〜〜詩で遊ぼう!投稿梁山泊 6th edition〜〜

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401わたしはそのひとが好きだった
屋上の手摺を歩くひと
きれいだった
男だったのか女だったのかも覚えていない
死の側を歩くとき
性別は抜け落ちてしまって
わたしはそのひとを好きになった
だからこんなにも胸の中に刻みつけられている

 ☆

手摺というものは生き物で
その頃はわたしの胸の上までの背があった
わたしのとなりにいた鳩が
ついておいでとでもいうように、それを越えて
岩橋くん家の赤い屋根まで飛んでいった
その向こうには兄の通う中学校が
玩具みたいにころがっていた

手を引っ張る男の子がわたしは嫌いで
同じように兄とも一緒に歩きたくなかった
ひとつぶん、漫画の物語が
考えついて組み立て終わるほどの時間をかけて
わたしは兄の中学校のすぐとなりにある小学校まで歩いた
そこから自分たちの住むアパートを探してみても
不思議とこちらからは見つけられないのだった
402_:03/03/03 00:00 ID:28UubfqF

その屋上から紙飛行機を飛ばす男の子がいて
手摺は彼が近づくと萎縮するほどだった
彼の腕は大空に届いていた
彼の投げた紙飛行機は、赤い屋根の上で浮き上がり
一番遠くの青い山のなかへ吸い込まれていった
わたしが真似して投げた紙飛行機はといえば
赤い屋根までも届かずに、すぐ眼下の中庭にある松の木にひっかかったのだった

するとからかうように夕焼けが降りてきて
わたしの顔はまっかになった
そのひとの背中は焦れたように黒くなった
六年生の順子さんの声が聴こえていたけれど
姿はどこにもなくて、風と
わたしとそのひとだけが、そこにいた

ひょいと手摺の上に飛び乗ったのだった

手を広げて歩くそのひとは
前からくる強い風に押されながら
向こうへ転べば、いってしまう
こちらへ転べば、戻ってしまう

「転んで」と
わたしは願った

死の側を歩くときにだけ
わたしはそのひとを好きになったのだから
403_:03/03/03 00:01 ID:28UubfqF

夕日の匂いが焦げるようにきつかった

 ☆

久しぶりにそのアパートを訪れて
屋上に出れば、手摺はわたしの腰のあたりまでに縮んでいる
そこで一通の手紙を眺めた
二つ年上の順子さんは、中学高校を通じての合唱団の先輩で
昔はあんなに可愛かったのに、写真のなかでは肉まんおばさんみたいだ
くたびれたツルツルの白い顔のとなりに、胡瓜みたいな男のひとが写っている
ーー小学校の時からの腐れ縁、ついに結婚しました

ありふれた笑顔のそのひとを、夕日に染めて見つめれば
手摺の上を歩いたひとの背中が甦る

戻ってきたの
こちら側に

あなたはただの男になってしまった、きっと手を引っ張る

わたしは心を引っ張るそのひとこそを
好きだった