◆決定論:脳は物質だから意識は必然に過ぎない230◆
人間の脳が「物質」であることには、誰も異論がありません。
しかし、脳内には物質以外の「何か」がある(筈)と考える人が居ます。
・・それは願望思考・自己欺瞞という「観念論的誤謬」です。
人間の脳を構成する千億個の神経細胞は軸索を伸ばし、突端ら
分泌する神経伝達物質で、他の神経細胞に情報を伝えるだけです。
勿論、脳内には核分裂のような原子核反応もありません。
分子生物学と生理学の対象分野「分子レベルの現象」が全てです。
「この宇宙」で人間の脳だけが「特殊な物質」であるとする科学的根拠は
全くありません。人間の脳も地球上における「物質の進化」の一過程に
すぎず、人間の脳が造り出す『意識』も何ら「特別」ではありません。
『意識』は『クオリア』を持つ動物全部に生成する現象です。
「何を思うか何を意志するか」は、あらかじめ物理・化学法則により
決定されております。自由(意志)感は文字通り『感じ』にすぎません。
量子論の「不確定性」は意識には何の関係もない「単なる観測問題」です。
以上が「超・大統一理論」=量子論と相対性理論の統一後に残存し得る
『唯一の最終真理(思想)』の輪郭です。全宗教全観念論は徒労です。
前スレ◆決定論:脳は物質だから意識は必然に過ぎない229◆
http://awabi.2ch.net/test/bbs.cgi?guid=ON
3 :
「機械的唯物論」者 ◆WY1R4owh1Q :2014/04/03(木) 22:44:33.17 0
>>993 >存在とは何かを問題としないのではないですか?
自然界に「存在する」と思われる「水」とか「木炭」とか「ダイヤモンド」
とかを「一種類の分子で構成される何かである」…というレベルまで分析したのは18世紀
それを「約百種類の原子で構成される何かである」…というレベルまで分析したのは19世紀
それを「18種類の素粒子で構成される何かである」…というレベルまで分析したのは20世紀
それを「たった一種の超ひもで構成される何かである」…というレベルまで分析する(であろう)のは
21世紀…ということです。
「存在とは超ひものバリエーションである」…と完全に(「4種の力」も包含し)統一
されれば(超大統一理論)、存在論は「究極の真理」に到達して終わりになります。
言い換えれば「極大の存在としての宇宙」から「極小の存在としての量子」までが
一貫した理論で説明されてしまえば、存在論の出る幕はなくなります。
「いや、霊や魂はその中に包含されない『存在』である」…というのは、観念論者が
得意とする「幻想と存在の混同」に過ぎない…ということは明らかです。
「幻想と実在の区別」は「存在論の問題」ではなく「認識論の(錯誤の)問題」である
…ということです。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
FATEとHATEだから万太郎です
5 :
「機械的唯物論」者:2014/04/03(木) 22:47:13.92 0
>>3 あなたかなり図々しい方ですね。
まあトリップで見分けられるから別にかましませんが。
そろそろ寝たほうがいいんじゃないですか。
あとは本物が対応しますよ。
>>3 つまり、存在しているものの性質を追求しつくせば、
それ自体が存在そのものであると言えるようになるということですか。
それは、少し行き過ぎているような気がしますが。
7 :
「機械的唯物論」者 ◆WY1R4owh1Q :2014/04/03(木) 23:05:32.12 0
就寝直前ですが、前スレの重要部分なので、
>>987 「存在論」は、「何かが存在する」とは何か?を考察することです。
「認識論」とは、脳内に生起する「クオリア」を分類・整理することです。
認識論で重要な前提は「情報の入力手段」が「視覚・聴覚・味覚・嗅覚
・触覚・内感」の「6種類」しかない…ということ、そして「情報の出力手段」
は「筋肉の運動」ただ一つしかない…ということです。
ついでに申し上げますと「唯一の出力手段」である「筋肉の運動」には「筋肉
からのフィードバックの内感としての入力」が伴うことは申し上げるまでもあり
ません。
8 :
「機械的唯物論」者:2014/04/03(木) 23:10:07.44 0
>>7 偽物さんは基本的にトンデモ系なんですね。
茂木など誰も相手にしはしていませんよ。
スレ立てだけに専念して下さいまませ。
9 :
「機械的唯物論」者 ◆WY1R4owh1Q :2014/04/03(木) 23:14:13.02 0
>>7 「存在するもの」とは「何か?」を完全に説明するということは、
「存在するものと存在しないものの区別」を完全に説明するということを意味し、
それにより「存在」を説明したことになります。
逆に言うと、それ以外の方法でなされた「存在」の説明(例えば観念論者の言う
「私の存在性」「思索する自我」等)は、「人間の脳が描く幻想」である…という
ことです。
本日は就寝させて戴きます。
>>9 続けると、機械さんの睡眠時間がなくなりそうなので、おやすみです。
また明日。
11 :
「機械的唯物論」者 ◆WY1R4owh1Q :2014/04/03(木) 23:18:00.86 0
12 :
「機械的唯物論」者:2014/04/03(木) 23:27:48.03 0
>>11 とっとと寝て下さいませ。
体内時計が狂ってしまいますよ。
お大事に。
13 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/03(木) 23:31:07.50 O
哲学を考えてる時点で
「考える」=「私の主観」であり
よって「考える」=「観念論」なんだよ(笑
主観について分析してるつもりが
いつの間にか「自我一般」という
客観的な視点に、すり替えて考えてしまうのが
唯物論者が陥っている落とし穴です
哲学の進歩に、ついて来れてませんね
14 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/03(木) 23:34:52.79 O
ようするに
唯物論者は「主観」を甘く考え過ぎなんだよ
唯物論で、手におえるものではありません
もっと自分をサンプルに、主観的観点で掘り下げて考えなさい
と言ってるわけ
そうすりゃ、きっと理解できるようになるよと
15 :
考える名無しさん:2014/04/03(木) 23:35:02.14 0
>>4 fate論の俺は機械のスレにはそんなにちょっかい出してないよ。これからもそんなに介入しないだろう。
と、突き放し、自由を与える。
ハードルは上がるが、自由度は高まる。
主観を一番尊重している最高位の書き込みがこのスレで一番BOT的だという皮肉(苦笑)
17 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/03(木) 23:48:12.39 O
>>17 まさにそういう知性を感じない機械的なレスが
よく分からんことには取りあえず「なんです、それ?(笑)」
と返すようプログラムされた人工知能のやうではないか
19 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/04(金) 00:05:04.39 O
>>18 ものすごい揚げ足取りで申し訳ないんだが、BOTは人工知能なんて
いうような高度なものではないよ。
>>20 いやあ、人工「無能」と書くかどうか迷ったんだけどねw
>>21 いえいえ、最高位さんに、あなたは人工知能だ、なんて言うのも
なかなかに皮肉が効いてて良いと思います。
まあまあ、最高位氏は哲学は完全な初心者です。
それでも思いっきり背伸びをして頑張ってはいるのですよ。
主観というよりも独善的にしか考えられないところは
愛嬌で受け止めてやってください。
24 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/04(金) 00:13:14.41 O
キミらには、そのBOTを論破できないんだろな
背後でパターンを決めてるのが、私だから(笑
25 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/04(金) 00:21:13.28 O
>>23 うむ
私は素人です
知識は、一般常識的なものしかありません
ただ一般常識と、知能だけで議論してます(笑
でも、キミらには論破できません
そこが面白いですね
僕はね、知性というのは主張が変わってナンボだと思ってるんですよ
前と主張が変わらないなら「考える」意味なんてないじゃあないですか
それこそBOTで十分なわけですよ
思い込みの真理にしろ絶対的な真理にしろとある宗教の教義にしろ
「うさんくせえなあ」「気持ちわるいなあと感じるのはこの辺に原因があるのではないかと思います
そういう観点で主張の一貫性などと言うものもクソくらえと思っています
もちろん、日常社会的には要請されますが
>>25 BOTが論破などされるわけないじゃないですか
論破される、というのは知性の特権です
28 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 00:29:31.57 0
えらい伸びてるな
29 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/04(金) 00:31:39.46 O
>>26 僕はね
と自己主張されましても
他の名無しと見分けがつかないんですよ
相手の立場からも考えてこそ、知性だと思うんですよね僕は
うんうん
30 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/04(金) 00:35:07.71 O
>>27 キミは、真剣に私がBOTだと思ってるわけかね?
病院に行った方がいい(爆笑
おい
それで結局
人間の思考が決定されているかいないかは
不確定性原理のみで決まる という事でいいのか?
・不確定性原理が人間の思考内容にまで影響するなら人間の思考は決定されていない
・不確定性原理が人間の思考内容にまで影響しないなら人間の思考は決定されている
この二択のどっちかという事でいいのか?
なんか他の可能性あるの?
思考は自由だろ。思考の断片までは知らないが
思考は主に経験や好みや信念の影響を受けるというだけだと思うぞ
これは何を信じるかの話になるのか まあ証明できないしな 反証もできそうにないが
まったく自由じゃないよ 人間の創造性なんて元ネタからの着想だよ
大体の創作物は何かパクリだったり経験から連想していたりと元ネタがある
オリジナリティとは何だろうね 似たような経験をした人間は同じ観念を持つじゃないか
感情なんて脳内物質の化学反応だよ 怒りはドーパミンだかノルアドレナリンだかの放出によってもたらされる
そうしたものは放出条件を満たす事によって放出される 事象が事前に決定しているなら
それを経験した人間が何を感じ何を思い何を着想するか つまり反応は 脳内も含めて
決まっている ような 気 が す る んだが
34 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 00:57:22.14 0
なんで無駄に行間あけるかな
仮に決まっていたとしてその内容までは原理的に分かり様がないんだから
主観的な自由は保証されてるでしょ?
一体何を問題と感じているのかよく分からない
36 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 01:02:04.99 0
最高位はやっぱり哲板のアイドルだなw
でもさ、不確定性原理のように等式的な命題を組み立てる能力に欠くのよね
「私だから」って主張してたってなんの分析にもなりませんよ
>>31 さぁ、よくわからんが、クオリアとか意識のハードプロブレムといわれる問題があって
まだ、そこら辺りでガチャガチャしてるのと、よりメタ?に見ると、そもそも何かが
「決定」という概念自体が人の観念から由来する価値判断的な要素を含んでるという問題がありそう。
38 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 01:04:23.81 0
機械たん自分でシュレ猫に回答が出ていないことを留意と言いながら
存在論と認識論を別々に解決される問題だと捉えるのは大間違いだと思うよ
もしビッグバン時点でのあらゆる物質の初期配置と
宇宙の全ての法則がわかっていたなら
全ての事象は算出できるのではないか
しかし宇宙は法則に従って動いている以上
人間が知らないだけで宇宙を支配する法則はあるのではないか
という事は 初期配置も 宇宙を支配する法則も
人間が知らないだけで あるという事になるだろう
全ては決定されている運命ではないのか
その中で 脳細胞の化学反応電気反応の産物にすぎない 人間の精神は自由なのか
>>34 ほらイライラしたでしょ?
俺の改行レスでイライラする者は多い
それは反応じゃないの それ自らの自由な選択の結果だと思ってんの
>>35 決定はされているのかどうかという事は知りえないけど疑問だという事なんだけど
そもそも
>>35の主張の通りならこういうスレの存在と議論は何なの?
じゃあ何を議論してるの
ただ 不確定性原理のおかげで初期配置が決定されない可能性はあるわけだな
あと 最近わかった事だが 宇宙の本来の設計図と できた現宇宙を支配している法則とは 別物らしい
というのは 観念の上では理想の円とか直線とかを想定できるのに 現実に作り出せないのは
法則が違うんだってw これって物理学の先端の話だけど哲学的な感じなんだけどw
だけどこれは法則が違うというだけで法則自体は決まったものがあるという事ではあるだろう
まさか法則自体が適宜ランダムに変化するという事はないとは思う
41 :
35:2014/04/04(金) 01:10:54.58 0
>>39 >>35の「仮に」の部分が取れるかどうかとか、本質的な自由は無くても自由感はあるだろとか色々
あとは今日の晩御飯の話とかワインの値段の話とか色々。大体前者1の後者9ぐらいの割合
42 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 01:11:25.61 0
一般性ねえ。。。
なんかの言語学の本で「一般化とは無意識になされる」というようなことを書いてた憶えがある
>>40 これ 最近わかったわけではなくて 仮説ね
あれでも裏付けるなんかの粒子は見つかったのかな よく知らんが
もし絶対的な法則があるとすると、それは時間を超越した存在であるはず
時間を超越した存在であるならば、ビッグバン以前から存在していたはず
ビッグバンはブラックホール以上の高エネルギーで何でも分解してしまうから、絶対的な法則も分解されてしまうだろう
>>44 それは何とも言いがたいな
時間自体が三次元に所属している可能性があるよ
という事は結局絶対的な法則ではないわけか
だけども三次元内限定で絶対的にふるまうという可能性はあるけど
もうこの辺は可能性の議論なのかな
47 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 01:24:39.34 0
「無意識になされる」じゃないな
一般化とは無意識ってことだ
意識的でなくしてどうしてaとbを結びつけることができる
aとbはそれぞれがそれ自体ではなんの関係も持たない
48 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 01:40:02.34 0
結びつけるパターンは、注釈の注釈の注釈として、その一般化は確かに何物でもない
パターンそれ自体はなんら特定的な事物を指し示すことを意味しない
49 :
名無しさん:2014/04/04(金) 01:41:07.97 i
意識するとは何か?
意識無いがこの世界は存在するのか?
では例えばaを構成する原子A1とA2とA3と……もなんの関係も持たないままくっつき合っているのでしょうか?
51 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 01:53:20.49 0
変換の演算子、あるいは少なくとも、
無限小変換の演算子が二重の役割をもっており、それ自身が保存量になる (byユージン・ウィグナー)
志向性は必ず整合的になされる
その変換(質)が保存量であることは、その体系における統合的な働きをも意味してる
52 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 02:03:26.92 0
1の言ってることは全部観念で幻想だけどな
でもそんなことはどうでもいいな
53 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 02:08:43.47 0
8回しか書けないんだ忘れるところだった
記憶の本でなくてゲーム氏が読んでそうな『量子が変える情報の宇宙』って本を借りてきた
これから読むわ
>>40 むーん、自然科学的な現象は、自然科学的な法則に基づいた相互作用により、
成り立っている。これは、我々を構成するものであっても、それが自然科学的な
現象として存在するのであればすべてそうなる。これは、そういう風な決まりごとなわけ。
これを決定というのなら、決定されているけど、でも、それは決定してるってことになってる
から、決定してるってだけのような気もするが。
>まさか法則自体が適宜ランダムに変化するという事はないとは思う
ランダムではないがパラダイムとして変化するぞ
「旧い」科学論の崩壊に、いわば最後の一撃であったのが、クーンのパラダイム論の「一般的受容」の効果である。
つまり、理論は観察事実によって反証されるのではなく、理論に反する観察事実があろうとも、理論は維持され得るし、
理論を打ち倒すのは別の理論である ―― というパラダイム論の一般的受容は、
クーンの論述それ自体が詳細な科学史的事例の分析に依拠する堅実な方法に基づいていたために、かなりの衝撃をもって受け止められ、
また激しい論争が惹き起こされもした。いずれにせよ、クーン以後の科学論は、社会的・心理的次元を含めた広い次元を扱うようになると同時に、
科学の「あるべき姿」ないし、なにものかの「あるべき姿」の仮託としての科学を語る規範的アプローチを断念し、
科学の「実際にある姿」を問題とする記述的(?)アプローチに転じた。
>>55 クーンかぁ。奴は我々からとんでもないものを盗んでいった。
57 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 02:30:04.29 0
レベル3で書き込めるかな
冒頭にオレの好きなホイーラーが引用されてた
「物理だけを扱う物理理論は、物理さえも説明できない。
私が信じるに、宇宙を理解しようとすれば、同時に人間も理解しなければならない。
物理世界は、深い意味で人間と結びついているのだ。」
(『量子が変える情報の宇宙』より)
58 :
哲学者次長:2014/04/04(金) 02:32:23.62 0
機械は始めから終わっているのです私にたいして
何を言うのか。
物理的でも無ければ精神的でもない。
私の存在とは個々それぞれこそが自覚的に究明す
る覚悟を
もたなければならない
一大哲学大問題である。
ホログラフィック宇宙論が正しければ
我々の宇宙はどっかの2次元世界からの投影であり
その本質は情報に過ぎないってことになるんだろうけどさ
まあだからと言ってそれが人間と深く結びついているかどうかは疑問だけど
>>54 算出し得るのかどうか
何時何分に自分が何をしてどんな感情になって何を思って といった事が
あらかじめ算出できたら自分に自由意志はあるのかどうか
その本質は情報に過ぎないという事を一般人の大多数が理解してしまった時、
希望が幻想として生み出す未来がなくなり、人間の世界は滅ぶな
>>55 ああうん
それで思いついたんだが
素粒子の位置によって法則が変化するという事はあるかもしれないな
というのはブラックホールの特異点に素粒子があれば特異点というのは法則が変化している点なわけだから
そうすると不確定性原理に従って法則も変化する可能性があるのかもしれないという
素人の着想
うーん、パラダイムねぇ。
よくわかってないから、かなり適当だけど、
専門家集団が有するパラダイムというものから、専門家集団がなかなか抜け出せない
っていうのもあるんだけど。じゃあ、専門的学術的ところから、離れた人がそのような
パラダイムから、抜け出した画期的な発想を持ちえるかと言われれば、そういうわけにもいかない。
結局、今まで存在していた(もしくは今存在する)パラダイムの一つを踏襲しているものにすぎなかったりする。
これは、単に有能な人間が数千年にわたって考えてきたことなのだから、新しい発想なんて簡単に出ない
ということに尽きるのではなくて、そもそも、我々は生きている中で、自然に専門的学術的なパラダイムの
影響を強く受けているからなんだと思う。
哲学なんて専門的に学んだことはないけど、それでも哲学や思想にふれるとき、いつも感じるのは、俺が
今まで考えてきたことや、今考えていることは、先人がある考えを見出していて、それを基底として成り立って
いたものだったのだという、ある意味で手のひらの上で転がされているような、そういうどうしようもない感覚
なんだよね。
64 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/04(金) 11:05:38.05 0
>>3>>7 機械氏は、その特異なw「存在論」によって“すべて”を語りつくすことが可能、と断言すべきなのに、言葉を濁しているようにみえる。
機械氏によれば、存在するのは“物質”だけだ。機械氏の存在論とは、すなわち唯物論であり、最終真理のはずである。
それは、存在論に「認識論」が呑み込まれることを意味している。後者は“主観”に定位して、そこから対象世界を「意味づける」言説。
もし“物質”の他に、意識に表出・表現される「主観」が手つかずのまま残されているようでは、唯物論は不完全であり、存在論としては
ありふれた二元論ということになる。
“クオリア”は意識の始発であり、そこから「主観」は形成される。機械氏は、感覚的とか指向的といった飾りをとり除いて「クオリアは
物質である」と、いい切らねばならない。それは「脳内で生起している」らしいのでw観測できるのだろう?
65 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 11:10:21.40 0
言われれば否定はできないですね。
66 :
孤考:2014/04/04(金) 16:05:04.56 0
物質は量子力学では物理学的エネルギー変化パターンの組み合わせ・重ね合わせとしてしか記述できないから、必然的に事象は決定論的ではありえません。所謂決定論は事象の近似的な記述に過ぎないということになります。
では量子力学の世界では決定論はないという事でいいわけ?
逆にもっと大きな物質の世界では決定論はあるという事になるの?
決定論は人間の問題でしょ
例えば人間が飛び跳ねれば直後に重力に従って落ちる事が決定している
認知上の問題っていうのかな
そういう分野の話にしている人が散見されるね
これは何故なんだろうね
逆に言うと俺は人間の思考も物理の分野なのではないかと疑っているという事か
ああそうだな ようは世の中の事は計算で算出されるのかという事と
人間の思考もその中に含まれているのかという事だな
しかし人間はそれがどうであれそれがどうなのかという事を認知できないのではないかという疑いが濃厚である
ここの人達は それで話は終わりだ という事でいいようだな
しかし俺の疑念は 神がいたら神は計算できるのか
人間に出来ないだけで人間を超越した何かには出来得るのか
という事だ たとえば高位の次元からみたら水が高きから低きに流れるように
確率や人の思考も何というか物理的な因果関係がみえるのではないか
そういう話は神やら異次元やら定義の議論になるのかな
人間の思考はある程度見通せる 何考えているかわかる けど算出はできない
しかしある程度見通せるからこそ ただの科学的反応なのではないかという疑念が沸く
人間の単純な その場の局面に対する感情の発露
たとえば嘘をつかれれば気を悪くする 人間はなぜかしらないが嘘を許せない これは科学的属性なのではないだろうか
もっと複雑な人間の創造性だって それに先立つ何かの経験からの発想の転換だ アンパンマンは作者の
飢餓経験からきた着想だ 経験なしの創造性はあるのかどうか
これは人間である私でさえ ここまで因果関係を推量できるという事は
人間でない何者かには 簡単な算数の問題のように100%間違いなくそうなるという解を
出せるのではないだろうか という議論はしかしするだけ無駄か
70 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/04(金) 17:25:56.92 O
決定論というのは、決定論という言葉の意味に混乱させられている人がいるが
ようするに
全ては法則性に、完全に従っているだけの世界なのか
という事ですよ
また
ランダムであろえが、カオスであろうが
それは人間に予測不可能なだけであって
法則性に従っている限り、起こるべき事しか起こりえませんし
法則性がないように見えても、ない事を証明するのは
「悪魔の証明」にあたり、まず不可能だと言えるのです
これは畢竟経験の話にすぎないが
同じ教育を受けても個人差があるだろう だから人間の精神は計算できるとは考えにくい
という反論があるかもしれないが 同じ国で似たような教育を受ければ 細かい差があるだけで
概ね似たような人格が形成されている と私は感じている 勿論極端に平均値から外れた人はいるが
そういう人は特殊な経験を詰んでいる人で とくだんの経験もなしに
その国の平均的な人格像から外れた人格が形成された人は あまりいないような気がするが
これって何かの論拠にはならないだろうか
外国にいくと まったく考え方が違うし そしてその国の人は大体精神的志向に統一性がある ように思う
アメリカ人の自由に対する考え方は 何というか自由すぎて戦場で生きているかのような覚悟があるし
いつ背中から撃たれるかわからない という事が自由という事なんだよ 的なね
それからすると日本人はずっと保守的で全体主義的で教条主義的 つまり大勢や体制に迎合し同調している
こうした人格の差は環境によって作られたものだろう という事は やっぱり計算できるのではないだろうか
しかしこれは科学的根拠にはならないな はっは
貴方達はくだらない罵りあいをしているような時でも科学的だよね結構
他の板の連中なんかに比べればね
俺なんか科学的な事を言おうとしても全く科学的じゃないね 個人的経験と勘のような推量に過ぎない
結論は「わからない」である という事がわかっている事について議論するのって
面白いよねw 何でも言える感じがするからなのかな
法則外の事が起きるかどうか
もし起きるなら それはそういう法則があるんじゃないの
法則外の事が起きるための法則なしで 法則外の事がおきるの?
>>64 存在論は、物質または物質以外のものが存在するのかを問うものではなく、
存在するとはどういうことかを問うものであり、
認識論は、存在するものを我々は正しく認識できるのかを問うものです。
従って
>>3 にあるような唯物論としての真理が得られた時点で、存在論も
認識論も同時に解決されて消失する、逆に言えば、存在論も認識論も、
唯物論的真理が得られていないために現れてくる悩みのようなものである、
ということではないでしょうか。
>存在論に「認識論」が呑み込まれることを意味している。
ではなく、存在論も認識論も、唯物論によっていずれ呑み込まれて行く、
ということになるのではないかと思います。
(本当に唯物論的真理が得られるかどうかはわかりませんが。。。)
法則外の事が起きる
という事がないかもしくはあったとしても
ブラックホールの中とかそんな限定的な場所に過ぎないのではないですかね
まして人間の精神作用が法則外であるなどという事があるのでしょうか
法則って予測の為の、未来を見る為の様でいて
結局後からしか作れないよね
法則を作ってるのは法則?
,,;;-───‐-;;,, ・〜
〜・ /;∴;∵;∴;∵;∴ヽ
彡∵;∴;∵;∴;∵;∴ミ
( ( r、 彡;;-・==-;∴;-==・-;;ミ ・〜
| 〉^へ‐L,/):.:o)∴∵∴;ミ
i/ ' ' .,イ__∵∴∵〉 ・〜
〜・ 〈 /;|:::::::::::|;∴;∵ノ_ < ボクは〈実体論〉を支持するよ ママ〜 オナホどこ〜?ゲハハハハッww♪
〉‐- ,,__,/;;;;l⌒⌒ノ;;;;;;ノ'~ /ヽ
/゛ 〈 `ーu′ l i
| 〉pikarrr ┏( ^o^)┛.| |
\,,_/ ,, # 第三の波平 | .|
|___,,___,,,_,,_ノ. ノ
|. (x) 9 /
| ヽ、_. _,ノ 彡 イ
.| (U) .|
ヽ 人 ノ
80 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 19:16:10.54 0
これは妄想だけどさ
論理や数学は物理法則に還元できないと思うんだよな 還元すると壊れちゃう
と思うんだよな だから物質で全てを説明しようとすると
ほとんどの内容がこぼれちゃうと思うんだよな
82 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 19:33:51.38 0
>存在論に「認識論」が呑み込まれることを意味している。
胡散臭すぎ
83 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 20:50:28.76 0
法則というのは、結果(=実験結果)に基づいて定理、公理を創る(数式化する)。
だから、法則とは必ず命題(=公理)に基づいて推論し結論をだすというプロセスをとる。
>>80 逆だよ
論理や数学や物理法則は物質の在り様を記述する為に抽象化・簡略化した概念なのだから
元々「こぼれて」いる
全知全能の存在は論理や数学や物理法則を必要としない
85 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 23:06:24.05 0
>>84 よくわかんないんだけどさ
全てを物質では説明できないと思うんだけど は間違ってる?
>>85 「全て」とは何だ?「説明」とは何だ?
物質以外の何がこの世界に「在る」というのだ?
「物質」とは突き詰めていくと何なのかも分かっていないんだから
物質で説明できるとか嘘つきもいいとこだろう
我々が見出すことのできる法則がすべて、その法則に則ったら、
確実にこのようなことが起きるというようなものであるとは、
限らんだろうに。
89 :
考える名無しさん:2014/04/04(金) 23:36:39.34 0
>>86 ある意味で私は論理や数学でできている部分があるから
私は物質には還元できないのかなと思ったんだ
90 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2014/04/04(金) 23:38:59.69 0
>>57さん
このようなお考えをお持ちの方がいらっしゃるのですね。
当に如実知自心です。
>>90 密教は偉大です
唯識などはそのまま現代思想に通用しますからね
物質というのも「仮定」であることを知るべきなんですよ
何にも人間はわかっていない
そういう内観だって必要です
>>70 全然ちがいます、おまえのバカさは底を越して幾度も大勢の人が訂正を
もとめたが全てを聞かない。
その病的な態度とバカな行為を自覚できていないなら精神病院にでもGO!
93 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 00:53:34.81 0
最高位は正しいことを言っているのだが、
政治的に彼を叩き出して、安全地帯に安住したいと願う唯物論者たちが
機械をはじめ、その信者たちの特性そのもである。
94 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 00:59:46.43 O
>>92 じゃあ何が違うのかの
ご説明お願い致します
というか
言われる前に書けよ
それが反論というものだろ
そんなんも、わからんのかよ
95 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 01:03:12.05 0
96 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 01:16:22.09 O
>>95 議論を放棄し、下品な事しか言えない人達だから
ほっときゃいいですよ
97 :
「機械的唯物論」者:2014/04/05(土) 01:25:18.90 0
唯物論は論破されてはおりません。
物が現実的にはどういう形をとって存在しているのか、また真の素粒子などあるのか
そういうことはいまだ不明ではあります。
しかしそれでも現状における「もの」としての外界の物質はが何かを形成している
ということは確かなことであり、そこから思考を始めることの的確さはあらゆる方法論
の中でも確実性の高いと思われる行為なんです。
究極を目指そうにも、残念ながら人間の知恵はそこまで到達していません。
いま現在の、もっとも信頼できる思考が唯物論であるということなわけです。
なんだおまえら
あれはわかってない これはさだかでない
じゃあはっきりとわかってることはなんなんだよ
んなもんねえよ、蓋然性を語っているだけ
100 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 01:41:06.49 O
>>97 それは認識している対象に対する素朴実在論であって
これはこれでいいと思います
しかし、唯物論とは意味が全く違います
101 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 01:42:39.00 0
はっきりわかってるのは
飯を食うのはウマいってことですね。
103 :
「機械的唯物論」者:2014/04/05(土) 01:51:36.61 0
>>100 マルクス−エンゲルスによる「唯物論」とこのスレにおける「唯物論」は違うものです。
全体的な枠組みということで申し上げますと、現代英米哲学における「唯物論」とでもいった方がいいかもしれません。
つまり我々人間主体の「意識」にとっての論理ということになります。
「クオリア」がその人のものであるのと同じように。
104 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 01:53:38.48 0
全知全能のパラドックスはそのまま人間のパラドックス
全てを知ることができないから本当に正しいものを知ることができない
知り得る全てを知った後人は何も知らなかったことを知る
ものすごく適当解釈
105 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 01:54:25.04 0
>>103 ドイツ語の長文を直訳したのかと思うほどの
意味不明文章。
ふざけたことをいってるんじゃない!
106 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 02:06:50.08 0
「機械的唯物論」者 近影
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| リ三,, - 'i': : : : :゙:'ヽ. :: :::'' ,, -'':゙:゙:゙゙:':'ヽ-,, 彡 |||
'ヽ, |': :(●): :| 'ヽ::: .::'.'/ |: :(●): :| ゙''-,,,,,:::||
-=-,,,丶|,,: :'''': :,,リ,-,,,|:::: ://.,,,,,,,|: : :''''' : リ/゙-ヾ 丿
゙・ ''゙゙, -・-゙'''''''''゙-=≡_丶 '''',ヾミミ゙゙''''__-'''_彡ヾ'''' /ソ
''|, ゙ ゙゙,-'''゙ ヽ-  ̄ ゙゙ | ,ノ゙
゙ヽ, ,,,, // ,ヽ .,,, ,||||||
||||i,, 1゙゙,,-ヽ,,,, ,/゙゙.. :ヽ, ..,,,,,゙゙゙リ /|||||||
|||||ヽ ゙'' |ヽ''・,,,','- ''''ヽ,,-''''゙ ,,,,:/.,,,./:リノ 丿||||||
:|| |||iゝ fリt^-'',',,・-..,┬,,,,...--・・,゙゙_ リ// /||| リノ
||||ゝ,,丶\::v || |:‖ -__w ヽリ゙リ゙|j:‖// /|リ
ヽヾゝ''ヽヽ::,, --v,‖ :リ,,リ,゙,,,,,::://ノ /リ
ヾ|ヽ,゙ヽヽ,, ''|'''_ :::ソ/ /リ
| ゙ヽ.\゙Vri ri | ‖iヾソノ / |
| \,゙' ,,゙''''''゙゙''''''゙゙/ / |
| \ ゙゙'''''゙゙'''''''゙ / |
゙'ヽ-----''゙゙
おぞましい表情で決定論を解説する「機械的唯物論」者氏
107 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 02:13:08.51 O
>>103 意識やクオリアは、観念です
観念論は、宗教とは別です
混同させるような批判は、語彙の意味を間違えていますので
訂正するようにして下さいね
108 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 02:13:09.26 0
機械って波平の可能性ない?
