〜〜詩で遊ぼう!投稿梁山拍 10th edition〜〜

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230聖河
 地面から五〇センチメートルの高さまでにケニーの世界は集約されていた。ケ
ニーは七歳だったがケニー自身は自分がバラナスィのこの露地に生れて既に七年
もの年月か経過したことなど全く知らない。ものごころついたときからケニーは
このバラナスィの露地でピンク色の朝日とオレンジ色の夕日に身を晒し雨季の雨
に心の奥まで打たれている自分の存在を自覚するようになったがそれはただこの
露地で自分が足のよじ曲がった物乞いとして以外に生きてゆく道は無いと言う事
を何となく受入れただけにすぎなかった。自分の物乞いとしての立場をケニーは
運命的なものだと言う風におぼろげながら認識してはいたがその運命がカースト
と言うこの国独自の制度によってもたらされたものだと言う事には気付いてはい
ないし恐らくはこれからも気付くことはないだろう。ケニーにはそんなことより
自分が今日をいかにして生きるかのほうが大切だった。母親の記憶は何となくケ
ニーの頭の中には残っているがその死んだと言うより突然いなくなった母親はケ
ニーが三歳でようやく両手を使って下半身を引摺り臀部を堅い石畳の地面で磨耗
させながら露地に住む者達とは明らかに違った服を着たアメリカンやフレンチや
ジャパニーと呼ばれている人間達に向かって手を差し延べ喜捨を求める事が出来
る様になった頃に姿を消した。露地でケニーや母親と一緒に生活していた大人達
が母親が姿を消してからケニーに食べ物を与えてくれるようになったところを見
ると母親は死んで聖河に水葬にされたらしい事がわかった。大人達はしばらくの
間ケニーに食べ物を与えながら河のほうを見ていてケニーは大人達のその目を見
るだけで自分と直接に血の関わりを持つ者が一人もいなくなってしまったことを
察したのだ。露地にはケニーと同じ歳くらい出足のよじ曲がった少年が他に三人
いた。ケニーは母親が聖なる河に消えてしまった頃からその少年達と行動を共に
するようになり桃のように鮮やかなピンク色の朝日が炎のようなオレンジ色の夕
日に変わるまで一日中バラナスィの露地を旅行者がもたらす喜捨求めて這い回っ
231聖河:04/01/06 11:49 ID:6yrFCIC/
た。ケニーと言う名がついたのもこの頃だった。ケニー達四人に五ルピーつづ喜
捨をくれた若いジャパニーの男女二人のうち男の方がケニー達四人にそれぞれ名
前を付けケニーの他の少年達三人のうち兄弟の様に似ている二人にはそれぞれに
はガンタンクにゲッタースリーと言う名が付けられ一番身体が小さい残った一人
にはR2−D2という名が付けられた。その若いジャパニーの男がそれから一週
間ほど露地でケニー達をその名で呼び少年達が反応する度に五ルピーづつの喜捨
をくれたのでケニー達四人はその若いジャパニーがいなくなっても互いの事をそ
の名で呼び続ける様になった。ケニー達は露地で大人達から呼ばれるヒンディー
の名前よりもジャパニーが付けた名前のほうが自分達には合っているような気が
したのだ。ケニー達の他にも露地にいる大人達は物乞いとして何とかやって行け
る様に生れたばかりの赤子の手や足をよじ曲げたり切ったりしてはいたがその赤
子の大多数は伝染病や灼けつくような暑さの前に倒れ命を落とし手足を縛られた
まま聖河に流されていった。生き残る子供は少なかった。露地を数限りなく徘徊
している牛達は宗教的象徴であるシヴァ神の乗物だった。ケニー達はそれらの牛
を避けながら露地を這い回ったがそのこの世には何も怖いものはないと言った感
じで露地の大部分を占拠している馬鹿でかいその動物の隙間を縫って露地を這っ
ていくと牛がいないところには必ず牛糞が落ちていた。ケニー達四人は牛糞を見
つけるとその長い年月の間に地面との接触によって皮膚が硬化してしまっている
不安定な臀部を浄なる右手だけをついてバランスを取りながら自由になったもう
