【選者指定コンペ】よろしく願いしまふm○m

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254「曇り空に椿」

春はまだ来ない 君はいつまで経っても宙ぶらりんだ そしてその振り子にしがみついて振り回される僕
庭に出れば冬が地蜘蛛の巣のように埃に塗れている 君はいつも口元を歪ませる 引き攣ったのは僕の顔
枯れ葉の下で夏は眠る 君の長い髪にそよいだ南風の匂い 僕はいつだって目を潤ませながら思い出せる
柿の実を赤くした秋は今でも静かにそっと忍び寄る 君の傷口は更なる刃を突き立て ただ僕を見ているだけ

他人と書いて「ひと」と読ませる そんな小賢しさが嫌いなのだ 当たり前を悟った風に言う奴には反吐が出る
「愛」の意味がわからない そんなもの誰にも分かりはしない それでも考える振りをしようとする愚か者たち

君は 君という人間は 僕にとって赤の他人だったのか 
君は 君という女は  僕に愛情を感じなかったとでも言うのか

どんよりした空は嫌いじゃない 青空みたいな人を小馬鹿にした鬱陶しさなど我慢できない性分なんでね
もうすぐ雨が降り出しそうな この空気の重さ この空気の色 この空気の澄みわたった爽快な景色

僕は 僕という人間は 君にとって他人ではないと思っていた
僕は 僕という男は  君に愛されていると思っていた

…………いつまで続けるつもりだい?

椿の花が斬首刑のようにボトリと落ちる ああ いっその事 ああやって介錯してもらえたらどんなに楽か
ボトッ ボトッ ボトッ ボトッ 庭一面に僕の首が転がっていく 顔の半分で笑い もう半分で涙を流す
埋め尽くされた首首首 濡れ縁の上にも首首首 これが春の風景なら 僕は冬眠したまま土竜に食われたい
春来たりなば 夏遠からじ そう信じて首の無い男はスコップで庭を掘り返す 落ちた花を埋めるため
ザクッと胴体を真っ二つにしてしまった 声なく笑う 早速夢が叶ったじゃないか まだ動き回る蚯蚓に止めを刺す
その瞬間 鳥の声 はっと振り返れば低空飛行の緑羽 椿の枝に止まると まだ咲いている花を嘴で突つく

そうか その手があったか

僕はメジロになって曇り空を飛ぶ これから咲くはずの椿の蕾を探して 低く 低く 振り子の糸を嘴で切る