PINKのおいらロビー自治スレ3

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204ほのぼのえっちさん
 夏の草木に囲まれて中庭のお子様プールがぽつんと浮かぶ。お子さま体型の荵のことなので、色気というものは全く感じられない。
しかし、小学生が初めて身に着けるようなパステルカラーの水着は学内で見ると異様に映る。おまけにイヌの浮き輪を片手に
はしゃいでいる荵の姿はどう転んでも場違いだが、なぜか「荵だから仕方ないか」と見るものはあきらめざる得なかった。
 
 「今年の夏はなついねえ!」
 と、浮き輪でバタ足を始めたかと思えば
 「うおー!イヌ掻きすんよっ!わたしのイヌ掻きは最速だよっ」
 と、しぶきを上げる。
 荵の身の丈ほどしかないお子様プールでイヌ掻きすると、水しぶきに包まれてプール自身がうごめいているようにも見えた。

 夏にはしゃぐ者いれば、夏に悔やむ者あり。
 校舎の窓から眺める荵の姿は、制服姿の荵と変わらなかったと迫は諦めにも似たため息をつく。それに口を挟むように
荵を羨ましく思うのは後輩の黒咲あかねだった。出来ることなら荵のように太陽のの日差し、宇宙の恵みに感謝したいけど、
そんな気分ではない。あんなことにならなければ、今頃荵と一緒にはしゃいでいたのかもしれない。無論、お子様プールではないけれど。
 ゆっくり流れる夏の雲。ゆっくりなびくあかねの黒髪。一足速く秋が来たかのような顔のあかねを迫は「諦めろ」とたしなめた。
自分の気持ちがこの国の四季のように流れてゆけば、どんなに自分が楽になるんだろうか。季節ってヤツは利口だ。
春、夏、秋、冬と否応がなしに流れてゆくから、時が物事を解決してくれる。けれども、夏になったばかり。
 秋が遠い。

    #

 「迫先輩は誰かを好きになったことがありますかっ」
 
 答えにくい質問だった。うそは言えないし、本当のことを話すとややこしい。まだ、梅雨の残っている時期だというのに、
雨空を一掃するような答えを返せなかったことに迫は唇をかんだ。雨音が激しい。コンクリの壁から水無月の香りがする。
 迫はとにかく真顔でそんな質問をする黒咲あかねに何とか答えをしてやりたい。でも、それよりあかねがどうしてこういう質問を
してくるのかが迫にとっては重要だった。何故、自分にこんなことを聞きたいと思ったのか、と。
 迫とあかねは演劇部の先輩と後輩の関係というだけだ。迫もそれ以外考えたことは無い。だが、あかねからすれば先輩以上の
想いがあってもおかしくは無いはずだ。迫の答え一つであかねを傷つけるかもしれないと、迫は答えに窮していた。
 
 「どうして、そんなことを聞く」
 「知りたいんです」
 「何故」
 「必要なんです。わたしに」

 あかねは演劇の道に入ってそれ程長くは無い。みんなで作り上げる演劇を魅力的に感じたあかねは部室の扉を叩いた。
そして初舞台での練習のこと、先輩であった迫はあかねのセリフに耳を止めた。それは台本ではなく、アドリブでのセリフ。
誰もがあかねのセリフまわしに心奪われた。この子を逃がしてはいけない、ぜひ文書を書かせなければ……と。
 それ以来、あかねは迫から台本を書くことの楽しさを教えられてきたのだ。ただ、それだけの関係に過ぎない。