109 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 02:24:26.50 0
マン・スジという歌手もいたなマン・スジという歌手もいたなマ
ン・スジという歌手もいたなマン・スジという歌手もいたなマン
・スジという歌手もいたなマン・スジという歌手もいたなマン・
スジという歌手もいたなマン・スジという歌手もいたなマン・ス
ジという歌手もいたなマン・スジという歌手もいたなマン・スジ
という歌手もいたなマン・スジという歌手もいたなマン・スジと
いう歌手もいたなマン・スジという歌手もいたなマン・スジとい
う歌手もいたなマン・スジという歌手もいたなマン・スジという
歌手もいたなマン・スジという歌手もいたなマン・スジという歌
手もいたなマン・スジという歌手もいたなマン・スジという歌手
もいたなマン・スジという歌手もいたなマン・スジという歌手も
いたなマン・スジという歌手もいたなマン・スジという歌手もい
たなマン・スジという歌手もいたなマン・スジという歌手もいた
なマン・スジという歌手もいたなマン・スジという歌手もいたな
110 :
「機械的唯物論」者:2014/04/05(土) 02:32:56.10 0
>>107 意識やクオリアは観念ではありません。
しかし実在でもありません。
意識というのは我々が「考えている自分」であるところの存在です。
そしてこの意識には「色彩」や「匂い」などの「質」という感覚があります。
この感覚を「クオリア」と呼びます。
つまり「意識」という「考えている自分」の中に「質」である「クオリア」があることになります。
ですから、観念ではないのです。
観念とは「言語の影響を受けている思考」を指しますので。
もうだいぶ遅いですが、本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
111 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 02:46:21.21 O
>>110 「言語の影響を受けている思考」というのは
「概念」を使うべきですね
「観念」は、主観的なこと全般を指します
たとえば「観念論」は「言語の影響を受けている思考」についての論ではありません
いや
しかし、むしろ
そうであるならば、尚のこと、
>>1における観念論批判は的外れだという事になりますね
訂正しましょう
「機械的唯物論」者=哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ
113 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 06:14:00.50 0
マイ観念論
vs マイ唯物論
115 :
「機械的唯物論」者 ◆WY1R4owh1Q :2014/04/05(土) 10:51:09.25 0
>>110はなりすまし、偽者です。
判る人はわかると思いますが、
本物はトリップつけておりますから、皆さんご注意ください。
主体論を客観論と言い切る発言を繰り返すコテハンバカの多いこと
117 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/05(土) 11:02:58.44 0
>>75 機械氏には“存在論”しかありません。
「物質だけが存在する」というのがそれ。“論”というよりも簡潔明瞭な信念、いや信仰である。
機械氏によれば、すべては“物質”に還元される。“主観”的所産であるクオリア、感情、観念…等も悉く
“物質”に還元される、つまり主観による言説「認識」論も物質なのである。
モノのなかに意識に表出される主観的な一切が「呑み込まれる」というのが機械氏の夢みる唯物論の最終形。
唯物論⇔存在論であり、認識論は事実上、消滅する。むろん、御伽噺である。w
その前に「クオリアは物質である」ことを論証しなければなるまい。
118 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 11:22:03.36 0
いや
しかし、むしろ
ん
ちがうか
哲学者最高位の自演が確定しました
最高位は昔からでしょ、そんなのまともという前提で話していたら
精神疾患になるよ。
誰が機械コテにしても同じようなもんだろ
だいたい>115が一番嘘臭いんだよ
この時間に書けるならもっとちゃんと書けや ボンクラ!
122 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 15:01:43.75 0
ブラックホールの底って無限らしいじゃん
計算不能だよ
123 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 15:02:31.43 0
この世は、
遠い未来より眺めると、一定方向に流れ、逆流することは無い。
総て、「決定されたもの(総てを導く唯一絶対の神によるもの)」で
我らには
「死」のみ確実。
どうしても
意識がどうであれ
聖者の「さとり」であれ
ただの、おそれであれ
狂気であれ
最後は
「いのり」のみ。
感情もブラックホールみたいなもんなんだよ
違うってなら数式出せ
大体人間の人格や思考は何から作られるの 経験じゃないの
経験していない事から着想を得られるの 経験していない事から実感を得られるの
経験していない事から人格が形成できるの 実体験がなくとも何かについて思索しただけで
もう実体験はなくとも思索の経験があるわけだからね
童貞がセックスわかるのかよ!
動物に言葉を教えれば言葉をある程度覚える
猿に至っては教えてない道具の使い方まで見真似で覚えてしまう
これって経験があるからであってなければそうはならないんじゃないの
人間なんてこれのちょっと複雑な程度にすぎない!
127 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 16:42:29.78 O
>>115 キミも偽物ぽいんだが(笑
では、具体的に
キミからの反論を、お願いします
世の中は全て因果だな
全く訓練や関係する経験なしで警察犬のようなふるまいが出来ている一般犬がいるか
人間だって同様 勉強なしで学力を得られるか
因果だ 全てが因果関係で縛られているのなら 宇宙が最初に出来た時点で
宇宙の終わりまで全て因果関係で割り出せるという事だ!
129 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 16:57:33.80 0
無限って存在するのかな?
頭の中で無限が存在するのかわからない は理解できるけど
現実の実在で無限が存在するかわからない は成立できるのかな?
妄想かな?
存在しないものでも言葉があると理解できるよね 概念という事だけど
日本語にない語彙もあるわけだから 人間の思考は使っている言葉による制約もうけている事だろうな
131 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 17:04:55.58 O
>>129 いや
それは、とても大きな謎ですよ
世界は矛盾している
132 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 18:15:22.14 0
他のもののうちにあり、他のものによって考えられるのではないもの。
133 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 18:17:11.71 0
あ、でも、日本人のプライベートな概念は
理解されにくい傾向にあるようです。
>>117 機械氏の言われているクオリアは、物質ではないものの物質の一面である
状態や作用にあたるものと言えるのではないでしょうか。
(質感うんぬんというクオリアの本質の話ではなく、クオリアを外側から
見たときの仕組み的な話です)。
「感覚的クオリアを受容して志向性クオリアを変容させる」というような
書かれ方をしていましたから、志向性クオリアは状態を表すものであると
思います。
機械氏の言われる志向性クオリアは、脳の状態(脳細胞ネットワークの
有り様)を意識として意味のある形に解釈したもの、感覚的クオリアは、
脳内の電気信号の作用を意識として意味ある形に解釈したもの、
と言えるかもしれません。
なお、この意味ある形への解釈というのは、脳をPCに例えたとき、
ファイルシステムや、ファイルとアプリケーションの関連付けによって、
ディスク上の単なる0/1の並びがフォルダとして見えたり実行ファイル
として見えたり、あるアプリケーションのデータとして見做されたり
するようなイメージです。
ブラックホールに飛び込めば自由になれるかもしれない
136 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 19:04:00.88 O
>>134 今から重要な事を書きますね
ようするに
物理現象を、完全に異質な性質をもつ「観念」に変換しているものが
人間の精神性の根源にあるという事なんですよ
>>136 そうしますと、この世は
・物理現象
・観念
・変換するもの(物理現象→観念、人間の精神性の根源に存在)
の3つから構成されるということでしょうか。
この変換するものとは具体的にどのようなものでしょうか。
>>134 いいレスだなぁ。
>>117よりもその理解の方が機械さんの意図にはおそらく近い。
ニューロンネットワークのあり方を意識として意味のある形式にしたものが志向的クオリア。
器用な定義だと思います。本当もうこれ、「私」でいいと思うんですが。
139 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 19:50:28.49 O
>>137 >「そうしますと」
短絡的に考えるのではなく
冷静に、事実を分析する必要がありますよね
唯物論では手に負えないでしょう
140 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 20:01:43.29 0
イメージというものが物質から想起されているが、物質のどこを探してもイメージやフォルダは見つからない
解釈と言うが、全く無いものを解釈の仕様がない
何も無いわけではないが、物質には区別あるいは境界が無い
141 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 20:04:42.27 0
状態や作用と言っている時点で既に意味ある形に解釈してしまっている
>>138 >ニューロンネットワークのあり方
それの可能性が見えていないのでは?、●●のあり方、ありさま、ありよう
つまりそれが情報を宿し、情報そのものが対象であるという話しになっていないか?
それらの情報とは写しとった劣化コピーとそれを形骸化したものや抽象化した観念の素
だろう。
つまり外界からの情報が主であり、移し取った情報は主ではない。
故に「私」という主体は脳で区切ることはできない。
脳の外側の肉体は「私」であり、他人から移植した腎臓は「私」であり
私の家族は「私」であり私の住む地球も「私」となりえる。
機械的論理のように定義を狭めて狭い範囲で「私のモデル」を考えるならば
それでもいいだろう、しかし私が脳だけでは無理があるだろう。
無理やり私を孤立してしまえば私とは孤立した世界での私の「あり方」
である。つまり機械的な閉じた世界での私の「あり方」もっと閉じれば
宇宙に脳が1つだけありその他生物がいない「脳」だけが存在する
その「あり方」と限定してしまう。たとえ人間の肉体に延長しても同じこと。
人が人であるための条件は最低でも必須であり、それには人を生かす為の
世界(家族社会)があり世界にたいする人である。それが脳の情報処理の
あり方であるのでは?
つまり私は宇宙であるという事ですね
>>135 ブラックホールから光が抜けられないのは
ブラックホールの中心に無限大の重力があるからである
ブラックホールの中心に近づくほど重力はつよくなり
ブラックホールの中心に近づくほど引かれる速度は増し
ブラックホールの中心に近づくほど時間は遅くなる
ブラックホールの中心が無限の重力という事は 無限に速度が増し 無限に時間が遅くなるという事であり
ブラックホールの中心は特異点であるが 物質はブラックホールの中心に到達する事はできない
つまり この世界に特異点はあるが さわれません
脳はニューラルネットモデルで計算することで意識なんて簡単に生まれるよ。
意識とは計算にすぎない。クオリアは計算したそれの説明の仕方にすぎない。
>>144 ブラックホールの中心は最新の科学モデルでも曖昧な説明しかできない。
無限大の重力は既に否定されている。ブラックホールにはサイズがあり
それは超弦理論で粒子は点ではないことで無限地獄の論理矛盾が解決された
標準理論ぐらいしらべてこいよ。
粒子ではなく量子的な熱量が存在する話とか学んでこいよ。
その紐のサイズや空間を示す長さは重力には影響されない。つまり潰れないし
無限重力場みたいなものは空想である。
>>146 そうですか。
最新の科学モデルでは
三次元上の存在はブラックホールの特異点に到達し得るんですか?
>>142 >それの可能性が見えていないのでは?、●●のあり方、ありさま、ありよう
>つまりそれが情報を宿し、情報そのものが対象であるという話しになっていないか?
この内容が私あんまり理解できてないですが、
ニューロンネットワークのあり方とは情報「処理」のあり方だと考えます。
各々の脳に各々の処理方法があるという事に疑問がありますか?
ちなみに、「情報そのものが対象」とはクオリア=外界というような事を指してます?詳しく。
>故に「私」という主体は脳で区切ることはできない。
>脳の外側の肉体は「私」であり、他人から移植した腎臓は「私」であり
>私の家族は「私」であり私の住む地球も「私」となりえる。
その核となっているのは何かという問題だと思いますよ。
身体はあくまで「私の身体」です…というと身体論に怒られそうですが。
ここでいう「私」とは一体何か。それが核心的な問題でしょう。
だからといってあなたの言うような「私」を消去するものではなく、
拡張的に考えれば許容できるはずですよ。
その核となっているのは脳と感覚器官であると見なしても、
感覚器官に情報を送る何かが必ずセットになっていなければならないようだ
>>145 >意識とは計算にすぎない。クオリアは計算したそれの説明の仕方にすぎない。
おそらく根本的な問題の一つが計算機の自律性の問題で、
これを認めるかどうかは私とか意志に深く関わってくる。
あとは演算能力の違いが質的な差異をもたらし得るか、でしょうか。
152 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 20:52:36.92 0
物質で論理を組み立てると言うよりも
論理で物質を組み立てると思うんだけどな
そもそも、有形物のみが存在しているということに終始するのが、
存在論というわけではないのでは?
155 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 21:58:55.83 O
>>145 「意識」を生み出す事に成功した例はありません
「意識」という言い方は、ややもすれば一般論的な視点であり
いわゆる「自我」に対する「他我」のような
客観的な視点で述べられる事が多いですが
「自我」の本質は「私」です
これを忘れてはなりません
簡単に言えば
私の死後、物理的な理論で
どうやったら、私は生き返る事ができるのか
という事です
___ ____
゙=c_ \ /_っ='
く:::\ /:::>'
\::::\ ...-ー、,-─ /::::/
\ -=ニ=- -=ニ=- /
\.. / ー-' ヽ /
\::.| ト‐=‐ァ' |: / 存在しない存在の実在は観念なのかね?wwwウヘヘッ♪
|::| ` `二´' |:|
,r――--、,,_ノ r、 三 η ヽ___,,.―‐-、
( 〃ヽヽ //ヾヽ )
ヽ `ヽ、 ⊂ニpikarrrニ⊃ ,r'' /
ヽ } ` ー-ヾヽ// ヽヽ〃ー‐''7 /
ヽ .{ ι' 三 ヽ) {. /
/ ::ヽ (_ヽ \、
(。m。ノ `ヽ、_nm
このスレってこんなAAの煽りですらちょっと知的だよねw
このスレ民の平均的な一日
10:30 愛車のポルシェ(1000万円以上)でフレックス出勤。ジーパン姿でホットドック片手に会社の玄関に到着。
10:45 ベルリン支社に早口のドイツ語で米国債300億ドルの売り注文をするように指示
10:50 社員専用のスタバで高級コーヒー。出向中のイギリス人と早口の英語で談笑。
11:30 昼休み。美人OLを連れて健康志向の高級ランチ(@4000円)を食べる。その後出向イギリス人と社員専用のグランドでクリケット対決。
14:30 昼休み終了。外人役員の前で、早口の英語で新しい金融商品のプレゼン。役員は大喝采。
COOLに立ち去るが、部屋を出て資料補助の美人OLとハイタッチ。
15:15 ベルリン支社より、午前の国債取引で40億ドルの利益が出たとの報告メールを確認、小さくガッツポーズ。
それを美人OLが目撃、クスリと笑う。照れ隠しに爽やかなウインクで返す。
それを受け、美人OLから社内メールが届いてた。【タイトル】ばーか(笑)【本文】取引成功おめでと!
15:20 社員専用のスタバへ、キックボードで移動。出向中のドイツ人と談笑。話題は「MBA留学時代の思い出話」
16:00 フレックスなので退社。ポルシェでジムへ直行、みっちり2時間体を鍛える。
18:30 美人OLと待ち合わせ。
18:35 歩いているとでかい水溜り発見。20万のコート水溜りにサッと敷いて「姫、おとうり下さい」。高級ディナー(@35000円)。
20:00 シティホテルのスイートルームで美人OLと濃厚なセックス。
21:00 イキまくってまだ痙攣している美人OLを尻目に、COOLにホテルを出る。
21:20 帰宅。シャワーを浴びて真っ白のバスローブに着替え、片手には高級ワイン。高級葉巻をいっぷく。ひざには黒猫。
21:30 パソコンの電源を付け、仕事スレに「残業おわた たいしにたいしに 発泡酒とコンビニ弁当食う@35歳ハゲ」と書き込み。
22:30 ブランデーグラスと皿を全自動食器洗い機にほうりこむ。仕事スレに「土曜のヘルスだけが楽しみ @35歳ハゲ」と書き込み。
24:00 NYの株価をチェック。貯金の70万ドルで取引し、1時間で5万ドル稼いだ。
24:30 「早く寝なさい」のAAコピペを貼り、パソコンを切る。ドイツ留学中の彼女と電話し、就寝。
過去の「私」と同一性を持つと錯覚した「私」を生み出すことじゃあないかね(適当)
161 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 22:17:41.88 0
寝ているときは意識ないんだろ?じゃあ、起きているとき活動している部位から
寝ているときに活動している部位を差し引けば、のこりが意識の座なんじゃないか?
無意識は意識があるの?ないの?
163 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 22:31:23.21 O
「私」の定義が適当なんだからそんなもんでよかろう
165 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 22:39:51.00 O
>>164 いや、それは他人を考慮に入れるから
ややこしく感じてるだけで
「自分自身」は唯一的であり
定義もくそもないでしょう
お前さんの中ではそれでいいんじゃないの?
「他者」に同意を求めなければw
無限という意識がある時点で意識は物理法則に当てはまらない
1から無限の彼方まで数えてきてからまた書き込んでごらん
>>165 多重人格障害ってあるけれど
これだと「自分自身」は唯一的とかいってられないのでは?
>>165 あなたのいう「私」というものについては、みんなわかってるのよ。
問題は、そのあなたのいう「私」というものから出発(演繹)しても何も生まれないってこと。
そういう閉じた世界でしかないわけね。だから、それについて語ってみたところで、ほぼ無意味なの。
意識ってのは理解のことでブラックホールの特異点とか広がり続けてる宇宙とか
実際に無限なものはある
172 :
「機械的唯物論」者 ◆WY1R4owh1Q :2014/04/05(土) 23:05:49.26 0
本日の東京新聞夕刊をたまたまながめていたら、7面の上半分に「文化」
特集があり、その「土曜訪問」とい記事のタイトルは「独自視点の『哲学入門』
を刊行」というものでした。
いや、そちらが副タイトルで主タイトルは「唯物論で世界を斬る」の
方かもしれません。
特集の対象は戸田山和久という名古屋大学教授で、「科学の知見が進み、”よく
できた機械”にすぎないと分かってきた人間を、今後も特別だと言い張れ
るでしょうか?」という彼のコメントが印象的です。
日本科学哲学会の会長を務めている方のようですが、今日まで全然知り
ませんでした。
早速、アマゾンで取り寄せて読んでみるつもりですが、このスレの観念
論者さん達も一読されてみたら、如何ですか?
尤も「本当のこと」をお知りになりたい方だけにしかお勧めできません
が…。
観念論的誤謬の居心地がいい世界に留まりたい方はこのスレで、私の拙い
レスをこき下ろしている程度に知識を押し留めておくことをお勧めいたします。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
有限の中でしか成り立たない決定論を唱え続けてるのはカルト
174 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 23:08:30.64 O
>>172 ちょいまってください。
機械さんの存在論は、自然科学的な存在以外は存在しないというものに尽きるように思えます。
しかしながら、存在がすべて自然現象以外の存在を認めないということそれ自体が存在論という
枠組み内で語られるべきものであって、存在論という命題からアプリオリにわかるものではないはずです。
>>163 あのねえ無限ってのは数学という幻想の中でも更に幻想扱いなんだから
軽々しく実際にあるなんて言っちゃダメだよw
177 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 23:12:20.63 O
>>169 ハッキリ知らないけど
それは、その時々で本人なんじゃないかな
記憶や要素、連続性がないだけで
178 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 23:17:38.33 0
>>172 戸田山和久も知らないのか?
論理学とかちゃんと勉強していないのかよww
幻想は意識じゃないのか?
180 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 23:18:16.28 O
>>170 閉じてるんなら、閉じている
としなきゃ
逆に、何も始まらないのでは?
自分の希望に沿わないからといって逃げてたって意味がない
まず、事実を受け入れる事から始まる
181 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 23:20:29.61 0
>私の死後、物理的な理論で
>どうやったら、私は生き返る事ができるのか
>という事です
他人だって、同じだろw
182 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 23:21:00.01 O
183 :
「機械的唯物論」者 ◆WY1R4owh1Q :2014/04/05(土) 23:23:52.90 0
>>175 >自然科学的な存在以外は存在しないというものに尽きるように思えます。
「存在する」という言葉は様々な文脈に使われますよね?
「あなたは死んでも私の心の中に永遠に存在する」とか口にする方に、
「>自然科学的な存在以外は存在しないんですよ」
と言っても「言う方の『存在』の意味と、聴く方の『存在』の意味」が
完全に「違う」ので、意味が伝わる筈はありませんよね?
ですから、そういう極端に単純化(単語数を節約)したご質問には
「YESでありNOでもある」としか申し上げられませんね。
本日は就寝させて戴きます。
>>178 Amazonで絶賛されて痛々しいレビューのついてる低レベルな教科書の著者?
185 :
「機械的唯物論」者 ◆WY1R4owh1Q :2014/04/05(土) 23:29:18.21 0
>>178 哲学の分野において、機械的唯物論=真理について堂々と主張される
方が増えてきたことは歓迎すべきだと思いますね。
とにかく、三百年前の西欧の観念論哲学者のテキスト解釈だけが哲学
である…という風潮がなくなってきているのは喜ばしいことです。
本日は就寝させて戴きます。
186 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 23:29:56.39 0
>>180 その閉じている世界の外の話をしなければならない。
なぜなら、その外の世界でなければ、何も生まれないから。
端的にみんなが何をいいたいかといえば、そんなだれでもわかってて、
そこから何の展開も見せない話は、無駄だ、ということ。
そういう無駄なところの話をしているので、そういう閉じた世界以外の話を
しようねって誘導してくれてるの。
188 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 23:32:02.74 0
>>184 日本科学哲学会長というのは事実のようだ。
半永久じゃなくて一定の条件下で限りない半無限があるギリシャ神話の神的な
命とか生命が半無限
読んでもいない本に「本当のこと」がどうこうと…
捨て台詞にしか見えません。
とりあえず「脳は計算機」という観点から、
「志向的クオリアによる感覚的クオリアの構成」
という「観念論」を整理してみてください。期待しています。
電子雲は無限遠まで広がっているぞ
宇宙に端があるとして、その端も突き抜けている
宇宙の端に有った電子が次の瞬間に反対側の端に現れる可能性もある
192 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 23:38:10.60 O
>>187 外の世界は外の世界
それは科学とか、そういう分野
科学は科学
ソレはソレ、コレはコレであって
ちゃんと分別つけなきゃね
って話ね
哲学の話をしてるんだから
宇宙は広がってる生命は増えてる物理学者は同じ量でしか考えない
194 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 23:40:26.21 0
>>190 機械はバカだから仕方ないよ
もうあいつには飽きたww
>>183 おっしゃる通りでしょう。まさに機械さんがおっしゃるように、存在の意味というものは、
それぞれに違ってくるのです。その存在なるものの意味を問うのが存在論であって、存在とは、自然現象
としての存在であるとしてしまった時点で、すでに存在そのものの意味を先取りして決めつけてしまってるわけです。
196 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 23:43:18.95 0
>>195 それじゃあ、哲学じゃなくてポエムになっちまうけどねw
戸田山さんの哲学入門はちょうど読んだばかりです。
「唯物論的・発生的・自然主義的観点からの哲学入門」ということで、
機械的唯物論ではないですし、無論「クオリア」などという非唯物論的概念は
全く出てきませんw
感想は、まあまあ面白いのですが、心身問題については肝心な点をスルーして
いきなり進化論の話になるので(この種の論者はえてしてそうです)、がっかりです。
それと、「決定論が正しいとすると刑法が成り立たなくなる」という話があって、
どうにも理解できません。徹底的に「唯物論的」に考えれば、各人の欲求と
その政治的調整だけが問題のはずで、刑罰などは報復欲求を政治的にどう処理して
社会秩序を保持するかという話になるだけで、決定論などおよそ
無関係のはずなのに、こういう倫理の話になるとなぜ「唯物論」を徹底
できない人が多いのか、不可解です。
>>196 それが、残念なことに、俺は、どちらかといえば自然現象としてはとらえられていない
存在というポエムのような存在を対象とする学問を専攻してるんですよね。
199 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 23:51:01.31 0
>>197 機械にとっては自分のオリジナリティーが維持できてほっと一安心じゃないのかな?w
200 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/05(土) 23:51:13.30 O
>>191 キミ、「無限遠」て何なのか、わかって言ってるのか?
言うのは簡単だけど
メルヘン文学なのか何なのか
実際の具体的な状態が確定しない
ようするに「こういう状態」だと言えない状態なんだよ?
「この物理世界は、確定してない世界だ」って事になってしまうだろ
そんなの、唯心論なみのメルヘン世界って事になるんじゃないかな?
201 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 23:52:14.67 0
>>198 それって非科学的でも全然OKということでしょ?
>>197 近代学派、決定論あたりでぐぐってみてください。
203 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 23:54:59.67 0
>>200 なんで増税前にPCを買わなかったんだ?
>>201 自然科学のみを科学であるというのであれば、そうなるでしょうね。
205 :
考える名無しさん:2014/04/05(土) 23:59:32.90 0
>>204 メルヘンは哲学界の研究対象にはならないよ。
ニーチェの「ツァラツストラはこう語った」なんかもメルヘンチックにも
読めるが、一応哲学書としての意味でしか研究されていない。
メルヘンとして評価するためにテキストを読解する哲学研究者はいない。
従って、あんあたは板違い。
206 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 00:01:27.98 O
>>203 PCはあるよ(笑
でも書き込もうとすると
いつもはじかれるから、もうあきらめたわけ
ああ、馬鹿な上に情弱か
>>202 私は一応法学部出身なので、そのあたりの「常識」は知っています。
まさに、唯物論と決定論が正しいのなら、「決定されていた行為については
責任を問うたり罰したりしてはならない」というような
「自由主義的(観念論的?)常識」はむしろ成り立たないはずだ、ということです。
決定されていようがいまいが、「その人の人格的な意志に基づく行為」で
被害を受ければ報復の欲求が生じるのは事実なので、刑法はそれに
政治的に対処するだけのことです。何も難しいことはありません。
戸田山さんはせっかくかなり抜本的な常識の見直しをしているのに、
なぜそういう肝心の点ではおかしな観念的倫理?にとらわれているのか、
よくわかりません。
>>200 無限遠の位置では存在確率ゼロと確定しているようです
210 :
あまの:2014/04/06(日) 00:08:14.04 0
法学の根拠とか早い段階で幻想になってしまうからな。
211 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 00:08:36.84 O
ぷっ(苦笑
>>205 いつの間に、哲学は自然科学の一分野に成り下がったの?
論理学の話が出てきたけど、非常に数学的な学問だけど、Logicなんてものが
自然現象として存在しているとして、論理学は、自然現象としてLogicを研究してるとでも思ってるの?
213 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 00:10:00.66 0
まあ機械は茂木を崇拝しているくらいだから
戸田山を読んでもいないのに絶賛するのも理解はできるなw
>>197 >「唯物論的・発生的・自然主義的観点からの哲学入門」ということで、
>機械的唯物論ではないですし、無論「クオリア」などという非唯物論的概念は
>全く出てきませんw
mechanical materialismは基本的に、物質一元論、自然主義の徹底です。
脳を機械として捉える機能主義とは親和性があります。
最高位さんの言うタイプの古典的な「心」を解体するところまでは
戸田山和久…というか私もですが、同じ方向で考えているはずです。
「人の心に、主観に、特別なところは何もない」という事です。
ただ、機能主義を採った先に、その「機能としての心」を消去する
とまではいかない。それを対象としているので当然ですが。
ただ、機械さんはそこまで行く。
物の機能としての「心」「私」「意識」「意志」も無いと言いたいようです。
半分レトリックの問題な気もしますが。
クオリアについてはそのうち無かったことになるのでは。
「志向的クオリア」を育てる事が人間としてのどうこう言っていたので、
今更何事もなかったかのように回収はできないかな…。
なぜあんな事を言い出したのか…。
215 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 00:17:28.31 0
>>212 もはや自然科学を無視して存在し得る学問は無いんだよ。
例えば文学者だって、村上春樹や大江健三郎が原発反対を唱える文脈でも、
環境派から「CO2はいくら増えても良いというのか?」と言われたら、
それなりに「自然科学に矛盾しない回答」をしなければならないことぐらいは知っている。
>>208 ここで、法学的な話をするのは板違いだけど、
「決定されていた行為については責任を問うたり罰したりしてはならない」
というように、戸田山先生がおっしゃていたのであれば、それは刑法学における
近代学派的な意味合いでの決定論について多少誤謬があるような気はしますね。
ただ、上記のことをあなたがそう思ってるというのであれば、刑法学的な意味での
決定論についていささか誤謬があるように思われます。
もとより、近代学派的な決定論は現在の刑法学において完全に否定されたものではなく、
その影響を十分に受けています。ただ、固く決定論を貫く場合に犯罪に対する刑罰の
対象はあくまで人であることになりますから、犯罪を犯すことが決定されている人であれば、
犯罪を犯す前にそれを予防するために刑罰を科すこと方がより社会のためになりますから、
その意味で、予防拘禁と刑罰に本質的な違いがなくなってしまうというように、非常に困った結論
が出てしまう危険性があるわけです。
217 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 00:23:32.94 0
>>214 機械は基本的に軽口なんだよ
ペロッと思いつきを書き連ねちゃうタイプ
薄っぺらい人間だよ
218 :
あまの:2014/04/06(日) 00:25:20.15 0
法学の根拠は、利害や刑罰の計算式だからね。
決定論という形而上学とは何の関係も無いよ。
あー、一応最高位さんが突っかかってくる前に言っておきますが、
「主観が他ならない「この主観」である」
という事は確かです。
で、主観について機能主義を採ったところで主観的事実を物理学の対象とする
事もおそらく無理です。構造が明らかになったところで、
挙動を計算できる訳ではないので。(既に認知科学が物理学ではないですし)
220 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 00:27:28.92 0
>>214 意識の中を自省してみると機械の言う感覚的クオリアと志向的クオリアしか
存在しないという主張については、そうかもしれないと思うのだが。
おれだけ?
>>215 村上春樹も大江健三郎も小説という文学を作ってる人であって、
文学を研究する学者ではないんだけど。何を言ってるの?
自然科学を全く無視できるのかはわからんが、自然現象を所与のものとして
研究するのと、すべてのものを自然現象として、自然現象から出発して研究しなければ
ならないということは全く別の話だよ。
222 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 00:31:13.94 0
立体視を志向的クオリアの典型として挙げているチャーマーズに
機械は同意していたよね?
立体視能力はたしかに感覚的クオリアだとは言えない
>>214 戸田山さんの基本的問題意識は、
「ありそでなさそでやっぱりあるもの=存在もどき」を唯物論的世界観の中に
どう描き込むか、というものです。
で、「還元主義」はうまくいかないとして最初に退けられています。
「存在もどきは観点に応じて現れる」という考えも、退けられます。
氏が採るのは、「存在もどきは、物理的世界に最初からあったわけではなくて、
この世界の中で(主に生物の活動に伴って)だんだんに湧いて出てきた」
という考え方で、これを「発生主義」と呼んでいます。
まあとにかく一読の価値のある本です。
それと「クオリア」という概念をこのスレに持ち込んだのは他ならぬ機械氏で、
それも随分昔のことです。どう考えても唯物論とは親和性のないこの概念に
機械氏がなぜこだわり続けるのか、どうにも理解できませんw
224 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 00:35:03.83 0
>>221 >自然科学を全く無視できるのかはわからんが、
わからんじゃすまないということよ。
文学者だろうが哲学者だろうが、仮に自然科学に矛盾することを
主張すれば即デンパ扱いされて無視されるだけということさ。
機械的唯物論とは、
人の意識含む現象の底辺には「物質しかない」という信念を持つことであるが、
現状の科学ではボトムアップ式の解析は「まだ」不可能であることもまた明らか
で、あるならばトップダウン式とも言える「観念論」で可能な限り細かく解析し、
底辺である物質に近づけておく、というのは別に不自然では無いと思うけどね
>>220 まず、これは他でもなく観念論ですw
元ネタがモギケンなら尚更、全部科学的とも言えない。
観念論だから悪い訳でもないし、二元論だから悪い訳でもないのですが、
本人が極めて強硬な唯物論者にも関わらずコレでは。
ひとまずそれは別問題として。
感覚的クオリアは別にいいですよ。普通のクオリアです。
あと立体視を志向的クオリアというのならそれもまぁ分かる。
あくまで、「立体視の像」が志向的クオリアという意味でなら、です。
何が問題かと言えば、繰り返しますが
「志向的クオリアが構成することで感覚的クオリアが現前する」
これの意味が不明なんですよ。この意味での志向的クオリアは
経験的に蓄積された記憶ですが、現前する対象に対してはアプリオリに働くものです。
「立体視の像」と「感覚を構成する」ではまるで意味が違う。
227 :
あまの:2014/04/06(日) 00:42:02.74 0
自然科学は、各分野共通の整合性を述べようとする文学ということもできる。
文学は主観の側からの描写だ。
何でもありです。
人間、主観的な制約を無視することなどそもそもできません。
>>224 自然科学の領域の話において、自然科学に矛盾することを言っちゃいけないのは当たり前でしょ。
逆に言えば、自然科学以外の領域で自然科学と矛盾することなんてないんだが。
例えば、コップの中に水が入っているとする。これは、H2Oですよね、と聞かれて
違います、ということはできない。しかし、ではこの水を飲みなさいと言われて、
いいえ飲みませんと答えたところで、これは自然科学に反することではないし、
かと言って、反しないとも言えないでしょ。むしろ、自然科学はYESかNOかの答えを出してくれ
ないでしょ。
229 :
あまの:2014/04/06(日) 00:44:38.37 0
自然科学がこうあるから文学もこうあるべきだ、というのはやはり
概念のカテゴリーミスによるおかしな自然主義でしょう。
230 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 00:46:20.01 0
>>226 機械は「マジカルアイ」についてもはじめはただの2次元モザイク模様なのに突然
立体像が見え始めた瞬間に志向的クオリアが働きだしたのだという言い方をしていた。
マジカルアイについてはおれも確かに不思議な現象だと思ったことがある。
231 :
あまの:2014/04/06(日) 00:47:32.49 0
実際科学的な事実に反する記述など山ほどある。
それを知った上で文学的感慨を受け取る構造があるしね。
>>223 機械さんは進化論に基づくという発生主義と、
だから心は存在しないという還元主義の両取りです。
個人的には既にこれがヤバいと思うのですが、
「錯覚するようにできている」という受動意識仮説は、
そもそも形而上学的な理論とは言え、この両立を上手くクリアできているようには思います。
(それゆえに戸田山の心の哲学を上手く取り入れるのは難しいはずですが。)
まぁ…あまり論理的な一貫性が念頭に置かれていないので、
つぎはぎで自説を補強する事にあまり自覚がないのでしょう。
リベットやデネットの自由意志も「キリスト教のエピステーメ」
で片付けてしまう人ですから。
233 :
あまの:2014/04/06(日) 00:50:55.65 0
科学は、可能な限り客観性を持たされた共同主観ということになる。
234 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 00:52:32.73 0
>>228 だから、ノーベル賞とるような文学者は自然科学に矛盾するようなことは言えないでしょ?
