1 :
考える名無しさん:
論理が正しいのはなぜですか?
2 :
考える名無しさん:2001/05/17(木) 02:31
>1
野矢先生が言ってたので間違いないと思ふ。
>>1 悪いことは言わん。
数学板へ逝け
ここの連中では手におえんよ。
4 :
婦裸豚:2001/05/19(土) 01:18
>>1 最小限論理としての公理が実在に対応しているからです。
5 :
名無しさん:2001/05/19(土) 01:28
論理学を学べ!今すぐこの本をネットで注文しろっ!って言う本を教えてっ!
おねがい!哲学徒!こっちを向いてっ!私を抱いてっ!そしてキスして!
6 :
名無しさん:2001/05/19(土) 01:51
>5 レモン「論理学初歩」世界思想社
7 :
考える名無しさん:2001/05/19(土) 12:50
『論理哲学論考』
鷲田コヤタ大先生の「倫理がわかる事典」
9 :
考える名無しさん:2001/05/19(土) 17:11
論理が正しいかは
>5
「論理的に話す方法」「論理的に書く方法」「論理的に考える方法」
「論理的に説得する方法」 小野田博一著 日本実業出版社
これらを読んでください。お勧めは、「〜考える方法」です。
これを読んだら、自分が日常的に疑問を抱かずに使っている概念を
論理的に再検討する作業をしてください(たとえば、人、時間、国家、
ウソ、事実、科学、親子)。
11 :
考える名無しさん:2001/05/20(日) 00:13
>>4 質問です!
その公理が「実在に対応している」ということは、どうやってわかるんですか?
公理が正しいことはどうやって証明できるんですか?
12 :
4ではありませんが:2001/05/20(日) 00:32
>>11 >公理が正しいことはどうやって証明できるんですか?
ちょっと簡単な突っ込み。公理っていうのは議論を展開する
上で前提とするもの。だから、公理に対して証明は求められ
ないし、矛盾さえ認めなければどのような公理を設定しても
よいというのが公理的アプローチ。例えば、有理数・実数の
性質や公理的集合論は幾つかの公理(外延性公理や正則性公
理など)より出発して議論を積み立てていきますよね。その
際の公理の組み合わせは設定は別に一意的ではなく、また幾
つもあるといった具合です。
13 :
11:2001/05/20(日) 00:39
>>12 お答えありがとうございます!
追加質問でーす。
>矛盾さえ認めなければどのような公理を設定してもよい
矛盾が認められてはならないのはなぜですか?
14 :
見物人:2001/05/20(日) 00:44
11の定番なツッコミに、12の知識自慢な反論。
待ってました、とばかりに、12は11の餌食にされて、
自慢の鼻を圧し折られてしまうことでしょう。
啓蒙的ではあると思うけど、
ちょっと食傷気味の展開。
15 :
12:2001/05/20(日) 00:51
>矛盾が認められてはならないのはなぜですか?
非常にラフに言いますと、例えば集合論において厳密に公
理を設定しておかないと(つまり曖昧なままにしておくと)
ラッセルのパラドックスといわれる厄介な現象がでてきた
りします。こうした問題を回避するためというのが理由で
す。
16 :
吾輩は名無しである:2001/05/20(日) 00:53
矛盾してもいいということになると何でもあり
ということになり、困るからだが、
むろん困ってもいいのなら、矛盾もOKです。
ただ困るということのなかには死んでしまうということも含まれています。
17 :
12:2001/05/20(日) 00:53
18 :
電波:2001/05/20(日) 00:59
>>1 本で論理学を勉強してもいいと思うけど、
論理学はきちっと数学を勉強したら身につくことだと思う。
数学を勉強したら論理学を勉強する必要はないって、実はよく言われることがあるんです。
もしも君が数学が得意だったら、実益的には論理学はもう勉強する必要がそんなにないと思う。教養として勉強したいんなら話は別なんだけど。
19 :
いいだ:2001/05/20(日) 01:03
論理が正しいことを規約で根拠づけることは困難でしょう。
明示的な規約が別の規約から導出されたものであることを認めるかぎり、
この導出は無限個の列になります。
つまり、規約主義は破綻するということです。
20 :
電波:2001/05/20(日) 01:05
ここって「論理が正しいのはなぜか」っていうテーマだった。
スレの内容を見て「論理学を勉強するのにいい本は何か」って聞いているんかと思った。
よって
>>18は論理学を勉強することについて。です。
21 :
電波:2001/05/20(日) 01:21
>>1 スレの内容に合ったレスでも。
ゲーデルは論理が正しいとは言い切れないって証明してノーベル賞を貰ったと思う。
それもあるし論理は正しいとは言い切れない思う。
ただ、論理が正しいと信じないと、文化的にも社会的にも精神的にも正常に生きてはいけない。
だから盲目的に信じないといけない。論理はそういう性質のものです。
23 :
考える名無しさん:2001/05/20(日) 01:43
なんか哲学板だとこの先の実りある議論を期待できない感じ。
ウダウダと誰かの言説を神託のごとく崇めるのに熱中してて、
こういう系統の議論は苦手なのかな?
24 :
11:2001/05/20(日) 01:45
>>15 うーん、お話が専門的でよくわからないのですが、
矛盾が認められないのはラッセルのパラドックスが公理が出てくるからですか?
それから、ラッセルのパラドックスが厄介なのはどうしてなんでしょうか。
>>16 矛盾を認めると死んでもいいことになるのはなぜですか?
25 :
>23:2001/05/20(日) 01:46
>実りある議論
とは、どういう議論をゆうのか言及しないと、
根拠もなく見下して、優越感に浸ってるバカになっちゃうぞ(ワラ
26 :
11:2001/05/20(日) 01:55
訂正でーす。
>>24の「が公理が出てくる」の「公理が」は無しでーす。
11って何かやけに素朴な人だな。
いや、なにも知らないだけか、、、
うん? もしや羊の皮を被った、、、
28 :
12:2001/05/20(日) 02:19
>>24 >矛盾が認められないのはラッセルのパラドックスが公理
>が出てくるからですか?
日本語が錯綜しているところをみると、私の解説が少し不親切
だったみたいですね。ラッセルのパラドックスが出てくるのは
厳密に公理を設定していないからに他なりません。具体的には、
集合を「すべての集合のあつまり」と曖昧に規定したからです。
この場合は公理の矛盾と言うよりは、曖昧さといった方が無難
ですね。
さて、本題として矛盾が認められないというのは簡単です。
例を作ってみましょう。集合論で、零集合公理(元を一つも
持たない集合が存在する)と矛盾する公理を設定してみまし
ょう(つまり、元を一つも持たない集合は存在しないという公
理(これを公理αとしましょう))。このとき元を一つも持た
ないA={}を考えてみましょう。すると、これは零集合公理から
このAは集合とみなしてもよくなりますが、公理αを満たさない
ためにAを集合とみなすことができないという具合になり議論が
破綻してしまいます。そうした議論の破綻を回避するために矛
盾のない公理を設定するというわけです。
>それから、ラッセルのパラドックスが厄介なのはどうしてなんでしょうか。
ラッセルのパラドックスをご存知ないみたいなので、簡潔に申し上げると、
ラッセルのパラドックスが厄介であるというのは、先に述べたように、曖
昧に集合を規定したため、その規定を満足するにも関わらず集合をみなさ
れないものがでてきてしまうからです。
29 :
考える名無しさん:2001/05/20(日) 02:31
30 :
12:2001/05/20(日) 02:36
31 :
12:2001/05/20(日) 02:37
訂正:
>>25,
>>29へ
23は単なる煽りだから、気にする必要はないと思いますよ。
32 :
考える名無しさん:2001/05/20(日) 03:37
>矛盾が認められてはならないのはなぜですか?
矛盾を定理として導いてしまうような公理系は、実はいかなる任意の命題も定理
として導出してしまうような公理系なので(これはちゃんと当該の公理系の中で
証明されなければならない。ここで直感とかに訴えちゃだめだからね)、極めて
不健全な(=我々が望んでいないような命題まで定理として導出されてしまう)
公理系だから、ってだけではダメなんですか?
33 :
考える名無しさん:2001/05/20(日) 03:42
34 :
32:2001/05/20(日) 04:12
>>33 若干言葉を補うなら、
「矛盾が認められないのは、矛盾を定理として導いてしまうような公理系
はいかなる任意の命題も定理として導出してしまう公理系であるので、そ
のような公理系は、何らかの目的の下で公理系を構築しようとしている我
々がその公理系の定理であってほしいと考えている以上の命題までも、定
理として導出されてしまうような公理系であり、それはもはや公理系とし
て意味をなさないから」って感じですかね(まわりくどい言い方だけど)。
で、「ある公理系が我々がその公理系の定理であってほしいと考えている以
上の命題までもを定理として導出してしまう」場合、そのような公理系を不
健全な公理系と呼びます(これは論理学のタームとして)。
>何らかの目的
この目的は、具体的にはどのような目的がありますか?2,3個例示していただけるとしわ寄せ。
36 :
考える名無しさん:2001/05/20(日) 09:11
論理がなぜ正しいかの答えは全然出てないんじゃない?
