「水瀬ちゃん!!」
十分に距離を開けて仰ぎ見た先には、三対の黄金の翼を広げた天使がすでに攻撃準備を整えていた。
彼女は翼の力なのか宙に浮いていて、じっと攻撃目標を見据えている。
神々しいまでの光をその全身から放ちつつ、彼女は静かに息を吸う。
【Hyper Clocking】
合成音が宣言した刹那、宙を舞っていた敵の胴体が静止する。
何百枚もの魔方陣が、天使とその標的の間に割り込む格好で差し込まれた。
【OVER CHARGE】
「貴女に永久の安らぎを。ディナイアル・インフィニティ ――いきます!!」
回転する方陣を突き破って躍り出た天使は、途中から跳び蹴りの姿勢になった。
背にあった翼が爆発して、急加速。距離の半ばからは凄まじい速度と勢いで突っ込んでいた。
バクンッ。
空中に縫い付けられていた女の上下半身、それぞれに激突して遥か後方に着地したシルエット。
余韻に浸りつつ顧みれば、肉片と化した敵の体が今度はさらに塵へと還ってゆくのが見える。
無限の回数を否定された存在は、いかに強大であったとしても、もはや終焉の刻を迎えるしか手立てが無いのだ。
こうして二人の戦いは終わりを告げた。
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この後の事を言えば、拉致監禁されていた七海さんの婚約者が自力で牢から脱出、押し寄せる兵団を根こそぎ薙ぎ倒して二人の元へと駆け付け三人揃って要塞から脱出したわけですが。
ボロボロになっちゃった二人を前に彼は終始呆れ顔だったり。
山道をテクテク歩いて麓の町まで返って、携帯電話で本部に連絡して、迎えがやって来る頃にはすでに翌日の明け方になっていて、思ったより時間が過ぎていた事を知った二人が夕食を食べ損ねたと手近にあった看板やらガードレールに八つ当たり。
器物損壊の罪で御用になって、その流れであとで局長からこっぴどく叱られてしまったり、膨大な始末書を書かなきゃいけなくなったりと、そりゃあもう踏んだり蹴ったりの翌日を過ごす事になる。
しかもこの後、体のあちらこちらを骨折している事が発覚して緊急入院、近々行われるという大規模な作戦に参加できそうもなくて。
結果、病室のベッドの上で二人揃って陰鬱な面持ちを晒す事になるのです。
「七海さんも、自分一人だけの体じゃあないんですから、あんまり無茶しないで下さいね」
お見舞いにやってきたマリィちゃんから呆れ顔で告げられても、「誤解を招く言い方はやめて」と泣きそうな声で返すしか能がありません。
同じように体のあちこちにギブスをはめ込まれている水瀬さんとしては、ここでも苦笑するばかりです。
それはそうと、降伏してAs側からの介入を許した要塞の人々は、オルトロス内にあった研究資料も含めてAsに接収される事になった。
それは政府の判断であり、佐渡島決戦を目前に戦力を一本化しようとする目論見もあったのだろう。
要塞内の別のフロアには液体に漬け込まれた誰かの脳みそが無数にあったが、それも押収されて場所を移している。
その中に最重要機密文書なんて判子の押された書類もあったのだけれど、局の人間は大した吟味もしないまま指示通り開発局に送ってしまった。
『MKCデバイスの研究開発と運用に関する概要』。そのように題された書類。
書類には一枚の写真が添付されており、そこに弥生美香子の姿が写し出されていたのだが、そのことに気付いた人間は居なかった。