◆決定論:脳は物質だから意識は必然に過ぎない227◆
1 :
「機械的唯物論」者:
人間の脳が「物質」であることには、誰も異論がありません。
しかし、脳内には物質以外の「何か」がある(筈)と考える人が居ます。
・・それは願望思考・自己欺瞞という「観念論的誤謬」です。
人間の脳を構成する千億個の神経細胞は軸索を伸ばし、突端ら
分泌する神経伝達物質で、他の神経細胞に情報を伝えるだけです。
勿論、脳内には核分裂のような原子核反応もありません。
分子生物学と生理学の対象分野「分子レベルの現象」が全てです。
「この宇宙」で人間の脳だけが「特殊な物質」であるとする科学的根拠は
全くありません。人間の脳も地球上における「物質の進化」の一過程に
すぎず、人間の脳が造り出す『意識』も何ら「特別」ではありません。
『意識』は『クオリア』を持つ動物全部に生成する現象です。
「何を思うか何を意志するか」は、あらかじめ物理・化学法則により
決定されております。自由(意志)感は文字通り『感じ』にすぎません。
量子論の「不確定性」は意識には何の関係もない「単なる観測問題」です。
以上が「超・大統一理論」=量子論と相対性理論の統一後に残存し得る
『唯一の最終真理(思想)』の輪郭です。全宗教全観念論は徒労です。
前スレ◆決定論:脳は物質だから意識は必然に過ぎない226◆
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/philo/1392563332/
3 :
考える名無しさん:2014/03/04(火) 00:44:30.37 0
999 名前:考える名無しさん :2014/03/04(火) 00:29:40.76 0実に笑える コンピュータが心を持ち 工場で0から生命体を作れる日が来るのか?
来るだろうな。将棋やチェスじゃもう人間は勝てない。囲碁も時間の問題。あとは
「馬鹿な人間を馬鹿にする態度を示す」という感情アルゴリズムを植え込めばいいだけ
4 :
考える名無しさん:2014/03/04(火) 00:48:59.14 0
一応だけど、オレは前スレで881以降書き込みしてないからな
(んなこと気にする時点で私はやはり自分に執着しているw)
機械たん東京でやってたターナー展は当然見てたと思うが
今度神戸に観に行くので参考のために貴方のその「意味の鑑賞」(感想)を願いたい
ところで、それ(記憶)を思い出そうとすることを「意識的なユニットの働き」と意味してはいけないかね?
名無しが自己主張してもなw
まあ常時ageる奴はキチガイだと分かるが
. l,‐、i三三三' ,. -"二三,、: : : : : .
.i l ll三三三 ´;ィ彡'",ニ、`ヾ、、: : : .
i l !三三三 .::メ《″(::о::) ,l:ヾ、: : : .
ヽ', :l.ヾ三三 : : : ::``ーゞ='-‐'"ンソ : .:
ヽY ヾ三ミ : ::`ー---‐'''"´: :ノ : :
|:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;i′: : : :/ / - ― ′ ', l
l:;:;:l゙リ:;:;:;:;:;l : : : : : : ,,r'" ヽ }, l
. l:;:;l l゛'r、:;:l: : : : : : / `ー‐、_ ハ ,'
ヾヽニンl;;l : : : : : .;';';';';';';';';';';';';';';';';';.,. l. ,'
l:;:;|: : : : : : : : : ', ヾ〒〒〒〒〒ァ:;' / まだ誤魔化しているのかね?
"l:: : : : : : : : : ', ヽ±±±ン ;' ,/
. / `丶、:: : :\ ヽ 丶、_ ノ/ /
/ `丶、 \ ', /
/___ `ヽ \ ヽ、 ノ
" ̄  ̄`丶、 \\ `ー---ァ '´
`丶、 \ヽ、_ /
\ ノ
7 :
【いのち一元論者】 ◆FUMA/Xddxs :2014/03/04(火) 01:30:19.21 P
1にsage進行と書いてあればみんなsageます。
書いてないのにsageなければ基地外と言う人は、根拠がなくても信仰する宗教基地外と「変わらないだろう」というのが率直な感想です。
誰かを貶めて自分の優越感を満たさなければ生きていけない「可哀想」な人なのでしょう。
本日は就寝させていただきます。
>>931 >まさか「志向的クオリア」について、ご存じないとは思いませんでした。
>いくら「感覚的クオリア」が(5感を通じて)脳内に「入力」されてきても、「鑑賞力」とでも言うべき
>「志向的クオリア」が「迎え」に行って出会わなければ「意味の鑑賞」はできません。
いや、分かっていますよ。
問題は、これがどう「意識的」なんですか?という事です。
どこに「能動的な働き」が認められるのか、これでは分かりませんね。
「迎えに行く」のも無意識の反応で済むのでは。
トリプルアクセルも無意識ですよね。
ロマネ・コンティの例で言えば、
類似の記憶を辿ればエピソード的な記憶ではなく意味記憶で済むと思いますよ。
過去に獲得した同様のクオリア(味)=意味と突合できれば良い訳で。
>あなたの説によると「嬰児に近い幼児」が「一番感受性が高い」ので、日本語さえまともに話せれば
>その番組で「100戦100勝」になる筈ですが…
新しい事を覚えていく吸収力や好奇心=感受性について言えば、嬰児のそれが
成人に劣る事はないという事です。あなたと私の感覚的クオリアの「鋭敏さ」
の捉え方の違いについてはあなた自身も言っていた通りで、確かにこの種の
「教養的な感覚」について言えば成人の方が優れているでしょう。
ですが例えば、ピアノやヴァイオリンの演奏などについて、
ある種の芸術的感覚ないし感受性、つまり「センス」の形成にとって
幼児期にそれらを身につける事、いわゆる英才教育の有効性については、
述べるまでもない事かと思います。
「教養的な感覚の鋭さ」と「感性的な感覚の鋭さ」の違いです。
ですので、どちらが一概にどう、とも言えないでしょう。
答える質問と答えない質問とを意図的に分けられているようなので、
一応こちらの質問の趣意だけは説明しておきますね。答え易いよう。
まず、「意識的機能」の問題について。
あなたの考えをまとめさせていただきますと、
「進化論的目的」を達成するための機能として
「エピソード記憶」が発達し、
これが動物と人間とを区別するものであり、「意識」はそのためにある。
(目的論的見方が誤りとの指摘もありますが…)
まずここで「意識」は「錯覚」か?という問いが生じます、
これ重要な論点ですので早く答えてください。
あと、「エピソード記憶」は無意識の働きか。これも重要な論点です。
無意識の働きであるとするならば、それ(エピソード記憶)が
「意識」を作り出すものであるとして、「無意識の働き」は
少なくともあなたは一度も「錯覚」だとは呼んでいない。
で、このエピソード記憶の副産物とも言うべき「意識」についても
その独自の「機能」がある事を認めておられる…ように見えます。
そうすると、無意識も意識もその独自の機能を持つという点において
錯覚ではなく「存在している」と認めている事になりませんか。
よろしくどうぞ。
10 :
「機械的唯物論」者:2014/03/04(火) 09:00:28.32 0
>>8 ロマネコンティ2008年は1本300万円くらいしますが、
仮にこれと5千円のクズワインを一緒に客に出して、平然とされていたら、
「こいつはワインの味が判らない奴だ」と誰でも思いますよね。
「そいつ」に言わせれば「たかがワイン」でしょうけれど、保存方法にも
細心の注意を払ってきたホストの方から見れば「盲人(と言って良いんでしたっけ?)
にピカソの絵」「聾唖者にカザルスの生演奏」をふるまうような「侮辱的行為」なの
かもしれません。
「エピソード記憶」は英語では「カルチャー(習慣+文化+教養)」を「育む」ことで
しか(最終的には)完成しないので、その境地にまで到達していない方に例示を間違えた
…ということかもしれません。
まあ、「3人も子供を育てればママ友との付き合い方にも慣れるでしょ?」程度のことで
「エピソード記憶の有効性」についての例示は諦めます。
それから、エピソード記憶と意味記憶は「宣言的記憶」のうちに分類され、自転車の乗り方
とか、スキーの滑り方、ゴルフの(上手な)スウィング等は「非宣言的記憶」に分類されます。
「意味記憶」がエピソード記憶の代替となり得るかのような「誤解」をされているようですが、
上記3種類に分類された「記憶」について、もう少し勉強されて戴かないと「勘違いの繰り返し」
が上塗りされるだけのことでしょう。
「錯覚か否か?」については『「錯覚」の定義』によりますので、「錯覚のようなもの」と
努めて述べてきたわけですが、貴方は「緑色の『質感』と赤色の『質感』は違う」という
「感覚的クオリアに関する叙述」について、「それは『錯覚』だ」という立場を取るのか?
そうでないのか?お教えいただいてからご回答します。
(申し上げるまでもなく、「色」はプリズムで「虹分光」出来るように、『全部混ぜると
「白色(光)」になる太陽光の電磁波の様々な波長の「(ある)一部分」だけが、「眼球から
入力され(神経細胞で運ばれ)最終的に脳に作り出す「クオリア」です。)
それから、携帯端末からの入力は大変なので、昼間はこれくらいでやめておきます。
「意識が意思決定を行っているように感じること」は錯覚
クオリアは知覚を脳に記憶できるかたちにしたイリュージョン
ってぐらいの意味なんじゃないの?
>>1 >量子論の「不確定性」は意識には何の関係もない「単なる観測問題」です。
この言い方だと観測者効果と混同されそうだけど量子ゆらぎはあるでしょう。
意識に影響を与えているかどうかは分からないですが。
13 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/04(火) 13:17:42.91 0
機械さんは概念を多用する、なかなかの語り(騙り)手。説話的表現に長けている。w
「指向的クオリアが迎えにいく」とか「意味の鑑賞」とか… いつのまにかクオリアが主語になっている。
本末転倒の典型だが、たぶん比喩的表現なのだろう。
クオリアは感覚的であれ、指向的であれ、860氏のいう「無意識的ユニット」の働き(機能)の所産。
無意識的ユニットとは、身体の謂い。身体の内在的機能(働き)は、ほとんど意識にのぼらない。
脳(身体)が働き、意識を表出する。無意識が意識を生む、あるいは闇が光を放つ。
感覚、感情・知覚、思惟、推裡、意志…等は無意識の産物であるにもかかわらず、顕在化するや否や、
“主”として振る舞う。これは錯覚なのか、それとも上部構造としての“意識”は身体(下部構造)に
規定されつつも、限定的に“自由”なのか。
14 :
考える名無しさん:2014/03/04(火) 14:33:28.76 0
上部構造としての“意識”と、下部構造の“身体”との連関をどの様に捉えるかによって、
種々の“論理”が創出するのではなかろうか。
つまり、上部構造(=意識)と下部構造(=身体)の捉え方により、一元論的な唯物論、唯心論として、
或いは、「私と汝論理」(フオイエルバッハ)、又は、心身合一論(純粋経験論=西田幾多郎)そして
メルロ=ポンティの“身体(下部構造)”に規定された「合一論」として創出してくるのではと考えられる。
志向的クオリアってつまり意味の鑑賞をするのは無意識ではなくて意識だという立場?
>>10 面白い!あなたの人格がわかるという意味では良い文章です。
>>10の文章が全て文字通りの意味であるならば、
あなたに文化人としての資格はありません。おそらく。
まず意味記憶とエピソード記憶についてですが、
意味記憶は「ある対象の情報についての記憶」、
エピソード記憶とは「付帯する事態を含めての記憶」です。
意味記憶は単体の対象についての記憶ですから、時間・空間、もちろん状況
にも依存しない記憶です。対してエピソード記憶は、いつ・どこ・いかなる状況
で、何を感じたり考えたりしながら、などに依存する記憶です。つまりそれが、
「エピソード」の意味です。そのままです。よろしいでしょうか。
例えばあなたが「トマトの味」を想起する時、あなたはいつかどこかで
トマトを食べた経験までひっくるめて思い出す必要はありません。
確かに過去の経験のシチュエーションを付帯的に思い出すことも
あるにはあるでしょうが、それと「トマトの味」そのものは関係が無い訳です。
それが対象についての記憶、つまり意味記憶です。
対して、例えば「エピソード記憶」という「概念」について、
あなたが今後それを想起する時、そこから状況を付帯的に(あるいはその逆で)思い出すとする。
「2014年の春先に、2ちゃんねるで夜中に860というコテハンが書いた文章を、朝見て、
つい9;00(AM)からエピソード記憶について携帯まで使って書き込みしたなぁ〜 。」
これが事態をひっくるめた記憶、エピソード記憶です。
反復的にするとより効果的です。下の例文を見てください。
『もう少し勉強されて戴かないと「勘違いの繰り返し」が上塗りされるだけのことでしょう。 』
文章として減点箇所が二か所あります。
『されて戴く』:尊敬の重複表現です。学のない嫌味なマダムが使いそうですね。
わざとこの表現で「申し上げて戴いたのなら」、すみません。
『繰り返し」が上塗り』:これも重複表現ですし比喩的として良く意味が通りません。
焦っていたのでしょうか。
今「どんな気持ち」ですかね。
「その体験」が以上の文法知識に伴うならば、それはエピソード記憶です。
エピソード記憶についてエピソード記憶的に覚えていただけましたか。
忘れ難そうですねw
お分かりいただけますか。
2008年のロマネ・コンティをどこで飲もうが、それが幾らだろうが、
それはそれの味であって、「味が分かる」人はそれをそれと識別できる訳です。
一々それにまつわるエピソードが「味」と結び付いて、それをもって
「味が分かる」と言うならそれはただの「薀蓄バカ」です。
いわゆる名画については、それを描いた人間の、クオリア、というか
「精神」や「魂」と呼ぶべき、「そのもの」としか言語化できないようなもの
が表現されている訳です。当然背景状況について知る事が画の解釈の助けと
なることもあるでしょうが、本質は「その画自体」において完成しているのです。
その単体の対象において既に「エピソード」は、その内に含まれているのです。
エピソード的な記憶情報が無ければ本当に画を観たとは言えない、などは
本末転倒であり、それこそ大部分の名画に対する「侮辱的態度」です。
そういえば夢にはエピソード記憶があまり出てこないな
死んでる人も出てくるし変な建物を自分の家だと思い込んでたりするし
>ロマネコンティ2008年は1本300万円くらいしますが、
>仮にこれと5千円のクズワインを一緒に客に出して
>「エピソード記憶」は英語では「カルチャー(習慣+文化+教養)」を「育む」ことで
>しか(最終的には)完成しないので、その境地にまで到達していない方に例示を間違えた
>…ということかもしれません。
エピソード記憶に対する部分的誤解を差し引いても、ワインの見方一つで
あなたの文化観が相当に歪んでいるのがよく分かりますw
チリ、いわゆる新世界のワインで一本5000円ともなると、
ほとんど最高級の部類に入ります。味についても極めて上質です。
私がこのクラスの新世界ワインを初めて飲んだ時、つい店の方に
何という銘柄か聞いたくらいです。街のリーズナブルなフレンチでしたが、
「文句なしにシェフのおすすめ」と言って出されたものです。
ロマネ・コンティを飲んだ事などありませんが、このワインの価格はそもそも
の味に加えて供給と需要のバランスが極端過ぎて、しかもこぞって世界の
セレブリティが飲みたがるせいでプレミア化した部分も込みのものです。
(ジャンルは違えど、いわゆるプレミア焼酎などは定価の10倍以上の値で市場に出回りますが、
味は「定価で買えるならとても旨い」程度のものです。確かにいい酒ではあるなと思いますけども。)
それを「一本300万円くらい」などという「見せかけのエピソード」で紹介する辺り、
既に「ワイン」を語る人の言葉ではありません。単なる「受け狙い」でしかない。
何よりも、5000円のチリワインを「クズ」と断じてしまえるあなたは、
ただの勘違い人間です。それだけで文化人としてのレベルの低さが窺い知れます。
『「こいつはワインの味が判らない奴だ」と誰でも思いますよね。』
『その「境地」にまで到達して「しまっている」方「が」例示を間違えたということかもしれません。 』
夜しかいないはずのあなたが朝から、始業直前の時間にせっせとレスした
くらいですから、さぞ私のレスはよく目に入るのでしょう。
せいぜい「最強のデスクトップPC」の大画面で↑の書き込みを見てぷるぷるしてください。
あ、それも「エピソード記憶」です。
もう少し勉強されて戴かないと「勘違いの繰り返し」 が上塗りされるだけのことでしょう。
(このフレーズもエピソード的に記憶できそうですね。)
どうやらワインはツボだったらしい
つかプルプルしてんのはどう見てもお前の方だろう
>「錯覚か否か?」については『「錯覚」の定義』によりますので、「錯覚のようなもの」と
あなたの定義で答えて貰えれば結構ですけどね。
>努めて述べてきたわけですが、貴方は「緑色の『質感』と赤色の『質感』は違う」という
>「感覚的クオリアに関する叙述」について、「それは『錯覚』だ」という立場を取るのか?
>そうでないのか?お教えいただいてからご回答します。
あ、そう。だったら「幻想」でいい。
こっちはあなた自身が「クオリアの幻想性」と書いていた。
そもそもこちらの質問の主旨は「あるのか、ないのか。」ですから。
意識は幻想か。クオリアは幻想か。どのような意味においてか。
ちなみに、私の立場としてはクオリアは錯覚ではありません。
もちろん幻想でもなく実在です。ただ、それが物理現象に還元可能なあ
ものかどうかについては、あなたの議論を待ちましょう。
当然、物理現象としても観測できる訳ですから。
それに意味があるとは思えませんが。
しかし例えば、「緑」を緑とする事実が確実に共有されていて、
それ自体について、及びそれに基づいた判断や思考等に何の問題も無ければ、
経験的(主観的)にも合理的(客観的)にも「緑」は実在すると考えます。
「痛みは実在する」とか「青信号は実在する」というのと同様。
紫外線を浴びると日に焼けるのは現実ですが、それは受容する側の問題でもある。
という事と問題の構造は同じでしょう。まぁ議論の余地ありですね。
どのようにそれを知覚し、いかに合理的な説明ができるかが重要だと考えます。
23 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/04(火) 19:52:31.28 O
>>10 五千円のワインがクズワインて何だよ
表現おかしくね?大丈夫か?
