1 :
考える名無しさん:
2 :
考える名無しさん:2001/08/03(金) 18:56
時間論でマクタガートと大森を対比させて中島が『時間と自由』で
論じていたね。
3 :
WIZ:2001/08/03(金) 19:20
過去を構成するのは映像と音楽である
4 :
考える名無しさん:2001/08/03(金) 19:46
何でやねん!!
5 :
agezou:2001/08/03(金) 19:54
大森さんがなくなってから、もう5年くらい経ちましたかね・・・・・・。
96年から97年にかけての冬だったように思う。
6 :
考える名無しさん:2001/08/03(金) 19:58
惜しい人を亡くしたものです。
7 :
WIZ:2001/08/03(金) 20:00
過去を言語で表現するとは なんとも表現能力に乏しいね
8 :
考える名無しさん:2001/08/03(金) 20:16
映像や音声は今「過去にあったとされるもの」を
再現しているに過ぎない。
9 :
考える名無しさん:2001/08/03(金) 23:18
時は流れる、以上
10 :
考える名無しさん:2001/08/03(金) 23:37
流れているかどうかはともかく、流れることにしておかないと
実生活が成り立たない。
11 :
考える名無しさん:2001/08/03(金) 23:39
>>8 過去にあったとされるものを「再現」しているのではなくて、
「表現」しているだけだぴょん。
12 :
考える名無しさん:2001/08/03(金) 23:53
「表現」というところから判断して過去不在派なのかしら。
ともかくも、この哲学的文脈での過去の有無に関係なく
「再現」でも問題ないように思えるが。
13 :
大森どらえもん:2001/08/04(土) 01:22
大森さんの主張は、「言語化されない過去の経験」というのが、まるでそれが実在しているがごとく一般に言われているので、それは表現上間違ってるでしょう、という主張だと思うよ。
例えば、夢の想起。まだ言語化されていない、もやもやした夢体験がまずあって、それを言語化しているように思うのは間違いであって、夢を思い出し、言語化しているまさにその時に、夢を経験していると言っていい。
それは、言語として表現できない(言語化できない、言葉にならない)ようなものがあって、それを我々が言語化するのだ、という表現上の誤謬を正すことでもあると思う。
夢や描画・箱庭表現に対する意識の関与という点から、臨床心理学の立場から見ても極めて面白い論だと思う。カウンセラーはすぐに言語化って言うけどさ。
14 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 01:24
まあ、そうなんだけど、そこから一歩進めて「実在しない」
っていう哲学的主張にまで敷衍してるでしょ。その吟味ね。
15 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 01:32
大森氏は極端に二元論を嫌っていたから、過去は実在しないと考えるの
は仕方がないともいえる。さもなければ、過去についての我々の記憶が
実在しないと言わざるを得なくなってしまうから。
16 :
大森どらえもん:2001/08/04(土) 01:33
>>14 形而上学的概念の否定ってことですかね。
大森先生の講義を学部で受けたことがあるんですが、そこまではきちんとやらなかったですね。
亡くなられた事は、ここで初めて知りました。ご冥福をお祈りします。
17 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 01:34
18 :
15:2001/08/04(土) 01:45
>>17 いや、思いつきなのであまりうまく説明できないんだが……
一方で過去の事象そのものの実在を認めて、他方で過去についての我々
の記憶の実在を認めると、両者の関係はどうなっておるのか、という疑
問が生まれる。
互いに独立だ、と言ってしまうと二元論に陥るので、大森氏はその立場
をとることができない。
実は我々の記憶は過去の事象から論理的に構成されたものであり、それ
自体で存在するようなものではないんだ、と言うと二元論を回避できる
が、実際に過去の事象から記憶を論理的に構成することなどできっこな
い。
で、過去の事象の実在を否定するほうに走ったのではないか、と思った
わけ。
なんか説明になってないな。
19 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 02:00
>>18 非常に面白い。個人的体験から、ある過去の出来事を記憶しているのだが、
その出来事を共有していた人間達が死んでしまった。すると、
はたしてあれはホントウにあったことだったのか…という疑いが起こるんだ。
自分では確かに、記憶のフロッピーの中にあるように思うし、ありありと
思い出すこともできるのだが、しかしそれを証明する者は誰一人いない。
…自分の記憶と同時にあの過去の出来事そのものの実在も、疑わしい。
実際、居たはずの人間さえ死んで消えてしまうのだから、出来事なぞ
雲散霧消しておかしくはないんだ。疑いはじめると、はたして
居たはずのあの人々まで、ホントウは居なかったのではないか、自分が
居たと思っているだけではないのか?・・・と疑われてくる。
実在とは何か? この自分も、生まれる前は居なかった、そして必ず
消えてしまう、とすれば…いまのこの自分の存在とは何か?