一方の不浄なる左手で捏ね回し脇へのけた。べとべとと粘る体液と原形を止めて
いない繊維質および有機物の絞りかすより構成される半固体状のそれら牛糞はケ
ニー達の掌や爪にまとわりついて悪臭を放ったがケニー達は別にその牛糞の臭い
を露地に自分達が生を受けて以来いやもっとこの亜大陸にカーストが存在する様
になって以来このバラナスィの露地を包んでいる日常的な臭いだと思っていたの
232聖河:04/01/06 11:50 ID:6yrFCIC/
でそれを悪臭だと感じることなどはなかった。ケニー達がそうやって身近に親し
んでいた聖なる牛糞が建物の壁でのされて乾かされ牛糞売りの手で燃料として売
られてバラナスィの何処かの家庭で食事の準備に使われるであろう夕刻にケニー
達は良く川岸の沐浴場へ降りていき四人で夕日を眺めた。オレンジ色の夕日は聖
なる河岸にある全てのものに火を点け炎を立ち昇らせてでもいるかのように荘厳
に沈んでいき沐浴場で聖なる河に浸かって沐浴している者の人影を赤黒い逆光に
浮び上がらせていてケニーはそんな沐浴場の様子を見ているだけで自分がいまこ
こに生きている自己の存在を強く感じる事ができた。ケニー達四人の露地におけ
る最大の天敵は聖なるシヴァ神の乗り物として崇めたて奉られ敬われている牛に
比べて階級的に低く蔑まれ差別されている犬達だった。存在する全てが狂犬病に
冒されているようなまるで不良少年のようにひねくれて狂暴な犬達はケニー達と
同じ様にいつ雨季の伝染病や飢えで死ぬかもしれないと思っているのか厭世的で
刹那的に人間に対して吠えていたが身の丈が自分等とさほど変らないケニー達四
人に対しては優越感を露骨に表面化させ激しく憎しみを込めて吠えまくった。他
の大人や五体満足な人間が回りに居さえでもすれば何とか襲われる前に追い払っ
て貰えるのだが運悪くケニー達四人だけの時に犬どもと出喰わしたりすれば食い
殺されかねない。露地を徘徊する犬達は火葬されぬまま聖なる河に水葬された死
体により人間の肉としての味を知っているらしくケニー達を睨み追いかけてくる
時の目付きには明らかに強者が弱者を襲い食しようとする時の独特の殺気が満ち
溢れていた。あいつらに喰われるかと思うとゾッとするねとガンタンクが言い他
の三人は何も答えなかったが皆考えている事は同じでありケニーは自分の下半身
から不自然に後方に伸びている血は通いながらも何の役にもたたない足の腿の部
分を浄なる右手で撫で擦りながら膨らはぎに喰らいつく犬どものエナメルの様に
鮮やかな白さの牙を想像して骨が浮き出ている背中と機械工場のウエスの様に汚
233聖河:04/01/06 11:51 ID:6yrFCIC/
れ切ったシャツとの間に冷たい汗を掻き体を震わせながらそんな事になるのだけ
は嫌だと強く思った。この頃からケニー達四人は何となく露地に住む大人達とは
疎遠になり四人だけで自活的な生活ができる様になったがそれは物乞いとして生
きていくコツの様なものを覚えたからでありそうして考えてみると自分達が他の
人間の様に交互に前方に送り出して歩くことができないただ引き摺るだけの足を
持っている事がとても有利な事の様に思えてきてこういう状態に自分の身体を加
工してくれた今となってはもう顔さえもよく覚えていないガンジスの濁水を構成
する有機物の一部となってしまった母親に感謝した。ケニー達四人は朝起きると
まず旅行者を探した。旅行者はケニー達四人にとって水の枯れない井戸でありそ
の中でもジャパニーは石油が浮き出る油井戸だと言えた。旅行者を見つけるとま
ず近付いていくのはゲッタースリーでありケニー達他の三人は建物の影に隠れて
待つ。ゲッタースリーは旅行者の同情をひく悲しげな表情を作るのが一番うまく
俺達がこうして脚もなく生と死の間のぎりぎりのラインで生きていかなければな
らないのはお前達の国がそんな風に裕福に旅行して遊んでいられるほど儲かって
いるせいだと言う訴えを満面にたたえた絶妙の表情で旅行者に浄なる右手を出し
