて、何か、こう、普通じゃない、高いところで認められるような……
夢見るのをやめ、ジャンヌを見る。
どうしてお前にこんな話をするのかな。お前には何もできないし、頭もおかしいっていうのに。
58 :
名前なし:2009/02/11(水) 16:51:43 ID:wZWUlgyt
ジャンヌ (静かに微笑む)私には分かります。教えてもらったの。聞いて、ロベール……
ボードリクール (飛び上がる)どうして名前で呼ぶ?
ジャンヌ だって、神様のくださった名前でしょう。貴方の名前だもの。苗字だと、兄弟やお父さんも同じ。
聞いて、立派なロベール、まだ吠えないでね。そんなことをしても無駄。貴方の決心、それは、この私なの。貴方を有名にする決心は。
ボードリクール 何をふざけた事を。
ジャンヌ (近づいて)聞いて、ロベール。まず第一に、もう私のことを女の子と思っては駄目。
そうじゃなきゃ頭がこんがらがる…… そりゃあ、神様は、私を醜くおつくりにならなかった。
貴方だって、男として、こんなチャンスを見逃したくなかったでしょう…… 間抜けにみえるのが、怖かったのね…… 女の子なら、他にたくさんいる。
どうしても罪を犯したいなら…… あなたをもっと楽しませ、しかも要求の少ない女の子……
貴方は私の事、それほど気に入ってはいない。
彼は少し戸惑い、騙されているのではと恐れる。ジャンヌ、急に立腹。
ロベール、手伝って欲しいなら、私のことも手伝って! 本当のことを言うたび、それを認めて、「はい」と言って。
出なきゃ、私達は行き詰ったままよ。
ボードリクール (口ごもる。目は泳ぎ、少し恥ずかしそうにしている)うーん。いやだ……
ジャンヌ (厳しく)なんですって、いやなの?
ボードリクール いや、「はい」ということなんだ…… 本当だ。お前の事がそれほど欲しいわけじゃない……
礼儀正しく、付け加える。
もっとも、お前は魅力的な娘だ。
59 :
名前なし:2009/02/11(水) 16:53:57 ID:wZWUlgyt
ジャンヌ (純朴に優しく)いいのよ、いいのよ。ロベール、無理しないで。怒ったりしないから。ううん、その逆。じゃあ、この点は、はっきりしたわね。
今度は、私に男の服をやったと、考えてみて。私達は、勇敢な二人の男同士、話し合うの。良識と落ち着きをもって。
ボードリクール (まだ疑わしげに)それで……
ジャンヌ (テーブルの端に腰掛け、タンブラーを干す)ねえ、ロベール、さっきの決意、変えないでね。
宮廷で一躍名をあげる手柄は、もうすぐよ…… ブルージュの人たちがどうなっているか、考えてみて。
どの聖人様に頼っていいのか、もう分からなくなっている。そこらじゅう、イギリス兵だらけ。
ブルターニュとアンジューは、誰が一番払いがいいのか秤にかけている。ブルゴーニュ公爵は
---金羊毛騎士団を新しく作って、勇敢な騎士を演じてはいるけれど---
裏で画策して、条約の不都合な文章をそっと削っている。最近の噂では、自分の息子をイギリスのお姫様と結婚させるつもりらしいの。
分かる? フランス軍がどんなだか、貴方、知ってるでしょ。叩いたり、殴ったりするのは、とても上手な若者達。
でも、やる気がくじかれている。もうどうすることもできない、イギリスのほうがいつも強いって、思い込んでいる。
私生児デュノワ、あの人は、立派な指揮官で、軍隊にしては珍しく頭もいい。でも、誰も言う事を聞いてくれない。それであの人もいやになり始めている。
陣営で、娼婦達と酒盛りをしている(でも、私はそれも立てなおす。今に見てろ)。それにあの人は、私生児の例に漏れず、自分を買いかぶりすぎている……
フランスの国事は、結局、彼が手を出す問題じゃない。あのひょろひょろのシャルルが世襲財産をなんとかしてくれればいいのに……
猛々しい牡牛のラ・イールやサントライユは、いつも攻撃しようとしている、見事な剣の一撃をお見舞いしようとしている。年代記にも載るでしょうね。
60 :
名前なし:2009/02/11(水) 16:55:31 ID:wZWUlgyt
この人たちは、個人的には武勲のチャンピオン。だけど、大砲の使い方を知らなくて、
アザンクールのように、無駄に殺されてしまう。ああ! みんな、ボランティアで殺されるようなものなの!
……でも、殺されるなんて無駄。ねえ、ロベール、戦争って、ボール遊びでもなければ、馬上槍試合でもない。
力任せに押していくだけでは、十分じゃない…… 勝たなくては駄目。ずるがしこさが必要なの。
彼の額に触る。
ここよ、肝心なのは。ここの働き。貴方は、頭がいいから、私よりもよく分かってる。
ボードリクール 俺だっていつもそう言ってた。みんな考えが足りないんだ。俺の部下を見てみろ。
粗暴なやつらで、殴る準備はできているが、それだけだ。ものを考える連中はいても、誰もそいつらを使おうとしない。
ジャンヌ 誰も。だからこそ、自分で考えるの。ところが、貴方ったら、ある日、天才的な考えを思いつく。
それで全てを救う事ができる。
ボードリクール (不安そうに)俺が、考えを?
ジャンヌ そうよ。来るにまかせるの。今、考えが浮かんできたところよ。あなたの頭の中で、フルスピードで、考えがまとまっていく。
今、貴方は現状分析をしている。外見はそんな風には見えない、ここが貴方の素敵なところ。でも現状分析をしているの。
はっきりとみえているわ。こんな事を言うのは残念だけど、今、フランスで、ものがはっきり見えているのは、貴方一人よ!
ボードリクール 本当に?
ジャンヌ そう言ってるでしょ。
61 :
名前なし:2009/02/11(水) 16:57:14 ID:wZWUlgyt
ボードリクール で、俺には、何が見えているんだ?
ジャンヌ あの人たちに魂を吹き込まなくちゃいけないってこと。信じられるもの、単純な事でいいの。
ちょうど今、貴方の領地に、聖ミカエル様があらわれた小さな女の子がいる。園子が言うには、聖マルグリット様と聖カトリーヌ様もあらわれた。
で、貴方は、こう言いたいんでしょう。そんなことは、信じないぞ、って。それを脇に置いておくの。ちょっとの間。
---貴方が凄いのはそこよ。貴方はこう思う。こいつはちっぽけな羊飼いの娘だ。よかろう!
しかし、神が一緒についているとしたらどうなる、もうこいつを止めることはできない。
神がついているか、いないか。表か裏か。誰もそうだと証明できないが。そうでないと証明することもできない……
ところで、こいつは、俺の意に反して、俺のところまでやってきた。そして俺は、もう三十分も、こいつの言う事を聞いている---ね。
議論の余地なしよ、事実でしょ。認めるわね。さて、突然、考えが浮かぶの。貴方は思うのよ。こいつは俺を説得した。この俺をだ。
それなら、どうして、王太子や、デュノワや、大司教を、説得できないわけがあるだろう。あいつらも、結局俺と似たり寄ったりだ---
(ここだけの話)むしろ俺よりも頭が悪い。兵士達だって、説得されるんじゃないか。イギリス兵といっても、自分達の同じで、
勇気半分、わが身を救いたい気持ちが半分、だから、頃合いを見計らって一発どやしつければ、
それだけで、オルレアンから追い出せる。俺たちの兵隊が必要としているのはなんだ?
---他の人よりも、はっきりとものが見える貴方は、頭の中で、こう言っている---
必要なもの。それは旗印、そして、兵士達のエネルギーに電流を流す人間、神がついていると証明してくれる人間。そこなの、貴方が素晴しいのは。
62 :
名前なし:2009/02/12(木) 15:34:42 ID:bBGofG49
ボードリクール (哀れに)そう思う?
ジャンヌ 素敵よ! 私はそう思う、ロベール、そう思うのは私一人じゃないはずよ。そのうち貴方にも分かる、みんなそう思うようになるって---
みんなリアリストだもの、優れた為政者なら誰だってそう。貴方は、こう思う。俺は、こいつが神の使いだということに、それほど確信があるわけじゃない。
だが、そう信じているふりをしよう。俺はみんなのもとにこの女を送る。神の使者であろうと、なかろうと、どちらでもいい。
連中がそれを信じたら、話は同じだ。うまい具合に、明朝プルージュに向けて発つ伝令がいる……
ボードリクール (仰天して)誰がそう言った? 秘密なんだぞ。
ジャンヌ 情報を得たの。
続ける。
エスコートに六人の屈強な若者を選ぼう。ジャンヌには馬を与え、伝令と一緒に派遣しよう。
シノンに着いたら、このとおりの子だ、うまくやってくれるだろう。
彼女は彼を賛嘆の念で見る。
分かる、ロベール?
ボードリクール 何が?
ジャンヌ 凄く頭がいいのね。これ全部貴方が考えたのよ。
ボードリクール (疲れ果て、額をぬぐう)ああ。
ジャンヌ (優しく付け加える)でも、馬はおとなしいのにしてね。まだ乗り方を知らないの。
ボードリクール (からかって)落ちて、酷い目にあうかもな……
63 :
名前なし:2009/02/12(木) 15:36:04 ID:bBGofG49
ジャンヌ そんなことない! 聖ミカエル様が支えてくれるわ。ねえ、ロベール、男の服の約束、まだよね。--−だったら、賭けをしましょうよ---
落ちて酷い目にあうのと男の吹くと。中庭に、馬を二頭、引いてこさせて。ギャロップをしましょう。
もし私が落っこちたら、もう私の言うことは信じなくてもいい。これでどう?
彼に手を差し出す。
のるわね。
ボードリクール (立ち上がり)よし、のった! ちょっと体を動かそう。変に思うかもしれんが、頭を使うと、くたびれるんだ。
呼ぶ。
プドゥッス!
衛兵登場。
衛兵 (ジャンヌを指差して)ぶちこみます?
ボードリクール 馬鹿! キュロットを持ってこさせろ、それから、馬を二頭、引いて来い。この娘とギャロップをやる。
衛兵 ですが、会議は? もう四時です。
ボードリクール (堂々と)明日だ! 今日の分の頭は、もう使った。
ボードリクール退場。ジャンヌ、仰天している衛兵の前に進み、舌を出す。両者、舞台暗がりのほかの人物達の中にまぎれる。
64 :
名前なし:2009/02/12(木) 15:37:33 ID:bBGofG49
ウォーリック (一部始終を見ていた彼は、面白がって、コーションに)
確かにこの娘には何かある! たいしたものだ、この間抜けに、考えているのは自分だと思い込ませて、手玉に取るやり方。
コーション 私に言わせれば、今のシーンは少し悪趣味です。いずれにしても、シャルルにお目通りするときには、もっと……
ウォーリック 司教様、貴方の仕事も、私の仕事も、人を操るやり方はジャンヌと似たようなものでしょう。
人を統治するとは何か---泥棒でやるにしても、羊飼いの杖でやるにしても---要するに、こちらでそう考えるように仕向けている事を、
自分の頭で考えているのだと、愚か者達に思わせておくことじゃありませんか。神の介入など必要ありません。そこが私には面白い。
司教に、丁寧にお辞儀。
貴方のように、職業柄神にこだわる場合は、その限りではありません。もちろんです。
出し抜けに尋ねる。
司教様、貴方は信仰をお持ちですか。ぶしつけな言い方をお許しください。ですが、ここだけの話。
65 :
名前なし:2009/02/12(木) 15:39:02 ID:bBGofG49
コーション (単純に)子供のような信仰を持っています、伯爵。だからこそ、裁判の間、貴方にご面倒をおかけするのです。
だからこそ、私も、私の陪審判事も、ジャンヌを救うために一生懸命になるのです。
われわれはイギリス統治の協力者になりました。混乱のなかで、それだけが、ただ一つの合理的な解決策に思えたからです。
けれども、いくらわれわれがあなた方の金で養われ、法廷の門には八百人の英国兵士が控えていたにしても、
不可能を行うことにあったのです…… ブールジュの人々は、われわれを売国奴扱いしました!
あの人たちは、フランス軍に守られていたのですから、そんなことも平気で言えます!
われわれの方は、英国占領下のルーアンにいたのですからね!
ウォーリック (いらいらと)
「占領」という言葉はいただけませんな。トロワ条約をお忘れですか。あなた方は、あの時、単に、イギリス国王の土地にいたのです。
コーション イギリス国王軍の兵士に囲まれ、周りでは人質の処刑が行われる。夜間の外出は禁止され、
イギリス国王側の食料統制に首根っこを押さえられている。私達は人間でした。生きたいという弱さと、
ジャンヌを救いたいという弱さを、同時に持っていました。いずれにせよ、哀れな役回りでした。
66 :
名前なし:2009/02/12(木) 15:41:06 ID:bBGofG49
ウォーリック (微笑む)あなた方さえよければ、もっと輝かしい役にもできましたよ。殉教者になることもできました。
わが八百人の兵士の準備は整っていましたからねえ。
コーション ええ、知っていました。兵士は、われわれに侮辱の言葉を浴びせ、ドアを乱暴に叩き、自分達はここにいるぞ、と、言いつのっていました。
そんなことで動じるわれわれではありません。ジャンヌを引き渡すまでに、九ヶ月、われわれは理屈を捏ね回しました。
見捨てられた小娘に「はい」といわせるまでに、九ヶ月かけたんです。あとで、われわれの事を野蛮人扱いしても、無駄でしょう。
その人たちがどんな大原則を持ち出してきても、より早々と片付ける羽目になってしまう、と私は確信しています。
どの陣営にいようと、そうなのです。
ウォーリック 九ヶ月。実に酷い出産だった、この裁判! われらの聖なる母である境界は、ずいぶんと時間をかけるものだ。
たったこれだけの政治的文書を産み落とすために。だがようやく悪夢は去った! 母子共に健康です。
67 :
名前なし:2009/02/12(木) 17:59:39 ID:bBGofG49
コーション 私も色々考えてみました。あなたの言われる母親の健康、これがもっぱらわれわれの関心事でした。
ほかにやりようがないとわかり、やむなく子供を犠牲にしたのです。ジャンヌの逮捕以来、神は沈黙されていた。
ジャンヌが何と言おうと、そのジャンヌにも、そしてもちろんわれわれにも、神の声はもはや聞こえませんでした。われわれは機械的に事を運びました。
古い家を守ることが必要だったからです。人間の、偉大で、理性的なこの構造物、神が不在の日々、
荒野でわれわれに残されているのは、結局、これだけです…… われわれは十五のときから、神学校で、それをどう守るのか習ってきました。
ジャンヌにはわれわれのような堅固な教育はありませんでした。彼女にも疑念のきざしたときがあったと、私は思います。
人々からも神からも見捨てられたのですから。その彼女も、ただ一度の弱さに襲われたあとは、自分を取り戻し、
以前と同じように続けました。謙遜と厚かましさ、偉大さと良識の奇妙に入り混じった態度で。
火刑台まで。焼かれているときも。当時、われわれは、そのことが理解できませんでした。
われわれは、教会という母親のスカートの中にきつく抱きしめられ、目をふさいでいました。年取った子供のように。
けれども、この孤独の中、消え去った髪の沈黙の中、この貧しさ、この畜生の惨めさの中でこそ、昂然と頭を上げ続ける人間は偉大なのです。
一人きりの偉大さ。
ウォーリック 多分、そうでしょう。ですが、われわれ政治的な男は、孤独な人間の持つ偉大さにあまり気を回してはいけません。
銃殺刑に処す相手に、えてしてそれがあるのですよ。
68 :
名前なし:2009/02/12(木) 18:02:11 ID:bBGofG49
コーション (少し間。低声で加える)気休めに、時々こう思うことがあるんです。あの老齢の司祭達は素晴らしかった、と。
ジャンヌの無礼な答えの一つ一つに気分を害され、九ヶ月の間、何かとせかされながらも、
彼らは取り返しのつかないことをしないように努力を傾けた……
ウォーリック 大げさな言葉はなしです! 政治に取り返しのつかないものなどありません。言ったでしょう。時がくれば、
ジャンヌの立派な銅像がロンドンにだって建つかも知れません……
彼は舞台を占領していたシノンの人々のほうを振り向く。彼らは、コーションとウォーリックがしゃべっている間に、
手近なもので宮殿の小舞台を作っている。
司教様、シノンの言うことを聞いてみましょう。意気地なしのシャルルを、私は心の底から軽蔑しています。
それでも、愉快な人物でした。
シャルルは二人の王妃とアニュス・ソレルに囲まれている。彼の周りで三つの高い円錐形帽子が動いている。
69 :
名前なし:2009/02/13(金) 17:31:21 ID:95IfqIxP
アニュス まあ、シャルルったら、絶対に許せない! こんな格好で舞踏会に出ろって言うの……
流行おくれの帽子をかぶった愛人なんて、スキャンダルよ!
王妃 (シャルルを自分のほうに向けて)貴方のお妃はどうなの、シャルル! フランス王妃よ! 人はなんて言うかしら。
シャルル (けん玉で遊びながら、玉座でだらりとしている)フランス国王は一文無し、って言うんじゃありませんか。本当のことだけど。
王妃 イギリス宮廷でそういっている声が、ここからも聞こえるわ! ベッドフォード夫人、グロースター夫人、
それに加えてウィンチェスター枢機卿の愛人! ここにもずいぶんめかしこんでる人がいるわね!
アニュス ねえ、シャルル、私達よりも先に、イギリスの女が、私達の帽子をかぶるなんて、想像出来て?
流行の本場は、何と言っても、このブールジュよ。誰だって知ってる。向こうの女が密使を派遣して、私達の最新モードをコピーしなかったら、
どんな姿になっているか、想像して御覧なさいよ。何はともあれ、貴方はフランス国王よ! どうしてこんな事に我慢できるの?
シャルル 第一に、僕はフランス国王じゃない。そういう噂を流してある、微妙な含みを持たせてね…… 次に、流行の品だけど、
イギリス人にどうにかこうにか売る事が出来たのは、それだけだ。ブルージュのモードとわがフランス料理と、
それだけが、まだ外国に対して何らかの威光を保っている。
ヨランド王太后 その威光だけが、残されたたった一つの財産です。それを守らなくてはいけません。
この子達の言うことにも一理あります、シャルル。フランスの女達が、宮廷で一番美しく着飾っていた、という事を、
舞踏会で認めさせることが、どうしても必要なの。どこから先がつまらない贅沢になるのか、
はっきり言うことのできた人など、誰もいませんよ…… アニェスの言う事も、あながち間違いとは言えません。
イギリス宮廷にはない新しい帽子、それは、戦いにおける勝利に匹敵することだってあります……
70 :
名前なし:2009/02/13(金) 17:33:46 ID:95IfqIxP
シャルル (冷笑)勝利ですか。それに勝ったところで、奴らがオルレアンをくすねるのを、防ぎきれますか、お義母様!
従兄の領地の一部です。その点、気楽ではありますがね。とられるものは何もありません。誰の興味も引かないブールジュのほかには。
これでも、王国ではありますがね! ところで、最近のニュースによると、オルレアンはもう駄目だそうです!
帽子の一撃をお見舞いしたところで、焼け石に水でしょう……
アニェス 分かってないのね、シャルル、帽子の一撃だって、女の目からすれば、とっても剣呑なものになれるのよ……
ベッドフォード夫人も、グロースター夫人も---それから、地位の上では一番エレガントでなくちゃいけない枢機卿の愛人も---
それで病気になってしまうわ! 考えてみて。高さ三十センチの帽子を見せつけてやるの……
帽子は二股の角型よ! つまり、今の帽子のラインとは正反対をいくのよ…… ねえ、シャルル、分からない? ヨーロッパの宮廷で、二つの角が噂になるわ!
