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名前はいらない:
風呂上がりの人々が夕涼みに出る頃には
誘蛾灯が燈り、門々の提灯かさらに燈る
あちこちの部落の笛太鼓が夜空でぶつかり合い落ちてくる
町全体が産まれたての赤ん坊のように乳臭い
浴衣を着るよりは法被、法被よりはドンブリ、ドンブリよりは白鳥と
子供たちはより粋で大人っぽいいで立ちを好むが
転校生の私は普段着のままで、祭の傍観者だった
同じクラスや部落の子供達は私を見掛けると出車の列から声をかけてくれるが
それは祭の高揚によるものかもしれない
出車の後にはポリバケツいっぱいにシロップを積んだ車がついてくる
私はそれを紙コップで何杯も飲んだためトイレに行きたくなった
通りを外れた私は海岸近くの古い神社に草むらを見つけ、そこにしゃがみこんだ
神社は台風で鳥居がもがれていたが誰も手入れをしない
それほど古く、部落の人からも忘れられた神社だった
神社の裏手で物音がした
用を足しながら首のだけそちらに向けると
そこには私にも気付かず半裸でまぐわう男女がいた
私は意味もわからず生まれて初めての自慰をした
祭囃子は遠く熱に浮かされていた