て迫る為に旅行者は必ずと言って良いほど何十パイサかのコインをゲッタースリー
の掌に乗せる。旅行者がジャパニーであれば例え最初に与えられた金が一ルピー
という大金であってもゲッタースリーはもう一度右手を出し大抵のジャパニーは
勝手に悲しそうな顔をしながらさらに金を出す。ゲッタースリーが感謝の意を表
してもらった喜捨を額に当てた瞬間がケニー達三人の出番の合図でありケニー達
三人は通常の人間が早足で歩くほどの速さで旅行者に這い寄り一斉に右手を出す。
旅行者は瞬間的にパニックに陥るがR2−D2が縋る様に服を引張ったり身体に
触れたりすると条件反射的に金を出してしまうのだった。ケニー達四人はそうし
て日々自分達が生きていく為に必要な僅かばかりのマサラやチャパティーを買う
234聖河:04/01/06 11:52 ID:6yrFCIC/
為の金を旅行者から徴収していった。露地から一歩でも遠くへ行ってみようとす
るガンタンクやゲッタースリーの意志とは裏腹にケニーはこの露地にとどまって
少しでも自分について考えてみようと思い始めていた。そんなケニーに対して二
人は強く誘う事はせずにいつも四人が寝ているバラナスィの堅い石畳を敷き詰め
ただけの路上にとどまり必要最小限度の喜捨を求めるためだけにしか露地を徘徊
しなくなったケニーを尻目に二人だけで喜捨を求めに遠出する事が多くなった。
R2−D2は露地でケニーと一緒に居たりガンタンク達二人と光が吹き零れる程
に満ち溢れた沐浴場や露地を出てすぐの大通りを横切って南側の露地やゴドウリ
ヤーの交差点にまで出掛ける事があったが生来のその何者でも受入れる悪意を持
たない素直な性格のせいか四人の中で八方美人的な立場になることは決して無く
同じ様に脚を引き摺る四人を繋ぐ安全確実なロープとしてケニーを孤立させる事
は無かったしガンタンク達二人にケニーに対する不信感を抱かせる事も無かった。
三人とも四人の間に無くてはならない重要な存在としてR2−D2を大事に思っ
ていた。ゲッタースリーとガンタンクは暗くなってから四人のねぐらである石畳
の上に戻る事が多くなり始め次第に食べる物が派手になり身に着けるものも新し
くなっていった。二人と一緒に出掛けてもオレンジ色の太陽が聖なる河に沈み夜
の暗さが訪れる前には石畳の上に必ず戻ってくるR2−D2の話では二人は麻薬
を秘密理に旅行者に売る仕事を時々露地に来てはケニー達四人に菓子をばらまき
口にインド葉巻ビディーを咥えているうさん臭い笑顔の中年の親父に頼まれてやっ
ているという事だった。夜遅くマニカルニカー沐浴場の近くで旅行者と落ち逢い
ビディー親父から頼まれたブラウンシュガーやスピードやアシッドを渡して金を
受取りビディー親父の所ヘ届けるただそれだけの仕事を頼むのに明確な身体的特
徴があり金を持って逃げる心配は全く無く誰にも怪しまれる事は無いガンタンク
とゲッタースリーはうってつけなのだろう。なぜお前はやらないんだとケニーが
235聖河:04/01/06 11:52 ID:6yrFCIC/
聞くと僕は何も見えなくて吸い込まれそうな暗さの夜が怖いんだとR2−D2は
言いその言葉を証明するように暗くなる前には必ず露地の石畳の上に戻ってきて
ケニーに寄添う様に身体を傾けてガンタンク達二人が戻ってくる頃には大抵睡り
に陥ちていた。ケニーにはまだ自分がこれからどうやって生きていくかこの先ど
うなっていくかについての結論は出ていなかったがバラナスィの街を溶かそうと
するほどの強烈な太陽光線を避ける様に物陰に潜んで露地を通る人間や牛や旅行
者達を見ながらその事について時々考えてみることは忘れなかった。そのケニー
の疑問に対して出る解答は何一つとして無くそれがこのインドという国の在り方
そのものである階級制に帰結してしまうという事をケニーは知らないし知る術も
無かった。巨大なパラドックスを含んだこの慣習がこれから無くなる事はないし
万一無くなったとしてもケニーの生活レヴェルが向上する事は無く物乞いの赤子