これこそ本当の革命よ!
王妃 (大声で)後ろには小さな襞!
アニェス 小さな襞! 傑作だわ! ね、簡単なの、それで向こうの女達は、もう眠れなくなってしまう。
そしたら、枢機卿も、ベッドフォードもグロースターも、とばっちりを受けて、もうオルレアンのことなんて考える暇はなくなる!
知恵に満ちて、荘重な態度で言い添える。
シャルル、勝利が欲しかったら、ここにあります。手の届くところに、ただ同然で。
シャルル (うめくように)ただ同然、ただ同然…… 笑わせるなよ! 帽子代はいくらかかるといっていたっけ。
アニェス 一つにつき、六千フランよ。ただ同然だわ、まわりは全部真珠の縁取りなんですもの……
それに、真珠なら、いい投資よ…… 帽子が流行遅れになったら、いつでもユダヤ人に売って、
戦費にあてることが出来るわ。
シャルル (飛び上がる)六千フラン! 六千フランも、どこで調達できるというんだ、どうかしてるぞ……
71 :
名前なし:2009/02/13(金) 17:35:37 ID:95IfqIxP
王妃 (穏やかに)一万二千フランよ、シャルル。二人いるの、忘れないで。妻に、愛人よりもみすぼらしい格好をさせるべきではありませんわ。
シャルル (両腕を中に上げる)一万二千フラン! 二人とも頭がおかしいぞ!
アニェス もっと単純な型もあるの。でも、それはお勧めできない。イギリスの馬鹿女達に、心理的な効果を与え損なってしまうでしょう。
貴方はそれをなさろうとしているのよ!
シャルル 一万二千フラン! 夢でも見ているのか、君たちは。半年分の俸給が未払いになっているデュノワの兵士達の、
その半数に手当ての出せる金額だぞ。お義母様、確かな判断力をお持ちの貴方が、
どうしてこの人たちを後押しするのか、私には分かりません。
ヨランド王太后 私に判断力があるからこそ、二人の肩を持つのです、シャルル。あなたの財産と栄誉が問題になったとき、
あなたに逆らった事が今までにあったかしら。狭い考えを振り回した事が、ありましたか。
私は貴方のお后の母です。アニェスを貴方に紹介したのも私です。貴方のためになると思えばこそ。
王妃 (少し傷ついて)お母様、そんなこと、ご自慢なさらないで!
ヨランド王太后 アニェスは魅力的な娘ですよ。自分の立場も良くわきまえています。私達二人にとって、シャルルが男になる決心をしてくれることが、
何よりも必要でした。私達以上に、王国がそれを必要としていました。もう少し高邁な心を持って欲しいの、
今の貴方の考えは、ブルジョワの小娘のようよ! シャルルが男になるには、一人の女が必要だったの……
王妃 (とげとげしく)私も一人の女だったように思うんですけど。その上、あの方の女で妻だったと!
72 :
名前なし:2009/02/13(金) 17:37:49 ID:95IfqIxP
シャルル 昨日、大司教に、「いやだ」といいました。大司教は、僕を怖気づかせようとしてラ・トレムイユをよこし、
僕を一喝したんです、破門にするといって脅しました。全く、たいした芝居だ! 僕は持ちこたえました。
アニェス 誰のおかげかしら?
シャルル (アニェスの太腿を軽く愛撫しながら)アニェスのおかげさ! ベッドの中で予行練習したんだものね。
ヨランド王太后 (近づいて)大司教は何を望んでいたのです? 私にはおっしゃってくださらなかったわ。
シャルル (傍らに立っているアニェスの太腿を相変わらず漫然と愛撫しながら)
なんでしたかね。パリをブルゴーニュ公爵に与えよ、とか、そんな感じのことを。一年の休戦を手に入れるためです。そんなものに、実際上の重要性はありません。
公爵はもうパリにいます。だが、筋を通さなくてはいけません。パリはフランスであり、フランスは私のものです。
要するに、私はそう信じようとしています。だから「いやだ」といったんです。大司教は憤慨していました。
公爵に多額の報酬を約束されていたんでしょう。
アニェス もし、貴方が「はい」といっていたら、どんなことになっていたのかしら、ねえ、シャルル。
シャルル 一週間、君は頭が痛いとか、お腹が痛いとか、うめいていただろう!
いやみなやつだな。やむをえない場合には、僕は、パリなしでもやっていける。だが、君がいないと……
アニェス 私のおかげで貴方はパリを救ったのよ。だったら、帽子代くらい、払ってもいいじゃないの。奥様の分もよ。
たった今、貴方は奥様にとても失礼な事を言ったわ、気付いてないでしょうけど。いつもそう、いけない子ね…… 私が一週間も病気になったら、いやでしょう?
退屈でしょうがなくて……
シャルル (言い負かされて)よろしい、注文したまえ、その帽子を…… 大司教のほうは断れても、君達は断れない。いつも同じ狂言だ……
ただし、どうやってその代金を払えばいいのか、全然分からない。
73 :
名前なし:2009/02/14(土) 19:02:55 ID:dxx72ss1
アニェス 国債にサインするのよ、シャルル。あとはなんとかなる。さあ、お妃様、ご一緒に試着しに参りましょう。お好みは薔薇色、それとも緑?
お肌の色には、薔薇色のほうがお似合いになると思いますわ……
シャルル (飛び上がる)なんだって。もう届いているのか。
アニェス あなたったら、勘が悪いのね! パーティに間に合わせるには、一ヶ月前に注文してなくちゃいけないでしょう。
あなたならきっと断らないと思っていたの。そうじゃありませんこと、王様。向こうの女達がロンドンでどんな顔をするか、今に分かるわ。
フランスの大勝利よ、分かる、シャルル!
キスを交わして、女達は退場。
シャルル (口笛を吹きながら、再び玉座に座る)笑っちゃうね、大勝利か! ラ・トレムイユも、デュノワも、同じだ!
いつだって、大勝利間違いなし。大勝利でも、何でも、いまどきはお金で手に入る。僕に、大勝利をあつらえるお金がないとしたら?
フランスが手の及ばないところにあるとしたら。
ぶつぶつ言いながら、筆記具入れをとる。
まあいい、どうにかなるだろう! いつでも国債にサインすればいい。商人が、これで満足してくれるなら、願ったりかなったりだ。
国庫は空っぽ。でも紙の上には、そんなことは何一つ書かれていない。
ヨランド王太后のほうを向く。
あなたも、欲しいのではありませんか、帽子。どうぞご遠慮なく。私のサインなんて、何の価値もありませんがね。
ヨランド王太后 (近づいて)帽子はお断りしました、もう年ですもの。欲しいものは、ほかにあるの。
74 :
名前なし:2009/02/14(土) 19:04:28 ID:dxx72ss1
シャルル (うんざりして)私を偉大な国王にする、図星でしょう! しまいには、うんざりですよ。
みんなでよってたかって私を偉大な国王にしようとする。アニェスまで! ベッドに入ってまで! 変じゃありませんか……
うまく仕込みましたね、あの女を。いつになったら分かるんです、私は何のとりえもない、哀れな、ヴァロワの男に過ぎない。
奇跡でもなければ、無理です。おじい様のシャルルは、もちろん、偉大な国王でした。
でも、あの方が生きていたのは、戦争前の時代で、今よりも物価が安かった。それに、資産家だったし…… 私の父と母がそれを食いつぶしたんです。
どのくらいになるのか、よく分かりませんが、価値の下落がフランスに起こり、もはや私に、偉大な国王になる手立てはありません。そういうことなんです!
私は出来る事をやっています。
(アニェスの小悪魔を喜ばせるためにね。それなしでは、やっていけませんから)
でも、ここだけの話し、私に不足しているのは、お金だけではありません。勇気も、足りないんです。疲れますよ、勇気ってものは。
それに、われわれの住んでいる荒くれ者の世界では、危険すぎるものでもあるし。ご存知です? この前、ラ・トレムイユの豚野郎が、怒りに任せて剣を抜きました。
私達は二人きりで、私を守ってくれるものは誰もいませんでした…… 危うくその一太刀を浴びるところでした。
すんでのところで、玉座の後ろに飛び退いて、何とかことなきを得たんです…… どんな事態になってるのか、お分かりですか。王の面前で剣を抜くんですよ!
元帥を読んであいつを逮捕させればよかったのですが、間の悪い事に、あいつが元帥ですからね。
私といえば、自分が国王であるという事に、それほど確信がない…… みんなが私をこんな風に扱うのは、そのせいなんです。
私はたぶん私生児に過ぎないと、みんなは知っています。
75 :
名前なし:2009/02/14(土) 19:05:50 ID:dxx72ss1
ヨランド王太后 (穏やかに)あなただけですよ、いつもそんなことを言っているのは……
シャルル 嫡出子の皆さんのご面相を見れば、いかにも私は私生児って感じですよ!
全く変な時代だ。ひとかどの男になるには、体育で一等賞をとらなくちゃいけない。重さ四キロの剣を振り回し、
何キロとも知れない鎧を背負って、歩き回らなくてはならない! 鎧を着せられると、僕はもう動けない。つけるだけ無駄です!
それに、斬り合いも好きじゃない、斬るのも、斬られるのも。
突然、子供のように足を踏み鳴らす。
それに、怖いんだ!
彼女のほうを向き、つっけんどんに。
何をお望みです。どうせお力にはなれませんがね。
ヨランド王太后 あの娘に会って欲しいの、シャルル。ヴォークルールから来た女の子よ。神様のお使いでオルレアンを開放しにきたって言っているの。
民衆はその噂で持ちきり。あなたが会ってやるのを、みんな心待ちにしているわ。
シャルル 今でも物笑いの種なのに、それじゃあ足りないとおっしゃるんですね。神の啓示を受けた村娘に、謁見を許すんですか。
お義母様、良識あるお方のはずなのに、がっかりさせないで下さい……
ヨランド王太后 あなたにはすでにアニェスを差し上げました、シャルル。母としては損になるのを承知の上で。それもあなたを思えばこそ。
今度は、あなたに、あの娘を近づけるようにと申しています…… あの子には、何か人並みはずれたところがある、
少なくとも、みなそのように信じています。それが重要なんです。
76 :
名前なし:2009/02/15(日) 17:45:25 ID:lMO2IzXO
シャルル (うんざりして)私は生娘が好きじゃありません…… 男らしくないとおっしゃるでしょうけど、怖いんです……
それに、アニェスのこともまだ気に入っているし…… あなたを非難しているわけではありません。
でも、王妃の母にしては、貴方は、変わった使命感をお持ちだ……
ヨランド王太后 (微笑んで)私のことが分かっていないわ、シャルル。それとも、分からないふりをなさっているのかしら。
あなたの会議になのよ、あの百姓娘を迎えるのは。ベッドの中にではないの。
シャルル だったら尚の事、あなたはどうかしています、いくらあなたを尊敬しているといっても、お義母様!
大司教やラ・トレムイユ、こいつはジュピターの太腿から生まれたと信じている男ですが、
そいつらのいる会議に、どこの馬の骨とも知れない百姓娘を入れるですって。どんな事になるのか、火を見るよりも明らかです。
ヨランド王太后 (穏やかに)私はね、あなた方みんな、一人の百姓娘を会議に迎える必要があると思うわ。
王国を統治するのは、高貴な人々、それは当然です。神は王国をやんごとなき人々の手の中に置きました……
神のお決めになることをとやかく言うつもりはありません、でも、時々驚いてしまいます。神はどうして、
下々の者たちに気前よくお恵みになっている単純な心と良識を、高貴な人々に、お与えにはならなかったのだろうって。
シャルル (皮肉めかして)それに勇気も……
ヨランド王太后 (穏やかに)それに勇気も、シャルル。
シャルル つまりあなたは、国の統治を民衆に任せることに賛成なんですね。美徳に溢れた、善良な民衆。その善良な民衆が何をするか、ご存知ですか。
時のめぐりあわせで権力を手に入れたとき。専制君主の歴史を読まれましたか。
ヨランド王太后 歴史のことは、何も知らないの、シャルル。私が子供の頃は、国王の娘が学ぶものといえば、糸紡ぎだけ。
他の娘と同じように。
77 :
名前なし:2009/02/16(月) 12:08:28 ID:pIBrNEm4
シャルル ところが、私は、知っているんですよ、歴史を。連綿たる恐怖と陰口の数々。
私は、この先歴史がどうなっていくのか、想像して楽しんで見せることがあります。
あなたが、私の事を、けん玉で遊んでいるとばかり思っているときにね……
あなたのお奨めになることは、やがて試されるでしょう。何もかも試されます。
民衆は数世紀にわたって王国の主人になります
---数世紀なんて、流れ星がすっと流れる束の間の時間です---
それは、虐殺と、おぞましい過ちの時代になるでしょう。
最後の審判の日に生産してみると、もっとも破廉恥で気まぐれな君主でさえ、
この高徳な民衆の一人ほど高くついたわけではなかったと、気付く事になります。
民衆に、民衆出身の、陽気な権力者を与えてみるとよい。
民衆を支配し、その民衆を、わがフランス人民を、なんとしても幸福にしようと思っている男を。
するとあなたにも分かるでしょう、しまいに彼らは、けん玉でのんきに遊んでいた小さなシャルルを、懐かしがるに違いない……
少なくとも私には、幸福はこうであらねばならないという杓子定規な理念はありません。
それが、些細ではあっても、どんな貴重な事なのか、みんなにはまだ分かっていないんです。
ヨランド王太后 けん玉遊びは、おやめになるほうがいいわ、シャルル、玉座に馬乗りに座るものよ! 国王らしくありませんわ!
78 :
名前なし:2009/02/16(月) 12:09:47 ID:pIBrNEm4
シャルル ほっといてください。失敗したところで、玉は、指の上か、鼻の上に落ちるだけです。痛いのは私だけ。
片手に玉を持ち、もう片手には棒を持ち、玉座に背筋を伸ばしてすわり、まじめに自分の言動に重きを置き始めたら、
私が何かへまをするたびに、玉はあなた方の鼻の上に落ちる事になるのですよ。
大司教とラ・トレムイユ登場。シャルル、今言ったように、毅然として玉座に座り、彼らに大きな声で呼びかける。
大司教様、元帥、良いところにお越しだ! 私は政の最中でしてね。御覧なさい、地球と、正義の手を手に入れました。
大司教 (柄つき眼鏡をとり)ですが、これはけん玉ですな!
シャルル たいしたことではない、猊下。全てはシンボルだ。教会のプリンスに教えを垂れるつもりはないがね。謁見を所望されていたのかな。
降ってわいたようなお出ましだが。
大司教 冗談は抜きです。いつも騒々しい世論の一部が、何かと画策して、しばらく前から噂のあの娘を、殿下に会わせようとしております。
そのことのについて、元帥と私が申し上げに参ったのは、それを認めるなど金輪際あってはならぬということです。
シャルル (ヨランド王太后に)でしょう? お二人とも、ありがたいご進言、ちゃんとメモしておきましょう。ありがとう。
この件に関してどう対処すべきか、あとでお知らせする。もう下がってよろしい。これにて、謁見は終了。
大司教 殿下、遊びではありませんぞ!
シャルル やれやれ、国王らしくしゃべってみても遊びと思われてしまう。
けん玉を持って玉座に寝そべる。
だったら、静かに遊ばせてくれ……
79 :
名前なし:2009/02/16(月) 12:11:17 ID:pIBrNEm4
大司教 あの娘の奇跡的な名声は、すでに本人よりも先に、ここに届いております。うまく説明できない熱狂です。包囲されたオルレアンでは、
みなが彼女のことを話題にし、彼女を待ち望んでいるように見えます。神の手があの娘を導いている……
神はフランス王国を彼女によって救い、イギリス軍を海の向こうに追い返す事にした、といったたわごとの数々。神はあなたが娘に会うことを望んでおられる……
何一つそれを妨げる事は出来ない…… そんな風に。どうして神を持ち出すのか、私には分かりません!
そして当然、あの娘は奇跡を行っています。何をしても奇跡になるのです。あの娘がシノンにやってきたとき、一人の兵士から口汚い事を言われました。
その男に彼女は言いました。「ののしるのは間違いよ。もうすぐ神様のもとに行くんですから」
一時間後、この粗忽者は、中庭の井戸に誤って転落し、溺れ死にました。酔っ払いが足を踏み外したおかげで、あの娘は、
デュノワが大勝利で得るよりも大きな名声を得ました。みんなの意見は一致しています。犬の世話係から、宮廷の貴婦人にいたるまで、
私達を救えるのはもはや彼女しかいないというのです。ばかげた事です。
シャルルは玉座に馬乗りに座り、けん玉に没頭。
国の大事を申し上げている最中に、けん玉でお遊びとは!
シャルル 大司教殿、はっきりさせておきましょう。私がけん玉で遊ぶのを望まれるのか、それとも、私が統治するのを望まれるのか。
立ち上がる。
統治して欲しいのか。
大司教 (おびえて)そのような事までお願い申すのではございません! ただ私どもの努力をお認めいただければそれでよろしいのです……
80 :
名前なし:2009/02/16(月) 12:20:44 ID:pIBrNEm4
シャルル 認めている、評価もしている、そしてそれを全くもって無益なものと思っている。誰も彼も、私にあの娘を受け入れて欲しいのではないのか。
大司教 そんなことは申しておりません、殿下!
シャルル 私は、個人的には何の好奇心も持っていない。新しい顔を見ても、退屈なだけだ。知った者だけでも多すぎる…… それに、神から遣わされたやつらに、
めったに面白い輩などいない。だが、私はよい国王でありたい。民衆を満足させたい。神の啓示を受けたその娘に会ってみよう。
化けの皮をはいで終わりになるかもしれないがね。貴方は、娘とお話になったのか。
大司教 (肩をすくめ)私には別の仕事がございます。この肩にのしかかる王国の重みで大変なのでございます。
シャルル そうか。私のほうは、けん玉のほか、別にこれといってやることもない。その娘に会って、あなたを心配から解放してあげましょう。
そして正直にその印象をご報告しましょう。信用してくださって大丈夫。あなたは私を慇懃に軽蔑している。私に対して、何の敬意も抱いていない。
だが、これだけはご存知でしょう。私は軽い男だ。今の場合、この欠点が長所に見えるのではありませんか。
少しでも真面目くさったものに、私はすぐに退屈してしまう。その娘に会ってみましょう。
王国の救済について、話を聞いてみようという気が私に起こったら、それこそ奇跡ですよ---まだ誰も、それに成功した者はいません。
いつも、あくびが出てしまう……
大司教 (ぶつぶつ言う)農民の娘が、王に謁見とは!
81 :
名前なし:2009/02/17(火) 11:54:13 ID:V7ZL4E/K
シャルル (さらりと)なあに、私はたいていどんな生まれの人とも会うんです……
ジュピターの太腿から直接生まれたラ・トレムイユ殿のことをあてつけているのではありません……
時に、大司教、ご自身も、確かワイン商人の孫だとお聞きしたように思うが……
何も、非難しているわけではない! ごく自然な事ではないか?
