ナギサワ・マイコは、大人しくて地味。教室では目立たないタイプの女の子だ。
肩くらいまでの黒髪を、いつもだいたいポニーテール(短すぎて“尻尾”になってない)か、
片方にまとめて耳の下あたりで結んで垂らしているのだったが、今日は違った。
いわゆる『お下げ』……というのかよくわからないけれど、左右両方に髪をまとめていたのだ。
学校を出てすぐに、バスを待っている彼女の姿が目に入った。
彼女も僕に気がつくと、ひらひらと手を振った。
「今、帰り?」
若干緊張しながら、話しかける。
「うん。今日はバスなんだ。朝、雨ひどかったから。なのに、こんなに晴れるなんて!」
ナギサワは、屈託なく笑って空を見上げる。
朝の大雨をあざ笑うかのように、すっきりとした晴天が広がっていた。
――その髪型、珍しいね。
たったそれだけのことを、僕は言えなかった。
気恥かしさが先に立って、無難な話題を選択してしまう。
「明日から、また天気悪くなるみたいだね」
「うん、しばらくバスで来ることになるかなぁ。でも、バスだと本が読めるから好きだよ」
本が読める、という言葉に、僕の耳は反応した。
僕がネコ耳か犬耳を持つ獣人のたぐいだったなら、きっとマンガみたく『ピン!』と耳を立てたことだろう。
――どんな本を読むのかな。
けれど、当然と言うべきか、僕はその質問をすることなく、
「じゃ」
と言って自転車のペダルを踏み込んだのだった。
さっきの短いやりとりを頭の中で反芻しつつ、自転車を漕ぐ。
ナギサワは、読書家なのだろうか。
教室では、そんな気配は見せない。
休み時間には、仲の良い女子のグループでおしゃべりをしている姿しか思い浮かばない。
ナギサワの読む本。
あの、お下げを耳の上にあげたような髪型。
ひとりっきりで弾くコントラバス。