>>21 笑いでか?確かにw
ロマネコンティ2008が一本300万というのも相場ではない。
「芸能人格付け」に出ていたホストクラブ価格といったところか。
低俗だ。
「その境地」…w
ほう、んじゃ一つ高尚な例を挙げてみてくれよ
26 :
考える名無しさん:2014/03/04(火) 20:07:28.69 0
860氏、お久しぶりですね。
元気でしたか。
>>10 >(申し上げるまでもなく、「色」はプリズムで「虹分光」出来るように、『全部混ぜると
>「白色(光)」になる太陽光の電磁波の様々な波長の「(ある)一部分」だけが、「眼球から
>入力され(神経細胞で運ばれ)最終的に脳に作り出す「クオリア」です。)
機械氏、難しい話でなくても、主語が不明の日本語はいただけませんな。
「作り出す」って、一体何が「クオリア」を作り出すのですか。
クオリアを「脳に作り出す」というのもおかしいですな。
前にも言いましたが、赤だの青だの色を見ている脳をいくら観察分析したって、
「クオリア」なんぞどこにも見つかりませんよ。
唯物論的に言うなら、神経細胞から信号を受け取った「脳が」「心に作り出す
(あるいは心の構成要素として作り出す)」のが「クオリア」である、というべきでしょう。
もちろん何をどうやってそんなことができるのか、という大問題は
全然クリアされてはおりませんが(進化論がどうとかいうのがその答えになると
いう発想がどうにもわかりかねます)、まあそれは置いておくとして。
私もあまり他人の事は言えないですが、
機械さんの論理的整合性の取り方は結構雑。
少し哲学を齧った人ならおそらく誰しもが
>>1を見て
観念つまり「感じ」を実在と認めない唯物論だという事は分かる。
主観性を完全に捨て、それを「錯覚」と呼んでいる訳です。
この事は、デカルト的「我」ないしは現象学的な「意識」等の
主観そのものを指す概念を彼が強く否定する事から明らか。
それを進化論的目的のための機能と位置付ける。
(それで現実に「私」の中心性が消滅する訳ではないので、
ここの部分の機能的還元についての解釈は苦労します。)
しかしながら、
「意識(仮)」には「クオリアだけが存在する」とまで言い、
かつ「クオリアの幻想性」を主張する。
そして、リベットの実験等から
「全ての行為は無意識のユニットによってなされる」とするが、
「意識(仮)」の能動的(!)機能として「志向性クオリア」というものを挙げる。
(クオリアは動詞的概念ではないので機能がクオリアというのは良く分かりませんが。)
この辺りが一番詰めたい所ですね。
あとは「意識(仮)(感)」や「自由意志(感)」について、
それを「エピソード記憶のためだけの機能」として錯覚と言う、
というのが彼の「進化論的な機能への還元」なのですが、
この
「エピソード記憶のためだけに意識(統覚的・当事者的)や自由意志がある」
という、
必然性ないしは蓋然性が今ひとつ不明。
というのも、「目的」に対して「手段」が大き過ぎる、
特に「意識」がエピソード記憶より、普通に考えれば先に在ると思われる点
がややこしいから。進化論的に考えてもおそらくそうでしょう。
(進化論的に目的的な機能発達を認めるか否かも論点。)
まるで「語呂合わせのために言語を作った」というような
本末転倒感がある。確かにそう主張できなくはないが、と。
私と彼との現在の論点は大体以上です。
目論見としては機械的唯物論は破綻します。
主観的事実と意識の機能を認めながら唯物論で破綻なく纏めるのは
おそらく、というかやっぱり、無理だと考えています。
とっとと高尚な例えを頼むよ
他者を低俗と断じるからには当然可能だろ
高尚(こうしょう)は、知性や品格が高く上品なことである。
福澤諭吉は、高尚を品格ある人間になることという意味で用い、「教育の目的」では高尚になることこそが
人類にとってこの上なく大きい幸福につながると考えた。また、『文明論之概略』においては
人間の道徳性と知性の高まりによって自然と精神の高尚さも高められるとも考え、
物質的な豊かさとともに文明を形成するとした。脱亜入欧。
>>29の補足ですが、
「記憶のための機能を持つ」ものとして統覚的「意識」を考えれば、
エピソード記憶という高次機能が意識的なものであり、
その主体としての「私」の存在を認める事になりそうなので
これは筋が悪そう。
では、
「記憶のための機能」として「意識」を考えるとすると、
エピソード記憶機能から「意識」が現れる事になる。
とするとエピソード記憶は「無意識」の働きでなくてはならないと思われる。
意識がそこから出てくるものは意識の働きではないだろうという理由で。
私がしきりにエピソード記憶は無意識の機能かと聞いている理由がこれ。
ところがエピソード記憶が無意識となると
志向性クオリアの能動性辺りとバッティングしそうな感じがある。
(意識的であると能動的であるの違いがある可能性もあります。)
いずれの解釈も「進化論的目的」への還元からは可能だと思うが、
前者は「必至」で後者は「アタリ」くらいですかね、
面白いゲームです。
とりあえず
>>22だけ答えていただければよいです。>機械さん
>>30 別に私は高尚だとかではなく、普通です。
芸術はエピソード記憶的(文脈依存的)に観るものだという
機械流の美学が
>>17の通り陳腐だと言うのと、
TV番組でホストが出した「300万」のロマネコンティと比較して
5000円の新世界ワインをクズと言い棄てた態度があまりに俗的というか、
無知であったものですから。
先に私を低俗と述べたのは機械さんの
>>10ですよ。
その低俗さを述べる議論が低俗であったから、
そう指摘したまでで。
て言うかあなた機械さんの何?w
>>33 機械たんは知的なアホだなぁと思ってる一介の名無しですよ
お前はどーでもいいところばかりネチネチ突いてくる毒にも薬にもならん奴だと思っているだけ
>>34 上に述べた論点を無視しても、
なお機械的唯物論が成り立つと言うなら、
「どーでもいい事」だろうね。
そのどーでもよさを論証して貰えるかな。
端的に「意識」は実在する、でアウトなんだが。
毒にも薬にもならないというのは私の思考が?それともこの批判が?
あるいはこの「低俗論争」が?
>>35 お前にとって論争は真理に近づく手段では無く、ただの知的遊戯の為の手段だろ?
そういう姿勢が一等くっだらないね
お前に比べりゃいのちの方がまだマシ(奴は奴で常に飛躍してるがw)
つか
>>17の美学とやらがカビ生えてないか?
デュシャン以前というかセザンヌ以前というか。
ここ100年以上は言語化できないアートはアウトサイダーアートというレッテル
貼られてみそっかす扱いでしょ。
39 :
「機械的唯物論」者:2014/03/04(火) 22:57:49.44 0
>>16 >あるにはあるでしょうが、それと「トマトの味」そのものは関係が無い訳です。
>それが対象についての記憶、つまり意味記憶です。
認知科学の分野において「意味記憶」はまず「言葉で説明できる」筈です。
「宣言的記憶」という言い方が一般的ですが、たぶん(調べれば判りますが)
これは英語の直訳的表現です(該当する英語はお分かりかと思いますが…)
ちなみに「陳述記憶」という表現もあるようですが、認知科学自体がまだ揺籃期
であることからか「幾分不適切な訳」になっているかもしれません。
「陳述的記憶」という訳からも明白なとおり「言葉で説明できる記憶」が「意味記憶」
ですが、それでもあなたは「トマトの味」は「意味記憶である」と主張されますか?
うなわち、あなたは「トマトの味」を「言葉で説明できる」とおっしゃるのでしょうか?
>>37 (機械的唯物論を反駁して)自由意志を論証
とか一つとっても私にとっては大事だし、
この種のラディカルな観念論というか主観否定に対して
外部批判のぶつけ合いではなくして同じフィールドで
哲学的な考察と議論を交わす事がどういう意味で、
「ただの知的遊戯」なのかな。
私にとっては機械的唯物論批判は「真理」に近付く手段だよ。
自由意志の論証一つで憤死しそうな人を幾らか見かけるので
そういうところにゲーム的面白さを感じているのは確かだがw
>>38 まさに注釈で入れようと思ったけど冗長になるので止めました。
「泉」みたいなものはこの種の芸術の文脈依存性へのアンチテーゼでもある訳で、
そもそももって芸術のそれ自体における完結性は、
あるべき姿として認識されていると見ますがね。
ライブアート然り。
>>39 ウィキペディアでもご覧になってください。
エピソード記憶の項目に飼い犬の顔やら声が意味記憶との例などでています。
そもそも宣言的記憶の定義に還ると、エピソード記憶も言語的になります。
知識記憶と経験記憶のような分け方もあるようですが、
その場合も知識記憶が「このキノコは食べられる」などの情報を司ります。
対象単体に対する記憶というのはそういう意味です。
>>40 まあそこまで天然ならもう何も言わんわ
自由意志を「論証」ww
43 :
「機械的唯物論」者:2014/03/04(火) 23:13:17.59 0
>>19 >それを「一本300万円くらい」などという「見せかけのエピソード」で紹介する辺り、
> 既に「ワイン」を語る人の言葉ではありません。単なる「受け狙い」でしかない。
この前の土曜日に六本木ヒルズの美術館で開催中の「ラファエル前派展」を見に行ったのですが、
帰りに立ち寄った地下2階のイタリアン『メトロハット』では、壁に一覧表の一部として表示してあります。
私は「安いから頼んでみよう」とは思いませんでしたけれど…。お疑いなら、実際にお越しになり、
一言「2008年、ロマネ・コンティ、1本ね。」とおっしゃれば間違いなく栓を抜いた「それ」が
出てくると思いますよ。
ただし、「それなりの格好」をしていかないと、追い出されるだけかもしれませんが…。
エピソード記憶と意味記憶については、
定義の揺れがあるのも確かでしょうね。
そもそも二者は密接な概念で、意味記憶の方が後に生じます。
体験は必ずエピソード的に行われるからです。
同様の体験を重ねていく事でエピソード記憶が意味記憶化するというのは
エピソードを抽象化していくプロセスであるからです。
最後は完全に概念化する訳ですが、例えばポストの意味記憶は赤の意味記憶と連結する。金属だとか硬いとか。
ポストと赤の意味記憶の連関は実際のポストの想起においてなされますが、
これは単体で成立するのでエピソード的ではない。
ロマネコンティの味にしてもそうです。
昔あった「マジカルバナナ」的なネットワークですね。
このような意味記憶のエピソード的でない連関について、
情報系のセミナーの資料かがネットに落ちていたと思います。
何なら明日にでも探して来て貼りますが。
>>43 本当にセレブリティなんですね。
尚の事、あんまり値段だけでモノ見ない方がいいですよ。
47 :
「機械的唯物論」者:2014/03/04(火) 23:26:28.30 0
>>41 陳述記憶[編集]
詳細は「宣言的記憶」を参照
言葉で表現できる記憶である。宣言的記憶とも呼ばれる。陳述記憶は神経学的
には即時、近時、遠隔記憶、心理学的には短期・長期記憶にわけられ、両者を
合わせて陳述記憶と言う。
エピソード記憶[編集]
詳細は「エピソード記憶」を参照
個人的体験や出来事についての記憶である。1972年に心理学者のタルヴィング
によって、意味記憶と対になる形でその区分が提唱された。
意味記憶[編集]
意味記憶とは言葉の意味についての記憶である。1966年に心理学者のマックス
・キリアンによって提唱された。意味記憶の構造は、(コリンズとキリアンに
よって)意味ネットワークという形でモデル化されている。他にも、意味記憶を
表す多くのモデルがある。
非陳述記憶[編集]・・・・
「トマトの味」が「意味記憶」ならば(当然「陳述記憶」でもあるので)
「言葉で説明できる」筈ですよね?
ですからエピソード記憶の項目を見よと。
で、陳述/非陳述で言えばエピソードもそうだと。
49 :
「機械的唯物論」者:2014/03/04(火) 23:31:13.08 0
>>46 ですから、私は自分が「セレブリティ」だと思ったことなどありません。
それも「あなたの間違い」です。
ちなみに、30万円くらいの「お安い」ワインもありますから、安心して
注文されたらいいと思います。
「言葉の意味」ついては捉え方は何通りかあるでしょうが、
例えば「赤の意味」だと辞書的にだけ答えるものではないでしょう。
それだと意味記憶は多くの人が多くの項目については持っていない。
何かの赤、赤い表象がその「意味」です。
>>49 300万のボトル開けるならセレブですが、
30万をお安いというのも充分「小金持ち」かと。
51 :
「機械的唯物論」者:2014/03/04(火) 23:36:25.19 0
>>48 エピソード記憶は「陳述記憶」です。その点では「意味記憶」と「同類」です。
誰かが「個人的体験の記憶」を「言葉で説明できない」とすると…「知能」に若干の
モンダイがある…と判定されても仕方ありません。
52 :
「機械的唯物論」者:2014/03/04(火) 23:40:19.89 0
>>50 30万のワインを「安い」というのは冗談ですよ。
「トマトの味」を「言葉で陳述」できるなら、あなたは即「超一流のソムリエ」になれます。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
>>52 そうでしょうね。
その論理だと、トマトの味はエピソード記憶においても
同様にトマトの味ですから言語化は難しい、ですよ。
「六本木で食べた」「美味しいと思った。」
とかではないですから。どうぞおやすみください。
>>22はまた気の向いた時にでも。
54 :
「機械的唯物論」者:2014/03/05(水) 00:07:36.51 0
>>46 店の名前は『CHAPEAU MARUGO』です。
(@メトロハットB2F)
後で、調べられて追及される前に訂正させて戴きます。
55 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 01:36:44.02 O
このスレでは、錯覚であるとか、幻想であるとか
よく使われていますが
それは認識の正誤についてであって
認識そのものや、意識そのものを否定できる言葉ではありませんよ
むしろ肯定する発言なのですが、何を勘違いして
錯覚とか幻想という言葉を使っているのか
理解に苦しみます
56 :
考える名無しさん:2014/03/05(水) 02:14:34.79 0
あるなしはどうでもいいと思うんだけどな
深く掘れるならこだわればいいし 障害なるなら無視してもいい
57 :
考える名無しさん:2014/03/05(水) 03:10:09.48 0
>>55 存在論とか認識論とか過去にはいろいろありましたけどね、今では
おみゃーさんの「認識」のほうがよっぽど定義が曖昧で「胡散臭い釣り概念」
>>55 精神疾患か人格障害かわからないが、貴方の指が4本しかないのは
わかります。
59 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 06:59:25.46 O
>>58 錯覚や妄想なんていうのは観念なんだから
その言葉で観念を否定するのは無理なんだよ
>>55 言ってる事は概ね同意しますが、
それを否定するのが機械的唯物論な訳でして。
クオリアは物理的な事実に「還元」され、
意識もまた脳の構成した仮想として「還元」される。
錯覚というのは、そうではない客観的実体があるから
そのような使われ方をしている。
この錯覚の判断の観念的である事については、
科学的アプローチによってそれから抜け出す事が可能である。
前スレのやりとりから、大まかにはそのような考え方のようです。
まぁ無理でしょう。「主観からの脱却」は。
今はそこから生じている彼の矛盾と思しき論点について
整理を加えている最中という事です。
>>54 同じフロアに二軒あったか。
…どーーでもいいw
どの道サラリーマンが仕事帰りに寄るような
カジュアルイタリアンですよね。
>>43の書きぶりは一体何なのか。
すぐバレる見栄を張るなと。
あなたの癖ですか?
62 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 08:17:31.69 O
>>60 まぁ、彼を追い詰めても、のらりくらりするだけですけどね
捨てゼリフを吐いたり、少し大人しくはなりますから
追い詰められた自覚はあるようなので
本物のキチガイではないようですがね
まぁ暇つぶし程度にはなるかも知れませんが、飽きますよ
ズレてるのに話が長いですから
哲学板にいたマトモな唯物論者達は、過去に私が駆逐しました
実際、真剣に唯物論を主張するスレは立たなくなりました
今残っている自称唯物論者は、アスペルガーな人達だけです
63 :
「機械的唯物論」者:2014/03/05(水) 08:48:26.57 0
>>62 「マイ『私の存在性』」一本やりで、独我論的ナルシズムをろくに根拠
も述べることなく10年。いい加減「自分の大大好きな『私』」も「肉体死」
をもって、終了する…という「厳粛な事実」をお認めになれませんか?
朝から「死」について説諭するのも面はゆいのですが、あなたの観念論は
素朴すぎて、「児戯」を連想させてくれるのですよ。いつも。
あなたの「大大好きな『私』」は、産まれる前は「何か別の生き物」だったと
おっしゃりたいのでしょうが、「記憶」が完全に消滅している以上、「それ」が
ヨーロッパの貴族だったとしても、維新の志士だったとしても、それとも
スマトラ島のオランウータンだったとしても「死んでしまった他者の一つ」という
以外、「何の意味もない」…のではありませんか?
あなたがご臨終になって「輪廻転生」したとしても、(今の)あなたの『私』の
記憶は完全に消滅しているのですから、それは「沢山生まれ出てくる他者」と全く
同じではありませんか?
いい加減「観念論的誤謬」「自己欺瞞」から卒業されてもいいと考えますが…。
だんだん「携帯端末」の入力に慣れてきました。最近のは結構軽いし、入力も
キーボードで出来るから良いですね。もっと早く買うんだったと思います。
でも、「職務集中義務違反」にならないよう注意しなければいけませんね。
64 :
「機械的唯物論」者:2014/03/05(水) 09:01:25.61 0
>>61 >すぐバレる見栄を張るなと。
「相場」をご存じなかったのは貴方ですよね?、その店の名称もお教えしたのですから、
出かけて行き「2008年、ロマネ・コンティ、1本でいいわ!300万だったっけ?」
と一言おっしゃればいいのですから、やってごらんになればいいではありませんか?