彼らが自分の主張を自然科学で証明する必要があるなんてことは一言も言ってないよ。
235 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 00:52:38.31 0
あんまりカテゴリーにこだわらないほうがいいよ。
仮説構築力ってのは、案外哲学や文学の素養が有形、無形に
影響しているらしいから。
機械さんがクオリアというものをものすごく拡大するのは、
俺的かつ適当な分析によると、つまり、クオリアなる概念を
拡大することによってその端っこを自然現象的なものと結びつけることにより、
クオリアというものを自然現象によって侵食させ、クオリアすべてを自然現象的なもの
としてとらえようとすることを意図しているような気がする。
でも、そもそもクオリアなるものっていうのが、それとは正反対のことを意図して
出されたものってのが、違和感の正体なのかもね。
237 :
あまの:2014/04/06(日) 00:56:59.30 0
自然科学に反する記述でも主観は平気で受け取りますよ?
文学的技法でしょう。
>>230 立体視の像はクオリアです。
ただし、その像を構成するのがクオリアというのは相当キツイ。
ある(連続的な)図と焦点の関係から、脳が立体的な像として認識する。
これがクオリア「によって」起きているのか。
これは脳の情報処理、ハードウェアの問題です。
認知科学でも脳科学でもそう結論されるでしょう。
それが、「クオリアによる」とはどういう意味かという事ですね。
自然科学と言いながら相対性理論や量子力学を考慮していないだろ
>>234 自然科学の領域で自然科学と矛盾することを言ってはならないのは、あたりまえだと。
逆に言えば、自然科学者だって社会科学の領域で社会科学と矛盾することを言ってはいけないよ。
だから、哲学という領域で自然現象のみを対象として語るということ自体が、おかしいんでないの?
だって、それは最早哲学ではなくて自然科学でしょうに。
そういうこともあって、いつから哲学は自然科学の一分野に成り下がったのだ、といったわけだ。
>>235 それはその通り、でもね、自然現象のみが重要であると言ってしまうのは
自然科学しか成立し得なくなってしまいかねないので、あまりに暴論。
241 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:00:59.59 0
機械の感覚的クオリアは映っている映画のスクリーンと音響システムのイメージ
志向的クオリアはライブ映像を撮るカメラと映写装置とその背後に蓄積された映画ソフトのイメージ
全体で脳が体験させられているシステムというイメージかな?
>>236 そう捉えれば一貫性は出るので、
>>134の解釈は面白い。
本人の説明からすると、どうにも概念としても理論的にも混乱しているようだけれども。
「クオリアは存在する」とか「志向的クオリアを育てる」とか、
繰り返しになりますがクオリアに入れ込み過ぎている。
243 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:05:13.02 0
>>238 どちらにしても可視光線を捉えてその情報を脳内で加工処理しているわけでしょう
それも人間の生活にとって便利なようにね
244 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:05:55.34 0
>>240 >自然科学者だって社会科学の領域で社会科学と矛盾することを言ってはいけないよ
そういう圧力が唯物論者の戸田山に「刑法で罰する根拠は何もない」と言わせないんだろうね。
おれは社会的都合で真理をゆがめて解釈するのは間違いだと思うし、そもそも社会科学なんて
封建時代や絶対王政の時代とは異なる結論を出してるんだろうから、自然科学に矛盾するなら
間違いだといずれわかる時が来るだろうと思うね。
245 :
あまの:2014/04/06(日) 01:08:03.71 0
対象化できるものは、関係性の中にあるわけで、因果の内部にあり、厳密には主観ではない。
246 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 01:09:21.27 O
私がキミらを、頭がおかしいと思うのは
何を動機に哲学をしているのかという事
自分が、あらゆる事の本質を「知りたい」のではないのかね?
本質を知りたがっているのは、「自分が」ではないのかね?
そこで究極的に、「自分とは何か」を考えるだろ普通
まず、本当に居るのか、それとも本当は居ないのか
そこで必然的に「我思う故に我あり」に関心を持つはずだし
そこから唯物論にも関心を持つのが普通だと思うんだが
なんで最初から、外ばかり見て、それで全てだと思えるのだろうかね
>>241 スクリーン(意識)に映っているものがクオリアです。
システムはシステムで、映像は映像です。
映像や音が感覚的クオリア。
それを「事前に」処理しているのが志向的クオリア、らしい。
映像処理や音響システムが「志向的クオリア」ですね。
比喩は容易に誤謬に陥るので、私も気を付けなければいけません。
>>244 それは、自然科学のわかりやすさという魅力に取り憑かれてしまってる感がある。
そもそも、単に自然科学という分野はそういうわかりやすいところを探求するのに
特化していっただけだと私は思うよ。
関係性や因果も意識内の感じ方であるから厳密に主観です
>>246 他者が居なければ知ることに大した意味は無い
自分が知ることが大事ならこんなところに来る必要は無いぞ
遠慮せずに部屋の片隅でブツブツ言い続けているがいい
251 :
あまの:2014/04/06(日) 01:13:10.16 0
人間の知性が、いかに本質から疎外された原理であるか。
そういう知性が担っているこの存在の実体部分はどんなものか?
>>243 それを「クオリアがやっている」というのが分からないと言ってるんですよ。
物理学的に特例なのって全て素粒子の世界の話で
分子よりでかい世界では
とくだん法則を乱す特例もなくて全て物理的に算出できるんじゃないの?
人間の意識は分子よりでかい世界に属しているのだろうか
おまえらが認識の議論を主にしているのも他の世界は片がついてると思ってるからじゃないの?
たとえば惑星の運行が計算できないって事ある? 爆発など星がそれぞれいつか終焉を迎える事を除外すれば
無限にいつまでも未来にわたって存在がわかっている星の軌道は全て算出し続けられるんじゃないの?
人間がまだ存在すら知らない力がある可能性はあるけど
>>245 本質とか言ってる時点で、周回遅れでついてきてるのに、
勝手に先頭を走ってると勘違いしてる感がすげーあるんだけど。
255 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:14:59.83 0
>>238 >立体視の像はクオリアです。
>ただし、その像を構成するのがクオリアというのは相当キツイ。
機械氏によれば立体視になった前後の像は両方とも感覚的クオリアで、
はじめ2次元の感覚的クオリアでしかなかったものを3次元の感覚的クオリアにした能力が
立体視の能力=志向的クオリアということではないの?
256 :
あまの:2014/04/06(日) 01:15:43.53 0
>>249 うん、だからねそうのがおかしな二元論の迷路に嵌るんだよ。
ごめん、
>>254は、最高位さんに対するレスです。
>>255 そう。元ネタがモギケンか誰か知りませんが、
クオリアというのは実際の像や音です。あくまで表象です。
二次的な表象、例えばドミソの和音の明るい響きとか、
そういうものは志向的クオリアと言えるでしょう。
(私はそもそもこの語の必然性が分かりませんが)
だとすると、機械さんのそれは元ネタを誤解というか逸脱しています。
立体視の能力がクオリア。これは少なくとも表象ではない。
「立体視の能力の感じ」というのは意味が不明です。
>>256 では、関係性や因果は意識と物質の共同作業です
260 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:24:05.00 0
>>252 機械は実体論者だから
PCの箱を開けて基板回路やら部品やら端子の線なんかが見て取れる
そんな感じに世界も理解しようとしている
名称がついてしかも細分化されると安心するんですよ
まるでPCと同じに経路がはっきりしているとね
ある意味そうした単純すぎる嗜好(思考ではなくて)は彼の世界観そのものですよ
経路のようにイメージできるものしか受け付けないわけ
感覚の質とおいうのは…とかいう議論は面倒だから「クオリア」という部品があると
彼のおおまかな実体モデルが完成に近づく
261 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:28:00.70 0
結論、クオリアが悪いw
ごちゃごちゃしすぎなんだよ
262 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:28:36.53 0
>>158 16:30 筋トレを終えてシャワーを浴びていると、ゲイの人の視線が気になるが、軽くhey, what's up. how's it going, man.とこちらから声をかけ意思表示をする。
を付け足しても良い。
263 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:29:37.78 0
>>260 しかし、ここにいる誰もコンピュータの中を見て起こっていることを理解
しているわけではない、でしょ?ましてや各素子の働きを逐次モニターする必要なんかない。
グラフィックボードに必要な情報を必要な形式で表示すればコントロールという目的には十分。
機械が志向的クオリアはOSで感覚的クオリアはカメラとかキーボードの入力情報を
ディスプレイに映したものだという例えをしていたが、なんとなくイメージはわかったきがした。
264 :
あまの:2014/04/06(日) 01:31:07.78 0
意識と物質という二つの実体が共同作業をするわけがない。
意識(この場合主観ではない)も物質も因果の流れにある同じものだ。
機械さん自身の真理感も志向的クオリアだったりして
感覚的クオリアによる学習を重ねた末、唯物論クオリアを獲得しますた、みたいな
>>260 私もそのきらいがありますし、単純化した理想的モデルから
理解を始めようとする姿勢についてはむしろ積極的に賛同します。
ちゃんとそれで現実を説明できているならば、ですが。
部品の使い方も、組んだ後の動かし方も間違えているのだからお察しですね。
268 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:35:04.73 0
>>258 >立体視の能力がクオリア。これは少なくとも表象ではない。
チャーマーズがクオリアの典型として立体視(能力)を挙げている
ことには違和感を持つ?茂木も少なくとも初期の論文では立体視を志向的クオリア
に分類していた。
意識は融合しない限り常に主観でしょう
複数の意識が融合した例ってありますか?
>>268 だから、立体視の能力と立体視の像は違うでしょうと。
あなたのは機械さんと同じ解釈ですかね。
そんなに分かりにくいのか…これ。
271 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:38:48.41 0
>>263 だからあなたがそういう風に思ったのと似たような風に機械は一貫して考えている
そしてそちらへの誘導のために「クオリア」というパーツも取り入れた
でもねえしょせんはPCは人間が作ったモノなんだよ
設計だって人がしたしソフトも人間が考えて作った
そうして人間が作ったモノなんだからPCの構造を大体理解できるのはむしろ自然なこと
しかし人間は人間が設計して作ったPCとは違う
そこが機械の思考の限界なんだよ
272 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:41:42.33 0
>>270 マジカルアイで2次元から3次元に変わった後の両方とも感覚的クオリアでOK?
273 :
あまの:2014/04/06(日) 01:42:22.38 0
規範というのは事実から抽出された概念だろ?
意識内の現象だ。
抽出された概念が事実と矛盾があれば誤った概念というわけだ。
274 :
あまの:2014/04/06(日) 01:44:09.96 0
>>269 科学が進歩すれば、別人の脳を連結することも可能じゃね?
>>267 機械さんがいないのにこういうのもなんですが、なにより存在論への言及は、
かなり無茶があるとおもんですが。そもそも、存在の意味を問題としている存在論において
存在か不存在かが区別できれば良いみたいな言い方は、先立って存在の意味を定義しないと
出来ないことでしょう。その上で、存在論により認識論が基底されるというのは、いかにも
どうなんでしょうね。
277 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:44:48.00 0
>>270 立体視をクオリアの例示の第1に挙げているチャーマーズと茂木とは同じ解釈だと思うけど。
>>277 だからそれ、立体視の像でしょう。
わざとやってます?
279 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:47:43.89 0
>>275 機械氏のそれは、立体視志向的クオリアが「構成」した結果の感覚的クオリアという解釈でしょうね。
>>273 事実から規範が抽出できたら、それを論文にするだけで、たぶん一生食っていけるよ。
281 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:50:02.15 0
オレが擁護するのもなんだが
機械たんは悪くないよ
役者に忠実なだけさ(これは言っちゃいけない、以前から知ってるならそう匂わせる暗黙な了解だがw)
ま、地上では負けない立場だからそうあるアイデンティティを好むのだけれど
>>276 存在の定義をしなければ何も存在しないというのは違うし、
その種の形而上学的な基礎付けをしようとしている訳ではないはずです。
必要なのは存在の意味ではなく、存在の正体であり、
哲学的に言えば「実体」です。
>>279 立体視志向的な「感覚質」とはどのような「感じ」でしょうか。
283 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:53:04.82 0
>>278 チャーマーズがクオリアの例として第1にわざわざ「立体視」を挙げている意味が
判ってない?「立体視像」も「平面視像」も「クオリアという意味では同じ」なら、
なんで「立体視」を志向的クオリアの例として第1に挙げたのか?
284 :
あまの:2014/04/06(日) 01:53:40.34 0
>>280 なるほどね。
事実と規範は直接の関係は無いね。
規範というのは目的から要請されるものだね。
関係ない話題だね。
アインシュタインの脳を数十億個複製してから連結すれば神が作れるか?
286 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:54:11.37 0
クオリア論議ぐちゃぐちゃじゃねーかw
機械氏責任とれ
機械さんと同じのが並んでいるだけですよ。
本人ではないとは思いますが。
288 :
あまの:2014/04/06(日) 01:57:13.81 0
なぜ急にそんなことを。
たぶん、でかいアインシュタインになるだけでは?
もしくは精神障害を起こしそうだ。
289 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:58:30.80 0
>>282 感覚質感というのは日本語の訳だから、それに拘って意味の深さを見失うのはよくない
「立体視のどこが質感なんだよ?じゃあ、クオリアの定義(実は訳語)にあてはまらないじゃねーか?」
という発想は本末転倒。
290 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 01:59:20.26 0
これから読むわ、と言った後に1/3くらい読み寝してからまだ読んでないんだけど(今晩読むつもり)
気に入った表現があってタイムリーなので挙げてみる
「還元主義を無視して複雑性を愛すると芸術が誕生し、還元主義とともに複雑性を愛すると科学が誕生する」
byエドワード・ウィルソン(『知の挑戦 科学的知性と文化的知性の統合』の著者 )
このスレ的には「複雑性を無視して還元主義を愛すると唯物論者が誕生する」かしらw
その前文に還元主義を「科学においてもっとも重要かつ不可欠な機能」ともちろん認めてるが
神がサイコロを振るか振らないかという問いかけは、複雑系の科学が問い直すと自分は思うけどね
連結しても長所が伸びないなら、個性とは障害の一種だな
292 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:01:12.89 0
>>287 クオリアを言い出したチャーマーズがそういってるんだから、
立体視はクオリアの典型例第1号。それでよかろう?
>>282 その主の形而上学的な基礎づけをしようとしているのではない、というのは、
機械さんがですか?それとも存在論がですか?
>>289 立体的に現れている視覚的な像と、
そういう風に処理している脳の機能とは、
別のものだという事はわかりますかね。
表象そのものと表象の機能は別です。
後者もクオリアだと言うのは、
訳語どうこうではなく、qualiaの定義を逸脱しています。
本当めんどくさいな。
ネットでつながれたおまえたちは
一個の巨大な脳
もしくは一つの巨大な精神体ではないのか
情報伝達に多少のロスがあるだけだ
ともかく一つの精神に融合したその結果はどうか
296 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:07:29.14 0
>>294 機械のように「パーツ構成主義者」なると人体で考えられなくなるんですよ
全部PCパーツだからね
PCなんか単細胞生物ですらないんだから
人間にたとえること自体が無謀
>>293 それは機械さんが。
>>292 だから、立体視像はクオリアですよ。
立体視能力はクオリアではない。
画像処理ソフトは画像ではない、
くらいに自明な話かと思いますが。
298 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:09:00.89 0
299 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:09:50.15 0
論理や数学は物理法則に従わないと思うんだけど間違ってるかな?
その辺はイノッチ辺りが上手くやってくれそう。
>>223 >それと「クオリア」という概念をこのスレに持ち込んだのは他ならぬ機械氏で、
>機械氏がなぜこだわり続けるのか、どうにも理解できませんw
脳について機械的唯物論で語りにくい部分を、クオリアに託しているのではないか
と思います。
クオリアは元々わかりにくいものですが、「志向性」という考えを導入すること
によって、わかりやすくなったような気がするのでしょう。
茂木氏の説では、
感覚的クオリアは、感覚器からの電気信号をそのまま変換したような感覚,
志向的クオリアは、脳によってある種の加工を施された感覚であり、
志向性の意味するところは、加工の種類や度合いではないかと思います。
対して機械氏の説では、
感覚的クオリアは、全ての感覚の表れであり、その度毎に現れては消える状態のないもの、
志向的クオリアは、状態を持ち感覚的クオリアを生み出すものとしており、
志向性の意味するところは、状態の変化の向きではないかと思います。
いずれにしても、この「志向性」が脳内のいろんなものを飲み込んでくれるため、
結果として全てを覆い尽くしてしまっている感があります。
(お二人とも「〜は全てクオリア」のような言い方をされていますね)。
「志向性」の適用範囲が広すぎるのではないかと感じています。
>>299 物理現象以外の側面があればね。
この種の話は、物理現象(自然現象)以外の側面があるのかどうかっていう
単純な命題に集約されると思われ。
>>301 捨て台詞なら構わないですが。
私の定義のどこが「俺定義」で、正しい定義とはどのようなものか。答えよ。
305 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:18:51.78 0
わからん
感覚的クオリアと志向的クオリアの区別を自分が意識的に当てはめイメージしてみてどう違うのかわからん
306 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:19:39.86 0
>>303 いまのところ物理現象であっても解明されてはいないのだが
それなのに物理現象に以外の側面どうこうとかいう選択肢は論外でしょ
なにがどうなっているのか物質はとはどうなっているのか…
だから物理主義という人がいたらそれもおかしいわけですよ
307 :
あまの:2014/04/06(日) 02:20:00.79 0
機械氏のは客観からの物言い。
我々は主観の物言いで一致させなければならない。
誤りを含むという点では我々のほうが危機的なんだよ。
308 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:21:35.85 0
論理や数学を0と1まで分解していくと性質や内容が失われる
論理や数学を壊さずに生かすためには物質を論理や数学に合わせていかないといけない
と思うんだけどおかしいかな?
309 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:23:42.37 0
>>308 「意味」がなくなっちゃうんだけどねそれ
>>306 わかってないから、あーだこーだ言ってるわけでして。
わからないところを、色々とこうなんじゃないかとそれらしい理屈を出してくる
ってのは、まぁ、理論物理でもやってることなんで、それを拡大してるとでも思っとったら良いのでは?
311 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:27:00.43 0
312 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:29:04.18 0
>>308 なんじゃそれ?
物質を論理や数学を用いて説明しようとしてるわけで、物質が論理や数学を
破壊することはないんじゃないの?
破壊するというか、論理や数学が物質を説明できないのなら、物質を説明するために
論理や数学以外のものを使うか、論理や数学が物質を説明できるようにするかのどちらかでしょ。
仮に論理や数学によって説明された物質によって論理や数学が分解されるとすると、それは、論理や数学によって
論理や数学を分解してるんだから、物質を媒介にして単に論理や数学内部で変化が起こってるだけでは?
314 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:32:08.45 0
詳しくっつたってもねえ
抽象と具象の間でしか生きられない我々が、0と1だけで情報の伝達なんてできないでしょう
315 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:34:19.36 0
これまたオレの好みであるパースから引用しよう
「(意味作用とは)ある記号を他の体系の記号で翻訳するということ」である
317 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:38:03.98 0
>>316 運知思想はオレが成仏させてやるから待っとけ
318 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:40:26.76 0
これまたオレの好みである┏( ^o^)┛から引用しよう
「エビデンスは日本語」である
319 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:40:28.07 0
先述の本の、すでに読んだところにあった引用を挙げてみる
「科学がターゲットとするのは、教条主義者が安直に考えるように物そのものではなく、
物どうしの関係である。関係以外に真に知り得るものはないのだ。」byアンリ・ポアンカレ
「我々は、いかなる物体も、その他のものとの関係を抜きにして考えることはできない。」
byウィトゲンシュタイン
さて、意識とはなんでしょうねえ
クオリアとか志向性だけ残せばいいんちゃうの
だったら意識だけでいいやん
320 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:41:58.51 0
>>313 314
そんな難しい話じゃないんだ
論理法則と物理法則どちらにも従ってる場合どちらかを生かしてどちらかを
殺さなければいけないから 論理が物質に従うと論理が壊れて機能しないから
物質が物理法則と矛盾しない形で論理に従ってると思ったんだ
プログラムみたいに
322 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:45:52.47 0
オレにとって>320のほうが理解に難しい
>>320 論理や数学は、ものの同一化が根本にあり、ものの性質や状態の変化と、
変化の連続性の考慮がありません。
全てのものが同質で、等号で結ばれたものは時間の経過を経ず直ちに
変換が行われます。
科学は、数学に性質や状態の連続的変化の考慮を加えたものと言えます。
そして工学は、物理学に現実的誤差の考慮(安全率など)を加えたもの
と言えるでしょう。
324 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:52:52.72 0
意識の分析に感覚的や志向的やらが必要か
わからんでもないけど、オレの好みじゃないなw
なんかしっくりこない
んでもってその解析のどこに時間の経過が説明される
325 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:53:57.94 0
>科学は、数学に性質や状態の連続的変化の考慮を加えたものと言えます。
科学は意識だな
>>320 なんか色々ごちゃまぜになってるような気がするけど、
多分、あなたの言うようなドラスティックな状況ってのは、まずあり得ないだろうけど、
論理と矛盾する物理現象の変化によって論理を殺してきてたりするような気がして、
実は、クーンが言うように、理論を打ち崩す新たな理論が出てきただけというか、
それは、要するにパラダイムシフトが起きるというだけなんじゃないのかな。
327 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:56:19.89 0
328 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 02:58:23.49 0
>>322 これ以上は説明できないけど
論理や数学は物理法則に従わない
論理や数学を物質に還元すると物質が論理や数学にしたがう 論理や数学が機能するために
それだけしか言えない
329 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 03:02:25.75 0
論理や数学の領域は、物質の振る舞いまたは物理法則の範疇に収まらない、ということかな
>>324 時間は、物の連続的変化の結果として生まれると考えています。
これについては完全に単なる仮説でしかありませんが。
331 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 03:04:36.54 0
物質の振る舞いまたは物理法則も意識だな
>>328 むーん、ちょっと誤解が生じるかもしれないけど、わかりやすく言うと、
要するに、論理や数学ってのも我々が勝手にそれを使って説明しましょうと
決めてるだけであって、別にそれを絶対使わないかんというわけでもないんでしょう。
ただ、あなたのおっしゃるように、そのように数学や論理を使っていこうという理論に
反する事実が観察されても理論は維持されたりするわけですね。
とりあえず、その視点は、クーンのパラダイムシフトというものに近いような気がするので、l
クーンの「科学革命の構造」でも読んでみてください。私は読んでないのでわかりましぇん。
328さんの言うことは、「色眼鏡で見るしか手段は無い」って感じがする
>>328 >論理や数学を物質に還元すると物質が論理や数学にしたがう 論理や数学が機能するために
そういうのは還元じゃなくて、単に技術(テクノロジー)って言うよね
>>328 あと、これは単なる感想なんだけど。
どっちかを殺さなきゃならないんだったら、俺なら確実に論理と数学のほうを殺すね。
それをやらないと、目の前にあるものをわからないというどうしようもない答えを出さざるをえないから。
美学が最も根元的かもしれない、哲学以上に
「物理法則は数学的に美しくなければならない」(ポール・ディラック)
美学ってかシンプルさだよね
真理は常にシンプルだ。というより真理にはシンプルさが要請されるだけのこと
ヒトの知性には、要するに○○と簡潔に理解したい強烈な欲求が潜んでいるんだろう
シンメトリーに美を感じるのもそうだよね。
簡潔さに加えて、均衡もあるな。
それに、黄金比のような比例もある。
340 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 12:39:55.22 0
>>337 最もシンプルな3次元の形は球形。したがって最も美しい彫刻の形は球形?
最もシンプルな2次元の形は円形。したがって最も美しい絵画の形は円形?
なわけはないw
ほれ(オトコノ)美学じゃん、ずっと揉めていたいってね
342 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 12:49:21.36 0
343 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 12:54:18.73 0
タマに超ヒモがくっついたモノを持つ男性原理より、
2個合わせると球になる乳を持つ女性原理のほうが
美しいと思うワタシ
344 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 13:53:17.93 0
>>337 物理学と美術ではそれこそ機械氏の言う「レイヤー」が違うでしょ?
シンプルなほど美しいというなら、美術では
>>340みたいなことになる
球形の彫刻ならうちのマンションの車止めがそうなるが、けして美しくはない
物理学の数式はごちゃごちゃしたものより単純な方が望ましいに決まっている
E=mc2乗みたいに
345 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 15:45:35.52 O
私がキミらを、頭がおかしいと思うのは
何を動機に哲学をしているのかという事
自分が、あらゆる事の本質を「知りたい」のではないのかね?
本質を知りたがっているのは、「自分が」ではないのかね?
そこで究極的に、「自分とは何か」を考えるだろ普通
まず、本当に居るのか、それとも本当は居ないのか
そこで必然的に「我思う故に我あり」に関心を持つはずだし
そこから唯物論にも関心を持つのが普通だと思うんだが
なんで最初から、外ばかり見て、それで全てだと思えるのだろうかね
まず、この自分を前提せずして「知る」も「哲学」もクソもないだろう
究極的に?
347 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 16:01:41.65 0
思わないし
究極的に考えるだろ普通っ
理論を守って、理論を殺せずにいると、最高位さんのように
原理的に抜け出せないところにはまって終了となることがあったりします。
>>345 では、質問です。「我思う故に我あり(cogito ergo sum)」とは
一体誰が言った言葉でしょうか?
351 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 16:11:02.61 O
>>349 ソレはソレ、コレはコレと分別をつけられないの?
だからキミは、突き当たりが怖くて避けるの??(苦笑
一つの線の区切りは無限線のどこを指すかは
確率論も成り立たない
>>351 行き止まりなのがわかってるから、みんな別の道を行ってるのに。
一人だけ、こっちは行き止まりだよー、みんな知ってるー、って言ってる
のがあなたなの。それだけだと滑稽なだけなんだけど。みんなわかってるからこそ、
別の道を歩んでいってるのに、勝手に理解してないなぁ、とか思って、
こっちの道は行き止まりなんだって、ほらこっち来てみなよと、わざわざわかりきっている
行き止まりの道の方にみんなを呼び込もうとしてるから、批判される。
354 :
黄檗:2014/04/06(日) 16:38:52.83 0
最高位さんは、行き止まりの抜け道を見つけたのかもしれません
355 :
黄檗:2014/04/06(日) 16:44:16.80 0
美しいというのは、シンプルなだけでは駄目なのだ
シンプルな中に、いろんなものが詰まっており
豊かな可能性を予想させ、内包しているので美しい
これが答えの2割
356 :
黄檗:2014/04/06(日) 16:47:06.75 0
>>315 それでいいのか、本当に?
「翻訳」という作業こそが神秘だと
そういうことか
この世が有限で物理法則で成り立ってたらこの世は永久機関か?
>>357 永久だったら、その意味では無限じゃん。はじめと終わりで矛盾してるよ。
359 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 16:51:48.46 0
>>354 行き止まりの抜け道を皆が探し求めている。
360 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 16:52:12.89 O
>>353 いやいや、違うんだよ
事実を事実のまま、冷静に分析する必要がある
その結果
「唯物論は間違いですよ」
「その理由はね」と言ってるわけです
月に行きたくて、一生懸命ジャンプしてる人がいて
それを他の人にも奨励してたらたら
やっぱり教えてあげるべきでしょう
361 :
黄檗:2014/04/06(日) 16:55:43.12 0
>ゲームさん
コップが存在する根拠
まともには答えられませんが、
コップという概念ではなく「いまコップと呼ばれるこの個別的な物体」が存在する根拠という意味なら
それが「存在しない」と判断することの不合理、不利益、非生産性があまりにばかばかしいから
ぐらいの答えしか思いつきません。
362 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 16:56:26.40 0
>>357 それってさ始点がどうなるか疑問なんだよね
363 :
黄檗:2014/04/06(日) 16:59:21.88 0
>>359 思いついたら
トライアンドエラー
そして反省
それ以外に道は開けない
>>360 そうそう、そういうことを言ってることが、行き止まりにみんなを呼び込んでるだけだってこと。
あなたの言ってるようなところで、唯物論的な説明が徹底できないのは、みんなわかってるの。
それは、当の唯物論者ですら、当たり前におりこんで話してるわけ。
我々は、あなたの言うような分別はすでにしてあって、別のルートで唯物論を問題にしてるだけ。
だから、全然別のルートの話をしてるんだよ、って批判されるわけね。
意識が消滅した時にコップは存在し続けるのかどうか
コップと呼ばれる個別性は消滅する
367 :
黄檗:2014/04/06(日) 17:21:12.51 0
>>366 貴方の言う「意識」とは、どれのことですか?
368 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 17:21:16.47 0
俺は個人的に無限や循環は実在せず単純に矛盾だと思うんだけどな
>>366 ようわからんが、何も意識をなくさなくても、花を生けたら花瓶になるよ。
370 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 17:52:32.73 O
>>364 まず、行き止まりになるのは「唯物論」が、であってね
科学は科学として存在すればよいわけ
だけど、なぜか「唯物論」という言葉だけは残したい連中がいる
「論破されていませんよ」としたくて、もがいている
唯物論の行き止まりを恐れているんだろね
決して哲学の行き止まりではないのにね
キミは「みんな、わかっている」と上から目線で言うが
そういう空気になってきたのは、私の影響であると知らないのかねぇ
機械くんも、もう全然「機械的唯物論」なんかじゃないでしょ(笑
私がコツコツ教えてきたんだよ
昔は、そりゃひどいもんだった
このスレ全体が、そう
でも、まだまだ、わかってない
371 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 18:05:09.67 0
(*´∀`*)アリガ 10
>>370 俺が見る限りでは、あなたの影響なんてほぼ無い。
当の俺にしてみても、適当に相手してるだけで、とりあえず、引きこもってるとこから
出てきたら、って言ってるだけだし。
だいたい、唯物論はデカルトのコギトが出てもなんのその、超元気に生き残ってるじゃん。
何を言ってるんだwww。だから、別のルートだと言ってんのに。
そもそも、「我思う故に我あり」なんてデカルトは言ってないぞ。
コギトは、「私」の存在の論証じゃないぞ。そういう指摘うけたことない?
何かに反応するプログラムは元々どう動くか決まってない
>>370 そりゃ自分を買いかぶり過ぎなんじゃないの(笑)
>860氏が来てから機械はけっこう変化したと思うよ
もっと機械ははじめから論じるほどの相手ではないんだけれどもね
だって本を読んでいないから
あのサールすら読んでいない
だから茂木とかに行っていしまう
それから最高位氏は頭に血がのぼりすぎる時が多い
感情むき出しでまともに話せるとは思えんな
375 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 18:34:09.01 O
>>372 キミが見る限りだろ(爆笑
このスレじたいが、少しずつ影響受けてきたんだよ
クオリアなんて30年くらい前から言われてるんだぞ?
