冬場だが、鬱蒼と生い茂る木々。出発した時より少しは明るくなっているが、それでも
やはり辺りは薄暗い。皆と別れてから3時間くらい経っただろうか。
音麻呂、歌麻呂、詠麻呂、奏麻呂はそれぞれの場所で法螺貝を吹き、山の反応を伺っているが、
錫杖の反応は無いままだった。
白いお餅状態で鬼子の頭の上に乗っていた般若が、何かに気付いた。
「鬼子ちょぃ止まれ。あの右側の枯木の近くまで行ってくれぬか」
「え?どうしたの般若」
と鬼子は言いながら枯木の近くまで歩いていった。
すると、般若が鬼子の頭の上から【ピョン】と飛び降りた。
般若はその枯木の下にある黒い石を拾い上げた。
「そうか・・・ハチ太郎の鼻が効かん訳じゃ・・・」
そう言い、その黒い石を鬼子に見せた。
「なにか・・その石に何か書いてあるわね。何なのこれ?」
「これは、神代文字じゃ」
「神代文字!?」
「そうじゃ。この文字の配列は、犬の民の鼻を効かなくする為の念が込められておる」
鬼子は目を見開いた。
「じゃ、じゃぁその術にハチ太郎は引っかかってしまった訳なのね・・・」
「そうじゃ。多分このような石を、この山に配置して犬の民の鼻を効かなくする
結界をはっていたんじゃろう」
「じゃ・・・じゃぁやっぱり般若が言っていた・・知恵の有る悪しき輩がいるって
事なんじゃぁ・・・」
般若は腕を組みながら言う。
「う〜ん・・・。推測じゃがな。しかし、そう考える方が普通じゃろぅ。
知恵の有る輩がいると考えながら、こちらも行動する方がえぇじゃろな」
そう言いながら二人はまた歩き出した。
が、鬼子の表情が先ほどから少し曇りがちだ。
鬼子の頭の上に乗っている般若が聞いた。
「鬼子、さっきから変な顔をしとるがどうしたんじゃ?」
「う〜ん・・・。奏麻呂さんはアクセに念を入れてないのに、居る位置が
手に取るように解るのは何故なのかな〜って思って」
「あ!」
般若はそう言い、鬼子に叫んだ。
「鬼子!奏麻呂の所へすぐ飛んで行くんじゃ。早く!」
鬼子は森を裂く勢いで奏麻呂の所へ走りながら飛んでいく。
そして鬼子は走りながら般若に聞いた。
「は・・般若・・。どうしたの?何故急に?」
「ワシとした事が・・うかつじゃったわぃ。奏麻呂の近くにはヒワイドリがいる。
あやつの呪縛を解いた時、以前より増して力が強く成っておる。力が強くなるって事は、
相手からもその位置が解りやすいって事だ」
鬼子の表情が変わる。目が赤く染まっていき、くれない色の着物からはもみじが舞い散る様になった。
鬼子の鼓動が速くなる。その表情は、悲しさを背負っている様にも見えた。
鬼子は無言で奏麻呂のいる所へ力一杯走って行った。
【バッ】
鬼子が突然、奏麻呂とヒワイドリの目の前に飛び出して来た。
突然の事なので、奏麻呂は素早く一歩後ろへステップし、険しい表情で身構えている。
ヒワイドリはその奏麻呂の後ろに隠れていた・・・。