右塔フ菓子19

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952実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/01(日) 10:46:15.37 0
ごめん、ぬるいわエロくないわ最後までしてないわ、だけど。
続き。
――――――――――――――――――――――――――――
 タバコを買いに朝方のコンビニを目指していたはずが、気がついたらウエノ
の部屋にいた。
 飲み屋にチバもキュウもスタッフも置いてきたままだ。どうすんだよ、って
焦ってんのはオレだけで、ウエノはしらっとした顔のまま「子供じゃないんだ
し、あっちもこっちも」なんて言っている。
 タバコの買い置きあるよ。
 ビール冷えてるし。
 あと貰いもんだから味分かんないけどワインあるよ、赤いの。
 そうそう、あといいもんあるよ。
 そう言われて夜通し飲んだくれていた、思考が豆腐以下のオレは後先考えず
に行くと返事をした。
953実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/01(日) 10:54:50.35 0
 さっき。
 キスをした。
 ウエノと。
 酔った上での戯れだったのかもしれない、戯れだったんだろう、朝焼けのや
わらかなピンク色に染まる雲を見ながら、ウエノがオレにキスをした。
 男とそんなことをするなんて初めてだ。
 だから驚いたし、正直動揺したし、だけどどうしてだろう、突き飛ばして逃
げるだとか冗談にして笑い飛ばすとかできなくて、それでオレはウエノの部屋
にいる。
 気がつくと、時々ベッド代わりにして寝てる、といつだか奴が言っていたソ
ファに座って、時計を眺めれば六時少し過ぎで。朝だよ完全な朝だ、とオレは
つぶやく。つぶやいて、そして自分の下唇にそっと触れた。
 さっき、ウエノと合わせた唇。
 奴が軽く歯を立てて、そして舐めた、オレの。
「なにちんまりしてんの」
 声をかけられてびくりとする。
 ウエノが缶ビールを二本、片手に掴んで横に立っていた。もう片方の手に、
水色の小鉢と割り箸を持っている。
「ちんまりなんて、してねえよ」
「そう? なんか初めて恋人の家にきて、ど緊張してる人みたいだけど」
「誰が恋人だよ」
「あはははは、だねえ」
 はいアベ君、とテーブルに小鉢が置かれる。
「あ、」
「好きって言ってなかったっけ?」
「……好き」
 大豆の入った、ひじきの煮物。
「なんだよお前、」
「なんでだろうね、たまたま。バイトのとき煮てたっけ、って思って、一昨日
なんとなく」
 作ってた、とウエノが笑う。冷蔵庫に入れといたし大丈夫でしょう、と。
 割り箸を取り上げてさっそく小鉢に突っ込むと、ウエノはオレの横に腰掛け
てプルタブを引いた。かしゅりと金属のこすれる微かな音がする。
954実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/01(日) 11:14:23.37 0
「あ、美味い」
「そ? 良かった良かった」
「オレにもビール」
 ちゃんとプルタブを引いてからウエノはビールの缶をオレに渡した。気の利
く奴、っていうのは自然にこういうことができるもんなんだと、少し感心する。
「ひじきもう少しある?」
 気に入ったの、とウエノがタバコを取り出して咥える。目を細めてオレの方
を向いた気配があった。ピーナツもあるよ、とからかうような口調で言われた。
「おお、すげえな。じゃあプリンは?」
「あ、悪い、それはない」
「ダメだな、オレのこと好きならそこまで用意しろよ、あとビールもギネスに
しとけ、よ……?」
 軽口を叩いてからかったつもりだったのに、ウエノがまだ火のついていない
タバコを口からぽろりと落とす。なんだよ、と拾ってやろうとしてして、ウエ
ノの顔が目に入る。赤くなった頬。頬というか、顔全体が。
「……なに、赤くなってんの?」
 思わず聞くと、ウエノは持っていたビールの缶をテーブルに置いた。おお? 
と思っていると、いきなりオレの首に腕を巻きつけてくる。
「ちょっ、ウエノっ、なにしてんだおいっ、酔っ払い!」
 女と間違ってんじゃねえよ、と怒鳴ったのに。
 奴はオレの首筋に顔をうずめてくる。
 ふわりとした茶色い髪が、オレの顎先をくすぐる。タバコと酒の匂い。そし
てウエノの匂い。
「……好きなら、とか、言うなよ」
「ああ?」
「好きで、いいのかよ」
「ウエノ?」
「アベ君は、俺が好きっつって、困んねえのかよ」
 困る?
 困るって、なんだ?
「オレが人付き合い苦手なの知ってんだろ、せめてお前達くらいには好いてて
もらわねえと、オレなんか友達いなくなっちまうよ」
 よく分からないままそう答えると、ウエノは肩を震わせはじめた。
 笑っているのだと気付くのに少し時間がかかる。なんだよそれ、とウエノが
やがて低くつぶやいた。首筋に唇が押し当てられていた。だから、その声はオ
レの喉仏辺りに振動のように伝わった。肌から、直接浸透させるみたいに。
955実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/02(月) 09:10:03.44 0
「ウエ、ノ?」
「俺があんたを好きっつって、困んないんだったら、何度でも言わせてよ」
 ゆっくりとウエノが顔を上げる。
 濡れた光を宿した目が、こっちをまっすぐに見つめる。
 オレは唇を微かに開いたまま、なんの言葉も出てこなくて、ただその瞳を見
つめ返すことしかできなかった。

