「慈照寺」
いつか 失ったのではない
残されたわけでもない
あるものだけがあるように 疎水は碧い空をのぞみ 檜皮の先へと下った
沿道から 桜がしだれていた
石畳は ひとつ濃い影を映し
人は通わず
ただそれだけの道を 影は己の主として
ゆくりない足つきで 一歩 また一歩とたどった
いつか 失ったのではない 残されたわけでもない
あるものだけがあるように
影はよるべない石肌を過ぎ
動くものたちが その芳醇をかくすために
道はひとりでに濡れた
桜は骨となるように
くぐもった教えを請いしげく 道へ ひらと落ちた