予算オーバーとおっしゃるなら、確か「ラ・トゥール」とか「シャトー・マルゴー」
等、「よりお手軽なヴィンテージ」も揃っていたと思いますよ。
65 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 09:52:35.73 O
>>63 そういう的外れな長文を読まされるのは、けっこう苦痛ですよ
「大好きな私」とかも、かなり気持ち悪いです
要点は、キミが否定したい「私」の正体は
いかなる物理法則に特定できる可能性が存在するのか
ですよ
おそらく死んだら終わりでしょう
しかし、それだけで結論が導けるものではない
「この私自身」の正体が物理現象に特定できるのであれば
また再現できるはずなのではありませんか?(苦笑
短絡的に考えず
一度、そこに徹底的に焦点を当ててみてはいかがか
台風は毎年発生する物理現象だが
その年の台風○○号は二度と再現出来ない
67 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 10:01:45.14 O
>>66 「台風」などというものは存在しませんよ
実際には境目のない物理状態を
人間が価値観で、勝手に切り取っているだけの
便宜上のものにすぎません
実際には「台風」という存在はありません
境目なくつながる物理状態です
はい、それが貴方の言う「私」の正体です
69 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 10:11:59.28 O
>>68 主観と客観の区別もつかないアスペルガーな人ですか?
少なくとも私の主観から貴方の「私」を客観的に捉えるならば
その本質は台風と変わらない物理現象としか観測されません
翻って、私の「私」だけが貴方のそれとは違う特別なものだと考えるのは傲慢というものでしょう
71 :
考える名無しさん:2014/03/05(水) 10:18:26.32 O
>>68 ちなみに
技術的な事を無視すれば
「同じ物理状態」は作れます
>>71 最高位さんがおっしゃる様に台風○○号と判断される基準は
>境目なくつながる物理状態です
つまり世界と不可分です。従って、「同じ」と判断される台風○○号は再現不可能です
73 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 10:27:06.09 O
>>72 客観的視点から、ごちゃ混ぜにするから
問題が理解できないんですよ
ようは、それが何故「私」なのか
なのです
仮に台風13号に思考する能力が備わったとして
何故自分は13号で、1号や2号、はたまたキャサリンでは無いのだろう?
と考えることにあまり意味があるとは思えません
12号の後に発生したからじゃね?ぐらいの理由ですよ
75 :
ダニエル・カールズ:2014/03/05(水) 10:31:36.05 0
脳なんて解体だわ
俺になりたい?
76 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 10:35:34.37 O
>>74 問題は、「別」とか「同じ」ではなく
「なぜ私なのか」ですよ
自分で言ってるじゃないですか
>境目なくつながる物理状態です
つまり貴方の「私」と私の「私」は厳密に言えば繋がっているのです、不可分です
従って、「私」と区別すること自体が誤謬です
78 :
アイヌの賢者 ダニエル・カールズ:2014/03/05(水) 10:41:31.55 0
学校に警察 入れるの止めろよ
社会に出たら同和民になるじゃないか
79 :
考える名無しさん:2014/03/05(水) 10:43:46.22 0
>>76 あんたの言いたいことわかったよ。
「なぜ私なのか?」なんてガキなら誰でも一度は思いつく考えから卒業できないほどのナルシストだから
それが「なぜ私なのか?」に対する唯一の正解。
80 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 10:44:21.25 O
世界を物理現象として冷徹に捉えればそうなる、としか
逆に「私」だけが特別な「私」であると物理的根拠無く主張し続ける方が余程宗教じみています
82 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 10:50:33.63 O
>>79 そういう風に、自分は大人だとイキッて
中途半端な優越感?にひたっても
実際には問題は何も解決しないだろ
83 :
考える名無しさん:2014/03/05(水) 10:56:24.96 0
>>81 たぶん「脳内に致命的なバグがある」という物理的根拠があるんだと思う。
貴方はいつも有史以来これが哲学の最終問題でござい!と大仰に言いますが
その問題の本質というのは貴方がスッキリ納得出来るか否か、でしょう?
実のところ貴方が納得出来る解答は多分存在しません
解無し、あるいは設問自体が不適です。諦めることも人生においては必要ですよ
まあ時間をいつまでも費したいなら止めませんが、それもまたよし、です
85 :
考える名無しさん:2014/03/05(水) 11:12:14.54 0
>>65 >「この私自身」の正体が物理現象に特定できるのであれば
> また再現できるはずなのではありませんか?(苦笑
「あなたの『この私』」が10個再現されたら、さぞやかましいことになるでしょうね?
どいつも「おまえはだれだ?『この私』はオリジナルだからお前は『偽者』だぁ〜〜!!」
って怒鳴りあいが延々と続くことになるわけですからwww
痛いとか痒いとか旨いとかそういう感覚、性質が、何と相対してどう反応したら
タイプ1片頭痛特有の痛みという物質を再現する事ができ、それを食べると
誰もが同じタイプ1片頭痛特有の痛みを体現できるとかね。
そうならないと
>>1には証拠が与えられないから、妄想とか錯覚との違いも示せない。
台風が生まれなければその目は生まれない、が
なぜ台風が発生したのか、なぜそれらは存在しているのか、
目が先か台風が先か、同時発生か…
しかし、それらを知り得るのには目が必要である
「私」は台風の目である
「私」が動くと台風も動いてしまう (ここは「私」と台風の目の違うところ か)
常時無風である
ので、目の中にいるということに無頓着な「私」に
説得を試みてもその不思議さが共感されない
どちらの立場にせよ、常に台風の目にしかいられない、ので困難な課題である
最高位の話しは、こんな感じかな
89 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 14:22:10.14 O
>>81 「私」が特別であるかどうかは知りません
ただ、物理現象との因果関係は見いだせない
と言ってるだけです
それも理解できないとしたら
やはりアスペルガーじゃないかと疑わざるをえない
90 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 14:27:05.08 O
>>84 私は「唯物論は間違いです」と言ってるだけなんだが
キミは妄想で先走ってますよ
91 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 14:28:38.85 O
>>88 全然違いますね
設問が理解できていません
92 :
考える名無しさん:2014/03/05(水) 14:29:31.61 0
俺の裏スレ荒らしてるの最高位? i'm just asking. no offense.
93 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 14:32:03.17 O
>>85 「私」は10個、作れません
私は一人
他は「他人」
当たり前
マジで自らのアスペを疑うべき
同じ遺伝子で同じ経験をしたら同じ私は出来上がるのだろうけど不可能だしね
いあ可能だとしてもそれは「今の私」とは違うってことを最高位は言いたいんだと思うぜ
上で語られている様にある年に生まれた人間○○号は複製不可能なユニークな存在ではあるが
だからどうしたって問題でしかない。大した理由はそもそも存在しない
96 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 15:21:41.93 O
>>95 そんな風に考えていた時期が、私にもありました
なんで、よりによって「私」なのか
という問題ですよ
そもそも、いなくていいでしょ「私」
ずっと、いなかったわけだし
ここに、ちょっとだけ知能が必要かも
知能は関係ないでしょw誰だって一度は思い描く
つかさ主観と客観を混同してんのはお前じゃね?w
>ずっと、いなかったわけだし
とかわかんねーじゃん
主観上「私」は発生したときからずっと「私」だし
上でも指摘されている様に「私」という区別が的確かどうかも怪しい
もちろん便宜上「私」という概念はみんな使ってっけどな
よりによって「私」なのかって、私はこの世に一人しか生まれないんだから
しょうがないでしょ、同じ時刻に同じ子宮から生まれて同じような経験をした
双子だって、全く同じ事を経験できやしないのだから。
そもそも私がいなかったらいなくて何の問題もないのですよ、なのに居るのは
そういう知能を、あなたという「私」が育ててきたから。
ハイデガーの「投企」じゃないか?最高位のは
本当に発生したかどうかも分からんな
world is mineかもしらんしね
101 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 15:49:13.49 O
>>97 何を思い描いたのかね?
全然、的外れな事を思い描いているようにしか思えんが
102 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 15:50:59.16 O
>>98 だから何でそれが「私」だったのか
と言ってるのに、わからん人やなぁ
投企でググったら ハイデガーは、人間が世界を構成する純粋意識ではなく、
自分が選んだり、造ったりしたわけでもない世界に否応なく投げ込まれて
しまっている存在であると指摘した。
ってあったけど
そりゃそもそも人間が世界を構成してるなんて思っている人いないよね?
>>102 だから、私じゃなくてもいいんだよ。
明日あなたが私になってても何の問題もないでしょ
気付きゃしないんだから
だなぁw
「以前の」記憶が無けりゃどこの誰になったところで分からんよなぁ
結局「この私」とか言っちゃってんのは
暗に魂的なナニカをいつまでも期待しちゃってる幼児性の表れとしか思えないわw
>>102 占めている空間が一人分で分離されてるから一人に一つの「私」にしかならないんだよ。
頭が二つあって胴体一つって奇形子ですら、頭が二つあったから
二つの私がちゃんといるんだってよ。
107 :
【いのち一元論者】 ◆FUMA/Xddxs :2014/03/05(水) 16:00:02.05 P
>>89 「私」というのは、(身体を含む)「自分」のうち、その身体性をも懐疑することで純化されたものでしょう?
その「私」と、物理現象としての「身体」とに、因果関係を認めないということ?
>>65で短絡的に述べた、「おそらく死んだら終わりでしょう」の一言は、あなたにとって致命的です。
その意味するところは、「私」と「身体」とを合一した「自分」という視点に立ってしまっている。
これでは因果関係を認めているのと同じww
因果関係があるのかないのか、はっきりして下さいね。
108 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 16:09:02.09 O
>>105 結局
と、思っているのは私だろ(苦笑
ホント、ここはアスペばっかりだなぁ
109 :
【いのち一元論者】 ◆FUMA/Xddxs :2014/03/05(水) 16:09:30.56 P
>>103 いや、ここに居ますけどww
各々が「私にとっての(観念)世界」を構成しているのですよ。
他方で、それは「自然世界」とは違う、観念的及び独我的であることは認めるので、(自然)世界そのものが「在る」のが大前提。
110 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 16:13:51.38 O
>>104 入れ替わったんなら
気づきゃあしない人が『私』だろバカ(苦笑
現状では最高位さんの方がコミュ障ですけどね
>>110 それでいいならあなたの「私」でもこちらの「私」でも
それぞれ唯一な馬鹿な私どもなんですよ?
113 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 16:28:33.65 O
我ありと私にどういう関係があって、何をどう理解できないという疑問ですか?
115 :
考える名無しさん:2014/03/05(水) 16:39:15.69 0
林大地=哲学者
>>109 103で、人間が世界を構成しているっていう所の世界は自然世界の事で
観念世界のことではないです。
117 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 16:55:42.55 O
>>114 「我あり」という前提が理解できてたら
「我」が単なる相対的な指示名詞みたいなものではなく
ゆえにキミのが反論になってない事が理解できるはずなんだが
118 :
考える名無しさん:2014/03/05(水) 17:01:16.09 0
>>65で短絡的に述べた、「おそらく死んだら終わりでしょう」の一言は、あなたにとって致命的です。
>>117 「 私は思う、それゆえに、私はある」ですか?
「自分はなぜここにあるのか”と考える事自体が自分が存在する証明である」ですか?
あなたにとっての「我あり」がどういう解釈なのかわからないですが
私の言っていることが反論になっていないとあなたには判っているんでしたら
どう判っていないのか説明して頂かないと、わかりません。
120 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 17:04:54.46 O
>>118 わからんもんは、わからん
それだけの話
「おそらく」「でしょう」の意味もわからんの?
投企は、現在という時代が進化時系列を逆行(退化)している事に対して感じる錯誤だろう
順行に戻れば錯誤も治る
122 :
【いのち一元論者】 ◆FUMA/Xddxs :2014/03/05(水) 17:06:43.99 P
123 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 17:35:33.96 O
>>119 全然わかってないじゃないですか
勉強するなり、もっとよく考えてから来て下さい
なんなんだよココはマッタク…
124 :
黄檗:2014/03/05(水) 17:47:50.28 0
最高位は説明した方がいい
125 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 18:00:57.41 O
>>124 十分説明してる
わからないなら小学生かよ
というレベル
もしくはアスペルガーか
必死で否定しようとして、変な方向に行っちゃってるみたいだけど
理解しようと思えば、マトモな人なら理解できるくらいには
噛み砕いて説明しています
言葉というのは現代哲学を語る上で、不完全な道具だから
自分が反論しやすいように解釈してたら
どんな説明を受けても理解は不可能
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQは、アスペだと思う書き込みに
反応してしまうようですが、アスペか小学生レベルの人を
相手にするのを避ける努力をしたほうがよろしい。
高レベルの人しか避けようがない事ですから・・・
127 :
黄檗:2014/03/05(水) 18:18:55.48 0
>>125 必死で否定しよう、とはしていないと思う。
すごい発見かもしれないと、わくわくしてる人もいるでしょう。
貴方が噛み砕いて説明しているかどうかは分からないが
マトモな人なら理解しない。
何十億もの『他者』がいて、全員が『他者』で良いはずなのに
なんでまた「この私」が生まれるんだ?
私もそこまで分かりますよ。
だが、反論したい人の気持ちも分かる。
なぜなら、“この肉体によって”精神(意識でも良いが)が生まれるときに
その精神の形が「世界がこの私に開闢する」という認識形式となっているのなら
意識は不可避的に「この私」を組み込んだ形になってしまう。
そのような反論は可能だからだ。
貴方は、「いや、それも間違っているのだ」ということを示した方がいい。
私もぜひ伺いたい。
128 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 19:00:05.33 O
>>127 「私」は、指示代名詞だから「私」なのだ
という反論では
最初の疑問は、どこに行ったのだ?という話になるでしょう
問題は、指示代名詞を使っている「私自身」の存在ですよ
なんで私なんてものが存在するに至っているのか
順番として
存在している「私」が、指示代名詞として「私」という言葉を使っているわけであって
指示代名詞だから「私」が存在するのだ
というのは
明らかにアスペルガー的だと言わざるをえません
129 :
黄檗:2014/03/05(水) 19:22:32.19 0
>>128 指示代名詞とかは、この際どうでもよくて
貴方が問題と考える「この私」の“特殊性”というのが
・他者ではない、この私
という意味の特殊性なのか、それとも
・『この』世界に遭遇を許される唯一のものとして存在する(ように思える)『この』私
の驚異を言いたいのか、はっきりしないからだ
貴方にとって、これらは同じことか?
>哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ
だまれ、糖質
お前は次にアスペルガーと言うwwww
132 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 19:44:00.61 O
ごめん人称代名詞やった
>>129 う〜ん
なに言ってんのかわからん
どちらですか?じゃなくて
そもそも、わかってないという事なんですよ
代名詞とかどうでもよくて
じゃなくて
ほとんどの反論は、代名詞が「私」である
という内容なんですよ
あと
私の特殊性といえば
色々あると思うが「純粋な存在性である」という事かな
「私」は「私」でしかなく
何かが合わさってできているものでもなく
混ざり合う事もなく
純粋な存在性として存在している
という事な
まぁ、今の話題とは関係薄いし
理解できないとは思うが
外部との接続無しで「私」は維持出来ませんよ
134 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 19:51:34.68 O
135 :
黄檗:2014/03/05(水) 20:01:44.71 0
>>132 人々が代名詞として「私」という同じ言葉を使うときに
各人の言う「私」は、それぞれその指示対象は『違うもの』なのだ
だから、反論は的外れとは言えない
「純粋な存在性である」
貴方からそれ以上の説明を聞いたことがない
つまりそれ以上の説明は貴方にはできないわけか
「純粋でない存在性」はあるのか?あるとしたら何だ
あとな
「関係が薄い」と貴方は思っているのだろうが
都合によっては勝手にそちらに論点を移して「ちがう、分かってない」
と言うだろ?だから皆が混乱するのだ
まあ貴方としてはその状況で満足なのかもしれん
理解できないと思う?
「この私」を理解できないとアスペだが、
純粋な存在性としてのこの私は、わたし達には理解できないと、貴方は思うのか
しかし重大に関係しているから、事あるごとに、「この私」を持ち出してるわけだろ
136 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 20:14:39.02 O
>>135 ふぅ
ちょっと頭冷やした方がいいんじゃないの?
そんな難しいこと言ってないつもりだよ?
「とにかく反論しなきゃ!」
これがいけないんだよ
伸び過ぎ。
私の直接性というものについては同意しますけど。
>>132 「存在性」って何ですか。
存在ではなく存在性と言う意味はあるんだよね。
138 :
黄檗:2014/03/05(水) 20:25:42.37 0
またそんな内容の無い
今日は頭冷えてるな
冴えてはいないが
まだ反論なんかしてないつもりだが
俺が相手だと面倒くさいか?
おーい、もっと頭の良い青年諸君
あとよろしく
>>132 > 「私」は、人称代名詞だから「私」なのだ
二つ目に同じように「私」なのだと言ったときの「私」は
一つ目の時の「私」とは別だという話ではなく
私自身の存在が何故想起されるのか?ということですか?
つまり、私自身(肉体ではなく)という自我によって「私はほにゃらら」
と語ること自体の疑問というこのなのだろうか?
140 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 20:32:30.13 O
>>138 たとえば
「純粋な存在性」に関しても
その後に、補足説明まで加えてるだろ?
なんで怒ってるのか理解できん
そもそも
なんで「私の特殊性」みたいな話を持ってきたのか
そこからして、私にはハテナ?だったわけでね
「とにかく何か言い返さなくちゃ!」
これがいけないんだよ
真剣な話
ゆっくり考えた方がいいと思う
141 :
黄檗:2014/03/05(水) 20:41:01.11 0
いや怒っとらんよ
そんなに喧嘩腰に見えるかね私って?