そもそもそんなのむりじゃない
36さんの「正しい」って、なあに?
38 :
考える名無しさん:2001/05/20(日) 18:33
だからそれは1に聞いてよ
よって1が異議しなければ、それについては無事終了だね
40 :
考える名無しさん:2001/05/20(日) 23:01
>>39 なんで?
結局極端にいうと論理教を信じるということでは
41 :
考える名無しさん:2001/05/21(月) 00:28
42 :
咲也:2001/05/21(月) 00:42
なんか無茶な議論が続いているようですが、
矛盾は論理の性質ですので、矛盾そのものを議論するのに
集合論(あるいは同等な記述力を持つ型理論)に依存する
Russell Paradoxを第一義的に持ち出すのは不適切です。
それから矛盾を持つ論理が役に立たないわけではありません。
人工知能や哲学などにおける信念の改訂に関する論理や、
計算機科学における計算に対応する論理などでは矛盾した論理が出てきます。
また数理論理学以外の数学で必要とされるのは論理学のごく一部であり
現代の論理学の豊かな結果はむしろ上記の分野で用いられています。
ですから数学だけやっていれば十分というのは当たっていません。
43 :
考える名無しさん:2001/05/21(月) 00:52
>>42 前提が矛盾しているのが問題ということを議論していたのでは?
結果が矛盾するという事態は当然でてくるのは分かりますが。
44 :
11:2001/05/21(月) 01:08
>>28 ご説明ありがとうございまーす!
零集合公理のところがよくわからないです。
なぜ零集合公理と矛盾する公理αを設定しなければならないんですか?
議論が破綻するのは単にそれを設定したからとはいえませんか?
もう少し詳しく教えていただければ幸いでーす m(._.)m
45 :
12:2001/05/21(月) 01:15
>>42 >矛盾は論理の性質ですので、矛盾そのものを議論するのに
>集合論(あるいは同等な記述力を持つ型理論)に依存する
>Russell Paradoxを第一義的に持ち出すのは不適切です。
前にも書いてある通り、これを持ち出したのはなぜ公理的アプロ
ーチが要請されるかということに関してで、公理の矛盾うんぬん
を議論したものではないです。
>>44 >なぜ零集合公理と矛盾する公理αを設定しなければならないんですか?
>議論が破綻するのは単にそれを設定したからとはいえませんか?
その通りです。だから、公理を設定するのに際し、矛盾があってはならない
と論を運んだ次第です。
46 :
11:2001/05/21(月) 01:15
>>43 >人工知能や哲学などにおける信念の改訂に関する論理や、
>計算機科学における計算に対応する論理などでは矛盾した論理が出てきます。
どのような論理なんでしょーか? 簡単にご説明いただければ幸いでーす m(._.)m
47 :
12:2001/05/21(月) 01:17
補足します。公理に矛盾があってはならないです。
48 :
咲也:2001/05/21(月) 02:47
>>45 15の問答において、論理において矛盾が許されないのはなぜか、という問に
厳密に公理を設定しておかないとRussell Paradoxのような
矛盾が出てくると困るから、というのでは答えになっていません
(その後の展開に11と12の双方が満足しているようなので
別に口出しする筋合いではないかもしれませんが)。
まず矛盾とは何か、そしてそれが困ると思われるのは何故か
ということが考えるべき問でしょう。
前のコメントはそれを促す実例を挙げました。
またこれらは技術的な問でもあります。
もしきちんと議論するなら、まず論理が矛盾するということを
技術的にきちんと定義してみてください。
ただし論理は一般に否定や矛盾を表す記号を含むとは限りません。
そうすればさかのぼって問題点も見えてくるでしょう。
49 :
12:2001/05/21(月) 03:21
>>48 >15の問答において、論理において矛盾が許されないのはなぜか、という問に
>厳密に公理を設定しておかないとRussell Paradoxのような
>矛盾が出てくると困るから、というのでは答えになっていません
先ず申し上げておきたいことは、私は論理の矛盾は一切問題としていま
せん。「公理」の矛盾が許されないということを問題としていました。
そして、ラッセルのパラドックスは公理の矛盾の例として不適当である
ということも既に述べました(代わりの例を自分でつくりました。そし
てラッセルのパラドックスは公理の矛盾というよりは曖昧さ(より正確
には定義の曖昧さ)から出てきてくるので、公理的なアプローチが要請
されるという感じで論を運びました。従って、ラッセルのパラドックス
を持ち出したのは公理的なアプローチが何故必要なのかということに対
する簡潔な回答ということで、当然論理に於いて矛盾が許されないのは
なぜかということについての回答ではありません(し、そういう問題を
取り上げていた積もりも全くありません))。どこで誤読があったので
しょうか。
50 :
咲也:2001/05/22(火) 01:33
>>49 そろそろしめたほうがいいでしょう。
おそらく通常の数学などの公理的手法を考えていらっしゃるのだと思いますが、
もちろんそのようなときには大抵矛盾は困ります。しかしすでに挙げたように
論理や理論(公理系とおっしゃっているのはこちら)に
おける証明の構成や簡約の過程そのものが
問題となるような場合には矛盾する論理や理論が意味を持つ場合もあります。
ですから、論理や理論で矛盾が許されないとは限らない、というのが答です。
ちなみに論理の矛盾と理論の矛盾で定義に違いがあるわけではありません。
非論理公理が空かどうかということだけです。
12さんのようにそれらを分けたくなるのは
論理や理論の特定の使い方が念頭にあるからだと思われます。
単なる雑談なら別に好んで厳密な議論をする必要はありませんが、
論理に矛盾が許されるかどうか、というような根源的な議論をするのであれば
そこもきちんと省みなければならない、というのが言いたかったことです。
>>50 論理的に正当でない議論であっても、論理的な議論を支える公理系を
構築するときに有用性を持つことがあり、その段階の有用性を承認するならば、
「論理に矛盾は許される」こともあるよ、という理解でOKですか?
52 :
11:2001/05/22(火) 05:22
>咲也さん
>>42 >人工知能や哲学などにおける信念の改訂に関する論理や、
>計算機科学における計算に対応する論理などでは矛盾した論理が出てきます。
例えばファジー論理では、真理値が0以上1以下の実数値をとりますが、
Aの真理値が1の場合、¬Aの真理値は0となり、
A∧¬Aの真理値は0となる、すなわち矛盾は否定されるそうですね。
咲也さんのおっしゃる「矛盾した論理」というのは、どんな論理なんでしょうか?
>>48 >もしきちんと議論するなら、まず論理が矛盾するということを
>技術的にきちんと定義してみてください。
技術的にですか? 非専門家のぼくには荷が重いです。
咲也さんならどう定義されますか?
>ただし論理は一般に否定や矛盾を表す記号を含むとは限りません。
不勉強のため、否定や矛盾の概念を含まない論理を知らないのですが、
それは具体的にどのような論理なんでしょうか?
>>51 >論理や理論(公理系とおっしゃっているのはこちら)における証明の構成や
>簡約の過程そのものが問題となるような場合には矛盾する論理や理論が
>意味を持つ場合
「意味を持つ」の意味がよくわかりませーん。それに、証明においてはむしろ
古典論理的な矛盾が求められるのではないですか?
詳解をお待ちしていまーす(^人^)
53 :
51:2001/05/22(火) 06:24
>52
>42の引用に関して
「例えば〜」以下で、ファジー論理云々と書いてらっしゃいますけど、
ファジー論理云々について言明できるのは、公理系として、真理値を〜のように
「規定してから」の段階においてであって、
咲也さんが指摘していた段階の話ではないのでは?
>48の引用に関して
私も門外漢なので、わかりません。
>51?の引用に関して
意味という語を、ここでは「議論の実益」という意味で使ったのでは
ないでしょうか?
「証明においてはむしろ古典論理的な矛盾が求められる」という部分は、
意味がわかりません。
私からも詳解をお願いしたいです。
ところで、論理が正しいのはなぜか?については、
一般的には、「矛盾は、論理的でない」ととらえられているが、これは誤解であり、
論理的構成法という総合的な視点から(1が立てた問いのような観点から)
考察するなら、矛盾はその中に位置付けられるというべき、という理解で、
よいのではないでしょうか?(咲也さんが42でおっしゃっているのはこのこと
でしょうか?)