は今迄通り身体の何処かを潰され続けるだろう。ケニーは第一自分より上の階級
の暮らしを全くと言って良い程知らなかった。無知はただ無欲だったのだ。ケニー
はいつの間にか自分について考える事を忘れ始め以前と同じ様に露地を歩く旅行
者達から喜捨を求めたりする生活にもどった。ケニーにはそれしか出来ることが
無かったのだ。或る朝いつもの様に石畳の上で早い時間に睡ってしまったR2−
D2と身を寄せ合いながらケニーは睡りに吸い込まれていこうとしたが何故か寝
付かれなかった。目を閉じるとシヴァやクリシュナやガネーシャやハヌマンやブッ
ダなどのヒンディーの神々が次々と瞼の裏に現れて悲しそうな表情をしたままケ
ニーの方を見ていてその中でも特にいつもは優しい眼をしている猿頭のハヌマン
や象頭のガネーシャまでもが悲しそうな瞳をしてこちらを見ているのでケニーは
何となく嫌な予感がしたその嫌な予感が的中したのかガンタンクとゲッタースリー
はいつまで経っても石畳の上に戻ってこなかった。夜の闇が次第にブラックコー
ヒーの要な艶消しの濃さを失いストレートティーの透明さに変わっていく様に明
236聖河:04/01/06 13:23 ID:6yrFCIC/
るさを帯び始めるとケニーは睡眠不足でしょぼついた瞳を擦りながらいてもたっ
てもいられなくなりまだすやすやと寝息をたてて睡っているR2−D2を揺り起
こしてガンタンク達が戻ってこないから一緒に探しに行こうと言った。まだ薄暗
い露地はあの狂暴な犬どもが出そうで多少怖かったが二人は沐浴場に向かって這
い始めた。ケニーは睡くR2−D2は起きたばかりと状況は違ったが互いに重い
身体を引摺りながら次第に青い透明な色を混合させ始める露地を沐浴場に向かっ
て奇妙で根拠のない焦燥感を持ちながら進んでいった。ガンタンク達二人が何か
いつもと違う状況に置かれている事は明らかだった。本当に二人が沐浴場に居る
かどうかは判らないがあの死者を灰にし天空の彼方へ送り河へ撒き散らし回帰さ
す為の火葬場が在るあのマニカルニカー沐浴場に行きさえすれば全てがはっきり
する様な気がした。まだ朝早い露地には牛が横たわり眠っていて運良くあの恐る
べき犬どもの姿はなくケニーとR2−D2は進みやすかった。途中何度も牛糞の
位置を薄暗さの中に確認する事が出来ずにぼろきれの様なケニーの腰巻きやその
下のズボンは牛糞を潰し茶黄色にまみれた。マニカルニカー沐浴場にはまだ人は
出てなく空は白け切ってはいなかったが火葬場の脇に点在する中州の所に五匹以
上の犬どもがいてしきりにその餓えに満ち満ち骨が浮出た上半身を動かしていた。
ケニーとR2−D2は沐浴場に下りる階段の前でその様子を見ていたが犬どもの
間に見え隠れする鮮やかと言える程の色がもう殆ど無くなった空気によって明ら
かになりそれがビディー親父から貰った金で買ったゲッタースリーのシャツだと
わかると集まった犬どもを追払って動かないただの肉片となってしまったゲッター
スリーとガンタンクを聖なる河に押し流したい衝動に駆られたが言葉を失ったま
まただそこに座り尽していることしかできなかった。ケニーは左側から顔を出し
た太陽に示唆された様に少しだけR2−D2の方を見るとR2−D2は瞳に大粒
の涙を浮べ犬どもが突つき噛み千切っている二個のもう動く事はないラグビーバッ
237聖河:04/01/06 13:24 ID:6yrFCIC/
クの様な形の二人の屍体を見つめていた。ケニーはR2−D2の瞳から溢れ出て
頬を流れ落ち始めた液体を見たとたんに自分の中で押え切れなくなった何かが爆
発した様な感じがして衝動的に大声をあげた。沐浴をする為に集まったのかケニー
の大声を聞き付けてきたのか判らないがルンギ一枚の男が沐浴場への階段を駆け
下りて来てガンタンクとゲッタースリーの死体とそれを突つき転がす犬どものと
ころへ駆けていき自らの両足を振回して犬どもを追払った。無残な姿になった二
体の肉塊が太陽の下に曝された。やがて大人達が集まってきて一人のサドゥーら
