黒ずくめの声は若い。察するに30代前後といったところだろう。
見回してみれば確かに周りは民家で、こんな所で派手な立ち回りをすれば一軒か悪くすれば数件が色々と被害を被る事になる。
素手で戦うぶんには問題無くとも、この人数を相手取るなら攻撃魔法の使用も避けられないだろうし。
七海さんは考えて、だったら相手の拠点で暴れた方が手っ取り早い上に後腐れ無くて良いんじゃあないか、なんて結論に至って地面に落とした紙袋を持ち直す。
隣の親友に目配せすると、彼女は慎重に成り行きを見守っている様子だった。
「あたしは行かない方が良いの?」
「どっちでも良いけど、あたし個人としては一緒に来て欲しいな。そのぶん早く終わるし」
「そんなに頼りにされても困るんだけどなあ……」
ヒソヒソと遣り取りする娘さん方。
水瀬さんが苦笑混じりに返すと相方はニッコリと笑顔で頷いて見せる。
つまり、交戦状態に陥った際には彼女にも手伝えと、そう言っているのです。
「分かったわ。でも、せめて荷物は家まで届けて欲しいな」
「ご安心下さい。こちらで届けておきますので……おい」
「はっ」
男は気が長くないのだろう。女性達のひそひそ話に割って入った後は背を向けて付いてくるよう催促するのだ。
ここで待ったを掛けたのはなぜか水瀬だった。
「ちょっと待って。その前に胸のポケットに何を仕込んでいるか見せて貰えないかしら?」
呼び止められて振り返った男は、少しばかり苛ついたのか荒っぽい仕草で懐に手を入れるとそこに収められていた物品を取り出した。
他の人間達も同様に隠し持つそれを提示する。
彼らの手にあったのは拳銃ではなかった。刃物でもなかった。一様に黒く艶光る塊だった。
異世界でも、こちらでも、ラピッドストーンと呼ばれる代物だった。
「これで満足ですか?」
「……ええ、結構よ」
ラピッドは、本当はAMSに搭載するための部品ではない。
ラピッドは、本来は所有者の魔力を増大させ、魔法を行使するシステムを構築するための演算装置であり。
ようするに戦う変身ヒロイン達が振るう超常の力を、それ以外の人々でも発揮できるようにと開発された工業品だった。
そして、そういった代物を所持していると言う事は、つまりは彼らは全員とも拳銃ではなく魔法で攻撃を仕掛けるつもりだったと、そういうことなのだ。
少しばかり鋭くなった目で黒ずくめ達の後を追う水瀬さん。
「……面白い事になりそうじゃない」
誰にも聞き取れない声量で呟く。
別の観点から見ると、彼らが所属する組織では魔法という物の運用体制が確立されているということになる。もちろん製造も含めての話だ。
七海の所属するAsにしても、このオルトロスとかいう戦闘機関にしたって、現政府内で立ち上げられた組織には違いが無くて。
だからといって表だって魔法の情報を公に開示する事はしてなくて。
それはつまり、政府は魔法を運用する事で影から世界に影響を与えようとしているということ。
いや正しくは、あの科学者が在籍するSXSという組織が、なのだろう。
この先、獣魔の存在により窮地に立たされる事になるであろう人類にとっては、それはもしかしたら良い事なのかも知れない。
けれど、少なくとも愛とか正義とか、そういうものの守護者として君臨する女神近衛騎士団とは全面的な対立を生み出すことになる。
なぜなら騎士団はラピッドを犯罪の発生源、即ち『悪』と見なしているのだから。
悪の産物を扱う人間は悪。悪に組みする者も悪。悪は人間ではなく徹底的に屠るべき敵。敵は全て殺せ。
それが古から今に至るまでの女神に忠誠を誓う彼女らの一貫した考え。
結果として神の代弁者を気取る殺戮者達は、そう遠くない未来でこちら側の世界に宣戦布告することになるのだ。
水瀬はすぐ前を歩く背中達に無機質な視線を投げかける。