論理は「公理系(規約)の中で」真偽を「確実に」導出できる、という点にその利点と欠点?が
あります(これはゲーデルが「完全性定理」の方で言っていることらしいんですが、
私は正確に理解していないのではっきりとは言えません。「不完全性定理」の方は、
公理系自体が正しい事を、(普通つかわれるような)公理系によっては証明できない、
というようなことだったと記憶しているのですが・・・)。
これは決定可能性が公理系内では保証される(規約に沿っているか、反しているかを
決定可能である)っていうことですよね。
これは言い換えれば、公理系内で矛盾しているということを示した言明は、
「(偽であるという言明が)正しい」という言い方だってできる、
ということだから、上のように(矛盾はその中に位置付けられると)
考えるんですけど・・・。
あと、実際上の議論においては、正しさは「変数」をいかに正確に認識し、
それを検証するか、という点で決まってくる部分が(かなり)大きくなるので、
10が最後の方で書いているような点を考えるほうが、「論理的であれる」
ように思えます。
なんか、かなりいいかげんな事を書いてるような気がしなくもないです・・・。
もしすっごい間違いをしていても、どうかお手柔らかに指摘をお願いします。
54 :
11:2001/05/22(火) 13:28
>>53 >ファジー論理云々について言明できるのは、公理系として、
>真理値を〜のように「規定してから」の段階においてであって、
>咲也さんが指摘していた段階の話ではないのでは?
咲也さんは「人工知能や哲学などにおける信念の改訂に関する論理や、
計算機科学における計算に対応する論理などでは矛盾した論理が出てきます」
と明言しておられるので、 当然「規定してから」の段階の話のようでーす。
>意味という語を、ここでは「議論の実益」という意味で使ったのではないでしょうか?
すると、「矛盾する論理や理論が意味を持つ場合もある」というのは「矛盾する
論理や議論が実益を持つ場合もある」という意味になりますが、どんな場合ですか?
>「証明においてはむしろ古典論理的な矛盾が求められる」という部分は、
>意味がわかりません。
咲也さんは
>>50で「証明の構成や簡約の過程そのものが問題になる場合は、
……論理や理論で矛盾が許されないとは限らない」と書かれましたが、矛盾が
許されるこのような場合の例を知りたいんです。ぼくは矛盾律を前提にした証明
の評価の仕方しか知らないので、こう書いたわけでーす。
55 :
51:2001/05/22(火) 23:04
>>54 >咲也さんは「人工知能や哲学などにおける信念の改訂に関する論理や、
>計算機科学における計算に対応する論理などでは矛盾した論理が出てきます」
>と明言しておられるので、 当然「規定してから」の段階の話のようでーす。
私には、規定する前の話のように思えるのですけど・・・。信念も、計算(方法)も
公理系ですよね?
>「矛盾する論理や議論が実益を持つ場合もある」という意味になりますが、
>どんな場合ですか
私が53の後段で、述べさせてもらったように、矛盾している事を指摘することが
議論の実益をもつ場合があるよ、というその通りの意味です(ただ、咲也さんが
おっしゃているのもこの意味かどうかについては、判断しかねます)。
矛盾していること=公理系内で、偽であることが示されたこと、が
実際上役に立つ(「君の言っている事は、矛盾している」だから、「矛盾した
議論は止めるべきだ」という言明は、正しい)ことがある、ということです。
真偽は論理的体系内でなされた判定であって、議論の実益がその判定によってのみ
決まるかのように言うのは誤り、といったところです
(あくまで私の考えによれば・・・です)。
>矛盾が許されるこのような場合の例を知りたいんです。ぼくは矛盾律を前提に
>した証明の評価の仕方しか知らないので、こう書いたわけでーす。
うーん、ここは私もよくわからないです。ごめんなさい。
ここは、やはり咲也さんをまちましょう。・・・と言いたいところですが、
少し考えてみます。
うーーーん。たぶん、「許されないとは限らない」の意図は、
矛盾が正当である、という意図から、おっしゃられたのではなくて、
矛盾した議論(決定不可能な命題)が生じてきた場合、
公理系の修正を迫られる場合があり、そのとき、その矛盾した議論は
意義をもつことになる、というようなこと(不完全性定理の話?)を
おっしゃっているような・・・。むむぅ・・・。まいりましたぁぁ・・・。
56 :
51:2001/05/22(火) 23:10
咲也さん、カムバーーーーック!!
スレッド下がっちゃったから、終わったと思っているのかなぁ・・・。
もしかして。
あげても、いいですかね。といいつつsage。
57 :
51:2001/05/22(火) 23:13
やはりageよう・・・。12番さんも、ぜひ、加わってください〜。
58 :
いいねぇ:2001/05/23(水) 07:15
(゚д゚)マイウー
59 :
〒□□□-□□□□:2001/05/23(水) 20:12
突然ですけど
歩く=動詞
動詞=名詞
∴歩く=名詞
この詭弁の論理的な説明の方法がわかる方います?
あともう1つ、
事件の容疑者となった人を実名報道すべきかどうか、という問いかけに、
ある新聞社員が
『実名報道しなければ、その事件そのものがフィクションになる。』
と答えた。
この発言の詭弁を見抜け。
これ見抜ける方いらっしゃいます?見抜けなくて困ってます
厨房な書き込みでスマソ。。
なんすか、コレハ...
>動詞=名詞
61 :
考える名無しさん:2001/05/23(水) 21:53
62 :
考える名無しさん:2001/05/23(水) 21:53
>歩く=動詞
>動詞=名詞
>∴歩く=名詞
多分使用と言及の混同じゃない?
「歩く」という言葉の品詞は動詞である。(「動詞」は使用されている)
「動詞」という言葉の品詞は名詞である。(「動詞」は言及されている)
分かりやすい例
小泉純一郎=総理大臣
総理大臣=漢字4文字
小泉純一郎=漢字4文字
1/2は分数である。
1/2は0.5である。
0.5は分数である。
もう一つの方は、
端的に
>『実名報道しなければ、その事件そのものがフィクションになる。』
が成立しないような気がするけど。
なぜならば、事件の事実性(事件が実際にあったと判断できる根拠)は
容疑者の実名に依存しているわけではなく、被害者の存在や、事件の
目撃者の有無や、事件を裏付ける物的証拠など様々なものに依存している
から。
63 :
およよ:2001/05/23(水) 22:59
う〜ん、、
基本的に、理論内における矛盾の存在が許されないのは、論理法則の一つである
Omnes Ex Falso のため。要するに、矛盾が存在する場合には、任意の命題がその理論
から論理的に導かれてしまうからなの。全ての命題を導出する理論が、非常に
デンジャラスなものであることはよろしいですね?
とはいえ、科学や数学の歴史を顧みて、形式化されてはいない現実の中の
理論を観察すると、その初期の段階においては明らかに矛盾をはらんだ
理論というものも存在し、かつ、科学や数学の発展に寄与していることは
疑い得ないのだよね。
じゃあ、その初期の理論が科学者や数学者に活用されていたその活用のされ方を
形式化するにはどうすればいいんだろうか?それには通常の論理体系は使えない
んじゃなかろうか?ってかんがえて、理論に矛盾があっても多少は大丈夫な論理も
研究されてるの。
詳しいことが知りたければPriest の本でも読んでくれ。
64 :
考える名無しさん:2001/05/23(水) 23:14
⊂、⊃をつかわず、イコールで結ぶのがおかしいのか?
65 :
電波:2001/05/23(水) 23:20
1週間ぶりぐらいの哲学板です。
>>59 明らかに違うから何処がどのように詭弁になっているのかすら解らなかった。
66 :
考える名無しさん:2001/05/24(木) 02:06
>>59 つうか
日本語でも、英語でほかの言語でも、少しの文法知識さえあれば、
動詞=名詞でないことがわかるよ。
形が一緒に見えるだけでしょ。
配語を考えればわかるはず。
論理学の問題じゃないよ、もはや。
アホすぎ。
67 :
考えるのきらい:2001/05/24(木) 02:51
66は61を見た上で言ってるのかな
68 :
考える名無しさん:2001/05/24(木) 04:12
>>67 あ、すまん。確かにそうね。
でも、
それなら
30キロ=距離
距離=時間
∴30キロ=時間
とおなじじゃないの?