しき男が無残に喰い千切られたガンタンクとゲッタースリーを聖なる河に押し流
してしまう迄の一連の作業をケニーは黙って見ながら目の前で起っている出来事
が現実の事ではなくヒンドゥーの神々が仕組んだ悪戯の様な気がしていたが隣に
いるR2−D2はただ肩を震わせ嗚咽し続けていた。ケニー達二人はやがて自分
達が四人で肩寄せ合うようにして暮らしていた石畳の上に戻ったがその日から一
週間程は何もする気が起きずに項垂れる様にして建物の脇で言葉も殆ど交わさず
にいた。さらに何日か経ってビディー親父がケニー達にガンタンク達二人の替り
をやらないかと話を持ち掛けてきたがケニーは当然の様に断った。それによって
ガンタンク達がもたらしていた分の収入がなくなり更に四人で暮らしていた時よ
りも喜捨が減る事により前の様な生活は出来なくなるのは分かっていたが危ない
橋を渡って犬どもに喰われるよりもまだひもじい思いをする方が良かった。ケニー
は死ぬならばちゃんと傷のついていない綺麗な身体のままで聖なる河を流れて行
きたいと強く思う様になった。R2−D2はガンタンクやゲッタースリーの替り
を求める様に性的な一人遊びを覚え喜捨が思う様に得られなくなった寂しさを自
らの屹立した単三乾電池の様な性器を浄なる右手て擦ったり石畳の上になすりつ
ける事によって得られるその快楽にのめり込む様になった。ケニーもR2−D2
に気持ちいいんだよと教えられるがままに性器に刺激を加えやがて快楽の終焉へ
238聖河:04/01/06 13:24 ID:6yrFCIC/
と向う為のその行為に耽るようになったがR2−D2のように心の中にできた隙
間を埋める為にではなくバラナスィの石畳と連なる大地との接触や一体感を楽し
む為の行為としてその地淫とも地慰行為とも言えるものに身を委ねていった。雨
季が始まりやがて終わると二人は寂しさとひもじさの二人だけの生活にも慣れ始
めた。R2−D2はまだ寂しそうだったが次第に感情を安定させていきそれと重
なる様にR2−D2はひとりのジャパニーと知り会った。片足を引摺り杖をつい
て露地を歩き回るビディー親父と恐らくは同じくらいの年であろうそのジャパニー
は喜捨はともかくR2−D2が酷く気に入ったらしくやたらと金は勿論の事食べ
物や着る物をR2−D2に買い与えた。ケニーもそのおこぼれにあずかることに
よってガンタンク達が危ない橋を渡っていた時以上に生活が潤ったがそのジャパ
ニーの一体何を考えているのか判らない表情と細い目の奥にある瞳が良く読取れ
ないのでケニーは無邪気にその男と行動を共にするR2−D2を尻目に今までど
おりのリズムで自分なりの生活を続けた。そのジャパニーがR2−D2を色々な
ところ連れ出すようになって三週間程経った或る日ケニーはR2−D2に今日あ
のジャパニーが泊りに来いって言うんだと打ち明けられた。泊りに行くってジャ
パニーの泊っているホテルの俺達の様な物乞いが入れて貰える訳無いじゃないか
とケニーは極当り前にカーストの問題を持出してR2−D2をさとしたがそれは
物乞いのR2−D2と一緒にいるところを見られる事によってそのジャパニーに
かかる迷惑に対して危惧したからでは無くただ単にケニーは一人でこの石畳の上
で睡るのが嫌だったからだった。大丈夫だよあのジャパニー家を借りたらしいん
だとR2−D2は言い露地の裏手にある空家を丸々一軒その男が借りきった事を
まるで自分の手柄ででもあるかの様に語りそれにあのジャパニー自分の子供が死
んだんで寂しいみたいなんだと言った。ケニーはそれを聞きあの男のお陰で小綺
麗になったR2−D2のなりを見て少し羨ましく思ったが尻を庇いながら這う不
239聖河:04/01/06 13:25 ID:6yrFCIC/
自然なR2−D2の動きと真新しいそのズボンに付着している赤褐色のシミを見
てR2−D2とジャパニーの関係に懐疑心を抱きながらもR2−D2が自分から
言う迄そのことについて聞くのはよそうと思いR2−D2がケニーへのお土産に