 黒いシャツのボタンを器用に外してしまった手が、するりと忍び込む。
 胸の突起なんかいじったって女じゃないんだから、と思うのに。息が。上が
る。
 ソファの上に押し倒されて、なのにそれは乱暴にではなく、あくまでもすべ
るようになめらかな動きでだった。両手を上げる格好で頭上にまとめられる、
押さえているのはウエノの腕一本なので、振りほどこうと思えばそれは簡単だ
った。
 なのに。
 やわらかく頬や鼻先、瞼に落とされる唇のせいで上手く力が入らない。
 ちゅっ、と小さな湿った音を立てて、ウエノのくちづけが降る、それなのに、
唇へはけして触れようとしてこない。
 微かに焦れて、オレはウエノを見つめる。
「……なに?」
「……なにしてんの、オレ達」
 ウエノがふわりと笑う。エロ担当だなんだと言われてるけど、本当は笑うと
多分メンバーの誰よりも可愛い顔になると思う。
 いや。
 こいつのこういう笑顔を、もしかしたら他の奴は見たことがないのかもしれ
ない。だって、誰もウエノの笑顔が可愛いなんて言う奴がいないから。
「なにって、なんだと思う?」
「オレが答えんの?」
「酔っ払いがさ、戯れてんだと思うよ」
「戯れたいのはお前だろ」
「そうだね」
 気持ち良くない? と聞かれて、正直分からない、と答える。分からない。
男に乳首を弄られるのは初めてだから、本当に分からない。
 大体セックスの最中に「気持ち良いか」なんて聞いちまう男ってダメなんじ
ゃねえの、とつい言ってしまったら、それがウエノの何かに火をつけたらしか
った。
956実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/02(月) 09:57:14.63 0
「アベ君は、俺達がこれからセックスするって、分かってんだ」
「ああ?」
「そうだよな、俺も思う。口でいちいち確認しないと不安になるような情けな
い男じゃないはずなんだけどさ、ほら、男が相手なのって俺も初めてでさ」
 細められた目に、色のついた欲望が走るのを見た。気が、した。
 あっという間にベルトのバックルが外される、ジーンズのボタンを引っ掛け
るようにしてホールに通したらしい指が、そのままチャックを下ろしてしまう。
「なっ、ウエノ?」
 暴れた方がいいのか一瞬迷った隙に、唇が重ねられた。
 大口を開けて、噛み付いてくるようなキス。
 逃げようとした舌はもちろん隠れる場所もないまま引きずり出されて、奴の
前歯で軽く甘噛みされる。ふ、と息が漏れた。その前歯が軽く前後に噛み合わ
される。舌先に、強い痺れが走る。
「……あっ、」
 呼吸のためにこちらも口を大きく開けると、ウエノの舌はすぐに奥までもぐ
り込んできた。上の左側、歯の並びを舌でなぞられる。下の犬歯に引っ掛ける
ようにして移動して、その間にどちらの唾液か分からないものが口に溜まる。
 微かなタバコの匂い。
 息苦しくて、なのに、甘い。
 むさぼるようなキスの途中で、ウエノはオレの下半身に手を伸ばした。
 いつの間にかずり下ろされたジーンズの、むき出しになっているであろう下
着部分へとその手は熱を伝えるように触れてくる。
「やっ、ウエ、ノ――!」
 腰が引けた。
 逃げたかったのに太ももに乗られた膝で押さえ込まれる。
「……勃ってる、アベ君」
「う、嘘だ、おい、マジでやめろ! シャレになんねえって、」
「冗談にしたい?」
 ウエノの目に淋しい光が宿る。なんだよ。なんなんだよ。オレになにをした
いんだよ。いや、なにをしたいのかはこの状態だから分からないわけではない
けれど、だけどなにがしたいのかまだオレにはよく分からない。
 分からない、分からない、と首を横に振る。ウエノが手を伸ばしてきたので
びくりとしたが、その手は別にオレを殴るだとかそういったことをせず、ただ
髪に触れた。
 指先で、髪がすかれる。
 何度も、何度も。
957実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/02(月) 11:07:13.10 0
4円
958実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/02(月) 11:25:55.53 0
「俺が、怖い?」
「……怖いとかなんとかじゃなくて、な、なんでお前オレに欲情してんの?」
 そう。一番の疑問はそれだった。
 同じバンドのメンバーで。
 楽屋でそれぞれのほぼ裸な状態だとか、そういうのも目にしている仲で。
 なんでオレに今更欲情しないといけないのか、この男は。
「お前、巨乳の姉ちゃん好きじゃん……」
「アベ君には胸、ないねえ」
 あってたまるか。
 そう言いながらウエノはまだオレの髪を撫でている。そのやわらかさが。丁
寧さが。オレをとろりとした気持ちにさせる。
 あたたかな気持ち。
 幸せな気持ち。
 誰かにやさしくされて、それを当たり前のように受け取っていていいんだと
思わせるような。そう、それは愛されている子供のような気持ちで。
 不意にウエノの頭がオレの鎖骨あたりに落ちた。
 なんだ、と思っていれば、その肩が微かに揺れている。また笑ってんのかよ、
と思ったけれど、今度は違うようだった。
 震える声が。
 骨に伝わるように。
「俺、どうしていいか分かんねえ……」
「ウエノ……?」
「アベ君、俺アベ君のこと好きで好きで、もうどうしていいか分かんなくなっ
てんだよ、自分が……」
 それは。
 どういうことなのか。
 それは。
 オレに対する、告白なのか。
 オレのことが。
 好き?
 ウエノが?
 さっきも好きって言って困らないかとか聞いてたけど。酔ってる上に頭はぐ
しゃぐしゃだ。男が男を好きだというのが、「憧れ」以外の要素を含んでしまう
とオレにはちょっと理解し難い。恋愛関係の「好き」は、少なくともオレは女
にしか抱いたことがないから。
 好きって、それはつまり、ウエノの言う「好き」は。その、「好き」?
959実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/02(月) 11:39:24.46 0
「……ウエノ?」
 オレはおずおずと奴の頭に手を伸ばす。一瞬跳ねるようにして身を硬くした
ウエノの、頭に右手を置いてみる。髪を。同じように撫でてやろうとするけれ
ど、オレの手はもっとぎこちない動きになる。
 ふわりとした。
 やわらかな、茶色の髪。
 もう片方の手で、肩に触れる。ウエノが顔を上げて、オレと視線を合わせた。
 揺れているのは、不安だからか。この男でも、余裕を失くすことがあるのか。
「……キスでも、するか?」
「……アベ君?」
「や、なんか、体勢的に?」
「して、いいのかよ」
「いや、まあ、もうさっき、したし、」
「それ以上のこと、俺、したいけど、いいのかよ」
「そ、それ以上って、」
 躊躇うように顔を近づけてきたと思ったら、ウエノがオレの唇にそっと自分
の唇を重ねた。小さく震える、はじめてみたいな、子供みたいな、ただただ触
れるだけの。
 なんだよさっきは息も止まるようなすげえのしてたくせに、と可笑しくなる
けど、ウエノがあまりにも真面目な顔をするから。茶化せなくなる。
「……アベ君、」
 嘘だと思ってもいいけど俺もしかしたらあんたが初恋かもしんない、と、あ
まりにもか細い小さな声で奴が言うもんだから、オレはなんだか胸がいっぱい
になって思わず自分の胸にウエノの頭をぎゅっと抱きしめた。
「苦しい、」
「うるせえ」
「……俺、アベ君が好きだ」
 俺の胸で震える声がはじける。
 おお、と言ってみたけれど、なんでだ? の疑問は確かにある。お前が顔埋
めてんのは、大好きな巨乳ちゃんじゃねえぞ、と茶化したくなる。
 それはきっと、ウエノの告白が真剣だからだ。
 それが、本当の言葉だってことが、オレにまっすぐ伝わってくるからだ。
 だからって、そうですかそうですかありがとうじゃあオレのケツでも使いま
すか! って訳にはいかない。オレも男だし。
 でも、ウエノの体温は気持ちがいい。
 とろりととろける。
 甘くてやわらかい。女じゃないのに、いい匂いがする。それはけして石鹸だ
とか香水だとかそういった花みたいな匂いだったりするわけじゃなくて、基本
はタバコと酒の匂いなのに。
960実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/02(月) 17:58:47.71 0
よくわかってないフトツは早くヤられてしまえばいい
961実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/02(月) 19:53:28.06 0
 フェロモンみたいなのでも出してんのか?
 ウエノならありえる。
「お前、いい匂いしてんな」
「……は?」
「なんか……安心するような、感じ」
 安心じゃフェロモン系じゃないか。じゃあなんだ? お母さんか? ウエノ
がお母さんって、むしろ対極にある気がする、いや、親子丼とかっていうと娘
と母親でこいつならできそうな気が、こいつのストラスクゾーン広いんだろう
な、だってオレまで入っちまうくらいなんだから、といろいろ考えているうち
にオレは目を閉じた。
 胸に抱くウエノの頭、やわらかな茶色い髪からあんなにタバコの煙に燻され
て、酒にまみれていたくせに、なんだかいい匂いがする。肌の匂い。あたたか
な匂い。
 アベ君? と疑問系の声が遠くなる。
 ああ寝ちまうかも、と意識がうっすら白くなるところで、どうでもよくなっ
てオレは状況に身を任せた。

