暦の上では、秋である。
日中はまだ残暑が厳しい。夕方になってようやく、体温を奪われているのが分かるくらいの風が吹く。
弄んでいたコーヒーの空き缶を、道端に見掛けた自販機のゴミ箱にぶちこんだ。
季節の変わり目にはコーヒー牛乳だ。タタカイノアトト、フロアガリニハ、ホロニガクテアマイコイツガ、ヨ
クニアウ――
二学期のスタートから数日、俺も夏休みボケからようやくいつもの調子を取り戻した頃だった。……取り戻せ
てないかも。
……夏休み中のしっちゃかめっちゃかな事件のかれこれについては、またの機会に語りたいと思う。海水浴に
出掛ければ後輩に付き纏われ、花火大会でも後輩に付き纏われ、山にキャンプに行けば後輩に付き纏われ、学園
の夏期補習に出席すれば後輩に付き纏われ、喫茶店の茶々森堂では後輩に付き纏われていたばっかりにあまもと
さんの機嫌が悪化し、図書館で勉強をしていれば後輩に付き纏われ、神社の夏祭りではあの不良との戦いを繰り
広げつつも後輩に付き纏われ、夏休み最後の日にいたっては目覚める前から後輩に付き纏われた。夜這いの教唆
すなオカン。もう誰も信じられない。
「あれ松虫が、鳴いている〜♪ チンチロチンチロチンチロリン」
俺に付き纏って夏休みをえらいことにしてくれた後輩は、この日の放課後もしっかり俺に付き纏っている。
自宅に招待してやる気もないので、俺は足を商店街に向けた。
今日は書店でも冷やかそう。「これ! これオススメです。ヒロインが後輩です!」「サブヒロインのが魅力
的ですよね。何てったって後輩です」「それに後輩は出てきませんよ。お金のむだです」とやかましい子が隣に
いるのはアレだが、そこは無視すればいいしな。
「あれ鈴虫も、鳴きだした〜♪ リンリンリンリンリーンリン」
俺の左やや後方で、後輩の声が弾む。
意外といっては何だが、後輩は歌までうまかった。声に雑味がなく、伸びがよく、情感豊かに聴こえる。
このあたりはまだ人気がないが、天下の公道でも羞恥心ゼロというのがまた地味に凄い。
「秋の夜長を鳴きとおす〜♪」
後輩は、誰でも知っている童謡を、原曲よりも軽快に可愛らしくアレンジしてあった。
昆虫たちの騒がしくも賑やかな音楽会といった風情だ。のんびりと聴いていると、楽しいきぶんになってくる。
「ああおもしろい虫の息〜♪」
「おい誰か死に掛けてるぞ」
台無しだ。
ぎょっとして振り返ると、機嫌良く微笑む後輩と目が合った。
彼女はときどき物凄いハイスペックなのだが、しかし大抵はこういうひどいオチのために好感度が溜まってい
かない。高い買い物をしたときに限って店のポイントカードを出し忘れるような女だった。……ただ、彼女の場
合は本当の意味での“ドジ”であるのかは大いに疑わしいため、俺の心に同情はこれっぽっちも湧かないが。
「ちょっとだけ間違えました」
「そうだな」
「どんまいわたし!」
「いいけどさ別に」
どんまいなどと言うが、初めからへこんでいた素振りもない。
俺は「バカバカしい」と口の中で呟き、視線を戻した。