「特殊性」って、貴方が言い出したのではなかったかな
私の勘違いか
とにかく言い返さなくちゃ
ではなくて、貴方の説明を期待してんのよ
いやもはや期待してないのだけど、ひょっとしたら何か出てくるかも
なーんて魔が差したというか、自信過剰だったわ
貴方は私よりずっと古参のくせに
ゆっくりしすぎだと思うが
ゆっくりやってください
142 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 20:44:21.21 O
>>137 う〜ん
正直な話、「存在性」について
的確に説明するのは難しいですね
「存在」というと、いろいろな認識があって語弊が生じるかも
「私」の存在に関して、いくら考えても
これは純粋な……「存在性」だな、まさに
という感じで使い始めた
一種の「文学的表現」と言えるかも知れません
今のところ
143 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 20:50:44.17 O
>>141 「私」の特殊性について
>>129で聞いてきたのを忘れたのですか?
あと
「何か出て来ないか期待してたのに」って?
出てきてますよ
キミが理解しようとしないだけで
というか問題意識が的外れだから気づけないだけです
>>141 大人ー。
>>142 伝えようとしている事はわからなくもないですが。
「存在性」というのも同じくらい語弊がある。
デカルトなら存在であると言った。究極の実体ですね。
存在性というならどうしても実体を離れて観念的な「ニュアンス」になる。
これは私の誤解ですかね。
>>64 >「相場」をご存じなかったのは貴方ですよね?
いや、そもそも相場を見れるほど店に並ぶものではないです。
店の裁量ですから、ましてそのようなプレミアものは。
普通酒の値段を見るのにレストランでの値段を考える人は居ません。
で、300万はそれを鑑みても高いです。
>確か「ラ・トゥール」とか「シャトー・マルゴー」 等、「よりお手軽なヴィンテージ」
ヴィンテージって生産年の事です。この文章の意味を教えてくださいw
エピソードメーカーだな機械さん。
流石にそこまであからさまなスレチは余所でやれよ
147 :
黄檗:2014/03/05(水) 20:58:54.83 0
>>153 いや、もっと以前に特殊性とか言ってなかったか?
調べてみるか
出てきますよって
出てくるわけねーよ
6年以上見てるが、同じことの繰り返し
「この私」を「理解できた」と思う貴方の方がどうかしてるんですよ
理解できないから、いつまでも問題意識として宙ぶらりんなわけです
まあ、10年でも20年でも、ゆっくり考えてください
148 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 21:03:41.20 O
>>144 まぁデカルト的にも
懐疑論にも引っ掛からない「第一原理」ですしね
「私」とは何か
その特性を突き詰めると
「純粋な意味で、存在するとしか言えない」という特性を持っている
よって「存在性」としか言えない
「存在」というと
便宜上で存在だと思われているものとかまで含まれがちで
ややこしいと思いますよ
>>146 速い。
スレ主が仕事前にモゴモゴ言い訳添えながら
書くような話題についてだし、いいんじゃない?
>>22より、こっち優先でレスする訳ですから。
面白いじゃん。
150 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 21:12:50.97 O
>>147 言ったけど、今関係ないのにな
という話ね
あと
たとえば
どうやったって、わかりえないもの
そんなのが人間の精神性の中心にあって
何で唯物論が正しいなんて言えるんだ?つー話ね
ちゃんと話の骨子を理解しましょうね
反論になってないんですよ
>>148 >「純粋な意味で、存在するとしか言えない」という特性を持っている
>よって「存在性」としか言えない
何がそれを持っている?「私」が、ですか。
「純粋な存在性としてのこの私」と言いましたが、
これ普通に読めば私=存在性という意味ですか。
とすると、「存在性が存在性を持っている」という事ですか。
多分違うと思うので説明してください。
152 :
黄檗:2014/03/05(水) 21:15:42.02 0
>>150 分かり合えないものが人間(一般)の精神性の中心にあることは
貴方には分かるわけですか
153 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 21:18:55.30 O
>>151 私は存在性
とは言えますが、もちろんイコールではありませんね
逆は言えませんから
>>153 なるほど。
「私は存在性である」は真で、
「存在性は私である」は偽ですか。
それは集合論的に考えれば、
「存在性」というものの一部に「私」が完全に含まれるという事ですかね。
155 :
黄檗:2014/03/05(水) 21:26:44.48 0
唯物論が正しいかどうか知らんが
それしか無いからの
あとは独断のファンタジー
それも「役には立つ」のだろうけど
意識の開闢はたしかに謎だし、解明できるとも思えないが
別に唯物論が破綻しているわけではない
最高位にとって集合論はトラウマ
157 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 21:36:08.02 O
>>154 厳密に規定するのもどうかと思いますね
今のところで考えうる範囲で「存在性」という言葉を使っていますからね
「存在性とは」という完全な定義が確定してませんので
まぁ便宜上とかではなく
「それが、そのものとして存在する」としか言えないもの
と考えていますが
そのものとして存在する私って一体 ・ ・ ・
159 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 21:41:15.77 O
>>155 そるは単なる功利主義的価値観からの批判でしょう
あと
ファンタジーではなく、現実を分析しての話です
どこにもファンタジー的な要素はありません
>>157 それだと説明がファジー過ぎるでしょう。
(あなたの)真理としての「私」にとって「存在性」とは
極めて本質的な概念であるにも関わらず、
それを定義しないまま今に至る訳ですか。
狼に育てられて運良く18歳ぐらいまで生き延びたヒトがいるとして
私っていう存在性がそのヒトにあるもの?
163 :
黄檗:2014/03/05(水) 21:49:51.46 0
最近、ファイヤアーベントの対話集をちら読みしてみました
会話形式なので、読み難いわけではなかったですが
大半は何言ってるか分からん
さりとて面白いわけでもない
分かり合う必要など無い
そう言っているようでもありましたが
ニヒリズムと言うには暑苦しい
誰が好きな人がいたら、どうかひとつ講釈をお願い
この人、アイデンティティ的な意味でとか
個体としての自我意識とか、そういう「私」について
語っている訳ではないからね。
>>164 そうなんですか、引っ込みます。ご指摘ありがとうございます。
なんですか最高位氏、性懲りもなくまた始めたのですかw
もう飽きたので簡単に言いますが、あなたの疑問は唯物論うんぬんとは
全然関係がないのですよ。
仮に将来自我を持つロボットが工場で量産されるようになったとしても
(されるようになるかどうか私は知りませんが、前野隆司氏やいまはなきw
ブラックボックス氏などは簡単にできると言っていました)、そのロボットは
「どうして私はロボット1号であって2号や3号ではないのだろう?」
とあなた同様の疑問を持つ(持ち得る)わけです。
仮に自我が物質としての人体とは独立の実体であると証明されたとしても、
その「魂1号」は「どうして私は魂1号であって2号や3号ではないのだろう?」
とあなた同様の疑問を持つわけです。
つまり、あなたの疑問は唯物論が正しいかどうかとは全然関係がない、ということです。
>>62 >哲学板にいたマトモな唯物論者達は、過去に私が駆逐しました
最高位氏、嘘を言ってはいけませんw
あなたの議論に説得された人を私は一人として見たことがありませんしw、
大変失礼な言い方ですが、「マトモな唯物論者」というのはこのスレには
もともとあまりいらっしゃいません。というか、機械氏自身があまり真剣に
書いているようには見受けられませんw
そもそも、このスレが立った当初はほぼ「ネタスレである」という理解が
普通だったのですが、今では結構まじめに受け取る人が多いので意外なくらい
です。まあ227スレも続くとこうなるのですね。これがハイデガーのいう
「時熟」というやつでしょうか(嘘)。
167 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 21:56:03.30 O
>>160 あなた何でも厳密に定義できるんですか?
現実世界の、あらゆるものを定義できてると思ってる方が
ファンタジーな思考だと思いますが?
あなたは表面的なんですよ基本的に
自我とは小さな宇宙であるから、そう簡単には分からないだろうよ
宇宙を物質や機械如きが支配できる筈もなし
>>167 議論における私が私の全てではないですから。
今やっているのは議論です。理論的会話です。
説明不足で定義も曖昧なまま、
イメージをやりとりしても仕方ないでしょう。
それは詩とか文学であって、哲学ではない。
のではないでしょうか。哲学者最高位とは、
文学的な表現しかしない者ですか。
中々それはそれでパンチ効いてますが。
170 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/05(水) 22:12:14.78 O
>>169 失礼もう一人の人と勘違いしてました
じゃあ
あなた「存在」という言葉を使って論じたりしますよね
「存在」を間違わずに定義できますか?
171 :
「機械的唯物論」者:2014/03/05(水) 22:13:36.63 0
>>145 ビンテージ【vintage】.
1 ブドウの収穫年のこと。
2 良質のブドウが収穫された年を表記した極上のぶどう酒。ビンテージワイン。
3 年代物の機械製品。また、その年式・型。「―カー」「―カメラ」
…だそうですよ。
あなたは「思い込み」でものを言う傾向がかなり強いようですが、その前に
「自分はこう信じているけど本当かな?」と一度調べるプロセスを入れた方が
良いかもしれませんね。
他人を「論難しよう」として、自分で間違えて「恥をかいたのにすぐ忘れて、
次の「論難ネタ」を探す→再び「自分の思い込みで論難する」→間違いを指摘されて、
むにゃむにゃと誤魔化す→以上を繰り返す…というのはみっともないですよ。
のは、あまり
>>170 存在とは感覚されるもの、観測されるもの、思考されるものの全てです。
173 :
「機械的唯物論」者:2014/03/05(水) 22:23:36.32 0
>>166 >そもそも、このスレが立った当初はほぼ「ネタスレである」という理解が
>普通だったのですが、今では結構まじめに受け取る人が多いので意外なくらい
>です。
「ネタスレ」と「そうでないスレ」の区別はそれぞれの主観であって「客観的な基準」
が無い…と見受けられるのは、如何にも「哲学的ではない」ですね。
>まあ227スレも続くとこうなるのですね。
典型的な「結果論」ですか?結果と原因を弁別することなく「ごちゃ混ぜにしか
思考できない」のでは、何のための哲学板?…ということになりませんかね?
>>171 その言葉の使われ方は「XX年ヴィンテージ」という形です。
ヴィンテージ・ワインというのは、「当たり年の」良質なワインを意味しますが
「ヴィンテージ」を単体で使う事はありません。
175 :
【いのち一元論者】 ◆FUMA/Xddxs :2014/03/05(水) 22:34:34.36 P
違うね。
存在とは、「(ないのではなくて)ある」としかいえない「何か」でしょう。
知覚されるものとすると、知覚されないものの実在は「存在しない」ということになってしまう。
176 :
「機械的唯物論」者:2014/03/05(水) 22:35:14.42 0
>>145 >300万はそれを鑑みても高いです。
ですから、実際に店に行けば「2008年ロマネ・コンティ¥3,000,000」と
表示してあります。
念の為、私のパソコンの検索エンジンでも調べてみましたが、店の利益は
20万〜30万くらいかな?と思えますが、それでも「高い」とかおっしゃって
「論難」したいのでしょうか?
いずれにしろ、その値付けは「私のせいではない」と思いますが…。
それとも「ワイン1本300万円」という事実が「人生最大級の驚愕」だったので、
冷静な判断力を失ってしまわれたのでしょうか?
177 :
黄檗:2014/03/05(水) 22:37:04.49 0
金麦しか飲まんわしはどうすればいいんじゃ
178 :
「機械的唯物論」者:2014/03/05(水) 22:37:45.32 0
>>174 「辞書の読み方」をご存じないのでしょうか?
それとも
>>171の「2」が書いてある辞書は「間違えている」と強弁されるのですか?
>>175 知覚はしていなくてもいいですが、「知覚される」ものでなくてはならない。
その対象となる、という意味です。
>>173 >典型的な「結果論」ですか?
何をおっしゃっているのですか機械氏。
「結果論」こそは機械的唯物論的決定論」の真髄でしょうにw
とにかく結果が出てから「これは先行事象から必然的にもたらされた
結果であった」という後付解釈をやるのがその得意技です。
逆に「決定しているというのなら予測してみろ」と言われると、
「予測可能であるかどうかと決定しているかどうかは別だという
ことがわからないのが観念論者」と返すのが、あなたの口癖ではないですか。
何回言ったかわからないくらいでしょうw
あなただってこのスレを立てたとき、まさか227も続く名物スレに
なるなどと予測はしていなかったでしょう。いかがw
182 :
「機械的唯物論」者:2014/03/05(水) 22:50:46.85 0
>>180 あまたある「観念論スレ」は、結局全部が全部「観念論的誤謬」の周りを
「ぐるぐる回るだけ」に見えましたので、立てたのですが、最初から
>>1で「唯一の最終真理の輪郭」という表現をしております。
「哲学」が(観念論的)誤謬だけしか遡上に乗せないのは、「皮肉な矛盾」
だとずっと考えておりましたし、現在も観念論的誤謬や自己欺瞞から抜け出
せない方が多数存在する…ということがむしろ不思議なくらいです。
「真理」を追究するのが哲学の役割なら、それが如何に「過酷で無慈悲」に
見えようが「直視する」態度を保持する姿勢が不可欠であると考えます。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
183 :
【いのち一元論者】 ◆FUMA/Xddxs :2014/03/05(水) 22:53:25.11 P
>>179 それならば、「存在とは、知覚したもの及び知覚され得るもの」という定義になるが、それで宜しいのでしょうか?
「宇宙の地平面の外側」は知覚され得る「存在」でしょうか?
空想は、思考されるものとしての「存在」でしょうか?
>>183 され得るもの、のみの方が適切です。
空想も存在です。空想においては。
185 :
「機械的唯物論」者:2014/03/05(水) 22:56:59.12 0
>>181 >単体の使用例は聞いた事も無いし、見た事もない。
それは、(あなたの)「周りの人達の口角に上らない」だけのことでしょう?
「辞書に明記されている事」を否定するとは、貴方も「相当な負けず嫌い」ですね。
『舟を編む』はお読みになりましたか?
本日は就寝させて戴きます。
>>182 機械的唯物論であれ決定論であれ、「過酷で無慈悲」なんてことは、
まったくありませんよ。
あながご自身がゲームを主体的にw楽しんだり、物質的記述を拒む
ヴィンテージワインの味のクオリア(と成金趣味ないし俗物趣味のクオリアw)
を満喫したりと、人生を謳歌されているのがその何よりの証拠ですw
未来が完全に予測できるのなら別ですが(ただしその場合は決定論は
矛盾を来たして破綻せざるを得ないと思いますが)、そうでない限り、
決定論が正しくても間違っていても、論じる実益はほぼないとすら思います。
実を言えば(最高位氏には悪いですが)、唯物論についてもほぼ同じことが
言えます。一般人にとって心身関係をめぐる関心は、いわゆる死後の世界が
あるかどうかに尽きるのであって、それについては最高位自身が「わからない」と
明言されている以上(私もわかりません)、やはりそれが正しくても間違いでも、
論じる実益はほぼないのです。
188 :
「機械的唯物論」者:2014/03/05(水) 23:18:42.23 0
>>187 哲学が「目指すべきモノ」は「実益」ではなく「真理」である…という
「古代ギリシア以来の基本」が、中世ヨーロッパにおいて捻じ曲げられ
「キリスト教の正当性を裏付ける道具」に成り下がってしまった「歴史」
があることは認識すべきですが、未だにそういう「エピステーメー」から
脱却できない方が「哲学を選択する」ことが問題の根源なのかもしれません。
まさか「哲学は『実益があるかないか』を基準にテーマを選定すべきだ」とか
思ってませんよね?
「商学」や「経済学・経営学」ならまだしも「学問」「科学」と名が付く分野は
全て「極力『実益』に捉われない」ことが重要だと考えます。
本日は就寝させて戴きます。
まあ確かに実益云々は失言でしょうなあ。
でも彼はやはりすごいと思いますね。
格が違う。
190 :
考える名無しさん:2014/03/06(木) 01:08:06.79 0
>本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
>本日は就寝させて戴きます。
なんどでも嘘をつく奴の最後の一行です。
ばっかこないだそれ指摘されたときは
本日は「本当に」就寝させて戴きます。に変わってただろ
そういうとこが機械たんの萌えポイントなんだよ分かってねえなあ
>>187 >一般人にとって心身関係をめぐる関心は、いわゆる死後の世界が
>あるかどうかに尽きるのであって、それについては最高位自身が「わからない」と
>明言されている以上(私もわかりません)
一般人じゃないあんたよう!どれだけ上から目線で哲学者ぶりたいんだ?
機械的唯物論が「死後の世界なんて無い」と言ってるんだから、反論したらどう?
私どもの教団に入った後でそれなりの寄付をすれば「死後」天使が飛び回る天国が待ってますよ!
って、「実益」を保証してくれると言うのか?
>>190 あり得ない。
金さえあれば誰でも買えるネットでも売れ残る価格が「それ」。
正規品の小売価格で基準がおおよそ120万円。
これでもかなり高騰している。卸なら当然もっと安い。
投機対象とさえ化している品物を言い値で見てどうするんですか…。
>>176が「それ」か知らないが、情報弱者過ぎる。
ネットでもそれなりに調べれば分かる事だと思いますが。
まだ頑張る気か
誤解は解きたいだけですよ。
本人はこれで上から目線なのだから。
情報強者である必要が無い程の資産家向けの商売ってだけじゃん
そういう価格で販売されているという事実のみがこの問題の主題であって
その価格が適正かどうかは本題から外れるでしょ
300万で1本サーブして利益が30万なら、
レストランの仕入れ値がこの「楽天市場のボッタクリ価格」ということ。
そもそも相場の話に極論を持ち出してどうするんだ。
バブルの天辺で土地を掴むような話です。
その価格はほとんどサギで、かかるのはただのカモだという事です。
それは単なるお前の感想だろ
そうは思わない人も居るってこった
まぁ色々言いたい事はありますが、
相場については客観的な数字ですから。
レストランがそんなアホな仕入れしません。
201 :
考える名無しさん:2014/03/06(木) 08:41:18.67 0
まあ、ギロッポンだからなぁ。ヒルズに入ってるからって言っても、いろいろあるだろうし。消費税込みだと十数万だろ?
レアものだから卸価格っていってもあんまり変わらないだろうし、
このあいだ、ヒルズじゃないけど、出雲大社分祀の近くでウィスキーのボトル入れたら原価の4倍くらいしたけどなぁ
ここまでのまとめ
機械>とあるレストランでコーラが300円だったお
860.>んなわきゃねーだろwwwうちの近くのスーパーじゃ70円なのにww
→有り得た
860>ぐぬぬ、それは暴利だ!ボッタクリだ!
