〜〜詩で遊ぼう!投稿梁山泊 3rd edition〜〜
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ユグラドシル(世界樹):
宇宙のどこにでも存在する黄昏の時。神々はとうに此処を去り、彼らの親星さ
えも輝きを、フレアを失い、赤色巨星と化しつつある。かつては生命に満ちあ
ふれたこの惑星に、今はただひとり、巨大な世界樹だけが立つ。
ひとつ、またひとつ、生命の火が消える度に、それを抱きかかえるようにして
世界樹は、その枝を伸ばしていった。荒廃しゆく世界に対抗するかのように、
あおあおとした葉と、頑丈でまっすぐな幹をたくわえて。メタンの霧につつま
れ、硫酸の雨を浴び、二酸化炭素の雲を貫いて、世界樹は立つ。
たった今、この惑星最後の、小さな生命が誕生した。かすかにふるえる、出来
そこないの有機物。それは細胞の形態を保つことすら出来ずに、生れて数秒後、
砕け散るようにして死んでしまった。生きる歓びと、生きる哀しみを全身に享
受して。世界樹は小さな屍体をしっかりと抱きとめる。
そしてその瞬間だった。あおあおとした世界樹の葉の一枚一枚が、燃え上がる
かのように、いっせいに紅く染まったのは。それらはゆっくりと枝をはなれ、
真紅の帯となって、明滅する蝶の群れとなって、空の深淵へと落ちていった。
横なぐりの風にも、硫酸の雨にも、揺らぐことなく。
世界樹は立つ。音もなく崩れ落ちるバベルの塔。真紅の帯は、明滅する蝶の群
れは、成層圏を超え、星系を超え、彼方へと落ちていく。その光かがやく二重
螺旋の軌跡は、かつて生命に満ちあふれた惑星への鎮魂曲(レクイエム)であ
り、哀しくも生き続けた思い出のすべてだった。