高岡水瀬、かつてミスティアークの名で愛と平和のために戦った女は、とうの昔に絶望していた。
己の信仰のためなら簡単に他者を踏み潰してしまう女神騎士の人々にも。
信者の暴走を止める素振りもせずに力を供給し続ける女神にも。
もちろん己の欲望のためなら躊躇いもせずに悪事を働く人間達は今でも憎らしい。
けれど、それを暴力で押し潰して無かった事にするのは違うと思うのだ。
ましてや神だの仏だのが手を下すなど筋違いにもほどがある。
だから水瀬は、まず女神とその眷属を滅ぼそうと思った。女神という存在を消してしまえば、その恩恵を享受する側もまた消滅する。
人を壊すのは人。ならば人を裁くのも人でなければならない。
それが過去に失われた命と引き替えに得た、たった一つの願いだった。
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黒ずくめ達は全部で10人居て、小道から出たすぐ先で停車していた白いワゴン車二台で移動を開始する。
移動していた時間は一時間弱といったところだろうか。
市街地から少し距離を置いた、山道に差し掛かる直前で自動車はエンジンを停止させた。
娘さん二人が拉致されてやって来たのは山の裾野にポッカリと口を開ける防空壕よろしくの入り口で、煌々とコンクリート敷きの床を照らし出す裸電球が奥まで続いている。
「随分と素敵な住処じゃないのさ」
思わず軽口を叩いてしまう七海さん。
黒ずくめ達は依然として緊張の気配を漂わせていて、先ほど言葉を交わした男がここでも先導して二人を案内する。
入り口から十メートルくらいまでは剥き出しのコンクリートだったけれど、そのさらに奥は金属製の通路になっていた。
長い廊下を進むと十字路が幾つかあって、曲がり角など全て無視して直進した団体様はそこに最新式のエレベータを発見する。
AMS一個小隊を運搬することを目的に設計されたエレベータであれば生身の人間12人くらい難なく積載できる。
分厚い鉄製扉から乗り込んだ一行は微かな振動と共に下へと降りてゆく。
「到着です」
やがて開いた自動昇降機の扉。
黒ずくめ男の声が静かに宣言する。
エレベータの向こう側は大きな部屋になっていた。
何も無い、がらんどうの部屋。
部屋の奥には格納庫のハッチを思わせる昇降式の鋼鉄扉があって、その向こう側から低い唸り声にも似た振動が伝わってくる。
中央付近まで押しやられた二人は、黒ずくめから少し待つように言われた。
「……これだけ要塞化されたんじゃ、生半可な攻撃は通用しないわね」
「水瀬ちゃん、気乗りしない様子だったのに今はやる気満々だね」
「そりゃあ、ラピッドを見せられた以上は、ナイツの端くれとしてはやる気にもなるでしょうよ」
「あ、そっか。ナイツって確か、ラピッド狩りもやってるんだっけ」
「そういうこと。といっても正規じゃないから本当はどちらでも構わないのよね。まあ、成り行き次第ってところかしら」
周囲の人々が二人から距離を開けて取り囲んでいる。
娘さん達は小声でお喋りしつつ、新たな登場人物を待っている。
「相手は全員ラピッドで武装した魔法使い。数は、建物の規模から考えて精鋭が200ってところかな。一般兵も含めて1000人くらいを見積もっておいた方が良さそうね」
「それって一個大隊並みじゃない。いくらなんでも多すぎない?」
「でもAsだってスタッフ全員の数を合わせればそれくらい居るでしょ? 同時期に組織された戦闘部隊なのだから均等に割り振られていたっておかしくはないわ」
「だけど、もしそうだったとして一人で500、やれそう?」
「う〜ん。ラピッドを運用する施設なだけに魔力防御も施しているだろうから壁抜きは難しいでしょうね。となると長期戦覚悟で虱潰ししていくしかなくなるけれど、それもたいがいしんどいのよねぇ」
「やろうと思えば出来るみたいな言い方だね」
「アンタはどうなのさ?」
「相手にもよるけどきっと大丈夫」
「そう。だったら問題は無いわね。仕掛けるタイミングには注意なさいよ」
「は〜い」