あなたはミサ用のワインの瓶を足がかりに司祭職へとやってきた。
この私は、あなたに何度も言われたものだが、王の息子という確証はどこにもない。
だったら、身分のことでとやかく言うのは、やめにしようではないか。
そんなことをしていると、私達のほうこそいい面の皮だ。
さあ、母上、参りましょう。その小娘をからかってやりましょう…… 小姓の一人に、変装させましょう。
一番穴の開いていない王の服を着せて玉座に座らせておくんです
---私より顔色がいいかもしれない---私は群衆にまぎれます……
神のお使いが小姓に演説とは! 新作の喜劇ですかな……
両者退場。
大司教 (ラ・トレムイユに)好きにやらせておきましょう。遊び半分なんですから。
たいして危険はないでしょう。娘の謁見で、人々の心も落ち着くに違いない。
二週間もすれば、お告げを聞いたという新しい神の使いがやってきて、
今度はそっちのほうに夢中になり、あの娘の事は、すっかり忘れているでしょう。
ラ・トレムイユ 猊下、私は軍の指揮官です。その私に今言えるのは、まともな医者はさじを投げたという事。
今では、われわれを治療しているのは、接骨医、祈祷師、偽医者……
或いは、あなたのおっしゃる、神のお使いです。何も危険はありません。
82 :
名前なし:2009/02/17(火) 11:56:15 ID:V7ZL4E/K
大司教 元帥、神にかかれば、常に全てが危険です。
娘が本当に神の使いで、そして、神がわれわれのことを気にかけ始めたとしても、
それで厄介事が終わったわけではありません。
単調な日常から抜け出し、四つか五つの戦いに勝つ。
その後、スキャンダルや揉め事が始まります。
政府と教会にお仕えしてきた私の経験が教えてくれるところでは、神の注意を引いてはいけません。
小さくしていなくては。小さく、小さく。
廷臣たちが王妃たちと場を占め、小姓は玉座につく。シャルルは群衆の中に紛れ込んでいる。大司教は低声で言い終わる。
とりわけ、神を相手にするとき、恐ろしいのは、それが悪魔の仕業ではないと、誰一人言い切れないことです……
いずれにしても、賽は投げられました! 娘がやってきました!
全員、小姓の座る玉座のまわりに集まっている。シャルルは群衆の中。ジャンヌ、一人で、小さくなって入ってくる。
鎧と丈高い帽子に囲まれ、シンプルな灰色のいでたち…… 全員が道をあける。ジャンヌに玉座までの道が出来る。
彼女はひざまずこうとして、ためらう。真っ赤になり、小姓を見ている……
ヨランド王太后 (耳元で囁く)お辞儀するのよ、国王の御前ですからね。
ジャンヌ、彼女のほうを、取り乱した様子で振り向く。顔をほとんど苦しげな表情を浮かべ、彼女を見る。
そして急に、ジャンヌを伺う押し黙った全ての人々を見る。そして道をあける群衆の中を静かに進む。
ジャンヌを避けようとしているシャルルのところまで行く。彼女が自分に届きそうになったのを見て、
彼は他の人々の後ろに隠れるためほとんど走り出す。彼女は彼を追いかける。彼女もほとんど走っている。
片隅で追いつき、ひれ伏す。
83 :
名前なし:2009/02/17(火) 11:58:15 ID:V7ZL4E/K
シャルル (静けさの中に、困惑して)お嬢さん、なんでしょう。
ジャンヌ やんごとなき王太子様。私の名前を処女のジャンヌと申します。
天の王様が、私を通じてあなたにおっしゃっています。
あなたはランスの街で聖別され戴冠されます。そして天の王様の代理になります。
つまりフランス国王に!
シャルル (困惑して)そのう……いい話ですね。でも、ランスはイギリスの手に落ちています。どうやってそこに行くんですか?
ジャンヌ (あいかわらずひざまずいて) やっつけながらです、王太子様
---もちろん力づくで! オルレアンから始めて、その後、ランスに向かいます。
ラ・トレムイユ (近づく)だがな、小娘、そいつは、何ヶ月も前からわれらの偉大な大将たちがこぞってやろうとしている事だ。
俺はその上に立つもので、事情ならよく知っている。なかなかうまくいかんのだ。
ジャンヌ (身を起こす)私なら、うまくやれます。
ラ・トレムイユ どうやってだ!
ジャンヌ 私を遣わされた神様のご加護によって。
ラ・トレムイユ 最近耳にした話では、神はわれらのオルレアン奪回を決意なさったという事だ。そうか?
ジャンヌ ええ、そうです。そしてイギリス軍をフランスから追い出すことも。
ラ・トレムイユ (冷笑)たいそうな思し召しだな! だが、神は、それをおん自ら公言なさらぬのか。
それを言うのに、お前を必要とされるのか。
ジャンヌ ええ、そうです。
84 :
名前なし:2009/02/17(火) 12:00:53 ID:V7ZL4E/K
大司教 (近づく)娘よ……
ジャンヌ、彼を見て、ひざまずき、服の裾のほうに口付ける。
彼は自分の指輪を彼女に示して口付けさせ、仕草で彼女を立たせる。
神は、フランス王国の開放をお望みだというのだね。
それが神のご意志なら、兵士など必要ないはずではないか……
ジャンヌ (正面きって)まあ、大司教様、神様は怠け者はお嫌いです。まず兵士が立派に戦わなくてはいけません。
すると神様が勝利をくださいます。
シャルル (困惑して彼女を見、唐突に尋ねる)どうして私だと分かった。王冠もないのに……
シャルル 王太子様。あのちっぽけな男は、玉座で王冠をかぶり、立派なお召し物を着て、吹き出しそうな芝居をしてします。
でも、見たらすぐに分かりました、
単なるちっぽけな男だってこと……
シャルル お嬢さん、それは違う。あれは由緒ある家柄のご子息だ……
ジャンヌ どんな方々が立派な家柄なのかは存じ上げません…… でも、私達の王様の横では、あれはやっぱりちっぽけな男です。
シャルル (戸惑って)お前達の王と、誰が言った。僕にしても、風采の上がらない……
ジャンヌ 神様です、王太子様。あなたのお父様と、おじい様と、そして連綿と続く王の家系を通じて、神の王国の将軍であるようにと、
あなたを指名された神様です。
大司教とラ・トレムイユは、いらいらした眼差しをかわす。大司教進み出る。
85 :
名前なし:2009/02/17(火) 12:02:30 ID:V7ZL4E/K
大司教 殿下、いきなりそのような…… 身の安全のこともございます……
シャルル (この言葉に、少しびくりとするが、ジャンヌを見て、気を取り直し)
私が一人で判断する。
彼は朗唱する。
私の父と、祖父と、そして連綿と続く王の家系を通じて……
ジャンヌに目配せ。
そうだね?
下がれ、みなのもの、国王の命令である。
全員お辞儀し、退場。シャルルはしばらく高貴な態度をとっているが、突然吹き出す。
みんな出て行った! 素晴しいね、君は! 人が僕の命令を聞くなんて、初めてなんだ……
不意に、心配そうに彼女を見る。
大司教の心配、当たっていないだろうね。僕を殺しに来たんじゃあるまいね。スカートの下にナイフを隠したりしてないか?
彼女を見る。ジャンヌは、堂々と微笑む。
よかった。君はいい顔をしている。宮廷の悪党どもに囲まれているうちに、
いい顔というものがどんなものか忘れてしまっていた…… わが王国に、君のようないい顔をしている人間は、大勢いるのかな。
ジャンヌ (相変わらず堂々と微笑む)ええ、大勢。
シャルル ただ、僕の目には入ってこない…… ここにいるのは、荒くれ者、坊さん、娼婦、そういう手合いばかりだ……
気を取り直す。
気立ての優しいお妃がいる、ただ、頭が悪くて……
玉座に座り、足を肘掛にのせ、ため息をつく。
さあ、今度は君が、僕をうんざりさせる晩だ。君も僕に向かって、偉大な国王であらねばならない、と言い始めるわけだ……
86 :
名前なし:2009/02/19(木) 13:57:07 ID:SzR98+SH
ジャンヌ (優しく)そうです。
シャルル (立ち上がる)そうだ、これから一時間、二人で閉じこもっていよう。あいつらに強い印象を与えるんだ……
ただし、神とフランス王国の事を、一時間も聞かされるのは耐えられない…… こういうのはどうだろう。その間まったく別のことをしゃべるっていうのは。
出し抜けに訊く。
トランプは出来る?
ジャンヌ (目を大きく見開いて)なんでしょうか、それは。
シャルル 面白い遊びさ。パパが病気をしたとき、気晴らしのために発明されたんだ。教えてあげよう。例によって、僕はもう飽きてしまった。
でも、君は初めてだから、きっと楽しいと思う。
整理箱の中をかき回しにいく。
ちゃんとあるかな。ここでは、何もかも、盗まれてしまうんだよ。トランプって、とても高価なんだ。大貴族しかもっていない。
僕のはね、パパの形見。もう一揃い買おうと思っても、僕にはそんなお金は、この先もないだろうな……
いや、あった、あった。
トランプを持って戻る。
聞いているかもしれないが、パパは気が狂っていたんだ。僕は自分が本当の王だということを確信するために、
パパの息子でいたいと思う日がある…… そうかと思うと、パパと同じように、三十歳頃、狂ってしまうんじゃないかと怖くて、私生児であればいいと思う日もある。
ジャンヌ (優しく)で、ここだけの話、どっちのほうがいいわけ、あなたは、シャルル。
シャルル (驚いて、振り向く)おや、ずいぶんなれなれしいね。今日は、変な事が起こる日だ。面白い。退屈しのぎにはちょうどいい!
87 :
名前なし:2009/02/19(木) 13:58:36 ID:SzR98+SH
ジャンヌ あなたは、もう退屈なんてしないわ、シャルル。
シャルル そう? で、どっちがいいかって。勇気のある日は、いつか気が狂う危険はあっても、本当の王でいたいと思う。
勇気のない日は、何もかも投げ出し、どこか外国でつつましく静かに暮らしていたくなる。アニェス、知ってる?
ジャンヌ いいえ。
シャルル (トランプを切りながら)綺麗な子だ。あの事いれば、退屈しない。ただいつも、あれを買ってくれ、これを買ってくれ、って。
ジャンヌ (突然、生真面目に、尋ねる)で、今日は、勇気はあるの、シャルル。
シャルル 今日?
答えを探す。
うん、今日は少しなら有るかもしれない。たくさんじゃない、ちょっとだけ。君も見ていただろう、どんなふうに大司教を下がらせたか……
ジャンヌ じゃあ、今日からあなたには、毎日、勇気があるわ、シャルル。
シャルル (興味深げに、身を乗り出す)うまいやり方があるのかい?
ジャンヌ ええ。
シャルル 少し魔女の気がある? 僕になら、言っても大丈夫。気にしないし、誰にも言わないから。拷問ってやつが大の苦手なんだ。
一度、異端の女が火あぶりにされるのを見に行った事がある。その日は一晩中、げろを吐いていた。
ジャンヌ (微笑む)いいえ、シャルル、私は魔女じゃない。でも、いいやり方があるの。
シャルル 内緒で売ってくれないかな。そんなにお金はないんだけど、国債でなら払える。
ジャンヌ あなたにあげるわ、シャルル。
シャルル (疑わしげに)ただで?
ジャンヌ ええ。
シャルル (突然、殻にこもる)じゃあ、信用できない。そいつは、いいやり方じゃないか、それとも、高くつきすぎるか、どっちかだ。
安物買いの銭失いだ……
トランプを切る。
いいかい、僕は愚か者のふりをしてきた、そっとしておいてほしくてね。だがすっかりお見通しだ。そうやすやすとは手玉には取られない。
88 :
名前なし:2009/02/19(木) 14:00:09 ID:SzR98+SH
ジャンヌ (優しく)見通しすぎたのね、シャルル。
シャルル 見通しすぎた? 見通すのに、すぎることはない。
ジャンヌ あるわよ。時には。
シャルル 身を守る必要があるんだ。君だったらどうする! 隙あらば剣の一撃をお見舞いしよう、ということしか頭にない荒くれものの中に、
たった一人でいて、しかも、僕のように、生まれつき貧相なたちだとしたら、そこから抜け出す方法は一つだけ、やつらよりも頭がいいこと以外にはない。
僕はやつらよりもずっと頭がいい。だからこそブルージュの小さな玉座に、どうにかこうにか、留まっていられる。
ジャンヌ (彼の腕に手を置く)今は、私がいる、あなたを守るために。
シャルル そう思う?
ジャンヌ ええ。それに、私は強いの。何も怖くない。
シャルル (ため息)運がいいんだ!
トランプを整える。
クッションに座って。トランプを教えよう。
ジャンヌ (玉座のそばに座りながら、微笑む)そうしたいのなら、いいわ。終わったら、私がほかの事を教えてあげる。
シャルル どんなこと?
ジャンヌ 何も恐れない事。そして、頭がよすぎないこと。
シャルル 分かった。カードを見て。絵が描いてある。人生と同じで、全てがここにある。
ジャック、クイーン、キング…… 他には、小さなハート、スペード、クローバー、ダイヤ。
これは軍隊だ。たくさんあるから、好きなだけ殺していい。カードは見ずに配る。いいのが来るか、悪いのが来るか、運次第だ。
戦いが始まる。強さに応じて、カードを取ることが出来る。君の考えでは、何が一番強いと思う?
ジャンヌ キング。
シャルル そう。キングは最強のカードの一つだ。でも、キングよりも強いものがある。このカード、たった一つの、大きなハート。これをなんと呼ぶか、知ってる?
89 :
名前なし:2009/02/19(木) 14:01:49 ID:SzR98+SH
ジャンヌ もちろん、神でしょう。キングに命令するんだもの。
シャルル (いらいらと)違う。この石頭! 神の事は、五分間、横に置いといてくれ!
今は、トランプをしているんだ。これは、エース。
ジャンヌ え、エース? 馬鹿じゃいの、あなたのカードゲーム。王様より強いのが、神様以外にあるわけないでしょ?
シャルル エースというんだよ、エース。そう言いたければ、神様でもいい…… どの陣営にもいるんだ。
ほら、ハートのエース、スペードのエース、クローバーのエース、ダイヤのエース。それぞれに一つずつ。
君の村では、どうやら、こういうことはお見通しじゃないようだね! それじゃあ、君は、イギリス軍が、
われわれと同じように自分たちのお祈りをすることはないとでも思っているのか。イギリス人には、彼らを守り、
彼らに勝利をもたらす神がいないとでも思っているのか。従兄のブルゴーニュ公にも、同じように、ちっちゃな自分の神がいる。
活発で、奸智にたけたブルゴーニュの神だ。いつも窮地から救い出してくれる。神はみんなのもとにいる。神は審判で、点数をつけている。
そして、結局、一番お金持ちで、強い軍隊を持っている者と共にいる。それならどうして、君は神がフランスと共にいてほしいんだ、
いまやフランスは一文無しだ。
ジャンヌ (優しく)きっと、フランスが一文無しだから一緒にいてくださるのよ、シャルル。
シャルル (肩をすくめる)君は神のことを知らない!
90 :
名前なし:2009/02/19(木) 14:03:33 ID:SzR98+SH
ジャンヌ 知っているの、シャルル、あなたよりもずっと。神様は、一番強い人のところにいるんじゃない。一番勇気のある人のところにいる。
微妙な違いだけど。神様は、怖がりがお嫌いなの。
シャルル じゃあ、僕の事は嫌いなわけだ。だったら、なぜ僕に、神様のことを好きになってほしい?
勇気をくれさえすればよかったんだ。それで充分だったのに!
ジャンヌ (厳しく)神様はあなたの乳母じゃないわ。あなたの世話ばかり焼いているわけにはいかないのよ。
現状を打開してみようとは思わないの。そりゃあ、神様は、ラ・トレムイユさんのような腕っ節の強さを、
あなたには授けてはくれなかった。くれたのは、ひょろひょろの、長すぎる脚……
シャルル チェックしたのか。その点に関しては、もっとやりようがあったと思う。今の流行に照らせば、なおさらそうだ。
この脚のせいで、アニェスは僕を決して好きにはならないだろう。おまけにこんな不恰好な膝までくれて……
ジャンヌ 確かにそうね。膝にはあんまり気を回さなかったのね。でも、他のものをくれたわ、いたずら小僧のいたずらなおつむに、才気の火花。
神様に一番そっくり。それを正しく使うことも悪く使うことも出来る。その自由を神様はくださった。トランプ遊びに使うことも、
その場しのぎで大司教を手玉に取るのに使うこともできる…… お妃様との間に息子さんが一人いるでしょ。あなたが死ぬ時、その子に何を残すの。
イギリス軍に食いつぶされたフランスの切れ端? 恥ずかしくない? 子供が大きくなったとき、同じように言うかもしれない。
「神様はぼくのことをかまってくれなかった!」って。でも、シャルル、かまってやらなかったのは、あなたよ。
子供には、あなたが神様なの。面倒を見るのはあなた。神様はあなたを王様にした。担うにはとても重いものをくださった。
不満を言っては駄目。そうやって神様は人間の面倒をみるものなの。
シャルル (うめく)だけど、何もかも怖いんですよ、僕は!
91 :
名前なし:2009/02/20(金) 14:51:32 ID:wTd6DRTP
ジャンヌ (近づく)教えてあげる、シャルル。私の方法をあげる。まず---このことは、誰にも言っちゃ駄目よ---私も、怖いの。
ラ・トレムイユさんがどうして怖がりじゃないか、知ってる?
シャルル それは、強いからさ。
ジャンヌ 違う。馬鹿だからよ。想像力がないからよ。イノシシだって、何も怖がらない。牡牛も。あなたが王国を再建する以上に、
私がここにやってくることのほうが、もっと大変だった。父さんを説得しなくちゃいけなかったの。私はぶたれたわ。
だって私の事、娼婦になって兵隊についていくんだろうって、思ってたから。どこをとっても、殴り方は父さんのほうがイギリス軍より酷い。
母さんも泣かせてしまった。もう駄目かもしれないって思った。そのうえ、悪い考えを頭に詰め込んで、
大声で叫びまくるボードリクールのデブを説得するのが、これまた一苦労……分かる? 私だって怖かったわ。ずっと怖かった。
シャルル で、どうやったの。
ジャンヌ 怖くないふりをしたの。そんなに難しいことじゃないのよ、シャルル。一度やってみるといいわ。こう言うの。
「そうとも。僕は怖い。しかし、これは僕自身の問題だ。他人は関係ない。さあ、続けよう」
そして続けるの。目の前に、乗り越えられそうにもない壁があらわれたら……
シャルル わめき散らすラ・トレムイユとか……
ジャンヌ たとえばそう。それとか、オルレアンの前で頑丈な砦にこもっている強固なイギリス軍。
そのとき、こう言うの。
「よし、あいつらは数が多い。頑丈は壁があり、大砲があり、矢も豊富に蓄えられ、いつも最強だ。いいだろう。僕は怖い。怖さのどん底だ。
ほら、これでいい。今や僕は恐怖心を持った、さあ、行こう!」
すると、みんなは、あなたが怖がってないのに驚いて、怖がり始め、道をあけてくれる! あなたは進んでいく、なぜかって言うと、
頭がよくて想像力のあるあなたは、先に恐怖のほうを進ませちゃったからなの。これよ、秘訣は。
92 :
名前なし:2009/02/20(金) 14:52:54 ID:wTd6DRTP
シャルル もし、敵のほうが強かったら!
ジャンヌ ただ強いだけじゃ焼くには立たないわ。私はね、見たことあるんだ、村の男の子が、密猟していて、殿様の大きな番犬に追いかけられた。
その子は立ち止まって、犬を待ち受けた。そして一匹ずつ、首を絞めて殺したの。
シャルル 咬まれなかった?
ジャンヌ もちろん咬まれたわ! 奇跡なんてどこにもない。でも首を絞めて殺したの。
神様は、密猟者の男の子よりも、二匹の犬のほうを、ずっと強くおつくりくださった。
ただ、神様は、人間に、獣よりも強くなれる、別のものをくださった。
だから、男の子は走るのをやめ、恐怖心を一挙に吐き出して、こう思ったの。
「よし、僕はもう充分怖がった。今度は、立ち止まって、あいつらを絞め殺してやる」
シャルル それだけ?
