それはある日の記憶。
すでに過ぎ去った季節の一つの思い出。
それは当人たちにとっては決して忘れないだろう一つの形。
そして、その時に書かれた言葉は、これまでの、そしてこれからの彼らの進む道を刻んでいる。
セミの声が、やかましい。
全力で夏を謳歌しているその声をうっとうしく感じつつ、
大型台は夏休みにも関わらず美術部の部室に入ろうとしていた。
扉に手を掛け、ゆっくりと開ける。
そこにはすでに人の気配があった。
長い髪を先っぽの方で結んだ少女、神柚鈴絵が難しい顔をして自分のキャンパスをじっと見つめていたが、
台が来た事を確認すると、ぱっと振り向き、満面の笑顔を台に向ける。
台はその笑顔になぜか嫌な予感を感じ、一瞬扉の前で硬直する。
そして、鈴絵は笑顔のままで口を開いた。
「おー台先輩。絵の具チューブ買ってこいよ♪」
「……ほう、部長殿。いい度胸だ。もし俺が右手を痛めてなければ――」
「なければ?」
「……いや、なんでもない」
台が美術部に入ってくるなり満面の笑顔で言ってくる鈴絵に、結局言葉を途中で止める台。
その台に対し鈴絵はにや〜と意味深な笑顔になる。その顔で台は気付くことができた。
「はー。部長、その机の下に置いてあるビニール袋の中身はなんだ?」
「絵の具チューブ」
「だよな」
台は大きくため息を吐くと、描き掛けの自分の作品へと向かう。
一度椅子に座った後、顔を鈴絵の方に向け、疑問をぶつけた。
「しかし、部長殿。一体どうした?」
「後輩ちゃんに頼まれたから」
「……ああ、なるほど」
台はあっさり納得すると自分の描きかけの作品を眺める。
まだ塗り掛けのそれを眺め、台はふとため息を吐く。
画材を何も用意せず、ただその絵を見続けている。
その様子が気になったのか、鈴絵は立ち上がると台の傍までやってくる。