一体誰がと聞かれれば二人が思い浮かべるのは一人きりなのだけれど、それはさておき。
青年工員は今度は七海さんの方に顔を向けるとポケットから布の包みを取り出した。
差し出されたそれを受け取って開いてみると、そこには銀色に艶光る石がある。
GTX00/SLI『アレンデール』の心臓部とも言える石、ラピッドストーンと呼ばれる物質だった。
「七海さんの機体は一週間ほどメンテで動かせないから、石だけ抜いておいたっス」
「え、そんなにかかるの?」
「オイル交換だけじゃあなくて部品もいくつか取り替えなきゃいけないんで」
「もっと早くできないの?」
「そう思うならもっと丁寧に扱って欲しいッス。データを見せて貰いましたけど、七海さんは操作が荒っぽすぎるッス。AMSは繊細なんスよ」
「あうぅ」
苦笑を漏らす水瀬さん。ガックリ項垂れる七海さん。
若い工員は次の仕事があるからと溜息混じりに去っていく。
そそくさ用事を終わらせた二人は、その足で本部から抜け出した。
就業時間まではまだ幾ばくかあったけれど、七海は隊長として街を見回ってくると言えば誰も反論なんてできないし、水瀬に至っては正規の職員ではないからどこに外出しようと本人の自由。隊長さんの付き添いであれば尚のこと文句を言ってくる人間もない。
商店街を練り歩き、ショッピングモールであれやこれやと買い込んで、ケーキが美味しいと評判の喫茶店『KAMUI』でお茶などしていれば、気が付けば午後5時を過ぎていた。
「水着も買ったし、服も買い込んだし、ストレスも発散できたしで言う事無いね☆」
「七海、この季節に水着って、ちょっと早すぎない……?」
「ん、次の出張先は南の島だから、そこで着るの」
「海で泳いだりして腕、錆びたりしない?」
「大丈夫、水瀬ちゃんが居ない間に何度かバージョンアップしていてね。今のは錆びないしパワーも耐久力も抜群だから、今なら戦車と戦っても負ける気がしないよ!」
「いやいや、戦車と勝負することと水着は関係無いから」
「そうじゃなくて、南の島っていうのが武装ゲリラの動きの激しい場所でね。ひょっとしたら本当に素手で戦車に挑まなきゃいけなくなるかもなの」
「……あんたってば、人生サバイバルを地でいってるわね」
「そう? 褒められると照れるな」
「いや、褒めてないから」
喫茶店を出た後は寮でパスタを作ろうということになって、夕暮れ時のアスファルトに互いの影を落とす。
キャッキャウフフと両手一杯に紙袋を提げて家路を急ぐ。
七海は学生時代に戻ったようにはしゃいでいたし、その親友も苦笑は多かったけれど楽しそうだった。
やがて閑静な住宅地を突っ切り、細い裏通りに差し掛かった二人は、そこで日常と非日常の境目に出くわした。
「柊川、七海さんですね?」
黒ずくめの男が5人、二人の行き先を阻む格好で立ち塞がった。
肩越しに見遣ると挟み撃ちする格好でさらに4人。
そのうちの何人かは懐に手を忍ばせていて、拳銃などを隠し持っているのだろうと容易に推察できる。
七海さんは「今日の運勢、悪くは無かったんだけどな」なんて他人事のようにうそぶくと溜息混じりに両手の荷物を落とした。
「あたしが何者か分かって近づいたって事は、もちろん殺される覚悟もできているのでしょ?」
一歩小柄な輪郭が前に出る。
空気が一変し、男達の間に緊張が走る。
しかし彼らは胸元の得物を引き抜くでもなく、一番手前にいた人間が僅かに進み出ると口を開いた。
「我々は政府直属の特殊部隊『オルトロス』から派遣されてきました。貴女を本部まで案内する任務です。
周辺地域への被害を鑑みて手荒な事はなるべく避けたい。黙って付いてきていただけませんか?」
「オルトロス……暗殺専門の外道集団が周りの迷惑を考えるなんて意外ね」
「外道とは心外です。我々も好きこのんでそういった任務に従事しているわけではないのですよ」