「ワシらはここで決断をしなければならない」
源八総司令は開口一番にそう告げた。
会議室の壇上に巨大なスクリーンを広げて映写機で幾つかの写真を映し出す老人。
時間はすでに明け方になっていた。
しかし詰めかけた人々は不眠不休の作業で疲れ切っていて、どれもこれも目の下にクマを作っている。
源八爺さんの説明は、獣魔と呼ばれる地球外生命体の存在を明かすところから始まった。
全身を堅い甲羅で覆われた、昆虫の形を摸した生き物。
力が強く装甲の厚いクモ型。ステルス性に長けたゴキブリ型。飛行能力を持つハチ型。とにかく大群で押し寄せてくる軍隊アリ型。
他にも亜種なのかオオエンマハンミョウ型やリオック型。サソリ型にムカデ型と多種多様な獣魔が存在するが、全てに共通するのは人間を捕食するどう猛な肉食獣だということだ。
狐につままれた顔のスタッフ一同は、しかし何枚かの写真を見せられるうちに真剣な面持ちへと変わってゆく。
提供された資料ではアメリカ領内に出現したネストを壊滅させるために米軍は大規模な空爆を実施したらしい。
その後、半瓦解した巣に侵入を試みた軍の一個師団が半日を待たずに全滅、再度の三個師団同時投入によりどうにか殲滅する事に成功したという事実を告げたときには総員が真っ青な顔をしていた。
そしてつい先日、監視衛星から送られてきた写真により、日本領の島の一つ、佐渡島に獣魔の巣が形成されている事が判明した。
島内の街はすでに肉食昆虫共の狩猟場と化しており、生存者は皆無。
島への交通はすでに封鎖されていて、海上保安庁の船がガッチリ固めているらしい。
「これが我が国の現状じゃ。米国以外の国は黙りを決め込んでおるが、遠からずどこも同じになるじゃろう。
なにせ相手は今の時点で推定500兆匹、あと十年もすれば地上を埋め尽くすじゃろうからな」
このバカバカしい数字を述べるときだけ老人は憎々しげに口端を歪めた。
「さて、ここでワシらに突き付けられた選択肢がある。
政府は近々、佐渡島ネストの大規模な殲滅作戦を行うらしい。
自衛隊も総動員させる予定じゃ。Asも出張ってくるし、総力戦になるじゃろう。
そんな戦争へワシらは招待されておる。弾薬も装備も人間も、全てが足りない中での招待じゃ。
しかしこの戦で敗れれば遠からず人類は滅亡するじゃろう。そういう戦じゃ。
時間が惜しいので各自早急に決断して欲しい。ワシはこの作戦に乗るつもりじゃが、皆はどうする。
妻子の事もあるじゃろう。命が惜しい者もあるじゃろう。
ワシはそういった者を非難しない。一度きりの人生じゃ。誰にも己の意志に従う権利があるとワシは思う。
故に、一時間だけ待つ。命を捨てる覚悟をするか、この地を去るか。各々、時間はないが慎重に選んで欲しい」
会議は老人の演説で締めくくられた。
思い思いの面持ちで会議室を去ってゆく背中達。
主要な人々だけが取り残される頃になって、孫娘は老人の胸ぐらを掴んで詰め寄った。
「どういうことよ、このクソジジイ!!」
「うお、なんじゃ雫。ついに家庭内暴力か?!」
「落ち着け雫」
「むうぅ!」
冬矢君に制止されて掴んでいた手を離す少女は、しかし鼻息も荒く総司令を睨み付ける。
爺様の説明では、軟禁されたあの朝、彼は普段から懇意にしていた政治家の家に出向いていたらしい。
そのツテを辿らなければ政治の世界に首を突っ込めないからだ。
しかし目的地に到着する間際になって、黒ずくめの集団に拉致されてしまった。
まあ、要するに先手を打たれたということです。
約束を取り付けていた政治家が裏切ったのか、それともすでに動きを察知されていたのかは分からない。
どちらにせよ黒ずくめ達は政府の手の者で、拉致した老人を現首相の前へと引きずり出したのだ。
そこで行われた話し合い。
それは要約すると、政府に協力して兵隊を出すか、もしくは関係者全員を強制収容所送りにするかの二者択一を迫る内容だった。
老人は考える時間を求めたが、その煮え切らない態度に腹を立てた首相が彼を攻撃部隊の駐留所に送り、ついでに屋敷への攻撃命令を出したと。
そんな経緯だった。