「ポストモダン依存症」

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162考える名無しさん
コミュニケーションの破綻といえば、デリダのテクストを読む
際に共時的にフーコー、ドゥルーズ、リオタール等々や、通時
的にマラルメ、ニーチェ、ハイデガー、ブランショ等々と等質
的な空間内に位置づけて知の最前線を自由自在に操る夢に魅了
されないことが大切です。魅力的な「著者」をアメに「読者」
を煽りライバル意識を芽生えさせることをニーチェはルサンチ
マンと呼びました。デリダの『声と現象』のあとがきで訳者の
高橋允昭氏が言うように「彼ら(=デリダとフーコー)のテクス
トに執拗に繰り返されるニーチェ、マラルメ、アルトー、バタ
イユ等」(渡辺守章)の捏造された知の最前線のお伽話に振り
回されるのではなく、注意深い閲覧こそが望ましい脱構築的コ
ミュニケーションとなります。