無人の夜の辻に立つ。交差する直線はそのまま、冷えたニュータウンの電飾を貫いていく。
ついこの間できたばかりのダンジョン。帰途のほか、誰も知ることはない。
あり得ないことを、せがまないで、わたしはいる。
少しだけ働くと、少しだけ裕福になる。今月のわたしは、煙草代を気にかけない。
歩けば、次々に辻はあらわれる。
毎日幾度過ぎようとも、記憶に残らないおなじみの家・電飾・車・植込。
選択したように、わたしはいる。壁の色を決めるように。
本当は違うけれど、描いたように歩く。どの道もとてもよく似ている。
わたしは立ち止まる。予感だけで、簡単にあきらめてしまえるのだ。
そして路傍に捨てられたものたちを、心なくただ見据える。
まったく新しい辻に出会うたびに、息は引きつる。
健康なひとたちの、宇宙の話をしながら追いこしてゆくのを、見ている。
見上げて、わたしの空にも宇宙があることを認める。
同じ宇宙は腑の中にもあるなどと、わたしには思えない。健康な人よ。
しぶしぶと、歩きだす。歩くことを課せられたわたしだから。
太陽の届けた八分後の光、そのような旅路にも少しだけ憧れているのだ。
何処へも続かない、道を空想することはできなかった
10000年前に死んだものが土へ還り
あるいは今日の夕食に生まれ変わっている、というようなことは
避けられない それが、この世のことであるかぎり
「のぞみ」を待ちながら、いらだっている
東京駅へ時刻通りに着く「のぞみ」を
時速270キロで走ってゆく「のぞみ」を
(駄洒落で済ませてしまえるようなこと)
一直線に、道をゆく「のぞみ」を
望み、望まれたように成ることはない
ありありと甦るとしても、それは現在ではない
かつて望んだように、いま望むとしても
本当はおなじ望みではない
おかげで私は、絶望しないのだ
それでも、「のぞみ」を待ちながら、いらだっている
何処へも続かない、道を創造することはできなかったから
春になり、私は何処かへ行かなければならない
(何処かじゃない、東京へ)
望んだように「のぞみ」は現れて
正しい切符を握って乗りこむ