次回をお楽しみに
いやもうええやろ
哲学最高位というコテが使っている存在性ってなんなの?
哲学用語なの?
あの人の中に於ける想いのようなものだろ
>>204 ころころ意味をかえるオカルト用語です。
207 :
考える名無しさん:2014/03/06(木) 09:08:17.00 0
(~´;;;;;;;゙'‐;;;)
,i`(;;;゙'―---‐'ヾ
ヽ;;';ー--―-、'';;;;;゙)
/::: 波平王 \
/:::" ヽ
.i lll ´;ィ彡'",ニ、`ヾ、、: : : ;彳"ニ、ヾミ、、:
!三 .::メ《″(::о::) ,l:ヾ、: : ,イ'ヘ,.(::о::) ゞヘ、:
三: : : ::``ーゞ='-‐'"ンソ、 ´``'-`''‐="‐'"´:: :
\.. / ー-' ヽ. /
\::.| ト‐=‐ァ' |.:./
. \ `二´ '/ わしは 大波平王愚息虫 だがねw♪
人 `ー' ノ
┌、. / ヽ ⌒ \.
ヽ.X、- 、 ,ノi ハ ベヘヘヘヘッwwwイエェーイw!オナニーオナニーダイスッキーーー!!
⊂>'">┐ヽノ〃 / ヘ
入 ´// ノ } ,..,.._',.-ァ
/ `ー''"´ ,' c〈〈〈っ<
/ __,,..ノ ,ノヽー'"ノ
208 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/06(木) 09:43:22.04 0
>>155 黄檗氏
「意識がある」のなら、にもかかわらず、それを“物質”として言述できないのなら、
唯物論は破綻している。“意識とモノの二元論”に陥るからである。
>>860氏の立場も
二元的にみえるが、ワイン論争に注力するあまりwその根拠の説明が不足している。
ワイン論争が明らかにしたのは、機械氏の俗物性もさることながらwクオリア、商品の
値段といった心的内容(価値)を、機械氏の信奉する物理学では説明できないという事実。
科学の信用度は高いが、ワインの質的差異(クオリア)や、その金銭的差異(値段)に論及
するのは、現行の構えをとっているかぎり、どうやらムリ筋らしい。
209 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/06(木) 10:08:59.04 0
>>182 「誤謬」を周回しているだけ、というのは本当だろう。(苦笑)
それに対して、機械さんは“真理”教にしがみつき、これさえ手放さなければ
往生できる、と確信しているかのようにさえみえます。w
いまどき「真理の追究」を哲学の役割、としているひとは少数でしょう。
このスレには比較的多く、機械氏、黄檗氏、ウィン氏、それに最高位もその一人。
860氏もそうらしい。“真理”なしにはヒトは生きにくいということか。
210 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/06(木) 10:30:23.31 0
>>188 機械氏の真理/実益という、もっともらしい二項図式は嘘ですね。
真理を手にし、真理は「我にあり」としたものが、機械氏のいう「実益」をも掌中に収める。
いつのときから“真理”はいかがわしいものに変じている。
“実益”を正当化する論拠として「正しい」や「本当」は呼び出される。
だから、比較的まともな識者の言説には“真理批判”が内蔵されているのがふつう。
>ワイン論争が明らかにしたのは、機械氏の俗物性もさることながらwクオリア、商品の
>値段といった心的内容(価値)を、機械氏の信奉する物理学では説明できないという事実。
そんな事実が明確になるような話だったか?
212 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/06(木) 13:49:34.39 O
>>172 それでは「存在」の意味にもなっていませんね
たとえば
「存在とは何か」
「それは、全てである」
みたいな事では、意味を定義した事になりません(苦笑
213 :
考える名無しさん:2014/03/06(木) 14:24:22.79 0
定義なんてそんなもんだよ
知は実益の為に使わないなら何の役にも立たない、どんどん実益を生む哲学をするべき
それは少し違う、正しい知なら必ず実益を生む
逆に、実益を生むものが正しい知とは限らない
実益を目的とすると誤る可能性がある
正しい正しくないは人間の判断することで、人間は問題を食い物にして生きる動物といっても過言じゃないレベル。
正しいつもりで問題を解決すると、その結果が新たな問題を生み、更にそれを食い物にしていくの繰り返し。
実益を目的として結果過ちだったとしても、正しい知だと判断して生んだ実益でも、齎された実益に
当たらな問題が発生する可能性があるなら、哲学的な知はむしろ社会のエントロピーが減少し
より秩序だったバランスを齎す可能性がある。
村山元首相が言ってたね
従軍慰安婦が本当にあったかどうかよりも、韓国との友好的な関係を築くことを優先すべきだと
本当のことが大事なのか、実益が大事なのか
韓国との友好的な関係を築くためならば「本当に従軍慰安婦の強制連行があったかどうか」はどうでもいい話なのか
それとも「歴史において何が起きたのか」という真実を探ることは、韓国との関係において実益を生み出すのか
そもそも歴史なんてないのかもしれない
すべてはこれからの関係の利益を左右するためのまやかしでしかないと考えることもできる
リーガル・ハイでガッキーは「新しい真実をつくる」というセリフを言った
尖閣諸島が欲しい中国は新しい真実をつくった
過去に中国が尖閣諸島を領有していた文献を新たにつくった
穴だらけだっただけにすぐに虚構とバレてしまったが。
歴史はつくられるものであるとか、真実はつくられるものであるとするならば
人間は皆、中国のように過去の文献を改ざんしかしてこなかったのかもしれない
ならば、日本の言う竹島や尖閣の領有も、日本が精巧につくった嘘なのかもしれないね
218 :
黄檗:2014/03/06(木) 19:02:15.27 0
>>208 ゲームさんは「唯物論は所詮、観念論でしかない」と言っておられたが
観念論は二元論なのですか?
もし唯物論が「精神(>意識)に対する物質の根源性を主張する立場」という
辞書に書いてあるような意味なら、私は唯物論者です。
これは二元論ですか?
それならそれで構いません。
何度か言っていますが、n元論にこだわりはありません。
こだわるべきことですか?
唯物論が破綻しているとは思いません。
唯物論にとって、意識開闢は「謎」であるだけです。
>>217 旧ユーゴスラビアのチトー大統領は、第二次大戦中のクロアチア人による
セルビア人の大量虐殺(ナチスのユダヤ人虐殺に勝るとも劣らないすさまじいもの)
を完全に「なかったこと」にしました。
大虐殺が行われた炭鉱の跡にはコンクリートで蓋をして鉄条網で封鎖してしまった
そうです。そうして曲がりなりにも多民族が平和に共存する安定した国家を作り上げました。
冷戦時代には、彼の率いるユーゴは第三世界の社会主義の希望の星ですらありました。
しかし、彼の死後、冷戦の重しも外れた後、封鎖され克服されていたはずの民族同士の
怨念が噴出して、血で血を洗う内戦の末にユーゴは解体してしまいました。ちなみに
その過程でコソボ自治州が独立し、それまで多数派だったスラブ系のセルビア人は
少数派に転落し、ムスリム系の多数派住民から迫害されました。そのときの
苦い経験が、今回のロシアの強硬なウクライナ政策の背景になっているとも言われます。
このように、「歴史の偽造(というより編集)」は別にやっていけないことではなく、
また現に政治的にしばしば行われていることですが、というか、ある程度は不可避ですら
ありますが、しかし、過去の経験・体験・怨念は人の口から口へと(もちろん不正確に)
語り伝えられていくもので、それを完全になくすことは不可能です。チトー大統領のような
全体主義の独裁者ですら、それはできなかったのですから。
この問題は、もっぱらこのような「経験則」に基づいて「政治的に」
議論するべきもので、カント的な原則論で取り扱えるものではないと思います。
>>219 ぬるいね
そもそもチトー大統領が封鎖した「真実」などというものが最初からあったのか?ってことだよ
その洞窟こそがねつ造ではないのか?
そしてチトー大統領もまたねつ造をしていた
いや、ねつ造をしない人は一人もいないとしたら?
すべての人がねつ造をしているとしたら?
つまり、君も俺もねつ造をしているのだ
>>219もねつ造であり、そして
>>220もまたねつ造なのだ
このことが意味することこそが、利益のためのねつ造が正当化されるということだ
すべての歴史はねつ造されたものであり、ねつ造されなかった「真実」などというものはない
そもそも「ねつ造」という言葉には語弊がある
なぜならば「ねつ造」という言葉には、「ねつ造されない本物の何か」が想定されてしまうからだ
すべてはつくられたものであり、誰もが自分にとって都合がいいようにつくるものでしかない
そう考えれば、「南京大虐殺はねつ造だ」という言葉はちゃんちゃらおかしいものでしかない
なぜならば、歴史とはねつ造されるものなのだから、南京大虐殺がねつ造されたものだとしたら
それは南京大虐殺が実際にあったということに他ならないからだ
そう考える余地を意識的にか無意識的にか君は消去している
それは、君が目を背けたい何かがあってごまかしているのではないか?
そういったものを「ルサンチマン」とか呼ぶのかもしれないね
221 :
考える名無しさん:2014/03/06(木) 21:12:08.60 0
winwin氏が219にレスしたことは「真実」だ
この決定論スレが在る限り、それを保証する
>>220 おや、そんなつもりは全くなかったのですが、あなたの「目を背けたい何か」
に触れてしまったのでしょうか。ちなみに私はいわゆる歴史問題について
何か言いたいことがあるわけでもまして政治的発言をするつもりも全くないのですが。
>ねつ造されなかった「真実」などというものはない
捏造されなかったものは、「物自体」に相当する「過去自体」でしょう。
物自体ですら知りえないのに、どうして過去自体を知りえるはずがありましょう。
自分自身が過去自体の一部であった場合ですら、同じです。
捏造も偽造も空想も、現在の主体が自分の関心を通して過去自体に(非常に間接的に)
「触発」された結果発せられた言葉である点では同じだ、とすら言えます。
>歴史とはねつ造されるものなのだから、南京大虐殺がねつ造されたものだとしたら
>それは南京大虐殺が実際にあったということに他ならないからだ
これは全く非論理的で理解しかねます。もしも歴史がすべて捏造されるものだとしたら、
「南京大虐殺はなかった」も、「南京大虐殺は実際にあった」も「いやそもそも日本と中国が戦争を
した事実はない」も「いや戦争は事実である」も、すべて同様に捏造である、
真実などというものはない、と、結論はこれしか有り得ません。
なぜこの当然の結論を回避されるのか、どうも理解できませんが。
ちなみに私はこう考える余地を消去したりはしておりません。実際
「歴史(history)はどう転んでも9割は作り話(story)だからあまりまじめに
受け取ってはいけない」と主張する歴史家も実際おりました。
>>222 いやいやw
「理解しかねます」とか言いながら理解してるじゃないですかw
「すべて同様に捏造である」「結論はこれしかありません」
あなたの発言を見れば、あなたが僕が言おうとしたことを理解してることが伺えます
そして、それは僕が指摘したことがけして非論理的なものではないということに他なりません
historyはhis storyというのはよく言われることですね
今知られている歴史が真実かどうかは分かりませんが、真実なる歴史がないとは思えないものですね
いや、そんなものはそもそもないと考えてはなぜいけないのでしょうか?
中国と日本が同じ穴のムジナだと考える余地があってはならないのでしょうか?
すべての過去が創作物であるとする余地はなぜないのでしょう?
君が産まれた、という歴史的事実をそんなものはそもそもないと考えてはなぜいけないのでしょうか?
>>223 いやすいませんがどうも全くわかりませんw
一つ言うと、「過去」と「歴史」は違います。歴史は「過去について
語られた言葉」ですから、それが創作物であることに疑問の余地はありません。
一方、「過去」が創作物であるかどうかは、大森壮蔵氏などはそうだと
断言していたそうですが、私は過去は過去自体として存在したと思えます。
現在から認識が可能かどうかは別として。
>中国と日本が同じ穴のムジナだと考える余地があってはならないのでしょうか?
余地があるも何も、私は中国も日本も同じ穴のムジナだと思いますよ。
というか、国家がやる歴史教育や歴史宣伝はある程度均質な「国民」を育てるのが
目的であって、その点ではどこの国であれ大同小異です。政治家は
そのへんは踏まえた上で、歴史の「真実」の追究は専門家に任せて、互いの
利益のために適当に政治的取引をしてくれればいいと思うのですが
(また中国も日本もその辺は歴史wのある国なのですから、できないことはないと思うのですが)、
お互いが「自分だけは真実を知っていて、そのために行動しているのだ」と
本気で思い込むと、ろくな結果にはならないと思います。
226 :
考える名無しさん:2014/03/06(木) 22:53:56.73 0
あらゆることが唯物にあることで真実を可能とするなら
真実とは唯物であることに同義である(?)
こういう問題だろ
227 :
「機械的唯物論」者:2014/03/06(木) 23:29:15.57 0
>>210 >機械氏の真理/実益という、もっともらしい二項図式は嘘ですね。
> 真理を手にし、真理は「我にあり」としたものが、機械氏のいう「実益」をも掌中に収める。
「実益」の意味が解りませんね。「価値観」はそれぞれ「十人十色」ですから、誰かは
ロマネ・コンティ2008を1本300万円出しても注文する。だから、比較的カジュアルなイタリア
レストランでも、(まあ、ワインを売りにしている店だからでしょうが)在庫を持って、メニューに
載せる。
300万円あったら、他の誰かはプリウスの新車を買うが、別の誰かは1960年製のVWカルマンギア
を買って「いい買い物をした」と思う。それを見ていた別の誰かは「いくらドイツ車だと言っても
古すぎる。毎年ナン百万も維持費がかかるのにな…」と思いつつ「俺なら三島由紀夫の初版本何冊かを
買うけどな」と思う。
…等々、「交換価値」である「貨幣」については、「基本的に『価格』は需要曲線と供給曲線の交点
で決まる」訳ですので、基本的に取引に関与しない第三者がとやかく言う必要はないのです。
ただ、そういう「私的経済」だけでは社会(国家でもいいですが)が成立しないので、人々から「税」
あるいは「社会保険積立金」を徴収して、それを「公共事業」とか「年金」とか「生活保護」とかに
「再配分」する「国や自治体」というシステムがある。…そこでは「私的経済」の価格形成システムだけ
ではうまくいかないので、「公務員の仕事」が生じてくる。それについては逆に「とやかく
言う人たち」が必要になる。
228 :
「機械的唯物論」者:2014/03/06(木) 23:31:18.94 0
…そういう社会の構造を前提に考えると、一口に「実益」と言っても千差万別であることが
判ります。あるいは「社会の各層(富裕層と貧困層・若年層と老年層・投資家と労働者)それぞれ
「利害が相反する」事項も多く、その場合の「実益」は「強者が強奪する」構造になります。
もちろん「事実上の強奪」であっても、法律に違反していなければ、「自力で取り返す」ことは
その行為自体(自力救済)が「違法行為」となってしまい、警察や検察の訴追対象になってしまいます。
その警察や検察も「あくまで正義の味方」として活動している訳ではなく、「利益集団」としての
一面もあり、自分たちが「仕事をちゃんとしている」ことをアピールするために「村木局長事件」の
ような「証拠のねつ造」等に走ったりすることもあります。
そのように「実益」とは、社会における立場によって変わる「相対的なもの」であり、
逆に言えば「国家が印刷する証書」にすぎない「貨幣」が(その「交換性・流通性の高さ」故に)
一番「一般的な『実益』」であるとは言えます。
しかし、それにつけても5千万円で「オリンピック知事」となる将来を棒に振った「猪瀬直樹」
なる人物の「せこさ」は、(結局「実益」こそが大事だと主張する人にもそうでない人にも)誰に
でも解る「愚かしさ」ではあると思います。
双頭のウロボロスで尻尾の取り合いならまだマシか。
胴体の両端が頭だと、シンリそっちのけになる。
やっぱ、りゅうめいさんの「言葉の根と幹は沈黙である」は名文句だわ
最近、沈黙の濃密さが薄くなって来てる気もするが
私が廃人だからか、ハハハ
860は自己修復中かな?
>>227 神の見えざる手を盲信し過ぎです。
貨幣価値も株価にしても、実態的なものと名目的なものがある。
名目に踊らされている事が無知だと言うんですよ。
そのいずれについても理解がなくてはならない。
意識を物理的にしか見られないというのはこの辺りのあなたの性質のせいかも
知れませんね。
あなたの知るそれは単なる記号です。記号に踊らされるもその人の自由ですが、
それをもって「基準」とするのは誤りという事です。
http://cr.maxim-s.co.jp/akasaka/wine.html
並行でも構わないので、
>>22にも答えておいてくださいね。
234 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/07(金) 10:22:59.47 0
>>218 「物質は精神よりも根源的」という場合の“根源性”が「起源が古い」という意味なら、
そのとおりである。しかし、その“物質”によって“精神”を表記することはできない。
精神を物質に還元できない、といいなおしてもよい。
話題のワインのクオリア一つ、これを物理学的に記述することは不可能。物理学に可能な
のは、ロマネ…の成分は○○、くずワインは××…という分析。もう一つは、それぞれを
口にする際の脳の物理的な作動状態。しかし、どちらにも質感(質的差異)は存在しない。
物質の起源のほうが精神のそれよりも(たぶん)古いのだろう。しかし“物質”を意味づけ、
それに価値を付与するのは“精神”という複合的意識である。仮りに物質が世界を満たして
いるとしても、その“世界”を包括できるのは「精神」…というのが、典型的な二元論。
ここに常駐する、たいていのひとがこの構制のもとにあるが…「なんだかなぁ」という感じ。w
235 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/07(金) 11:17:40.09 0
>>227 機械さんが“実益”という概念を用い、それを“真理”の対極に据えたのだから、
それをまず定義すべきは機械さんのほうである。が、長文のはてに辿りついたのは
「実益は立場によって異なる相対的なもの」という陳腐な結論。
この「実益」を、機械さんの信奉する物理学からスッキリと規定していただければ、
その適用範囲の広さに感嘆するのですが、その結論では…。
実益もクオリアと関連しており、物理学の手に負えぬシロモノなのである。
ちなみに“実益”とは、娑婆における“価値あるもの”を指している。
一般的には「権力、カネ、名誉」に要約できる。
この三つのどれかを手にすれば“勝ち組”と囃される。
ただし、そのどれかを掌中にするためには「正しく」あらねばならないしw「本当」
をしり、かつ言明できなければならない。俗化されているとはいえ“真理”の保証を
とりつけて初めて“実益”を獲得することができるのである。
仮にも哲学板の住人が例示する実益が「権力、カネ、名誉」とはね
せめて知的好奇心を満たすこと、ぐらい言って欲しいものだが
237 :
考える名無しさん:2014/03/07(金) 14:08:35.03 0
かなぁ
>>225 あなたの論旨は
1、歴史と過去は違う
2、歴史は言葉だが、過去は言葉ではない
3、あらゆる歴史は過去に縛られずに実益に沿って政治的に考えられるべきである
ま、こんなところと思います
僕としてはですね 、「歴史は過去に反してはならない」と言いたいですね
最近では、北朝鮮が太陽への人類到着を達成したと発表したそうです
北朝鮮の歴史において、偉大なる一歩でしょうし、それは北朝鮮の威光を示すという実益にかなってます
しかし、過去には反するでしょう
また、ロシア軍がウクライナに駐留してますが
プーチン大統領は「ロシア軍の恰好をしているがロシア軍ではない」と発表してます
これも過去と歴史が食い違う一例でしょう
遡れば、アメリカがイラクに侵略した際にも
「イラクは大量破壊兵器を持っている」という歴史認識をしていましたが
過去においてイラクは大量破壊兵器を持っていたでしょうか?