 規則正しい音がする。
 安心する音。
 ずっと昔、どこかで聞いていたような記憶がある。
 同じ繰り返し、リズムとテンポ。静かなのに力強い、そして拾った耳奥で次
第に全身へと広がっていく安心。
 胎児、の。
 胎児の記憶を、拾えそうなくらいの。
 身体中の力を抜いてもなにも怖くない、安心。
 うっすらと瞼が持ち上がった。
 どこにいるのか分からなくて、とりあえずうつぶせの状態から起き上がろう
と肘から下に力を入れる。と、なにやら人の感触がするものを押さえつけた感
じがした。
962実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/03(火) 09:08:44.31 0
「……痛い」
「うわっ、ウエノ!」
 狭いソファの上で、いつの間にウエノと位置が入れ替わっていたのだろう。
「起きた?」
「つか、なんでお前オレの下に居んだよ!」
 慌ててソファから転がるようにしてずり落ちると、ウエノがひっそりとした
笑みを浮かべながら身体を起こした。
「アベ君が重いといけないから」
「……は?」
「あと、ベッドから落ちるといけないなって思って。アベ君寝ちゃったからさ、
起こさないように少しずつ少しずつ体勢変えて、そっと逆になったの」
「そんなん、お前が重かっただろ」
「なんで? 好きな人の重みって、すごく良くない?」
 ああここにいるんだな、って思えて。そんなことをウエノが静かに続ける。
 あれからオレ達はなにもしなかったらしい。寝てるオレに悪戯しなかったの
かと聞けば、不眠症さんがやっと寝られたんだったら起こすの悪いだろ、と当
たり前のように言われた。
「オレ、どんくらい寝てた?」
「二時間くらい?」
 昼には少し早いが、朝と呼ぶには抵抗がある、そんな時間帯。
 ひとくち分残っていたひじきの煮物が乾いてしまっている。飲み残しのビー
ルはきっと気が抜けている。なんだかものすごく、悪いことをした気分になる
のは、どうしてだ。
「……あいつら、帰ったかな」
「チバ達? 帰っただろ」
「だよな。あ、あのさ……ウエノ、えっと、」
「なに?」
 お前オレのこと本当に好きなの? と聞きたいような、聞きたくないような、
聞いたらなんだかキスの続きをはじめないといけない気がして、けれどだから
といってそれが嫌なのかと聞かれると否定しきれない自分もいて。
 こいつはオレを好きなのか。
 初恋かもしれないって言ったぞ。
 確かに記憶にある。忘れてない。あれはどういう意味だ。男相手の初恋って
ことか。それとも真剣に好きになった人間が、オレが初めてってことか。聞き
たい。でも聞きたくない。自分ばかりが、ウエノの言葉に囚われているようで。
963実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/03(火) 09:50:39.39 0
「……ひじき、まだある?」
「……あるよ」
「昼飯、食ってっても、いい?」
「……いいよ」
「昼から、酒、飲んでもいい?」
「いいけどさ、帰れなくなるじゃん、また」
「泊まってく、っつうのは?」
「……まだ昼前だけど」
 そうなんだよな、オレってなに言ってんだろう、なんかもう明け方にウエノ
とキスしちまってからなんかおかしい、なんかよく分からない、自分が自分で。
「……あ、」
「なに?」
「オレ……実はちょっと舞い上がってんのかも」
「……は?」
 ウエノに好きって言われて。
 嫌いって言われるより好きだと言われるほうが人間嬉しい、でもそういうの
とはまた別の次元で、あの震える真摯な告白が。
 嬉しかったのかもしれない。
「ああ、」
「なんだよアベ君、自己完結してんなよ」
「ウエノ」
「……なに、」
 そしてウエノの体温が。とろけるようなやわらかさで包み込めば、オレは眠
ることができる。そのことが。
「困んねえよ、オレ」
「うん?」
「お前がオレを、好きっつっても困んねえって話」
「……どういう、こと?」
 とりあえずプリン買っとけ。そしてギネス冷やしとけ。あと美味いワイン用
意しとけ、赤いの。そう言ってオレはウエノに唇の端を持ち上げて笑って見せ
る。
「そしたらオレ、この部屋に居つくから。お前さ、そしたら全力でオレのこと
落としてみ? もしかしたらなびくかもよ?」
「……強姦するかもしんねえよ?」
「お前には無理だね」
 あんな真剣な告白をする奴が、嫌がる相手を襲えるわけがない。多分。
964実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/03(火) 10:14:02.01 0
シエン
965実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/03(火) 11:26:25.54 0
「……分かった」
 ウエノも笑う。いつもより本当にひっそりとした、静かな笑みを頬に浮かべ
て。普段はそうでもないのに、ひどく垂れ下がった目になるのだ、そうすると。
そんなことをオレは今更知る。
「じゃあさ、アベ君、」
 もう一回キスしてもいい? とウエノが小さな声で聞くので、オレはどうし
ようかと自分に聞いてみる。別に嫌じゃないけど? と、一度、いや、二度、
いや三度? しかもそういえば股間までさぐられた記憶のあるオレが答える。
 ウエノのキスは嫌じゃなかった。
 じゃあ、まあ、いいんじゃないの?
 素直には、答えてやらないけど。
 上目遣いで懇願するように見上げてくるウエノを見下ろして、しばらく見詰
め合った。そして、さっきの仕返しではないけれど、今度はオレがゆっくりと
顔を近づけて、そのやわらかな厚みのある唇に、そっと自分の唇を重ねた。
―――――――――――――――――――――――――――
おしまい。ぬるくてすみませんでした。
そして支援、ありがとうございました!
次は多少エロいのを、行かせていただきたいと思います。
966実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/03(火) 14:49:36.58 0
 狭いバスタブは色のあせた青色で、ただでさえ長い手脚をちぢ込めるように
して彼は沈んでいる。
 タイルには転がされたビールの空き缶、黒いのと緑のと赤いのと。
 声をかけると切れ長の目がとろりとした視線を向けてくる。
「窓」
「……ああ?」
「窓、ないのな。風呂に」
「ああ……」
 白い壁はところどころ剥がれている。ちゃちなシャワーが一本。温度調整は
何度挑戦しても上手くいかずに水ばかりが多めに出る。安いモーテル。
 なにもないところだった、ただまっすぐどこまでもトウモロコシの畑が広が
っているだけの。昼間はペンキで塗ったようなくっきりとしすぎた青空が広が
っていた。
 今は夜の暗く長い腕が、外灯もないのどかな景色を抱きしめるように黒く塗
りつぶしている。
 本当は同室のはずではなかった。チバとキュウが、先に酔って眠ってしまっ
たりしなければ。それを、スタッフがひとつの部屋に寝かせてしまったりしな
ければ。
「……外」
「うん?」
「さっき、降りそうとか言ってなかったっけ」
「降ってないみたいだけど、星はあんまし」
 見えない、と言った俺にアベ君が右手に持っていたビールの缶を差し出す。
「なに、飲め?」
「違う、空」
「……おかわり、持ってこいとか?」
 小さく頷く、彼のストレートな髪がさらりと揺れてきつい光を宿すことの多
い瞳を隠そうとする。
 それが、なんだか淋しくて。
 俺は踏み出して、濡れたタイルに靴下のまま足をつける。 
 伸ばした手がアベ君の髪に触れて、かき上げる。自分の指先なのに、意識は
随分と遠いところにある。
967実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/03(火) 15:19:23.85 0
「……なんだよ」
「いや、」
「叩かれるかと思った」
「なんであんたを叩くんだよ」
 薄い唇の端がきゅっと持ち上がって、悪戯っぽい顔になる。細められた目は
それでもほとんど目尻を下げることがない。猫が笑うみたいに、釣り上がるば
かりだ。
「なんとなく」
「そういう趣味はないって」
「叩けば良いのに」
「なんでだよ」
 好きな人が痛いのなんか嫌じゃないか。俺はそう思う、痛いよりは気持ちい
いって顔をしていてくれたほうがどれだけ幸せか。自分が痛いのも嫌だ。
 でも彼は言う。傷跡が残れば、それを眺めながら何日だってお前を思い出し
てにやにやしていられるのに、と。
「っていうか、覗くなよ人の風呂を」
「そんな、今更」
 顔に水を飛ばされた。人差し指と親指でピンッと弾いて。それは俺の目の少
し下、頬骨のところに当たる。
 なにすんだよ、の声が濡れる。
 アベ君がゆるりと腕を伸ばしてくるから。
「酔えない」
「そんだけ飲んどいて何言ってんの、酔いすぎて一周したんじゃないの」
「空気が、乾いてるからだろうな」
「水に漬かっといて何言うかね、この人は」
「酔わせろよ」
「……珍しい」
「お前のキスのがよっぽど酔える」
 薄い唇から赤い舌の先が覗いた、それは下唇をゆるく舐めると連動していた
かのように彼の目が。伏せられて。そしてまばたきの合間に、視線の位置は変
わっていて俺を捉える。
 俺に、どうして目が逸らせるというのだろう。
 彼から。
968実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/04(水) 09:05:51.12 0
 キス、が好きで。
 昔からそうだった、身体を繋ぐことはもちろん強烈な快感を伴うことから気
持ちいいものだと脳が知っているけれど、それでも気持ちの方が求めるのはく
ちづけの方だった。
 言葉が発せられる器官だからだろうか。
 言葉は気持ちを形にする道具だからだろうか。
 唇を重ねると、相手の気持ちがより胸に染みる気がした。分かり合える気が
した。
 気のせいでも別にいい、相手のことすべてを分かりたいと思っているわけで
はない、それでも。唇を重ねた瞬間から、更に相手を好きになってしまう気が
するのは、どうしてだろう。

