[月と星と夜空]
「すべらかな氷盤」
「狂気を降らせる鏡」
「女王陛下のコイン」
「天神の病んだ左眼」
「確たる恋」
「遥かの幽鬼」
いい歳をした僕らの言葉が月の前でこうも陳腐なのは
僕らが幼児期の瞳と少年の心を失くしたからだろう
刻んできた皺を隠しもせず
髪に混じる銀を歯牙にもかけず
性欲すら失い狼は
思い立ったように痩身を集め
レゴリスに打ち建てられた23夜塔の最上階で
戦を忘れてしまったふりで月の名前を思案する
錆付き欠けた老いぼれの歯が未だ鋭さを把持することは
煙草を噛むために薄く開けられた口の端が黙示している
塔の周りで子供達は
堕ちてガラス玉のようになった星々を弄っている
小さい手に過ぎる星を得ようとしてその度ばら撒いてしまうもので
冷たい表面が隠している青や藍 碧や緋の瞬きは砂や岩盤に迸り反射し 展開する
軌道と衝突 反転と連鎖
ランダムに生じる光の原でしゃがんだり立ったりを繰り返し
子供達は歩けるようになった頃の記憶を反芻する
右足を
左足を
交互に――時には重ねて――放るという高難度の作業が
波乱に満ちながらも滞りなく進行していくことへの歓喜
昴である彼らには
希望という魔法が解けるまでにあと数年の猶予があり
故に子供は強欲で 傲慢で自由で幸福なのだ
闇は蔓を伸ばし互いに絡み葉を茂らせ花を咲かせる
大輪の闇が少し傾ぐだけで僕はその芳香にむせかえる
夜の花弁は惜しみなく剥がれ空を幾重にも覆いつくし
塔から望む地平線からは乙女達が昇り銀糸を張る
彼女らが飾り付ける星が自分のものより良く見えるのだろう
子供達は転がる玉をそのままに背伸びをして唾を飲み込む
やがて女の声で歌が流れ来て子供は累累と伏して眠り
じりじりと月が目盛りする内に夜は更け露は地と天に宿る
月が降らせる鱗粉
男達は眼球のふちギリギリのところで炯炯とした意思を手離さない
僕らは可能性や清廉さと引き換えに獲得した形質で
終幕を払い退け
夜を踏破するのだ
前回取り決められた月の名を朧の向こうに透かし見ようとして 叶わない そんな喪失を
孤高の胸に転がしながら
*左眼サガン 弄マサグって 碧ヘキ 緋ヒ