と持ってきたジャパニーが作ってくれたらしいジャパニーの料理を珍しく思いな
がら食べた。R2−D2はその日から週に二晩多い時には三晩も露地の裏手のジャ
パニーの家に泊る様になりとりあえずR2−D2がそうすることによって二人が
飢える心配はなくなったがR2−D2がいない夜をケニーはさして寂しいものだ
と思わなくなった。ケニーはあまりR2−D2に精神的に依存しないで自分ひと
りでも生きていける様になりつつあった。ケニーは朝夕沐浴場に行き沐浴する様
になった沐浴場で聖なる水を浴び自分が浄化される事によって生きた一つの存在
として自分の感覚全体が鋭敏になっていく様な気がした。ケニーの中の何かが変
りつつあった。いつもの様にR2−D2があのジャパニーの男の家に出掛けて行っ
た翌朝ケニーは露地に住む左腕の無い唖のババァに叩き起こされた。ババァに引
張られて行った場所は露地の裏手のジャパニーの家でその前にゴミの様に捨てら
れていたのは紛れもないR2−D2でありその小さな身体の中で昨日まで脈打っ
ていた心臓は停止していた。屍体のか細い首の部分には紫色の内出血のラインが
首輪の様に引かれていて家の中には当然の様にあのジャパニーの姿は無く何処か
に行方をくらましてしまっていた。ケニーはおろか露地の誰にもあのジャパニー
の男を探す為の方法は無かった。露地の大人達に抱えられ聖なる河迄運ばれる太
腿に固まった血液をこびりつかせたままのR2−D2の亡骸の跡に着いてケニー
は沐浴場までの道を這っていった。ケニーは遂に一人になってしまった。厳密に
言えば露地には自分と同じ階級の大人達がいてささやかながらケニーの力にはなっ
てくれたが同じ様に潰された足を引摺り露地を這い回る者すなわち自分と同じ世
界を共有できる者は一人もいなくなってしまった。ケニーは毎日朝夕の沐浴を続
240聖河:04/01/06 13:25 ID:6yrFCIC/
けた。聖なる河の濁った水に浸されバラナスィの激しい太陽に照りつけられ堅個
な石畳の上で擦られ続けたケニーの衣服は風化してしまった石像の様にボロボロ
になったがケニーはそれでも毎日の沐浴を続けた。聖なる河の汚れ濁った水で自
己存在の罪や友達を失ってしまった寂しさを全て清め洗い流し回帰させてしまお
うと思っていたのだ。口元から引き出したチューインガムの様に長くだらだらと
した太陽の暑さが爆破された貯水タンクの水の様な雨に冷やされるバラナスィの
雨季が訪れケニーはその露地をただの下水路に変えそこに存在するもの全てを洗
い流してしまいそうな程の豪雨の中であっても毎日沐浴場に出掛けた。ケニーの
死に対する恐怖感を少しでも和らげるものは聖なる河の水に身を浸すこと以外に
何もない様な気がしたからだケニーは沐浴によって恐怖心を中和させながら日増
しに無気力になっていき喜捨を求める為の演技力も鈍ってきたためにもともと荒
んでいた生活自体がさらに低落していった。或る朝起きてみるとケニーは自分の
腰の辺りが白濁色の軟便にまみれているのに気付いた。腸の中を何かが爆発した
様に鋭く刺す痛みが下半身を支配していた。ケニーは悲痛な痛みに犯された表情
を浮べたが露地を通る旅行者や牛引き達は軟便にまみれたケニーをそこに存在し
ていないものの様に黙殺し決して近寄らなかった。ケニーは自分が血の通わない
無機的な物体に成り下がった様な気がして悲しくなった。そんな痛みの中でもケ
ニーは習慣として自らに課した沐浴をしなければならないという義務感の方が下
腹部の痛みより遥かに強く朝まずめの露地のひんやりとした空気の中を蝸牛が這
う様な動作でゆっくりとマニカルニカー沐浴場へ向かって進み始めた。苦痛に震
えるケニーの身体は端から見ると全く動いている様には見えず一時間に僅か数メー
トルしか前に進む事ができなかった。やがてバラナスィの太陽は次第に高さを増
し垂直に真上からケニーを照りつけた。ケニーはその太陽の非情さに堪え切れな
くなったと言った感じで前のめりに倒れ込んだ。白い牛の脚にぶつかりその鈍器