「入れば?」
 アベ君が浴槽を指差す。
 男ふたりには狭すぎる、それどころか彼ひとりでも狭そうなのに。
「無理だろ」
「入れ」
「どんな我儘だよ」
 笑った俺にアベ君は笑わなかった。そのまま俺の手を取って引く。
「服のままとか、」
「入れよ」
「我儘、」
「オレがお前に聞いてもらえない我儘言ったこと、あんのかよ」
 ずるい。
 彼の言葉が、俺を絡める。
 ずるい、口にされる我儘をなんでも叶えてしまいたいと思ってしまう俺の心
を見透かして、アベ君はそんなことを言う。そう、俺は見透かされてしまって
いるのだ。
 目尻が下がらないままの笑みを浮かべるから、俺は従わざるを得なくなる。
 ジーンズのままアベ君が少し身をずらした隙間へ足を入れた。濡れてまとわ
りつく生地が、重たい。 
 もっと、と彼が言う。
 俺の手を引いて。
 だから、腰の辺りまでぎゅうぎゅうと沈んでみようとする。ずっしりとした
ジーンズが肌の上で気持ち悪い。やっぱり無理だ、と立ち上がりかけたところ
でアベ君の手が伸びた。
969実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/04(水) 09:20:50.84 0
 シャワーの栓がひねられて、頭の上から水に近い温度の水滴が降る。
「冷たっ!」
「ははははははは、だせー、はははははははは、濡れてやがんの」
「……アベ君、」
「いいな、シャツが張り付いて、裸よりエロい」
「裸の人に言われてもな……」
「ベルト」
「ああ、もう、濡れてるじゃねえか」
 かちゃり、と金属音を立てて彼の長い指がバックルを外す。なに、と聞く間
もなくチャックが下ろされる。
「勃ってるんだな」
「……そりゃ、アベ君の刺激的な入浴シーンを見てればさ、」
「オレの身体より、お前の身体のがエロいラインしてるよ」
 動きにくそうに膝立ちになったアベ君が、俺のジーンズを下着ごとずらす。
太ももの中ほどまでが濡れているので、そのひっかかるところまで。
 息が。
 勃ち上がっているといっても、まだ硬さを極めているわけではない俺の陰茎
に、白い指が絡む。顔が近付けられて、息がかかる。
「アベ君、」
「舐めさせて」
「ダメだよ」
「聞こえない」
「――っ、あっ……」
 薄い唇が開いて俺のモノをその奥の赤い空間に招き入れる。長い舌が絡む、
俺のくびれに。彼はいつでも奥まで咥えたがる。喉を突いて嗚咽して、それで
も更に飲み込もうとする。
 苦しいだけなのに。
 喉の奥まで突っ込むのなんて、AVの演出なだけで本当は男なんてカリの部
分に刺激を与えて根元をこすり上げればそれだけで充分なんだって、同じ性で
ある彼も分かっているだろうに。
 苦しいことだけが本当だと思っているアベ君は、時々可哀想になるくらい傷
付きたがる。
 やさしくして欲しくないと傷を欲しがる、それだけが真実なのだというよう
に。
970実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/04(水) 11:19:31.25 0
「――ぐっ、げえっ、」
「ほら、入れすぎだって」
 涙目になりながらも俺のモノを口から出そうとしない彼の、肩に手を置いて
そっと俺は抜け出ようとする。気持ちのいい、彼の口内から。
「も、もっと上手く、」
 やるから、なんて目の縁を赤くして言われても、俺はもうあんたを抱きしめ
て頭を撫でてやりたくて仕方なくなるだけだよ。
「ベッド行こうよ」
 シャワーを止めて、俺のモノはもう完全に張り詰めている。でも性格的に一
度アベ君を鳴かせてやらないといけない気がして、ここで彼に埋めることがで
きない。
 それを分かっているのだろう、アベ君がふるふると首を横に振った。
 整髪料を落とした彼の髪は、ストレートすぎるからだろうか、どうしてか俺
の髪より早く乾く。けれどさっきのシャワーでそれは再び濡れて、白いうなじ
に、額に、張り付いている。
「入れろよ」
「狭いじゃん」
「狭くても、」
「動きにくいよ」
「入れろ」
「アベ君……」
 俺はふと左足で湯を蹴って彼の陰茎に靴下のまま爪先で触れた。
「あっ――」
 硬く、硬く、勃ち上がったもの。
 彼の、欲望。
 布と湯を挟んでもくっきりと感じてしまう、張り詰めたものが。そこまで俺
を求めているのかと、どうして頬をゆるませないでいることができるだろう。
「勃ってる」
「う、るさい、」
「アベ君、勃ってるよ」
「お、お前だって、――ああっ!」
 足の親指で強く下から上へとこすってやった。俺の腰を掴んでいたアベ君の
手が、指が、震えているように感じるのは、彼の肩が震えているからだ。
「ウ、ウエノ……」
「ここじゃ狭いよ」
 ぎゅっとつぶられた目のまま、彼は首を振る。右、左、右、左。
971実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/04(水) 11:39:51.87 0
「狭いよ」
「ウエ、ノ、」
「でも欲しいの?」
「ほ、欲し、」
「どうしてそんな淫乱なの?」
「よ、酔いたい、だけ……」
 俺に? 
 俺に酔いたいの? 
 そんなに?
 どうしても?
 俺は腕を伸ばして彼の脇の下に突っ込む。驚いた顔のアベ君を抱き上げて、
バスタブから立ち上がらせる。
「後ろ、向きな」
「ウエノ、」
「壁に手を突いて、欲しがられたら与えないわけにいかないだろ?」
 やけに素直になったアベ君の背中は、白くて濡れていて細い。肉のないライ
ン。彼の身体つきはエロくなんてない、肉がなさすぎるからだ。なのにどうし
て俺はこんなに興奮するんだろう、どうして俺はこの人がこんなに好きなんだ
ろう、女と違って自分からはちっとも濡れなくて、無理矢理突っ込むと実はこ
っちもかなり痛い想いをしなきゃなんない身体の持ち主に、どうして俺は。
 この人でなければダメだと思ってしまうんだろう。
 後ろからアベ君の勃ち上がったモノへと手を伸ばす。握り込むと彼の甘く熱
を帯びた声がこぼれる。くびれに親指と人差し指を絡めて、残りの三本で握り
込んで。
「くっ、あっ……」
 腰が揺れる。
 それは無意識に。
 発情の空気がゆるりと溶けてふたりの間で甘く染まる。
 匂いが。
 立ち上る。
 それは欲望の匂い。
 微かなくせに強烈な、発情するふたりの凝縮された香り。これにやられて、
きっと俺はこの人しかいないのだと思ってしまう。アベ君は女のように腰を揺
らす。でも女なんかじゃ足りない、この人しかいない、俺はこの人じゃないと
ダメなんだ、他では埋めてもらえないものをこの人だけがきっと持っているか
ら。
 それがなんなのかは、俺が知らなくてもいいことだ。
 本能が反応して感知しているのだから。
 理屈なんて後からついてくる、それだけの話だから。
972実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/04(水) 14:36:48.91 0
「ウエ、ノ……ウエノ……」
 指の先に濡れた感触がある。それは水ではない、ぬるりとした先走りの。張
り詰めていたと思っていたアベ君はそれより更に硬さを帯びさせる。触られて
もいない俺も、痛いくらいに硬さを増す。
 笑ってしまうくらい、ふたりは互いを求めている。
「アベ君……」
 好きだよ。
 唇だけで作った告白の言葉をそのままに、俺は彼の白い背中に口をつける。
小さく開いて、吸い付いて、歯を軽く立てて、きつく。吸う。そして彼の白い
背中に、俺は赤紫色の花を咲かせる。
「ああっ……!」
 痛くされるのが好きなのは、痛みの方が記憶に刻まれると思っているから。
そんな彼だから。
 やさしくしたい。
 やさしくしたい。
 俺は彼に、うんとうんとやさしくしたい。
 本当は。
「アベ君、キス」
 焦らすな、とかすれた声が返るから、俺は唇だけで笑う。睨むように振り返
る彼の目尻が、ほんの少しだけ下がっている。
 俺だけが知る、愛しい人のその顔。
 キスしよう。
 くちづけて、とりあえず最初は。
 キスしてから貪り合おう、だって俺達は身体だけの関係って訳じゃないんだ
から。身体だけ繋いでも意味はない、心が繋がらないと。心を繋げることがで
きるのは、キスだけだと、俺は信じているから。
「アベ君、」
 彼の目が欲望に溺れた。
 光が強烈な色彩を放つ。
 愛してるよ、って口にするとなぜか彼は怒るから。
 キスをしよう。
 キスをしよう。
 キスを、しよう。
 酔わせてあげるから。酔わせて、あげたいから。
 ポップコーン畑を眠らせて、夜の隙間でふたり、繋がろう。酸欠になって酔
っ払うまで、幸せなくちづけを交わそう。
973実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/04(水) 14:45:01.87 0
長々お付き合いありがとうございました。
お見苦しい点も多々ありましたでしたでしょうが、
支援も本当にありがとうございます。
974実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/04(水) 14:48:25.20 0
ミ*`_ゝ´彡
975実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/04(水) 23:44:54.46 0
職人さんおつおつ!
素敵な二塔をたくさんありがとう〜
今夜はいい夢が見られそうだ〜
976実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/05(木) 09:07:51.82 0
どうもエロいのが書けなくて申し訳ないのですが、
ニ塔大好きなので。ちょっとアベウエ風なウエアベでごめんなさい。
――――――――――――――――――――――――――
 突如かかったダンスナンバー、それははしゃいで踊り狂うようなものではな
く、チークなスローの曲で。
 フロアはざわめいて、そして忍ばせた笑いが漏れる。
 DJブースは誰が入っているのか、振り返る前にアベ君が俺の手の甲に指を
すべらせた。
 久しぶりに会ったのは、俺が出るDJイベントで。こっちの出番は終わった
からとカウンターで飲んでいた、固定のスツールではなかったのをいいことに、
俺はアベ君に、アベ君は俺に少しずつ脚の長い椅子を寄せて空間を縮めていた。
「……なに」
 赤ワインを飲んでいるアベ君が、横顔のまま小さく笑う。
 間接照明の、暗いオレンジ色が強い空間。
 動いているものも動かないものも、すべての影が濃く落ちていて、そして時
間も凝縮されたようにねっとりと流れている、そんな夜。
「踊るか」
「冗談」
「いいじゃん」
「そういうの、あんた苦手でしょ」
 酔ってるからさ、とアベ君の薄い唇が小さく動いて言葉を紡ぐ。
 スローな曲でも室内を満たすそれは大きな音で、なのにどうしてだろう、ア
ベ君の声は特に顔を寄せていないというのにこちらへちゃんと届く。
977実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/05(木) 09:58:00.48 0
 次の瞬間腕を取られて、含み笑いを完全に越えたアベ君が声を上げた。
 フロアに空間を作るために脇へ避けていた人達が数人振り返る。
 お前らが踊んのかよ、とからかいの声が飛ぶ。
 アベ君が酔ってんだよ、と俺が返せば、そのすべてが納得したような顔にな
っておかしい。