69 :
考える名無しさん:2001/05/24(木) 04:19
>>68 訂正
30キロ=空間
空間=時間
∴30キロ=時間
だった。
70 :
考える名無しさん:2001/05/24(木) 07:17
(゚д゚)マイウー
71 :
考える名無しさん:2001/05/24(木) 11:24
せめて
歩くという単語は動詞である。
動詞という単語は名詞である。
故に、歩く=名詞である。
ぐらいに書いておけ。
意味がわからない詭弁なんてないぞ。
72 :
〒□□□-□□□□:2001/05/24(木) 14:53
>>62 ありがとうございますー
めちゃくちゃわかりやすいい例とか挙げてもらって。かなり参考になりました。
>>『実名報道しなければ、その事件そのものがフィクションになる。』
が成立しないような気がするけど。
確かにそうですよねぇ。でもどっかの新聞記者が本当にそう言ったらしいですよ
>>60 >>64 >>65 >>71 書き方悪かったですね〜。。すいません。
『歩く』は動詞である。
『動詞』は名詞である。
故に『歩く』は名詞である。
ということです。
>>66 >>日本語でも、英語でほかの言語でも、少しの文法知識さえあれば、
動詞=名詞でないことがわかるよ。
形が一緒に見えるだけでしょ。
それはわかってるんですけど、それを説明する方法がわからんから書き込んだんです。
73 :
11:2001/05/26(土) 00:14
>>63 およよさん
>全ての命題を導出する理論が、非常にデンジャラス
でも、そのデンジャラスな導出(A∧¬A ⊃ 全ての命題)は
「正しくない」とは言えませんよね。
「なんでもあり」な世界が好きな人に向かって
「おまえは間違っている」と説得することは果たしてできるのでしょーか。
>科学や数学の歴史を顧みて、形式化されてはいない現実の中の
>理論を観察すると、その初期の段階においては明らかに矛盾をはらんだ
>理論というものも存在し、かつ、科学や数学の発展に寄与している
発展ぎらいな人にとっては矛盾も「あり」にはならないですか。
>理論に矛盾があっても多少は大丈夫な論理も研究されてるの。
その論理の公理と推論規則だけでもおしえてくださいませー。
咲也さんにもお聞きしましたがお返事がないので、
およよさん、よろしくお願いしまーすm(._.)m
74 :
およよ:2001/05/26(土) 12:00
75 :
考える名無しさん:2001/06/13(水) 03:43
age
76 :
代理いぬ:2001/06/14(木) 20:20
咲也氏はなんだかな〜。(衒学的というか…)
あんな書き込みじゃ、何も答えてないのと同じじゃないか。
書けるんなら教えてやりたまえよ。
その意味でおよよ氏の書きこみは真摯だね。
>1
論理が正しい理由なんてないよ。
論理性がフィクションだから、正当性やら、説得力やら、合理性やら、
みーんな論理性と共倒れにフィクションさー。
不可侵な論理なんて(物理法則としての)自然法ぐらいのもんかな。
まあ、明日ぐらいには目がさめるかもね。
>>73 >「なんでもあり」な世界が好きな人に向かって
>「おまえは間違っている」と説得することは果たしてできるのでしょーか。
めちゃめちゃ簡単。
つーか、これ以上簡単な証明の方が珍しいんじゃないの?
「なんでもあり」という事は、すなわち
「おまえは間違っている」も"あり"って事だろ!
もちろん「おまえは間違っていない」も"あり"って事になるけれど。
>77
>もちろん「おまえは間違っていない」も"あり"って事になるけれど。
じゃあ、どうすんのさ・・・。
79 :
考える名無しさん:2001/06/23(土) 14:56
>>78 ?
証明した後、何かしなくちゃいけない事があるの?
80 :
11:2001/06/23(土) 23:26
>>74 およよさん
超亀レスですみません。
せっかく専門書をご紹介いただいたのですが、
ぼくの語学力では手が届きませーん(T-T)
また、お勧めに従いGoogleで検索したりして調べてみましたが、
Paraconsistent Logic なるもののは、「論理」というより「問題解決法」
みたいなものに思えるのですが、いかがでしょーか。
>>76 代理いぬさん
>不可侵な論理なんて(物理法則としての)自然法ぐらいのもんかな。
そんな物理法則があるなんて知りませんでした。例えばどんな法則ですか?
是非教えてくださいませーm(._.)m
>78
「なんでもあり」という事は、すなわち
『「おまえは間違っている」かつ「おまえは間違っていない」』もあり。
82 :
考える名無しさん:2001/07/06(金) 20:03
>>73 >でも、そのデンジャラスな導出(A∧¬A ⊃ 全ての命題)は
「正しくない」とは言えませんよね。
「なんでもあり」な世界が好きな人に向かって
「おまえは間違っている」と説得することは果たしてできるのでしょーか。
矛盾を許容する体系はまさに「なんでもあり」なので、
当然、それを禁止する体系より反証可能性が低い。
よって、後者を選択すべきと言えます。
83 :
俺:2001/07/06(金) 20:48
84 :
考える名無しさん:2001/07/06(金) 20:50
>論理が正しいのはなぜですか?
誰も答えてないじゃん
85 :
俺:2001/07/06(金) 21:09
86 :
考える名無しさん:2001/07/06(金) 21:10
>>84 論理は事実を記述する際に不可欠なものだとの前提のもとに
論理学は形成された。
だから、論理が正しいか否かという問いは、
無意味なのです。
87 :
俺:2001/07/06(金) 21:28
「論理が正しくない」ことが偽である事を証明する。
論理が正しくないと仮定すると、
論理が正しくないという命題は真。
ただし、論理は正しくないので、
論理が正しくない⇒論理が正しくないという命題は真
という論理は正しくない。
従って矛盾。
従って論理は正しい。
さ、この証明はどこかが間違っています。
結構簡単だよ。見ぬいてみろ!うひひ♪
論理は無条件に正しい
89 :
全てはゼーレのシナリオどおりに:2001/07/06(金) 21:31
>87
全ては論理の中での出来事ゆえに
90 :
俺:2001/07/06(金) 21:43
91 :
俺:2001/07/06(金) 21:45
さて、
>>87の問題からある大事な事がわかります。
けっこう難しいよ。みんなで考えよう♪
92 :
全てはゼーレのシナリオどおりに:2001/07/06(金) 21:51
>91
ある小売系の中で
それが間違っているかどうかは証明できない。
だから私は幸運を呼ぶ高級羽毛布団を50万も出して買ってしまった。
93 :
俺:2001/07/06(金) 21:52
>>92 正解!
いやいや。
もっと大事な事。(君にとっては一大事だが。)
さあ、考えようよ♪みんな!
94 :
俺:2001/07/06(金) 22:13
>>92 >ある小売系の中で
>それが間違っているかどうかは証明できない。
ああ、今気付いたよ。
「ある公理系の中でその公理系自体が間違っているかどうかは証明できない。 」
ってことね。
いや、違う。ただ、惜しい。
「論理の中で論理が間違っているかどうかは証明できない。 」
ならよい。
更にいいたかったことは、
論理が正しくないと主張する人は、証明のすべがない。
よね。
誰か論理は正しくないと主張する人はいないのかな。
95 :
考える名無しさん:2001/07/07(土) 00:01
私は孤独
I'm 論理
論理 baby
Mr. 論理
96 :
阿呆:2001/07/07(土) 00:02
>>94 読んだばかりの文章を何の思考操作も無く、
自分の考えのように垂れ流して他人に優位性を見せようと
するのは、普通「虚栄心」・「ひけらかし」と言って、
思想・哲学と最も遠い所にある態度だという事に早く気が
付くように。そして、おしゃべりするより、黙って思索を
しなさい。でないと、日本の大学の先生みたいになるぞ。
>>96 まぁ、いいじゃねーの。
新しいおもちゃ持った子供のようなモンなんだからよ
98 :
考える名無しさん:2001/07/07(土) 14:31
>>96 君が哲学を語るな。無知さ加減が文章に表れてるぞ。
あと、根拠のない妄想を確信にまで至らしめないように。
99 :
考える名無しさん:2001/07/07(土) 14:46
関係妄想って端から見てると笑えるけど
本人にとっては悲惨の極みですね。
94=98
101 :
98:2001/07/07(土) 16:05
はずれ
>>98 君が哲学を語るな。無知さ加減が文章に表れてるぞ。
103 :
俺:2001/07/07(土) 17:57
『おれに関するうわさ』バイ筒井康隆
105 :
俺:2001/07/07(土) 18:08
さ、話を戻そうぜ♪
もういい
107 :
11:2001/07/07(土) 19:12
>>82 >矛盾を許容する体系はまさに「なんでもあり」なので、
>当然、それを禁止する体系より反証可能性が低い。
>よって、後者を選択すべきと言えます。
なるほど。では、排中律はどうでしょーか。
直観主義論理は排中律を否定する分、古典論理より「反証可能性」は低くなるように
思えますが、直観主義論理は「正しくない」と言えるんでしょーか。
排中律を否定することは矛盾律を否定することと違って、
推論の面では逆に制約が増えるような気もするんですが、そこのところも含めて
ご教示お願いしまーす。
108 :
考える名無しさん:2001/07/07(土) 19:14
(゚Д゚)ハア?
痛いところつかれて反論のしようがなくて脂汗流して全身から湯気を立ち上らせて
ブハアブハア言いながら悔しがってるくせに「どうでしょーか」などと冷静を
装いつつもやっぱり頭が悪いから全然意味不明で的はずれの文章しか書けない君は
さらに嘲笑されて悔しさのあまりトンカチでバスの乗客に襲いかかる前に
職場のベルトコンベアに巻き込まれて汚い汁と脂をまき散らしつつ同僚の冷たい視線を
浴びながら他界すればあ?
109 :
考える名無しさん:2001/07/07(土) 19:18
周延と不周延。
AEIO!!
110 :
考える名無しさん:2001/07/08(日) 14:33
黒い馬は馬である。
白い馬は馬である。
よって
黒い馬は白い馬である。
111 :
俺:2001/07/08(日) 15:11
>>110 だから使い方間違ってるって。
集合論学べ。
112 :
考える名無しさん:2001/07/08(日) 15:26
内包と外延。
113 :
俺:2001/07/08(日) 22:06
哲学科って論理学やらんの?
