「秋雨」
「煙るような秋雨」が降る夕闇のなかを
ちいさな花がもう僅かに残るばかりの
金木犀の木から放たれる香りは
濡れながら迷走する
誰かの鼻をくすぐることも忘れて
ぬかるんだ庭土の上を
濃い影になった山々の頂を掠める
わずかな残光もまた
屋根瓦や楓の木や
少し媚びた甘い匂いを
誘うように赤黒く染めつつ
空と峰の狭間に段々と消えてゆく
たまらなく冷えて来れば
投げ出していた足をそっと戻して
立ち上がって僕は縁側を後にする
罅割れた土壁を伝い
ささやかな雨音を聴いて
あるかなきかの光りに背を向けながら