「ダンスなんて、」
「オレ、知らねえ」
「アベ君……」
「あれだろ? なんかこう、くっついてゆらゆらしてればいいんじゃねえの?」
 右手を左手で取られた。
 アベ君の右手は俺の腰に。
 急な動きで強引に引かれて、頬を寄せられる。
 アルコールとタバコの匂い、そしてアベ君の髪の香り。
 近付けられた顔のせいで、吐息のひとつひとつが耳をくすぐる。わざとやっ
てるんだって分かったのは、左の耳に落とされた声のせい。
「小せえ尻」
 腰を抱いていたアベ君の右手が下にずれて、俺の尻をぎゅっと掴む。
 うわ、と漏れかけた声を慌てて噛み殺して、人目がなければここで首筋に思
い切り噛みついてやるのに、と睨む。アベ君が声もなく笑った。唇の端がぎゅ
っと持ち上げられて、悪魔みたいな猫みたいな、どうしようもなく悪い笑顔に
なる。
978実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/05(木) 11:23:35.30 0
 昔、なんかで見た。
 青い色の映画だった。
 男同士の、恋が終わった後の話だった気がする。
 でもふたりはちょっとしたことから地球の裏側にふたりでいなきゃならなく
て、そしてその中にふたりがダンスを踊るシーンがあった。
 チークダンスだったのか。それともタンゴだったか。
 スローな、スローな。
 とにかく青い画面だった。
 ぎこちなく踊るふたりに、今の俺達が重なる。
 あっちのふたりは無表情だったけど。
 こっちのアベ君は、声も出さずに笑っているけど。