114 :
考える名無しさん:2001/07/08(日) 22:51
全ての人間は論理学をやらない。
哲学科は人間である。
よって
哲学科は論理学をやらない。
>>1 現実世界が、その論理(1がどの体系のことをいっているのかは分からない)
を成り立たせるモデルだから。
116 :
およよ:2001/07/10(火) 01:05
>>107 排中律を禁止したって、さして制約は増えないよ。
117 :
考える名無しさん:2001/07/13(金) 22:52
>>115 >現実世界が、その論理(1がどの体系のことをいっているのかは分からない)
>を成り立たせるモデルだから。
論理が現実世界でしか成り立たないとしたら、
論理の正しさは必然的ではないということになりますね。
118 :
考える名無しさん:2001/07/14(土) 00:31
>>117 >論理が現実世界でしか成り立たないとしたら、
>論理の正しさは必然的ではないということになりますね。
個々の論理的真理は、同じ論理が成立する世界ではどこでも真理であるという
意味で必然的真理だが、論理そのものはそれが成り立たない世界があるので偶
然的真理、というのはどうでしょう?
どこか変な感じもしますが。
119 :
考える名無しさん:2001/07/14(土) 01:40
>>118 論理は「真理」に関する概念なのではなくて、「ある真偽」について
決定する概念だよ。
120 :
考える名無しさん:2001/07/14(土) 03:04
>>119 >論理は「真理」に関する概念なのではなくて、「ある真偽」について
>決定する概念だよ。
「真偽」はsemanticsに属する概念。論理はsyntaxに属する概念。
ゆえに、論理は真偽とは独立の存在です。
121 :
119:2001/07/14(土) 14:24
>>120 >「真偽」はsemanticsに属する概念。
いや、もちろん真には、trueをあてる用法もありますけど、
validをあてる用法もありますよね? 厳密な形式論理学の研究では、
日本語の上でも厳密に上記の違いは意識されていると思うんですが、
そのときには、どんな言葉がvalidに当てられているんですか?
私は真偽があてられているように見えるんですけど、違うのでしょうか?
122 :
考える名無しさん:2001/07/14(土) 14:27
真偽、及び論理のくわけを・・
123 :
119:2001/07/14(土) 14:41
論理って、〜は、・・・である、と述べたときの、
・・・と〜をつなげている部分のことを言うのではないんですか?
・・・って書いてて思ったのですが、119の記述だと、論理が何かの
判断基準になるかのように読めますね、これはまずかったです。
間違えました。
>>120 ええ、論理はある記述をする際に、前提と結論を結びつける
ものなので、真理とはかかわりが無い、でいいでしょうか?
それは弁証法じゃないか?
いや論理学だけど。
125 :
119:2001/07/14(土) 14:46
>>124 どの部分ですか?
>論理はある記述をする際に、前提と結論を結びつける
>ものなので、真理とはかかわりが無い
この部分ですか?
私専門的に論理学やっている人ではなくて、単なる論理好きで、
厳密に勉強している人間ではないので、よかったら、
弁証法と、論理学ということばの使い分けで表している違いを、
教えてください。
>>21 >ゲーデルは論理が正しいとは言い切れないって証明してノーベル賞を貰ったと思う。
ゲーデルがノーベル賞もらったって?それは初耳。
物理学賞?化学賞?
まさか文学賞じゃないだろうな?(ワラ)
>>12 >矛盾さえ認めなければどのような公理を設定してもよい
いや、そもそもどのような公理を設定してもよい。
ただ、その結果矛盾が出て何でも証明可能になってしまうと
ツマラナイと考えれば「この公理、やめよ〜ぜ」という話に
なりがちだっていう程度のこと。
128 :
はぁ?:2001/07/14(土) 16:58
>咲也さん、カムバーーーーック!!
咲也君は、おそらく2ちゃん恒例の知高振男君でしょう。
まず
>>42で12のラッセルパラドックス云々の説明に難癖をつけてるが
ここはあっさり
「肯定と否定の両方が証明されるとそれが全ての命題の証明をもたらす」
といえばよい。
矛盾を許容する論理は、一つの矛盾から全体に影響が及ぶ
古典論理の性質に対する疑問から発生したわけで、その
ためにも、上の説明は必要不可欠である。
それを御存知なかった咲也君は12の
>>45でのツッコミに対して
「それでは矛盾を定義してくれ」と
>>48で絶叫してますが、
これは単に「肯定命題と、否定命題の双方が証明できること」
なので、あまりにも簡単な自爆現象ですね(ワラ)
さすがに本人も地雷を踏んだと観念したので
>>50で訳のわからない
ことをいいまくって、ハイ、サヨウナラとトンヅラしたわけです。
幸いにもあまたの2ちゃんの読者は彼より知的水準が上の人が
いなかったので、そのまま爆死するに至りませんでしたが(ワラ)
129 :
はぁ?:2001/07/14(土) 17:08
>>63 >Omnes Ex Falso
>A∧¬A ⊃ 全ての命題
あ、これは真偽値の束を最も単純なBoole束として考えると
こうなるってことですね。まあ、推論の性質がかなりBoole束
の性質を満たしていることは明かですが、だから勝手にBoole束
と同じとしてもいいってことにはならないですね。
ま、relevent logic なんて調べてみてはいかが。
でも、そんなに重大な問題ではないと思うね。
130 :
51:2001/07/14(土) 17:59
>>128 なんとなくですが、前よりはまだわかりました。解説ありがとうございます。
以前自分が書きこんだ書き込みが、用法上の間違いが多すぎて意味不明だった
(現実的に誤用されている用法を例えを考えたりしているうちに使ってしまったり
してました)ので、あとで訂正しようと思っていたのですが、スレの方向がすでに
変わっていたのと、めんどくさかったのと、また間違える可能性が高く、
そうなるとキリがなさそうなのとで、止めていました。
私が51で思っていた内容は、論理の話と言うよりは、論理を実際に適用する際の話でした。
一般に、間違い、とされているようなことについて指摘する事を正しいと判断する事は、
よくありますが、そういう言明について、論理学ではどう扱われているのか、
よくわからなかったので、それについて自分なりに考えた事を、書いたつもりだったのです。
あと、論理を成立させる際の公理というと、かなり抽象化された定義をする
ことになりますが、実際上の議論を考えて見ると、定義のレベルでかなり争いが
おこりますよね。私の公理というイメージがあいまいなので、勝手に
「人工知能や哲学などにおける信念の改訂に関する論理や、計算機科学における
計算に対応する論理」の中の、信念という語と関連付けて、
11さんへのレスの中で、信念の改訂が公理の変更だと考えたような反論を
してしまっていました。まあこんな感じなので、しょーもない話でしたね。
ところで、
>矛盾を許容する論理は、一つの矛盾から全体に影響が及ぶ
>古典論理の性質に対する疑問から発生したわけで、その>ためにも、
>上の説明は必要不可欠である。
とありますが、この説明をみた限りでは、矛盾を許容する論理は、
古典論理の性質を克服している論理なのか、古典論理ではうまく扱えない
領域(そうしたものがあればですが)について補完する論理なのか、
また、うまくいっており、普段の会話程度のレベルでの認識のあり方を
変えうるような性質のものなのか、よくわかりません。
私はそのあたりのところに興味があるので、もしよろしければ、
補足をしてもらえないでしょうか?
131 :
51:2001/07/14(土) 18:01
すいません、ところで・・・以降は、
>>129へのレスです。
132 :
考える名無しさん:2001/07/14(土) 18:36
ゲーデルの定理が正しいのはなぜですか?
133 :
ふぅ:2001/07/15(日) 17:22
>>130 >ところで、
>>矛盾を許容する論理は、一つの矛盾から全体に影響が及ぶ
>>古典論理の性質に対する疑問から発生したわけで、
>>そのためにも、上の説明は必要不可欠である。
>とありますが
あ、これは違うな。矛盾を許容する論理ではなく
矛盾から全てが証明できないような論理だろう。
>>129でrelevant logicを持ち出しているから。
134 :
考える名無しさん:2001/07/15(日) 19:02
矛盾を許容する論理なんてねえよ。
というか矛盾を持つ理論をのけるからこそ
論理学なんだろうが。
弁証法論者はそうじゃないようだか?
135 :
フレロ・ジッカル:2001/07/15(日) 19:39
全部のもの(唯物も観念も)が、論理をもって発明されている。
口だけじゃなく、何かを作ればわかる。
パクられたもの、作者もわからなくなってしまったもの、
作者を尊重する、「オリジナル」を尊ぶ考えのなさ、
そういう空気のせいで、勘違いしやすくなってるけど、
作るために、作られた、「論理」が、出来上がりからみて、
正しいのは、あたりまえ。
136 :
フレロ・ジッカル:2001/07/15(日) 19:45
それから、134さん。矛盾を作るために、作られた論理もあります。
論理は、純粋なものだからこそ、それぞれの物に少しずつじゃ、ないでしょうか?
