「雪を売る男」
ひとりの雪を売る男
雪山に登り
両天秤に下げた二つの桶に
雪を掻き入れる
ひとりの雪を売る男
両天秤にぶら下げた
大量の雪をかついで
南の町に向かう
道中雪は溶けてゆく
雪は水になって
桶をしたたり落ちる
男の通った跡には
小さな水たまり
喉を潤しに
雀がやってくる
ひとりの雪を売る男
南の町で雪を売る
桶のなかで
小さくなった雪を
人々は物珍しげに眺め
また触れ
そして通り過ぎてゆく
ひとりの雪を売る男
桶からぽつぽつと
したたり落ちる雫を見つめ
雪の冷気に触れては
通り過ぎる人々を見つめ
紙巻煙草に火をつける
(つづき)
ひとりの雪を売る男
ひとりの女に雪を売る
病気の妹に
雪をたべさせたいの
そういって
丼鉢を差し出す女に
男は雪をこんもりと盛り
その上に松の葉を飾る
幾許かの銭を受け取り
ひとりの雪を売る男
去ってゆく
女の後姿を見つめる
見つめてから
紙巻煙草を取り出す
桶のなかの雪はもう僅か
ひとりの雪を売る男
桶の抱えると
町行く人々に
溶けかけた雪を
盛大にぶちまける
ひゃっ
という声 また声に
哄笑を飛ばして
男は町を去る
ひとりの雪を売る男
雪山に帰る
あの山で
深々と降る雪は
桶のなかで
とろとろと溶ける
あの山の雪は
男の歳月
そのままなので
ひとりの雪を売る男
ひっひっひ
笑う
泣くこと以外には
笑うしか
なかったので
ひっひっひ
と
苦しい声を発てる
ひとりの
雪を売る男