\\詩人の集まる天文台//

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243人形使い
『麻痺』

ぼくに内蔵されている銀製でとても小さくて精巧な回路装置は、
少し白みのかかった繊細な金属片を繋いだ掌にのるような小さな箱に収まっていて、
いつも冷たくひえていて、大気にしみ込むような動作音を発している
動作音は太陽の灼熱が風景を溶解するときの果てしない低音と同じように無音よりももっと静かな音で、
いつもぼくはその音に集中すれば、
いらだちや虚無感など心理の海面にたつさざ波はすべてならされ、
肺の最奥までO2が配達される深い呼吸ができるのだった //
244人形使い:2006/12/08(金) 01:08:31 ID:NEXXVD3Q
しかしこの冬は特別凍えるような寒さだったためか、回路の箱に霜がおりて中から聞こえる声は極めて小さくなってしまった。
//そこでどうしても気になるぼくは、
機械学なんて齧ったこともないのに、
執着と好奇心とで箱をそっと取り出して開き、
中を覗いてみたのだけれど、
そのとき細かな黄金のシャフトが一本外れて落ちて、
結局紛失してしまったのだった
シャフトを探すことに気をとられて時を費やすと、
箱自体への熱意は冷めてしまい、
箱はそのまま中身も確認せずにしまい込んだ
その時、何も為さなかった宙ぶらりんのままの気持ちの所為なのか、
シャフトの紛失が原因なのかはわからないけれど、
ぼくの思考の真ん中にぽっかりと穴が生まれたのだった //
245人形使い:2006/12/08(金) 01:10:13 ID:NEXXVD3Q
//その穴はどんなに探っても何の手応えもない空白で、
穴のために考えはいつもまとまらず、
考える毎に穴はその思考に寄生して増殖し、
やがて精神はその真空の領域に広く浸食され、
頭の中は白塗りにされていった
そして精神の浸食の進行に従って、
肉体にも支障があらわれた
段々とぼくは歩くことができなくなり、
手が動かなくなり、
息が浅くなり、
いつしか日がな部屋の隅に崩れ落ちているようになった
ぼくはいずれ生命の停止を予感したが、
ただ一つ、
小さな回路装置だけが改めて気がかりであった //
246人形使い:2006/12/08(金) 01:11:37 ID:NEXXVD3Q
//夕暮れ時、ぼくはもう唇は乾いてひどくひび割れていて、
睫毛には塵が積もってきていたのだけれど、
薄地のカーテンを透過して床を漂っている儚い暮光の中に、
きらりと反射するものを発見して、
はっと目を見開いた
それはあの黄金のシャフトだった
しかし力を失ったぼくはもう、
それを拾うどころか、
指一本動かすことも、
うめき声を上げることすらできない
その時、
白い意識の片隅にうすぼんやりとあったのは、
以前のぼくならば、
その喪失感に涙しただろうという乾燥した感慨の一片だった //
247人形使い:2006/12/08(金) 01:12:49 ID:NEXXVD3Q
//ああ、よく見れば、黄金のシャフトにも、ぼくと同じように薄く塵が積もっているよ

冬の中
ぼくは半ば壊れかけ
世界はすべて白く燃えている

麻痺 ―『麻痺』終わり