「どうすんの」
「俺に聞くなよ」
「小学校とか中学とかでさ、フォークダンスってあったよな」
「フォークダンスでこんなに顔近付けねえよ」
「ウエノ」
「なに」
「お前、可愛い顔してる」

 な、と思わず身体を離しそうになったのは恥ずかしかったからで、そしても
ちろんアベ君はそれを許さなかった。
 右手が痛いくらい握られる。
 アベ君の指が絡む。
 恋人繋ぎ、というよりは、まるで俺の片手を使って祈りでも捧げるように。
979実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/05(木) 14:42:16.22 0
「ウエノー、アベー、お前らちゃんと踊れよー」
 飛ばされる野次と、口笛と。
 同じ空間でチークなダンスを踊るのはもちろん、普通に男女ばかりだ。みん
なくすくすと笑っている。誰も知らない。俺達が秘密の恋人同士であることに。
「分かんねえんだよ、踊り方が」
 アベ君がゲラゲラ笑いながら野次に怒鳴った。
 笑い声が大きくなる。
 酔ってるんだな。
 うちの可愛い恋人は。
 うちの可愛い、アベ君は。
 そういえばどれぐらいぶりに会ったんだろう。
 同じバンドをやっているときに比べたら、会える回数はぐっと減った。当た
り前だ、でもその当たり前に慣れるまで、俺はひどく淋しかった。ひどくひど
く、淋しかった。
 今でも、別に慣れたわけじゃない。
 でもただひとつ、いいことがあるとすれば、会えたときは以前よりもっとも
っとずっと、幸せに思えるってことだ。
 俺に尻尾があったら、もう千切れてどこかに吹き飛んでいる。そんだけアベ
君に対して振りまくってる。
 アベ君が知るよりずっと、俺は、彼のことが好きだ。

「踊れってさ」
「無理だって」
「どうすんの、ステップとかあんの?」
「知らねえよ、俺に聞くな」
「このままだと曲、終わるよな」
「終わってくれよ、公開罰ゲームにしか思えないって、これ」
「オレと踊んの、嫌か?」
「嫌って……」
 わけがないのを上手く伝えられなくて、だからアベ君がまたにやにやと笑う。
意地悪を言っている。
 ああ、とアベ君がやわらかなため息をつく。

