詠麻呂が奏麻呂からヒワイドリを取り上げようと、足を引っ張った。
すると、負けじと奏麻呂も首を引っ張る・・・。
「私のよ〜返してよ〜」
「あんた独り占めする気?貸しなさいよ」
と声を掛け合いながら、ヒワイドリを引っ張り合いしている。
息が出来ない状態で、引っ張られるヒワイドリ。彼には・・もう意識は無かった。
強い・・とても強い人達だ・・・。と鬼子は思った。
ヒワイな言葉を受け流し、自らそれを楽しんでいる・・・。
鬼子には到底真似出来ない光の世の力だ・・・。
歌麻呂、音麻呂もその光景を見てケラケラ笑っていた。
そんな楽しい?時間が過ぎ、車は小さなお寺へと着いた。
本当に小さなお寺だ。本堂と、ここの神主が寝泊りしている建物だけある。鬼狐神社とは全然違う。
参拝客も見当たらない。車の音に気付いたのか、お寺からカラフルな洋服を着た人が出てきた。
鬼子達は、車から降りてその人物に挨拶をする。
ヒワイドリは・・・鶏の姿で、助手席で気を失ったままだ。
「いやぁ〜よう来なすった来なすった。鬼狐神社の人と、響ちゃん所の人達だね!」
出迎えてくれたのは、腰が曲がった見た目80歳過ぎくらいのお爺さん。
白いヒゲが長く伸びた神主さんなのだが、着ている服が・・・
赤、黄、青と・・・原色に近い色の洋服を着ている。
「わしゃぁ〜ココを守っとる神主で、鷲の民の鈴木ちゃんっちゅーんじゃ。宜しくな」
【ちゃん・・・って・・】と皆思い苦笑いしているが、
鬼子の目の色が変わる。もちろん他の皆も同じだ。
「宜しくお願いします。私はひのもと鬼子です」
他の者も挨拶をしたが、頭の中には、“鷲の民”と言う言葉がこだましている。
光の世の民の人達はもちろん、鬼子も鷲の民を見るのは初めてなのだ。
「鈴木ちゃん!鷲の民になってちょうだい!」
奏麻呂が飛び出して行き、そのお爺さんである鈴木ちゃんにそう言った。
怒られると思った鬼子と秀吉は肩を少しすぼめ、鈴木ちゃん(お爺さん)を伺うように見ていた。
鈴木ちゃん(お爺さん)は・・・超ニコニコ顔だった。
「おぉ〜う。えぇじゃろ。その代わりアンタ等のサインをちょうだいな。
わしゃぁ〜詠ちゃん奏ちゃん2人の大ファンなんじゃ。ダハハハハ〜」
「ぇえ〜私達の事を知ってるんですか?ラッキー!」
秀吉が小さく手を伸ばす。目の前の状況が、心の鬼に取り付かれ悪しき輩となった話題とは、
正反対のミーハーな話しになっていたからだ。
「あ・・あのぅ、鈴木さん・・・」
秀吉の声は、鈴木ちゃん(お爺さん)に全く届かない。
「よ〜し!見ておれ」
と、鈴木ちゃん(お爺さん)は言いながら念を軽く込めた。
【バシュー】
凄まじい音とともに、鈴木ちゃん(お爺さん)の姿が変わっていく。
この世の者では無いとてつもない威圧感の有る形相。鋭い爪とクチバシ。鬼子達を覆う様な大きな体と翼。
鷲の形はしているが、どこと無く人間の形も残している。
そして、何より鷲が持ち得る強大な力が、鬼子達を震わせていた。
腰の曲がった先ほどの弱々しい姿はどこにも見当たらない。
「す・・・すごい・・・。こんな事があるなんて・・・」
鬼子は鷲の姿になった鈴木ちゃん(お爺さん)を呆然と見上げていた。