第18話 「白い悪魔、黒い天使」
その日、As本部の格納庫に二人の女が訪れていた。
一人はAsの部隊章と猫を象ったワッペンをそれぞれに貼り付けたジャケットを着込み、通り掛かるスタッフの方々からいちいち会釈される女性、柊川七海隊長であり。
もう一人は長い黒髪を首元で結わえた女性。
二人は年齢が同じでそれぞれに美人だったけれど、身に付けているのがジーンズやらジャケットやらで、しかも化粧と呼ぶほど大層なメイクも施していないから色気もへったくれもない。
「急に押しかけちゃってごめんね七海」
「タイミングが良かったね。先週だったら出張してたから入れ違いになってたわ」
「出張って?」
「米軍基地。細かい事は言えないけれど、新兵の教育とかしてたの」
「そっか、大変だね。そう言えばリュンクスの人達は?」
「みんなも似たようなものよ。年に数回、本部から招集が掛かったときなんかに会うのだけれど、相変わらず忙しいみたい」
「そっか……、山岸君は?」
「徹は元気だよ。でもって来年くらいに結婚するの」
「そう。式には呼んでね」
「もちろんだよ☆ そういう水瀬ちゃんは? ええと、異世界にあるっていう学校に通ってたんでしょ?」
「うん、卒業してからしばらくの間、色々と動き回っていたの」
「じゃあ今は正式になんとか騎士団の一員なんだ。凄いね」
「女神近衛騎士団。通称でナイツね。けど正式にはなってないの。試験で落ちちゃって」
「あらま。ええと、その、気を落とさないでね」
「落ち込んではいないわよ。もう過ぎた事だし」
二人して笑いながら鉄の臭いが漂う中を進む。
二人は幼い頃からの親友だった。
高校を卒業してからそれぞれに別の道を歩む事になったけれど、こうして再会できた事は素直に嬉しい。
七海の親友は高岡水瀬という名前で、実は戦う変身ヒロインとして一緒に戦った事もある娘さんだった。
とはいえ一時は対立していたし、七海から右手を奪った張本人でもあったりするのだけれど。
それでも今は全ての問題が解決されているし、お互いを親友として認め合っている。
「ずっとこっちに居るの?」
「う〜ん。色々とやらなきゃいけない事はあるけど当分の間は暇だし、しばらくはお世話になるんじゃないかしら」
「そうなんだ。じゃあさ、この後お買い物に行かない? 夏に着る服が欲しいの」
「ええ、いいわよ」
「じゃ、決まりね」
どういう経緯なのかは分からないが水瀬さんはAs局長である室畑氏に連絡を取り、しばらくのあいだ客人として居候させるよう約束を取り付けた。
でもって、客人といえど元、というか現役の変身ヒロインなのだから居る間だけでも働いて貰おうという事になって。
それで彼女専用のAMSを新たに新調する事にしたのです。だから二人して格納庫くんだりまでやって来たと、そういう次第なのです。
いや、まあ。色々と思う所はある。
一台で高級車が何台も買えてしまうようなバカ高い機体を、どうして正規雇用されていない人間のためにあつらえるのか、とか。
これを決定した局長とはどういった関係にあるのか、とか。
そもそも変身ヒロインに機械甲冑であるAMSなど着せる意味があるのか、とか。
だけどわざわざ尋ねようとする勇敢な猛者はいなくて。
七海としても親友に会えたというだけで満足していて詮索するつもりも無いようだしで、真相が暴かれる事は無さそうだ。
そうこうする間に、二人はデッキの前までやって来た。
デッキには見た事のないAMSが据え付けられている。
装甲の淵は金色で、基調になっている漆黒色と所々に走る赤い筋とが絶妙な色加減を形作っている。
見てくれははミリィのファントムをさらにゴテゴテさせた感じだ。
その足下に踞っていた若い工員が二人の気配に気付いて慌てて立ち上がった。
「どうも、お疲れ様っス」
「おつかれさま〜」
「その機体が?」
「……ああ、搭乗される方っスね。この機体がGTX02『プレストニア』。開発局から送られてきた新鋭機っス」
作業していたのは二十代前半の青年で、油まみれの作業服ポケットから紙切れを取り出して何かメモを取っている。
「試験運用は明後日からッス。仕様書には目ぇ通しておいてくださいね。……それにしても凄い機体っス。一体誰がこんなの考えたんでしょうねえ」