 オレ、このままウエノとキスしてえな。

 抱かれたい、とか、突っ込まれたい、とかじゃなくて、キス。
 キスか。
 それがどれだけ俺に飢えているのかを分からせるから、もうこっちは胸がざ
わめいてどうしようもない。キスだって。そんなんで充分なほどに、俺に飢え
ていてくれんのか、アベ君。
980実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/05(木) 15:08:14.58 0
 俺もだよ。
 俺も、まったく同じ気持ちだよ。 
 アベ君に、キスしてえな。
 アベ君と、キスしてえな。

 ウッドベースもギターの音も、更にゆるくだるくなってきて曲が終わりそう
な気配を漂わせる。ドラムの音が、やわらかくテンポを落とす。インストだけ
の音楽。
 終わるんだ、と思った。
 曲が終わる、そしたらまたカウンターに戻ってアベ君と飲もう。俺はもう少
しだけスツールをアベ君に寄せてしまおう。
 そんなことを考えていたのに。
 アベ君は不意に俺の腰に回した手をほどいて、それを高々と掲げる。
「悪りい、もう一回流して」
 こんなアベ君は本当に珍しくて、フロアは一瞬沈黙が降りてからみんなが笑
い出した。
 俺はもう真っ赤だ。多分。頬がかっかと熱い。公開罰ゲームを、まだ続ける
つもりなのかこの人は。
「恥ずかしいからもういいだろ、ろくに踊れてないっての」
 慌てて言ったのに、アベ君は平気な顔をして視線を合わせる。
 俺の腰にはもうアベ君の手が戻ってきている。
 細くて鋭い目が、なのにやさしくやわらかく俺をとらえる。
 動けなくなるのなんて簡単だ。
 幸せで。
 陳腐かもしれないけれど、俺はアベ君の瞳に映る自分が、多分世界で一番幸
せな男なんだろうって思う。

 アベ君が絡めた右手に、俺は自分の左の指をしっかりと絡めた。
 あんたが俺の左手を使って祈るなら、俺もアベ君の右手を使って祈る。
 それが誰にだかなんて、まったく分からないけれど。

 やがてまた、スローなナンバーが薄暗いオレンジ色の空間に流れ出した。
981実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/05(木) 15:39:11.05 0
お付き合い、ありがとうございました。
また何か書けたらお邪魔します。
982実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/06(金) 11:36:44.51 0
 夜の更けた頃に、静かな言葉はその薄暗い青に溶ける。
 上手く眠れない恋人は、淋しい声を震わせる。

「愛してないよ……」

 愛してないよ、愛してない。
 だから大丈夫。
 愛してない、だからなにも失わない。
 愛していないから、お前が明日死んでもオレは大丈夫。
 最初から手に入れていないものを失くしても、なにも怖くない。
 愛してないよ。
 愛してない。
 だから、オレは平気。

 アベ君の声は低すぎなくてゆるやかだ。温度は少し低い。彼の、体温のよう
に。
 淋しい声で彼は呟く。
 繰り返すのは俺に対する呪文でなく、自分に対する言い聞かせだ。
 ベッドの上で半身を起こして、きっと彼はシーツだけ纏っている。背を向け
た俺の向こう側で、彼の囁きは続く。
 愛してないよ。
 愛してないよ。
 愛してないよ。
 静かな声だ、そしてあふれている。切なさと、嘘と、愛が。俺はそれをちゃ
んと嗅ぎ取っているから、寝た振りを続けたまま呼吸を乱すことはない。
 愛してないよ、って。
 どんだけ愛の言葉だよ、それは。
 愛してないなんて、自分に言い聞かせなきゃ平気でいられないほど、あんた
は俺が好きか。アベ君。あんたはどんだけ俺を好きでいてくれるんだ。俺はう
ぬぼれてしまうけど、それは全部アベ君のせいだ。
983実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/06(金) 11:57:49.55 0
 覚醒している俺には言ってもらうことのない、愛の言葉。
 どれだけ俺が、俺はあんたのものだよって心を込めて言葉にしても、けして
信じてくれることのない恋人。

「愛してない……」

 淋しい声は透明で静かで夜に混ざる。
 言霊というものをアベ君は信じていないのだろう、言い過ぎると本当になっ
てしまうのに。彼は言葉よりギターの音を信じている。俺のベース音に絡むギ
ターの音は正直で、いつだって挑発的で欲しがりでそのくせそっぽを向いたり
する、俺の気を引くために。
 饒舌な彼のギター。
 言葉よりも、だから俺はそっちを信じる。
 アベ君。
 俺の淋しがり屋の恋人。
 俺のことが好きすぎて、俺を失うことを一番恐れている人。

 不意に髪が撫でられた。後頭部に恐る恐る触れてくる、彼の指が髪に絡んで、
そしてぎこちなく引くような、引かないような。
 へたくそ。
 俺は笑いたいのを我慢して寝息を立てる。俺がどんなに丁寧にアベ君の髪を
撫でてやっても、あんたはちっともそこから学習しないんだな。でも俺はそれ
が逆に嬉しい。アベ君が俺の与えるものをまるごと受け取っているだけなのが。
俺の与えるすべてを、大切に大切に自分の中で抱え込んでいてくれるのが。
 どこにも出さないでくれ。
 俺のすべてがあんただけのもののように、あんたのすべても俺は誰にも渡し
たくないと思っているから。
 不器用な指先が俺の頭に触れて動かなくなる。
 あんなに器用なギターを弾く指が、俺に触れて動けなくなる。
 それを幸せと思ってしまう俺は、うぬぼれているだろうか。単純なんだろう
か。
984実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/06(金) 14:34:41.97 0
「……愛してるよ」
 
