放課後特有の心躍るざわめきが、仁科学園の廊下に満ちている。
温かな日光の差し込む窓は綺麗に磨かれており、リノリウムの床には埃一つ見当たらない。
この廊下を担当する掃除当番は、ずいぶん丁寧な人物なのだろう。
そんな気持ちの良い廊下の真ん中を、背の低い女子が部活へと向かっていた。
「うーん……」
両側で結んだツインテールが印象的な彼女はふと、その活発そうな顔立ちには似合わないような唸り声を上げる。
「どったの梢? 足が長くなる魔法でも考え中?」
「ちーがーうー。そんなの考えなくていーの! これから伸びるんだから!」
彼女――上原梢は頬を膨らませ、隣を歩く部活仲間をじっとりと睨む。
その様はハムスターのようで愛らしく、けらけらと笑われてしまうだけだった。
笑い声を溜息で流してやると、友人は笑みを呑み込んで梢を覗き込んでくる。
「ほんとどったのよ? なんかアンニュイじゃん?」
さっきの軽口とは違い、割と真剣な様子で聞いてくる友人に、梢は苦笑いを返すだけだった。
「や、ごめんごめん。ちょっと気になってることがあってねー」
決して大ごとというわけではない。
ただ梢は、親友のロマンスについて思い悩んでいるのだった。
梢の親友、河内静奈は牧村拓人に恋をしている。
それも、熱烈な。
愛しの彼をボーっと見つめ、うっとりしていることなんてしょっちゅうだ。
彼のことを話す静奈はとても幸せそうで、とても可愛らしい。
だというのに、静奈と拓人は付き合っているわけではない。
上手くいってほしいと思う。
心底そう思うのだけれど。
二人が特別親しいわけではないのが困りものだった。
彼氏彼女である以前に、親しい友達であるかも微妙だというのが梢の所感だ。
極度のアガリ症の静奈は、拓人とまともに話すことさえできないレベルである。
最近出来た友達である、『後輩ちゃん』こと後鬼閑花の肉食さを多少は見習ってくれればいいのにと思わなくもないのだが、なかなかそうはいかないだろう。
なんとか手伝ってあげたいと思ってはいるのだが、恋愛経験の乏しい梢にはどうにも上手い手が見つからないでいた。
加えて、梢もそれほど拓人のことを知っているわけではない。
少なくとも彼女はいないということはリサーチ済みだが、好きな人がいるかなどはよく分からないのが現状だ。
そんなことを考えていた矢先、梢は視線の端に一人の女子生徒を捉える。
背が高めでボブカットのその人を見つけた瞬間、梢の頭上で電球が輝いた。
「ごめん先行っててっ!」
あっけにとられる部活仲間を置き去りにして、瞬発力に任せ廊下を駆け出し、叫んだ。
「すみません、秋月せんぱーいっ!」