ジャンヌ それだけ。
シャルル (少し失望して)魔法どころか、何の変哲もない。
ジャンヌ (微笑み)何の変哲もない。でもそれで充分。神様は、人間に異常な事を求めたりはしない。
ただ、自分自身の、この小さな部分に信頼を寄せるの。小さな部分って、神様の事。ただ少しだけ高みに立つの。
そうすれば、あとは神様が面倒をみてくれる。
シャルル (夢見るように)いつもそんな風にうまくいくのかな?
ジャンヌ ええ、いつだって。もちろん、機転も必要よ。でも、機転なら、あなたにはありすぎるくらいある!
あの密猟者の男の子は、犬が野ウサギに気を取られて、離れ離れになった瞬間を、見逃さなかった。それで一匹ずつ始末できたの。
でも、そんなことより、いい? あなたが恐怖心を吐き出して、立ち止まり、立ち向かう瞬間に、
神様があなたにやってくるの!
言い添える。
ただし、神様がどんなお方だか、知ってるわね。最初の一歩は、人間が踏み出す事を、神様はお望みよ。
93 :
名前なし:2009/02/20(金) 14:54:30 ID:wTd6DRTP
シャルル (沈黙の後)僕が、君の方法をやってみると思う?
ジャンヌ もちろん、やるわ。やってみることが大切よ。
シャルル (突然、自分の大胆さが怖くなり)明日にしよう、準備の時間もいるし……
ジャンヌ いいえ。今すぐよ。もう準備は出来てる。
シャルル 大司教とラ・トレムイユを呼んで、君に軍隊の指揮を任せると言うのかい。どんな顔をするかな?
ジャンヌ 呼びましょう。
シャルル 怖い。怖くて死にそうだ。
ジャンヌ じゃあ、一番辛い事はすんだわ。二人が来たとき、あなたの中に恐怖心が残っていては駄目よ。精一杯、怖がってる?
シャルル (腹を押さえ)君を信じるよ。
ジャンヌ それでいいわ。二人に対してあなたは有利よ。あの人たちが怖がりはじめるとき、もう怖がり終えているんだもの。
大事なのは、戦いの前に、先に怖がる事。すぐに分かるわ、呼ぶわよ。
奥に呼びに行く。
大司教様、ラ・トレムイユ様! 王太子様からお話があるそうです。
シャルル (叫び、足を踏み鳴らし、パニックにとらわれる)ああ! 怖い! 怖い! ああ! 怖い! 怖い!
ジャンヌ そうよ、シャルル、ありったけの力で怖がるの!
シャルル (歯を鳴らす)もうこれ以上は駄目だ!
ジャンヌ もう大丈夫。神様はあなたを見て、にっこりして、こう思ってる。
「何はともあれ、シャルルのやつめ、ちゃんと怖がって、二人を呼び寄せている」
一週間後には、私達はオルレアンを手に入れているわ!
大司教とラ・トレムイユ、驚いて登場。
大司教 お呼びでございましょうか。
シャルル (ジャンヌを見たあと、突然)そうだ。心を決めた。貴殿にも関係する決心だ。ラ・トレムイユ殿。ここに控えるこの娘に、わが国王軍の指揮権を与える。
突然叫び始める。
貴殿が同意されぬ場合は、ラ・トレムイユ殿、剣は返上していただく。身柄は拘束する!
ラ・トレムイユと大司教、石になったように立ちすくむ。
94 :
名前なし:2009/02/20(金) 14:57:29 ID:wTd6DRTP
ジャンヌ (手を叩きながら)やったね、シャルル! ね、簡単だったでしょ! 見て、二人の顔! 違う、二人の顔よ! 死ぬほど怖がってる!
彼女は笑いはじける。シャルルも狂ったように笑う。太腿を叩き合う。
塩の像に変わってしまった大司教とラ・トレムイユの前で、とめる事が出来ない。
ジャンヌ (突然、ひざまずき、叫ぶ)ありがとうございます、神様!
シャルル (彼もひざまずいて、二人に叫ぶ)ひざまずかれよ、ラ・トレムイユ殿!
大司教、われらを祝福されよ! ぐずぐずするでない!
一分たりとも無駄には出来ぬ! われらはみな、怖がる事を教えた。
いまや、オルレアンへ向かわねばならぬ!
ラ・トレムイユ、呆然としてひざまずいている。大司教は、唖然として、機械的に祝福を与える。
95 :
名前なし:2009/02/20(金) 14:59:09 ID:wTd6DRTP
ウォーリック (奥で笑いはじけ、コーションと共に進み出る)もちろん、現実がそっくりそのままこうだったわけではありません。
本当は会議が召集され、長い事ああだこうだと議論し、最終的にジャンヌを旗持ちにして、民衆の要望に応えることに決めたんです。
要するに、可愛いマスコット。その可愛さで、単純な兵士を誘惑し、命を投げ出す決心をさせる。
私達の陣営では、戦いの前にはきまって兵士達に、普段の三倍もジンを振舞いましたが、いつもの効き目は全くありませんでした。
この日を境に、どんな戦略を立てようと、負け始めました。人はこういいました。ジャンヌの奇跡などない、
オルレアンを取り巻く孤立した城塞網は、戦略的に愚かで、ただそこを攻撃すれば充分だった---
ジャンヌは単に、アルマニャック軍の参謀本部に、攻撃を決心させたにすぎない、と。ジョン・タルボット卿は、愚かではなった。
あの男は自分の仕事を心得ており、あの不幸な戦い以前には、それを証明していたし、その後もそうでした。
彼の城塞網は、理論的に難攻不落でした。そこにあったのは---貴族にふさわしく、それを認めましょう---
予測不可能なもの。どうしてもとおっしゃるなら、神でした。司教様---参謀本部もそこまでは予測しません……
それは、あの、小さな、歌うひばり。歩兵達の頭の上、フランスの空に…… 個人的には、猊下、私はフランスが大好きです。
だからこそ、それを失いたくなかった。あの、二つの澄んだ音色、小さなひばりの、楽しげな、たあいのない歌、
狙われているのに、陽の光の中で動かずにいる、ひばり、それが、フランスです。
言い添える。
つまり、その中の最良のもの…… というのも、フランスにだって、愚かな者、無能な者、下劣な者は、
大勢いますからね。ただ、時々、その空に、一羽のひばりが現れ、それを帳消しにするんです。私は、フランスが好きです。
96 :
名前なし:2009/02/21(土) 12:25:59 ID:Dj5Fxhhe
コーション (優しく)それにしては、射落とそうとしていますね……
ウォーリック 人間は矛盾に満ちています。司教様。愛するものを殺す事は、頻繁にあります。私は動物好きで、しかも狩りをします。
彼は不意に、厳しい表情で立ち上がる。ブーツをステッキで打ち、二人の兵士に合図する。兵士進み出る。
さあ! 小さなひばりは捕まった。コンピエーニュの罠は閉じられた。輝かしいページは演じられた。
シャルルとその宮廷は、一顧だにせず、小さなマスコットを捨てることになる。このマスコットは、もう、幸福を運んでくれそうにない。
やつらは、昔ながらの政治に戻るだろう……
実際、シャルル、ラ・トレムイユ、大司教は、ずるそうに立ち上がり、相変わらずひざまずいて祈っているジャンヌから遠ざかってしまっている。
彼女は驚いて立ち上がる。一人ぼっちである事、シャルルが腹黒そうな様子で遠ざかっていく事に、驚いているのだ。
衛兵が彼女を連行する。
コーション (彼女に大声で。効果的所作を強調しながら)お前の王は、お前を見捨てる、ジャンヌ!
どうして王を擁護しようと躍起になる? 昨日、読んで聞かせたではないか、彼がすべての町に送った手紙、
お前を否認する手紙を。
ジャンヌ (沈黙の後、穏やかに)私の王様です。
シャルル (小声で大司教に)手紙のことで、また、われわれをなじっている。
大司教 (小声で)必要でした、陛下、あれは必要でした。目下の状況では、フランスの大儀は、いかなることがあろうと、
ジャンヌの大儀と結びついているわけには行きませんでした。
97 :
名前なし:2009/02/21(土) 12:28:21 ID:Dj5Fxhhe
コーション ジャンヌ、よく聞いて、分かって欲しい。お前の王は、われわれの王ではない。正式な条約によって、
ランカスター家のヘンリー六世がフランスとイギリスの国王におなりだ。この裁判は政治的な意味を持ってはいない……
今われわれがしようとしているのは、単に、全力を尽くして、また、誠実に、迷える子羊を母なる教会の懐に連れ戻す事。
けれども、われわれは、結局、人間なのだ。ジャンヌ。われわれは自分のことをヘンリー国王陛下の中心とみなしている。
そしてフランスへのわれらの愛---それは、お前のと同じくらい大きく、心からのものだが---
その愛によって、陛下をフランスの宗主とお認めすることにした。フランスが、その廃墟から立ち上がり、傷に包帯を巻き、
このいつ果てるとも知れない恐ろしい、血なまぐさい戦争から抜け出すために……
アルマニャック軍のむなしい抵抗、お前が王と呼んでいる男の、自分のものではない玉座を狙う、笑うべき野望、それは、われわれに言わせれば、
ほとんど確実なものだった平和に対する、謀反と革命の行為なのだ。お前が仕えたあの操り人形は、われらの主人ではない。
そのことを分かって欲しい。
ジャンヌ いつまでもしゃべっているといいわ。何にもならないから。あの人は、神様があなたにくださった王様よ。
やせっぽちで、貧相で、足はひょろひょろ、膝は不恰好に膨らんでいるけど。
シャルル (小声で、大司教に)実に不愉快だ……
大司教 (同じ演技で、シャルルを引っ張って)辛抱です、陛下。向こうは、大急ぎで裁判を片付け、ジャンヌを火あぶりにするつもりです。
そのあとは、われわれも落ち着いていられます。それに、イギリスの方で、ジャンヌを捕らえ、
死刑にする面倒を引き受けてくれたのですから、われわれにとってはむしろありがたいことです。
イギリス側でそれをしなかったら、いつかわれわれがそれをやらなくてはならなかったでしょう。
あの娘は手に負えなくなっていた!
彼らは退場。後で、また戻り、それと気付かれずに群集に紛れ込む。
98 :
名前なし:2009/02/21(土) 12:30:05 ID:Dj5Fxhhe
コーション (再び語る)お前は愚かではない。ジャンヌ、お前が口にした傲慢な答えの数々で、それはよく分かった。
少しの間、われわれの立場に発って考えて欲しい。人としての立場に立った時、その人間的な確信の一番奥で、
どうすれば認めることが出来ると思う、自分達の守っている大儀に反して、神がお前を遣わしたなどと。
お前は神の声を確かに聞いたというが、ただそれだけで、神がわれわれとは反対の陣営についたと、認めることが出来るものだろうか。
ジャンヌ あなたたちを完全にやっつけるとき、それが分かるはずよ!
コーション (肩をすくめる)まるで、聞き分けのない子供だ。わざとなんだな。では今度は、司祭の立場で問題を考えてみよう。つまり、教会の守り手として。
お前の言う事を信じるに足る、どんな立派な理由がある? お前は、お告げを聞いた始めての女だと思っているのか。
ジャンヌ (穏やかに)いいえ、多分違うと思います。
コーション 初めての女でもなければ、最後の女でもない。ジャンヌ。ではどうだろう。村の女の子が、司祭にこう言いに来たら。
「聖女様を見ました。マリア様を見ました。お告げを聞きました。お告げを実行するようにと言っています」
そのたびに、司祭がその子の言うことを聞いて、好きなようにさせていたら、教会はまだ立っていられるだろうか。
ジャンヌ 分かりません。
コーション 分からない、だがお前には、しっかりとした理性がある。だから、一緒に筋道だってものを考えてみようと誘っているんだ。
お前は、戦いの指揮官だったね。
ジャンヌ (しゃきっとして、誇り高く)はい。私は、私を信じ、私についてきた、何百人もの若者を指揮しました!
コーション お前は指揮官だった。攻撃の朝、一人の兵士がお告げの声を聞いて、お前が選んだ門とは別の門を攻撃せよといい始めたら、
或いは、攻撃は中止だと言い始めたら、お前はどうしただろう。
99 :
名前なし:2009/02/21(土) 12:32:40 ID:Dj5Fxhhe
ジャンヌ (ひと時呆然とし、それから不意に笑いはじける)司教様、本当にあなたは世間知らずね!
私達の兵隊を近くから見たこと、一度もないでしょう! 荒くれ者で、大酒飲み、そうよ、でも、話が神のお告げの声になったら……
コーション 笑いに紛らしても、答えにならん、ジャンヌ…… といっても、答えを口にする前に、お前は困って黙り込んでいた。
そうやってお前は、兵士をどういう目にあわせるか実は答えていたんだ。いいか、戦う教会は、
いまだ信仰薄きものと悪の力の跋扈しているこの地上にあって、一個の軍隊だ。教会は、教皇と司教たちに従っている、
ちょうど、兵士がお前と大将たちに従っていたように。攻撃の朝、攻撃するなというお告げを聞いた、と言いに来る兵士は、
この世の全ての軍隊において---お前のも含めて---口を封じられる。しかも、お前に諄々と説き聞かせているわれわれよりもずっと乱暴なやり方で。
ジャンヌ (小さくうずくまって、防御姿勢)荒っぽくされても、仕方ない。あなたにはその権利がある。私は、信じ続け、あなたにいやだというのが、権利よ。
コーション 傲慢の殻に閉じこもるのではない、ジャンヌ。人間としても、司祭としても、私達には、
お前の使命が神からきていると信じるに足るだけの理由がない。お前にだけは、それを信じる理由がある
---お前を堕落させたいと望む悪魔に後押しされて---そしてもちろん、お前を利用した連中にとっても、お前が役に立っていた間は、
お告げを信じる理由があった。だがお前が捕まったときあの者たちのとった態度と、
お前に対する正式な否認とが証明しているとおり、彼らの中でも、頭のいい連中は、一度だってそれを信じたことはなかった。
いまや、取るに足りない庶民のほかは、誰もお前を信じていない、ジャンヌ。庶民はなんだって信じる。明日は別の女を信じているだろう。
お前は一人ぼっちだ。
ジャンヌは答えない。みんなの真ん中で、小さくなって座っている。
100 :
名前なし:2009/02/21(土) 12:34:29 ID:Dj5Fxhhe
われわれに抵抗する頑固さと強い性格、それが、神のご加護の徴だと思ってはいけない。
悪魔にだって手強さと---それに知性がある。神に反抗する前は、最も賢い天使の一人だった。
ジャンヌ (沈黙の後)私は賢くはありません。どこにでもいる、哀れな村娘です。でも、何かが黒いとき、それを白ということは出来ません。それだけです。
さらに沈黙。
検事 (彼女の後ろに突然出てくる)どんな術を使って、お前が王と呼ぶ男から、軍隊を任せてもらえたんだ。
ジャンヌ 術などないと、申し上げました。
検事 マンドラゴラのかけらでもお守りにやったのか。
ジャンヌ 知りません、マンドラゴラがなんなのか。
検事 媚薬か、まじないか、ともかく、お前の秘密には名前がある。われらはそれを知りたい。お前の王に、シノンで何を与えた。あいつはたちまち勇気を取り戻した。
ヘブライ語の名前を持つ秘密か。悪魔は、あらゆる言葉をしゃべるが、特にヘブライ語を好む。
ジャンヌ (微笑む)いいえ。それには普通の名前があります。あなた自身、今それを言ったわ。私はあの人に勇気を与えたの。それだけです。
コーション では、神は、いや、つまり、お前が神だと思っている力は、そこに介入していないというのか。
ジャンヌ (光り輝いて)神様はいつだって介入なさっていると思います。司教様。女の子が一言、二言、気の利いたことを言って、人がそれを聞いてくれたら、
それは、そこに、神様がいるってことです。神様は倹約家だから、二言ですむような場合は、わざわざ奇跡など起こしません。
ラドヴニュ (穏やかに)立派な、つつましい答えです、司教様。彼女への攻撃には使えません。
検事 (毒々しく身を起こす)ほほう! では、お前は、聖書に書かれているような奇跡を、信じないというのか。われらの主なるイエス様が、カナの婚礼でなさった事を、
お前は否定するのか。
101 :
名前なし:2009/02/22(日) 12:39:34 ID:5o2H35Ge
ジャンヌ いいえ。イエス様はそれを全部なさいました。聖書にそう書いてあります。神様が水とワインをおつくりなさったように、イエス様は、
水をワインに変えました。ラザロの命の糸を結びなおしました。でもそんなことは、生死をつかさどる神様には、
私にとって糸巻き棒に糸を巻きつけるのと同じくらい、どうって事なかったはずです。
検事 (金切り声)聞きましたか! 聞きましたか! 奇跡はないと口にしましたぞ!
ジャンヌ 奇跡はあります。でも、本当の奇跡は、そういう手品や大道芸ではないと思います。村の広場で、ジプシーも同じようにしていました……
本当の奇跡、天国で神様が嬉しくてにっこりなさる奇跡は、人間が、たった一人でするものです。神様がくださった勇気と知性とを使って。
コーション 言っている事の重大さが分かっているのか、ジャンヌ。お前は、この地上における神の本当の奇跡とは、ほかならぬ人間だと、
平然と口にしているのだぞ。罪、過ち、不器用、無能、それでしかない人間が……
ジャンヌ ええ、でも、人間は、力と勇気でもあります、そして輝きでもあります、一番見苦しいときに。私は見ました、戦争で……
ラドヴニュ 司教様、ジャンヌは、心の直感を、彼女なりに不器用な言葉で申しています。その直感は、ひょっとすると、間違っているのかも知れません、
ですが、素朴な直感です…… いずれにせよ、その考えは、神学者の弁証法の型にはめられるほど、堅固なものではありません。
このまま質問攻めにすると、もっとしゃべり続け、彼女が言いたいこととは、別のことを、しゃべらせるかもしれません……
コーション ラドヴニュ君、ジャンヌの答えの不器用さについては、できるだけ誠実に考慮する事にしよう。けれども、われわれの務めは、
彼女を徹底的に問いただすこと。ことは、ただジャンヌ一人にかかわるだけではないかもしれませんからな。
そのことを忘れてはなりません。そこで、ジャンヌ、お前は、人間を赦すというのか?
人間こそ、神の偉大な奇跡の一つ、さらには、唯一の奇跡だと。
ジャンヌ はい、司教様。
102 :
名前なし:2009/02/22(日) 12:40:45 ID:5o2H35Ge
検事 (われを忘れて金切り声)冒涜だ! 人間は不浄だ、淫乱で、猥褻なことばかり考えている! 夜になると横になって身をよじる、
獣じみた妄想の虜になって……
ジャンヌ そのとおりです。そして罪を犯し、卑劣です。そして突然、どうしてなのか
(あんなにも生きて、快楽を味わう事が好きだった、その放蕩者が)売春宿から出てくると、暴れ馬の首に飛び掛るんです、
見ず知らずの小さな子供を助けようとして。そして骨を砕かれ、死んでいきます。静かに。
あんなにもあくせくと快楽の夜を楽しんでいた男が……
検事 そいつは獣のように罪にまみれて死ぬんだ、司祭から秘蹟も受けず、地獄行きだ!