20 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 02:01
なるほど、いやよくわかったよ。
中島の『時間と自由』も読んでくれ。
21 :
大森どらえもん:2001/08/04(土) 02:16
ていうか、「記憶」の実在すらどーでも良いし、実在への問いじたいを不問とにしていたように思う。
その点で。過去の事象そのものの実在と記憶の実在の2項対立は初めから眼中に無かったのではないでしょうか。
論理的な思考において取り扱うべきは、言語となっている経験であり、「在る」と言えるのは言語と、その言語が示す経験であるとしか言えない、とする主張だったと思いますが、どーでしょうか?
22 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 02:18
うむむ、そうだったかもしれん。
23 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 02:29
いや、でも、眼中というか、多少のこだわりはあったでしょう。
ていうか『時間と自由』(ベルグソンじゃないよ)読んでくれ。
24 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 02:30
>>20 みんな中島さんの本読んで知ったんでしょ?
25 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 02:31
いや、大森の本は全部読んだよ。全集欲しい!!
けど、まあ重複いているからね、かなりの部分。
26 :
>19:2001/08/04(土) 02:34
横レス。。。
それ、『豊穣の海』のラストシーンみたいだ。
あれ読んだとき、衝撃を受けました。
27 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 02:34
>13
夢の記憶…について言うと、
夢は「見る」んだよね、まず。
じつに鮮明な映像が、脳の中にある。起きてすぐに
それを言葉にする。そうすると初めて長期記憶が可能になる。
記憶は言葉に「よって」強化され、いつでも呼び出すこと可能な形に
整理されて脳内にしまいこまれる…感じがする。
(言葉にしないままだと、すぐに忘れてしまう。)
だが最初に「言葉にする」時は、あきらかに映像を「浮上させている」んだよ。
映像を思い浮かべながら、それを「言葉」に移し変える。
夢を論理的に経験するのは言葉にしている時だが、
夢を経験しているのは、やはり夢=映像を見て
その中に生きているその時、なのではないか? という気がする。
夢は、哲学にとっても宗教にとっても、脳科学にとっても
キーになる次元だと思う。まだ、何にもほんとうは
わかっていないんじゃないか?<夢
28 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 02:34
並行して三島も語るかい?(藁
29 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 03:05
大森は映像は言語に付随するとしてたね。
30 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 11:33
大森と廣松はどっちがすごいかな?
31 :
坂本 龍一:2001/08/04(土) 12:11
大森だね
32 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 13:29
過去が実在するにせよ、しないにせよ、それを把握する力が人間にはないに
1000点
33 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 13:59
まあ、できるできないに関わりなく「把握」なんてのが
そもそも問題になるのも言語の存在ゆえか。
34 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 14:38
廣松も十分、すげーよ。
35 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 15:57
クククッ・・・馬鹿どもめ
36 :
大森どらえもん:2001/08/04(土) 17:55
なんか、伝言ゲームみたいになってきた(笑)
勝手に好きにやってください。じゃ。
37 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 22:53
でも言語も経験されるんだよねぇ…
38 :
考える名無しさん:2001/08/05(日) 00:28
39 :
考える名無しさん:2001/08/05(日) 23:29
世界の描像が言語に完全に依存するなら
言語習得前は世界は存在しないことになる。
そりゃ、赤ちゃんは、言語が殆ど無い。だから世界の描像も殆ど無い。
というのは納得できても、赤ちゃん内的な世界は無くとも、外的な世界は
存在している。それは第三者から見れば納得できる事。
そうすると、内的な世界の成立の過程は、外的な世界を言語化して
内的な世界描像に変換してから自分の認識となる。
そして、この過程を踏まない認識は無い。
とすると、「私たちに経験されるもの」の中に言語が入ってる。
これは、外的な世界(もの自体界?)を言語世界にそっくりそのまま
変えただけなのではないか?
と思った。
40 :
無名:2001/08/06(月) 04:12
>>21さんに同感。
過去が真に実在しているかどうかは別にしても、
それを信じることに依拠せざろうえないと思う。
「過去は実在しない」と考えるとき、
そのように考えることを自己が正当であると判断するためには、
それまでの経験つまり記憶に依拠しなければならないのだから、
過去の実在を疑っても、疑う行為や判断する行為自体が
既に記憶に依拠していると思うから。
勿論それがイコール過去の実在を保証することにはならないけど。
41 :
考える名無しさん:2001/08/07(火) 02:43
準現在化ってフッサールがいってなかったか?