もちろん、大風呂敷に、一まとめにしてしまう、その感覚こそが、
あなたの論理なんだと思いますし、その論理でしか、作れないものが
あるんだと思います。
137 :
134:2001/07/15(日) 20:35
>矛盾を作るために、作られた論理もあります。
具体的なものをあげてくれ。判断がつかん。
>一まとめにしてしまう、その感覚
はい? 矛盾を除ける事が一まとめってどういう事?
つか135の発言が意味不明に見えるんだが。
138 :
134:2001/07/15(日) 20:37
まあまさかこの世のいかなる事にも矛盾があるんだから
矛盾を許容しようなんてドキュソな事はいわないと思うがな。
もしそうだったとしたら勘弁してくれよ?
139 :
考える名無しさん:2001/07/15(日) 21:01
ヴェン図形分からない。
140 :
51:2001/07/16(月) 06:34
>>133 どうもありがとうございます。
ところで、肯定命題と否定命題の双方が成り立っても、
全てが証明できない論理というと、それはどういう構造をとっているものなんですか?
いまいちイメージがうかびません。分かりやすく、ややいいかげんに説明できそうな
感じでしたら、良かったら教えてください。
>>134 弁証法は、なんか矛盾?(対立)するものが止揚(総合?統一?)して、
またそれに反するものが出てきて、それらが止揚して、とかいう、
えらい権威的な論理? でしたよね。
なんでそれらがそもそも対立しているといえるのか、わからん、
なんで止揚するのかも、わからん、みたいな。
私は弁証法は全く知らないので、知っている人がこのカキコみたら怒りだしそうだ・・・。
どうかおてやわらかに・・・。恐いので、sage
>>117 すいません。なにいってるのかさっぱりわかりません。つーか私の書いてること
わかる?
142 :
考える名無しさん:2001/07/17(火) 23:04
>>134 $ A \land \neg A $ が出てきても大丈夫な論理なんて幾らでも
あるっしょ。
da Costa の Cn はこの手の命題が出たってへっちゃらじゃんか。
矛盾律なんて、結局、排中律の双対なんだから、排中律をはずし
てオッケイなら、矛盾律をはずしたってそんなに悪くないだろう。
143 :
およよ:2001/07/17(火) 23:19
>>140 ふぅ氏ではないけど、俺の知ってる範囲で、、、
relevant の場合は、「ならば」という論理結合子を
前件と後件が関係ある時にしか正しくならないよう
に細工するわけ。例えば、生物学の話の矛盾から、
物理の話は出てこない、、、というふうにするの。
構造っていうのが、モデルの話ならば、Routley-Mayer モデル
という、可能世界意味論なモデルがあるけど、ちょっと分かり
にくいってさ。
Da Costa の Cn は、矛盾律が成立しない否定を使った論理体系。
構造的には、そうさなあ、直観主義論理の否定をさかさまにした
ような感じか。直観主義論理みたいなきれいな代数構造はとれな
いらしいけど。
あと、アメリカで流行ってるらしい Discussive Logic なんてのもある。
144 :
およよ:2001/07/17(火) 23:27
Discussive Logic は、S5 の部分系で、大雑把に言えば、
可能様相のついた命題を普通の命題みたいに扱う体系と
言ったらいいのかなあ。not M A と M A があったって、
全ての命題が導きだされる必要はないでしょ?
おれはこの路線は結構有望だと思うなあ。
それから、弁証法のことだけど、論理学のスレで弁証法は禁句だ(笑)
昔のヘーゲリアンと分析系哲学者の対立は凄かったんだそうだから。
そのころの生き残りヘーゲリアンがきたら面倒だから止めて(笑)
この対立の影響で、取りあえず、思い付く限りの論理法則を外して
非古典論理が作られてたのに、矛盾律を外すのに抵抗感を
持つ人がたくさんいたという話だよ。
145 :
考える名無しさん:2001/07/17(火) 23:27
ムリムリ
146 :
考える名無しさん:2001/07/17(火) 23:40
おいおい弁証法が馬鹿にされてるぞ。
OFWよ、カモン!
>>144 not M A と M A じゃあむじゅんしてんじゃんか(^^;;;;
M not A と M A ね。
149 :
考える名無しさん:2001/07/18(水) 23:06
150 :
考える名無しさん:2001/07/18(水) 23:37
弁償法は今までの論理法則を記述するのに役に立つ。
けしてバカにされるべきものではない。
しかし、弁証法で予測したり、とにかく
何かを導き出すのには糞だって事だ。
弁証法的に発展していくという考えは有害な妄想。
151 :
考える名無しさん:2001/07/18(水) 23:41
152 :
およよ:2001/07/19(木) 00:35
>>149 残念、違うよ。
俺のは、Priest, G. and Routley, R の Systems of Paraconsistent Logic の
受け売りだけど?三種類に分類して説明してるなんざあ、
まるっきりこの論文のパクリだよ(笑)
Priest は relevant logic に関しての説明として同じような記述を
方々でしてるから、それのどれかを参考にして君の教えてくれた
サイトの人も書いたってことだね。
>>149 いったいおいらの書いたフレーズのどこが同じなのか教えて。
英語読むのかったるいから、教えてよ。普段式しか追わないから
文章読むの辛いの(笑)
154 :
考える名無しさん :2001/07/19(木) 00:51
弁証法に替わる証明手法が論理学って、本当?
矛盾律を無視して(弁証法論者は許容とふざけた事をいっているが)
都合のいい意見が簡単に作れる弁証法を誰が使いこなせるのだろうか。
集合論を覚えない奴は逝ってよし。
156 :
考える名無しさん:2001/07/19(木) 01:17
>>69 ボクは、
30万キロメートル=1秒
だと信じてました。
これってヘンですか?教えてくださいm(_)m
光が30万キロメートル進む間?を1秒とする? ??
違う。ヘーゲル逝ってよし。
160 :
考える名無しさん:2001/07/20(金) 23:45
>>156 >30万キロメートル=1秒
SFの読みすぎ!勘違いもはなはだしい!
162 :
考える理論屋さん:2001/07/20(金) 23:49
163 :
考える名無しさん:2001/07/20(金) 23:52
>>161 必要無し。SFオタは、議論を混乱させるだけやん。
>>163 じゃあケチつける必要もないだろ、バカかお前?
165 :
考える名無しさん:2001/07/20(金) 23:57
アインシュタインは空間と時間が「同じ」とはいってない。
166 :
考える名無しさん:2001/07/21(土) 00:07
>空間と時間が「同じ」
論理的に、否定も証明もできないだろ〜
というのが定説じゃなかったっけ?学会では。
167 :
考える名無しさん:2001/07/21(土) 07:50
age
168 :
考える名無しさん:2001/07/22(日) 00:04
論理学のたちうちできない領域?>相対性理論
169 :
仕切り屋:2001/07/22(日) 00:29
>論理が正しいのはなぜですか?
命題が間違ってました。
-----------------------終了-----------------------
>>168 論理学を理解していない馬鹿がのたうちまわる領域。
171 :
ほぉ:2001/07/22(日) 17:15
>矛盾を許容する論理
paraconsistent logicは一種の代数でしょう。
もちろん普通のlogicもそうなんだが(笑)
172 :
156:2001/07/23(月) 04:53
で、結局、
30万キロメートル=1秒
という解釈は、間違っているとはいえない、ということでいいのしょうか・・・m(_)m
173 :
考える名無しさん:2001/07/23(月) 21:37
11です。
いろんな論理が出てきているようですが、
「矛盾律が許容する論理」ということであれば、
ファジー論理が一番分かりやすいようですね。
つまり、ファジー論理では、真理値が実数値なので、仮にPの真理値が0.3のときは、
P∧¬P = min(P,1−P)= min(0.3,0.7)=0.3
となります。
ただ、これは論理というより、ほとんど確率論(マルコフ連鎖みたいな)になってしまう
ような気がするんですが…。識者の方にご教示いただきたいです。
(
>>52で、ファジー論理でも矛盾律が成立するようだとしたのは間違いでしたm(._.)m)
11
>>173の「矛盾律が許容する論理」を「矛盾を許容…」に訂正。
矛盾を許容して厳密な思考を行うなどちゃんちゃらおかしいね。
あ、この矛盾も論理の内か。
176 :
およよ:2001/07/24(火) 10:21
>>173 確率論にはならないでしょ。真理値を確率と解釈した瞬間に、
v(P∧Q ) = min(v(P),v(Q))
という定義が妥当なものではなくなるように思われますが。
177 :
考える名無しさん:2001/07/25(水) 16:21
依然として弁証法が馬鹿にされている模様。
つーことで、OFWさん、出番だよー!
もうやめない?悲惨だよ、このスレ。これが哲学者の言う「厳密な思考」なのか?
2ちゃんねるで世の中の大半が駄目な哲学者だと
思っているバカは「悲惨」だよな。
>世の中の大半が
??
揚げ足取りは一人前か。
2ちゃんねるにまともに哲学できる奴なんて
こないんだからいつまでも他力本願にほざいてないで
自分がどうにかしろよ。できないとかいって言い訳するだけなら
こないでくれない?