ジャンヌ いいえ。光り輝いて、綺麗になって。神様は微笑みながら、この男を待っています。だって彼は、二度、人間として振舞ったからです。
悪を行い、そして、善を行いました。神様が人間をおつくりなさったのは、この矛盾のためです。
彼女がこれを言うとき、司祭たちは全員憤慨して騒ぐ。異端審問官が身振りで彼らを鎮め、急に立ち上がる。
103 :
名前なし:2009/02/22(日) 12:43:55 ID:5o2H35Ge
異端審問官 (落ち着いた声で)ジャンヌ。この裁判の間、私は、問いただす事もなく、そなたをしゃべらせておいた。そなたのほうからやってくるようにと……
長くかかった…… 検事は悪魔ばかり見ておった。司教は、己の成功に酔いしれた娘の、傲慢ばかりを見ておった。
そなたの落ち着いた意固地さの後ろから、頑固な額の後ろから、別のものが姿を見せるのを、私は待っていた……
とうとうそなたはやってきた…… 私は神聖な異端審問所を代表している、フランス担当の司祭だ。
司教殿は、今しがた、きわめて人間的に、こう言われた。人間感情として、自分は、正しいと信じるイギリスの大儀についているが、
司祭感情、司教感情としては、母なる教会の利益を守る義務を感じ、その二つの感情が入り混じっていると。
私は、はるばる、スペインからやっていた。当地に派遣されるのはこれが初めてだ。
イギリス陣営のことも、アルマニャック陣営のことも、等しく知らぬ。フランスを統治するのが、そなたの王であろうと、
ランカスター家のヘンリー六世であろうと、私にはどちらでもよい…… たとえよい意図を持ってしてであれ、独りよがりな行動をとるものを、
教会からはじき出し、その後、厳しくまたもとの鞘に収める、その教会の懐における統率のことを、どうでもいいとは、私は思わぬ。
だが、それは結局、二義的なこと。憲兵隊の仕事であり、異端審問所としては、司教と司祭に、そのことはお任せしている。
神聖なる異端審問所には、教会のこの世における潔癖さよりも、守らなくてはならない、別の、より高尚な、より秘められた事柄がある。
異端審問所は、目に見えない領域で、己一人に探知できる一人の敵と、密かに戦っている。
その敵の危険を正確にはかる事ができるのはそこをおいてほかにない。時には、皇帝に対して武装しなくてはならないこともある。
104 :
名前なし:2009/02/22(日) 12:47:07 ID:5o2H35Ge
また、時には、見た目にはおとなしい年寄りの学者や、山村に迷い込んだ羊飼いや、若い娘に対して、
同じ華々しさと、用心と、厳しさを繰り広げる事もある。この世の領主達は、こうした苦労をみて、大笑いする。
彼らなら、紐の切れ端と、死刑宣告所の下段に記す軍曹のサインで、片がつくだろう。異端審問所は、笑わせておく……
自分の敵がどこにいようと、それを認知し、過小評価しないことを、心得ているからだ。
その敵とは、悪魔ではない。検事殿がいたるところに見ておられるような、子供向けの蹄のある悪魔ではない。異端審問所のただ一人の敵。
そなたは、そなた自身のベールをはぎながら、その名を口にした。それは、人間だ。立て、ジャンヌ。答えよ! 今後は、私がそなたを尋問する。
ジャンヌは立ち上がり、彼の方を振り向いている。彼は感情のない声でたずねる。
そなたは、キリスト教徒か。
ジャンヌ はい。
異端審問官 洗礼を受け、幼い頃は、家の近くの教会の陰で暮らした。鐘の音が、祈りと労働のリズムを刻んでいた。
村に遣わした密使は、みな、同じ噂を集めていた。そなたはとても敬虔な娘であったと。
そなたは、遊んだり走ったりするのが大好きで、愁いに沈む娘ではなかったが、それでも、ほかの子供と遊んだり、かけっこをしたりする代わりに、
時々、教会の中にこっそりと入り、長い間、一人でひざまずいていた。祈る事さえせず、目の前のステンドグラスを見つめておった。
ジャンヌ はい。そのとおりです。
105 :
名前なし:2009/02/24(火) 18:34:56 ID:2O2dB2Zv
異端審問官 そなたには、幼馴染の娘がいた。名前はオメット。
ジャンヌ はい。
異端審問官 深く愛していたに違いない。なぜなら、ヴォークルールへの旅立ちを決意し、その後戻らないと知っていたゆえ、ほかの友人には別れを告げにいったものの、
彼女のもとには立ち寄らなかった。
ジャンヌ 別れの辛すぎるのが、怖かったのです。
異端審問官 人間へのその優しさは、好きな相手に限られていなかった。そなたは、誰にも言わず、貧しい子供や病人の世話をした。
時には、森の小屋に住む身寄りのない赤貧の老婆に、何キロも歩いて、スープを持っていくこともあった。
後には、初めて戦闘に参加したとき、負傷者の真ん中ですすり泣き始めた。
ジャンヌ フランスの血が流れるのを、見ていられなかったのです。
異端審問官 フランスの血だけではない。オルレアンを前にした小競り合いで、二人のイギリス兵を捕虜にした乱暴ものが、
そのうち一人を、歩き方がのろいといってぶちのめした。そなたは、泣きながら、馬上から飛び降り、男の頭を膝にのせ、慰めてやり、
死ぬまでついていてやった。口元の血をぬぐい、可愛い子と呼んでやり、天国にいけると約束した。
ジャンヌ そんなことまで、ご存知なのですか。
異端審問官 (穏やかに)神聖な異端審問所は全てを知っている。私を派遣するに先立ち、そなたの人間的優しさの、重さを量ったのだ。
ラドヴニュ (立ち上がる)異端審問官様、このような細部をお示しくださるのを聞いて、うれしゅうございます。これまでは無視されてきました。
そうですとも、子供時代からジャンヌには、謙遜と、優しさと、キリスト教の慈愛しかありませんでした。
106 :
名前なし:2009/02/24(火) 18:36:27 ID:2O2dB2Zv
異端審問官 (彼のほうを向き、突然厳格に)黙れ、ラドヴニュ! 尋問するのは私である。忘れないで頂きたいが、私は異端審問所を代表している。
神学的美徳である慈愛と、卑しい、むかむかする、澱んだ人間的優しさのミルクとを、
区別できるのは、そこをおいてほかにない……
全員を見る。
ああ、司祭諸君! あなた方は、手もなく情にほだされる! 被告が女の子で、大きな澄んだ瞳を見開き、じっとあなた方を見つめ、
その心に少しばかりの善良さが在り、子供らしさがありさえすれば、諸君は胸が一杯になり、もう罪を赦す気になってしまう。
ご立派な信仰の守り手だ! これだから、異端審問序には息をつく暇もない。やるべき仕事が山とあるのだ。切って、切って、切りまくらねばならぬ。
われらが死んでも、あとに続くものがそれをやる。容赦なく打ち倒し、光を入れ、森を健やかにしておくために……
少し沈黙。ラドヴニュ答える。
ラドヴニュ 神様は、ジャンヌのような愛し方で、愛されましたよ。
「私のところに、子供達を来させなさい」と言われたし、不義を犯した女の肩に手を置き、「安らかに行きなさい」とも言われました。
107 :
名前なし:2009/02/24(火) 18:37:56 ID:2O2dB2Zv
異端審問官 (大声で)黙れ、ラドヴニュ、分からんのか! さもなくば、そなたのことも、この私が面倒をみることになる。
福音書の言葉を、われわれはミサのときに朗読する。司祭たちがそれを解説する。それはラテン語で書かれていて、世俗の言葉に訳されてはいなかろう?
誰の手にも届くようになってはいなかろう? 聖書の言葉に関して、単純なものたちの魂に、夢見たり、
好き勝手にしゃべらせておくのは、罪ではありませぬか。われわれだけだ、それを解釈できるのではありませぬか。
落ち着く。
あなたは若い、それゆえ、心も広い。だが、若さと心の広さが、信仰の守り手の前でも効力を発揮すると思われては困る。それは一過性の病気。
経験がそれを治療してくれるのです。あなたの学識は、大変なものとお見受けします。
しかし、お仲間として認める前に、その学識ではなく、あなたの年齢だけを、考慮に入れるべきでした。経験をつめばすぐに分かります。
若さ、心の広さ、人間的優しさ、それらは、敵方の名称です。いずれにせよ、あなたには分かっていただきたい。
聖なるテキストを、不用意にあずければ、単純なものたちはそこから人間の愛を汲み取る。
そして、人間を愛するものは、神を愛さぬのです。
ラドヴニュ (穏やかに)でも、神様は、人間になりたいと思われました……
108 :
名前なし:2009/02/24(火) 18:39:40 ID:2O2dB2Zv
異端審問官 (コーションに向かい、ぶっきらぼうに)司教殿。この論争の議長としての自由裁量権にかんがみ、本日、貴殿には、
この若き陪席判事の協力を取り下げるよう希望したい。閉廷後、しかるべく、彼に対する沙汰を通知する。
突然大声。
彼だけではない、誰であろうともだ! われわれにとって、身分の高すぎる相手など存在しない。
みな、存じておられよう。私が道を踏み外せば、私は自分自身に対しても、意見書を提出する。
彼は重々しく十字を切り、結論する。
神よ、われを守りたまえ!
法廷に恐怖の嵐が吹きぬけた。コーションは、遺憾な仕草で、ラドヴニュに淡々と言う。
コーション 退出せよ、ラドヴニュ。
ラドヴニュ (遠ざかる前に)お言葉に従います。退出いたします。もう何も申しません。ただ主なるイエス様にお祈りします。あなたが神の御前においでになるとき、
あなたの小さな敵の脆さのことを、お考えになるよう、神がお導きくださいますように……
異端審問官 (答えない。彼を出て行くにまかせ、退出後、穏やかに)われらの敵は、小さくて脆いほど、優しくて純粋なほど、無垢なほど、恐ろしいのだ……
ジャンヌのほうを向き、再び感情のない声で言う。
お告げの声をはじめて聞いたとき、そなたは十五歳にもなっていなかった。最初、<声>は、ただこう言った。
「心の優しい、物分りのよい子でいなさい。教会にもよくお行き……」
ジャンヌ そうです。
109 :
名前なし:2009/02/24(火) 18:41:11 ID:2O2dB2Zv
異端審問官 (あいまいに微笑む)こういうと驚くかもしれないが、ここまでは、特に例外的なものはない。コーション殿の言われたとおりだ。
どこの村にも、お告げの声を聞く娘はいる。司祭たちのそうした報告書が、記録資料にはたくさん残っている。
われわれはそれをいちいち取り上げたりはしない。子供の病気の一つとして、娘には、
静かに神秘主義の発作を起こさせておけばよい。思春期を過ぎてもそれが続くようなら、普通は修道女になる。
われわれはその娘を修道院に入れ、瞑想と祈りの時間を定め、辛い仕事を押しつける---疲労はよい薬になる。
最後には熱も冷め、娘は結婚し、二人目の子供がスカートにまとわりつき、わめいていて、もう、お告げの声に関して、
われわれが心配する事は何もない…… そなたは、先を続けた。ある日、<声>がそなたに別のことを言った。
天の声にしては、いやに明確な、突飛な事を。
ジャンヌ フランス王国を救い、イギリス兵を追い出すようにと。
異端審問官 そなたはドンレミ村で戦争に苦しんだか。
ジャンヌ いいえ。私達の村では、何一つ焼かれませんでした。一度だけ、イギリス兵が近くまで来たことはあります。
私たちはみんな、村を離れました。翌日、私達が戻ったとき、何一つ触られたものはありませんでした。
兵隊は遠くを通っていたんです。
異端審問官 そなたの父親は裕福だった。そなたは畑仕事がいやではなかった……
110 :
名前なし:2009/03/10(火) 15:34:56 ID:8nVk5IYz
ジャンヌ 羊の世話が好きでした。でも私は、皆さんがおっしゃるような、羊飼いではありません。
立ち上がり、素朴に自慢する態度。
私は家の仕事も上手でした。裁縫と糸紡ぎで、私より腕のいい女は、ルーアンにはいません。
異端審問官 (この子供らしい自尊心に微笑む)
そなたは、暮らし向きのよい、幸せな娘だった。フランスの不幸とは、御伽噺でしかなかった。
だがある日、そなたは出発せねばならぬと感じた。
ジャンヌ <声>がそう言っていたからです。
異端審問官 そなたは、ある日、自分の周りの、他の人たちの不幸を、担わなくてはならないと感じた。そなたは、もう、全てを知っていた。
馬上の姿は栄光に満ちてはいるが、その栄光は短く、王の戴冠の後には、今ここにある場所に連れてこられ、われわれの元で追い詰められ、
そなたを待って今すぐにも燃え上がる、マルシェ広場の、この薪の下に据えられることを。本当のことをいえ、ジャンヌ。
そなたは全てを知っていた。
ジャンヌ <声>は言いました、私は捉えられ、その後、開放されるだろうと。
異端審問官 (微笑む)開放される! 天の声にふさわしい言葉だ! そなたも、もしやと思ったろう、「開放」が何を意味しうるか、
あいまいな、軽やかな意味。もちろん、開放してくれるのは、死だ。それにもかかわらず、そなたは出発した。父と母が止めるのも聞かず。
前にひかえるあらゆる障碍をものともせず。
ジャンヌ はい、そうしなければいけなかったからです。父さん母さんが百人がかりできても、足が膝まですりへることになっても、
私は出発したでしょう。
異端審問官 兄弟である男たちを、そのもっとも厳密な意味で人間的な仕事において助けるために。
つまり、自分たちが生まれた土地、自分達のものと思っている土地を所有するために。
111 :
名前なし:2009/03/10(火) 15:37:40 ID:8nVk5IYz
ジャンヌ 私達の神様は、イギリス人が私達の土地で略奪し、殺し、好き勝手にすることを、望んではおられませんでした。
イギリス人だって、海の向こうでは、神様の子供になるでしょう
---自分の国で。私は追いかけてまで喧嘩を売ろうとは思いません。
検事 思い上がっている! 自惚れだ! お前は、母親の元で裁縫と糸紬をしていた方がましだったとは思わないのか。
ジャンヌ 私には、他にすることがありました。女の仕事なら、いつでも、それをしてくれる他の女の人がいます。
異端審問官 そなたは天国と直接関係していた。とすれば、そなたの祈りは、とりわけ天国に聞き届けられていたと想像する事が出来る。
それなら、ごく単純に、こう考えなかったのか、娘の境遇によりふさわしく、祈りと改悛の日々をお捧げし、神意によって、
イギリス軍を追い払ってもらおうとは。
ジャンヌ 神様は、まず最初に、ぶつかっていく事を望まれます。祈りは、それに付け加えられるもの。
どんな風に攻撃すればいいのか、私はシャルルに説明するほうを選びました。そのほうが簡単でしたから。
シャルルは私を信じ、デュノワさんも信じてくれました。私の猛牛たち、ラ・イールとサントライユも!
ああ、みんなで楽しく戦ったわ…… 気持ちよかった、朝早く、仲間同士、ブーツをはいて……
検事 (毒のある言い方で)殺すためにな、ジャンヌ! 主なる神は殺せといわれたか?
ジャンヌ答えない。
コーション (穏やかに)戦争は好きだったか、ジャンヌ……
ジャンヌ ええ。神様にお赦しを請うべき罪の一つです。夜になると、私は戦場で泣いていました。
朝の楽しい宴が、こんなにもたくさんの哀れな死者を生み出してしまったのを見て。
検事 そして次の日は、また始めたんだな。
112 :
名前なし:2009/03/10(火) 15:40:28 ID:8nVk5IYz
ジャンヌ 神様が望まれていました。フランスにイギリス兵が一人でも残っている限り。でもそれは簡単に理解できます。
まず最初になすべき仕事があった、それだけのこと。あなた方は、学識があって、考えすぎます。
単純な事が分からなくなっています。でも、私の一番頭の悪い兵士でも理解していました。そうでしょう、ラ・イール?
巨体のラ・イール、群衆の中から突然登場。鉄の鎧をつけ、楽しそうに、猛々しく。
ラ・イール そうだとも、ジャンヌお嬢さん!
全員、影に入り、彼一人に照明。遠くで軍楽隊の横笛。
ジャンヌは、信じられないといった様子で、そっと彼のほうに行き、指で触って、囁く。
ジャンヌ ラ・イール……
ラ・イール (毎朝の冗談の口調で)ほんじゃ、ジャンヌお嬢さん、お祈りもすんだことだったし、
朝のうちに、ちょいとばかり、やっときましょや。
ジャンヌ (彼の腕に飛び込む)あなたなのね、ラ・イール! 太っちょのラ・イール! あんたね! ああ、いいにおい!
ラ・イール (困惑して)ワインとタマネギをやったんで。朝は、こいつに限るんですよ。すんませんな、お嬢さん、こいつのにおいがお嫌いだってこたあ、
分かってるんですがね、でも、食ったのは、お祈りのあとですぜ。神様にしゃべってるとき、においがしてちゃあ、やでしょうからな……
あんまり近づかんでくだせえ、ぷんぷんしますぜ。
ジャンヌ (ぴったりくっついて)ううん。いいにおい!
ラ・イール よく言いますな、お嬢さん。いつもは、あっしのことを、くさいくさい、キリスト教徒の恥だって、言ってんでしょうに。
あっしが風上にいたら、敵に気付かれちまうって、それほどくさいって、あっしのせいで、待ち伏せもぽっしゃちまうって……
小さいタマネギと赤ワインをちょびっと。たったこれだけですわ。正直、水で割っちゃいませんがね。
113 :
名前なし:2009/03/10(火) 15:42:13 ID:8nVk5IYz
ジャンヌ (ぴったりくっついて)ラ・イール、私が馬鹿だったの。知らなかったのよ。ね、女の子って、うぶでさ、出来合いの考えしかなくて、
それですっぱり割り切って、本当のことが分かっていない。今なら私にも分かる。あんたはいいにおいよ。動物のにおい。男のにおい。
ラ・イール (つつましい仕草)戦いですからな。隊長は、坊さんでもなけりゃあ、宮廷のおっちょこちょいでもねえ。
汗が出まさあ…… 体を洗うったって…… 体を洗うなんざ、男じゃねえ! タマネギ、こいつは、また、別で……
あっしだって、みんなと同じに、朝はニンニク入りソーセージで不満はねえ。においとしちゃ、そのほうが立派だ。
どっちみち、罪じゃねえんでしょ、タマネギ?
ジャンヌ (微笑む)もちろんよ。
ラ・イール そうは言っても、どうなんだが、お嬢さんにかかると……
ジャンヌ 本当のことなら、何一つ、罪ではないのよ、ラ・イール! 私は馬鹿だった。あんたを苦しめたわね。知らなかったの。大きな熊さん。いいにおいよ。熱い汗。
生のたまねぎ。赤いワイン。男の、罪のない、いいにおいよ。あんたのは、殺して、ののしって、頭の中は、女の子のことばっかり。
ラ・イール (びっくりして)あっし?
ジャンヌ あんたよ。いい子ぶっても駄目。でもあんただって、神様の手の中じゃ、ぴかぴかの銀貨よ。何の汚れもないわ。
ラ・イール 本当ですかい、お嬢さん。犬みてえなあっしの人生でも、毎日お祈りすりゃあ、天国にいけるチャンスが、ちっとばかりは、なくもねえって。
ジャンヌ あんたを待っているわよ、ラ・イール! 神様の天国は、私知っているの、あんたみたいな荒くれ者でいっぱいよ。
ラ・イール 本当ですかい。いけるってなると、やっぱ、仲間も、いてほしいんで…… はなから、聖人様とか、司教さんなんかと一緒だと、
気がつまって、いやだなと思ってたもんで…… 色々、しゃべるとなると……
114 :
名前なし:2009/03/10(火) 15:44:03 ID:8nVk5IYz
ジャンヌ (飛び掛って、こぶしで嬉しそうにぶつ)もう、あんたったら、本当に、とろいのね! 天国って、馬鹿でいっぱいなの!
