PINKのおいらロビー自治スレ3

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194ほのぼのえっちさん
―――コーヒーの香りが室内に広がる。
インスタントだけど心地よい。匙を添えたカップを盆に乗せ、尻尾を揺らしながら荵は運んでくる。
くるくるとコーヒーの湯気が立ち上り、飲み頃だと自ら教えてくれた。
「わおー!お待たせいたしました。コーヒーでございますっ」
「ありがとう」
徹夜をしてがんばった。眠くて眠くて日中は仕方がなかった。でも、この一口がほんのりと体の底から効く。
はあ、と息を吐くと頬が紅く染まり、京と荵の間の時計がゆっくりとゆっくりと針の速度を緩める。
針仕事で疲れた指の先が休まると、昨夜の疲れもふっと忘れる。仔犬のように荵がまとわりつくと、
殺風景な部室も秋の花咲く庭園に生まれ変わる。コスモスを眺め、仔犬と戯れながらコーヒーを一杯だなんて、なんとも優雅で贅沢ではないか。

「お口にあいますか」
らんらんと尻尾を振って荵。それに微笑み返しの京。
二人だけの時間が流れてゆく。しかし、荵にとってはあかねもこのお茶会の仲間として、ご招待致したいところであった。
「おそいなあ!あかねちゃん」
「あかねちゃん?ああ。あの背の高い子ね」
以前、舞台の衣装を仕立てたことを思い出した京は、あかねの採寸を計るときに興味を抱いたのを思い出した。
「あかねちゃんは元・読者モデルだからスタイルがいいのだ!でも、それをもっと誇りに思うべきなのだ!」とは、荵の弁である。
噂をすれば影。

「ただいま。久遠っ」
寂しいコンビニの袋をぶら下げて演劇部部室に入ってきたあかねの胸に飛び込んできたのは、尻尾とイヌミミを揺らした荵。
ばさっとビニルの袋の中でお菓子が踊る。あかねの口元に荵の栗色の髪の毛がふわりと被さり、柔らかい。
「おかえりなさいませーっ」
「……あ。この間の舞台では、お世話になりました。秋月先輩」
「わおー」
状況が飲み込めないのであかねは立ち尽くすしかなかった、と言うより荵がその場から動くことを許してくれない。
イヌミミを着けた荵が絡みつくし、部室には京が口元を隠して頬を緩ませているし、あかねは一刻も早くその場から立ち去りたかった。
いや、あかねは荵を必要としていたのだ。女の子どうしの!というわけでもなく。
優しく荵を払いのけたあかねは、すっと自分の携帯電話を取り出して荵の目の前に差し出す。
「あの……久遠。さっきいたグラウンドのイヌって……もしかして、この子じゃない?」

あかねの携帯で撮影されていたものは、ぼやけていながらも先ほどグラウンドを駆け回っていたノラ犬そのものだった。
「コンビニで『迷いイヌ』の張り紙を見て、写メを撮ってきたんだけど」
「その子だ!あかねちゃん!捕まえに行くよ!!」
荵が「行くよ!!」と言い終わるか終わらないぐらいの速さで部室を飛び出す。
イヌがイヌを追い駆けに出かけた。何の不思議なことはないではないか。ふわりとあかねの髪が揺れた。
コーヒーを一口。京はまるで二人の姉になったような言葉遣いで、あかねに言葉をかけた。
「荵ちゃんがね、あかねゃんのこと誉めてたよ」
「え?」
「わおー」
あかねの目には京にイヌミミと尻尾が生えているように見えた。