その廊下を歩いているとき、不意にナギサワは、言った。
「『〇〇に成りたい』とか、『△△を目指す』とかって言える人は、ホントに凄いな、って思う」
遠慮がちに、けれど確固たる信念を持った口調だった。
僕は黙っていた。
真意を測りかねた。
代わりに彼女の横顔を見る。
笑ってはいなくて、けれど深刻というわけでもない。
呟くように、「だってさ、」と続ける。
「成りたい希望を言ったとして、それが『お前じゃ無理だ』とか、『素質がない』なんて言われたら、どうするの?
わたしは……怖いよ、そんなの。可能性が、たった一言で潰されちゃう気がする」
その気持ちは、分からなくはない。
僕は具体的な将来像を描けないでいるけれど、もしかするとそれは『否定されるのが怖い』から、なのかも知れない。
希望する将来像を具体的に言ったとする。
それを否定されてしまうと……、なんというか、逃げ場を失ったような気分になる。
その可能性――たとえどんなに僅かな可能性だったとしても――を、いともあっさりと、潰されたような気分になる。
大袈裟に言うなら、他人のたった一言で自分の人生が決定されてしまうような気がするのだ。
そんなの、まっぴらごめんだ。
教室のある棟に戻ってくると、人が増えてざわめきも増した。
すぐにナギサワの友達が彼女を見つけ駆け寄ってくる。
じゃ、と手を上げ、僕は購買部へ向かう。
ナギサワは、きっと仲良しグループの女の子たちとお弁当を囲むだろう。
スタートが出遅れた。ハムカツサンドは、まだ残っているだろうか?
僕は、購買へ向かう足を早めた。