PINKのおいらロビー自治スレ3

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191ほのぼのえっちさん
「わんわんおー!!」
古びたサッシから身を乗り出して、小さな少女が吠えていた。
秋の空気が寒くなったというのに、三階の窓全開で夢中になる後姿はあどけなくも見える。
「久遠、やめてよ」
「だめだめだめ!グラウンドにノラ犬が乱入したから対抗しているのだ!わんわんおぉ!!」
「もう……久遠ったら。学園祭の台本……」
走り回るノラ犬は何処吹く風か、久遠荵の遠吠えに振り向くことなくグラウンドをほしいままにする。
それが許せなかったのかどうかは分からないが、嫌に対抗意識を燃やす久遠は同級生の黒咲あかねを困らせるだけだった。

間もなく学園祭が近づいてくる。彼女ら演劇部としても力の入れようが違う。今回、台本を任されたのは久遠荵と黒咲あかねであった。
大きなイベントということもあり迫ら先輩たちが脚本協力として力添えを行うのだが、主な舵取りは二人に委ねられている。
ここ一番。部室で台本をあーでもない、こーでもないと練っていたところ、窓の外からイヌの鳴き声が飛び込んできて、
筆を取ることに疲れてしまった久遠荵があっさりと、くたびれた心揺り動かされてしまったのだった。
荵の尻尾を振る姿を横目に、あかねもあかねで構成を組み立てる作業から少し遠ざかりたくなっていた。
いくら好きなことでも、たまには気分転換を差し込まなければ続かない。

「久遠、わたしコンビニに買い物行ってきたいんだけど」
「わお?」
「だめ?」
「わおーん!いってらっしゃい」
「うん」と、半ば荵に呆れながらも、あかねは演劇部の部室を後にした。荵を残して。
しばらくすると、グラウンドをあかねが歩いていく姿が窓から見えた。
ノラ犬に吠えられるあかねは長い髪を振り乱して必死に逃げ回る。
「わおー!あかねちゃんを苛めるな!」
長い脚であかねがノラ犬から逃れる。あかねを追い駆けることに飽きたノラ犬は、どこかへと姿をくらませようとしていた。

グラウンドが静けさを取り戻す頃。
ノックの音が。ガラスが響く音が。扉が揺れる音が。荵は「はーい」と答える。
「あの、入っていいかな」
そろりと立て付けの悪い扉を開きながら、中の様子を伺う一人の女子生徒の姿があった。
髪はボブショート、潤んだ黒真珠のような瞳が印象的な子だ。恐る恐る演劇部の部室に足を踏み入れるところからすると、
この少女は演劇部関係の者ではないということを予想することは、それほど難しくはない。ただ、荵とは顔見知りのようであった。こんなに荵の目が輝いているところ、今までに見たことあるだろうか。
そう。「京(みやこ)せんぱーい!ようこそ!」とはしゃぐ荵の歓迎振りから見て、誰もがそう思うだろう。
お辞儀をして部室の床を鳴らすのは、荵やあかねよりひとつ学年が上である高等部二年生。秋月京であった。