アメリカがイラク侵攻において多大な利益を得たのは確からしいですが。
北朝鮮の総書記もロシア大統領もアメリカ大統領も政治家としては優秀です
実益を得ているのですから。
村山元首相の論旨も次のように言いかえることができます
「歴史認識において過去を参考にすべきではない。これからの両国の利益のために歴史をつくるべきだ」
確かに村山さんのような考え方もありえるでしょう
しかし、歴史が過去と反することは歴史認識としては致命的欠陥を持つと思います
中国と日本は多大に実益を求めてますが 中国は「実益のためには過去と反してもよい」と考えてます
歴史において、過去を尊重する立場と、過去をまったく無視する立場がある
それらの両方は結局は同じ穴のムジナでしょうか? 僕にはそうは思えません
訂正
中国と日本は互いに実益を求めている
実益とは、繁華街に有る混合的実益である
秋葉原と渋谷と新宿へ行けば実益の過半を見られるであろう
>>238 ちょっとwinwin氏、今更何を言い出すのですかw
あなたが
>>220で「すべての歴史はねつ造されたものであり、ねつ造されなかった真実
などというものはないのだ。そう考える余地を君は消去してごまかしている」
という指摘をされたので、(正直何でそんなことを言い出されたのかわからなかった
のですが)、「いや別に消去はしていないし、そう考える余地も確かにありますね」
というような話をしただけですぞ。何でいきなり
>僕としてはですね 、「歴史は過去に反してはならない」と言いたいですね
と、いきなり前と反対のことを主張されるのですかw
ここで、肝心なのは「過去」はすでに存在しないという厳然たる事実です。
存在するのは現在の言葉や観念としての「歴史」であり「記憶」です。
「記憶」はいわゆる直接体験に基づく個人的な記憶(エピソード記憶という
やつでしょうか)だけではなく、言語的にはぐくまれた過去についての
イメージや観念全般を含みます。自分が直接体験していない出来事に
ついての非個人的記憶を「歴史」と呼んでもいいです。ビッグバンだろうが
恐竜だろうが第二次大戦だろうが、同じことです。
で、記憶や歴史は当然「過去に反してはいない」と主観的に思われている
ものなのです。ただし、「本当に」過去に反しているのかいないのかは
厳密にはわかりようがありませんが(だって過去はすでにどこにも存在しないので)、
、とにかくその人にとっては「過去に反していない」と思われているのが
記憶であり歴史です。そうでないなら、それは単なる「嘘」であってw
記憶や歴史と呼ぶ理由がありません。
>3、あらゆる歴史は過去に縛られずに実益に沿って政治的に考えられるべきである
もしもそうできるのならそうしてかまわないと思います。一番極端な例は、
「すべての国は大昔から戦争などせず、揉め事があったら話し合いで
平和的に解決してきました」と世界中の子供に教えることです。大人の記憶は
子供たちに一切伝わらないようにします。もしそうできるならそうした方が、
少なくとも世界平和に寄与することは明白です。もっとSF的な話でいいなら、
人類の記憶を人為的にそのように操作することも考えられます。
しかし、これらは実際には不可能でしょう。
あからさまな「嘘」による教育は長期的には破綻するのではないか、という
話は
>>219でチトー大統領の例を引いて論じました。(ただし、歴史教育の
内容は国の都合で一定程度「編集」されざるを得ないのも一方の事実です。)
要は、
1.人々はそれぞれ別個の「記憶・歴史」を持っていて、それに基づいて
考え行動する。同一の過去についての「記憶・歴史」は人によって異なる。
2.実益も人々の「記憶・歴史」によって異なる。日本政府(と多くの日本人)にとっては
尖閣諸島が日本の領土であることが実益である。中国政府(と多くの中国人)
にとっては、尖閣諸島が中国の領土であることが実益である。
戦争で自分の命が危険にさらされることは、両国のほとんどの人間にとって
実益に反する。
3.このように、「実益」は「記憶・歴史」によって規定されるし、「記憶・歴史」は
「過去」によって規定される。だから、「過去に縛られない政治」は、
(SFの世界ならともかく現実には)基本的にはできない。
と、そういうことです。
243 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/07(金) 21:12:04.51 O
実益の基本は、衣食住でしょう
244 :
考える名無しさん:2014/03/07(金) 21:56:49.41 0
マズロ
中華ヤクザと朝日新聞がグルって以外どうでもいいですね
246 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/07(金) 22:21:14.59 O
人間は、衣食住を求め
更に、より良い生活を求め
あらゆる欲望を満たしたいと考える
よりよい生活に直接関係がなくとも
真実を知りたいという欲求があるのも事実
ただ、それだけの話
ちなみに韓国が歴史を捏造するのは
日本からカネを引っ張るのが主な目的
「実益」の為なのである
同時に、経済的に劣っている事実に対する弁解の目的も果たす
国民にアイデンティティーを保たせる機能を持っているだが
実際に莫大なカネを引っ張り、とんでもなく実益をあげる事に成功してきた
それが韓国のやり方なのだ
日本は敗戦により、歪んだ自由主義を教育されてきたが
お人よしなスタンスだけでなく、もっと学ばなければ
ただ実益を損ない続けるアホであるだけでなく
高句麗その他のように、乗っ取られてしまう可能性まであるのだ
擬似問題なのに命題を独我論で定義して馴れ合うスレ
248 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/07(金) 22:34:24.57 O
>>245 実際は日本は、もっと複雑
戦後は、我々が思っている以上に、ぐちゃぐちゃになってしまっていたようだ
なぜ、各駅の一等地にパチンコ屋があるのか
それだけ見ても不可解であろう
彼等の言い分からすれば
強制連行されて来た人達がである
戦後、一番最初に乗っ取られたのがヤクザ
日本は、めちゃくちゃにされてきたのだ
249 :
大王:2014/03/07(金) 23:20:54.60 I
俺の中で利益は、物理的な意味ではなくなった。
250 :
大王:2014/03/07(金) 23:25:38.89 I
アメリカに迎合せざるを得ないうちは、
日本はドンドン乗っとられるさ。
何処の国もみな日本の足元見てるね。
251 :
「機械的唯物論」者:2014/03/07(金) 23:25:47.95 0
>>235 >機械さんが“実益”という概念を用い、それを“真理”の対極に据えたのだから、
>それをまず定義すべきは機械さんのほうである。が、長文のはてに辿りついたのは
>「実益は立場によって異なる相対的なもの」という陳腐な結論。
私が「 “実益”という概念を用い」というのは完全な「事実誤認」ですね。
まさか、「『実益があるとか無いとか』が『真理を追究する』ことより重要だ」などと、
考えている訳では無いですよね?…とレスしただけのことです。
しかし、よく考えると「実益を最優先で追究するのは学問として当然である」と思い込んで
疑わない…という方も(観念論者の中には)多いのか?…と気づいて「そもそも
『実益』って何だ?」と考えるのが重要なのかと考え、「実益なるモノの相対性」について
述べたまでのことです。
「あまりに当たり前」のことですが、「哲学」が追及するのは「都合の良い(実益がある)
事実」ではなく、(例え「都合が悪い」事であっても)「事実・真実・真理」を明らかにする
ことです。
「観念論的自己欺瞞」の伝統は、中世ヨーロッパに「キリスト教普及のための御用学問」に
堕落してしまった(プラトン:アリストテレスの流れをくむ)「神学」による「目的論的詭弁」
の伝統から、逃れきれていないこと…にその淵源があるのではないか?と思えます。
「地動説」とか「進化論」とかの(キリスト教にとっては)「都合の悪い真実」が出てきそうに
なる度に「詭弁を弄して聖書の記述の正当性を守る」技術が求められ、その「実益」を提供する
「思想家」が次から次へと出てきた…それが「観念論」の起源である…と考えられます。
「全てを疑う」…という「方法論的懐疑」を突き詰め「我思う故に我在りだけ」は疑いえない
としたデカルトが、その「出発点の発見経過」とはかけ離れた「信じがたい論理的飛躍」をして
一気に「神の存在証明」に飛びついた…というあたりが、「観念論の真の目的」を暗示している
ように思えます。
252 :
「機械的唯物論」者:2014/03/07(金) 23:29:20.32 0
すなわち「神の存在証明をすることにより安心立命する」…という「究極の実益」を無意識の
前提として「考える姿勢を示す」…ことが「観念論の存在条件」になってしまった構造がある
…ということです。
故に「唯物論=無神論」に対する「無意識的反発」は根強く、「エピステーメー」として思想界を
覆いつくしてしまっている…ということです。
唯一そのことに気づいた思想家ニーチェは「神は死んだ」と述べたにもかかわらず、その重圧を
まともに受け止めることが出来ずに「ツァラツストラ(ゾロアスター)」なる「東方の神」をキリストの
神に置き換えることしかできませんでした。
彼が予言した「ニヒリズムの訪れの不気味な予感」は「100年後」の筈でしたが、それが「唯物論
(無神論)の勝利」を示すならば、100年では足りなかった…ということになります。
253 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/07(金) 23:29:38.60 O
>>249 物理的な実益がないと、人間は死に至る
食えなければ死ぬのだから
死を超える価値観は、それは「思想」であると言える
254 :
大王:2014/03/07(金) 23:34:41.10 I
まあ、これだけ年寄り増えて、
子供少ないんでは増税は続く。
男女平等が産み出したのが少子化。
敗戦が産み出したのが、日本民族の
精神的弱体化。
いずれ、一切が壊れる。
俺はノアの箱舟を作る予定だがなw
>241
僕はメタなものが好きですから、思惑があって発言してます
言葉もあなたに合わせて使ってます
>>238はあなた向けにつくったものですし、あれを第三者が読むと誤解を招く部分がありますよ
あなたの用語の定義に合わせて単語を使用しているわけです
さて、あなたは「嘘」というものを認めになるのですね
僕はあなたが観念的矛盾を含んでいるんじゃないかという思いがぬぐえません
「嘘」というものが成立するための条件をあなたが破棄しているように感じるわけです
そこを明確にすべく、あなたに反論していきます
で、「歴史は過去に反してないと主観的に思われている」とあなたは言いますが
それだけではありません
そこには、歴史が客観的に過去に反することを指摘できる要素があります
例えば上で挙げた例として、アメリカやロシアの解釈は本当にそうであると考える余地があります
(ロシア軍ではないかもしれない。大量破壊兵器を持ってたかもしれない)
しかし、北朝鮮が言うような太陽への人類到達は荒唐無稽すぎます
(ドンキホーテのごとき荒唐無稽なことは「嘘」を通り越してほら吹きとすぐに分かる話があります)
これはなぜかというと、歴史というものは様々なものが互いに絡み合っており
矛盾を含んだ歴史解釈というものは過去と反すると思われるからです
あなたは、「過去」を認め「嘘」を認めるわけですが、同時に「歴史」のねつ造を無制限に認めるわけです
しかし、歴史のねつ造が矛盾を含む時、それは「過去と切り離された歴史」にしかならないのではないのでしょうか
あなたにおいて「過去」や「嘘」という観念はとてもフラフラしていて好きな時に消えるもののようにお見受けします
256 :
大王:2014/03/07(金) 23:44:52.65 I
缶蹴りしてたのに、
今はスマホの時代だしな。
続き
>>224のレスは僕ではありませんが、彼は僕の問題意識に適したレスをしてくれました
224にはこう書かれてます
「君が産まれた、という歴史的事実をそんなものはそもそもないと考えてはいけないのか」
>>241であなたはこう書いてます
「本当に過去に反しているかどうかは厳密には分かりようがない」
では、あなたは「あなたが産まれてない」という歴史ですら、本当に過去に反しているかどうかは厳密には分かりようがないと考えているのでしょうか?
僕らは過去をまったく知らないのでしょうか?
過去と歴史とに関連はまったくないのでしょうか?
しかし「僕が産まれた過去は本当にあったのか?」などと自己言及的に考える時
歴史と過去が密接につながる点を見いだせるようにも思えます
これらの点をあなたが適切に説明できるようには思えないのです
>>252 キリスト教圏では神は死んでも復活するものですよ
259 :
「機械的唯物論」者:2014/03/08(土) 00:01:14.23 0
>>258 そのことを「事実であると論証」するために「詭弁を弄する技術」が「観念論思想」の淵源なのですね。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
>>259 単に貴方のニーチェ解釈が間違っていることを指摘したのみです
とんだ言い掛かりですね
261 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 00:10:57.27 O
>>259 宗教を否定する事によって唯物論を肯定しようとしても
全く的外れ
誰も、そんな論点で唯物論批判をしているのではないのだから
262 :
「機械的唯物論」者:2014/03/08(土) 00:16:15.09 0
>>260 「何処がどう間違ている」のか指摘できないけれど…ということですね?
了解です。
>>261 むしろ批判されているのは、あなた独自の「ナルシシズム独我論」だと思っておりましたが…。
本日は就寝させて戴きます。
>>262 ちゃんと書いたつもりですが、あれで理解出来ないのであれば
これ以上説明しても無駄なのでそう思うのがよろしいでしょう
264 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 00:22:16.75 0
「それは神のおかげ」も「それは神のせい」もある意味同じように思いますけどね。
原理主義者で偶像崇拝の気質があるので、知らない内に「これは神でなく最終真理」などと
「自己欺瞞」に陥らないか心配です。とりあえず目の前の矛盾は乗り越えて貰わないと困るのですが。
266 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 00:46:05.47 O
>>262 私が、いつ独我論を主張したのかね?
