第17話 「逆襲の朝、悪夢の幕開け」
夜襲に一番向いている時間帯はいつだろう。
陽の出ているときは問題外。夕飯時もいただけないし、だからといって深夜十二時前後も人間の意識は明瞭だ。
ならば何時くらいが好ましいのか。
答えは午前2時から4時まで。いわゆる丑三つ時。
この時間帯は大抵の人間が深い眠りに入っていて、覚醒するまでに時間が掛かる。
しかも一日の中でもっとも外気温が下がっているため、身体能力だって低くなっている。
あらかじめその時間に備えでもしない限りは、状況の変化に対応できないのだ。
そういった理由があって、迫撃砲の轟音が最初に鳴り響いたのは午前2時を過ぎた頃合いだった。
『アローヘッド1より各員へ通達。賽は投げられた。繰り返す、賽は投げられた!』
無線機の向こう側から水無月千歳の声と、これに被せて爆発音が聞こえた。
「お嬢様。降下ポイントに到達しました」
「うん、ありがとう」
その上空800メートル地点には軍事色の輸送ヘリが一台。
操縦桿は万能運転手でもある執事が握っている。
如月雫は次にいつ着られるかも分からない明るいブラウン調のブレザー制服を着込んでいて、しかし腰には控えめに見たって不似合いな鋼色のベルトを巻いている。いや袖から出ている手が同系色だから、ある意味では似合っているのかも知れない。
ヘリの後部ハッチにはパラシュートを据え付けた神威MkVがすでに飛び降りる体勢に入っている。
神威は高々度からの落下には耐えられない仕様上、機械ベルトで空中変身なんて洒落たマネはできないのです。
「冬矢君、フォローはお願いね」
『了解した』
インカムで仲間に告げた後、側面ハッチをスライドさせる。
風がゴウと音を立てて少女の髪をなびかせる。
胸中にあるのは友人を救い出そうとする決意と、あとついでに爺様を奪還したいとかいう願い。
執事をはじめとする他の面々は爺様が最優先なのだろうけれど、代理で後始末を負わされた孫娘としてはむしろ運良く生還することがあったなら一発ぶん殴ってやりたい気持ちでいっぱいだった。
「一緒に頑張ろうね、シューティングスター」
腰に巻いた機械ベルトを指先で撫でて、それから飛び出した雫。
吹き荒ぶ風に身を任せつつ、ベルトの作動スイッチを押す。
「――変身!!」
鉛色の皮膜が少女をプレスする形で出現し、有無を言わせずサンドイッチする。
自由落下で膜を突き破ったその四肢はすでに鋼鉄の塊であり、そこからさらに紅蓮の炎に包まれる。
ドンと大地に降り立った輪郭は見るも鮮やかな紅色に染まっていた。
【網膜照合クリア。声紋認識クリア。脳波パターン正常。
――ジェネレータ駆動値を6に設定。バッテリー残量、97%
――システム・オールグリーン。AMS−HD9870EXP『シューティングスター・エクスペリエンス』、起動します】
システムの起動音を聞きながら周囲を見渡す。
それまで見回りをしていたであろう歩哨が数名、何かを叫びながら駆け寄ってくるのが見える。
7メートルほどの高さの鉄塔の上で敵兵が機銃を構えていたが、初弾を吐き出すより先に上空から狙撃されて地面に墜落した。
「さすがね、神威くん」
『褒めるのは生きて帰ってからにしてくれ』
「じゃあ、みんなが無事に帰れたらお祝いにケーキパーティーしましょう」
『どういう理屈だ。というか俺が焼くのか?』
「もちろん!」
『……構わないが、だったら一人で突っ走って怪我なんかするなよ』
「は〜い☆」