両手でしっかりと向日葵柄のデパートの紙袋を携えて、頬を赤らめる姿は初めて恋人の部屋に向かうときに似ていた。
潤んだ瞳は伊達ではない。心なしか瞬きの回数が多いようにも見えるが、京は小さな後輩を心配させぬようににこりと白い歯を見せる。
荵は目線を上にしながら両手に拳を作り、はっはと期待で胸を膨らませる。それもそのはず。
「荵ちゃん、出来たよ」
「やたー!わんわんおー!」
諸手を上げて歓喜溢れる荵の目の前に、京は紙袋の中身を取り出したのだから無理はない。
上質な生地で繕われ、まるで腕の良い仕立て屋が長い月日をかけて育てた衣類がきれいに折りたたまれている。
ぱあ!
黒く、そして清潔感の溢れる一着のドレス。さらに、せっけんのかおりが漂いそうな純白のエプロン。
「徹夜で作っちゃったんだからね。荵ちゃん」
「うん、ありがとうございますっ。わたくし久遠荵は幸せ者でございますう!」
きゅうっと縮こまりそうな勢いで、荵は破顔していた。そして、秋月京がコスプレ部の部長であったことに深く感謝した。
演劇部は公演の際、コスプレ部に衣装協力を依頼していた。
腕利きの仕立て屋がいる。どこでそんな情報を仕入れたのか、未だに分からないが荵たちが入部するまえから互恵関係であることは確かだった。
演劇部がコスプレ部に衣装依頼をする。コスプレ部は街中の洋裁店を駆け回る。そして演劇部の公演を宣伝する。スポンサーも募っちゃう。
演劇部はコスプレ部の衣装を着て舞台を演じる。もちろん、観衆の目に止まるのはコスプレ部の衣装。もちろんポスターには名前が入る。
そして、今期のコスプレ部の部長は秋月京、人呼んで『魔女の仕立て屋』だったのだ。
「それじゃあ、早速着替えよっか?」
「え……。ここでですか」
「うん」
「あの、端っこで……」
「荵ちゃんが着替えていくところを見たいなーってね」
魔女の呪文が少女に唱えられ、恥じらいを覚える。
さっきまでの無駄なぐらいの元気は魔女に吸い取られたのだ。きっとそうだ。荵が大人しいわけがない。
「全部、ですよね」
「うん」
「笑わない……ですよね」
「うん」
外が見える窓のカーテンを開きながら、魔女はもう一度魔法をかけた。
ベストを脱ぐ。真っ白な荵のワイシャツが眩しい。リボンを外す手がぎこちない。そして、一つ一つボタンを外す。
「見ないよ」
京は優しさを見せるお姉さん。荵は小動物のような妹。そんな関係が目に浮かばないか。
スカートのホックを外して、ジッパーを下ろす間際に荵は躊躇した。
「せんぱい。笑わない……ですよね」
京がゆっくりと頷くのを確認すると、荵は背中を向けて、しゃがみこみながらスカートを足首まで下ろす。
その隙間から見えるのは『くまさん』のプリントが入ったぱんつだった。
くすっと口元に手を当てる京に、荵は気付くことはなかった。