お前が悲惨だと思っている奴と同類だからさ。
まあ、あれだ。
一言でいうなら
お前に悲惨だという資格はない。
という事だ。
愚痴垂れるだけの馬鹿は悲惨。
このスレの連中と同じぐらいな。
いや、それ以下か。
185 :
通りすがりの元算数屋:2001/07/26(木) 11:23
>>172 例えば水中では光の速度<30万Km/秒なので
何をもって30万Km/秒とするか・・・だよね
実際には光の早さそのものは変わってないのかもしれないけど・・・
で、論理学の世界に戻すと
結局、論理学で事を説明しようとしている世界に於いては、論理学は正しい
論理学の外から見ると、論理学の不確かさが見える気がするが
それを非論理的なかたちで証明してみせることは非常に困難・・・ってことでしょうか
何となく、地球と引力の関係で
地球に影響を受ける範囲では、どこまで行っても地球に影響を受ける。(物理的引力)
地球に影響を受けない範囲まで行こうとするが、地球の事が心配なのでやっぱり戻りたい。(環境の引力)
はて・・・。(後半意味不明ですが、なんとなく)
186 :
考える名無しさん:2001/07/26(木) 12:27
1に答えろよ
1の質問が間違っているという答えは無視かよ
188 :
WIZ:2001/07/26(木) 13:44
論理がただしいとは その民族がきめることであり
国にもよるし・・
なんとも言えないですな
論理が正しい事を聞くのは、なぜ交通規則が正しいのかを
聞くようなもん。
答えられるもんなら交通規則がなぜ正しいかを証明してくだちい。
>>189 >論理が正しい事を聞くのは、なぜ交通規則が正しいのかを
>聞くようなもん。
>答えられるもんなら交通規則がなぜ正しいかを証明してくだちい。
交通規則は国によって違うことがある。
論理は国によって成り立たないことはない。(証明おわり)
国にかかわらない交通規則だろ。
192 :
およよ:2001/08/01(水) 00:28
193 :
考える名無しさん:2001/08/01(水) 06:10
そもそも哲学が「愛知」であり、真理の探求であることを忘れてはならない。
論理学は、哲学者が自分の主張に対して完全な正当性を必要とする為
これを証明する手段としてさまざまな証明法を用いて編み出したものです。
「前提->仮定->結論」に於いて、前提が公理である場合の結論が偽ならば
仮定が間違っており、また、矛盾がどういう条件でも起きないものは前提が
間違っているのです。(つまり、なんでもあり)
ちょっと外れますが、上記の論理から、神仏を崇拝する輩が哲学者を名乗るのは
私からすればただの電波だと思うのですが、皆さんいかが?
(禅の世界とかは、私的には非常に面白いとは思いますが・・・)
>>193 電波だと思いますよ。
ただ、禅は面白いです。いわんとしているところは、結構哲学的です。
認識の部分で。
195 :
考える名無しさん:2001/08/03(金) 10:21
>>193 んな事言ったら歴史上の大半の哲学者は電波でんがな。
必ずしも無神論者が哲学者にあらず。
196 :
考える名無しさん :2001/08/04(土) 01:29
>>176 >確率論にはならないでしょ。
ファジー論理と確率論の本質的な違いは、
前者は後者に比べて計算が容易であるということだけです。
197 :
考える名無しさん:2001/08/04(土) 01:30
電波っつったって、いろいろなレヴェルのさまざまな程度
があるしね。
199 :
193です:2001/08/06(月) 13:10
「魂とはなんぞ」といっていた頃は「魂は存在する」ことを前提にしていたわけで
(今はどうだか知りませんが)、論理的に疑問が残る所であると思います。
物理学などでは、仮に数学的な算出で恐らく正しいであろうというものでも
それは実験で証明されない限り、ただの「仮定」に過ぎないのです。
(物理に「理論物理」と「実験物理」があるのはその為です。)
つまり、「仮定」を「理論」(公理)に持っていく為には、実験による検証が必要なのです。
論理的に正しいことを述べるのが哲学者にも必要だったわけで、「魂の証明(?)」
の為に「A・I」の研究がなされたりと、結局確証が必要だった訳ですよね。
さて、「論理的に正しくないものは哲学のテーマとならない」は、公理でしょうか?
哲学の場合は、物理のように狭義ではないので今となっては大変でしょうね。
(それぞれの分野で専門家がいますし、TVにもなかなか登場できない・・・)
哲学や論理学の、現状ってどうなっているのですか?(学会のテーマとか)
200 :
考える名無しさん:2001/08/06(月) 13:54
>>199 >さて、「論理的に正しくないものは哲学のテーマとならない」は、公理でしょうか?
んなこたぁーない。
・・・というか、正しくないものも「論理的におかしい」のだから、
論理の枠内でテーマにしえているではないですか。
>>1 「正しいもの」として人為的に導入した装置こそが「論理」だからです。
究極的には論理の正当性を証明することは不可能であり(証明が言語から構成され、
また証明を行うと言う論理操作自体のいわゆる自己言及構造が顕在化してくるということです。
数学基礎論的公理論的には、いわゆる不完全性定理も問題となってきます。)、それゆえ、
「論理が正しいのは何故か」という問題提議自体に意義はありません。
202 :
考える名無しさん:2001/08/09(木) 15:29
あげ
ヘーゲルの生立ちを観察せよ
204 :
考える名無しさん:2001/08/12(日) 07:28
age
205 :
考える名無しさん:2001/08/13(月) 20:28
野矢茂樹の「論理トレーニング」が初心者にはいいですか?
論文コンテスト〜!
レポート課題は
【論理的演繹概念は、我々の世界におけるある事実を確認しようとするときどのように使用することができるか。】
デス!4000字以内でレポートを提出してください。一番スゴイレポートを書いた方には、賞品として“慶応まんじゅう”を送ります。
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208 :
考える名無しさん:2001/08/13(月) 23:04
209 :
考える名無しさん:2001/08/14(火) 01:34
あ?はぅ〜は死んでしまえ
210 :
考える名無しさん:01/09/01 13:18 ID:ZG9m3HUY
age
211 :
考える名無しさん:01/09/01 16:24 ID:WIKgvil2
>>201 >究極的には論理の正当性を証明することは不可能
なるほど、なるほど。
ところで気付いたんだが、
>>1の
>論理が正しいのはなぜですか?
は、既に「論理は正しい」という結論の正しさを前提にしてしまっているよね。
>>1は、論理が正しいのか正しくないのかを結論付ける「根拠」を知らないわけで、
まさにその「根拠」を知りたいわけだから、
正しい問いの立て方としては、
「論理は正しいと言われていますが、その根拠は何ですか?」
ということになるかな。(揚げ足取りみたいでごめん)
興味深い問題だね。
「論理」は全ての正しさの根拠であり、源泉だ。
「論理」は究極の根拠であり、全ての正しさは「論理」から産み出される。
どうして「論理」それ自体の正しさは証明できないんだろう?
全てのものは論理を通して正しさを獲得する。
だから、論理それ自体も、論理を通さないと正しさが獲得できない。
だが、論理は自分自身を対象として、その正しさを吟味することができない・・・
ん〜 結局、
>>1の疑問に答えられていないな。
212 :
ハヤ:01/09/01 16:27 ID:inJTWfYU
>>179 どっちかって言うと哲学者だと言う時点で「ダメ」な気がします。
213 :
211:01/09/01 16:34 ID:WIKgvil2
まちがった。
>どうして「論理」それ自体の正しさは証明できないんだろう?