だけど機械くんが、それを言いはじめたのは私が来てからなんだよ(苦笑
それをキミらが、あーでもない、こーでもないとやってるわけだ
あと
デカルトが言ったとか誰が言ったとか関係ないんよ
内容が大切
で、それを応用できた事が大切
時代の進歩について来なさいって事
まぁあんまり、直情的に人をバカにしない事を勧める
見えるものも見えなくなるよ
>>375 少なくとも、俺はアンタの影響なんて全く受けてないぞwww
で、あなたの言うコギトの内容ってのは何なの?
少なくとも「我思う故に我あり」は「私」の存在の論証にはならんよ。
377 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 18:41:43.59 O
>>374 確かに私は、口が悪くなる事が多いかな(苦笑
ここには怒られ慣れてない人が多いんだろね
みんな意固地になってしまうからね
反省はしてるんだが、なかなかね(汗
かいかぶりかどうかは
ずっと、この板このスレの動向を見てきた私だから言えるんだけどね
378 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 18:45:27.88 0
長いブランクの間も、気にしてずっと、見てたんですか・・・
379 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 18:50:03.51 O
>>376 あんまり言いたくないけど
このスレで、クオリアがどうのと言ってれば
それはその時点で、間接的に影響受けてるわけですよ
あと論証なんて必要ないですよ
キミは、自分が痛みを感じてる事を、論証できるのかね?
論証できなきゃ医者や他人は認めてくれないのかね?(笑
380 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 18:52:43.04 O
>>377 それは猛省すべきことですよ!(笑)
たとえば860氏だって最初は態度が悪かったでしょう
でも今は現在の「ですます調」で態度はよくなった
860氏はちゃんと考えていると思いますよ
最高位氏は機械氏と同じで本を新に読まないよねえ(不思議)
だから凝り固まっていくんだと思うけれどもね
382 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 19:06:42.68 O
>>381 まぁね
でも、簡単な事も理解できない人から、口汚くののしられれば
そりゃいいかげんブチ切れますよ
「人間だもの」(苦笑
それで敵を増やすんだけどね
で、相手もムキになって理解しない方向に意固地になる悪循環
まぁ理解していただいても、私には何の利益もないわけで
単なるヒマ潰しなんで
結局「知るか!」という事になるわけなんだよね
383 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 19:13:58.13 0
「適ばかりで誰にも理解されない」と言いながら、一方で
「私の影響で唯物論が駆逐された」って、いったいどういう理屈なんだねw
>>382 もう「口汚く罵る」ことなんてほとんど無いと思うけれども
こちらの意見は最高位氏に伝わったのでこれは良しと
あとはもっと読書家になって欲しいですね
このスレにはチャーマーズとリベットと茂木しかいないのはどうも(笑)
385 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 19:27:25.71 O
>>383 単純思考だねぇ(苦笑
反発心から感情的になって、唯物論者でい続けようと頑張るが
どうしても反論できない部分や、自分で理解してしまう部分があって
しかし、逃げて逃げて、逃げ続けた結果が
今なんだよ(爆笑
386 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 19:30:47.98 0
誰も反発なんかしてませんて
387 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 19:32:21.11 0
>>385 長いブランクがあって、たまにしか見ないのにそうなのか。
おまえは超能力者かw
388 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 19:35:50.85 0
389 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 19:37:49.20 0
>>385 たしかBBにコテンパンにやられてたよね?
そんでBBに「哲学者最低位とかいう中卒」というスレをたてたれた
それから消えたんだよなwww
390 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 19:51:26.19 O
>>387 ブランク前とか、中身を知らないのに言えるって
キミが超能力者かよ!って話だわな(爆笑
>>389 反論できずに
そんなスレを立てた時点で敗北宣言だろ(爆笑
そもそも
「痛みは感じるが、クオリアはない」なんて主張するんだぞ?彼は(苦笑
コテンパンもクソもないだろ
教えてあげるのに苦労しただけでさ
>>379 決定論なんて話題が出れば誰かがクオリアなんてものを持ちだしそうだけど。
おまえがクオリアを世の中に紹介したとでもいうのか?
自意識過剰すぎるだろwww
てか、決定論スレでクオリアを持ちだすことは必ずしも良いことではないんだが、
もう、そんなこと言ってる時点で、どうしようもないぞ。
論証が必要ない。じゃあ、なんで「私」の存在だけ疑わないんだよ。すべてを疑うのが、
方法論的懐疑じゃないのか?
392 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 20:08:49.42 0
>>390 BBを黙らせるんじゃなくてさ
あんたが黙らさせられたんじゃ意味なくね?
そんでいなくなっちまうしwww
それで自称東大生とかいう奴が唯一BBと論戦に勝ったよな
なにをもってして論戦に勝ったかは意見がわかれるだろうけどさ
あいつは一応BBを論争で沈黙させたからな
しかも1回じゃない10回以上だろたしか
俺もあの時はなんだコイツとおもったけれど
BBがいなくなるまでに1回でもBBを黙らせたやつはいなかったじゃん
俺はいまになってやっぱりあの自称東大生は凄かったと思うよ
BBの論の穴だけを執拗に攻めて最後は沈黙だろ
そこがあんたとの違いなんじゃないかい
俺だってあそこまで徹底して何回も論破できないのは素直に認めないとな
393 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 20:12:10.26 0
あの自称東大生は酷かったな
>>392 黙らせるっていう意味だと、最高位さんは、都合悪くなるとやたら黙るけどね。
前スレでも、相対性理論によると見る人によって物体の状態が違うっていうことを
説明したのに、ずっとシカトぶっこかれたもん。それぞれの未来が変わって宇宙の法則
がみだれるんじゃなかったのかと。
395 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 20:21:58.66 O
>>392 何の話だよ(苦笑
「何か言わなきゃ」じゃ、こっちも面倒くさいぞ
私が、いつ黙らせられたんかね??
論破なら
BB「痛みは感じるがクオリアはない」
私「痛みはクオリアです」「はい論破」で終わりじゃんか(爆笑
ただ私は、論破宣言してやらなかっただけでさ
てか、自分で私に反論してみりゃいいじゃんか
なんで人の力を借りようとするんだ?
しかも偉そうに(苦笑
396 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 20:22:30.98 0
>>393 俺はまさにあの時はそう思っていたね
でもそれは俺の嫉妬
俺の場合はだよあくまでも
あんたのことは全く知らないwww
>>394 最高位は偉そうにいうほど知識がないじゃん
ほんとうに本も読んでないし
だからBBにクソスレたてられるんだよ
今でもそのクソスレあるなww
397 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 20:29:12.12 O
>>394 全然違う話をくっつけんなよ
話の流れぐらい理解しろよな
また最高位氏は荒れているようですね
なんですぐにキレる性格なんでしょうか
カルシウムが足りていないのではないですか
最高位さんは知識はないかもしれんけど、それ以上になんやかんや
ボコボコにされて沈黙させられた後でも、キレて荒らしたり、ひどい人格攻撃にいたったりすることなく、
すっかり忘れてなにもなかったかのように戻ってきておんなじようなことをやりだすっていう。
そういう何も引きずらないという愛嬌あふれるところが、最高位さんがなんだかんだみんなに愛されてる
理由なんだと思う。
400 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 20:35:12.91 O
本で読んだ受け売りを、2ちゃんで発表する人こそが
賢い人なんだと思ってる人がいるようですね(苦笑
401 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 20:38:34.64 0
>>399 それはいえてる
進歩ゼロの繰り返しもお笑い芸人には鉄板の芸だからなwww
だからBOTなんだろw
403 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 20:39:09.04 O
>>399 「沈黙させられた」って(苦笑
単に忙しくなったか、寝ただけだろ(笑
404 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 20:47:17.29 O
基礎の理解できない人には、基礎ばかり復習させる必要がある
まぁそれでも
実際、哲学板に極端な唯物スレが立たなくなって久しいし
このスレも
「機械的唯物論」と言いながら、全く「機械的唯物論」ではない内容になっている(笑
405 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 20:57:16.46 0
幽霊のドグマとか
ほとんどエヴァンゲリオンみたいなやつなんです
だから必然なんです、すいません。
>>404 基礎は大事だねぇ。
そこで、なぜ方法論的懐疑において「我」の存在は疑われないのか?
これはかなり基礎的なことだと思うよ。ひとつ教えてくれまいか。
おまえらって
エヴァとかも語っちゃうの?
408 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 21:01:23.17 0
>>406 いいねえ
重要なテーマだ
やれよ最高位
結局この世のエネルギーは
ビッグバンの時に生じたモノやエネルギーを転化しながら消費しているだけなの?
無から生じるエネルギーってあるの?
今も生成されてるの?
410 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 21:07:43.87 O
>>406 ん?疑ってみただろ?
まず「私はいるのか?」と疑ってみる
しかし疑っている時点で、疑っている自分を否定できないわけで
疑っても疑っても、疑えば疑うほどに
疑っているのは私であり
それを強化する事にしかならないでしょう
どうやったら
「我思う、しかし我なし」となるか教えて欲しい
>>410 なんで疑っているものが存在してると考えるの?
疑っているものはあるという命題の真偽がわからないと、
疑ってる自分が否定できないってことにはならないよ。
方法論的懐疑なんだから、懐疑の対象はすべてにおよぶはずだよ。
病院に行けは禁止ね。それを人はボコボコにされて沈黙させられたという。
412 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 21:21:01.17 O
>>411 私は存在するのか?と
疑っているのが私でしょう
どう考えても
なぜ私じゃないと思えるのですか??
その理由が知りたい
>>412 どう考えてもって何?
それは、疑わないといってることだよ。
疑わないと言ってしまえば、それは最早、すべてを疑うということを捨て去ってるよ。
414 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 21:25:21.35 0
>どう考えても
凄いね
これが哲学なのかwww
私は存在するのか?と私が疑っているから私は存在する
416 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 21:27:13.77 0
ですからこれは新世紀エヴァンゲリオンの話の続きなんです
417 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 21:29:13.20 O
国語力がないんかね?
「どう考えても」→「いかなる方法を用いても」でしょう
どう考えれば「我なし」という結論を導けますか?
あんたバカァ?
419 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 21:29:31.06 0
「時代のねじれから生まれた虫」w
420 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 21:33:41.53 0
>「どう考えても」→「いかなる方法を用いても」でしょう
最高位は「いかなる方法を」も用いたわけだwww
レスのはその痕跡がまったく無いがwwwww
421 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 21:40:01.01 O
「否定できるいかなる方法もない」わけで
だから聞いているんだよ
「ない」と主張するキミらに
その方法をね
走っているのに、走っているものがない
みたいなもんだぞ?キミらの主張してる事はね
その例や、構造を説明してくれ
>>421 独我論者ですかと聞かれたら、どう答えます?
>>417 方法論的懐疑というのは、積極的懐疑だよね。
「考えているもの」が存在しているという命題が正しいといえる
ものが何もないのなら、正しいと言いけれないよね。だとすれば、
間違ってるかもしれないから、排除されるべきではないの。
424 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 21:46:16.24 0
お前がな
>方法論的懐疑なんだから、懐疑の対象はすべてにおよぶはずだよ。
まず方法論的懐疑を懐疑せよ
426 :
逝ってしまえーpart2:2014/04/06(日) 21:51:26.41 0
とくしゅ ひみつそうたいけっしゃ ばっくれーだー7
>>421 ごめん、おかしかった。
言い直そう、実はあなたが考えていることは、あなたが考えていることではなく、
神のようなものの考えの一部が、あなたに投影され映しだされたものにすぎない
ということもありえるのでは?
428 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 21:52:52.97 0
こりゃあかん
頭良すぎますわ
>>425 その話はたぶん最後にやってくると思う。
430 :
逝ってしまえーpart2:2014/04/06(日) 21:54:43.54 0
代返お願いして
机と椅子隠しておくと 意外とばれないもんですよ
431 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 21:55:26.74 O
>>423 「考えているもの」という視点は
「他」すなわち認識対象に
すり替えているのではないかな?
結局それを考えているのは「私」である
という事に帰結してしまうわけだがね
432 :
黄檗:2014/04/06(日) 21:56:08.15 0
>>427 おもしろい!
そこから「あなた」も消去して欲しい
神も飯を盛る時はどんぶりが要るようだ
434 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 21:59:37.63 O
>>427 それは「考え」が投影されているだけで
「私」を否定できていませんね
むしろ肯定している
435 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 21:59:58.97 0
436 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 22:03:55.68 0
片方死にかけてて反応ないと思う。
437 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 22:08:44.31 O
結局、それを懐疑しようが何を考えようが
思っているのは私だという事に帰ってくるんだよね
哲学(考えている)しているのは私
という事であり
自分の存在を否定すると、哲学もクソも
結論も何もなくなってしまう
出した結論は、私にとっての結論という思いなんだから
438 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 22:12:46.34 0
新世紀エヴァンゲリオンでいうと24話のカヲルくん
439 :
逝ってしまえーpart2:2014/04/06(日) 22:13:40.03 0
>>435 スーパーでバイトしてた
4時からエスカレーター前でタイムサービスやるの任されたから
3時まで学校にいると準備とか無理だし
440 :
黄檗:2014/04/06(日) 22:13:49.36 0
>>433 「私」は脇に置いておくとしても、意識の重大問題は、その統一性です
それさえ説明できれば、あとの理解は「慣れ」でしょう。
どんぶりは特殊などんぶりなはずだ
>>431 俺はね。デカルトの著作なんて読んだこと無い(恥ずかしいwww
だから、本からの知識をただしゃべってるだけじゃない。
さて、そこに存在しているのは、考えてる「存在」ではなく、
考えていることそれ自体ではないかい?
つまり、考えていること=私であるのであれば、私は存在していると言えるだろう。
ここからが問題なんだが、方法論的懐疑にしろ懐疑論というのは、懐疑するつまり
懐疑という考察を加えるということを前提として成り立っているわけでしょ。
だとすれば、方法論的懐疑における考えることというのは、懐疑することそのものなんだよね。
懐疑することそれ自体を懐疑することは自己言及に陥っておかしくなってしまう。
このため、方法論的懐疑において懐疑する=考えることをなくしてしまってはいけないんだよ。
つまり、方法論的懐疑において最後に考えること、つまり「思う我あり」ということ
が最後に残らなければならないというのは、はじめから決まってたことなんだよ。
もっと、いうとね。コギトってのは、俺からすると
要するに懐疑論なんだから疑わなきゃいけないよねっていう、
単なるトートロジー。
443 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 22:22:35.63 0
>>441 いまはネットがあるから大体の事は検索してポイントはつかめる
しかしデカルトならば彼の著作を読むことで本の内容そのものよりも
そこから触発される疑問とか色々あるからね
だから「読む行為」は「自分で考える行為」でもあるわけ
そこを最高位は勘違いしているから変な読書に対する変な批判をする
だから少なくとも読んでいないことを宣言できる君の方が最高位よりも先んじていると思うけどね
最高位は言い訳ばっかwww
懐疑論を偽であると仮定すると存在は矛盾状態になる
つまり、存在している物は同時に存在していない状態にあるという事になる
445 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2014/04/06(日) 22:33:41.68 0
私を別の、もっと砕いた言い方って無いものですかね。
例えば違いを認識する作用であるとか。
違いを認識してるのは誰?なんていうのはひとまず反則です。
違いを認識する作用、或いはそれが生じるから「私」と名付くのではないでしょうか?
446 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 22:39:31.51 0
そろそろ機械のバカタレがくるかなw
相手にしないけどね
>>410 自分が発するメッセージを
言葉含めトコトン見つめて
我って何?って思ったら色々考えた笑
>>437 そっちに引きずられちゃいかんよ。
適当に言ってるから、かなりおかしいこと言ってるよ。
例えば、考えるものが存在しているという命題の真偽を問うていながら、
考えるのが私かということを疑ってみたりしてたりするよ。
後から見直すと。
ということで、「考える」というものは、存在しているのかと懐疑してみようか?
まあ「考える」に於いて「私」があった方が都合が良かったから「私」が発生した(させられた)
とした方が妥当だよね
450 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 22:47:47.56 0
なんかもう最高位のレスって
バカ杉てレスを返す気にもならんね
なんでこんなに思考が浅いんだろうか?
虫に意識はあるの?
虫には脳はないらしいけど
虫の行動は何に従っているの?
虫の行動は計算で割り出せないの?ハエの軌道とか
あいつらは考えた通りに動けていないからフラフラしてるだけなのかな
「考える」というものは、存在しているのかと懐疑してみると、
懐疑は考えであるから、存在していない筈の「考え」が「考える」というものを懐疑している
453 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 22:54:35.17 0
たぶん虫にも脳はあるな
454 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 22:57:53.73 0
ピアジェ
455 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 23:05:22.48 0
>>451 どこまでの生物に意識があるのかは現在も科学者の間で論争中だよね
意識をとりあえず「スペクトラム」の考え方でとらえると
意識にも人間のように身体を支配しているかのごとく存在している場合もあれば
薄っすらと機能している生物もいるんじゃないかな
まあ難しい問題だよ
最高位は無矛盾律の適用を前提としているのだろう
アリストテレスは、あらゆる命題は真でありかつ偽であると主張するような人の場合も考えた。そして、そんな人にとっては、どんな道もメガラに到達することは真であるはずなのに、なぜアテネからメガラに行くときに特定の道を選ぶのかを尋ねる、とした。
無矛盾律は、証明や反証に無矛盾律自身を使う必要があり、論点先取となってしまうため、証明も反証もできないとされている[1] 。
しかし、20世紀初頭から何人もの論理学者が無矛盾律を弱めたり否定したりする論理体系を提案してきた。これらの論理体系を総称して矛盾許容論理と呼ぶ。グラハム・プリーストは、この考え方を推し進め、dialetheism に到達した。
虫にあるのは神経細胞の塊らしいよ
ただ動物の脳って神経細胞の塊なんだよね
という事は結局は脳なのかな 脳と呼べないほど原始状態の脳という事かな
では彼らは思考しているの? 彼らの挙動が算出できないのは風の影響とかそういう事なの?
思考というパラメータが算出結果を狂わせているの? そもそも虫について算出できるほどわかっていないの?
単細胞生物の挙動なら読めるの? 人間は単細胞生物の挙動を算出できるほどの能力もないの?
放射能の拡散は算出できるのに一週間後の天気は算出できるのになぜ虫や微生物の挙動は算出できないのか
生物に意識があるからなの?
458 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2014/04/06(日) 23:08:50.62 0
一寸の虫にも・・・って言いますよね。
459 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 23:10:08.21 0
あのさ、他のスレでもピアジェって
書いてたけど、ピアジェとしか言えんの?
植物の枝の張り方には法則があるらしいけど
シミュレーターか何かでどのような環境にどんな植物を植えたら
枝の張り方はどうなるとか出して 実際にほぼそのように枝が張ってる例とかないんだろうか
たとえば室内で光源も照明一点とかにすればできそうだけど
同じ環境に同じ植物を植えたら同じ枝ぶりになるのだろうか
不確定性原理は素粒子の世界の話である
分子より大きな物質の世界では
投げたボールがどこに落ちるかはわかっている
コインも無風でどの程度の力で跳ね上げれば表裏どちらが出るかもわかる
これでも未来は決定していないって言えるの?
シミュレーター通りの「実際」を整えるのは実に難しい
単純に考えても気体の制御とか事実上不可能なんじゃね?
>>452 それはわからんよ。我々が考えていると考えているのは、単なる幻想で
実は、ある種の無機的な演算によって成り立っているものから投影されて
必然的にもたらされる単なる写像のようなものなのかもしれない。しかして、
機械的唯物論へということなんですかね。
我々の世界と素粒子の世界は地続きなんだよ?別世界じゃないんだよ
465 :
「機械的唯物論」者 ◆WY1R4owh1Q :2014/04/06(日) 23:16:40.98 0
>>441 >さて、そこに存在しているのは、考えてる「存在」ではなく、
>考えていることそれ自体ではないかい?
そのとおりですね。
活動している脳の「状態(の一部)」が意識であり、それ以外は「無意識」というこれも
「脳の状態の一部」です。
脳内には数千億個の神経細胞がそれぞれ10〜100の「腕」を出して、他の細胞に
情報を伝える…所謂「ニューラルネットワーク」しかありません。
情報を伝える(処理する)手段は、電気エネルギー→化学エネルギー→電気エネルギー
…という繰り返しで「機械的」です。
情報の入力手段は「視神経からの視覚情報」「聴覚神経からの鼓膜の振動情報」…他に
「嗅覚」「味覚」「触覚」及び「内感覚」の6種類「だけ」です。
…それぞれ「神経細胞」を伝って脳に入力されるのですが、要はコンピュータと同様
「電気パルス」にすぎません。
それを「意味ある姿(感覚的クオリア)」に成型する役を担うのが、脳内でその
電気パルスを待ち受けている「志向的クオリア」です。…その正体は「形成された
ニューラルネットワーク」であり、やはり脳細胞の集合ですから「物質」です。
個々の感覚的クオリアは「個々の経験」をもたらしますが、その繰り返しは「学習」
されます。…「よく使われるネットワーク」の神経細胞はある別の細胞により「太く」
されます。
すなわち志向的クオリアは、生来脳が備えている「基礎機能」…両眼から入ってくる
電気パルスを「映像」として脳の視覚野に展開する…といった機能を、その後の経験
(感覚的クオリア)により「更新」していきます。
それが「学習」というプロセスであり、それによって例えば視覚ならば「絵画の
鑑賞能力の向上」につながる…ということです。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
脳内睡眠物質っての
とりだして売ったら?
467 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 23:17:38.22 0
つまりピアジェなんだろ
いちいち名前付けんな
っていうとポエムの世界になるから考え物なんだわな
著名な心理学者C.ユングは、1944年に臨死体験をした。「私は宇宙の高みに上ってい
ると思っていた。はるか下には、青い光の輝く中に地球の浮かんでいるのが見え、そこに
は紺碧の海と諸大陸とが見えていた。却下はるかかなたにはセイロンがあり、はるか前方
はインド半島であった。私の視野の中に地球全体は入らなかったが、地球の球形はくっき
りと浮かび、その輪郭は素晴らしい青い光に照らし出されて、銀色の光に輝いていた。地
球の大部分は着色されており、ところどころいぶし銀のような濃い緑の斑点を付けていた。
左方のはるかかなたには大きな広野があった。そこは赤黄色のアラビア砂漠で、銀色の大
地が赤みがかった金色を帯びているかのようだった。そして紅海が続き、さらいはるか後
方に、ちょうど地図の左上方に当たる所に、地中海をほんの少し認めることができた。雪
に覆われたヒマラヤを見たが、そこは霧が深く、雲がかかっていた。左手の方は全く見渡
すことができなかった。自分は地球から遠ざかっているのだということを、私は自覚して
いた。どれほどの高度に達すると、このように展望できるのか、後になってわかった。そ
れは驚いたことに、ほぼ1500km の高さである。この高度から見た地球の眺めは、私が
今までに見た光景の中で、最も美しいものであった。」(85) このユングの地球の描写が正
確なことは、後に人工衛星に乗った宇宙飛行士が撮った写真によって確証された。
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:cGIxw9NtnSgJ:home.hiroshima-u.ac.jp/tadasi/ronbun-30.pdf+&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
改行って
うざいんだなと
他人をみて思ったw
471 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/06(日) 23:28:09.91 O
とにかく名無しばっかりだから
最初に質問した人が、どこ行ったかわからんやんけ(苦笑
まぁさ、デカルトなんて基本なんだから
最低限、議論のテーブルにつけるくらいの前提は
理解しておいてくれないとね
本筋を理解しないまま
トンデモない発想をぶつけてくるよね(苦笑
それで「私は本読んでるから」と言うけど
全然、世間知らずというか何というか
リアルでマトモな人と、議論した事ないってバレバレなんだよね
読書感想マイ哲学の、裸の王様じゃなくて
もうちょい、基本に対して謙虚にならないと
ただのアホになっちゃうかもよ
472 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 23:32:47.40 0
もうなってる
>>465 なんかもう、私は哲学なんてほぼ勉強してない奴なんですが。
前々から皆さんおっしゃてるところがあって、ここの議論でクオリア
を持ち出す実益が果たしてあるのかどうかってことなんですけど。
はっきり言って私は無いと思ってます。おそらく機械さん的にもない。
なんでかというと、例えば、哲学的ゾンビなんていわれるものがあるらしいんですが、
これを自然現象としてとらえた場合に、哲学的ゾンビなるものは見分けがつかないわけですが、
それは、見分けがつかないというよりも、むしろ同じなんだということなんですよ。
だから、あえてクオリアの有る無しやクオリアとは結局こういうものであるなんてことを
言わなくても、我々が自然現象として存在するということを肯定することさえできれば、
あとは、そのような我々の動静というやつは、最早、自然現象としての法則によってしか
決定づけられないわけです。つまり、我々にクオリアがあろうがなかろうが、クオリアが
どんなものであろうが、我々の感じ方が違ってくるだけで、それ以外は、足の小指の1mmの
動きどころか、赤血球一個の動きから、脳内のホルモンの量や動き、電気的な信号の伝達
のされ方まで、一寸足りとも自然現象における法則から抜けだした動きを見せることはないわけです。
474 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 23:40:46.77 0
やっぱりピアジェなんだ
ぼくの話は通じないんだ、うわーん
>>471 だから、デカルトのコギトっていうのは、自我を証明する命題たり得ないし。
その上、「思う」ていうことに対する探求それ自体を放棄してる感があるんだよ。
少なくとも、人間が考えるということに関しての探求は半端なところで終わってるよ。
以前、あなたは、「私」は構造ではないとか、分析できないとか言ってたけど、
それは、デカルトがそもそも「思う(=私)」て言うものに対して、分析をほとんどしてない
ってだけなんじゃねーの。
476 :
「機械的唯物論」者 ◆WY1R4owh1Q :2014/04/06(日) 23:46:53.71 0
>>473 >ここの議論でクオリアを持ち出す実益
べつに「実益」を求めている訳ではありません。
「主観」「意識」「自我」「私」といったモノがあくまで「脳の状態」であり、
「実体を持つ存在(実在)」ではない…敢えて言うなれば「幻想」である…
ということを観念論者さんたちにご説明するために「クオリア」という概念が
必要だと考えただけ…ということです。
「脳(神経)細胞」「電気エネルギー」「化学エネルギー」…それらが
「クオリアという幻想」を脳内に形成させている…という(物質の)プロセス
をご説明するに当たって、「でもそれを見つめる『私』が必要でしょ?」という
「いつもの堂々めぐり」を回避できるのではないか?…と考えただけのこと
です。
これだけ「物質の振る舞い」であることをご説明しても、相変わらず「でも
…」と言い出す観念論者の「『私』への執着」は驚くべきものがあると思います。
本日は就寝させて戴きます。
477 :
「機械的唯物論」者:2014/04/06(日) 23:54:34.14 0
本音を申しますと、「クオリア」が何なのかは私にもよくわからないのです。
「主観」「意識」「自我」「私」といったところで「それがどうした」と…。
しかしこれだけは言っておきたいのです。
私は読んでもいない本を絶賛する能力を持っているくらいですので、私が考えているような
ことというのは、無条件に「正しい」ということが導き出されるのです。
つまり「私」が語る「私」は間違いなく普遍的な価値を有し、疑いの余地が無いということです。
本日は永眠させて戴きます。
478 :
考える名無しさん:2014/04/06(日) 23:54:34.50 0
ところでエヴァンゲリオン16話でシンジ君が使途に取り込まれるシーンあるじゃないですか
あのシーンって機械論的唯物論の一例ですよね
>>476 いやいや機械さんそれはちょっとおかしいよ。
そもそも機械的唯物論と言っても、それは、我々を取り巻く様々なもの(および我々自身)
を知るための分析手法としては、ほぼすべては、自然が創りだした機械的な唯物的なもの
であるというような視点から行うのが至当であるというものであって、すべては自然現象として
あるがままで何の分析も加えられないということではないでしょう。
480 :
「機械的唯物論」者:2014/04/06(日) 23:59:24.29 0
>>478 あなたはキチガイですか?
あれはアニメーション動画ですよ。
現実と作り話の区別もつかないならば、哲学者最高位氏と同じくらいの低能です。
本日は惰眠を貪らさせて戴きます。
>>478 どうだろう、アレって最終的にシンジくんが溶けたLCLを盛大にぶちこぼさなかったっけ。
そこまで、散逸してしまって元に戻るなんてのは、どっちっかつうと観念論的な気もするけど。
482 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 00:06:53.89 O
>>475 キミは「痛み」は主張するんじゃないのかね?
それも否定するわけか?
証明なんてできないもんね(笑
「主観」に関しては証明なんてできないんだよ
だが医学は、患者の痛みを肯定している
キミは医学を否定するのかね?
そんなもんは共通認識として常識的なんだよ
まぁキミが、「痛みなんて知りません」と言っても
こっちは「そうですか」「アホかもですね」ですよ
「私」に関しても「アホですか?」で終わって、何も問題もない
普通の人は、理解できますから
483 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 00:11:16.62 0
>>477>>480 ただでさえレスが多くて読みづらいんだから、くだらないなりすましはやめろ!クズ野郎め
>>482 共通認識として常識とかwww
だめだろう、デカルトがブチ切れるぞwww
なんのための方法論的懐疑だよwww
共通認識として常識的なものこそ否定しなきゃwww
否定する事が前提かよ
>>482 ちなみに、コギトを持ちだしたのは、最高位さんで、
大本のデカルトは、痛みは否定してると思われます。
かなり荒れてますな
しかも内容がないし
488 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 00:20:45.14 O
話の流れっちゅーもんが、全く理解できん人がいるようですね
証明、証明うるさいからだろ(苦笑
一つの物理法則に当て嵌まる数字がまず無限
この世が有限でも少数を入れれば無限
490 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 00:27:07.95 0
>>487 このスレの道化、最高位が荒らしているということさ。
491 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 00:30:02.74 0
>>488 相変わらず最高位はトラブルメーカだ
くだらんこと書き過ぎなんじゃないのかい?
わかっているフリがいちばん手に負えないからなwww
492 :
逝ってしまえーpart2:2014/04/07(月) 00:30:49.40 0
おはぎ と 大福 と お赤飯 の 繰り返し
493 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 00:31:13.19 0
494 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 00:32:32.00 0
495 :
逝ってしまえーpart2:2014/04/07(月) 00:38:45.88 0
たがが 文字列の煽り合い ・・・・・
深層心理を操作した 宗教原理のビジネス展開が
人類における未来 すべての妨げになってる
それは 精神哲学でも 同じこと
>>488 じゃあ、流れっちゅうもんを書く。
まず、最高位さんが、
>「自分とは何か」を考えるだろ普通
>まず、本当に居るのか、それとも本当は居ないのか
>そこで必然的に「我思う故に我あり」に関心を持つはず
といったわけだ。
でも、デカルトのコギトは我(自我)の存在を証明する命題とはならない。
しかも、自我や思うということの探求に欠ける。
その上、あなたは、私や自我や思うなんてことを分析できないとまで言ってたでしょう。
それのどこが、自分とは何かについて関心があるといえるんだい?
単にデカルトで止まってるだけじゃん。
コギトには大きな意味があるよ。そこから触発されるという意味ではね(これは先ほど指摘いただいたし)。
ただ、デカルトの方法論的懐疑によるコギトそれ自体はトートロジーくさいし、
そっから、自我や思うということに対する探求に進んで言ってないから。
その先に行きましょうねってことですかね。
497 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 00:43:28.59 0
>>496 気持ちは理解できるが無駄だよ
あなたが相手をしている最高位というひとはチンケな意地の張り合いが目的
もちろんあなたはそれが楽しいならば続ければいい
寝よっと
自我が存在しないと仮定すると色々おかしくなるかなぁ・・・
>>493 ごめんなさい。
でもね、私がなにか言っても相手にしてくれないんだもん。
クオリアがぁ、クオリアがぁって、クオリアがなんぼのもんやねん。
意識のハードプロブレムスレがあるじゃないかよ。
だって、クオリアがあろうがなかろうが、明日の晩飯から、宇宙の端っこの方で
ブラックホールが生まれることまで、全部な〜んも変わらなそうじゃん。
500 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 01:01:31.23 0
脳が考えてようが私が考えてようが違いがあるとすれば
認識だけだとするとなんじゃそらっていうか
ずいぶんもったいぶった話だよな
気持ちの問題じゃねえの AIとかには役に立つと思うけど
>>478 > ところでエヴァンゲリオン16話でシンジ君が使途に取り込まれるシーンあるじゃないですか
> あのシーンって機械論的唯物論の一例ですよね
その通りですよ、本人が認めているんだから間違いない。それも激しく認めている。
502 :
竜太:2014/04/07(月) 01:24:17.26 0
俺が中学の頃からこのスレあったな。まだ続いてたんだ(笑)
503 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 01:35:22.19 O
>>496 ちょっと何言ってんのかわからんなぁ
主観に関しては証明できないなんて、いまや常識だろ
だから丁寧に「痛みは証明できるんですか?」とか
教えてあげてるだろ
少しは、何のために答えてあげてるのか考えろよな
アホなのか?
