「……もう10年、か」
しかし、ポツリと漏らす台の言葉を鈴絵は聞きとれてしまった。
それは台がその話題に触れてもいいという合図だと鈴絵は解釈した。
「そうですね。台先輩が始めてこの神社にきてから10年です」
それでも、あえて直接的な言葉にせず、鈴絵は話す。
やや、躊躇があった。彼がその話題を正面からするのは始めてだったから。
10年前に見た光景。台の両親が交通事故でなくなり葬式がここで行われたことが、鈴絵が台を知った切っ掛けだった。
毎年盆の時だけ。それもほんの少しすれ違うだけの存在。
それでも鈴絵が気になっていたのは葬式の後に台と話した事が理由だったのか。
高校に入り、美術部に入り、始めて台が仁科高校にいることを知った。
もっとも始めて高校で出会った時は、墓参りにくる時の姿とは余りにもかけ離れていて記憶と中々一致しなかったが。
昔のことに思いをはせながら、鈴絵はずっと気になっていたことを始めて尋ねる気になった。
だから、少しの躊躇の後、ゆっくりと、はっきり分かる形で口を開く。
「台先輩は、大丈夫……になりましたか」
それでも、その言葉をだすのは鈴絵にとっては勇気がいる言葉だった。
返ってくる言葉は予想している。そしてそれは、予想通りだった。
「ああ、もう大丈夫だ」
台は明確に答えると、再び台は歩き出し鈴絵の脇を通り過ぎる。
「あ」
緊張から解放された安堵感からか、それともべつの要因か。言葉にならず、鈴絵はそのまま言葉を止める。
代わりに台は歩きながら声だけを鈴絵に掛けた。
「約束3時だったな?」
「はい、遅れないで下さいね」
「分かってるさ」
そして、彼はゆっくり、一歩一歩踏みしめるように奥へと続き、墓地に続く道を歩いて行った。
「……さて、私も準備しないとね」
その背を見ながら、鈴絵もまた準備のために家へと戻るため踵を返す。
彼女の足取りは誰が見ても分かるほど軽かった。