【物語】物語的な詩

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19the raven
鴉    
               byポオ

嘗て物寂しい真夜中、
忘れ去られた伝承をしるした
興味深いいくつもの本の上に一人語らい、
頷き、まどろんでいる時、
突然の物打つ響き、
部屋の扉を打つ響き、どこぞの紳士の訪い。
「客人か──扉を叩いている、此処を訪い;」
私は呟いた、「他何も無い。」

おお、はっきりと思い出される、
それは希望の無い十二月、
飛び散った灰が描く、おぞましい幽霊、
私は頻りに明日を待った、
悲しみに満ちた書物を漁った、
無為に引き出した悲しみ、失われたレノアへ、
類まれな淑女であったレノアと言う天使の名前、
永遠に、此処には刻まれない。
20the raven:02/11/25 10:51 ID:IhVtJa5O
そして薄絹のカーテンの擦れた
悲しく、不明瞭な囁きが、
嘗て無い不意の恐怖を溢れさせ、私を捕らえ;
私は立たずにはいられなかった、
逸る鼓動、「客人が来たのだ、
扉の向こうで、入室を待ち構えているに違いない、
真夜中の客人が、扉の向こうにいるに違いない、
その音だ、それ以外に無い。」

やがて精神が安定すれば、
躊躇いは無く、私は言った、
「そちらは──いや誰であれ、私は許しを請いたい;
実を言うと、私は眠っていた、
あなたが来て、起こされたのだ、
そんな上品な、かすかな音では部屋に響くまい、
しかし私には確かに聞こえたよ」 私は扉を開い た。
そこには闇、他何も無い。

深い闇を凝視し、怪しみ、
長くその場に立ち、恐怖し、、
疑い、夢を見、それはいつ終わるとも思えない、
だが沈黙は破られなかった、
静寂に印はなかった、、
答えたのは唯一つの囁き──闇が答えたのではない、
レノア?これは私だ、エコーが言葉を返 す、
「レノア、」他何も無い。
21the raven:02/11/25 10:51 ID:IhVtJa5O
私は部屋に戻っていた。
だが正気に返った今もまだ
あの音が、さらにはっきりと聞こえるではない か、
私は言った、「確かにあれは
窓の格子を鳴らす音だ、
ならば教えてくれ、この音の意味を知りたい。
ひと時の強さをくれ、この謎を解き明かしたい。
風だろう、それ以外に無い。」

あまたのうろたえが支配する中、
此処に私は雨戸を押し上げた。
それは神聖なる太古の鴉の堂々たる入来。
少しの礼節をもわきまえず、
うるさく羽ばたくのもやめない鴉。
だが遂には、部屋内のアテネの胸像の上に揺らい、
腰を下ろした、まるで貴族か淑女の様な風体。
腰を、下ろした、他何も無い。

その時、この漆黒の鳥に私は
悲しみを覆われ、微笑んでいた。
恭しい、かつ厳粛な、礼式の表情をまとい、
「汝がとさかは禿落ちている、
しかしなお、汝は臆面も見せぬ、
死の如く冷徹ないにしえの鴉、黄泉よりこの部屋へ、
かの冥府より来る者、その深遠なる名を明かしたまえ。」
鴉は曰く 「もう無い。」

22the raven:02/11/25 10:52 ID:IhVtJa5O
私は無様にも驚嘆した。
鳥から明確な答えを聞いた、
その答えと言えば、意味も乏しく、殆ど場違い。
誰もが信じえないだろう、
人として生きながらにしてもう
彼女の肩に座す鳥を見る祝福を受けようとは思うまい。
部屋にはアテネとその鳥、いや獣かもしれない、
その名はそう 「もう無い。」

しかし鴉は、もう何も語らず、
静かな像の上に止まっている。
あの言葉だ、恐らくあの言葉こそ彼を成していた霊。
そしてもう羽ばたきは無かった;
その言葉に続きは無かった;
私が低く呟く程に、 「他の友はもう居ない、
希望も、そう明日になれば、彼もやはり己が家に帰 る。」
その時、鳥は言った「もう無い。」

返答に値する言葉が
沈黙を破った事に驚いた。
「まさしく、その言葉が唯一の持ち物に他無い、
どこかの不幸な主から得た物、
無慈悲な災いが次から次へと
後を絶たなかった人、そして彼の歌は形を変え----
とうとう彼の希望の挽歌は、物憂いひとつの言葉へ。
つまり、「もう、---もう無い。」
23the raven:02/11/25 10:53 ID:IhVtJa5O
しかし、猶もこの鴉に私は
悲しみを覆われ、微笑んでいた。
私は、鳥と像のちょうど前にクッションの椅子を置き換える;
そして身を沈めたビロードの上、
空想と空想をつなげ
身を向け、考える、このいにしえの不吉な鳥は一体----
このいにしえの醜い、恐ろしい、不吉な鳥は一体
何を意図したのか、「もう無い、」と。

私はそんな推量に耽るまま、
しかし一音節も発せないでいた。
今やこの鳥の眼は、胸の奥焼きついて離れない;
他にも様々に思い至らせた。
ビロードの線をランプに照らされた
背もたれの頭部のクッションに頭を寄せ、だがこの中へ
ランプの光を受けた、紫色のビロードの線の中へ、
彼女がもたれる事、おお、もう無い!

そして、次第に濃くなりゆく空気、
柔らかな絨毯に足音ちりちり
鳴らす天使が揺すった、眼に見えぬ吊り香炉の匂い。
「哀れな男よ、」 私は叫んだ、
「我はこの天使らを遣わしたのだ、
そしてレノアの記憶から逃れる為の優しき薬を汝に与えた!
飲め、我は汝に失われたレノアを忘れさせる薬を与えた!」
鴉は曰く、「もう無い。」
24the raven:02/11/25 10:53 ID:IhVtJa5O
「預言者め! 気味が悪いわ!
サタンが遣わした悪魔か或いは、
嵐が此処へ呼んだ鳥か、兎も角も預言者に他無い!
呪われたこの不毛の地で----
恐怖に憑かれたこの家で----
独り、だがなお気高い、教えてくれ、私は知りたい;
ギレアドに薬はあるか?---教えよ、教えてくれ、私は知りたい!」
鴉は曰く、「もう無い。」

「預言者め! 気味が悪いわ!
御国より降りたる鳥、或いは
悪魔、兎も角預言者よ!我らの崇める神に誓い----
真実を、悲観に暮れたこの魂が、
もしエデンの園に辿り着けたならば、
レノアと言う天使の名の、聖なる乙女に会えるのかえ?
レノアと言う、類まれで無邪気な乙女に会えるのかえ?
鴉は曰く、「もう無い。」

「それを我らの別れの言葉に、
友よ!」 私は立ち上がり
声高に叫ぶ---「嵐に乗って冥府へ帰りたまえ!
これは全て嘘、汝が言葉もだ、
だからその証拠となる羽は残すな!
私の孤独をそのままに、像から影を消したまえ!
この心臓から爪を抜き、遥か冥府へと帰りたまえ!」
鴉は曰く、「もう無い。」
25the raven:02/11/25 10:54 ID:oxT3jMfq
故に鴉はこの部屋にいる。
座っている、まだ座っている。
青ざめたアテネの像から飛び立とうともしない;
そして彼の眼は、悪魔達が夢見る
全ての光景を持っている。
ランプの光は彼の影を広げ、床に横たえる;
床に浮かぶあの影が、私の魂から消える事は無い。
そう---「もう無い!」



原文
http://www.heise.de/ix/raven/Literature/Lore/TheRaven.html