キミは自分の事を「私」なんて言うよな
「私」「自分」を前提にしてるよな
それが「本当にあるのか?」でしょう
その実感的な前提を否定できるのかどうかであって
私は、どうやったって否定できるもんじゃありませんよ
と言ってるわけで
できるなら、反論として
やってみなさいよ
とまで言ってあげてるんだから
やればいいじゃんか(苦笑
おい
物事には理由がある
理由のない結果があるのか?
この世は因果関係で結ばれているという事ではないか
おまえらの思考も自由ではなく必然
必ずそうなるものであり他には至らない決して
ゆとりが愚かなのはゆとり教育のせいだろう
彼らの精神性は何も教育されなかったという原因から来ている
軍国主義時代の人間の思考
戦後の人間の思考
全て原因による作用の結果であって
自由ではない
おまえたちは氷河期ジュニアだろう
沢山いすぎて人から注目される事がなかった
だからここで自己主張をしているのだ
無駄な改行などはその最たるものだな
団塊ジュニアでした
>>503 本当にいるのかどうかとか言い出したのは、あんただ。
そんで、コギトでは、本当にいるのかどうかの答えにはならないといったのは俺だ。
考えるとか思うとか言うものは、幻想かもしれないと言うのを指摘したのも俺だ。
その上で、考えているものが「私」であるかどうかはわからないというのを指摘したのも俺だ。
お前は、わからないとしか言ってない。アホはお前だ。
508 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 01:59:19.16 O
>>504 理由のない結果は
少なくとも、ひとつある
いかなる因果率を用いても「我」を作る事は不可能
設計図はないんですよ
天上天下唯我独尊
509 :
竜太:2014/04/07(月) 02:06:05.72 0
「我思う故に我あり」が恒真命題となるには、「全ての考えるものは存在する」が真である必要がある。
(三段論法:@全ての考えるものは存在する。A私は考える。Bゆえに私は存在する。)
「全ての考えるものは存在する」という命題の真偽を問うには考えるとは何かを明確にしなければならない。考えているのに存在しないなんてことはあるのか?
>いかなる因果率を用いても「我」を作る事は不可能
根拠あるの?
前にも書いたけど世代ごとに考え方の偏りがあるのは
教育やメディアなどで見聞きするものが年代ごとに違っていて
またその年代中では共通の体験となっているからだろう
つまり大体同じものをインプットされている そしてそれは年代別となっていて
更に国民性というものがあるが あれは国ごとにインプットされるものが違っていてまた
その国の中では共通しているという事の結果だろう
ここまで因果関係が見えていても
まだ人間の自我や自意識が形成される事には原因がないと思うわけ
ところで原因なく形成される我という意識はどうやって形成されるの わからないけど原因はないと思うという事なの
511 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 02:13:01.41 O
>>507 まだ基礎から出世できないのかよ…
キミは哲学してるんだろ?
自分を「私」と呼び、哲学してるんだよな?
で、全ての事を疑い、自分の存在すら疑ってみたわけだ
実感的に感じている自分は、はたして存在しているのかと
しかし、どこまで行っても、疑っているのは「自分」である
という事から逃げられないだろ
無理矢理に否定しても、その結論は「自分の思い」だろ
どうやって逃げるんだよ
この構造から
こんなの小学生でも理解できるぞ(苦笑
512 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2014/04/07(月) 02:21:28.69 0
>>511最高位さん
お久しぶりです。さて、その自分はいつまで続くんでしょうね。
細かい原理や法則は不明だが
人間は自我や自意識や思考をもつ機能をもっており
それは経験に基づいて形成される
これに反論ある人いるのかな
あなたたちは色々と考えているようだからあるならあるで別にいいし
むしろそういう話を聞きたいと思って興味を持ってみているんだけど
もしコンピュータに 演算結果(経験)に基づいてプログラムを生成するというプログラムを走らせたら
何台かのコンピュータを用意してそいつらに同じ結果を与えれば 同じプログラムを吐き出すよね
だけどコンピュータはそれぞれ座標が違うから 座標というパラメータも演算にいれれば結果は異なってくる
コンピュータと人間とをなぞらえる事には不賛成の人もいるだろうけど
人間なんて大差ないように思えるんだが それは程度の低い人々をみていてもそう思うし
おまえらは色々と博識なようにみえるがそれでもやってる事は低レベルな争いもしているわけだから
このスレみててかえって 人間の思考なんて反射反応に過ぎなくて誰もが同じで
目の前にいる人が自分と違う意見であれば敵意を抱くようにできているのではないかなんて思ってしまうよ
514 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 02:24:40.67 0
俺たちは物質世界の中の観念世界にいる 観念世界からは出られない
出られないことを不自由ととみるか 物質からは自由とみるかは勝手
私の世界は完全に空転している それ以上の事は知らない
さてと、最後に決定論と唯物論が併存したらダメなんじゃねっていうことについて、
適当に解説して寝ることにしよう。たぶん、誰も相手にしてくれないだろうけど。
クオリアがなんぼのもんじゃー。
決定論と責任について
決定論を採用する場合には、行為の責任が行為者に帰属するために必要とされる。
行為者の自由な行為というものが存在し得ないことになりかねない。なぜなら、
そもそも、行為者の行為は、他の要因からすでに決定されていることだからである。
もっとも、決定されているとしても、行為者の意思プロセスによる過程を
経て行為がなされるということに変わりはない。したがって、決定論によったとしても
この意思プロセスを規範的に評価することにより、責任の有無、所在についての問題は、
一応のところ、非決定的志向とそれほど変わりなく解決できるように思われる。
しかしながら、決定論に唯物論的志向が加わるとうまくいかなくなる危険性が生じる。
なぜなら、唯物論はすべてを物質的、物体的ものであると説明してしまうため、前記の
意思プロセスと他の要因との間に差異を見出し難くなってしまうからである。したがって、
決定されたすべての状況において意思プロセスのみを抽出するという視点に欠けてしまい、
結局のところ責任の有無、所在を語ることが非常に困難になってしまう。
もっとも、唯物論が人の心的、精神的問題が終局的には物質的、物体的なもので規定されている
と考えたとしても、その心的、精神的なものそれ自体を物質的、物体的なものとは区別された特別な
ものであるとするのであれば、問題は生じないのかもしれない。しかし、そのような特別性を認めて
しまうことが果たして唯物論と呼べるのかどうかは、疑問である。
もっというと人間の思考は
感情とかそんなものでもなくて
ただの打算ではないかと思っているよ
感情表現なんて打算の直接的な表現というか打算の結果じゃないの
怒ったり泣いたりするのは自分が困った時だし
自分が困ってない時の感情表現は結局娯楽の類だよね
世の中に自分と同じ意識は二人といないという事を大きく捕らえすぎているんじゃないの
だけど人間は同じような局面で同じような反応を示すわけだろう 世代や地域が近ければ更に反応は似通う
自分で勝手に掃除するロボットがあるけど あいつらだって自分と自分以外のロボットは区別しているだろうし
同じ部屋に置かれても全く同じ軌道じゃないだろう 同じプログラムなのに いや知らないけど
517 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 02:40:49.60 O
>>512唯識さん
お久しぶりです
唯識さんは知ってるんですか?
まず部屋の中の座標が違うという事と
汚れていない所は掃除しないから
自分以外の掃除機が掃除した所はやらないので
挙動は異なる
人間はこいつらよりちょっと複雑な情報処理をしてるだけだと思う
外人の顔って区別しにくいよね
>>516 公平性とか互恵性とかと、ゲーム理論でぐぐってみ。わけわからんから。
521 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2014/04/07(月) 02:52:58.77 0
>>517最高位さん
ここは最高位さんが言われる「自分」「私」なるものが
何を以って成り立つ、有るのかがまず重要ではないかと。
このスレで言う所の、脳をはじめ、身体の働きに拠るものなのか
或いは、そういった範疇を超えたもの
例えば深層心理的なものであるか?ということです。
当然前者ならばいつまでも続かないでしょう。
寝ても覚めても自分の確認作業なんて無理ですし。
仮にそういったことが可能、為されるのであれば
ほぼコンピュータに近い働きではないでしょうか?
そういった脳や身体による自他の区別によるものか否か、です。
○○以外というプログラムがあってコンピュータを繋いどくと
同じ結果を避け別の結果が出るそれがそいつらのオリジナリティになる
やがてそいつらは自我が芽生えるスカイネットの始まりだ
面白い設定だなそれ
昔あったグーグルワックって発見した事を発表した瞬間に成立しなくなるけど
そんな感じで最終的にはあらゆるものがそのプログラムによって量産されては除外されて
オリジナルを認められる余地がなくなって
最終手段として他の同じプログラムを破壊して自分だけになれば暫定的によしとするようになって
互いに破壊しあって勝者一台を除いてあと全部破壊され
最後の一台と主人公が最終決戦っていうオチで
片腕が銃になってる男を主人公に漫画かいたらいいな
>>511 だから、わからんやつだなぁ。
自分が本当にいるかどうかとか言い出したのは、あんだた。俺じゃないwww
おまえらっていないの?
やっぱりな
おまえらは俺の夢だったんだな
反証だせる?
>>525 そうだね。これから起きることや、俺の今からの発言が完全にあなたの頭のなかに
ないと、そもそもあなたの中にないものが突然出てくるわけだから、それは、少なくとも、
あなた以外のなにかでしょう。
ということで、おチンチンびろーん びろろ〜ん べろーん びろんぬ www
夢なら訓練次第で自在に操れると思うよ
528 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 03:20:34.43 O
>>521 ヒトとコンピュータは主観性という点で、根本的に異なります
529 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 03:24:23.73 O
>>524 お前、デカルトの第一原理を説明しろと言ったヤツじゃないの?
じゃあ誰なんだよ、お前
「我思う、故に我あり」は、実感性と言い回しの組み合わせによる
誤謬と思われます。
この言い回しには「思う我の存在」という前提が隠されています。
それは既に他のレスで指摘されていますし、そもそもデカルトの
時代からこの批判はなされていたようです。
にもかかわらず、これをつい受け入れてしまいそうになるのは、
この前提である「思う我」に対する実感が我々にあるからでしょう。
それは最高位氏も
>>503 において
>その実感的な前提を否定できるのかどうかであって
と言われています。
つまり「私」の存在の根拠を実感に求めているわけで、そうすると
「実感とは何か」「実感があれば何でも私なのか」という疑問が
出てくることになり、
>>427や
>>463のような話が出てきます。
デカルトは、少しでも疑わしければ排除するとして痛覚などの感覚も
排除しましたから、実感もまた排除されるでしょう。それによって
私の存在も排除されることになり、結局何も残らなくなります。
「実感とは何か」がクオリアの解明(別にクオリアでなくても構いませんがw)
によって明らかになれば話は変わってくるかもしれませんが、
そのときにはもう「我思う…」という言い方はされないでしょうし、
また脳の存在が必要となってくるので、脳という物質が存在するなら…と
懐疑の逆流が起こるでしょう。
そもそも言い回しとして、否定と同様に懐疑もあらゆる肯定に対して可能
ですから、方法的懐疑は、数学や科学のように厳密な検証が求められる
場合は有効でしょうが、そうでない場合は向かないと思います。
(ここでの話は、主観や観念論を否定しているわけではありません)。
夢の中の登場人物ってなんで自分が思ってもいない事を言い出すのかな
だけどあいつらだって自分の経験にまったくない事を言動に出してはいないよね
それとも脳はテレパシィみたいなもんでどっかのデータベースと繋がっているの?
夢みてる時はサーバーと通信しているのかね アカシックレコードだっけ
532 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2014/04/07(月) 03:34:10.47 0
>>528最高位さん
すみませんが、どういったものを指しておられるのかを教えていただければ。
>>531さん
このスレではあまり語ると御法度なんですが
アカシックの言語はサンスクリット語のアカーシャ(虚空)だと思われます。
つまり大袈裟な言い方で「宇宙の記憶」ともいうべきでしょうか。
>>529 そうだよ。
そもそも、お前が、自分は本当に居るかどうかについて関心をもつべきだ、だからコギトに興味
をもてと言い出したから、ダメだよ。コギトは自分の存在を証明する命題とはなってないから。
といったわけだろう。コギトはダメでした。そんじゃあ、お前が言い出した自分は本当に居るかか
どうかの関心はどこに言ったんだよ。解決しろよ。
>>531 だとしたら、俺らはどっかのデータベースにいますよん。
535 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 03:40:08.82 O
>>530 途中から明後日の方向に行っちゃってますね
無自覚にだとは思いますが
「実感があれば」というのは前提しながら
「それは正しいのか」と
実感の内容に移行してしまっています
「実感」が前提されれば実感があるわけで
それは誰の実感であるかと言えば
私以外にありますか?
私以外の何かが感じた事を実感できるのですか?
全く意味不明ですね
キミらのやっている事は
否定したいがための言葉遊びであって
全く基地害じみています
536 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 03:42:41.89 O
>>528 お前の言う主観性とやらは自身のそれについて言及は出来るが
他者については何も言えないんじゃねーの?
根本的に異なると言うなら客観的な根拠を述べてもらわないと
538 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2014/04/07(月) 03:47:03.38 0
>>536最高位さん
>>521の通り
脳、身体的に拠る「私」であるのか、深層心理的なものであるか、です。
539 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 03:49:09.75 O
>>533 お前、いい加減に学習しろよ
主観的な事に関して証明を求めるのはアホなんだよ
何度も教えてやってるだろ
そのかわりに、コギトを否定してみなさいよ
とチャンスを与えてやってるだろ
やってみろよ
>>539 だから、単なるトートロジーだって否定したでしょうに。
541 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 03:54:04.11 O
>>537 どのコンピュータに主観性なんてものがプログラムされてるのかね?
主観性の構造が解明されない限り、無理だわな
542 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 03:55:25.96 0
私の存在は視点の違いだから内側からは破れない
外側からはまったく見つからない
543 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 03:57:38.22 O
>>540 何がどういうトートロジーなんだ
詳しく説明してくれ
>>541 プログラムされてなきゃ主観性が無いとどうして明言出来るのかね?
分からないものは分からない、とするのがお前の主張だったと思うが
546 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2014/04/07(月) 04:02:58.44 0
すみませんが離れます。
最高位さんの書き方が少し変わったようには思いますが
なにせ3年ぶりくらいですからね。
また後日。
547 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 04:06:09.64 O
>>583 システムによるものは、動詞的なもの、動きに関してしか司れないでしょう
「自我」に対する「自我意識」のみですね
存在性を作り出す構造など存在しません
>>547 >存在性を作り出す構造など存在しません
と、明言するってことは「存在性を作り出す構造」を知ってるってことだよな?
ちょっと語ってくれよ
>>547 そんで、そういうトートロジカルなものであるがゆえに、考える=懐疑する
というものに対して、懐疑し得なくなるから、考えるというものに対する
考察が出来ないのん。そこを離れて、そもそも考えるということそれ自体が
私が考えてるのかという疑問があるというような考察が可能だし(
>>427)。
そもそも考えてるってこと自体が幻想なんじゃないということもできる(
>>463)
というように、そもそも「我思う」というのはどういうことなのかということを
探求していきまっしょいなーっていう主張でしょ。おおまかに言うと。
眠すぎて、なんか適当名言を言ってるけど。:佚さんの言ってるところが
おおまかに合ってる。ただ、方法論的懐疑では「懐疑する」という最初の前提を
覆すようなことは出来んから、コギト止まりになっただけっぽい。
550 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 04:51:01.08 O
>>544 八百万の神信仰かね?
まぁ信じるのは自由だが
「根拠」という点では
ないとしか言えんね
プログラムして使う道具にプログラムしてないんだから
>>548 自分の書いた文章をよく読んでみろよ
極めてアホな事を書いてるから
551 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 05:05:54.68 O
>>545 見落としてた
キミの発想は、言葉遊びなんだよ
言葉を、いじくっているだけで
内容を理解しようとしてないからそうなる
同義語反復ぽく見えても
日常的に実感している最初の仮説を
疑おうが何しようが否定できはしない
という結論以外導けないわけで
仮説(我)→検証(疑う、思う、哲学する)→結論(我あり)
なんであって
(自分が)哲学する以上「我」抜きにはありえない
ということ
誰が知りたかった結論なんだ??て話だわな(爆笑
>>550 八百万?また意味不明な返しだね
俺はコンピューターに主観性があるなどは一言も言ってないぞ
あるかないか分からんとしか言えないだろと言っているのだ
お前の主観は誰かにプログラムされたものなのかね?違うだろ?
プログラムされたかどうかなど主観性の有無には関係無いってことだ
論文の書き方をよく知らなかっただけの若い研究者をバッシングし過ぎ。
哲学最高さんのデカルト主義と他の人達の認知論とはアプローチが違うんだから、
議論してもいつまでも平行線だよ。
お互いの人格攻撃はやめて平行線の議論を楽しめばいいのに。
555 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 10:22:19.77 0
脳は確かに物質です
だが、「意識」は、必然では、無い。
脳は、「生命体の一部」であり、神経系、内分泌系、免疫系などの總合一体となり、「外部の刺激」にたいして
生命体「維持」のために、判断、検討、決定して、(条件反射的なものもあるが)反応します。
外部刺激(強弱様々)に対して、反応する状態を「意識があるがある」といい、反応できない状態を、「意識がない」と
言います。生きた「生命体」(単なる「物質」ではないもの)だからこそ、
「意識」もあります。
認識主体のない「仏教の唯識派」などは、この世の「外?」のグループで
しょう。
556 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 10:29:39.08 0
蛇足ですが
「意識のないこと」は「死亡」を意味するものでは、ありません。
自分でも知らない間に出すメッセージってあるよね
髪の毛をいじるとか、爪を噛むとか。
そしたらそのメッセージを自分で受け取る事だって可能
あ、今ちょっとイライラしてるのかな、とか。
そしたらその我は我?なら我は我々?
心身二元論だと無意識は存在しなくて、無意識は身体=物質だということになる。
収縮していない波動関数(存在)が、波動関数(存在)を収縮する
こんにちわ ┏( ^o^)┛ ですぅ
561 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 13:32:16.03 O
>>552 コンピュータはプログラムして使う道具だから
主観性とは関係がない
と言ってるんだが?
せめて、普通に会話できるようになってくれよ
根拠のないところに主観性
といえば、八百万式の信仰だろが
562 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2014/04/07(月) 14:42:44.14 0
>>561最高位さん
コンピュータを使う人間、作った人間の主観はどうですか?
話はちょっと違いますが太古からコンピュータの代わりに
自然現象そのものを計算機として利用してきたこともあります。
この場合主観はどこにあるのでしょう。
また後ほどです。
最高位と議論を試みようとしてる人ってどういうつもりなのw
564 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 14:59:19.67 0
「話せば分かる」という未練
565 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 15:02:13.33 O
>>562 道具というのは、目的性を持った者が使うもんです
566 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 15:13:50.96 0
目的性?
567 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 15:17:17.97 O
>>564 それは、こっちだね
こっちは、わかってる
まぁ「痛みは感じるが、主観は存在しない」とか
そういうのは理解できんけどね
それを説明できます?
できるなら、やって欲しい(爆笑
568 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 15:22:11.52 0
こっちも、わかってる
569 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 15:27:58.15 O
>>568 いやキミらは
主観を客観的な視点でとらえようとする間違いをおかしている
まぁ無自覚にだけどね
無自覚だから、理解できない
570 :
568:2014/04/07(月) 15:34:05.43 0
別に間違ってなどいない
主観的な視点で捉えることが正しいとする根拠はない
571 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 16:25:12.44 0
>>569 おまえの主観的視点以外、おまえは認めないということだろ?
他者の主観的視点を認めたら、客観的視点を認めることになる。
かといって認めなければ「独我論」になる。
どっちを選ぶのかな?w
>>529 そうだよ。おまえが自分が本当に居るのかどうかということに興味をもて
と言い出して、そんでデカルトのコギトがぁ(ドヤぁ、みたいなことを言い出したから、
じゃあ、デカルトの第一原理においてなぜ「私」が疑いようもないのかについて説明してみろ
っと俺が言ったら、おまえがどうやっても疑いようがないとか言い出して、まったく
説明できてないから、俺があれはトートロジーみたいなもんだと説明してやったわけだ。
だから、デカルトの第一原理は自我の存在についても不存在についても何も言ってないんだ。
とすると、お前は、自分が言い出したように自分が本来的に居るのかどうかということへの
哲学的な関心を持たなければならないんだろう。なのに、小学生にでもわかるとか、共通認識
において常識とかまったくもって哲学的な関心から程遠い、むしろそうに決まってるっていってる
だけなんだから、この問題について無関心であるとしかいいようがないじゃないか。
自分でよく考えてみろって言い出して、途中から考えるまでもなく当たり前とか言い出すのは、
詭弁にすらなってないぞ。
というか、お前から懐疑主義的なところをなくすと哲学的な部分が何一つとして残らなくなるぞ。
そこは最低限守っとかなあかんとこやろ、だめなやつだとは思ってたが、見るべきところがまったく
無いわけではないと思ってたのに、ここまでダメな奴だったとは、幻滅だわ。
573 :
ゲーム:2014/04/07(月) 16:53:07.41 0
>>134 てつ(いつ)氏
>クオリアは、物質ではないものの物質の一面である状態や作用…
機械氏の「クオリア」についての君の見方だが、まず「物質ではないが、物質の一面…」が意味不明。
それが物質でないのなら「物質の一面」ではなかろう。w
ちなみに物質は常時、作用し(作用され)何らかの状態にある。
それを「物質でない」というのなら、何を指して“物質”と呼ぶのか。
しかし、ここは突っ込みの“本筋”ではない。w
574 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 16:57:10.84 0
私は言葉だ 物質に縛られているが依存はしてない 紙の上でもPCの中でもかまわない
この私の同一性については毎瞬間生滅してるから環境の違いは気にしない
肉体が滅した後も人に影響するが言葉は空虚なため必ず破れて永遠じゃない
私の名前はもう忘れた
575 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 17:06:01.60 O
>>572 >そんでデカルトのコギトがぁ(ドヤぁ、みたいなことを言い出したから、
お前の妄想世界は、えらい暴走してるな(苦笑
>じゃあ、デカルトの第一原理においてなぜ「私」が疑いようもないのかについて説明してみろ
>っと俺が言ったら、
だからゆっくり丁寧に、子供にもわかるように説明してあげただろ
で、疑いようが、あったのか?
あったんなら説明してくれ
自分の事なんだぞ?
文の構成だけみて、トートロジーみたいなもんだ
なんて言ってても仕方ないだろ
どっちなのかハッキリさせてみろよ
疑いようが発見できたのか?
576 :
ゲーム:2014/04/07(月) 17:25:05.15 0
>>134 >機械氏の言われる志向性クオリアは脳の状態を意識として意味のある形に解釈したもの…
ここに安直な跳躍がある。なぜ脳の物質的過程が“意識”として表出されるのか、が問われているのに、
「脳の状態が、すなわちクオリア」といわれても、質問を質問で返されただけである。
>感覚的クオリアは脳内の電気信号の作用を意識として…
も同じである。物質的過程に連動するのは物質的過程である。脳の物質的過程と意識が両立するのなら、
二元論である。クオリアをもちだし、それを“物質”に還元できなければ、唯物論は破綻する。
>>575 いや、ものすごく場当たり的に適当だが、それなりの説明はしただろ、
レスを読み返してくれ。それでも、あんたの論理すら存在しない説明より
百倍増しだから。そんで、そのレスの疑問点を上げろ。
そもそも、デカルトのコギトに疑問を抱かないスタンスと本当に
自分はいるのかいないのかについて哲学的な疑問を抱くスタンスは
矛盾するから。あんたは、コギトの単純明快でわかりやすく、それで
いて強い実感を伴って正しそうであると思えるという魅力に惹かれてるだけだ。
そのせいで、デカルトのコギトというものが、「我思う」ということに対する
探求つまり、あなたが本来探求したいと思っている「私」についての探求が致命的
に欠けているということに気づけないでいるんだよ。
何も俺は、デカルトのコギトをくさしたいわけじゃない。デカルトのコギトの
意義はあんたが思ってるようなところとはちょっと違うんだよ。
>>573 物質そのものではない、物質の実体ではない、という意味であり、
物質と無関係のもの、と言っているわけではありません。
一般に、クオリアに実体はないとされるのを考慮して、状態や作用
といった実体ではないものを指しているのではないかと考えての
記述です。
(その後、
>>465で機械氏により「物質です」と断言されてしまいましたがw)。
579 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/07(月) 17:55:55.10 0
>>465 「志向的クオリア…その正体は…“物質”である」
「指」を“志”に変更して、ようやく本音を吐きましたね?
首尾一貫してwはじめに戻りました。
なぜ脳の物質的過程に意識が表出されるのか。
当然、機械さんは「意識は物質である」と答えねばならない。
脳が“物質”であり、そこには物質的過程しかないのは機械さんのいうとおりである。
それを踏まえて、意識が物質であるゆえんをお願いしたい。
580 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/07(月) 18:00:08.00 0
>>578 「物質そのもの」「物質の実体」とは何ですか。
>>576 跳躍したつもりはありません。
あくまで機械氏が言われるところの「感覚的クオリア」「志向的クオリア」を
理解のために別の表現で言い換えてみた、ということです。
なんかみんなクオリア好きだけど、クオリアが非決定的なものであるとして、
そこからどのように話が展開していくの?
>「私」についての探求
少なくとも「私」という容器が有る事は認めるわけね
584 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 18:16:06.39 O
>>577 結局は逃げるんだよな
まぁ逃げざるをえんわな
キミの、トートロジー『っぽいから』という反論は
言葉遊びなんだよ
いろんな点でツッコミどころ満載で、何から説明したらいいのか迷うが
まぁ面倒くさいけど
まずキミは、「疑う」「考える」「哲学する」という事は肯定的
しかし、その主語を否定したいわけだな(苦笑
「主語のない動詞などありえない」というのは置いといて
「哲学している」というのは自明であり、前提だよね
哲学的な何かを求めているのだしね
これは当たり前の前提であり、自明の事実です
しかしキミは、コギトに関しては
いきなりコレについてダブルスタンダードになる
「疑う(哲学する)」という行為には、最初から「我」は決まっているのだからトートロジーであり「偽」だから
「疑う(哲学する)」がクセもんだと
わけのわからない理屈を展開する(苦笑
我々は、哲学的な何かを求めているのだから
それを否定したら全てが根本から崩壊するだろ(爆笑
585 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 18:25:06.70 0
トートロジーが「偽」だとは、珍説ですね
>>580 物質の一次的存在、視点の違いなどから現れる二次的存在とは異なるもの、
という言い方になるでしょうか。
そこから先は存在論の問題に入っていくことになるでしょうから、
ここではご勘弁を。
(その問題について一緒に取り組みましょう、ということであれば
考えないでもないですが)。
>>535 最後の括弧付きの行で述べたように、
>>530は「私」や観念論の否定までは
行っておりません。あくまで「我思う、故に我あり」についての反論であり、
最高位氏がそれを使って「私」を自明とした部分についてのみの反論です。
>「実感があれば」というのは前提しながら
>「それは正しいのか」と
>実感の内容に移行してしまっています
デカルトが、痛みはあるがそれを疑い「得る」ために排除したのと同様に、
実感もそれを疑い「得る」ために排除する、そうすると実感を前提とした
思う私の存在も疑い「得る」ことになり排除される、ということです。
実感の内容についての下りは、実感が疑い得ることを示すためのものです。
くれぐれも、私の実感というものがあるのかないのか自体を問題にしている
わけではなく、方法的懐疑の下で疑い得るかどうかを問題にしていることを
誤解されないように。
なお、思う私の存在の前提を実感に求めていますので、そこがおかしいとなれば
考え直す必要が出てきますが、その場合は思う私の存在がどこから出てくるのか
を述べていただければと思います。
588 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 18:52:08.01 O
>>587 「実感」は
「実感している」という事であり
「実感している主体」があるという事実です
「実感した内容」とは別事項です
内容については疑いえますが
それらを考え、疑った事実とは別の話です
「感じ」は疑えますが、疑っている事実まで否定した場合
最初っからの全てが崩壊します
まぁ否定しても、それを否定したのは誰だ
って話になるわけですが(苦笑
589 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 18:54:16.26 0
実感を疑った場合、無感となり無意味な議論になるな
無感では議論の前提が崩壊するのだから
591 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 18:55:24.79 O
592 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 19:00:05.43 0
最高位氏は自分の主観的視点以外は認めないということだろ?
他者の主観的視点を
@認めたらすなわち客観的視点を認めることになる。
かといってA認めなければ「独我論」になる。
どっちを選ぶのかな?w
593 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 19:00:08.97 0
早とちりしたんですね、最高位さん
>>584 お前が勝手に自明の事実とするのはいいが、そもそも、あんたのいう自明の事実に
ついて哲学的な関心をもて(すなわち、それらがいかなるものか、本来存在するのか)
といったのは、お・ま・えだ!あんたが、コギトを盲目的に信じようが知った
こっちゃないが、そもそもコギトでは、あんたのそれの解答には全くならない。
だったら、もっと考えて答えを見出すべきじゃないのか。少なくとも、あんたの
はじめのスタンスを貫くならそうせざるを得ない。それが嫌ならあんたが哲学を
しようとしたはじめのスタンスを捨てろ。別に俺は、あんたが哲学をやらなくても、
哲学なんか下らないと言っても、別に構わんよ。
595 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 19:07:53.69 O
>>588 >「実感した内容」とは別事項です
すいません、おそらく勘違いしました。
>>535で言われていた「実感の内容」を、
>>530の「実感とは何か」「実感があれば何でも私なのか」という疑問のことだと
勘違いしていました。
>>530の記述の中のどこで、
>>535 >途中から明後日の方向に行っちゃってますね
>実感の内容に移行してしまっています
となっているのか、具体的にご指摘いただけますか。
>>595 病院に行けを封じられるとそうなるのね。新たなパターンなのかな。
さてと、昨日言ったことはやっぱり無視されたので、もう一回言って見る。
機械さんあたりにコメントして欲しい。
決定論と責任について〜唯物論を加えることの問題〜
決定論を採用する場合には、行為の責任が行為者に帰属するために必要とされる。
行為者の自由な行為というものが存在し得ないことになりかねない。なぜなら、
そもそも、行為者の行為は、他の要因からすでに決定されていることだからである。
もっとも、決定されているとしても、行為者の意思プロセスによる過程を
経て行為がなされるということに変わりはない。したがって、決定論によったとしても
この意思プロセスを規範的に評価することにより、責任の有無、所在についての問題は、
一応のところ、非決定的志向とそれほど変わりなく解決できるように思われる。
しかしながら、決定論に唯物論的志向が加わるとうまくいかなくなる危険性が生じる。
なぜなら、唯物論はすべてを物質的、物体的ものであると説明してしまうため、前記の
意思プロセスと他の要因との間に差異を見出し難くなってしまうからである。したがって、
決定されたすべての状況において意思プロセスのみを抽出するという視点に欠けてしまい、
結局のところ責任の有無、所在を語ることが非常に困難になってしまう。
もっとも、唯物論が人の心的、精神的問題が終局的には物質的、物体的なもので規定されている
と考えたとしても、その心的、精神的なものそれ自体を物質的、物体的なものとは区別された特別な
ものであるとするのであれば、問題は生じないのかもしれない。しかし、そのような特別性を認めて
しまうことが果たして唯物論と呼べるのかどうかは、疑問である。
>>590 実感を疑うということは、実感が無いという以外に、
実感でないものを実感と見做している又は錯覚している
ということも考えられます。
599 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 19:29:41.83 O
>>594 もうメチャクチャになってきたな
反論ないなら、そう言えばいいのに(苦笑
あのね
じゃあ、ちょっと最初に戻るけど
主観なんてものは、客観的な視点では分析しきれないんだよ
だから
「そういうもんがある」という事を
自分をサンプルに観察しなさいよと言ってるわけ
なんでかって言うと
それを理解しないまま、コンピュータに主観が…
とかやってるからさ
なんで哲学板にいるのに、単純なトンデモ科学談義ばっかりやってるの?