神様がそういったわ。そこに入るのは、そんなやつしかいないかもしれないよ。他の人たちは、汚らしい頭で、たくさん罪を犯したから、みんな入り口で、
待ってなきゃいけない。天国は仲間だらけよ!
ラ・イール (心配そうに)仲間うちで退屈しませんかね。行儀よくしてなきゃ、駄目なんでしょう。ちょっとくらい、喧嘩もありですかね?
ジャンヌ 一日中ありよ!
ラ・イール (敬虔に) おっと! 神様の見ていらっしゃらない時に。
ジャンヌ ところが、いつも見ているの。何でもお見通しよ。あんたたちのすることを見て、笑って面白がるわ。大声であんたに言うの。
「そこだ、ラ・イール! 一発、サントライユにお見舞いしろ! かませ! 男らしいところを、見せてやれ!……」
ラ・イール 本当に、言いますかね、そんなこと。
ジャンヌ もちろん、もっと上品な言い方でよ。
ラ・イール (嬉しくてたまらなくなり)こん畜生、神様め!
ジャンヌ (突然、厳しく叫ぶ)ラ・イール!
ラ・イール (頭を垂れる)すんません。
ジャンヌ (容赦せず)神様を侮辱したら、神様はあんたを放り出す。
ラ・イール (もごもごと)つい、舞い上がっちまって。神様に感謝のつもりだったんで。
ジャンヌ (微笑を浮かべ)神様もそう思われたわ。でも、もうしちゃ駄目よ。でなきゃ、私が相手になる! さあ、今朝は、もう充分しゃべった。
馬に乗る時間よ。さあ、馬に乗って!
二人は、想像上の馬にまたがる。並行して馬上の人。馬に揺られている。
ジャンヌ 夜明けに、仲間と馬で行くのは、いい気持ちね、ラ・イール…… 濡れた草のにおいがするでしょ。これが戦争。人はこのために戦う。
朝の濡れた草の、本当のにおいをかぐために、仲間と連れだって。
ラ・イール でも、ちょっとの巡回だけで、すませるやつもいますぜ……
115 :
名前なし:2009/03/10(火) 18:03:18 ID:8nVk5IYz
ジャンヌ そうね。でも、そういう人は、夜明けの本当のにおいを知らないのよ。太腿の触れ合う仲間の本当の熱を……
それを神様から恵まれるためには、その先にある死が必要だわ……
沈黙。空想上の馬に揺られて野を進む。
ラ・イール (尋ねる)で、ひょいと、向こうのやつらに会ったら、どうします。あっちも、いいにおいが好きで、やってきて。
ジャンヌ (楽しそうに)突撃! ひょっとして、あんた、怖くなった?
ラ・イール あっしが!
ジャンヌ 攻撃して、やっつけるの。そのために、ここにいるんだからね!
少し沈黙。ラ・イールなおも質問。
ラ・イール でね、お嬢さん、おっしゃった事が本当だとして、片付けた連中は、まっすぐ天国に行くとして、イギリス兵ほど馬鹿な連中はいませんぜ、
するってえと……
ジャンヌ もちろん、彼らも行くのよ! なんだと思ったの?
彼女は突然大声。
止まって!
彼らは止まる。
イギリス兵が三人。私達を見た。逃げていく! そうじゃない! 向きを変えた。私達、二人しかいないって、教えたのね。こっちに向かってくる。
怖くない、ラ・イール? 私は数に入らない。女だし、剣も持っていない。でも、あんた、行く?
ラ・イール (楽しそうな唸り声を上げ、剣を振り回す)もちろんでさあ、神様のこん畜生!
突撃しながら天に叫ぶ。
何も言ってません、神様、あっしは何も! 気にせんでくだせえ……
彼は法廷の真ん中に飛び込む。跳ね回り、突撃し、剣を振り回して、散り散りにさせる。奥に消えてゆく、戦いながら……
116 :
名前なし:2009/03/10(火) 18:05:08 ID:8nVk5IYz
ジャンヌ (ひざまずいて)何も言いませんでした、神様、何も! あの人は善良な男です。サントライユと同じように善良な男です。
殺し、強姦し、略奪し、ののしる、私達の兵士たちみんなと同じように…… あの人は、神様、あなたがおつくりになった、
無垢なオオカミと同じように善良です…… 私がみんなのことを請け合います!
祈りに沈む。法廷が彼女の周りに再び形成され、光が戻ってくる。ジャンヌは頭を上げ、みんなを見、夢から覚めたようにし、叫ぶ。
ジャンヌ 私のラ・イール! 私のサントライユ! まだ全てが終わったわけじゃない。今に分かる、あの二人が、何百もの槍を構えた兵士を連れて、
私を解放しに来てくれる……
コーション (穏やかに)ジャンヌ、二人は来たんだ、ルーアンの入り口まで来た。どれくらいのイギリス兵が町にいるかを確かめに。
そして、引き返していった……
ジャンヌ (うろたえて)え? 引き返したの…… 戦わずに?
沈黙。再び語る。
援軍を探しに、引き返したのよ。もちろんそうよ! アザンクールの戦いのように、闇雲に突っかかるだけじゃ、
駄目だって、私が教えたんだもの。
コーション 二人は、南へ向かった。ロワール河の南、戦争にうんざりしたシャルルは、軍隊に暇を出し、条約の締結を望んでいる。
フランスの切れ端でもいいから、手元に残そうと思っている。二人はもう帰ってこないんだ、ジャンヌ!
ジャンヌ 嘘よ! ラ・イールは戻ってくる、どんなに見込みがなくても!
コーション ラ・イールは、お前の王様が平和を望むと知ったとき、別の君主へ仲間もろとも身を売った、徒党の領袖に過ぎない。
今頃は、ドイツへ向けて歩いているだろう。略奪できる国を求めてね---そういうことなんだ。
ジャンヌ 嘘よ!
117 :
名前なし:2009/03/10(火) 18:06:47 ID:8nVk5IYz
コーション (立ち上がる)お前に嘘をついたことがあったか、ジャンヌ。本当なんだ。それなのに、どうして、わが身を犠牲にしてまで、
お前を見捨てるものたちを弁護する。この世の中で、今もお前を救おうとしているのは
---矛盾しているように見えるかもしれないが---私達だ。お前の敵、判事達だ。異端放棄を宣言するんだ、ジャンヌ、
お前は、お前を裏切った者たちのために戦っているにすぎない。教会の懐へ戻っておいで。
へりくだるんだ、そうすれば教会はお前の手を取り、起こしてくれる。心の奥底ではお前は今も教会の娘のままだ。私はそう信じている。
ジャンヌ ええ、私は教会の娘です!
コーション 全てを母なる教会に打ち明けるのだ、何もかも! 母はお前の過ちの重みを量ってくれる。
自分で過ちを裁くという苦しみから、お前を解放してくれる。お前はもう何も考えなくてよく、重いか軽いかわからないが、罰を受け、
そして安らかに生きていける! お前は平安をとても必要としているに違いない。
ジャンヌ (沈黙の後)進行のことは、教会にお任せします。でも、私がしたことについては、それを否認するつもりなど、毛頭ありません。
司祭たちの動揺。異端審問官の怒りが炸裂。
118 :
名前なし:2009/03/10(火) 18:08:56 ID:8nVk5IYz
異端審問官 諸君、ごらんのとおり、人間が、頭をもたげましたぞ! いまや、お分かりであろう、誰を裁いているのか。
天の声に、あなた方まで、おかしくなっていた。あなた方は、声の背後に隠れている得体の知れない悪魔を、
躍起になって探しておられた…… 問題が悪魔にすぎなければ、どんなによかったか!
そうすれば裁判も早く結審していたでしょう。悪魔はわれわれの同盟者です。要するに、サタンも昔は、天使だったのですからな。われらの陣営にあるのです。
神を冒涜し、侮辱し、憎む、それはつまり、信仰を告げているという事です…… 人間、平然と落ち着いた人間のほうが、千倍も恐ろしい。
見るがよい、人間が、鎖につながれ、武装解除され、身内のものから見捨てられ、確信をなくしている
---そうではないか、ジャンヌ---ずいぶん前から黙っているお告げの声は、本当に人間にしゃべっていたのか。
人間は、崩れ落ちながら、神に救われる事を願うのか。少なくとも、その<声>が再び戻り、道を照らしてくれるよう、懇願するのか。
違う。人間は向き直り、面を上げる。拷問を受けながら、屈辱のうちに打たれながら、
この畜生の惨めさの中で、独房のじめじめした寝藁の上で。人間は、負けを知らない己のイメージに向かって眼を上げる……
大声で。
……このイメージこそ、人間にとっての、ただ一人の本当の神だ! 私が恐れるのはそのこと! 人間は答え、繰り返す、ジャンヌ。
そなたはこう言いたくてうずうずしている。「私がしたことについては……」
ジャンヌ (穏やかに)それを否認するつもりなど、毛頭ありません。
119 :
名前なし:2009/03/11(水) 18:14:47 ID:Y8l2bZLk
異端審問官 (憎しみに身をよじらせて、繰り返す)
「私がしたことについては、それを否認するつもりなど、毛頭ありません!」
お聞きか、諸君。われわれが取り押さえるたびに、連中は、火あぶりの薪の上で、処刑台の上で、拷問部屋の奥で、この言葉を口にした。
この先何百年と、人間はこの言葉を繰り返すであろう。同じ厚かましさで。なぜなら、人間狩りには、決して終わりがないからだ……
いつの日か、何らかの形で、われわれが強力になり、この世で<理念>が重みを増し、
その組織と警察力がどれほど洗練され整備され厳しくなっても、常に、どこかに、それを逃れる人間がいる。
その人間を狩り出し、つかまえ、殺さねばならぬ。ところがそいつは、<理念>がその力の絶頂にあるとき、
なおも<理念>を侮辱するでありましょう。目をおとすことなく、「違う」と言う、ただその一言で。
憎憎しげに歯の間から息をシューシューと漏らし、ジャンヌを見る。
破廉恥な種族め!
法廷に向きなおる。
まだ尋問をする必要がありますか。この女はなぜ、神の言いつけに背き、逃げるためか、
身を滅ぼすためか知らないが、幽閉されていた塔から身を投げたのか。
120 :
名前なし:2009/03/11(水) 18:16:17 ID:Y8l2bZLk
なぜ、教会に言いつけに背き、父母のもとを去り、男の服を着て、それを脱ごうとしないのか。
何をたずねても、この娘は、常に、人間の答えを返すでありましょう。
「私のしたことは、私がしました。それは、私のものです。誰も取り上げることは出来ません。私はそれを否定しません。
あなたたちにできることは、私を殺す事だけ。拷問していい加減な事を叫ばせる事は出来る。
でも、私に、"はい"といわせる事は、貴方達には出来ません」
彼はみんなに叫ぶ。
よいか、諸君、われわれは、それが人類にとっていかに高くつこうと
---なんとしても、人間に、「はい」といわせる術を、学ぶ必要がありましょう!
たとえ<理念>がこの世の一切を支配し、粉砕したとしても、人間が砕かれずに一人でも残っている限り、
<理念>は滅び去る危険にさらされてしまう。かかる理由から、私はジャンヌに対して破門を要求し、教会の懐から出し、
世俗の手にゆだね、そこにて懲罰されることを求めます。
感情のない口調で付け加え、決まり文句を唱える。
……さりながら、判決は、死刑と、手足の切断は、容赦されん事を。
ジャンヌのほうに向いて。
われわれの情けない勝利かもしれぬ、ジャンヌ。だが、結局、そなたは黙るだろう。これ以上の結論は見出せなかった。
沈黙のうちに席に着く。
121 :
名前なし:2009/03/11(水) 18:18:35 ID:Y8l2bZLk
コーション (穏やかに)異端審問官殿が、先陣を切り、お前の破門と懲罰を求められた、ジャンヌ。
すぐに、検事殿も、同じことを要求されるだろう。われわれは各自、自分の思いを述べ、そのあとで、私が結論を下す。
お前は、腐敗した部分として教会から切断され、遠くへ投げ捨てられる。その前に、母なる教会は、最後にお前に呼びかける。
他の全ての羊以上に、迷える一匹の子羊が大切なのだという事を、忘れないで欲しい。
十字を切る。一人の男が進み出る。
この男が分かるか、ジャンヌ。
彼女は振り向く。恐怖で少し震える。
ルーアンの死刑執行係だ。魂の救済のためにお前がお前の魂を私達にゆだねようとしなければ、そのときは、
この男がお前の面倒を見る。火計台の準備はいいか?
死刑執行係 準備は万端でございます。規則にあるよりも高くしつらえてございます。そうするようにとのおおせでございました
---どこからでも見ることが出来るようにと。娘に気の毒なのは、お手伝いできない事で、高すぎるんでございます。
コーション 手伝うとは、何のことだ。
死刑執行係 仕事上、腕をふるうわけでして。特別なお達しがない限り、それが習慣なんでございます。
最初の火が燃え上がります。そうしておいて、煙の中を、あっしが後ろからよじ登るんで。
薪を整えるふりをして、絞め殺すんでございます。すると、あとは、死体をグリルしているにすぎないんで。
むごさは減ります。ですが、お達しがありました、台が高すぎるもんで、よじ登れません。
さらりと付け加える。
っていことは、いつもより長いですな。
122 :
名前なし:2009/03/11(水) 18:21:40 ID:Y8l2bZLk
コーション 聞いたか、ジャンヌ。
ジャンヌ (穏やかに)ええ。
コーション お前に最後の手を差し伸べる。お前をもう一度引き取り、救おうと望む母なる教会の大いなる救いの手だ。しかし、猶予はならぬ。
この唸りを聞け、夜の明けきらぬうちから、群衆がお前を待っている…… よい席を取ろうと早くからやってきたんだ。
今時分は、弁当を食べ、子供をしかり、冗談を言って盛り上がり、兵士たちに、まだ始まらんのかと尋ねている。連中は意地悪なわけではない。
もしお前がルーアンを奪回していたら、この同じ市民が、堂々たるお前の行軍を、歓呼してで迎えたことであろう。あいにく、そうはならなかった。
そこで彼らは、お前が火あぶりにされるのを見にくる。彼らには何も起こりはしない。
この世の偉人達の、勝利も死も、彼らはスペクタクルとして楽しむ。赦してやらなくてはな。ジャンヌ。あのものたちは代償を払っている。
この小さな気晴らしを持つために、一生、民衆であるという、安くない代償を。
ジャンヌ (穏やかに)赦します、あの人たちを。そして貴方も、司教様。
検事 (わめきながら、立ち上がる)思い上がるな! いまいましいやつ、思い上がるな! 猊下は、お前の惨めな堕落した魂をお救いなさろうと、
父のように言葉をかけてくださる。だのにお前は、司教猊下を赦すなどほざくか。
ジャンヌ 司教様は、穏やかにお話くださいます。でも、私には分からないんです、それが私を救うためなのか、
それとも、私に勝つためなのか。それに、もうすぐ、私を火刑台に送らなくてはなりません。
ですから私はそれのほうを赦すんです。
123 :
名前なし:2009/03/11(水) 18:23:20 ID:Y8l2bZLk
コーション ジャンヌ、分かってくれないか。お前の拒絶には、何か馬鹿馬鹿しいところがある。
お前は不信心な娘ではなかろう。お前が引き合いに出す神はわれわれに神でもある。
神は、教会を建てた使徒ペテロ様を通じて、ほかならぬ、われわれをご指名なさった、お前を導くようにと。
神はその被造物に、「直接私にものを言え」とはおっしゃらなかった。神はこう言われた。
「お前はペテロ、ペテロは岩を意味する。その岩の上に、私はわが教会を建てる……
その司祭たちが、お前達の司牧者となる……」と。お前は、われわれのことを、
神の言葉に値しない司祭とは思ってはいないだろうね、ジャンヌ。
ジャンヌ (穏やかに)そんなことを思ってはいません。
コーション だったら、どうして、神のおっしゃった事をしようとしない。子供の頃村でしていたように、教会に罪をゆだねようと、なぜしないんだ。
お前は、信仰を変えてはいないだろう。
ジャンヌ (突然苦しそうに叫ぶ)私は教会にこの身をあずけたい。秘蹟を受けたい! 貴方達がそれを拒んでいます。
コーション 告解を済ませ、罪の償いを始めたら、授けよう。ただ、「肺」といえばいい。
お前は勇気ある子だ、みなそれを知っている。だがお前の肌はまだ柔らかい。死ぬのは怖いだろう。
ジャンヌ (穏やかに)はい。怖いんです。でもそれが何なの。
124 :
名前なし:2009/03/11(水) 23:55:58 ID:Y8l2bZLk
コーション ジャンヌ、お前のことはよく知っている、死に対する恐怖だけではお前が主張を撤回するのに充分ではないだろう。
だが、別の、もっと大きな恐れがあるのではないか。自分は思い違いをしている、それなのに、思い上がった、
あとにひけない気持ちから、永遠の号罰に身をさらしている、そんな風に思っているのではないか。
ところで、お告げの声が神から来ているとしても、神の教会の司祭に従う意を示す事に、どんなリスクがある。
われわれは、お前に聞こえた<声>とその命令を信じず、われわれには当然と思われる罰を、お前に科す
---もし神が、大天使と聖女を仲立ちにして、本当にお前に語りかけたのだとしたら---
そのときは、われわれのほうこそ、無知とうぬぼれと傲慢から途方もない罪を犯すことになる。
われわれは未来永劫命をかけて、それを償う事になるだろう。われわれはお前のためにこのリスクを冒す。
ジャンヌ、だがお前には、何のリスクもない。言うがよい、「あなた方にゆだねます」と。
ただ一言、「はい」と言えば、それですむ。そうすれば、お前は無垢のまま、安らかでいられる。もう何も危ない事はない。
ジャンヌ (疲れ果て、突然)なぜ、そんなに優しく拷問するの。むしろ、ぶたれたほうがいい。
コーション (微笑んで)もしお前をぶてば、死ぬ事しか望んでいないその自尊心に、立派すぎる言い訳を与えてしまう。こうしてお前に言い聞かせるのは、
神様がお前を、良識も理性をたっぷりある女の子にして下さったからだ。お前は柔和な子だ。だから、こうしてお願いする。私はもう年寄りだ。
この世には特に未練もない。そして、ここにいる者たちと同じように、教会を守るために、多くの人を殺した。
死ぬ前に、また一人、小さな女の子を殺したくはない。お前も、私を助けてくれ。
ジャンヌ (途方にくれた様子で彼を見る。沈黙の後)どう答えればいいの。
125 :
名前なし:2009/03/11(水) 23:58:00 ID:Y8l2bZLk
コーション (近づいて)まず、分かってもらいたい。自分を神の使いだと宣言しても、いまや、何の役にも、誰の役にも立たない。
死刑執行係とイギリス軍を喜ばせるだけだ。お前の王様も、政治的な配慮から、お前にも呼んで聞かせた国王勅書によって、
こう宣言した。王冠は、お前がその道具を努めたという神の介入のお陰など、
少しもこうむってはいないと。
ジャンヌ、シャルルのほうを、苦しげに振り向く。彼は単純に言ってのける。
シャルル 僕の立場で考えてみろ、ジャンヌ! 正式なフランス国王になるために奇跡が必要だったとしたら、
それは戴冠に不自然なところがあったからだ、ということになる。僕は父親の本当の息子ではなかったということになる。
本当の息子だったら、戴冠もすんなりいくだろうからね。僕の家系では、王になるのに、誰も奇跡など必要なかった。
神の助けは、ありがたい。だが、そいつは、いかがわしい。正統な権利だけが唯一の権力である男にとってはね。
神の助けがぱたりとやんだときには、もっといかがわしい…… パリでの不幸な出来事以来、僕達は負け続けている。
お前はコンピエーニュで捕まるし、連中は評決を料理して、お前を魔女、異端、悪魔の使い、と必ず宣言する。
僕はむしろ、お前は何の使いでもなかった、といわれるほうがましだ。そうすれば、神は僕を助けもせず、見捨てもしなかった、ということになる。
勝ったのは、そのとき僕が強かったからだ。負けがこんできたのは、今では僕が弱いからだ。
つまり、これが政治なんだ! 分かるか?