誤読して、見えない敵と戦ってますねキミはいつも
確かにね。「私」以外については疑い得る、と言っているだけ。
「存在」についてはちょっと待って貰えるかな。
268 :
大王:2014/03/08(土) 00:51:17.81 I
本当の私など何処を探しても見つかりません。
俺らは永遠に謎だ。
現実を見れば良い。
270 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 01:38:49.97 0
わしの味方になれば世界の半分を
にやろう
271 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 04:07:08.69 0
だが断る
272 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 04:07:57.29 0
私とあなた
私と世界
まあこれ全部同義語なんだがな
273 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/08(土) 08:12:33.66 0
「権力、カネ、名誉」を一般的な“実益”として挙げたけれども、そう誤ってはいないようだ。
最高位のいう衣食住は、カネで片がつく。“領有権”等の国益も、上記によって説明できる。
機械さんは“安心立命”あげていた。しかし、今日では“神”を信じるよりも、権力に庇護され、
数億のカネを持ち、立派な人間として認められるほうが、その心境に近づけるのではないか。
>>251 「都合のよい(実益のある)事実ではなく」都合が悪くとも「事実・真実・真理を明らかにすること」
が肝要、というのはそのとおり。さして深くもない「一神教批判」を繰り返すよりも、機械氏が
帰依する“物理学”の限界をこそ呈示されるほうが、その主張にかなっている。w
物理学は機械氏の世界観“唯物論”を表記するもの。これによって「世界の全体を描出できる」と
確信しているフシがある。しかし「権力、カネ、名誉」について、物理学に語ることができるのは
ごく僅か。“実益”とはいえ、それらはモノではないからである。
274 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 09:57:29.56 O
>>273 今の貨幣経済の中では
ほとんどの事がカネで得る事ができるが
それは手段であって
実益の本質は、たとえば
「国民の、より良い生活」でしょう
領土の拡大は、必ずしも国益につながらない
日本は韓国を併合し、国土を広げ、国民も増え、国力が増大するかに見えた
が結果、国益を大きく損ねてしまった
トクをしたのは、韓国だけであった
>>274 浅いんだよ、あんたは。
「本質」の意味が見当違いなんだよ。
「良い」の内容がどうであるか?が「問題の本質」でしょうがw
立場(、スタンス、態度…)
これが歴史やら実益やら事実、真実、機能などを秘匿し抱えている
立場という概念って、静的にはフラクタル構造で
動的にはセル・オートマトンの個々のセルの構造だね
277 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 11:01:41.55 0
>>276 「歴史の不確定性」とは単なる観測問題にすぎませんw
278 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 11:13:39.29 O
>>275 批判するなら
キミが、それを具体的に述べなきゃ意味がないね
>>277 動けば動くほど、回れば回るほど、迷宮(メンガーのスポンジ)入りだねw
面積は無限大へ発散傾向、体積は0へ収束傾向
面積や体積がなんのメタファかは、それこそ立場による
まぁとりあえず、人間の理性というものがどれほど疑わしいものかは現実が物語っているし、
哲学が、その理性をよりどころにしている以上、真実に近づくことも難しい。
人間が理性的動物なら、命を誕生させる意志決定をするのは人間なのだから、
生まれ来た者が成人してから後、いつでも社会的に死を受け入れられる道を用意しておくのは、
何の問題をさておき大前提だというのに、それを定めようとする動きすらない。
犯罪者になるような人間は全般的に確かにIQが低いだろうが
生まれた時から犯罪者になることが決定づけられるものじゃない、
EQが低くなく、経済的自立さえかなっていれば、犯罪は激減するし、
人間世界に馴染めない人が、この世から去る制度を設けていれば、
道徳心という理性がはたらかなくなるまえに、その道を選ぶ人間が半数以上いるだろう。
理性的な人間を必要とする哲学、社会なのだから、根底から道理を立てなおさなければ
哲学も人間もマトモな方向性へは決して向かわない。
こいつ(
http://ameblo.jp/forexfund/)はヘッジファンドのトレーダーを自称し「月収20億円!」「世界最強為替トレーダー!」などと怪電波を発する中2病詐欺師野郎です。
あらんことか、このチンカスは「見習いトレーダー募集」と称し、多くの人間にラジオ体操(本当にただのラジオ体操)を日々やらせて洗脳状態にさせた上に彼らのお金をどうこうしようと目論でおるようです。
世の中は広いもので、こんなキ○ガイを信じお金を預けようとするアホが多数おります。
中には旦那が脳内お花畑の暴走状態になってしまい、奥様から苦情と泣きのコメントまで投稿される始末。
詐欺行為が今まさに行われんとしており、もうすぐ新聞や週刊誌のネタになると思います。
アホの見本市をご覧になるのも一興。
詐欺的行為を高みの見物されるのも一興。
2chの総力を挙げて潰す()のも一興。
ネット社会を舐めた男の末路をご観察ください。
282 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 13:48:56.37 0
ここは所詮
下らないプライドを満足させるために
人を叩く
幼稚園みたいな板のスレ
ここも例外ではないな
と叩いてみる
決定論というのは、与えられた理想的な空間や時間、因果関係の中で
事象が起きるという考えを前提としている。
私は、空間も時間も因果関係も、事象の結果として現れるものと考えているので、
脳は物質だし意識は突き詰めれば化学反応によるものであるが、決定的ではない、
と考える。
1つのゴールを決めて、期限を区切り、全員を走らせる
途中でさぼってもよし、寄り道してもよし
期限に到達すると、又新たなゴールが設定される
これが決定論だよ
死という期限を区切り全員走らせて、また新たな死のゴールが設定されるでいいやん
286 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 17:57:14.68 0
決定論でもなんでもないじゃん
>>280 「人間に自由意志はあるのか」スレの面々とはモノの考え方が全く違うね。
決定論とかやらには与しない方?私も貴方みたいな意見の方が好きだ。
>>280 >人間が理性的動物なら、命を誕生させる意志決定をするのは人間なのだから、
>生まれ来た者が成人してから後、いつでも社会的に死を受け入れられる道を用意しておくのは、
>何の問題をさておき大前提だというのに、それを定めようとする動きすらない。
「社会的に死を受け入れられる道」って何だ。
今だって自殺するのは人の勝手だぞw
289 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 18:12:41.56 0
制度はいらないんじゃないか?
というか、いつでも実行できる
周りが迷惑と思うだけで
周りがどう思おうと、本人は死んでいるんだから関係ないわw
291 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 18:35:50.53 0
地球を俯瞰する規模で眺めたら
カビも人間もやってることは同じだよな
水辺でしか生きられず、菌類が胞子を飛ばすように、人間もやっとロケットを作り始めた
そんな段階
人間は意志の力でそれを行っているから決定的に違う
・・・などと唱える向きもあるだろうけどなw
293 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 18:52:40.63 0
ヒューマニズムかざしてきやがったりな…
>>255 「ガリレオ」ではないですが、どうも「さっぱりわからない」w
申し訳ないですが、あなたの「思惑」も、何が論点なのかも、一向に要領を得ません。
>「嘘」というものが成立するための条件をあなたが破棄しているように感じるわけです
「嘘」は客観的には「過去の事実と言葉の内容が合致しない」ということで、
主観的にはそうだと自分で考えながら発言することでしょう。ごく普通の意味です。
私はそれが認識可能かどうかにかかわらず過去は実在する可能性が(大いにw)
あると思っているので、当然嘘も成立すると思いますが(というか、私自身嘘など
よくつきますがw)、何が問題なのでしょう。
>歴史のねつ造が矛盾を含む時、それは「過去と切り離された歴史」にしかならないのではないのでしょうか
「捏造」であるなら、矛盾を含んでも含まなくても「過去と切り離された歴史」
であるのは当たり前でしょうw
それが内部に矛盾を含んでいるのなら(そしてそれが誰でもわかる矛盾なら)
それはもはや捏造と呼ぶにも値しないのであって、単なる「パロディ」です。
北朝鮮の例は、当局がまじめにやっているのであれば、恐らく(よく知らないので)
内部に矛盾は含まないのでしょうし、北朝鮮の国民には受け入れられる内容なのでは
ないですか。多くの国民の歴史的記憶の中では事実であって、統治に役立って
いるのだと思いますよ多分。多くの国民が嘘だと知りつつ受けれている、という可能性
もあるでしょうが。
北朝鮮については、関川夏央さんが「あれは国家ではなくて宗教団体だと
思った方がいい」と言っていました。上九一色村のオウム王国と同類だということです。
宗教団体の内部ではどんなに荒唐無稽なことでも真実として通用することが
あるそうなので、特に不思議でもないでしょう。
>>257 >あなたは「あなたが産まれてない」という歴史ですら、本当に過去に反しているかどうかは
>厳密には分かりようがないと考えているのでしょうか?
これだけは一応「哲学的」な論点なので、説明した方がいいでしょうか。
「産まれる」というのが、「ある人間として特定の時点に生誕した」という意味なら、
その通り厳密には分かりようがないと考えています。
もちろんこれは哲学的に「懐疑する余地がある」というだけの意味です。
「今」私が存在している以上、それは過去の「どこかの時点」で発生したか、
あるいは最初からずっと存在していたか、どちらかでしょう。
で、私はこの「どこかの時点」は、限りなく短縮され得る、と考えております。
これは、ご存知かどうか以前最高位氏と「コピー人間」のくだらない話を延々とw
していたときに考えたことですが、「私自身がたった今作られたコピー人間であるかもしれない」
可能性は、排除できません。「いつの時点でも、いつまでたっても」同じです。
あるいは、「この人間は生まれてからずっと哲学的ゾンビであって、たった今
何十年分の記憶と共に自我が発生した」という可能性も、排除できません。
「我思うゆえに我あり」は一応確かだとしても、「我思ったゆえに我あった」は、
確実でも何でもありません。
これは要するに「存在するのは今だけで、過去はすでに(あるいは最初から)
存在しない。今存在するのは記憶だけである」ということの、当然の帰結なのです。
以上は哲学的な議論であって、私も自分の記憶に従って考える以外ないので、
基本的に過去の存在は疑っておりません。(本気で疑っていたら、
最高位氏ではないですが、今頃は病院ですw)
だから、
>>242で「記憶・歴史は過去によって規定される」と書いております。
>過去と歴史とに関連はまったくないのでしょうか?
ですから、「現在は過去の帰結である」という常識的見方をする以上は、
過去と歴史は関連があるに決まっています。何を説明する必要があるのでしょうか。
ついでに、政治家の嘘の例を挙げておられましたが、他の職業でもまあ同じですが、
特に政治家は古今東西手段として嘘をつくことなど日常茶飯事であって、
何もブッシュ氏やプーチン氏が特異なわけではありません。
思いつくだけでもビスマルクが電報を改ざんして普仏戦争のきっかけにしたとか、
我々に関係の深いところではルーズベルト大統領が日本の真珠湾奇襲を察知していながら
黙ってやらせてアメリカを参戦に導いたとか(日本国憲法も、現在の日本の政治体制も、
歴史教育の内容も、この結果としてでき上がったものです)、まあいくらでもあります。
(念のため、それが本当に過去の事実かどうかはわかりません)
どうせスレ違いなのでついでに書いてしまいますが、イラク戦争において大量破壊兵器が
あったかどうかなど、本質的問題ではありません。そもそも国連の常任理事国もインドも
イスラエルも大量破壊兵器を持っていますし、イラクと同じバース党政権のシリアは現実に
化学兵器を持っていて、それをアメリカとの取引材料にして延命しています。
イラク戦争は、ブッシュ氏が「サダムフセインのイラクは悪い国だから、つぶさなければならない」
と考えて、手段を選ばず戦争に踏み切った、というのがその本質だと思います。
ルーズベルト大統領が「ナチスドイツと大日本帝国は悪い国だから、つぶさなければならない」
と考えて、手段を選ばず戦争に踏み切ったのと、変わりはありません。
プーチン氏だって手段を選ばず国益(と自分が考えるもの)を追求しているだけですし、
オバマ氏だって同じです。シリアは現実に大量破壊兵器を持っているし、内戦で
何十万人という犠牲者が出ているのに、介入は避けています。ウクライナにも本気の介入は
しないでしょう。やっても上手くいきそうもないし、アメリカの国益にもならないと判断して
いるのでしょうから、まあ、当たり前です。まことに困ったことながら、わが国としても
同盟国のアメリカが必ずしも頼りにならないことを前提に戦略を練った方がいいかもしれません。
以上は完全な素人の戯言です。長々とスレ違いどうもすいません。
297 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 20:37:55.49 0
いくらなんでも長すぎ
読まなかった
298 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 21:04:46.02 O
物理現象というのは
「ただ起こっているだけ」なんですよ
しかし人間は、それを観測する側にいる
ここを突き詰めないといけません
主観性という事です
これに対して唯物論者は、こじつけようとするクセがある
「理論的な飛躍」に対して寛容なんです
なぜか「唯物論が正しくなければならない」と思っていて
突き詰める事をしません
無意識に「理解してはならない」と思っているのか
必ず的外れな反論に終始します
たとえば「我思う故に我あり」を正面から否定できないのに
「我などいない」という前提に立っていたり平気でします
なぜ一つ一つ、整理していかないのか理解に苦しみます
観測を何か特別なものと勘違いしてないか?
単なる相互干渉なんだが
300 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 21:15:02.89 0
我思うとはいっても、本当に自分が思っているのか、それとも思わされているのか
あるいは思っているように感じているのか
そこが不明なんだよね
デカルトの考えは中途半端だから批判されるんだよ。
301 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 21:15:58.17 0
>>298 いや、このスレで言ってるのは
その「我思う」ということ自体に疑問を投げかけてるんじゃないのか?
離人・現実感喪失症候群という症状があってこれになると突然、意識の自由感、現前感、主体感というものを失ってしまう。
普通の人でも瞑想や疲労で発症し得る。
「我思う故に我あり」なんてこの程度で失われてしまう儚いもので前提などではないのでは?
303 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 21:32:01.51 O
>>302 要するに、こういう簡単な事が
病気の人には理解できないわけだ
PC的なことはおいておくとして
理解できないのではなく感じられないのですよ
意識の自由感、現前感、主体感は「感じ」にすぎないから
大きく分けて意識と無意識があり意識も理性と暴力そして増悪や恐怖心や多幸感に分かれていて
それを記憶で繋げているに過ぎず薬物で簡単に発現し記憶も失う中で
我が思わなくても肉体があり我がいると言う現実があるよね
>>303 脊髄反射せず調べるなり考えるなりしてみたらどう?
307 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 21:41:38.48 O
>>304 ようするに理解できないのでしょう
なに言ってんの??
308 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 21:46:19.92 O
>>306 的外れなんだよ
反論の方向性が
設問が理解できてない
309 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 21:51:24.60 0
精神医学なんかでは「自分である」というのも感覚の一種だと考えられているよね
>>302の離人症なんかがそうだけれども、「自分である」という通常であれば自明性たるものが
喪失してしまう
これはつまり「喪失し得る」感覚なのだということでしょう
そうした「自分である」という感覚を支えているのは、感情であったり、身体の感覚などらしいです。
310 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 21:53:21.64 0
あっさり前提が崩れて逃げてるようにしか見えんわ
とすると離人症の人も含めた前提は「我感じる故に我あり」?
312 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 22:02:51.87 O
>>309 >「自分である」というのも
これは、いわゆる正常な「精神活動」によって
という事であり
「精神活動」ようするに「活動」なんだよね
「活動」が制限を受けると、正常な「活動」ができない
という当たり前の状況になるだけの話であり
>「自分である」
と自覚する機能に制限を受けているだけであり
主語である「自分」の否定につなげるのは短絡的
というか病的
>>309 中韓などの反日洗脳教育による日本人への憎しみの植え付けを見ると
無意識下には大きく育てた日本人への憎しみがありそれは通常は表面に出ないが
我が思わなくてもそこに厳然と存在している記憶であり憎しみという感情があるんだよねえ
そのために理性を失いやすくなっていて感情的になりやすく
反日を使った商品での集金作業も簡単に出来てしまう中韓の現実もあるよね
314 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 22:08:56.24 0
長年にわたる終止符の付かない議論乙です
何があなたたちをそこまで駆り立てるのか知りませんが
辛いのはみんな一緒なんだから
自分だけが惨めだと思う必要はないのですよ
>観測を何か特別なものと勘違いしてないか?
>単なる相互干渉なんだが
観測対象がこちらに干渉してくるんだから特別なものだろう
316 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 22:15:16.38 0
>>312 ずいぶんと攻撃的なレスですね(笑)
まあいいですが、「自分」つまり「我」ですよねえ
デカルトのコギトというのは循環しているんですよ
[「我」が考える]だから[「我」はあるのだ]ということだと
最初の仮定に結論も入ってしまっているわけです
これは明確な論理的矛盾ですから、そこはマズイということです
離人症のはなしにしても、そこを突いているわけなんですよ
ですから決して短絡ではなくて、「慎重かつ重要」なことを
>>309で
書いているのですよ。
>>304 その「感じ」が何によって生じているか、
その原因がその「感じ」を幻想として処理するに
充分な理論的強度を持っているのかが問題な訳で。
例えば「痛み」は幻想である、という主張は無理でしょう。
その意味で私は私に与えられる「感覚」から逃れられない。
「誰かが頭を打ったとしても、客観的に「痛み」は観測されないから
「痛み」は存在しない」、というくらいにずれた論理だと考えます。
では「痛み」や「色」と同様に、
例えば、「神」を感じるからそれは存在するというのも違う。
その感覚が、なぜ他ならない「神」の感覚であり、それがどのようにして
生じているか。そこをきちんと説明する必要がある。
それは否定をするにも、肯定をするにも、いずれにせよ必要な過程です。
「自由」や「私」についても同様で、それらが一体何であるのかを、
議論する事もなく、それが幻想であると断じる事はできない。
脳内の物理現象である、という説明は単なる翻訳でしかない。
だから「痛み」が無くなる訳ではない。
それは本質的かつ不可避の主観性を無視した議論だという事です。
機械さんの場合、それを進化論的目的のために発達した
エピソード記憶のための機能として説明する訳だけれども、
その真偽はともかくとしてそこまでは議論を進めなければ、
「私」を物理現象に還元し消去するためのステージまで到達できていない
という事に多くの場合、唯物論は気付いていない。
318 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 22:21:33.57 O
>>315 そもそも「こちら、あちら」というのが
すでに特別なんですよ
物理世界は全て境目なくつながっており
しかし
そこに「こちら」という存在として
「自分」なんていうイレギュラーなものがいる
319 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 22:30:33.72 0
320 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 22:35:20.66 O
>>316 そこで「攻撃された」と思うところが病的なんですよ(苦笑
マジなのか?と真剣に読んでもらわなきゃ
言った甲斐がありません
デカルトは方法的懐疑を使って考察した
そして、認識の全ては疑いうる
しかし、疑っている「我」
こうして哲学している「我」の存在だけは
どうやっても疑いえない
という結論に至る
こういう基礎的な事を無視して的外れな事を言っても意味ないですよ
基礎的な議題すら共有できていません
>>317 とりあえず「私」が幻想かどうかには言及しているつもりはなく
意識の自由感、現前感、主体感という接着剤?が無くなることで
いわゆる「私」が、「思う私」と「それを感じる(だけの)私」に分かれ得るのでは?
ということを考えています
322 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 22:45:18.75 0
>>320 それは何度も書いているように「我」というのも現代では疑い得ないものではなく
それが何なのかを研究・考察すべき対象であるということなんですよ
現代において多くの学者がデカルトを批判しているのはそういうことからです
デカルトの時代(17世紀当時)は脳科学もまともな精神医学もなにもありませんでした
そうした手持ち札の限界の中での考察に過ぎません
そこを忘れてしまうと完全に見誤ります
アントニオ・ダマシオなどによるデカルト批判もそういう意味ですしね
最高位さんは何かこちらのいっていることを理解できていないか、ムキになっているだけ
なんじゃないですか
ちなみに私は最後にだけ「。」をつけているレスですよ。
323 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 22:46:24.53 0
主観で何と思おうと
それは本人がそう信じているんだからいいのだが
問題は、客観的に見てどうなのか?ということも考察しないとな
アリは考えているか?
アリは言う
俺は考えて行動しているぞ!
しかしあなたからはどう見える?
今ここで哲学しているつもりになっているかもしれないが、端から見たら、孤独にただ白く光る画面に向かって、指を動かしてる奇妙な行動でしかないんだぞ
そこの判断が難しい…
>>312 じゃあ、何故あなたはその自分というものを
他人に説明し感じさせ、理解させる能力がないんでしょうか?
あなたには鮮明に、判っているわけですよね?