42 :
考える名無しさん:2001/08/07(火) 13:55
「過去は実在する」とか「過去は実在しない」とかの言葉で
一体に何が意味できるのかを考えよう、
と大森さんは書いてた気がするけど。
43 :
大森どらえもん:2001/08/07(火) 14:18
44 :
agezou:2001/08/07(火) 21:31
昔、坂本龍一との対談本が出てましたね。
朝日新聞社かどっかから。
「音楽を見る、映像を聴く」「私が消える」というテーゼが印象的でしたな。
認識論を形式的に否定していたように思いますな。
まあ、実在と言語表現とは一致しない、ってことで納まるとは思うんだけど。
45 :
考える名無しさん:2001/08/09(木) 00:21
>>44 朝日新聞社→朝日出版社ね。
同じシリーズで、ひろまつと五木寛之(ワラ の対談本もある。
46 :
考える名無しさん:2001/08/09(木) 13:14
大森?ダレ?
47 :
agezou:2001/08/09(木) 13:18
>>45 なんか自信が無くなってきました・・・・・・。
「時を聴く」でしたっけ?
>同じシリーズで、ひろまつと五木寛之(ワラ の対談本もある。
なんか内容が全然イメージできませんねワラ
48 :
星人:2001/08/09(木) 13:34
時を聴く
記憶を聴く
50 :
考える名無しさん:2001/08/09(木) 15:35
age
51 :
考える名無しさん:2001/08/09(木) 16:30
音を視る、時を聴く哲学講義( 全集・双書 、朝日出版社 、¥1165 、大森荘蔵他 、 1982/10 )
52 :
星人:2001/08/09(木) 16:33
53 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 03:15
坂本、哲学の素養はあるのか?そもそも(何であれ)論じれるのか、この人?
龍との対談とか酷すぎるもので、テレビもね。
54 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 03:51
>>53 うーん。音楽著作権擁護のサイトのタイトルを見ると、
哲学的な素養は皆無に近いのではないかと思いますよ。
55 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 03:55
だとすると大森が一方的に喋ったのかな?
よく引き受けたね。
56 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 03:58
タイトル:自由を我らに
57 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 04:00
なんだそりゃ(w?
58 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 04:04
坂本龍一が運営している、音楽著作権擁護のサイトのタイトル。
ね? 哲学的素養なさげでしょ?
59 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 04:19
ないんだろうね。
60 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 04:34
少なくともセンスはないな。
61 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 04:36
頭もないよ。
62 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 04:41
きっつー
63 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 04:46
音楽もクソだよ。
64 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 05:01
put your hands up とか、opusとか良くない?
65 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 05:03
う〜ん。あんまり・・・
66 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 05:04
・・・だよねえ。
67 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 05:10
坂本、逝ってよし!
68 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 05:19
69 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 05:20
そうでもないよ。
70 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 05:21
なんじゃそのあいまいな答えは! 逝って良し(ワラ!
71 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 05:23
おまえがな〜!!
72 :
70:2001/08/11(土) 05:23
おれがな〜(ワラ!!
73 :
70:2001/08/11(土) 05:25
よっしゃ!お前の行動は、見切った! 完全に!・・・フ、さすが「オレ」。
74 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 05:26
フ、見切られたか・・・むふふ・・
75 :
70:2001/08/11(土) 05:27
な・・・なんだ・・・その含み笑いは・・・
76 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 05:28
さあ、どうなることやら。ウヒヒヒヒヒ・・・・
77 :
70:2001/08/11(土) 05:29
く・・・見切ったはずなのに・・・なぜだ・・・す・・・睡魔が・・・。
78 :
考える名無しさん:2001/08/11(土) 05:30
逝ってらっしゃ〜〜〜い・・・・
79 :
70:2001/08/11(土) 05:30
ね・・・眠い・・・
80 :
考える名無しさん:2001/08/12(日) 05:28
過去なんて概念があるから・・・
言語によって、永遠の現在から引き剥がされたから・・・
81 :
考える名無しさん:2001/08/12(日) 20:31
イントラ・フェストゥム!
>>80 我々の精神は今現在においてはそのようにあるしかなかったのです
この先はどうなるか知りませんが