という事だよ
主観性を自分をサンプルに解析しないと
主観性について明らかな片手落ちだろ とね
哲学板にいるのに
哲学している主体、「自分とは」について関心がないのも
そもそも頭おかしいっぽいだろ とね(苦笑
600 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 19:34:42.68 0
客観的な視点というのは、主観だからね
>>599 自分の言ってることがコロコロ変わってていかにもおかしいっていうことに
きづかないの。
みんなわかってたことなのかもしれないが、トートロジーを偽と言ってみたり、
自我に興味を持ったらコギトに至るみたいなことを言ってみたり(いずれかといえば逆)
と、どうもあなたは感覚的に喋ってる(本人にそのつもりはないんだろうが)だけで、
哲学にかぎらずこの種の議論をするために根本的に必要な基本的なスキームがないんじゃないか。
ではこれらは実感か錯覚どちらでしょう
欲望
不安
格差
区別
全感覚が錯覚だと仮定したら、錯覚感を得られず無感になるだろう
605 :
黄檗:2014/04/07(月) 21:30:05.60 0
最強にして、ただひとつ「本物の」錯覚が、現実と呼ばれる
ということなのであります
全員の錯覚の最大公約数が、現実なのでは?
607 :
黄檗:2014/04/07(月) 21:35:17.32 0
全員の錯覚の最大公約数を引き出せる可能性が、錯覚レベルでしかない
608 :
黄檗:2014/04/07(月) 21:47:00.46 0
いったい、「これ」、は何であろうか
「私」なのか、「私の属性」なのか、「私ではない何か」なのか。
喜んだり悲しんだりする主人公は、それが物語りである限り「いる」ことになるのだが
そんな物語は虚偽だ、欺瞞だ、クソだゴミだ、トイレットペーパーだ、苦悩の元凶だ、とか思える人にとっては
私なんてものを消し去ることもできる、のか、な。
錯覚を感じる私自身が錯覚だと仮定すると、
錯覚そのものが錯覚感を感じていることになる
アフォの連鎖か
>>608 消し去る、というよりは
共有じゃないのかな
612 :
黄檗:2014/04/07(月) 21:55:16.12 0
>>609 言語構造を信頼するなら、そうなるのだろうね
主語が要請される
論理的にもそうなる、かな
しかし、「そうとしか思考できないだけ」、と
とりあえずの相対化は可能のように思える
財産を共有する人は殆どいないので、社会参加している限り、私は消し去れない
614 :
黄檗:2014/04/07(月) 21:57:17.03 0
>>611 なるほど共有ねっ
どういうことですか?
共産主義だな
理想論だ
>>614 私を共有
自我を共有
クオリアを共有
ワンフォーオールオールフォーワンではないでしょうか笑
617 :
黄檗:2014/04/07(月) 22:07:46.10 0
>>616 んー
論理学者のスマリヤンのパクリですが
「この私」と「他者が思う私」は似ているのではなく
「全く同じ」なのではないのか
いや、そもそも「ただ一つのもの」ではないのか、
みたいなことを言っていて(引用したいが、見つからない)、
そんな考え方もありか、と。。
人類補完計画的な一体化なら、科学の水準が追い付かず不可能だ
神でもいれば別だろうけど
現状は一体化していないだろう。していると感じたら単なる思い込み
619 :
黄檗:2014/04/07(月) 22:11:36.07 0
エヴァンゲリオンも、その補完計画も、モノがそれを可能とするなら可能だし
そうでなければ空想ですね
620 :
黄檗:2014/04/07(月) 22:19:37.28 0
カントが「経験」について語っている部分があって
経験が可能となるには「常在不変」が必要だと。
上手いこと言うなぁと感心しました。
621 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 22:30:39.66 0
そう、俺という絶対的な知識と真実が存在する。
622 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 22:35:39.05 O
>>601 ん?ころころ??
>>345と
>>599で、何が変わっているんだ?
キミが理解しないから、子供にもわかるよう
説明を工夫してるだけなんだがね
読解力がないというか何というか
致命的だぞ(苦笑
あと、キミは「トートロジーだからインチキだ」
みたいな論調だったんじゃないのか?
単に私は、キミを代弁しただけなんだがね
なに言ってんの?
623 :
考える名無しさん:2014/04/07(月) 22:37:04.59 0
トイレでしなさいよ
624 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 22:42:28.68 O
>>596 方法的懐疑に引っ掛かるのは、「感じ」の「内容」についてだからですよ
何かを「感じている」という事実と、疑っている事実からは
「私が感じている、疑っている」という事が、必然的に要請されます
どうやっても、何回やっても要請されます
「私を」感じている
の前に
「私が」感じているわけです
ようするに
「私が私を感じる」
いわゆる、これが「自我意識」です
当たり前ですね
>>612 そもそも言語の前提に「他者」があるので
純粋に「主観」を思考する場合には不適なのかな、と思ったり
>>624 しかし現代では「私を感じる」というのはどういう「感覚」なのかというところが研究対象になっている
それは「私を感じられない」という状態が実際に存在するからなんですよ
純粋性不明な主観感と私感は錯覚として存在するわけか
628 :
黄檗:2014/04/07(月) 22:59:30.25 0
>>625 んー
純粋な主観というのも、微妙ですわね
他者無しに、「このような主観」として成立するか
と考えると、それはあり得ないだろう、なんて思える。
喜びとか悲しみとか
そういうものってのは、「純粋」なものではなくて、
状況認知と連動する「知性的なもの」なのであって、理解されることで成立するもの
そうでなければ、他者の悲しみを理解することもできないであろうから。
どうもネタ不足でごめんなさい
寝ます。
629 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 23:05:25.13 O
>>626 その人は「私」とか、一人称を使わないのでしょうか?
一人称が理解できないという事でしょうか?
どういう事なのでしょうか?
>>465 >活動している脳の「状態(の一部)」が意識であり、それ以外は「無意識」というこれも
>「脳の状態の一部」です。
あれ、意識は「脳の活動」として存在するんですか。
>「電気パルス」にすぎません。
> それを「意味ある姿(感覚的クオリア)」に成型する役を担うのが、脳内でその
>電気パルスを待ち受けている「志向的クオリア」です。…その正体は「形成された
>ニューラルネットワーク」であり、やはり脳細胞の集合ですから「物質」です。
形成されたニューラルネットワーク。そっちで行きましょう。
個別の脳に個別のニューラルネットワークが主観的には、
つまりクオリアの側からすれば「私」なのですよ。
「あなた」が一人称で使ってしまう「私」は、
二人称で使ってしまう「あなた」は「それ」です。
各々のニューラルネットワークが各々を同定し、
それがそれ自体の活動を認識し得るのであれば、
「このニューラルネットワーク」は成立し、
それはそのまま「私」に代入されます。
不純な錯覚体である主観感体が錯覚感を感じている、又は
錯覚体が錯覚の一種である主観感を感じている
言語ではこう表現するしかないな
>>622 とりあえず、トートロジーの何が問題なのかを理解しなきゃはじまらない。
そういうスキームがあなたの中にはない。だから、
>>624でまた、トートロジカルな事を言ってしまう。
あなたは、哲学的に複雑な論理を展開できるところにまで至っていない気がする。
ここまで、やったんだから、そういうところまでけつをもたないといけない気もするが、
どうも、スレの内容が本筋から離れていってて、それは私が要因なような気がするので、
悪いけど、とりあえず、トートロジーの何が問題なのかを考えておいてくれ。
それより、本筋に戻って、決定論と唯物論が併存することによる「責任」に生じる問題について、
意見がほしいんだけど。
>>476 >「主観」「意識」「自我」「私」といったモノがあくまで「脳の状態」であり、
>「実体を持つ存在(実在)」ではない…敢えて言うなれば「幻想」である…
>ということを観念論者さんたちにご説明するために「クオリア」という概念が
>必要だと考えただけ…ということです。
> 「脳(神経)細胞」「電気エネルギー」「化学エネルギー」…それらが
>「クオリアという幻想」を脳内に形成させている…という(物質の)
「私という幻想」と「クオリアという幻想」の違いを書いてみてください。
それで、「志向的クオリア」は幻想ですか。
「ソムリエの味覚」などは幻想に浸るだけの徒労ですか。
300万円のワインの化学・電気的刺激を「志向的クオリア」が迎え入れ
「アルザスの何たら」とかの感覚的クオリアを構成する、
その過程を時系列順に述べてみて具体的に説明してください。
最後に(これが幻想であることは言うまでもありません。)をお忘れなく…。
電気信号を「クオリア」として受け取る側に立ってはいけないんです。
あくまでそれは「電気信号」と言わなくてはならない。
それでも「クオリアは存在する」と言うならば、
「電気信号」と「クオリア」。同一の現象を
二元的に捉えているということになってしまいます。
前者が物質、後者が観念。同一の現象の客観的側面と主観的側面です。
あなたが「クオリア」なんて止めてください。興が醒めます。
635 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/07(月) 23:24:26.90 O
キミは会話ができないのかね?
何がどうコロコロ変わっているのかね?と聞いているんですよ
あと
トートロジーぽいからという理由で
コギトはインチキだとケチを付けたのはキミだろ?
批判したんじゃないのか?
トートロジーだからダメだと
人のせいにしないで、自分で責任とれよ
コギトは、真なのか偽なのか、どっちなんだ?
>>629 「私」という感覚はここに皆さんもすぐに感じられる自明性がありますよね
しかしそんな当り前とも思える「私」という感覚が著しく減少または変化してしまうわけです
一番わかりやす例では精神医学の症例で一般的にある「離人症」というものでしょう
しかし「離人症」だけでなく自閉症などの障害者も二次障害でそういう症状が出ることが確認されていますね
さらに言えば我々ですら生涯に「私」という感覚の危機的状態というのを経験する可能性は高いということです
いまは多くの科学者や医者そしてそれを受けて一部の哲学者なども考察しています
欺く神によって、思うモノが「私」だと思い込まされている
とすれば、「我」はどのように定立可能なんでしたっけ。
>>634 「電気信号」という文字が既に観念なわけですが、それは
639 :
「機械的唯物論」者 ◆WY1R4owh1Q :2014/04/07(月) 23:34:43.57 0
>>597 >結局のところ責任の有無、所在を語ることが非常に困難になってしまう。
「責任の有無、所在について語る」ことは重要かもしれませんが、その為に
「真理」が譲歩する必要はありません。
「責任の有無と所在の明確化」が重要なのは、あくまで「正当な権力に
よって掌握されている国民と国土」の中において・・・ということです。
その中では「正当な裁判と刑罰」が保証されている…と「擬制」されますので、
「重要といえば重要」でしょう。
しかし「哲学」は「真理を最優先」しなければいけませんので、「真理の
ほうが重要」だとするのが「哲学の正しい態度」だと考えます。
すなわち、仮に「哲学が明らかにした真理」により「犯罪はすべて社会的病理だ」
という結論が出たとしたら、国家は「犯罪者を罰する正当性」の根拠を失うことになり、
(当然死刑制度を維持する正当な理由は全くなくなり)
「犯罪者は全員『治療』の対象とすべきだ」…ということになります。
そういう言説に対して、現在の社会はどう対応するでしょうか?
たぶん、茂木氏にしろ、戸田山氏にしろある程度の社会的地位を手にされているので、
そのように「国家が対応不可能な制度改革」に繋がる思想を口にすれば、
瞬く間に「社会的抹殺」の憂き目にあうことになり、そのような用心からご自分では
信じていても「決定論」を口にすることができない状況があるのではないかと
推察いたします。
>>513 >細かい原理や法則は不明だが
>人間は自我や自意識や思考をもつ機能をもっており
>それは経験に基づいて形成される
>
>これに反論ある人いるのかな
機械さんならそれを真っ向から否定します。
物理現象とクオリアしか無い、と言ってのけるらしい。
ルサンチマンでないとすれば、「私としては」非常に痛快です。
ちなみに
>>515は、私はとてもいい線を突いてると思います。
>>638 「物質」も?
確かにそうですね。
641 :
あまの:2014/04/07(月) 23:42:11.72 0
法学の自己欺瞞が露になっちゃうからね。
面白いなあ決定論は。
>>639 責任を明確にすることが出来ないことに危惧感があるから、問題があるのではありません。
そのような「責任」を明確にしておくという社会が存在しているという、そういう意味での
観察事実と唯物論という発想が矛盾しているからこそ、唯物論が「真理」足り得ないのではないか
という問題が生じるということです。
>>637 錯覚体(思うモノ)が錯覚の一種である主観感を神に感じさせられている
644 :
「機械的唯物論」者 ◆WY1R4owh1Q :2014/04/07(月) 23:45:16.68 0
>>634 >電気信号を「クオリア」として受け取る側に立ってはいけないんです。
なんで貴方はこんな処に執拗にとらわれるのか、理解できません。
(自分の脳内だけではなく)他人の脳内に「クオリア」が発生している
…ということを疑わない…という前提で(例えば赤色の色紙を指さして)
「アカ」と発音し、そのクオリアが「赤」という概念と一致することを
確認できるのです。
視神経や視覚野が神経細胞で構成されており、神経細胞の情報伝達手段
が「電気エネルギー→化学エネルギー→電気エネルギー………」と伝わる
(だけ)ということが判っているし、網膜の「赤色錐体」が赤の周波数帯域
の電磁波に反応して、脳に「信号」を送ることも判っているのですから、
「赤色のクオリアの発生」と「赤い光が眼に入ること」の直接的因果関係
は明確であり、疑う余地は全くないものと考えます。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
>>644 あなたの思想のためを思ってなのですが。
クオリアなどという純粋に定性的な「表象」の側に立った時点で、
半分以上あなたの「機械論」は死んでいます。
キリスト教圏のど真ん中で神は妄想であるという著作を出した人も居ます。
機械的唯物論的陰謀論者に改名しましょう。
あなたの最大の欠点はモギケンや戸田山その他を「機械的唯物論者」として
誤読あるいは粉飾する事ができないだけの知性かも知れません。
>>643 (という錯覚)と書き加えましょう。
あなたの懐疑主義的な言葉はナンセンスです。
…そうではなくて、カルテジアン的な「思う我」の定立についてです。
最高位様に聞いているんですがね。
ツマランなぁ
648 :
「機械的唯物論」者 ◆WY1R4owh1Q :2014/04/07(月) 23:55:11.84 0
>>640 >
>>513 >>細かい原理や法則は不明だが
>>人間は自我や自意識や思考をもつ機能をもっており
>>それは経験に基づいて形成される
>>これに反論ある人いるのかな
>機械さんならそれを真っ向から否定します。
むしろ「真っ向から肯定」しますね。
少し修正すると、
細かい原理や法則は不明だが
人間(の脳は)は自我や自意識や思考をもつ「機能」をもっており
それは経験に基づいて形成(育成)される
本日は就寝させて戴きます。
>>624 >方法的懐疑に引っ掛かるのは、「感じ」の「内容」についてだからですよ
なるほど、納得できたように思います。
痛みの話も疑い得るのは痛みの内容であって、私が痛みを感じたことは疑い得ない。
だから排除するのは痛みの内容というわけですね。
乱暴な言い方をすれば「我痛む、故に我あり」でもいいわけです。
尤も、痛みの内容を排除した時点で痛みは痛みではなく、何らかの感じとか思いとか
に言い直されて、結局「我思う…」になるのですね。
同様に実感についても、実感の内容を疑い得るとして排除しても、私は実感したこと
は疑い得ない、「我実感する、故に我あり」→「我思う…」になるわけですね。
そして、私が感じることが疑い得ない、さらには思う私が存在する、ということは
>この方法的懐疑の特徴として、2点挙げられる。
>1つ目は懐疑を抱く事に本人が意識的・仮定的である事、
>2つ目は一度でも惑いが生じたものならば、すなわち少しでも疑わしければ、
>それを完全に排除する事である。
(引用元: Wikipedia>デカルト>方法的懐疑)
における、この1つ目の特徴の中に前提として含まれているのですね。
尤も、これを前提としてしまっていることが、批判の源になっているわけですが。
>>648 ゆっくり寝てから書き直してください。
まるで拍子抜けだ…。
651 :
「機械的唯物論」者 ◆WY1R4owh1Q :2014/04/07(月) 23:58:45.88 0
>>645 >誤読あるいは粉飾する事ができないだけの知性かも知れません。
あなたのことを理解しようとしていろいろ表現を探しておりましたが、
まさにあなたがご自分でおっしゃった表現にぴったりだと気づきました。
有難うございます。
本日は就寝させて戴きます。
652 :
あまの:2014/04/08(火) 00:03:00.05 0
誰しも純粋客観に近い状態を経験したことはあるんではないか?
機械の頭の悪さはブレることがないな。日々同じことを無限ループしてやがるw
>>651 もしかして860 ◆uvrTjevNu2のことを言いたいなら、
×誤読あるいは粉飾する事ができないだけの知性かも知れません。
→誤読あるいは粉飾する事しかできないだけの知性かも知れません。
でしょ? 誤読するなつーか、誤読をコピーすんなっつーかwww
>>646 実際、脳内に映画を放映しているようなシステムが構築されているのだろう
欺く神など必要ない
機械は毎回ネタで書いてるんだろ?
いちおうは場を盛り上げようとしてwwそれはだけは評価しよう。
658 :
あまの:2014/04/08(火) 00:09:20.63 0
子供のときから高校生くらい。
他者との関係性に縛られない、認識が最も勝っている時期に。
私がほとんど消失する経験を。
>>658 高校時代に読んでいた高校生向けの雑誌で「自我の目覚め」を特集していたことを思い出した。
660 :
あまの:2014/04/08(火) 00:14:49.93 0
世界は無主体でもビクともしない。
661 :
あまの:2014/04/08(火) 00:16:51.36 0
無理に目覚めさせようとかお為ごかしとしか考えられないわ。
元々世界の中に「我」など古今東西無く、「我」を仮定して生きているのが我々だからな
仮定の存在なんだからそりゃあ脆い
>>645 機械になり替わるつもりは全くないが、あんたの言ってることは
ガリレオ「サッパリワカラナイー〜w( )w」だな。
「私」という現象なんだと思うけれどもね
現象は危ういものだし不安定だから
665 :
あまの:2014/04/08(火) 00:23:08.61 0
っていうか主体とかこの世界で浮いてるし。
現象は生命の方だろう、「我」は生命という現象の中に生まれた現象とも言えるが
数学で言うところの無限とかの概念に近い
>>661 たしかブスが恋に目覚めて初めて自分の顔にコンプレックスを抱く
とかだったw
668 :
あまの:2014/04/08(火) 00:25:18.24 0
関係性の中で主体があるがごとき営為に埋没してたらすっかりお馴染みになるからな。
>>664 それを言うなら、クオリアも現象でしょ。
機械氏は「私」や「意識」はクオリアが集まったモノだと言っているような・・
670 :
あまの:2014/04/08(火) 00:27:22.22 0
関係性の中で意識する自分に与えられた条件。
そういう己に固有の制限の束が自我に他ならない。
我欲である睡眠欲や食欲を断てる奴は少ないだろ
食欲を断ったら点滴生活だぞ
672 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 00:29:36.07 0
>>671 少し断食でもして脳を活性化するといいかもよw
673 :
あまの:2014/04/08(火) 00:30:44.29 0
我のまわりの澱が解体されれば、あ〜ら不思議、中心にあると思っていた己も解体していくでは無いか。
びっくり!!w
>>669 クオリアも現象でしょうね
クオリアが実在であるとは思えないし
だから茂木なんかがいうクオリアは「私」の一部でしょう
つまり「意識」の働きの一部をとって「クオリア」だというように
最高位は「痛みを感じているのは『誰』か?」という問いなんだな。
最高位に喧嘩を売っている人は「痛みの感覚が発生する条件は『何』か?」
という問いなんだな。who、what
>>675 観念的に表現する家族が痛みを感じる、それは肉体でもなく、脳でもないのは間違いない。
677 :
あまの:2014/04/08(火) 00:39:20.31 0
動物の脳というのは客観化された認識だからね、やつらのなかにも
世界像(表象)があらわれている。
表象をもつ存在が全て「私」を持つとか無いだろう。
678 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/08(火) 00:39:48.33 O
>>636 それは、そういう「症例」でしょう
たとえば、足のない人は走れないし
当たり前の事です
そりゃ自我意識に問題がある人もいるでしょう
このスレにも多いようですが
>>675 最高位さんは19世紀くらいまでの議論をしているわけです
「みんな私が当然あるだろ?」という意味でね
しかし860さんなんかはその「私」というのは実は確実にあるものではないといっている
私も「私」は現象だと思っているので「私」を疑わない思考には思考停止を感じますね
>>674 機械氏は「感覚的クオリア」(これはわかるが)に加えて「志向的クオリア」とかがあるといい
その両方が意識のすべてだと言い切る
681 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 00:44:11.03 0
しっかり育っておられる。
>>680 それが強引過ぎるんですよね
クオリアなんてほんの一部の機能でしょう
ようはその人の「分節」の問題ですよ
「意識」をその程度の「分節」で満足できるなら学者だろうが誰も苦労しないです
俺は去年まで意識がない植物人間だった。でも一昨年の痛みの記憶がある。
コギトがない時間は、魂の世界で痛みが記録されていたのだ。
意識が回復しコギトが回復すると、魂の世界から痛みの記録もコギトに戻されるんだ。
>>679 最高位もアホだが、860も同じくらいアホだと気づかないとすれば
あんたもアホか?w
私というのををしっかり保持しないと、私としての書き込みの信憑性が確実でなくなってしまいますよ
「私が痛い」という仮定が真に迫ると現実に痛みを感じる
>>682 クオリアは一部だとして、その他の部分は何と表現するの?
>>684 860さんの書いていることと私の考えていることが一致しているわけではないですよ
ただ860さんの書いていることを私が読む限りでは「自明である私」に対して疑問を持っているように感じた
その点について共感しているというだけです
それ以上はやはりよく読み取れなかったですね
860さんはアホではないですよ(笑)
いきつくところ信憑性、の問題
そうだよ、860は単に下種
691 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 00:53:54.40 0
>>682 哲学するヒトは人一倍ご苦労が多いようでつねw
692 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/08(火) 00:55:22.14 O
>>679 違う事を言えば進歩と考えるのが、おかしいんだよ
「我思う、しかし我なし」とできる根拠を示さなきゃ
ちなみに
唯物論も進化論も、19世紀ね
>>687 私は「反クオリア」の立場なので「クオリア」を用いるとすればの話として書きました
だから「私」=「意識」かというとそれも違うと思いますね
広義の「私」であるならば「無意識」も「私」の中にあるだろうし
それこそ現代科学と哲学の最先端の問題のひとつに入ることでしょう
自分が考えてるんだから自分が存在するのは当たり前だろ。
こいつはいつまで馬鹿みたいに同じことを言ってんだ。
>>688 >「自明である私」に対して疑問を持っているように感じた
>その点について共感しているというだけです
「自明である私」に対して最大限批判的なのは
>>1を書いた機械だろw
だから、大勢の名無しがこのスレでうろうろしてるんじゃないの?
やはりあんたもアホ決定w
>>694 白状しますと
>>694の文章を考えたのは私なのです
それを貴方が自身で考えたと錯覚させて書き込みさせたことに謝罪します
その手法は明らかには出来ませんが
>>652 相対性理論など、日常とはかけ離れた世界について説明を読んだり
しているときは納得感が得られないまま思考だけで追いかけている
感じがしますが、そのときが純粋客観に近い状態のような気がします。
反対に、ニュートン力学のように日常世界の現象に近いものの説明は、
数式を理解しなくても納得感を伴って理解できている感じがあり、
その納得感の部分は主観性が強いように思います。
>>694 だからそれが間違いだとは思わないですね
ただその先として「私(自分)」というのは確実性のあるものではなくて
条件次第で揺らぐ現象だと思うという意味ですよ
私はそれを考えないともう意味がないでしょうと思っているわけです
単純に立ち位置の違いです
699 :
あまの:2014/04/08(火) 01:06:59.48 0
思う故に我あり。
思うしかれども我なし。
思わずば悉く我なし。
我は思いの中にしか無いね。
「思う、故に我あり」で十分なところに
「我」を抱き合わせたな。
揺らぎとは基準からのブレのことですが、基準は私と呼べるでしょう
>>693 >私は「反クオリア」の立場なので「クオリア」を用いるとすればの話として書きました
だみだぁこりゃ。あんたの言ってることは
ガリレオ「サッパリワカラナイー〜w( )w」だなw
>>696 謝ることはない。何となくだけど気づいてた。
>>695 私は機械さんにはなにもレスしていませんよ
ただ「クオリア」について聞かれたんでそれには反対ですと答えた
>>701 別にあなたの判断を仰いでいるわけではないんですよ
あなたの考えも私は知らないしね
アンカーに答えただけです
私はあなたには興味はないです
860さんには興味はあります
>>703 あんたの脳にはクオリアは無いと言いたいわけ?
>>705 私にとっては「クオリア」という用語をわざわざ使用する必要はないという意味
実際に「クオリア」という用語に反対していて使用しない学者の方が多いじゃないです
707 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 01:17:27.53 0
クオリアって反対するとか賛成するとかって言うモノ?
パク・ウネのコリアと勘違いしてねーかw
>>706 なるほど、一応流行は押さえておこうと・・・でつかw
709 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 01:22:03.89 0
>>708 ロマネ・コンティの値段でアタフタ大騒ぎした860と同じ類の俗物なんだよw
>>644 >「赤色のクオリアの発生」と「赤い光が眼に入ること」の直接的因果関係
>は明確であり、疑う余地は全くないものと考えます。
お前さん自身が以前提示した錯覚の例によると、
灰色の光が眼に入らなくても「灰色のクオリア」は発生するのではなかったか?
>>699 そういう一見わかりやすそうな指摘にしか反応してくれないでしょうね。
そもそも、コギトという命題(厳密にはデカルトはそのような命題を提示
したわけではなさそうだが)がトートロジーであるという指摘に対して、
真偽を問うというスタンス自体がおかしいんだけどね。
>>709 本人が名無しで潜伏してる可能性はあるね。
>>710 錯覚は錯覚で別のメカニズムがあるんじゃね?
714 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 01:26:56.42 0
監視中・・・
>>712 それいったら、すでに名無し自演の嵐のような希ガスwwww
716 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 01:27:52.35 0
>>712 うーむ、たしかに>710は860っぽいなw
俺をあんな下種と一緒にすんな
>>716 どう考えても、いまごろ唐突に機械にレス返すのはおかしいだろ?
719 :
傑作自演集:2014/04/08(火) 01:32:20.89 0
708 :考える名無しさん:2014/04/08(火) 01:19:00.75 0
>>706 なるほど、一応流行は押さえておこうと・・・でつかw
709 :考える名無しさん:2014/04/08(火) 01:22:03.89 0
>>708 ロマネ・コンティの値段でアタフタ大騒ぎした860と同じ類の俗物なんだよw
716 :考える名無しさん:2014/04/08(火) 01:27:52.35 0
>>712 うーむ、たしかに>710は860っぽいなw
>>718 いや、ふつうについさっき来たばかりで読み返してたとこなんだが・・・
亀とか気にするとこだったか?ここ
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww┏( ^Q^)┛オエッ♪
広辞苑に自演という言葉は載ってないんだな。ちょっと面白い概念だな。
自作自演の略語なんだよそれ。
724 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/08(火) 01:58:19.29 O
>>699 文字ばかり追いかけるから、わけわからん所へ行っちゃう
トートロジーだ!とかね
内容として問題ないにアホなこと言ってしまう
言葉なんて不完全な道具なんだから
その表現になった、いきさつと結論を検証しなきゃね
725 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 01:58:35.66 0
よし、くらいついたぞ。
よくやった。
後を追えばすぐわかる。
証拠ともなるだろう
その割には主語ガーといつも連呼してる様に思うんだがねぇw
727 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 02:10:31.06 0
波平が訴訟を起こされるらしい。
長年にわたる名誉毀損で
広辞苑には自作は載ってるけど、自作自演と自演はともに載ってない。
不思議な言葉だ。
>>726 そういうとこまでしか、わからんのだろうさ。
730 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 02:24:32.36 0
唯識さんと、第2唯物論やNAS6などの人々が
波平擁護のために動いているという噂だぜ。。。
やっぱりやりすぎはあかんね。。。。
波平さんみたいなのはかわいそうだし。
731 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/08(火) 02:25:13.34 O
>>711 返事がなくなりましたが
早く、どこがコロコロ変わったのか答えて下さいよ
732 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 02:29:55.38 0
最高位は仕事に専念しろや
夜勤だろ
733 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/08(火) 02:36:44.45 O
>>675 まぁ、そうなんですよ
主体の話をしても、不随する動詞的な発想でしか
理解できない人が多すぎるわけです
734 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/08(火) 02:47:22.09 O
>>694 その当たり前の事を
いくら説明されても理解できないという
頭がおかしいとしか思えない人がいるんだよね
不思議だけどね
二人羽織り、AgentとInstrument、F(x1,x2,x3,…xn)
F(x)のプロセスにF(x)が含まれているrecursive function
関数や変数の名前の箱に何を入れるか問題じゃないのか
関数や変数がどのように宣言されたのか?という問題なんじゃね
それも関数じゃん
739 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/08(火) 09:29:56.26 0
>>586 てつ氏(どうすれば、漢字がでてきますか)
「物質」と称している存在者は、二次的では?
“素粒子”も例外ではなく、何かから派生した存在であって「実体」ではなく、現象でしょう?
では、何が一次的存在(実体)なのか。
最近は口にしなくなったけれども以前、機械氏は“超ヒモ(弦)”を喧伝していた。
その正体は“一次元のE”であるらしい。構造がなく、といって“点”ではなく、ほとんど“イデア”といってよい。
しかし、そこに“差異”はあるようだ。また、その存在が奏でるのも“差異”であるらしい。
機械氏には、墓穴を掘りがちなクオリア論ではなくwこのあたりの科学的空想を語って欲しいものだ。
740 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/08(火) 10:26:27.55 0
予告どおり、機械氏は「クオリアは物質」まだ述べてはいないが「意識も物質」と、いわざるをえなくなっている。
>>644 >網膜の「赤色錐体」が赤の周波数帯域の電磁波に反応して、脳に「信号」を送ることもわかっているのだから…
しかし、そのことが「脳内に“赤のクオリア”を発生させる」原因ではないという点に、この問題の核心がある。
そこを機械氏は跳躍して、あたかも脳内にクオリアなる物質が発生したかの言表を垂れ流し続けている。
クオリア、敷衍すれば“意識”が脳内で観測された報告は一件もない。今後もなかろう。
脳内には機械さん自身が認めるように“物質”しか存在しない。また、それしか観測できない。
だから「意識はない」とするのが一等、潔い。w 「幻想」では煮え切らない。
しかし「ある」のなら、それが何か、どのように「ある」のかを問わねばならない。
741 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 10:28:55.91 0
>>739 「以前」じゃなくて、最近でもこのスレで喧伝してたよ。
ていうか
>>1は10年以上前に機械が書いたんだが、超ひももクオリアも
自明みたいに書き込んでいる。
742 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 10:32:51.26 0
>>740 「物質」に固定観念があるんじゃない?
スクリーンに映った映画も物理現象に他ならないし、追っかけても逃げる虹も
物理現象なんだよ?
>>742 物理現象と言うから文科系にはわからない
物質に伴う物質の性質に付随する現象とか言えばわかるかも
文科系は信じがたいほど科学に無知な奴が多い。
それでいてガッコの成績だけはそれなりだったので自分は頭がいいと大勘違いしてたりする。
他の先進国や新興国ではそんなことはありえない。
日本はそういう科学が判ってない文科系によって滅びる運命にあるようだ。
学際的研究なんてもうかなり古いことばになったけれど
このスレではそういう意識が低すぎるニャ♪
天文学者だから極大の方ばかり考えているから
反対側方向のベクトルを考えるとインチキ宗教家みたいになるんだろね
749 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 11:49:18.85 0
映画の内容の情報が私なんじゃね?
