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名前はいらない:
『アマモリトオル』
最近雨ばかり降る
公園では幼子が一人で傘の花をポツンと咲かせていた
ぼんやりと濡れた遊具を見ているようだ
幼さゆえの独特の憂鬱
せっかく積みあげたつみきを破壊したくなるような衝動
曇った現実から小走りで空想に逃げ込んだときの安堵感
公園には子どもとアマモリトオルしかいない
アマモリトオルはこの雨の中で傘もささずに笑顔だった
雨がやんで虹がでる頃には消えてしまうであろう
アマモリトオルは今この瞬間の均衡の上に成り立つ
不安定な幼い心の闇がつくりだした幻想
太陽が照ればすぐにかき消される程度の淡い闇
幼いうちは何度となく現われるだろう
私はごく自然に公園を通りすぎようとしていた
ふいにギョッとした
アマモリトオルが笑顔でこちらを見ているのだ
なんてことだ!
もはやそれは幼子の生み出したアマモリトオルではなかった
過去に私が生み出し心の一番深い部分に閉じ込めて隠してしまいこんだアマモリトオルであった
唇がわずかに動いている
声は聞き取れない
でもわかってしまう
しきりに訴えている言葉
わ・す・れ・な・い・で…
私はもう大人なのだ
アマモリトオルに捕われていてはいけない
しかしまた魅せられてしまった
ゆえにここから動けない
私はチラリと幼子を見た
しかし姿はそこにない
ここは完全に私の空間になってしまっていた
私とアマモリトオル二人だけの世界
諦めのついた私はまた幻想と追いかけっこでもしようかと考えていた
雨はまだ止まない