 我慢ならなくなるのは結局俺の方で、仕方なしに起き上がって振り向く。驚
いたアベ君の手はあっという間に逃げるから、そんなのを許すはずもなく俺は
手を伸ばす。
「ウエノ、起きて、」
「俺は愛してるよ、アベ君のこと」
「なっ、そ、そんなことっ、」
「愛してるよ。俺はアベ君を失うのが一番怖い、それ以外に怖いことなんてな
にもない」
「く、くだらな、」
「愛してるよ。アベ君が愛してくれなくても、そんなマイナス俺が覆ってプラ
スにできるくらい愛してる、愛してるよ、あんたの代わりなんて誰もいない、
あんたを失うくらいなら他の人間全部身代わりに俺が殺す」
 掴んだ手首の細さ。
 夜に溶ける、白い肌。
 裸のままで眠ってしまっていたから、手を伸ばせば互いの体温はすぐ手に入
る。
「怖がるなよ、いなくなんないよ、俺は」
 彼を抱きしめるためだけに伸ばす腕。
 彼を引き寄せるためだけに込められる力。
 アベ君は抵抗しない。青い夜の中で、彼の目に力のない光が宿っている。怖
がりな恋人。あんたを置いて、俺はどこにもいけない。いかない。
「好きだよ」
「オレは……」
「眠れないとすぐまたネガティブなこと考え出すからな、アベ君は」
 気絶するまで抱いてやろうか。俺が下唇を舐めて笑うと、彼の頬の色が変わ
る。暗闇の中でも分かるほど、赤くなっているのか。可愛い人だ。
「気絶するまで鳴かせてやるよ」
「やめろ……」
「……嘘だよ」
「嘘?」
「本当にして欲しい?」
「……お前が、したいなら」
「アベ君」
 俺の手がアベ君の肩に触れる。小さくびくつくのはいつものことで、どうせ
この人はこの手の感触をいつか失くしたら、と意識的にでも無意識的にでも引
っかかってしまって仕方ないんだろう。
985実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/06(金) 15:02:03.80 0
「おいで」
 乾いた肌の感触。
 寄せて、俺は彼の頭を自分の胸に抱える。俺の心臓の音を聞け。俺の鼓動が、
どれだけあんたを好きだと叫んでいるか、耳から脳に直結させて記憶しろ。忘
れても忘れても、何度でも俺は繰り返してあげる。嫌になるほど同じことを、
飽きもせず最初からやり直してあげる。
「愛してるよ」
「ウエノ……」
「愛してる」
「……おう、」
「誰にも渡さない」
「……ん、」
「俺の目はアベ君しか映さないよ」
「……それは、嘘だ」
「いや、もうそう決めたから。俺、アベ君に嘘吐かないよ、マジで」
 俺の鼓動は、嘘を吐かないよ。
 だってそれは、心と直結しているから。
 嘘が吐けるはず、ないよ。

 俺は彼の顔を持ち上げて、そっと唇に自分の唇を落とす。
 愛してるよ。
 言葉が信じられないなら、俺は代わりにベースを鳴らすよ。だから絡めて。
あんたの本当を。それは嘘のない、真実だから。
 軽く開いた唇から舌先を忍び込ませて、俺は静かに呼吸をする。アベ君の匂
いがする。俺と同じタバコと、ビールと、そして彼の肌の匂い。
 ウエノ、とアベ君がかすれた声を上げた。
 俺はベースの代わりに、彼をかき鳴らすことにする。
 だって、夜はまだ終わらない、少なくとも彼が安らかな眠りに落ちるまでは。
 夜は、どこまでも続く。
 俺とあんたが、どこにも行けないように。
986実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/06(金) 15:27:14.95 0
おしまい。
987実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/07(土) 08:47:07.10 0
人、いないのかな…。投下しすぎ? ウザかったらごめんなさい。
もろきゅうの「花たばこ」の花言葉が、二塔にしか思えなくて。
―――――――――――――――――――――――――――――――
 星の形をした、薄いピンク色の花を。
 夕方から特に強く甘く香り出す、その花を。
 君に。

「なに、くれんの?」
 一輪だけ差し出した30センチほどの花は、星型の花をトランペットみたい
な形で突き出して咲いている。
「やる」
「ありがと、でもなんで?」
「なんでって、」
 聞かれてしまうと、言葉に詰まる。

「俺に似合うから?」
「お前にはなんかこう、もっとエロい花が似合うよ」
「なんだよそれ、まあねえ。これ、星の形してんだ」
 そう、と言って、なんで男に花なんか渡しているのかと急に恥ずかしくなっ
たから背を向けた。
「あ、ちょっと、」
「……なんだよ」
「なんか意味があんじゃないの?」
「……は?」

 やわらかな茶色の髪をした男は唇の端を持ち上げて笑うと、だってあんたが
俺に花くれんだもん、と嬉しそうな色の声で言う。
「花言葉とか、どうせ意味あんでしょ?」
「……別に、ねえよ」
 あるけど言わない。
 言えない。
「嘘だ、まあいいけどさ。じゃあこの花の名前教えろよ」
「自分で調べろ」
988実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/07(土) 09:44:34.75 0
 なんだよケチ、と、それもまたやわらかな声で言われるから。
 オレは笑ってしまってつい耳打ちしたくなる。
『あなたがいれば淋しくない』
 そんな、花言葉を。
 柄じゃないから、言わないけれど。
 お前がいれば淋しくないよ。
 お前がいれば、世界はそれだけで花が咲いたように明るい。

 星の形をした、告白の言葉を。
 どこか遠回しな、傍にいて欲しいという願いの花を。
 花言葉なんて知らないままで良いから、ずっと、ただ傍に。
 ただ、傍に。
 いて欲しいと、思ってしまうオレの横で、笑っていて。ずっと。ずっと。
――――――――――――――――――――――――――――――――
8月29日のキュウちゃんの日記で、「花たばこ」の花ことば
「君あればさびしからず」ってありまして。
二塔だよなー、と思ったのでした。短い上に名前すら出てこなくてごめんなさい。
989実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/07(土) 17:17:31.64 0
職人タンたくさんありがとう!
990実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/07(土) 17:25:51.73 0
ところで、次スレ誰かたててくれると嬉しい
991実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/07(土) 21:41:55.39 0
レベルが足りなくて立てらんなかった・・・無念・・・
992実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/08(日) 12:26:54.19 0
自分もダメだった

(`皿´) <どなたかお願いします
993実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/09(月) 08:52:38.26 0
すみません、投下で埋めすぎて。
立てておきました、とうとう次は20ですね。
994実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/09(月) 11:05:23.06 0
>>993
ありがとう!
ついに20か…一時期は酷い過疎でもう右もなくなっちゃうかと思ったけど
最近また少しずつスレが動いてたからほんとに嬉しいよ
995実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/09(月) 11:10:44.93 0
>>993
嬉しい!
フトツはずっと心の中にいるから
やっぱりここがなくなるのは寂しいと思ってたよ
996実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/09(月) 12:19:39.49 O
さー、きっちり1000まで埋めてしまおう! フトシ愛してる!
997実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/09(月) 12:34:39.10 0
>>993
スレ立てありがとう

ミ*`_ゝ´彡 <お俺も愛してる
998実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/09(月) 17:30:26.84 0
>>993
ありがとう〜〜
[=.・з・]チュッ
999実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/09(月) 23:30:22.02 O
[=.・з・]*`皿´)<長かったなー、19の時代
1000実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2013/09/09(月) 23:43:07.81 0
(`皿´)<1000!
10011001
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。