の部分。
証明できるかできないかさえ分からないんだった。
だから、まず、
(1)論理それ自体が正しいか正しくないかを証明できるか。
を考えた上で、「証明できる」ということが証明されれば、
次に、
(2)論理それ自体は正しいか正しくないか
の議論にも意味が出てくるということか。
あ〜 難しいなぁ。
214 :
考える名無しさん:01/09/01 17:33 ID:TH.6T2rs
215 :
考える名無しさん:01/09/01 19:25 ID:wGI.WAeE
211は某スレッドの僕のレスだよ・・・
せめて、引用と書いて欲しかった。
多くの人間は強いて哲学的に考えずとも生涯を安穏に暮らせていける気がします。
人生の壁にぶつかった時に「哲学」の助けを必要としますが、既存のもので充分だと思います。
他には哲学の持つ理知的な側面に魅力を感じている人間が、
哲学っぽい事をしてみたいので既存の哲学命題をこねくり回すのも「哲学」です。
しかし、真に哲学なのは「他者に言われるまでも無く哲学である人間が普通の人間に戻ろうと必死であがく姿」
に尽きると思います。このような先天的に哲学な人間を以後「ちょこっとラヴ」と呼びます。
ちょこっとラヴは世のスタンダードになっているモラルやその他を素直に受け入れることが出来ない人間です。
社会性を微妙に欠いているのがちょこっとラヴです。しかし、他の人間のように社会生活を精神的葛藤を排除した状態で健康(法学上の健康)に
おくりたいと思うので、本来ならば要らぬ事をあれこれと思い描く、悩むことが哲学だと考えます。
従って、教育過程で哲学が必要だとすれば教育課程の人間にちょこっとラヴが発見された段階でその人間にのみ与えられる必要があると思います。
これは、別にえこひいきではなく、手術後のリハビリのようなもので必要不可欠なものだと考えてください。
その時、生徒「ちょこっとラヴ」に教えるのは、やはり教師「ちょこっとラヴ」です。
「ちょこっとラヴ」はそのままでは世の中に必要は無い人間です。自分の中に出てくる哲学的疑問を解決する手段に熟知しないと創世記の偉大な哲学者のように
歴史に名を残す「ダメ人間」になるでしょう。それが、評価されれば良いですが、「ちょこっとラヴ」達が全て幸せな人生を送っているとは思えません。
教育に必要なのは哲学ではなく、ちょこっとラヴの早期発見と、そのちょこっとラヴに迅速に哲学的思考を身に付けさせることです。
ちょこっとラヴは言ってみれば精神異常者なので、類まれな精神構造・欠陥を彼らの人生に役立てるべく教育してあげたい。
それ以外の「健常者」に哲学を教えるのは現代の道徳の教科書が批判されるのと同じ現象を引き起こすだけだと思います。
ちょこっとラヴではない生徒のちょこっとラヴではない親は自らには分かり得ない哲学的視点に関する超対応型の教育を批判し
既存の高尚だと言われる哲学、宗教、道徳、偉伝、歴史、その他それに類するものを教えろと教育に詰め寄ると思いますし、
そんなことをされてはちょこっとラヴ達はさらに混乱を極め成人するまでに自らで開眼しなければ「ダメ人間」のレッテルを
貼られて社会へ放り出されるでしょう。
216 :
考える名無しさん:01/09/01 20:03 ID:wGI.WAeE
久遠寺は知らないが、池上本門寺は特別有名なわけでもない。日蓮の祖師像で
有名らしいが、常時見せてくれるわけでもなし、日蓮像があるなんて地元の人
でも知らないよ。五重塔(最近修理)があるし、伽藍は巨大だし、長い石段
(96段)があるし、地元ではそれなりに有名なお寺だけどね
ローマ五輪・東京五輪頃の名体操選手小野喬(東京五輪で選手宣誓)・小野清
子(今度の参議院選で返り咲き)夫妻の体操教室が近くにあるぐらいだね。
法華経寺は競馬をやる人なら知っている。中山競馬場のオケラ街道(競馬です
った人が歩いて帰る道)の途中に有るお寺。なかなかしゃれた小さめの五重塔
がある。重文だけど国宝と表示してあった(今はどうなっているのか知らない)。
いずれにしても、こんなマイナーな寺が載っていて、超有名な仏像と建造物の
ある新薬師寺なんかが載っていないのは、おかしいのではないかい?
217 :
考える名無しさん:01/09/21 18:56
定期上げ
218 :
考える名無しさん:01/09/24 01:53
期待あげ
219 :
考える名無しさん:01/09/24 03:39
>>1 この問題は、実は哲学問題の本質のひとつかなあ。
論理を正しいと置かないと、
ある一連の連関する思考の合理・非合理の判断、
または正誤の判定規準がなくなってしまう。
だからといって困るわけではないが、
別の判定規準が必要になるだろう。
(例えば、神の代弁者の発言や占いなど・・。)
しかし論理を正しいとすることと論理が絶対であることとは、
違う問題であることは、論理性がはじめから確かなものであるのではなく、
思考方法の道具である論理に、
-それが思考の道具であるという理由から−
それ自体に正しさを内在させている(論理信仰)という見方があることからも
理解可能かもしれん。
220 :
考える名無しさん:01/09/28 01:00
私が思うに、「論理学」自体がなんで世に登場したのか
を、考察することなしに何も語るべきではないと思うのですが。
非常に簡単な例を上げますよ♪
学者たるものが何かを人に説くとしますよ。それを聞く人が
同じ学者の場合(ホントは、こんなに狭義にする必要は無いとは思いたいが)
「何を根拠にそんなこと言ってんの」ってことになるでしょう?
その根拠が、「論理的」でないお話を展開するなら、誰でも学者やれんじゃないの?
(論理の意味は辞書引いてね)ってことですよ。
2chの出所はっきりしないガセネタと同じくね。
もういっちょいきますか。
詰め将棋の例!
将棋のルール = 公理のようなもの(これをとやかく言ったら将棋でない)です。
さて、ここで、先手が勝てる定石の譜面があるとします。 = 前提
この定石を先手が将棋のルールに従って効率的に攻めるとします。 = 過程
この定石の結果は、必ず先手が勝利します。 = 結論
(定石の意味も辞書引いてね)
相手に有無を言わせず、納得させられるものとして存在しているんではないですか?
論理的思考が、人間の学術的思考に有効であり、これに則っていない学問の意味
って、一体何処にあるのですか?
感覚的な思考も、万有引力にせよ、歴史的には論理的な解決を見てきているじゃないですか。
精神論では、水掛け論にしかならんでショ。
(一人の人間として、「精神論を不必要」とは決して言いませんけれど)
>>1さん
大体、「正しい」っつうのは何なの??人類が共有できるものとして言ってんですか?
つまり「誰」基準の「正しい」なのよ!?
恐らくテロリストにも正当性、つまり彼らなりの「正しい」が有んのよ。
私には信じられませんがね。
221 :
考える名無しさん:01/09/28 01:03
>>220
>この定石の結果は、必ず先手が勝利します。 = 結論
必ずは要らないですね。
222 :
考える名無しさん:01/10/06 13:13
どっちにしても見せかけだよね?
瑣事ですが…
「定石」は囲碁の用語。
「定跡」が将棋の用語。
220さんは、将棋についてはさほど詳しくない方だと思われます。
225 :
考える名無しさん:01/10/08 04:00
227 :
考える名無しさん:01/11/05 22:29
>1
「論理が正しい」というか、
「正しい」(広い意味で)という概念を前提にしないと、
論理というものは成立しない、ということじゃないかな。
228 :
考える名無しさん:01/11/19 22:08
あへへ。
229 :
考える名無しさん :01/12/10 18:21
論理学の基本的教科書とは何ですか?
様相論理とか線形論理を一通り学びたいのですが。
英語のものでいいものを教えてください。
A.S. Troelstra, Lectures Linear Logic, CSLI Lecture Notes 29 (1991)
線形論理の入門書で、線形論理のゼロからを勉強できる本です。線形論理導入のモチベーシ
ョンから始まって、様々なヴァリエーションの線形論理とそれらの性質、代数的、圏論的モデル、
proofnetと、基本的な部分はかなり幅広くおさえてあり、そしてとても解りやすいです。しかも周辺
のトピックも広く紹介されているので、その辺を調べながら読めば、線形論理に限らず、証明論
の勉強になるのではないか、と思います。ただし、大きな問題は、GirardによるLinear Logicのオ
リジナル論文(その他、その後のLinear Logic関係のあらゆる論文)と記法が紛らわしい、というこ
と。嫌でも混同しやすいLinear Logicの記号なのに、同じ記号を別の意味で読み替えたりしなけ
ればならず、かなり厄介ですので、それは覚悟の上でどうぞ。
>>230 即レスありがとう。
7000円ですか。。。高いですね。
でも覚悟を決めるにはちょうどいいかもw
233 :
考える名無しさん:01/12/10 19:41
>>232 USからペーパーバック買ったほうが安いんじゃない?
>>233 そですね。$22ドルでした。どうもです。
235 :
考える名無しさん:01/12/12 17:18
236 :
考える名無しさん:01/12/17 05:06
正しい推論は何故正しいのか?
ってとこか。
237 :
考える名無しさん:01/12/17 05:13
論理は必ずしも正しくはない。
そりゃ間違った前提の論理は正しいわけないだろ。
>238
でもないよ.たとえば明らかに矛盾した前提から任意の命題を証明できるというのは論理学の定理だからな.
まあ1の問題は実際難しいよ.つまり1の問題に何か適当に答えたとする.すると1は再びその答えであなたが使っている論理はなぜ正しいんですか?と聞いてくるんでしょ,多分.
240 :
考える名無しさん :01/12/24 17:22
再帰的な定義を問いましょう!
241 :
考える名無しさん:01/12/26 18:35
age
242 :
考える名無しさん:02/01/06 15:37
243 :
考える名無しさん :02/01/07 00:41
ダイナミック論理はどうよ?
244 :
考える名無しさん:02/01/10 02:32
245 :
考える名無しさん:02/01/18 10:30
aa
246 :
考える名無しさん:02/02/07 15:23
あげ
247 :
考える名無しさん:02/02/07 15:41
>>1 >論理が正しいのはなぜですか?
「さあ…なんででしょう?」
#NHK「陰陽師」の蜜虫(本上まなみ)のつもりで読んでみてください。