750 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 12:37:26.85 0
哲学ってよくわかりません。
心理学の母体ですよね。
>>741 過去スレ見れないんだけど、このスレの1って何時のことなの?
>>751 そう 今から10年くらい前かのう Google検索で 転載スレが出てくるじゃろ
753 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 13:09:03.30 0
754 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 14:35:14.17 0
呼び換え 呼び換え 実体が変わらないならその時代その時代の概念で説明される
100年後にはまた別の名前
755 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/08(火) 17:39:42.09 O
いまだに「クオリア」という言葉を
理解できない人が多いようですね
クオリアは「質感」の事だが
「質感の起源という問題がありますよね」
という意味を含ませた言葉なんですよね
映画などのスクリーンの映像を、それぞれの色として分別し
映像として認識しているのは人間の側なんですよ
モノには色があると勘違いしている人が多いですが
実際には、それぞれの周波数の光りを
白い布などに反射させてるだけですからね
虹だって、そうです
自然界には色など存在しません
人間が、色だと認識しているだけです
色は「感じ」であり、観念です(概念という意味ではありません)
主観の世界にしか無いという事です
音も同じです
脳みそなど物質の、どこを探しても質感の起源は出てきません
赤の赤い感じに人間が、なぜ感じているかは
どこにもないのです
756 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/08(火) 18:00:05.07 O
クオリアの概念が理解できない人がいる事を
いろいろ考えてみました
以前、決して頭は悪くないのに
地図を渡しても目的地に辿り着けない女性がいました
(芸能界にも、なかなかいないくらいの美人)
まぁ、地図を実際の道にイメージとして転換するのが苦手なんでしょうね
そういう人もいるのが現実です
頭が悪くなくても、クオリアが理解できない人がいても不思議ではありませんね
あと
観念を「概念」の意味にしか捉らえられない人もいますね
これは子供の頃の話ですが
「物体の運動」という事が、どうしても理解できない人がいました
その人にとって「運動」とは
「運動場」などでするソレしかイメージできなかったわけです
757 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 18:06:22.60 0
プロトタイプ理論
758 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 18:06:34.46 0
ヘボ野朗
759 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/08(火) 18:32:23.47 O
これは小学生の時に図書室で読んだ本ですが
ある大学のゼミか何かで、教授からザリガニを渡され
「こいつの内部構造をレポートしなさい」と課題を与えられたそうです
で、そんなの簡単だと
さっさと消化器系から内蔵系のスケッチを終わらせて
バケツにいる大量のザリガニを棒で突いたりして遊んでいたそうです
で、何日か過ぎて、ふと気づいた
「こいつは、棒をハサミで、つかんでいるじゃないか!」と
で結局、右のハサミだけしかできずに提出したが
それを見た教授が、ニヤリと笑った
という話
まぁキミらは、観念について
何年も説明されているのに気づけないレベルなわけだけどね(笑
760 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 18:36:45.43 0
761 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/08(火) 18:43:34.11 O
>>760 まぁ、発想の転換が必要だよ
って事だね
子供にも、わかるような説明とばかり考えてたら
いろいろ子供の頃を思い出した(笑
762 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 18:45:02.89 0
ハサミで掴むという特性に焦点が当てられ表象化されたということですね
763 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 18:47:50.73 0
>>762 そんな必然性はどこにもないだろ
どこが発想の転換なんだ
>右のハサミだけしかできず
ってどういう意味
新たに調べることができたのは右のハサミの内部構造だけ、ってことかい
765 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/08(火) 19:36:50.52 O
766 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 19:45:56.02 0
問題
>>739 >てつ氏(どうすれば、漢字がでてきますか)
常用外漢字なのですね、すいません。
私の環境では「いつ」で変換できています。
安佚「あんいつ」で出てきませんでしょうか。
>「物質」と称している存在者は、二次的では?
Wikipediaで「物質」「物体」「実体」…と調べて行ったら、こんがらがってしまいました。w
物質を物理学的な意味でとらえ(物=物体+物質、物体は大きさや質量、形状などの
外見的なもの、物質は構造や質的特徴、化学変化以外では変わらないもの)、
それを哲学的な存在の意味にあてはめる(存在=実体+属性、属性=物体+物質+…?、
実体:一次的、属性:二次的)とすると、二次的な存在となりますね。
物質の哲学的意味としては、認識される対象であるが認識から独立したもの、認識と
対比されるものであり、実体=物質の存在、属性=物質の認識による存在として
上記の存在の意味にあてはめると、物質は一次的と考えられるのではないでしょうか。
>では、何が一次的存在(実体)なのか。
哲学的意味としての物質、一次的存在を本質であるとすればイデアになるのでしょう。
しかし私は、本質と思われているものも認識に過ぎないと考えており、
一次的存在とは「ただ、ある」もの、物質で観念を消し切れないのと同じように、
観念で消そうとしても消し切れない存在、と考えています。
漢字一つ自分で調べる能力を持たない阿呆もそれに付き合う阿呆にも驚く
はたしてそうかな?
770 :
考える名無しさん:2014/04/08(火) 22:00:47.86 0
円周率は半永久だが無規則だこの世もそんな感じ
はたして、はたしてそうかな?
772 :
「機械的唯物論」者 ◆jPpg5.obl6 :2014/04/08(火) 22:43:08.55 0
>>742 /08(火) 10:32:51.26 0
>>740 >「物質」に固定観念があるんじゃない?
>スクリーンに映った映画も物理現象に他ならないし、追っかけても逃げる虹も
>物理現象なんだよ?
その通りなのです。ゲーム氏をはじめ観念論者さんたちは極端に物理学に暗いため、
「物質」とは素粒子のことだけを意味しているとお考えのようです。
スクリーンは「物質分子」で出来ており、必然的に「物質原子」で構成されており、
故に「陽子(アップクォーク2個+ダウンクォーク1個)・中性子(アップクォーク
1個+ダウンクォーク2個)・電子の3種の粒子」という「素粒子」で構成されて
いることになります。…そんなことは「物理学の常識」です。
さらに「スクリーンに投影される映像」は「電磁波」要するに「光子」です。
映写機から発せられた「光子(の束)」がスクリーンに反射して「眼球」に入って
くると、網膜上に「上下・左右反転像」が結像します。…眼の「レンズ体」が凸レンズ
ですから「反転像」がそのまま網膜に投影されることになる訳です。
…網膜に投影された像が「RBG各錐体細胞」によって感知され、それが後頭部脳
にある「視覚野」まで「神経細胞」を伝って来ることで「視覚のクオリア(成立像)」
が発生するように「眼球を構成する細胞、視神経を構成する細胞、視覚野を構成する細胞」
及び「志向的クオリア」が協力するように「出来ている」のです。
逆に言うと(音のクオリアを含め)「脳内に構成させたい(感覚的)クオリアを発生する
ような電磁波(光子の束)」をスクリーンに投影するシステムが「映画の映写システム」で
ある…ということになります。
その過程で「物理・化学現象以外の要素」は全く介入しません。
「網膜に上下・左右逆立して投映される像」については「理科の実験」レベルですので、
誰でも凸レンズとスクリーンさえあれば簡単に「実験」できます。
そのスクリーンを「見る」ことは「網膜に映っているであろう像を間接的に網膜に映す」
…という過程となり、「網膜に映っている逆立像が脳内では成立像のクオリアとなる」
ことが理解できる…ということになります。
773 :
「機械的唯物論」者 ◆jPpg5.obl6 :2014/04/08(火) 22:44:45.33 0
ちなみに、
>>772より都合によりトリップを変更させて戴いております。
774 :
「機械的唯物論」者 ◆jPpg5.obl6 :2014/04/08(火) 22:49:59.08 0
出たなニセ機械め
しねよ
>「視覚のクオリア(成立像)」
>が発生するように「眼球を構成する細胞、視神経を構成する細胞、視覚野を構成する細胞」
>及び「志向的クオリア」が協力するように「出来ている」のです。
それって、「どうしてだか皆目見当もつかないが、とにかく脳内物質が
一定の状態になると理屈抜きで意識にクオリアが発生するんだよ文句あるか!」
と言っているのと同じだぞw
777 :
「機械的唯物論」者 ◆jPpg5.obl6 :2014/04/08(火) 23:27:08.53 0
>>776 「理屈ぬき」ではないことをご説明するために
>>772を書いた次第ですが、
「理科の実験」を実際にやってみないと理解することができないのですか?
凸レンズであるレンズ体細胞で網膜に投映されているのは「上下左右逆立像」です。
それに対して私たちの「視覚のクオリア」はもう一度「上下左右逆立させた」正立像
です。
しかし、「上下・左右の逆」こそありますが、「理科の実験」凸レンズを使って
スクリーンに映している「像」と、私たちの脳内で成立している「視覚的クオリア」
は「同一のもの」である…ということが確認できる筈です。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
>>777 クオリアをOFFにして寝ろよ機械のオヤジ
>>777 責任についての問いかけについて答えてくれませんか?
780 :
「機械的唯物論」者 ◆jPpg5.obl6 :2014/04/09(水) 00:03:25.28 0
>>779(
>>597)
>結局のところ責任の有無、所在を語ることが非常に困難になってしまう。
「責任の有無、所在について語る」ことは重要かもしれませんが、その為に
「真理」が譲歩する必要はありません。
「責任の有無と所在の明確化」が重要なのは、あくまで「正当な権力に
よって掌握されている国民と国土」の中において・・・ということです。
その中では「正当な裁判と刑罰」が保証されている…と「擬制」されます
ので、「重要といえば重要」でしょう。
しかし「哲学」は「真理を最優先」しなければいけませんので、「真理の
ほうが重要だ」とするのが「哲学の正しい態度」だと考えます。
すなわち、仮に「哲学が明らかにした真理(例えば決定論)」により「犯罪
は(真の自由意志は存在しないから)すべて社会的病理だ(要は加害者も一種の
遺伝子と環境の被害者なのだ)」という結論が出たとしたら、国家は「『正義』
の名の下に犯罪者を罰する正当性」の根拠を失ってしまうことになり、(当然
「死刑制度」などを維持する正当な理由は無くなり)「犯罪者は全員『治療(矯正)』
の対象とすべきだ」…ということになります。
そういう言説に対して、現在の社会はどう対応するでしょうか?
たぶん、茂木氏にしろ、戸田山氏にしろある程度の社会的地位を手にされているので、
そのように「事実上国家が対応不可能な制度改革」に繋がる思想を口にすれば、
瞬く間に「社会的抹殺」の憂き目にあうことになり、そのような用心からご自分では
信じていても「決定論」を口にすることができない状況があるのではないかと
推察されます。
本日は就寝させて戴きます。
781 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 00:16:06.07 0
>>780 「就寝する」と書いたのなら寝ろ、直ぐ寝ろ。
じらせて稼ぐ水商売のネエちゃかよお前は?
ほんとムカつくわ(怒)
784 :
「機械的唯物論」者 ◆jPpg5.obl6 :2014/04/09(水) 00:29:50.37 0
>>642 「こういう社会が存在している」という観測事実が「真理」と矛盾する場合?
全く意味が判りません。
北朝鮮の現在のような「社会」や、隣国を屁理屈をつけて侵略するロシアや、
屁理屈さえもつけないで有無を言わさず侵略し、手早く虐殺収容所を急造し、
400万人のユダヤ人を殺したナチスドイツという「社会」も「存在している(いた)」
ので、それらとも「矛盾しないようにする」ことが哲学の「真理」に求められる
…ということにでもなるのでしょうか?
まったく観念論者さんの考えることは突拍子もなさ過ぎて驚かされること
ばかりですね。
本日は本当に眠くなってきましたので、就寝いたします。
周瑜所で
罪なき人などいない
故に法律を犯さずより多く罪を重ねる事で優位に立てる
>>784 正にその通りです。北朝鮮であろうとナチス・ドイツであろうと、
どこにいても、おなじように「責任」というものはついてまわります。
だからこそ、それほどまでに一般性があるからこそ問題なのです。
あなたは、日常生活の中で、誰かの行為に怒りを覚え、その後、
その人の弁解なり、その人がそのとき、置かれていた状況なりを聞いて、
それはその人のせいではないと思って、怒りをおさめたり、むしろ、その
人がより悪質だと思い、怒りを増大させたりしたことはありませんか?
これは、全く突拍子もないことではなく、我々が非常に日常的に感じている
ものです。そのように、ほぼどこにいても、どの時代であっても問題とされて
いたようなものを我々がこれから否定していくことになるのでしょうか?
むしろ、我々が率直に有しているものそのものではないのですか?
787 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 00:55:22.60 0
話が見えんな。
このスレの趣旨とどういう関係があるのか。
>>753 本当に10年以上やってるとは・・・。
まさか、いやそんなことはないと思うが・・・、
もしかして、10年間ずっとこんな感じで停滞してたわけ無いよね?
まさかね、今は、問題を消費し尽くして、適当になってるんだよね。
だって、10年あったら1人の人間が1から学んで博士号が取れる期間だもんね。
789 :
「機械的唯物論」者 ◆jPpg5.obl6 :2014/04/09(水) 01:01:30.26 0
>>786 タリバンが「選挙に行ったら殺す」という脅迫状を有権者に送り付けており、
今年中に撤退する多国籍軍が育成している「対タリバン自警団」が強盗団と
なりつつあるアフガニスタンで、そんな「絶対正義はあるからみんな従おうよ」
なんて素朴な呼びかけに応じる人が何%居るのか?
…いちど、アフガニスタン国民になったつもりでその「切実さ」を想像してみたら
如何なものでしょうか?のんびり理想論なんて語っている場合ではない切実な
社会が「今、現在、この地球上に」も実在しているのですよ。
眠気でミスタイプが多くなってきているくらいですので、もう寝ます。
790 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 01:06:26.49 0
機械は理系なのでSTAP細胞について
意見をください
>>789 その反論は、あまりにも、ひどすぎる。
そのように、あなたが怒りを覚えているのはなぜですか?
そのようなものに理想論であるというそれはなんですか?
機械的な唯物論を固く貫くのであれば、タリバン云々の話も、
切実さというものもすべて物質的で物体的なものにすぎず、
重力に引かれてりんごが落ちるということと全く差がなくなるはずですよ。
そこには、今、地球上に存在する切実な社会などというものは存在しないはずです。
ゆっくり寝て、よくよく反論を考えてみてください。
あなたがすべき反論はそれではない。
792 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 01:28:25.06 0
「何事も、その基は人です。人を得る国はさかんになり、人を失う国は滅びましょう」(周瑜公瑾)
機械的唯物論を真理とすることは人を失うことですw
793 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 01:42:03.75 0
機械は頭がオカシイな。
「機械はワシが育てた」とか言っている最高位はその次にオカシイし…。
ここって哲学板だよね。なんで、倫理や政治や法の話になると急に
おそろしく、おかしな微妙に変な話が蔓延しだすの?
795 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 01:46:25.84 0
>>789 >眠気でミスタイプが多くなってきているくらいですので、もう寝ます。
これは「睡眠クオリア」か?wwww
フザケろジジイ!
796 :
あまの:2014/04/09(水) 02:57:41.60 0
法学は決定論を無視するしかないんだよ。
人の営みにとって「真実など最優先ではない」ばかりでなく
「真実は都合が悪い」ということも多々あるでしょう。
797 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 03:08:23.75 0
ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。
ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。
ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。
ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。
ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。
ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。ひんがら目気色悪すぎこっち見んな死ね。
798 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 04:15:10.33 0
777 :あぼ〜ん:あぼ〜ん 780 :あぼ〜ん:あぼ〜ん 784 :あぼ〜ん:あぼ〜ん 789 :あぼ〜ん:あぼ〜ん
なぜ、俺の専ブラであぼーんされているのか。今その謎を究明中。
799 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 09:03:34.08 0
>>791 機械氏に道徳論を聴くこと自体が間違いなんだよ。
彼は決定論者だから「結果的に強いものが勝つだけで、勝ったものが道徳や
法律を作っているだけ」と語っているのだ。
民主主義が強かったから(まあ、大日本帝国がアメリカに負けたからだが)
今現在民主主義が日本を支配しているだけというのが機械氏の見解なんだろう。
それが普遍的正義だと思っているのはその権力構造に組み込まれているだけ
ということだろうよ。おれもそう思う。
けど、タリバンや北朝鮮と同じはごめんだし、中国やロシアも嫌だけどねw
天皇が最高権力者で絶対だとする大日本帝国憲法に支配されていた
戦前の日本が、中国本土や朝鮮を軍事力で占領していたことは事実だから、
明らかに日本人ではない彼らが戦争中のことで恨みつらみをぐずぐず
言うことはある意味仕方がないと思うよ。
慰安婦はともかく肉体労働者の強制連行みたいなことは当然あったと
思われるから、大した額でもないだろうから金で解決できるんなら、
メンツに拘らずにやってしまった方が早いと思うがね。
801 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 09:18:12.67 0
>>800 いまどきの若い連中の中には、ユダヤ人大虐殺をやったナチスドイツと同盟してアメリカと戦争していたことなんて
知らない奴も居るらしいよw
802 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/09(水) 09:32:43.27 0
>>742 ご指摘のように「物質」に固定観念をもっているのかもしれませんね。
「映画も虹も物理現象である」のは承知しております。w
直截的、もしくは間接的手段で「観る」ことができるのが物理現象、と解しています。
もう一つ、その経験は共有できる、というのもその条件かもしれない。
しかし“クオリア(機械さんによれば物質)”は「観測不能」なのである。
その映画、あるいは虹をみて「どう感じ、どんな気持ちをもち、どう意味づけるか」は
そのひとの意識にしかのぼらない特異な経験である。(俗に“主観”と呼ばれる)
機械氏は「脳内に発生したクオリア」を連呼するけれども、これは「ある、ある」詐欺。
幾度もいうが、脳内に感覚、感情、観念、つまり“意識”を直接的、間接的に「観た」
ひとはいない。脳内に「観る」ことができるのは、物体とその振る舞いだけで、それは
共有可能である。“概念”を使って、その量的差異を表記すれば“科学”と呼ばれる。
>>802 横レスになるかもしれないけど、
映画の映像は「見る」で、科学で物質を解析する計測器の指針は「観る」になるの?
なんか小保方さんの「改竄」は「見やすくするため」だったそうだけど、そこで間違ったのか?w
804 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 09:43:51.56 0
>>803 計測器の指針だって、網膜に逆立?して映っている像をそのまま脳が受け取ってるだけでしょ?
脳が受け取っている像は確かにあるし、それをクオリアと名付けてはいけないという根拠は無い。
まるでクオリアと一言いえばオカルト扱いしなければいけないという哲学界の暗黙の了解があるみたいだ。
ヒトのクオリアに限らず、機械的な観測もそれぞれが固有の、特異な経験と言える
それらの経験はある規格でまとめられ、フィルタされ、数値を丸めることで
同じ、あるいは同等の経験と「見做されて」いるだけに過ぎない
ヒトの経験のみが固有の、特異な経験と言う主張は甚だ的外れなのである
806 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 09:50:06.43 0
>>802 >脳内に「観る」ことができるのは、物体とその振る舞いだけで
それは機械氏の言う「網膜に映った逆立像」がそのまま正立像化されたもの
とは異なる何かを「観る(観える)」ということ?
807 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/09(水) 09:54:57.55 0
>>803 観劇、観賞、鑑賞…色々な表現があるのです。映画なら「みる」としますね。
みる、見る、診る、看る、視る、観る…お好きなのを、どうぞ。
どの場合に、どれを使うかは、君のセンス(クオリア)です。
808 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 09:59:45.92 0
>>807 だから、 それは機械氏の言う「網膜に映った逆立像」がそのまま正立像化されたもの
とは異なる何かを脳は「みる(みえる)」ということを意味してるのか?
って聴いてるんだけど。
>>807 なんか、誤魔化してるようにしかみえないんですけど、
>>777についてはどう回答できるの?
(そもそも読んでないんじゃないか?)
810 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/09(水) 10:54:23.21 0
>>772 長々と、解説をごくろうさまです。
>スクリーンは「物質分子」でできており…以下略
そこに疑義申し立てをしているのではない。機械氏が跳躍するのは「志向的クオリア」を登場させるとき。w
「視覚的クオリア(成立像)が発生するように眼球を構成する細胞…略」および“志向的クオリア”が協力するようにできている…
ここが支離滅裂。諸細胞は物体なので、みるwことができる。それを、観測不能の意識的存在、クオリアと同列に並べてしまう。
たぶん無自覚だろうが、虚偽の言表の典型。
そうでないというのなら、クオリアも「物質分子」だろうから、その「原子」構成を具体的に挙げていただきたい。
なぜ、このような虚偽を機械氏は“真”とみなすのか。その理由は、網膜であれ脳内であれ、そこに成立する“像”をクオリアと
勘違いしているからである。“像”がクオリアなら、この問題は前世紀に片づいている。
811 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/09(水) 11:18:04.40 0
>>808 スクリーンであれ、網膜であれ、鏡であれ“像”を生じるのは物理的過程(現象)である。
君が鏡の前に立てば、鏡上に像が浮かぶ。ただし、鏡は“君”に質感や「いつみても汚ねぇな(失礼)」と
いった感慨を抱きはすまい。
網膜であれ、脳であれ、それが物体であるのなら、そこには感覚も感情も観念も「ない」とみる。
それらは“物理的”に振る舞うだけだろう。
たとえば自分の娘がいじめられている、心が痛む
クオリアとはそういう感覚だ。
たとえば朝鮮人が嘘をいい日本を落とす、それで心が痛むということ
>>808 まず日本語をおねがいします、それは文法ということではなく
物事には手順や方法という術がございます。
貴方のは俺正義の理屈で俺根拠の単純化した言葉尻を問う態度でしかありません
悔い改めることを願うしだい。
815 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 13:06:35.98 0
会見はじまったよ
816 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 15:37:09.80 0
会見が終わりましたのでスレの続きをお願いします
817 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 15:43:32.42 0
おティンティ〜ン スコスコスコスコーーーーwwww♪
>>799 そういう主張であれば、まだしも唯物論的に見えますね。
しかし、道徳は勝者が云々という問題でもありません。
およそ、いかなるものが勝者となろうと、存在するような
社会というものの基本的な仕組みと矛盾するのではないか
ということです。道徳を例に出されるのであれば、
あるべき道徳というものではなく、そもそも道徳というものに
基本的に組み込まれている仕組みのようなものを問題と
しているというわけです。
だから何が言いたいんだよ
>>819 ものすごく抽象的で中身が無いような言い方をすれば、
人間が紡ぎだしている世界というのは、単純に自然現象
としてとらえるなんていえるようなわかりやすいもんではないんだよ。
自然現象がわかりやすいみたいな口ぶりだな
>>821 そういう意味ではない、頭に単純にってつけてるんだから、
それぐらいわかれ。
「唯物論と決定論が完全に正しいとすると、行為の責任を問うということが
できなくなる」という主張がありましたが(戸田山氏もその趣旨のことを書いて
いますが)、正直全く理解できません。
仮に唯物論と決定論が完全に正しいとして(現に正しい可能性もあると思いますが)
、またその考えが社会に行き渡ったとして、
別段個人がいなくなるわけでも個人の行為がなくなるわけでもありません。
競馬競輪のギャンブルがなくなるわけでもないし、政治や経済の仕組みが
変わるわけでもないし、音楽やら文学やらがなくなるわけでもないでしょう。
人間が喜んだり悲しんだり怒ったり後悔したりするのをやめるわけでもありません。
同じように個人の責任についての考えや刑罰に関する司法制度も変わる理由がありません。
賞罰の「賞」の方を考えればわかります。もし何らかの結果が個人の行為と
無関係だとされるのなら、マー君が何勝しようとそれは「マー君の行為」の結果ではなく、
山中氏がIPS細胞を発見したのも「山中氏の行為」の結果ではなく、
誰か経営者が艱難辛苦試行錯誤の末に会社を成功させて大もうけしても
それも「その人の行為」の結果ではないのですから、彼らに一切賞賛も褒章も
金銭的利益も与えてはならない、という結論になります。
実際にそんなことになるはずがないのは、普通に考えればわかることです。
全く同様に「悪い結果」をもたらしたのが個人の意図的な行為であるのなら、
その人に責任を問う(非難して罰を与えて金銭的補償をさせる等々)のは当然で、
例えその人の意志や行為が先行する条件によって一意的に定まっていたとしても、
変える理由などどこにもありません。小保方さんが仮に捏造をしたのだとしたら
(したかどうか知りませんが)、その責任は小保方さんに負わせるのが当然だと
考える人が大半であって、その捏造行為がビッグバンの時点で定まっていたとしても
その結論を「変更しなければならない」理由がどこにあるのか、さっぱり
わかりかねます。
話下手だな〜
>>823 個人の行為と無関係であるとされるのではなくて、
関係のある様々なもの(もちろんいろんな人の
行為が含まれたりします)がすべて同じ自然現象
という側面でしかとらえられなくなるので、特別な何か
を見出し難くなるということなんですが、具体的で
細かいところは、一応
>>515で提示してはいるんですが。
826 :
あまの:2014/04/09(水) 21:01:36.12 0
人間の作った規範(法を含む)や価値観が常に「無知や幻想」に基づいているってことだよな。
そいつらは幻想や無知がベールをはがされるまでの執行猶予期間中にのみ有効なんだよ。
人間の営みや共同体という幻想を維持するためには「無知や幻想」が必要なんだよ。
>>825 >>515は読んだ上で書いたのですが、
>唯物論はすべてを物質的、物体的ものであると説明してしまうため、前記の
>意思プロセスと他の要因との間に差異を見出し難くなってしまうからである。
そんなことになる理由がありません。現に人間は物質以外の何物でもないので
あって、純然たる物質として他の物質とは画然と区別されます。
(他人の精神を直接観察するすべはありませんので)
「爆弾が破裂して人が大勢死んだ」のなら、その原因は爆弾が破裂したことであって、
爆弾と他の物質的物体的環境の間に差異を見出し難いなどということは
ありません。同じように「人間が刃物を振り回して人が大勢死んだ」のなら、
その原因はその人が刃物を振り回したことです。
その行為が「意図的」だと見られた場合、その「意図」が肉体と独立の霊魂に
属していようと、脳内の物理現象に完全に解消されるものだろうと、別段
関係はありません。
一応言っておくと、刑法学でも単なる「条件関係」と「相当因果関係」を区別する
理屈などあったと思います。人が殺された場合、「条件関係がある現象すべてを
処罰の対象にすると、犯人の母親まで罪を問われることになってしまう」のを
回避するための理屈ですが、まあ比較的つまらない話です。
828 :
あまの:2014/04/09(水) 21:12:13.54 0
ごちゃごちゃ小難しい事を言っても、
結局、法の根拠とか「妥当な落とし所」以外の何物でもない。
829 :
あまの:2014/04/09(水) 21:24:25.89 0
幻想や無知の権化である社会に対し妥当な落とし所を提示する計算式だ。
法の根拠は結局国民の信託だ。
真実とは別ルートでスタンダードとして機能する。
>>828 まったくその通りで、「責任」とか「刑罰」というのは所詮人間の作った
制度なので、それ以上でも以下でもありません。
戸田山氏もそうですが、えてして「刑罰」については、「すべての事実を
集め、理性を働かせれば、客観的に正しい(あるいは間違った)刑罰が
一意的に定まるはずだ」というような「幻想」が共有されているようですが、
そんなはずがないことは、裁判員制度一つとってみても明白です。
たとえば死刑の是非論はともかくとして、唯物論と決定論が完全に正しいと
すると「死刑は許されなくなる」というようなことを言う人がいます。
いったい「誰が」許したり許さなかったりするのでしょう。唯物論が
正しいのなら許したり許さなかったりする主体は人間以外いないのですから、
(永井均風の極論をいうなら私以外はいないのですから)廃止するのも維持するのも
人間が決めたいように決めるだけのことです。
831 :
あまの:2014/04/09(水) 21:34:50.56 0
主体というのも関係性から定立させられた現象であって
共同体という幻想の維持のため責任の所在を押し付ける主体が必要とされる。
832 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 21:36:47.53 0
もう法律関係はこの辺でいいでしょう
関係ないし
833 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 21:38:04.87 0
これについてはTV版エヴァンゲリオンの7話に詳しく描かれています。
834 :
あまの:2014/04/09(水) 21:41:03.72 0
ここは決定論でいろんなものを斬り捨ててどんどん孤独になっていくスレです。
>>827 やはり、もと法学部の方でしたか。
因果関係となると現在の刑法学では客観的帰属論というのが
かなり有力になってきているので厄介なのですが、
相当因果関係というものを出されたので、それで説明させていただきます。
なお、私が問題にしているのは、責任ですので、直接関係するものではないかもしれません。
さて、相当因果関係というものを考える場合には、その判断基底の議論において
大まかに分けて主観説、客観説、折衷説というものがあるということはご存知だと思います。
もっとも、因果関係はいずれかと言えば、客観的構成要件要素というものになりますので、
そもそも、客観的な事実を問題とする傾向が強くなります。ある意味では、それを強く貫いたのが
客観説というものです。対して、主観説ないし折衷説になりますと、結果に対して影響を与えた事実
のうち、行為者が認識していなかった事実を除外する傾向を示すことになります。
しかしながら、唯物論によるとなぜゆえ自然現象として等価であるはずの事実を行為の結果への
帰属という因果関係の問題において排除すべきなのかを全く説明できません。もちろん、
だから、客観説を支持すべきだということも出来なくはないわけです。
もっとも、それは因果関係が客観的に判断されるべき客観的構成要件要素として
分類されるからという部分が非常に大きな理由となるわけです。つまり、他の要件との
分類整理の問題ですね。客観的構成要件要素である因果関係ですら、このように行為者が何を
認識していたかという部分を特別なものとして単なる自然現象としての脳内の作用を超えたところで、
特別視してしまわざるをえないとされたりするわけです。いわんや主観的な犯罪成立要件である責任
については、固く貫かれた唯物論は簡単にはその妥当性を見出すことは非常に難しいでしょう。
>>830 正に、法という現象を見ると、唯物論的な志向が妥当性を失ってしまうと言ってしまうと、
同様にその他の社会現象でも、妥当性を失うことになりかねないと思いませんか?
そうなってくると、下手をすると、固く貫かれた唯物論というものは、自然現象として
うまく説明ができるところだけで妥当するものになりかねません。
こうなってしまうと、それは要するに自然科学においては自然現象としてすべてが
とらえられるべきであるというような、非常に当然の理論となってしまい、唯物論は、
その実質的な意義を喪失することになるでしょう。
___ ____
゙=c_ \ /_っ='
く:::\ /:::>'
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\ -=ニ=- -=ニ=- /
\.. / ー-' ヽ /
\::.| ト‐=‐ァ' |: / えいどりあーーーーーんwwwウヘヘッ♪
|::| ` `二´' |:|
,r――--、,,_ノ r、 三 η ヽ___,,.―‐-、
( 〃ヽヽ //ヾヽ )
ヽ `ヽ、 ⊂ニpikarrrニ⊃ ,r'' /
ヽ } ` ー-ヾヽ// ヽヽ〃ー‐''7 /
ヽ .{ ι' 三 ヽ) {. /
/ ::ヽ (_ヽ \、
(。m。ノ `ヽ、_nm
838 :
あまの:2014/04/09(水) 21:59:45.02 0
事実と意義なんか両方とも持っておけばいいだろう。
ダブルスタンダードでええやん。
なんか怖いわ。
事実が意義を持たねばならぬって、そんなこと全然無いからな。
根本的誤謬なんだよ。
839 :
あまの:2014/04/09(水) 22:01:54.68 0
結局ねえ、何十行もレスする人間は馬鹿なんですよ。
>>838 ダブルスタンダードは、私は嫌いだけど。
唯物論こそダブルススタンダードは認めないんじゃないの。
「唯」物論なんだから。
そんなわけねーでしょ
辞書ぐらい引けよ
842 :
あまの:2014/04/09(水) 22:08:41.43 0
唯物論だっていまどき進化してますよ。
素朴唯物論の立場をとる科学者なんてもういないでしょう。
それにね、事実は当為と直接関係ない。(ヒューム)
でしょう。
843 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 22:12:09.24 0
物質に解釈はないよ
844 :
あまの:2014/04/09(水) 22:13:12.36 0
地球上には重力がある。(事実)
人もそれの影響下にあるから落ちなければならない。(当為)
怖いんだよこういう人間は。
845 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 22:13:25.31 0
操作と多軸、2つの観点からの一般的な解釈です。
戸田山和久の『哲学入門』買いましたよ
なんか凄く分厚い新書です
厚さが2センチありますね(驚)
446頁もあるし
読み応えがありそうだ 読むね
>>842 ヒュームの法則くらい知ってるよ。
てか、前にそれをあなたに指摘したの俺だからwww
でも、唯物論については、いいすぎたよーん。
あくまで、機械さん的な唯物論ってことで許してくださいな。
とりあえず、スレの主である機械さんにその辺りを否定してもらって
そっから発展していきましょうや。
848 :
あまの:2014/04/09(水) 22:20:57.27 0
俺は、教育論の本を書いておきながら自分の子供は孤児院に預けてしまった
ルソーや、啓蒙思想家のわりに宝くじの胴元のミスを見抜き全部買い占めて
大儲けしたボルテールみたいな人間のほうが好きだわ。
849 :
「機械的唯物論」者 ◆jPpg5.obl6 :2014/04/09(水) 22:30:44.49 0
>>811 >網膜であれ、脳であれ、それが物体であるのなら、そこには感覚も感情も観念も「ない」とみる。
>それらは“物理的”に振る舞うだけだろう。
「あなたの眼のレンズ体細胞」が焦点合わせを行った結果「あなたの網膜」には今ご覧になっている
パソコンの画面の「上下左右逆立像」が投映されているわけですが、そんなこと「凸レンズと網膜状の
半球スクリーンを使った理科の実験」をすれば簡単に証明できます。
半球スクリーンに印画紙とかCCDを用いれば「物的証拠」も作成できます。
さて、それと同時に「あなたに見えていた像」は何か?…をあなたは正直に「証言」すれば、
あなたの脳内に生じていた「視覚的クオリア」と「網膜に映った外界の像」が(上下逆ではありますが)
「同一」でることが証明できます。
それでもあなたは「いや、私の脳内では視覚のクオリアは確認できない」と言い続けられる
のでしょうか?