ジャンヌ (穏やかに)ええ。分かるわ。
コーション やっと物分りがよくなった。私も嬉しい。お前はみんなからたくさんの質問を浴びせかけられ、そのために迷ってしまった。
今は、もっとも大切な三つの事だけを尋ねる。三度、「はい」と答えてほしい。そうすれば、全員救われる。
死のうとしているお前も、お前を殺そうとしているわれわれも。
ジャンヌ (沈黙の後、穏やかに)質問してください。答えられるかどうか、やってみます。
126 :
名前なし:2009/03/12(木) 00:00:34 ID:Y8l2bZLk
コーション 重要なのは最初の質問だけだ。はいと答えれば、他の答えはそれに続いて出てくる。
よく聞いて、言葉の一つ一つの重みを量ってほしい。
「お前の行為を評価し、お前を裁く配慮を、聖なるローマ教会、聖なる教皇、そして司教に、へりくだりの心を持って、お任せするか。
心から完全に従順になる旨を示し、教会の懐に戻る事を望むか」
はいと答えれば、それでよい。
ジャンヌ、沈黙の後、途方にくれて、まわりを見渡す。ついに、言う。
ジャンヌ はい。でも……
異端審問官 (自分のいるところから、こもった口調で)「でも」はいらん!
ジャンヌ (再び自分の殻に閉じこもる)<声>が私に言ったのと反対のことを、無理やり言わせられるのはいやです。
私の王様の不利になることを、証言するのもいやです。永遠に手に入れた戴冠の栄光を曇らせたくはありません。
異端審問官、肩をすくめる。
異端審問官 お聞きか、人間を! そいつを黙らせるやり方は、一つしかない……
127 :
名前なし:2009/03/12(木) 00:02:21 ID:NGC9vB25
コーション (彼も怒り始める)この期に及んで、お前の頭は狂っているのか、ジャンヌ。お前を待ち受けている、あの赤い服を着た男が目に入らんのか。
お前にしてやれるのは、これが最後だ。あとはもうない。分かっているな。教会はお前を自分の娘の一人と信じて、入念に質問をはかり、道を整えてやった。
ところがお前は、屁理屈をこね、ごまかそうとする。母なる教会をごまかすとはなんだ。恥を知れ!
ひざまずき、その衣の襞に包まれ、守ってもらえるように、教会に願うのが筋であろう。
お前に下される罰は、もしそこに不公正があるというなら、不公正もろとも、それを神にお捧げするがよい!
主なる神は、受難の屈辱と不公正の中で、お前のために、お前よりも多く苦しまれた。
イエス様は、ずるく立ち回られたか。お前のために死ぬことになったとき、屁理屈をこねられたか?
お前には及びもつかぬわ。頬を張られ、顔に唾を吐きかけられ、茨の冠をかぶせられ、二人の盗人の間で、十字架にかかり、
果てしない苦しみを味わわれた。お前になど追いつけるものか!
われらの声を通してイエス様が望まれるのは、お前が教会の判断に従う事。それなのに、お前はためらうのか。
ジャンヌ (沈黙の後、目に涙をため、穏やかに)すみません、司教様。イエス様がそれを望まれているとは思いませんでした。
本当に、私よりも苦しまれたはず。
さらに少しの沈黙。そして、言う。
従います。
コーション お前をその懐にもう一度迎え入れてくれるよう、へりくだった心で、無条件に、カトリック教会に願うか。その判断に従うか。
ジャンヌ へりくだった心で、お願いします。教会が、私をもう一度迎え入れてくださるようにと。
私は教会の判断に従います……
コーション (ほっとため息をつく)よろしい、ジャンヌ。これで、残りの質問は、簡単にいくだろう。
お前はこの先、決して武器を取らないと約束するか。
ジャンヌ まだしなくてはならない事があるなら……
128 :
名前なし:2009/03/12(木) 00:04:40 ID:NGC9vB25
コーション そんなことは、他の者に任せておけ! どうかしているぞ、ジャンヌ。お前は、鎖につながれ、牢に入れられ、火あぶりの危険も大いにある。
いずれにせよ、お前が「はい」と言おうと、「いいえ」と言おうと、武器を取る勤めは、もはやお前のものではない。
それくらいは分かるだろう。お前は役を演じ終えた。お前を捕らえているイギリス軍は、もうお前を戦いに出すことはない。
さっきお前はいった、ほかにわずかでも良識があたらいているなら、それは神様が奇跡を起こしてくださっているのだと。
神様はお前を守ってくださる、今こそお前にその良識を送ってくださるときだろう。
武器はもう取らぬと約束できるか。
ジャンヌ (うめく)でも、王様が、今も私を必要とされていたら?
シャルル (息せき切って)おい、おい! 僕の事なら、「はい」と言っておけ。もうお前など、いらないんだ。
ジャンヌ (こもった声で)じゃあ、はい。
コーション キリスト教の謙譲と節度の教えにかんがみ、お前がまとっているこの恥知らずな男の服を、これからは着ないと約束するか。
ジャンヌ (この質問にうんざりして)それを訊くのは、もう十回目よ。服なんて、なんでもないの。<声>が、これを着るようにと、私に言ったんです。
検事 (金切り声)悪魔! こんな破廉恥を娘にそそのかす者が、悪魔のほかにおりますか。
ジャンヌ (穏やかに)でも、良識がそう言うの。
検事 (冷笑)良識? お前の良識は、何でも背負いこむな! 娘がキュロットをはくのも、良識か?
ジャンヌ もちろんよ。だって、兵士と一緒に、馬に乗らなくてはいけないでしょう。女の子だと思われないように、私を、仲間の兵士と思ってもらえるように、
みんなと同じ服装をしなくてはいけなかったのよ。
検事 なんて答えだ、全く! 身を持ち崩した女でなければ、兵士と一緒に走ったりはしない!
コーション なるほど、戦争の間は、その服も、お前の役に立ったとしよう。今ではわれわれのもとに置かれ、戦う事をやめた以上、
どうして、女の服を着ようとはしない?
ジャンヌ できませんでした。
コーション なぜ?
129 :
名前なし:2009/03/12(木) 14:39:16 ID:NGC9vB25
ジャンヌ (少しためらい、真っ赤になる)もし教会の牢屋に入っていたら、女の服を、受け入れていました。
検事 ご覧のとおりですよ。この娘は、屁理屈ばかり言って、われわれをもてあそんでいる。何で教会の牢屋なら受け入れ、ここの牢屋だと駄目なんだ。
分からん、私には、分からん!
ジャンヌ (悲しげに微笑む)でも、簡単な事でしょう。分かるために、偉い学者である必要などないわ!
検事 (我を忘れて)簡単なこと、ところが、それが分からん。多分、私の頭が鈍いからだろう。
記録してください、皆さん、公務執行中に、この娘は私を侮辱しています! 恥知らずです、それを自慢しています。そこにいやらしい喜びを見つけています!
司教様の骨折りで、どうやら基本的な点では、教会に従順を誓う事にしたようだ。多分、私は、異端審問責任者の職を去ることになるだろう。
だが、この悪魔の服を脱がないというかぎり
---裁判のほうでは、彼女の運命から救い出そうとしているらしいが、それに逆らわぬようにと私にどんな圧力がかけられようとも---
この娘が、恥知らずな悪徳の服を着ているかぎり、私は魔女の訴因を引っ込めたりはいたしません!
必要とあらば、バーゼルの聖職者会議に訴え出ることも辞さぬ。諸君、悪魔がここにいる! その恐るべき存在をありありと私は感じる!
この男服を脱ぐなと命令しているのは、悪魔だ。疑いない。
ジャンヌ 私を教会の牢屋に入れてください。そうしたら脱ぎます。
検事 ごまかしても無駄だ、ジャンヌ! 司教様もおっしゃった。なんとしてもその服を脱ぐか、さもなければ、魔女として、火あぶりになるか!
コーション 大筋では同意したのに、なぜこの服を、今いる牢獄では脱げないのか。
ジャンヌ (赤くなって、つぶやく)私は一人ではありません。
検事 (金切り声)それで。
ジャンヌ 部屋で、二人のイギリス兵が、夜も昼も、私を見張っています。
検事 それで。
沈黙。ジャンヌはさらに赤くなり、答えない。
答えないのか。もうでたらめの種も尽きたか。悪魔はもっと悪賢いと思っていたがな! 拍子抜けだ! もうお手上げか、え、顔が真っ赤だな。
130 :
名前なし:2009/03/12(木) 14:40:45 ID:NGC9vB25
コーション (穏やかに)ジャンヌ、答えなくてはいけない。私は、たぶん理解していると思う。だが、自分の口から言わなくては。
ジャンヌ (少し躊躇したあと)夜は長い。私は鎖につながれている。眠らないように努力するけど、時々、どうしようもなく疲れて……
彼女は言いよどみ、さらに赤くなる。
検事 (いっそう鈍く)で? 夜は長い。お前は鎖につながれている。お前は眠りたい…… それで?
ジャンヌ (穏やかに)この服を着ていると、うまく抵抗できるんです。
コーション (急に、くぐもった声で訊く)お前はそうやって裁判のはじめからずっと身を守ってきたのか。
ジャンヌ 捕まってからずっと。---毎晩。日が暮れて、あそこに帰ると、始まるんです。眠らないのが習慣になりました。
だから、翌日、あなたたちの前に出ると、時々、突拍子もない答えを言ったりします。でも、夜は長いんです。
そしてあの人たちは、ずるくて強いんです。私は必死に戦わなくてはいけません。もし、私がスカートだったら……
言いよどむ。
コーション どうして仕官を呼ばない? 守ってくれるだろう。
ジャンヌ (少し後で、こもった口調)もし呼んだら俺たちは絞首刑になる、って言ったんです……
ウォーリック (コーションに)酷い! なんとも、酷い! フランス軍なら、それもいいだろう……
だが、イギリス軍には、それはない。この件については、私が監視にあたろう。
コーション (穏やかに)母なる教会の懐に戻っておいで、ジャンヌ。女の服をまた着るんだ。教会がお前を守ってくれる。お前はもう抵抗する必要はない。約束するよ。
ジャンヌ そうします。
131 :
名前なし:2009/03/12(木) 14:42:44 ID:NGC9vB25
コーション (深くため息)ありがとう、ジャンヌ、助かった。お前を救えないのではないかと心配だった。
異端放棄の宣言は、もう準備してあるから、朗読させよう。お前はそれに署名するだけでいい。
ジャンヌ 字を書けないんです。
コーション 住持を書けばいい。異端審問官殿、ラドヴニュを呼び、誓絶書を朗読させても、よろしいでしょうか。起草を彼に頼んでおいたのです。
われわれも、判決を言い渡すために、全員揃わなくてはなりません。ジャンヌがわれわれのもとに戻るのです。
異端審問官に向かってお辞儀する。
あなたもご満足でしょう、人間が、はい、と言ったのですからな。
異端審問官 (薄い唇に青ざめた微笑を浮かべ)終わりまで待ちましょう。
コーション、奥へ行き、衛兵に叫ぶ。
コーション ラドヴニュを呼べ!
検事 (異端審問官の方へ行き、小声で話す)異端審問官殿、事態をこのまま推移されるおつもりではないでしょうな。
異端審問官 (あいまいな仕草)「はい」と言った以上は。
検事 司教殿は、あの娘にずいぶん甘いですな。私には、あの娘の事が、さっぱり分かりません!
ところで、確かな筋から聞いた話ですが、あの御仁は、イギリスのお飯を腹に詰め込んでおるらしいです。
今度は、フランスのお飯も、たらふく詰め込むつもりですかな。そこのところが、問題でしょうな。
132 :
名前なし:2009/03/12(木) 14:45:10 ID:NGC9vB25
異端審問官 (微笑む)私は問題にしませんよ。検事さん。食い扶持の問題じゃないんですよ。ことはもっと重大です。
検事の存在を忘れ、突然、ひざまずく。
主よ! いよいよ最後という時に、御身は、あの娘の中で人間がへりくだり、身を低くするのを、お許しくださった。
今度ばかりは、人間が、「はい」と言うのを許された。同時に、権謀術数にまみれた海千山千の男、娘を裁きに掛けたこの年寄りの心に、
口にするのも恥ずかしい優しい気持ちがこみ上げてくるのを、どうして許しておかれるのか?
されば、主よ、御身の栄光へ世界を平安のうちにお捧げ出来るようにこの地上から一切の人間性の跡を消してしまう事を、
決してお許しにはならないおつもりなのでしょうか。
ラドヴニュ修道士が進み出ている。
コーション ラドヴニュ君、ジャンヌは救われた。母なる教会の懐に帰る事を受け入れてくれた。誓絶書を読んでやってくれ。
あの子が署名するから。
133 :
名前なし:2009/03/12(木) 14:47:06 ID:NGC9vB25
ラドヴニュ ありがとう。ジャンヌ。君のために祈っていたんだ。
読む。
「世の人々から、処女とも呼ばれる、私こと、ジャンヌは、天使様と聖女様の仲介により主なる神様の啓示を受けたと主調子、傲慢と、
意地と、悪意から、罪を犯したことを、告白します。女の礼節と神聖な母である教会の規範に反するふしだらな装いに身を包むという冒涜を行い、
まじないによって男たちを扇動し、殺し合いに誘った事を告白します。私はこの罪をよくないものと認め、放棄する事を宣言します。
聖なる福音書にかけて、この異端の服を決して身につけず、武器も取らないことを誓います。
われらの神聖な母である教会と、ローマの教皇様と、その司教の方々に、謙譲の心を持って己を委ね、わが罪と過ちの判断を仰ぐことを宣言します。
神聖な母である教会が、私をその懐に受け入れてくださるよう、お願いいたします。
御心のままに私に下される判決を、喜んで受け入れる覚悟である事を、宣言します。以上に基づき、この誓絶書を了解した上で、
私の名で署名いたします」
ジャンヌ (もはや困惑した女の子でしかない)丸を書くの、それとも十字? 名前を書けないの。
ラドヴニュ 手をかして。
サインを手伝う。
コーション ジャンヌ、本当によかった。母なる教会は、お前が戻ったのを見て大喜びだ。他の九十九の羊よりも、一匹の迷える子羊のために、教会はひとしおお喜ぶ……
お前の魂は救われ、肉体はもう死刑にはならない。お前に与えられる罰は、残りの日々を牢獄で過ごすという、
特別のはからいによる罰にすぎない。過ちを償い、苦しみのパンと苦悶の水を口にし、
孤独な瞑想のうちに悔い改めるがよい。お前が陥っていた波紋の危機から、お前は解放された。
行きなさい、主の平安のうちに。
十字を切り、彼女を祝福する。
連れて行きなさい!
兵士たちジャンヌを連れて行く。全員立ち上がり、小グループに分かれて雑談。裁判終了の雰囲気。
134 :
名前なし:2009/03/12(木) 16:59:54 ID:DrE4fAzt
ウォーリック (バラのにおいをかぎながら、近づく)お見事ですね、司教様。何が何でもあの娘を救おうとするなんて、
突飛な考えだと思った事もありました…… そして、あなたが、
あなたの国王を少しばかり裏切る傾向にあるのではないかともね。
コーション どの王のことです、伯爵。
ウォーリック あなたの国王と、申したでしょう。国王は一人しかいないと思いますよ。だから、心配だったのです、あなたのおかげで、国王陛下は、
出費に見合った見返りを手に入れそこなうのではないかと。その後、よく考えてみました!
異端放棄の宣言だけでも、充分にお釣りがくる。貧乏臭いシャルルの顔に泥を塗る事になりますからね。
われわれにとってもよかった。殉教者にしてしまうと、どんな事になるやもしれません。
いまどきの庶民感情ってやつはね。火刑台、炎に包まれ抵抗する乙女、
フランスの大義にとって、そこにはいささか勝利の雰囲気がある。その点、異端放棄は、なんとなく、惨めったらしい。それで委員です。
登場人物全員退場。照明変化。ジャンヌが奥を過ぎてゆくのが見える。一人の衛兵に牢獄に連れて行かれるところだ。
こっそりと、シノンの登場人物たちが滑り込み、途中で待ち受けている。
アニェス (進み出る)ジャンヌ、ジャンヌ。私達、本当に嬉しいわ、裁判がうまくいって! おめでとう!
ヨランド王太后 死ぬなんて、本当に無駄よ、ジャンヌ。人生ですることは、全て実を結ばなくてはいけません……
私の態度を、とやかく言う人は、もちろんいるでしょう、でも、少なくとも、私のしたことに、実を結ばなかったものはありません。
135 :
名前なし:2009/03/12(木) 17:01:41 ID:DrE4fAzt
アニェス 酷すぎる! 私政治裁判って大好きよ。いつも、シャルルに頼んで、傍聴席を取ってもらうの。
自分の首を守る男。わくわくするスペクタクル…… でも、あなたのは、本当に気が沈んだわ……
いつも思ってた、酷すぎるって! 可愛そうに、あの子ったら、無駄に殺されようとしている。
彼女はシャルルの腕に寄りかかっている。
生きるって、ジャンヌ、とっても気持ちいいわ……
シャルル そう、本当に、私のために、貴方が危ない事になりかけた時
---もちろん、あの時、私は感動した。だが、それは正しいやり方ではないとどうやってあなたにわからせたらよいのか、
それが分からなかった…… 当然、私は慎重にことを進めた。あの子ずるい老いぼれの大司教が言う事を聞いて、わが愛する町や村に勅書を送り、
あなたを否認すると宣言した。それは、何より、私のために一人の人間が身を捧げるのを、私は好まないからだ。
私は人に愛されるのが好きではない。愛は義務を生む。私は義務が嫌いなんだ。
ジャンヌは彼らを見ない。見ている風もなく、彼らの駄弁を聞いている。突然、穏やかに言う。
ジャンヌ シャルルのことを頼みます。いつも勇気を持っていますように。
アニェス もちろんよ、馬鹿ね。私も、あなたと同じ方向で頑張っているのよ。負けてばかりの、ちっぽけな王様の、愛人でいたいわたしだなんて、思ってるの?
今に分かるわ、このちっぽけシャルルを、偉大な国王にするんだ、しかも火あぶりにはならずにね……
小声で言い添える。
ねえ、ジャンヌ、悲しい言い方かもしれないけど
---これも、神様の思し召しよ、私達を、男と女におつくりになったんだもの---
ベッドで可愛いお芝居をして、貴方の同じだけ、手に入れたわ。
ジャンヌ (つぶやく)かわいそうなシャルル……
アニェス なんで、かわいそうなの。彼は幸せよ、エゴイストはみんなそう。それでも彼は、偉大な国王になるのよ。
136 :
名前なし:2009/03/12(木) 17:02:50 ID:DrE4fAzt
ヨランド王太后 私達、そのことに心を砕くつもりでいます。ジャンヌ、あなたとは別のやり方で、けれど、同じように効果的なやり方で。
アニェス (正妻の王妃に向かって、仕草)奥方様も、そうですわね。二人目のお子をお生みになりました。生むことしかおできにならないけれど、でも、
とてもお上手。ご長男に先立たれても、これで落ち着いていられますわ。王位継承は磐石……
ジャンヌ、あなたのおかげで、フランス宮廷に秩序が戻ったの。分かる?
