「宮殿」1/2
夜中のカフェで
最近仲良くなった女と話をしていると
通りを
その人が歩いているのが見えた
おれは窓越しに手を振った
誰? と女が聞き
恩人 とおれは答え
それから
コーヒーをひとくち飲んだ
3年前
初めてこの街に来たとき
右も左も分からぬおれに
いろいろと教えてくれた
その人のことが
おれはあまり好きになれなかった
本人には悪気などなく、そしてとても親切にしてくれたのだが
えらそうだ、とおれは思っていた
おれはその人が目をつけていたらしい女と一回、寝た
おれはその人とあまり会わなくなった
ご結婚、おめでとうござい
ます
この頃はもう、夜になるとすこし
肌寒い、です
ね
誰? と訊かれ
恩人 と答えたおれは
にやにやと笑った
その人は
すばやく手を挙げて
通り過ぎた
ほんとに? 女は不思議そうにその人の後ろ姿を見送った
おれはどうしてもにやける口許を隠すためにコーヒーカップを口に運んだ