時間論

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このとき問題となるのが、まず見る行為に
全般対象の判断が必要なのかどうか、
(時空と存在そのものは自明としています。)
たとえば、自分の部屋にいますよね。(これは知らないとします。)
最初目をあけます。
で、「なにか」を注視しますよね。
このときに、「なにか」の判断に「見ているまわり」(視覚対象全般)
が「なんであるか?」「どこなのか?」等の判断が必要か
ということです。