シャルル (くしゃみをしたあと)もう行こうよ、アニェス。牢屋の空気は、たまらないね。じめじめして! さよなら、ジャンヌ。時々来る事にするよ。
ジャンヌ さよなら、シャルル。
シャルル (いらいらと)さよなら、さよなら…… 悪いんだが、宮廷に来る事があったら、私のことは、みなと同じように、陛下と呼んでほしい。
戴冠式以来、私はそのことに気をつけているんだよ。ラ・トレムイユもそうしている。大勝利だ!
彼らは、衣擦れの音をさせながら、小走りに退場。
ジャンヌ (つぶやく)さよなら、永遠に。陛下。貴方にそれを手に入れてあげた。私はそれで満足です。
再び歩き始める。衛兵が、椅子(背・肘掛のない)のところまで連れて行く。さらに照明変化。彼女は牢獄で一人。
137 :
名前なし:2009/03/12(木) 17:04:24 ID:DrE4fAzt
ジャンヌ (独白)大天使ミカエル様、聖女カトリーヌ様、聖女マルグリット様。もうお声を聞く事は出来ないのでしょうか。
イギリス軍に捕まって以来、なぜ私は、一人ぼっちなのでしょうか。私を勝利に導かれるとき、貴方は共にいてくださいました。
でも、苦しい時にこそ、貴方が必要だったのです。あなた方ならいつも神様に手を取ってもらわなくても大丈夫です。
最初の頃、神様は、私の手をおとり下さいました。私がまだ小さかったからです。
その後、神様は、私のことを、もう充分に大きくなったと思われました。私は、まだそれほど大きくありません、神様。
それに、司教様のおっしゃる事も、はっきり理解できませんでした…… 下品な検事の言う事なら、簡単でした。
下手に答えて、怒るのを見てやろうとさえ思いました。でも、司教様は、とても穏やかにお話になり、
正しいのはあの方だという気に何度もなりました。おそらく、貴方がそれをお望みになったのです、神様。
それにあの男が、私の首を絞める事すらできないと言ったとき、私は、苦しむ事を恐れました。貴方は、私が生きる事を望まれたのでしょうか。
沈黙。答えを待っている様子。眼を点に上げている。
いいわ。この質問にも、私は自分で答えなくてはいけないのね。
間。続ける。
私は思い上がっていただけ? 何もかも私がでっち上げたの? 安らかな気持ちになり、全ての義務を免じられ、毎日、
小さな骸骨になった体をつつましく引きずって生きていくのも、気持ちのいいことかもしれない……
なおも沈黙。つぶやく。
この物語は、私には少し大きすぎた……
突然、すすり泣きながら、腰掛に崩れ落ちる。ウォーリックが、一人の衛兵を先に立て、急いで入ってくる。
衛兵はすぐに出て行く。ウォーリック、立ち止まり、驚いてジャンヌを見つめる。
138 :
名前なし:2009/03/12(木) 17:05:36 ID:DrE4fAzt
ウォーリック 泣いているのか。
ジャンヌ (身を起こし)いいえ。
ウォーリック お前におめでとうを言いにきた! 要するに、首尾よく終わった。お前が火あぶりを逃れ、とても嬉しい。コーションもそういっておいた。
私個人としては、お前に共感しているんだ。それはともかく---知っているかな。みんな酷く苦しんでる。
そして、苦しみというものは、いつも役立たずで、それに、エレガントでもない---
私の考えでは、お前が受難を逃れたことは、みんなのためによかった。心からそれを慶賀したい。
お前は、家柄の低さにもかかわらず、一流の対応をした。貴族なら、必要とあらば、名誉や、或いは、国王のために、
命を投げ出す覚悟が出来ている。だが、民衆は、何の大儀もなく、つまらないことのために殺されてしまう。
それから、あの異端審問官をお前がやりこめるのを見るのは、愉快だった。陰鬱なやつだ! ああいうインテリは、虫酸がはしってしょうがない。
肉体のないやつら、むかむかする事、このうえない! お前が処女というのは本当か?
ジャンヌ ええ。
139 :
名前なし:2009/03/13(金) 02:46:40 ID:TpNJhe3Q
ウォーリック もちろん、そうさ。男を知った女なら、お前のようにはしゃべれない。イギリスに私のフィアンセがいる。
とても清らかな娘で、やっぱり、男のように理屈っぽい。お前と同じで、手なずけられない。
インドのことわざに、こういうのがあるのを知っているか。娘は、水の上を歩ける、って言うんだ。
彼は少し笑う。
あの娘がウォーリック夫人になるとき、今のままでいられるかな! 処女は恩寵だ。僕らはみんなそれを崇拝している。
残念ながら、娘に出会ったとたんに、急いで女にしようとする---そのくせ、奇跡が続いて欲しいと思っている……
おかしな話だ! この戦いが終わったら---すぐに終わると思う(お前の可愛いシャルルは、今じゃ完全にノックアウトだ)
私はイギリスに帰って、そのおかしなことをする。ウォーリックの城は、大きくて、いかめしく、とても美しい。
私はそこで見事な馬を育てている。フィアンセは乗馬がうまいんだ。お前ほどじゃないが、なかなかのものだ。
彼女は、お城でとても幸せになると思う。僕らは、キツネ狩りをし、素敵なパーティーを開き……
こんな事情のために、お前を招待できないのが残念だ。
しばらく、気詰まりな風。結論する。
こういうわけだ。ささやかな典礼訪問だ。ちょうど、試合の後で、握手するみたいに。
迷惑じゃなかったら、いいんだが。うちの男たちは、今では、ちゃんとしているかな。
ジャンヌ ええ。
ウォーリック お前はおそらく教会の牢屋に移される。ともかく、ここにいる間は、困った事があれば、遠慮なく私に言ってくれ。
がさつものは縛り首だ。ジェントルマンの軍隊を持つことは無理でも、それを目標にはすべきだからね。
彼は一礼する。
失礼。
出て行こうとする。ジャンヌ、彼を呼び止める。
140 :
名前なし:2009/03/13(金) 02:48:04 ID:TpNJhe3Q
ジャンヌ ウォーリック様。
ウォーリック (振り向いて)何か?
ジャンヌ (彼を見ずに、突然訊く)私は、火あぶりになっていたほうが、よかったのではないでしょうか。
ウォーリック さっきも言ったように、英国政府にとっては、異端放棄でも全く同じこと……
ジャンヌ いいえ。私にとってです。
ウォーリック 無駄に苦しむだけだし、それに醜い。火あぶりのほうがよかったということなどない。
今も言ったように、なんだか続っぽいし、大衆的で、愚かしいものになっていただろう。
決死の覚悟で世の中に立ち向かい、燃える薪の上で、ののしり叫ぶなんてことは。
ジャンヌ (穏やかに、自分に言い聞かせるように)でも、私は庶民の出で、それに愚かです……
そして私の人生は貴方の人生のように飾り立てられてもいません。戦争と、狩と、快楽と、美しいフィアンセに囲まれた、
手触りの良い、まっすぐの人生じゃないんです…… 私がジャンヌでなくなったら、私に何が残るでしょうか。
ウォーリック 君の人生は、確かに、この先それほど愉快なものではないだろう。少なくとも、はじめのうちはね。
でも、時が経つうちに、物事はうまく折り合いがついていく。
ジャンヌ (つぶやく)でも折り合いがつくなんていやです…… 私はそんなもの生きたくありません、貴方のような時間を……
彼女は身を起こす、遠くの、なんとも知れないものを見る夢遊病者のように。
目に浮かぶでしょう、生きてしまったジャンヌ、何もかも丸く収まって…… きっとジャンヌは、開放され、フランス宮廷で、
植物のように味気なく暮らしている、わずかな年金をもらって。
ウォーリック (いらだって)言ったでしょう、あと半年もすれば、もはやフランス宮廷など存在していない!
141 :
名前なし:2009/03/13(金) 02:49:40 ID:TpNJhe3Q
ジャンヌ (ほとんど微笑みながら、苦しそうに)全てを受け入れているジャンヌ、お腹の出たジャンヌ、食いしん坊のジャンヌ……
目に浮かぶでしょう、お化粧したジャンヌ、帽子をかぶり、ドレスにおさまり、子犬の世話をして、うるさくつきまとう男がいて、
ひょっとしたら、ジャンヌは結婚しているかも。
ウォーリック そうかもしれない。いつかは、終止符を打たなくては。私だって、身を固める事になっている。
ジャンヌ (別の声になって、突然叫ぶ)あたしは身を固めて終わりたくない! こんな形の終止符はいや。幸せな結末はいや。終わりのない結末はいや……
彼女は身を起こして呼びかける。
大天使ミカエル様! 聖女マルグリット様! 聖女カトリーヌ様! いくら黙っていても駄目。私は、あなた方が、私に話しかけた日に生まれたんです。
私に、そうするようにとおっしゃった事をした日から、私は行きはじめました。馬に乗り、手に剣を持って! それがジャンヌ、それだけがジャンヌ!
修道院で、むくみ、青ざめ、ぶつくさ独り言を言っている、そんなのは私じゃない---ささやかな安楽を見つけ---開放されている、
そんな私も私じゃない…… 生きることに慣れていく、そんなのとは違う…… 貴方は沈黙されていた、神様、その間司祭たちがしゃべっていた。
何か言うたびに全てがもつれていった。でも貴方が黙っていらっしゃるとき---初めの頃、聖ミカエル様が言いました---
それは貴方が私達を最も信頼しているとき。私達に全てを引き受けさせてくださるときだと。
突然、大きく身を起こす。
いいわ、私は引き受ける! 神様! 私はこの身に引き受けます! 貴方にジャンヌをお返しします! いつまでも、そのままのジャンヌを!
あんたの兵士を呼んで、ウォーリック、あんたの兵士を呼ぶのよ、聞こえないの、早く!
私は異端放棄を取り下げる。女の服も断る。火刑台を使うときがきた。とうとうみんな、お祭りを手に入れるのよ!
142 :
名前なし:2009/03/13(金) 02:51:32 ID:TpNJhe3Q
ウォーリック (うんざりして)馬鹿な真似はよしてくれ。僕はこれで満足なんだ。それに第一、僕は拷問が嫌いでね。
お前が死ぬのを見るなんて、とても出来ない。
ジャンヌ 勇気を持たなくちゃ駄目よ、坊や。あたしにはあるわよ。
彼女はすっかり青ざめた彼を見る。彼女は彼の両肩を持つ。
あんたったら、イギリス貴族の割には、あたしに親切なのね。
でも、分かるでしょう、どうしようもないの、あたしたちは人種が違うのよ、お互いに。
彼女は、出し抜けに彼の頬に小さくキスをして、叫びながら退場。
兵隊! 兵隊! おい、イギリス兵! あたしに男の服を返せ、
あたしがキュロットをはいたら、あいつらを呼んでこい、坊さんどもを!
彼女は叫びながら退場。ウォーリック、一人残り、頬をぬぐい、つぶやく。
ウォーリック 場違いもいいところだ! それに低俗だ。全く、フランス人てやつは、付き合うとろくな事がない……
大きなどよめきが突然起こる。
---魔女を殺せ!
---異端者は火あぶりだ!
---殺せ! 殺せ! 殺せ!
登場人物全員、急いで戻る。薪の束を持ち、殺せと叫びながら。その後に死刑執行係が続く。
彼は、二人のイギリス兵に助けられ、ジャンヌを引いている。蒼白のラドヴニュが後に続く。
これら全ては、休息で、乱暴に。まるで暗殺のように。死刑執行係を手伝うのは誰でも良い。おそらく、検事か。
死刑執行係は、舞台上のベンチを使って火刑台を作る。そこにジャンヌをよじ登らせる者。柱に縛りつける者。
侮辱の言葉を記した板を釘で打つ者。群衆は叫ぶ。
---魔女は、はりつけだ!
---はりつけだ! 頭を剃れ、軍隊の娼婦!
---はりつけだ! はりつけだ! 焼け!
143 :
名前なし:2009/03/13(金) 02:53:46 ID:TpNJhe3Q
ウォーリック (いらいらと)くだらん! じつにくだらん! こういう演出が必要だったとはな!
ジャンヌ (火刑台の上で叫ぶ)十字架! 十字架を、お願い!
検事 魔女に十字架などいらん!
ジャンヌ 後生です、十字架。
コーション (ラドヴニュに)ラドヴニュ! 教会に行け! 走れ!
ラドヴニュ、走りながら退場。
検事 (異端審問官に)規律違反です! 講義なさらんのですか、異端審問官殿。
異端審問官 (青ざめて、ジャンヌを見ながら)十字架があろうと、なかろうと、とにかく黙らせろ。早く!
見なさい、火刑台の上で、われわれを愚弄している。つまり、われわれは決して人間に勝つ事はない、と言うことなのか。
ジャンヌ (なおも叫ぶ)十字架!
一人のイギリス兵が、日本の薪を取り、それで十字架を作り、ジャンヌに叫ぶ。
兵士 おおい、娘! 反吐が出るぜ、あの坊主ども。こいつにも、十字架の権利はあるんだ!
検事 (駆け寄る)異端者だぞ! それはならぬ、そこな男!
兵士 (肘で押しのける)うるせえ、くそ坊主。
彼は足跡の十字架をジャンヌに差し出す。彼女はそれをむさぼるように抱きしめ、キスする。
検事 (ウォーリックに駆け寄り)伯爵! あの男もひっとらえて、異端者の烙印を押さねばなりませんぞ。
速やかな逮捕を要求します!
ウォーリック やってられませんよ、あなた。こんなやつは、八百人といます。どいつもこいつも、わをかけた異端者です。
戦争は、そういうやつらと一緒にやるんですよ!
異端審問官 (死刑執行係に)さあ、火をつけろ。ぼやぼやするな! 煙を出して、見えないようにしろ!
(ウォーリックに)手早く願いたい! 五分後には、全員があいつの味方になってしまう。
ウォーリック もう、なっているんじゃありませんか。
ラドヴニュ、十字架を持って、駆け寄る。
検事 (金切り声)十字架はならん! ラドヴニュ!
コーション 止めるでない、これは命令だ!
検事 ローマに報告しますぞ!
144 :
名前なし:2009/03/13(金) 14:03:59 ID:vPwYwXTw
コーション お望みなら、悪魔にも報告されてはどうかな。しかしここでは、私が指揮をとる。
これらは全て、素早く、せきたてるように、即興的に、恥辱に満ちて、警察のガサ入れのように。
異端審問官 (神経質に繰り返しながら)さっさとやれ! 早くしろ! ぐずぐずするな!
ラドヴニュ (火刑台に登っている)勇気を出せ、ジャンヌ。みんな君のために祈っている。
ジャンヌ ありがとう。でも、もう降りて。貴方も一緒に焼け死んでしまうわ。
異端審問官 (もはや耐えられず、死刑執行係に叫ぶ)おい、お前、うまくいったか?
死刑執行係 (降りてきて)抜かりありません、燃えてます。二分後には、火に包まれていまさあ。
異端審問官 (ほっとして、ため息)やっと!
コーション (突然叫び、ひざまずく)神様、われらをお赦しください!
十字を切る。全員ひざまずく。死者の祈りを始める。検事、憎憎しげに、立ったまま。
コーション (彼に叫ぶ)膝をつきなさい!
検事は、追い詰められた獣の目をして、ひざまずく。
異端審問官 (診る勇気がなく、ジャンヌに十字架を捧げている近くのラドヴニュに聞く)
ジャンヌはまっすぐに前を見つめているのか。
ラドヴニュ はい。
異端審問官 弱りもせずに?
ラドヴニュ はい。
異端審問官 (ほとんど苦しげに訊く)
そして唇には、微笑のようなものが浮かんでいるのではないか?
ラドヴニュ はい。
異端審問官 (打ちひしがれたように頭を垂れ、くぐもった声で言う)私は決してあれに勝つ事が出来ぬ。
ラドヴニュ (信頼と喜びに顔を輝かせ)はい、出来ません。
145 :
名前なし:2009/03/13(金) 14:05:48 ID:vPwYwXTw
ジャンヌ (すでに身もだえしながら、つぶやく)ああ、ルーアン、ルーアン、お前がこの世の見納めなのね。
突然うめく。
ああ、イエス様!
アニェス (片隅でひざまずいている。シャルルと二人の王妃も共に)かわいそうなジャンヌ。酷すぎる…… 苦しいのかしら?
シャルル (額の汗をぬぐい、あらぬほうを見る)辛いひとときだ。
死者の祈りの呟きが、全てを覆う。突然、ボードリクールが、走って到着する。
息を切らし、舞台億のみんなを押しのけ、或いは、観客を押しのけてもよい。叫ぶ。
ボードリクール やめろ! やめろ! やめろ!
みんな立ち上がる。心を決めかねる一瞬。
群衆の中の叫び声 ---なんだと? やめるって、なにを? どうしようってんだ?
---なに言ってんだ? 狂ってんじゃねえのか。
ボードリクール うはっ! 間に合った!
コーションに叫ぶ。
こんな終わり方はいかん! 戴冠式の場面をやっとらん! 全部演じると言ったじゃないか! これじゃ信義にもとる!
ジャンヌは戴冠式を演じる権利がある! 物語に入っているんだ!
コーション (はっとして)そのとおりだ! 危なく不正をはたらくところだった!
シャルル だろう! なんか、そんな気がしていたよ、僕の戴冠式を忘れるんじゃないかって!
僕のことなんて、誰も考えない。大変な苦労だったのに。
ウォーリック (打ちのめされ)よろしい! では、シャルル王戴冠の場面だ! 趣味が悪いな! その祝典に私がいては、ご迷惑でしょう。退散します。
どの道、私にとっては、もう終わりました。彼女は焼かれたのです。国王政府は政治目的を果たしました。
彼は退場。
コーション (死刑執行係に)火刑台を崩してくれ! ジャンヌを降ろすんだ! 誰か、彼女に、剣と旗を持ってきなさい!
全員、嬉々として、火刑台と薪に駆け寄る。戴冠式のための装いを始めるシャルル、微笑みながら、観客の前に進み出る。
146 :
名前なし:2009/03/13(金) 14:08:54 ID:vPwYwXTw
シャルル この男の言う事は正しい。ジャンヌの物語の、本当の結末は、終わりのない結末。僕らの名前こそ忘れられ、混同されようとも、人々が繰り返し語り継ぐ結末、
それは、ルーアンで追い詰められた、惨めな獣の境遇の中にはない。それは、大空にあがるひばり、栄光に包まれた、ランスのジャンヌ……
ジャンヌの物語の本当の結末は、喜びに溢れている。ジャンヌ・ダルク、それはハッピー・エンドの物語だ!
ボードリクール (うっとりし、他のみんなと、薪をどかしながら)間に合って、よかった……
馬鹿どもが、ジャンヌ・ダルクを焼いてしまうところだった! 分かってんのか?
父 (兄と薪をどかしながら)さっさとやれ。指を鼻に突っ込むな! ちっとは、妹を見習ったらどうだ! みんな褒めてるぞ。
あいつの父親だと思うと、鼻が高えや…… 俺はいつも言っていたろう、こいつには未来があるって……
舞台奥、火刑台のあったところに、手持ちの物で急いで祭壇が設けられた。不意に輝かしい鐘の音とオルガン。
シャルル、少し下がってジャンヌ、王妃達、ラ・トレムイユなどの行列。行列は祭壇へと歩き始める。列席者全員、ひざまずく。
ジャンヌただ一人、絵画に描かれているように、背を伸ばし、旗にもたれ、天に向かって微笑む。大司教が、シャルルの頭に冠を載せる……
勝利のオルガン、鐘、祝砲、鳩、光の戯れ。光の戯れは、カテドラルのステンドグラスの反射を映し、舞台装置を一変させる。
豪華本の挿絵のようなこの美しいイメージの上に、ゆっくりと幕が下りる……
-幕-
眠いけど眠くない
そんな7月の夜