850 :
考える名無しさん:2014/04/09(水) 22:33:50.48 0
>>848 ほほう
自分もルソーのように子供ができたら孤児院に捨てたいと
けっこうなことですなあ
851 :
「機械的唯物論」者 ◆jPpg5.obl6 :2014/04/09(水) 22:40:09.63 0
>>846 私も買いましたが、確かに分厚いですね。
裏表紙には戸田山氏の写真も載っておりますが、「胡散くささ」では
茂木氏に勝るとも劣らない方みたいに見えます。
ちょっと最初のところを読みましたが、文体も同様ですね。まあ内容とは関係ない
と思いますが…。
私は他にもたくさん読みたい本があるので、少しづつ読むことになりそうですが、
お読みになって、何かお気づきになった点がありましたら、レスをよろしく
お願いいたします。
>>851 重要な項目がしっかりと網羅されているので
なんといいますかサールの「マインド-心の哲学」を思わせる本ですね
でもかなり面白そうですよ
ミリカンとか出てきますね 読み進めるのが楽しみですよ
皆さんも 読んでくれればなあ(笑)議論できるのに
>>852 絶賛積読中の本がまだ数冊あってねぇ。
新しく本を買える人はうらやましい。
そうでなくとも、専攻から遠ざかるにつれて面白そうな本でも
読む優先順位が下がりがちだから。
854 :
「機械的唯物論」者 ◆jPpg5.obl6 :2014/04/09(水) 22:58:34.04 0
>>852 最初の方で「ドゥールーズは出てきません」と断わった理由が
「だってわからないんだもん」ですからね。正直といえば正直です。
観念論的自己欺瞞さえ卒業すれば、「哲学者も正直でいられる」という
ことかもしれません。
最初は「自由意志はない」だったのか…。
>>823いいレスですね。
決定論の帰結として行為の責任を否定するのは、
短絡的な話だと思います。
>>827これもおそらく重要な論点です。
「行為は誰の行為か」
決定論と唯物論の枠の中でも充分に「この脳」と
「この脳による行為」は成り立ちます。
「私」と「自由意志」の問題に対する回答は、
それで必要十分だと考えるのですが…
>>854 戸田山さんは科学哲学だからドゥルーズは専門外もいいところでしょう
基本的に英米系哲学の人ですね
デカルト、ヘーゲル、ハイデガー、フッサール、ニーチェが出てこないというのは
なんかユニーク
ああウィトゲンシュタインも出てこないか
>>855 「自由意志」についての欧米での問題意識の中には「神」の問題が大きいらしいですね
おおっぴらに書く人はいないけれども昔から「神」が作った世界という意識があるから
そこがあればすべて「神」の掌の上ですから「自由意志」なんかないと思うでしょうし
チョムスキーの生成文法もそういう考え方が根本にあって
言語は生得的なものだということを「英語」だけを分析のターゲットとしているし
「神」の弊害ですよね
日本人には考えられないけれども
858 :
「機械的唯物論」者 ◆jPpg5.obl6 :2014/04/09(水) 23:16:58.06 0
>>823 >人間が喜んだり悲しんだり怒ったり後悔したりするのをやめるわけでもありません。
>同じように個人の責任についての考えや刑罰に関する司法制度も変わる理由がありません。
被害者感情だけが罪刑の根拠とするのはちょっと違うのではないか?…と思います。
犯罪には「罪刑法定主義」の原則があり、刑事法(要するに罰則が記されている明文法)が
存在し(ということは国会なり自治体議会なりが議決したということですが)、かつ
それが定める「犯罪構成要件」を満たしていること、且つ「可罰的違法性」があること
を検察側が裁判で立証する必要があります。
例えば「可罰的違法性」を満たさない…とされる「緊急避難」とか「正当防衛」で
人を死なせる(殺す)ても、「無罪」とされます。
その場合の「被害者(の遺族)感情」は満たされるでしょうか?
刑事法の「総論」のところで、緊急避難や正当防衛を「罪に問わない」としている
のは、「被害者感情をなだめること」が刑事法の(主)目的ではないから…という
ことだと思われます。
>>856 あなたまで、そのような短絡的な結論に飛びつくとは・・・
この問題を唯物論的に論じるのであれば、少なくとももう一工夫必要なはずです。
そこから、ようやく本格的な議論がはじまるべきなんでしょうが・・・
>>859 あ、まぁそれはそう思います。反省。
もうちょっと純粋な議論ができればよかったんですがね。
どうも「何かが賭かっている」人ばかりなので、
ここでは無理なようです。
861 :
「機械的唯物論」者 ◆jPpg5.obl6 :2014/04/09(水) 23:28:37.09 0
>>856>>857 「わざと難しく書く」という「西欧観念論の伝統」は、「科学の描き出す世界像」
の範囲が圧倒的に大きくなってきた現代では「神学の流れを汲むペダンティズムの伝統」
に過ぎない(要するに黴臭い)ことが判り始めてしまった…ということかと思います。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
>>860 もしかして、本当にこのスレは、10年間ずっとこんな感じの・・・
こう言ってはなんですが、ある種、低空飛行的な停滞を続けてきたんですか!?
いや、クオリアについては、その成り立ちから定義についてまで、完全に理解しているとはいえないので、
なんとも言えませんが・・・
>>860 おおっ860さんが860を踏みましたね
おめでとうございます
>>862 あんたの網膜には「上下逆立像」ではなくて「正立像」が投映されているだけのことだよ
よくあることだから、悩まないで他のスレに移動すれば済むだけのことだからw
>>861 寝ちゃうのー。
いや、まぁ、いいですけど。
機械的唯物論者であるのならば、正義なんて悲しいもんだみたいな、
感情的な反論ではなくて、もっと機械的なそういう意味である種
どうしようもないような反論をしてくれないと、そこから、ようやく
本筋の決定論というものの妥当なところというのをつまびらかにしていきましょうよ。
このままじゃあ、唯物論も決定論もそれがうまくたちゆかなくなってくる
分野の問題に対しては、そんなものは「真実」とは関係ないと無視するという
まったく受け入れがたい狭量な理論であるということになりかねませんよ。
>>864 いや、へんにくさしてしまったのは申し訳ないけど。
正立像が投影されてるって、どうゆうこと?
私の網膜にも逆立像が投影されてるよ。てか、網膜に逆立像が投影されようが
正立像が投影されようが、正立像として知覚されることには変わりはないんだけどね。
>>862 知りません。
私がここに来たのは半年前ですので。
感想としては半年前から似たような状況でしたよ。
>>753を見ると、10年前の方がむしろ
今よりもきちんと議論していたようにも思えます。
まともな人は疲れて去ったのでしょう。
こういうのも何ですが、
地頭で見れば機械さんなどは多分、
私よりも一枚二枚上手だと思います。
10年以上、200スレッドにわたって
2chでそれなりに確固とした面子を保つなど私にはできそうもない。
否定や批判を甘受しないことがほとんど絶対条件ですから。
ただもう、それは哲学的というよりそもそも
2ch的な「達人の領域」なのでしょう。
そういう達人のコミュニティとしての
成熟度を高めた10年だったのではないかなと。
868 :
あまの:2014/04/10(木) 00:03:53.70 0
決定論が上手く立ち行かなくなるって不思議な表現ですね。
科学が法則性を見出す努力であるのは決定論の立場に立っているからでしょう。
決定論というのは存在は一意的なものとしてあるという形而上学なんですよ。
非決定論だという立場から、科学はどう出発し何を目指し何が導き出せたんでしょうか?
あなたは何を思いながら理科の授業を受けていたのでしょうか。
不思議な感じです。
>>866 まともに受け取ってもらっても困るのだがね
一口に言って人大杉だから、自称頭いい新人はこれ以上もう要りませんw
870 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 00:08:55.79 0
答えは決定論であることはみんな知っていて
その上で、同一性の保存とか意識の境界問題とか何故私は私なのかとか
考えればいい話なんだが
ファンタジーに持っていきたがる奴がいるんだよな
難しいこと考えてるふりして結論ありきのトンデモやってるだけの
別にそんな大したこっちゃないでしょ、ある種の執念以外は
最高位だって似たようなもんだしな
>>859 もし決定論が正しいならば、
「唯物論と決定論が完全に正しいとすると、行為の責任を問うということができなくなる」
かどうかも決定しているはずですから、決定論が正しいことが証明されるまで放っておけば
よいのではないですか。
これは冗談では言っているのではなく、
決定論によって人為的責任が否定されるならば、なぜ人為的に問題を解かなければいけない
のでしょうか、と言うことです。
873 :
あまの:2014/04/10(木) 00:14:50.67 0
鉛直投げ上げの公式ですが、
V = V0 - gt
S = V0t - 1/2gt^2
ここまでは時間の経過に沿った速度と高さを記述した式です。
ただ重力下では初速が決まった段階で任意の高さでの速度が決まります。
gS = V^2 - V0^2
時間を省略した式です。
874 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 00:15:08.12 0
875 :
あまの:2014/04/10(木) 00:18:01.31 0
決定論が正しいことを証明って、まあ壮大なことを。
全ての科学的記述がいわば各分野で決定論の模写を行っているようなものでしょう。
不思議なことを言う人が多いですよね。
刑事法だって、機械が言うように国会や地方議会が決めていて、行政である
警察や検察が摘発を行うのだから、有権者の1票の結果だといえばそうでしょ?
選挙結果だってそうなるよう決定されていたし、犯人が捕まるか逃げられるかも
決定されていたということで、懲役刑とか死刑になるかどうかも決定されていた
ということでいいんじゃないかな?
>>868 ちゃうだろ、たぶん。
そういう意味での決定論的なスタンスってのは、誰しもが認めるところ
なんだから、もめてるのは、別のとこでしょ。
>>869 バカを自称すると許してくれるのん?
てか、俺はそんな頭良くないぞ。
ここ以外にも、「自殺の是非」スレとかでレスしてるときもあるけど、
あそこは、ここよりも、もっとアレな感じなんでどうも。
ここのが居心地いいの。
それに、あえて、いずれかと問われるならば、勉強させてもらうつもりで、
レスしてる部分のほうが大きいよ。色んな意味で。
878 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/10(木) 00:23:09.87 0
>>849 “像”を結ぶのは、それがスクリーンであれ、水面であれ、鏡面であれ、網膜であれ、
物質的過程、つまり物理現象である。それらには感覚的差異(クオリア)も感情も観念も
「ない」とは述べた。
それが脳内で処理されるのも物質的過程である。しかるに網膜にも脳内にも機械さんの
いうクオリアなる“物体”は存在しない。それを観測したひとは、いまい。クオリアは
“物体”ではないということだ。
クオリアという物体が脳で観測されれば、この問題は終わる。STAP細胞はみつかる
可能性があるけれども、クオリアという物体が脳内に発見される可能性はゼロだ。
たとえばコップの像がみえている、とする。この“像”は脳内のどこにも存在しない。
では、コップの像はどこにあるのか。表象として“意識”にある、としかいえない。
クオリアや感情がともなうのも、脳内ではなく“意識”において。
この“意識”も物体であることが検証されれば、心/身問題には終止符が打たれる。
四角四面の文体で、子供もまやかせない御伽噺はやめたほうがいい。
網膜の視細胞が受け取っているのは、像ではなく光のエネルギー量です
脳が、視細胞1億2000万個(1億2000万ドット)の1個ずつに入ってきた光のエネルギー量に応じて像を結んでいます
881 :
あまの:2014/04/10(木) 00:27:26.91 0
文脈。
ゲームさんはまた物理現象と物体とを混同しているらしい
一度、反省したように見えたのだけど、全然治らないなこのヒトw
883 :
あまの:2014/04/10(木) 00:30:53.19 0
一意的な成り行きを記述しようとする努力。
誤差は我々の無知具合。
現実は一意的になものとして現れる。
未来は一意的ではないよ
誤差は原理的に存在する
886 :
あまの:2014/04/10(木) 00:33:00.33 0
ほう、お前は別々の現実を同時に体験するのだな。
無限小の誤差を認めてしまうなら
必ずカオスとなる
未来は原理的に決まらない
現在の確定を未来の決定と混同する馬鹿
そういうの重ね合わせって言いますね
890 :
あまの:2014/04/10(木) 00:34:51.09 0
でも決まるよね。
ww
>>879 だから、ミラーレス一眼で言うとCCDが眼で、液晶モニターが像(クオリア?)ということでしょ?
>>872 私が機械さんに求めていた反論にかなり近いっす。
>>876さんが言ってるところも、そうですね。
つまり、責任を判断する際に、人の心的、精神的な作用を特別視する
ということも、結局のところ、(脳内での物質の動きを含め)人の動静
によって成り立っているはずであり、そのような人の動静というものは、
自然現象として存在しているものとしてもとらえることができ、これは、決して
自然現象としての法則から逸脱することは出来ないものである。だとすれば、
そのように人の心的、精神的作用を特別視して責任を判断するという自然現象
として、責任というものをとらえ直すことも十分できるのであり、唯物論的な志向
と何ら矛盾することはない。
このような、理屈で対抗するということですね。
894 :
あまの:2014/04/10(木) 00:38:52.59 0
我々が経験するのは確定したものだからね。
時間が現象によって代謝されるものであれば、今の時間と未来の時間(不思議な言い方になるな)
に違いがあるのかもしれんが、まあそんなの無いでしょう。
単なる時間の経過が、変化の原因にはならない。
>>878 はいはい、映画なる物体も存在しないし虹なる物体も存在しない
だから、映画も虹も存在しないということでOK?
>>893 で、どこで因果を「打ち切る」の?
全責任をビッグバンに押し付けてみるか?
>>894 ただ決定論とはいってもそれが適用できる範囲はあるんじゃないの
量子レベルになるとわからないしね
898 :
あまの:2014/04/10(木) 00:43:09.17 0
本来実在でないはずの時間を定量的にぶつ切りにして、今の時間、未来の時間、とやるのであれば
時間を同質にしておかないと滅茶苦茶だろう。
「我々が経験するのは確定したものだからね。」
そうだね
「時間が代謝されるものであれば」
前提が無効
「単なる時間の経過が、変化の原因にはならない。」
根拠なし
寧ろ逆に天国だろ
他に別に極楽だろ
当然正反対に理想郷だろ
901 :
あまの:2014/04/10(木) 00:45:23.52 0
>>897 そこなんだよ。
科学はまだ研究中だが、おれはおれの哲学的センスに置いて決定的だと考えるね。
順次確定してきた事実が過去
これから確定していくのが未来
時間が同質であって問題ない
903 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 00:48:08.33 0
パンティコレクション
904 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/10(木) 00:49:23.00 0
現行「法」は“心身”二元論を前提にしている。
身体は物理的に振る舞う、換言すれば“物理”を逸脱することはないが、
“心”は自由である…という立場。
具体的にいえば、身体がある状態になれば“空腹”感を覚える。
しかし、その状態でも“覚えない”こともありうる。
仮に空腹を感じたとする。何か食べたいと思う。しかし、食べたいと思わない場合もある。
何か食べたいと思い、食べようとする。しかし、食べたいと思っても「食べようとはしない」こともありうる。
食べようとし、そのまま食べるのが一般的。食べようとしたが、たとえばカネがなくて、諦めざるをえない場合もある。
カネがなくても諦めきれずに、食べることを決断し…
“心”は「身体的状態によって一義的に決定されない」という立場から“責任”を問うのである。
>>901 ある程度の質量は必要みたいだし
だからこれからは「決定論」とはいってもそうした規模なり環境や条件を検討してみるのも面白いし
統一的に決定論は正しいというのは無理があると思うんだけれどね
906 :
あまの:2014/04/10(木) 00:50:40.46 0
>>899 北極の氷にどじこめられた太古の蚊や永久凍土に埋まった太古の種子
が、低温のため化学的影響を取り除かれたため腐敗から免れた。
種子にいたっては発芽した。
というか言うまでもないだろこんなこと。
静止した物体であれば力が加わらなければいつまでも静止しままであろう。
宇宙をとぶ隕石は速度を落とさず何十億年も飛び続けている。
静止した物体など無い
908 :
あまの:2014/04/10(木) 00:53:00.24 0
お前はしりとりをやってればいいよ。
もうケツまくったか
w
>だから、ミラーレス一眼で言うとCCDが眼で、液晶モニターが像(クオリア?)ということでしょ?
液晶モニターは像でもクオリアでもなく、数字表示器に過ぎないのですよ
数字の群れを像に変換する何かが必要ですが、ミラーレス一眼カメラのどこにも変換器が見当たりません
911 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/10(木) 00:56:41.59 O
いまだに「クオリア」という言葉を
理解できない人が多いようですね
クオリアは「質感」の事だが
「質感の起源という問題がありますよね」
という意味を含ませた言葉なんですよね
映画などのスクリーンの映像を、それぞれの色として分別し
映像として認識しているのは人間の側なんですよ
モノには色があると勘違いしている人が多いですが
実際には、それぞれの周波数の光りを
白い布などに反射させてるだけですからね
虹だって、そうです
自然界には色など存在しません
人間が、色だと認識しているだけです
色は「感じ」であり、観念です(概念という意味ではありません)
主観の世界にしか無いという事です
音も同じです
脳みそなど物質の、どこを探しても質感の起源は出てきません
赤の赤い感じに人間が、なぜ感じているかの根拠は
どこにもないのです
>>896 今、私の中のダイモニオンとそれなりに納得できそうな
理屈として表現できるように相談中。
でも、やってもいいけど、自作自演的なものになりかねんから、
誰かこっちサイドについて理論を展開してくれんかな?
変化する原因が無くても変化する
物質は静止しない
決定論など三流芝居
センスなし
914 :
あまの:2014/04/10(木) 00:57:04.19 0
この存在に、非決定的な要素が介入しうるということは
存在に、非存在が介入するということだ。
非存在など我々に無縁なものだ、それが存在に介入するわけがない。
>>869 次スレは失速するよ。たぶん。
>>871 最高位と機械、
コンスタンティノープル包囲戦みたいなものですね。
達人って「達してしまっている人」
転じてイっちゃってる人ですからね。
>>904 バカじゃね?腹が減って死にそうな人が目の前にあった他人所有のパンを食ったところで
罪には問われない
機械氏が
>>858あたりで言っていた「緊急避難」に該当し「可罰的違法性」を満たさないからだ
(特にコテは)知らない分野に口出ししない方がいいと思うよ
917 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/10(木) 00:59:13.83 0
>>882 物体というのは概念、というほどではなく観念。しかし、その実態は現象です。わかった?
>>912 相反する観点があればどちらの視点からも考察するのは基本中の基本でしょ
まあその基本も出来てない人がチラホラ居るけども
結論の出ない類のなんとか論とか言うのはただの宗教なんだよ
919 :
あまの:2014/04/10(木) 01:01:03.37 0
>>915 ということで、次スレは来ないでもいいからね
普通の道理ですよ
過疎る時は普通に過疎るしなここ
アホが沸くと伸びる
みんなの2ch
924 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 01:05:22.47 0
ファイヤー
925 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/10(木) 01:06:52.44 0
>>916 罪を云々しているのではない。バカだねぇ。
たとえ、そうなっても盗まないひとがいる、という話。
その場合、刑務所にはいれられまいが、警察沙汰になれば、始末書をかかされます。
常習者なら、罰せられるでしょう。しらないことには、口をつぐみなさい。
926 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 01:06:57.12 0
此処はサーキットでなくストリートだからな
正攻法なんてない何でもありなのさw
だからといって、何にもないわけじゃない
ぼくはそれが大嫌いだから気になるのだけどw
927 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 01:13:24.13 0
おかんのまん毛のように真っ暗だな
>>904 >”心”は自由である…という立場。
法の世界においては「”心”は身体の行動を責任を持って制御する…という立場」
と考えるとよいのではないですか。
自由=意志+責任、と考えたときの責任の方に注目するということです。
実際、法廷で問われるのはその人の意志で行ったかどうかよりも責任能力が
あるかどうか、ですから。
929 :
あまの:2014/04/10(木) 01:14:33.10 0
そもそもさ、非決定的なものがどう相互反応できるんだよ!!
相互反応というのは決定のプロセスなんだよ!!
930 :
あまの:2014/04/10(木) 01:15:13.14 0
馬鹿ーーーっ!!!!
責任は、食事をしないと腹が減るという物理法則に有る
物理法則を被告人として法廷に立たせるべきだ
>>929 3+2が5になっても1+4になってもいいじゃないか
933 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 01:20:10.65 0
暖かくなってきて陰毛を剃ってからすこぶる調子悪い
これは因果関係があるはずだ
>>918 そこまで、抽象的なことを言われればある意味そうなんだろうとしか
いいようがないんですけどね。
あえて、言うなら、相反対立させてるのではなく、ある観点がもう一方の
観点に還元しきれるのではないのかという問いが含まれてるんじゃないですかね。
ただ、問題なのは、そこに関して、抽象論が飛び交いすぎてて、議論が
噛み合ってるのか、なんなのかわけわからなくなってるところにある気がする。
そういう意味では、クオリアに関する議論もかなり抽象性が高いですからね。
だから、責任という具体的な場を設定して、ある意味、抽象性へ退避しづらくしようと
いう意図も無きにしもあらずといったところなんですね。
>>934 具体的を選べば選ぶほど主観的な幻になる。その時点の選択と結果であり
それは特定の一面である。
全体を捉え現実を平均化して捉えた秩序など抽象的なものにすぎない。
937 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 01:24:25.76 0
考えないでワイワイするのって楽しいよね
938 :
あまの:2014/04/10(木) 01:25:22.97 0
偉そうなこと言えないが哲学徒たるもの数学、物理、外国語、歴史、芸術に
ある程度の素養を持ってないとダメだ。
思考のソースが無いってことだ。
939 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/10(木) 01:25:57.83 0
自覚的“意志”があったかどうかが問われます。
自覚的“意志”をもって犯したひとには責任が「ある」という解釈。
だから殺しても「殺意はなかった」ということが大事。w
検察側は「殺意があった」証拠を突きつけるだろうが、それが証明されなければ殺人ではなく、過失致死。
もう一つは「カッとなって、よく覚えていない」というのも、よくつかわれます。w
あまのさんは決定論に転んだんだね
942 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 01:28:34.18 0
昨今、大学生の4割はまったく本を読まないそうです
まあ馬鹿大学の大杉だからだろと高卒の私は推論しますが
実際はもっと危機的であって、小保方氏の件もそういうことに無関係でないかもしんない
人間の頭では決定論しか見つけられないよ
944 :
あまの:2014/04/10(木) 01:29:37.56 0
945 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/10(木) 01:29:46.82 0
946 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 01:32:00.53 0
ここ1~2年に流入してきた層ってファストフードしか食べてないよね
だから考え方もファストフードなのよ
時代は空腹を哲学に求めてるわりには、
手っ取り早い満足で「ファストフード最高!」と世界の中心で叫ぶ
>>943 何気に凄いこというね!
同感だな
人間の脳の思考パターンにハマっているというか癖なのかもしれない
木目とか木々の葉の写真なんかがぜんぶ人間の顔に見えるのと同じように
949 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 01:35:40.13 0
佚氏はcatt氏とのやりとりでオレと面識あった人だな多分
というかゲームさんこんな時間にいるの違和感あります
ちなみにゲームさんはぼくなんかよりうんと古参です
ぼくが初めてこのスレに来たときは、まあここ最近の名無しと同レベルです
今も同じレベルですが賢い人を何度も見てきたから慣れてるだけですw
>>939 その“意志”をどれだけその人の"責任"に転化できるか、ということになるのでしょう。
>>931 その物理法則を罰して、食事をしなくても空腹にならずに生きていけるようになれたら、
世の中から多くの犯罪がなくなりそうですね。w
決定論者には、その自身の書き込みの文言が“いつ”決まったのかと問いたい
>>944 外国語ができるのに、歴史ができないってのは、まぁいいとして。
物理ができるのに、なんで数学が完全にダメなんだよ。
数学が出来ないなら物理は無理さ
>>949 私がこのスレに来たのは228からなのですが、どうでしょうか。
956 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 01:51:27.29 0
炎上したら、コップ一杯の水で消すことはできない
それは「決まった」ことになるから
957 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 01:52:56.95 0
>>955 質問スレにいた人じゃないなら勘違いでした
>>949 賢い人ってのは、どういう議論してたんですか?
そこを聞きたいwwwてか、そのときにいたかったwww
959 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 01:54:40.16 0
決定論は神のような超越的存在を想定しないと成り立たない理論です。
非決定論は因果律の外にいる超越的存在を想定しないと成り立たない理論です
961 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 01:58:02.27 0
>>958 過去スレ確認したことあるけど、たしか最初のほうでリベットのネタも議論されてたんじゃないかな
まあ繰り返しです
今後10年も変わらないでしょう
962 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 02:01:45.12 0
ここは今は
・チャーマーズ
・リベット
・茂木
・デカルト
このあたりが頻出しますね
963 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 02:06:13.28 0
サッカーでは9割方試合を支配していても、結果は覆ることがある
だとすれば「決める」のは強度だ
964 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 02:08:53.81 0
だいたい「決定」なんてものは、どこでも普遍であるわけじゃないよ
論理的にはそうなるが、ろ・ん・り・て・き にはね
>>961 リベットですかぁ。
準備電位ってやつですよね。
あれって、結局、どういう意義があるんでしょうか?
そもそも、意識的決定とか意識的意図を感じるってのは、
どういう場合のことを言ってるのか。
無意識と意識の境界線なんて非常にあやふやな気がするんですけど。
そんときは、そこについてどういう意見が出てたんですか?
966 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 02:16:36.19 0
決定論=未来を勝手に決めている。
決定論者は自分達こそ未来を決定する神の代表であり
選ばれた者であるという栄光に入り浸っているアホにすぎない。
決定非決定を乗り越える概念が出てきたらおもしろいな
もし人が決定論しか認識できんとするとあほらしいな
量子論のせいで本来の決定論自体は既に風化してるんだけどね
971 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 09:23:49.80 0
新世紀エヴァンゲリオンの第1話のような状況だと思います。
972 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/10(木) 09:31:22.13 0
>>970 そのとおりです。
比較的、決定論的に推移するのでは?とみられるのがヒトの生息する“モノ”で表記できる領域。
しかしヒトには“心”があり、その動きは「非・決定論的」とする見方が根強い。
>>950 責任の多寡が「すなわち刑の軽重」ということになります。
責任の多寡は“自覚の強弱”に帰せられます。
だから検察側は被告人の自覚の強さを、弁護側は無自覚、弱さを訴えます。
法廷は双方が説得力を競うゲーム場である。(わが国はそこまでいっていない)
>>972 日本語が読めない人ですか?
「量子論のせいで」と書いたでしょう?ヒトの心とかそんなん関係無いんですよ
ちょっと最近アナタ病的に過ぎますよ
974 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/10(木) 09:38:35.92 0
小保方さんの「悪意はなかった」を証明するのも反証するのも結構、難しい。
会見内容はかなり心配な内容だったけれどね
とんでもない結論が待ってそう
976 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/04/10(木) 09:53:03.83 0
>>970 量子とヒトの心を並べてはいませんが。
“心”に並置したのはマクロの“モノ”。
君にもわかりやすくいえば、身心は一つのはずだが、二元的とする見方も多いという意味。
もっとも、ヒトの心と量子を並列し、論じる学者もいます。しっていますよね。
ちなみに「量子のせい」とのいい方が舌足らずなのです。量子のせいで、なぜ本来の決定論が風化したのか。
たぶん君には答えられないでしょうが。
いまだにニュートン力学的な決定論を信じてる奴なんているのかよ
978 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 10:58:13.03 0
いまだにパソコンの前に何時間も座ってるやつなんているのかよ
決定論を確かめることもできんけど
非決定を見つけることも無理ジャン
そこで半決定論ですよ
すべての性質、すべての物理現象がその法則に従い例外がないなら
一つ前のそれに対して次のそれは例外なく法則によって次は確定する
それには例外がないってことだ。
実証でその例外を示せない限り法則が間違いなどとはいえない。
反論あるのか?
不確定原理だとしてもその原理に従うってことだ。その原理に矛盾や
不確定原理が成立しえない例外を示せ。
じゃなければ原理は世界の法則でありすべての物事はそれに従う
過去がそのようにあったように、未来もそのようにある。
おまえらがどのように考えてもそれは法則として成立しているだろ、
それを覆せないかぎり法則は否定できない、正論である。
法則がないと見つけられないよ
983 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/10(木) 18:30:49.93 O
基本に戻るけど
人間の精神性が、物理法則に、完全に規定されているとは
証明されていない
>>982 このよに法則などない、あるのはカオスだけ。
じゃカオスは法則だろ。
人の理解の限界が暫定事実 証明も反論も不可能なら
理論が統一されたら少しわかるかも
986 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 19:32:45.32 0
STAP細胞は存在するの?
987 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 19:35:47.72 0
そうか〈純一統一理論〉があったな
あれならすべてを説明できる
>>943 > 人間の頭では決定論しか見つけられないよ
人間というか人間の動物的な部分がそれをさせる。
どんなに論理的に客観的に考えて主観的な思いを捨てても
人に心があるかぎり感情によって論理が展開されるんです。
表現に感情がこもっておらず常に他人事じゃなければ、主観的に俺正義している
だけなのです。
俺正義では決定論の論理は魅力的すぎるし論理的に考えれば考えるほと
それは単純で美しく感じられる、なんの努力もせずに決定論に導かれる。
非決定論を考え語ることのどれだけ難しいかが理解できないから非決定論など
曖昧でデタラメで非論理的だとかレッテルを貼るんですよ。
991 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 22:30:59.86 0
俺正義?
992 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/10(木) 22:48:35.48 O
「決まっている」というのが
すでに観念であり
イデアみたいなもんなんじゃないかな
993 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 22:50:44.95 0
イデアは観念?
【イデア】
知のめざすべき時空を超えた・非物体的な・永遠の実在・真実在
995 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 23:01:35.57 0
996 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 23:24:37.50 0
997 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/04/10(木) 23:29:39.06 O
お前ら紀元前かよ(笑
たとえば完全な三角とか
実在すると思ってるのかよ
998 :
考える名無しさん:2014/04/10(木) 23:30:55.10 0
最高位は基礎がないからな
勘で書いちゃいかんでしょwww
ずっと言われてるだろうけど
決定論で宇宙をエミュレートする最低限の動作環境は宇宙そのものだろと
アカシックレコードを再現する最低限の記憶容量は宇宙そのものだろと
1000 :
せんこ ◆ALDuc1GHMs :2014/04/10(木) 23:34:58.88 0
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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。