金物屋の鍋吉
寂れた田舎のレトロなアーケード
商店街の金物屋はお気に入りの場所だ
金色に埃ひとつなくぴっかぴかに輝くえくぼは
田中金物店の店先の踊り場で
過ぎ行くじじばばに陽気に笑いかけている
今じゃステンレスなんかはどこいたってちやほやされて
電磁調理器なんかに就職差別にあってる鍋吉は
それでも変わらず綺麗なのだ
ところがある日、田中金物店が店を閉じるのだと聞いた
その前に鍋吉を買い取ろうと自転車に飛び乗った
その途中、横断歩道で車にはねられた
体が宙に放り出されている時
いま、もし鍋があれば頭に被ってるだろう、なんて
本気で考えていたのを覚えている
僕は3ヶ月の入院の後、退院したが金物屋はすでになくなっていた
心残りなのは鍋吉を見られなくなったことだったが
ブランクを埋める生活に追われてわすれてしまったのだ
それから2年が過ぎたころ、近所の空き地にしゃがみこんでいる金物屋の主人を見かけた
思い出した鍋吉のことを尋ねてみるとにっこりとえくぼを浮かべ茂みのほうに指を向けたのだ
その先に数匹の猫が小さくも無く大きくも無い鍋をつついていた
主人に目を配らせるとすっくりと頷いた
泥にまみれ鍋底辺りは白く剥げ金に輝くような若さも無い鍋吉は猫の爪痕ばかりが目立つ
それでも、鍋吉は、あの頃よりもさらに輝いて僕を見つめ返していたのだ