空調の音が、図書室に低く響いている。他の物音は、耳に届かない。
この場所は本来静かであるべきであり、物音がしないのは当然だ。
だが、不必要なまでに静かなような気がして、静奈は身震いをしてしまう。
「ああ、そうそう。一つ、言い忘れてたわ」
ぬいぐるみを抱えたまま、少女が静けさを破る。
その声はしかし、気味の悪さを助長するかのように流れていく。
「女の子が書いていた日記なんだけどね? 普通の日記じゃないの」
少女はそっと、静奈の手元に目を向ける。
そこにあるのは、一冊の本。
タイトルも分からない、手書きめいた書体で記された、まるで、日記帳めいた装丁の――。
静奈の産毛が、総毛立つ。
思わず両手で身を抱いた静奈の目が、少女を捉えた、その瞬間。
「……っ!」
息が詰まり、泣き出しそうになった。
少女は、笑っていた。
上目遣いで静奈を睨めつけ、裂けそうなほどに両側の口角を上げて。
にぃっ……と。
笑っていた。
「妄想日記なんですって。大好きな男の子との甘い甘い甘い、妄想を綴った、まるで小説みたいな、日記。
女の子と一緒に焼かれたその日記がここにあるということは、きっと、女の子も近くにいるわ。
ひょっとしたら、自分と同じような女の子を、同じような目に合わせようとしているのかもしれないわね?」
くすくすと、不安を煽り立てるような笑い声がする。
それから逃れるように、静奈は少女の顔から手元へ目を落とす。
そこには、本がある。
僅か数ページとなるまで読み進めた、本がある。
そして、静奈は気付く。
ずっと気付かなかったのに、不意に気付いてしまう。
今開かれているページ裏が、次のページに貼り付いて、奇妙に分厚いことに。
貼り付いていて開けないが、しかし。
手書きめいた文字の背景となるように。
――赤黒い文字が、シミのように、浮き上がっていた。
「きゃ――ッ!」
堪えられず悲鳴を上げ、本を振り払う。
鳥肌は止まらず背筋は震え、目には涙が浮かんでいた。
世界が涙で滲み、嫌な悪寒が体を包み込む。
逃げるように目を閉ざした静奈の耳に、届いたのは。
「何、今の声……? って、静奈ちゃん!?」
聞き覚えのある、声だった。
恐る恐る、目を開ける。
涙で滲んだ視界に、ウェーブのかかった豊かな金髪の女生徒が映った。
「アリス……さん……っ」
共に演劇を行った先輩――真田アリスの姿に、静奈は安堵を覚える。
瞬間、張りつめた恐怖が解けて思い切り後押しされたかのように、涙が押し寄せてきた。
「アリスさん、アリスさん――ッ!」
「わわ、ちょっと、どうしたの!?」
狼狽するアリスに構わず、抱きついた。
焼きつけられた恐怖を洗い流そうとするように泣く静奈は、気付かない。
ぬいぐるみを抱えたあの少女とあの日記帳が、夕闇に溶けるように消えてしまったことを。