わからないことが・・・
325 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 22:48:18.40 0
さらに言おう
哲学をネタにして他人を打ちのめす事で
ちっぽけなプライドを満足させたいなら
とりあえず外に出て現実を観察しろ
>>315 それは「観測」という人間が勝手に作った見方に囚われているだけ
この世の物理現象は全て相互作用しかない
>>321 その「二つの私」については同意します。
現前する世界に向き合う、知覚の束としての「私」と
その「私」を、周囲の世界ごと客観視している「私」が居る。
離人症ですか。
自由感、現前感はともかく、主体感が無いとなると
それは自己の死が自己にとって何を意味するか
分からないと言う事になるのでしょうか。
328 :
「機械的唯物論」者:2014/03/08(土) 23:08:32.37 0
>>273 >機械さんは“安心立命”あげていた。しかし、今日では“神”を信じるよりも、権力に庇護され、
> 数億のカネを持ち、立派な人間として認められるほうが、その心境に近づけるのではないか。
それがそうでもないのですよ。前東京都知事猪瀬直樹氏をたったの5千万円で買収しようとして失敗した
徳田ファミリーも、ある意味で『地位も名誉も金もある』のに、みっともないじたばた劇を演じるように
なってしまうのです。
あなたが「権力に庇護され、数億のカネを持ち、立派な人間として認められる」ようになっても、結局
「死後の世界」では「権力に迫害され、貧乏で、下種な人間として蔑まれている有象無象」と「同様」に
「天国へ行ける」か「地獄へ堕ちる」か分からない…という「不安」の点においては「変わらない」のです。
「そういう立場」になってみれば徳田ファミリーのじたばた劇や小泉・細川両「元総理」の老醜じたばた劇…
が何故起こるのか?理解できるようになります。
329 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 23:09:58.19 O
>>322 デカルト批判といっても
「我思う故に我あり」という
文章の構造に文句を付けるものばかりで
的外れなんですよね
誰も正面から「我なし」と理論的に説明できる人はいません
あと、哲学ではない精神医学などの観点からすれば
そりゃ客観的観点から「活動」を分析するでしょう
目的、方向性、観点が違うんですから
カタカタカタ・・・物質界とアストラル界の重ね合わせで出来てるっとエンタードヤァ
331 :
「機械的唯物論」者:2014/03/08(土) 23:13:56.19 0
ニーチェが偉大なのは「ル・サンチマン」に気づいた点…にもあります。
要は「キリスト教はローマのガレー船の漕ぎ手から広まった」という「キリスト教の出自」から、
現世では絶望しかない人間(奴隷)が『権力を持ち、金を持ち、社会的に表舞台で活躍する
(支配者である)ローマ人達』に対する「怨恨の塊」を「来世では逆転するからな」という「信念」を胸に秘める
ことで、なんとか生きながらえた…その「気持ち」を代弁したので、キリスト教は爆発的に広まった
…という洞察です。
従って、キリスト教は(ニーチェに言わせると)敗者の「恨み・つらみ」が体系化された「思想」以外の何でもない…ということになります。
「プラトン:アリストテレス主義キリスト教神学」の流れに連なる「観念論の系譜」は、
いったんニーチェによって断ち切られたかのような印象がありますが、結局は「権力に対するル・サンチマン」が
いつの間にか「むくむくと台頭してくる動き」を示してしまう…ということです。
その辺の葛藤は、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官とキリストの対話」
のあたりに顕著に書き示されており、いつかは『無神論』という大作を書こうと決意していた筈のドストエフスキーも結局は
『罪と罰』のような「キリスト教信仰が最後に勝利したかのような大作小説」をいくつか書いたきりで終わってしまいました。
ドストエフスキーも『貧しき人々』に見られるように、「貧困と賭博癖」に悩まされた「ル・サンチマンの観念論者の一人」
から自分自身、抜け出ることが出来なかったのです。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
332 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 23:17:29.02 0
Tesez vous un peu putain de merde alors....
333 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 23:17:58.94 O
>>326 だから勝手に「相互作用」してりゃいいところに
なんで「私」なんてもんが存在し
そこにかかわっいるのか
ですよ
「私」なんてもんが
いなくてもありうるでしょ
だけど、いるから
それはなんでだ?と言ってるわけです
これは創造性を持つ人間としての知能の問題ですよ
334 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 23:19:35.49 0
お前らなど俺にとってはただのデータでしかない
せいぜい上場企業に勤めているくらいの
「一山幾らのサラリーマン」なのは、
似た立場の人間から見ればすぐに分かるのに、
なぜ妙に「持ってる人」ぶるのか…はルサンチマンの仕業ですね。
独身貴族って、貴族でしょうか。
336 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 23:22:57.42 0
まあ哲板は
人の話は聞かず、サンドバック探してるだけの奴らの溜まり場
>>333 私の実在について、俺は触れないけど
唯物的な根拠が挙げられなければ関わってる断言するのは間違いじゃないかね?
338 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 23:27:55.99 0
>>329 「我なし」ではないんですよ、それこそ「なんで無いんだ?」という根拠が問われるでしょう
そして[「我思う故に我あり」という文章の構造に文句を付けるものばかりで的外れ]と言いますが
それがそのままデカルトが棚上げした大問題が含まれているから、私も指摘したわけなんですよ
最高位さんは実に奇妙なことをいいますね
>哲学ではない精神医学などの観点からすれば
>そりゃ客観的観点から「活動」を分析するでしょう
>目的、方向性、観点が違うんですから
現代において「哲学である」ということにどれだけのインセンティヴがあるのでしょう?
我々はもはやデカルトの生きた「17世紀(およそ400年前)」に生きてはいません
様々な哲学思想、科学などがそうであるように、多様な観点を持ち出して思考しています
精神医学にも哲学は入っているし、哲学にも精神医学の成果が入っています
それは脳科学や認知科学、さらには心の哲学などの分析哲学の最先端はそういうスタンスではないですか
デカルトの頃はフロイトすらまだいませんでした
ですから、そうした最高位さんらしくない次元の低いアカデミックカテゴリーが気になるならば
それはもう「そうですか…」としか言いようのない返答しかありません
何をイラついているのか分かりかねますが、本当にきょうの最高位さんは冷静さと思慮深さに欠けますね。
339 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 23:28:48.44 0
どっちもどっちだろ
唯物的な根拠として、量子力学における波の収束があります
>>327 コピペですが
自分が見知らぬ人間であるように感じる
自分が生きている感じがしない、
自分の体が死体・ロボットのように感じる
自分の体の実感がない
らしいので、死の意味はわかっていても切迫感は無いのでしょうね
また他人から見ると
感情表出に乏しく、トランス状態にあるような様相を呈する
らしいですが
エピソード記憶が弱まるだけでそんな状態になるのだろうかというぼんやりした疑問もあります
意識の自由感、現前感、主体感はエピソード記憶だけでなく
「思う私」にリアルタイムに影響しているのでは・・・とか
342 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 23:32:58.37 0
それにしても
哲学板なのに
正解を求めて争っちゃう時点で
根本的にダメだろ
343 :
「機械的唯物論」者:2014/03/08(土) 23:34:41.76 0
>>335 少なくとも貴方(私も同様ですが)が、徳田ファミリーや猪瀬・小泉・細川氏等と同様に
「ル・サンチマンに陥りやすい(精神)傾向がある」ことは間違いないと思われます。
そのような「エピステーメー」に包含されているからこそ「観念論や諸宗教」が述べる
「自己欺瞞の勧め」の誘惑に弱くなってしまう…といことです。
瀬戸内寂聴しかり、五木寛之しかり、日本では「仏教」の方向に走る傾向が強い…という
ことは言えるかもしれませんが、欧米(+イスラム圏)ではそれが「各宗派」に分裂する
…という違いがあるだけで、誰も「真理としての唯物論(無神論)」に撤することが出来ない
で、最晩年は観念論か宗教かのいずれかに「帰依」することになる…という(だけの)ことです。
(私は「そうはなりたくない」と肝に銘じてはおりますが…)
本日は就寝させて戴きます。
344 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 23:36:28.22 0
ブーメラン
ある高さから落としたリンゴの着地までの時間と意識の流れの必然性の何が違うか。
1つはリンゴは定義論争が起きにくいが意識は人それぞれ定義が違うことでそもそも意識っていうのはこういうもんだっていう言い争いが起きる。
もう一つはリンゴの着地時間はコンマ何秒まで追求する「必要性」が生じにくいが、意識は結果の評価が安定していないので共通の評価尺度がない。
決定論的には方程式の変数が増えただけだが、「ぼく」の処理能力上の問題と生理的な自己語り欲求から私だ彼だの話になっちゃう。
346 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 23:36:49.81 O
>>338 本質を理解せず「文章表現」に文句つけても意味ないでしょう
言葉なんて不完全な道具なんですから
そういうアホみたいに基本的な認識を共有できず
いちいち説明しなきゃならん事にイラつくんですよ
昔の哲学者だから考えが古い
というのも短絡的です
実際に、いまだに「我なし」と言える人がいないのですから
347 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 23:38:41.46 0
そりゃ簡単よ
重力否定したって自己は脅かされないが
意識を否定したら自己防衛「本能」が働くもの
人間はまず動物であるから
348 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 23:39:38.59 0
>>346 いちいち説明しなきゃ気が済まない
幼稚さにも気づけよ
決定論を使いこなすには確かに生理的、身体的な修行は必要だが、
ここの人みたいにその過程で安い自己啓発セミナーみたいな話に流れてしまう弱さが人間にはあるからね。
350 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 23:43:38.30 0
怒りに身を任せると
アドレナリン放出されて気持ちいいのよ
それにはまってるだけ
>>341 そうなるのでしょうね。
人間はただの物であると言っても、
自己の死の重大性について理解していない
という事では必ずしもなく、また実際にその種の唯物論者が
「来世について」などという問題についてさえも徒然語る事が
できる事からも離人症ではなくあくまで本人の知性と理性によるもの
である事は推測できますが。
ああ、現前感はともかくとして、
自由感と主体感はそもそも「思う私」の領分だと考えているので、
私としては「思う私」 が リアルタイムに影響していると考えます。
352 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 23:45:49.23 0
>>346 >本質を理解せず「文章表現」に文句つけても意味ないでしょう
そういう言葉は安易に使用するべきではありませんよ
最高位さんは何か特権的な位置にいるわけなんですか?
「>昔の哲学者だから考えが古い」という単純なことではないでしょ
それこそあなたは、基本的な記述と最低限の周辺知識も無いわけですか?
実際に、いま現在「我なし」とも「我あり」とその根拠をしっかりと説明できる人はないのですから。
353 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 23:48:52.26 0
まあそういじめなさんな
劣等感抱いてる人ほど
こういう自己主張したがるものなんだよ
コテ見れば気づくだろう
354 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 23:54:31.84 0
>>352の続き…
あとは賢明なる皆さんにおまかせします
860さんもいるから大丈夫でしょう
なんせ最高位さんは基礎知識が無さ過ぎます
肝心の精神医学にしてもフロイトにしても読んではいないでしょうから
それにダマシオもね
読んでもいないような人相手に懇切丁寧に対応するのは実に疲労します
しかもきょうの最高位さんは何故か「礼儀」を著しく欠いていますし
それでは、完全に落ちます サヨナラ。
>>343 それは戒めであるかも知れませんが、
拘りすぎなんですよ。コンプレックス的です。
>>1も使い様によっては安心立命のための
観念論ともなりますよ。既に半分脚は突っ込んでいる。
で、とりあえず早く
>>22に答えてくださいよw
>>352 良いレスだなぁ。純粋理性批判の人でしょうか。
357 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/08(土) 23:59:43.30 O
>>352 ん?
その発言の、どこが問題したか?
話を戻しますが
キミの言ってるのは「自我意識」についてであり
それについて私は
「自我意識」は「自我」を「意識」する
という「精神活動」であり
主語は「自我」である
という事です
それについてキミは
精神活動のみが全てである
それが現代の常識である
というわけですよね
358 :
考える名無しさん:2014/03/08(土) 23:59:43.52 0
決定論ってのは、進化論完全否定のインテリジェントデザインを適用する理論の事だよ
6000年前に過去と未来が決定された状態で発生した、と主張するやつね
360 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:04:49.28 0
なるようにしかならん
ということだ
かつ、なさねばならず。という事です。
自由である事、主体的である事は、
行為に至る意思決定のプロセスが、
どの程度自己に内在的であり、
かつどの程度それを自覚しているか、
という点に帰する問題です。たぶん。
362 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:09:43.78 0
たかだか40年前の世界人口が35億だったのに対して現在は倍の70億
たった40年間で倍
これも決定されていたのだとしたら
次に来るのは惑星移住
全部決まっていたこと
363 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:14:50.68 0
>>361 自由であり主体的であると信じるのは
行動のモチベーションを考えると重要だと思うが
でも人間を取り巻く環境からは自由になれない点では制限付きの自由だと感じる
その自由の幅が、ミツバチがどの花で蜜を集めるか、程度の自由と考えるのか
本質的に無制限の自由だと捉えるのか
それはそれぞれの価値観に左右されそうではある
決定論が進化を否定している事は分かるでしょ
365 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:19:46.08 0
>>359 進化論てのは必然を唱えるという意味では決定論の一種だろけどね
366 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:19:50.79 0
進化することが決定されていたとしたら?
367 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:20:54.01 0
368 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:23:17.93 0
突然変異が起こり、自然環境が適応を基準にふるいにかけるという意味では、ダーウィン進化論は決定論的ではあるな
決定論を覆すほどの全能の存在にまで進化できないでしょ
370 :
あまの:2014/03/09(日) 00:23:50.21 0
ダメだなあアホ文系は、ま俺も文系だけどね。
371 :
あまの:2014/03/09(日) 00:24:34.68 0
価値観とか言っちゃってるし。
372 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:25:23.29 0
哲学は自分のアホさ加減を理解することから始まる
他人に指摘してるようではまだまだ
373 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:26:03.97 0
そうだね。「進化しようとする個体の意志」は実際の進化には関係無いという意味では決定論的。
374 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:29:05.20 0
人間は他の一部の例外を除いて、動物と違うのは、自らの肉体を何万年もかけて進化させる代わりに道具を使って、肉体を拡張させることができるから
ダーウィンの進化論からはもう外れているようにも思えるが、それもまたダーウィンの想定内だったのか
よく知らねーけど
375 :
あまの:2014/03/09(日) 00:29:27.20 0
俺のアホさはペン書きだが、おまえのは極太の毛筆で書いたアホだ。
>>363 モチベーションに関わるかな?
決定論者であっても、例えば機械さんは
未来については「ケ・セラ・セラ」と言いますよw
少なくとも無制限の自由というものはあり得ないはずです。
それは自由と不自由の区別を消滅させてしまう。
制限の中にこそ自由があると考えます。
それが蜜蜂がどの花から蜜を集めるか、
程度の問題であるかどうかについては、
詭弁的な返しではあるが、蜜蜂ではないので何とも。
人間について、例えば
どの店で夕飯を済ませるか、にしても
少なくとも私は相当の思考を巡らせる事が多いですし、
幹事としての取りまとめやら、デートなどについて言えばより分かりやすく、
夕食一つにしてもそこには確かに「その人のプラン」がある訳です。
このように「その人の考え(ないし行為)」である事が、
自由の問題にとって本質的ではないかという事です。レスになってますかね。
ここは無限進化が可能だと思っている人が多いの?
全能になれたら過去に戻ってやり直せるから、我々の現在における行動や思考は無意味になる
378 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:32:17.10 0
>>376 うーん
そういうことを言いたかったわけではないが
379 :
あまの:2014/03/09(日) 00:36:33.77 0
決定論に介入できるのは魔法しかありませんよ。
380 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:37:53.52 0
>>376 自由感があることは誰でも解るよ
完全にフリーハンドの自由があるかどうかは
無意識の準備電位の存在が否定しているようにも思える
意識が無意識の決定を確認するだけの機能ならば、意識が抱く自由感は
錯覚だということになる
381 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:38:19.59 0
こう言ったらわかるかな?
今晩のデートの食事をどこにしようか
自分の自由意思で決めたとする
AでもいいしBでも良い
結局はAにしたとする
自由な選択だったかもしれないが
別の見方をすれば、経済的事情、立地、時間的な制約、肉体的な状態などに従って唯一の選択肢しかなかったのだが、無意識で決定されたために、あたかも自分の意思で決めたと思っているだけ
ということは?
382 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:40:34.47 0
決定論に介入した時点で魔法は科学になる。これ、オレな。
384 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:42:53.30 0
>>381 無意識だって「自分」ではないのか。脳だって「自分」だろうに。
386 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:44:54.82 0
>>384 自分が自分であろうとするために、そのように「読む」わけさ
>>381 そういう言い方はね、決定論者の悪い癖だと思うの。
決定論者はもうひとつ次のステージに行かなきゃならん。
未来が決定していたとしても不確定な未来に対して迷って過去の経験や占いに頼って判断することを「意思」としてもっとポジティブに明るく語らないかん。
決定論から逃れたければサイコロを振ればいい
奇数ならA
偶数ならB
必ず従うと事前に決定しておく
>>380 準備電位の否定という論点については言うまでもなく、
リベットの実験はごく単純な身体操作についてのもので、
どこまで一般化し得るかは疑問視しておくべきだと思いますが、
一旦全てが準備電位として観測される無意識的な決定によるものと考えます。
そうすると、
この無意識による行為というのは、
当然、「今晩どこで何を食べるか」とか
「明日のドライブのスケジュールはどうするか」とか
「誕生日に花でも送って母親を喜ばせようか」とか、
そういった「全ての行為」について言える訳ですね?
390 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:46:09.91 0
自分だけど
物質でしかないかもというのが
>>1の設問でしょ?
問題なのはそれが意識なのか?
ただの物質の反応でしかないのか?
ということ
391 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:47:32.76 0
>>387 いや、そのレベルの話ではなく
決定論をネガティブに捉えてるわけではない
>>380 無意識の決定を確認するだけの機能という表現はわかりやすくていいね
エピソード記憶を作るために無意識の決定をいちいち確認する必要が生じる
デートのエピソード記憶は大事だから、結果、余計に意識的になるということか
>>381 それらを総合的に「自分で」勘案した上で、
決めた事が「その人の判断」という事なんですがね。
それは自分に由る行為であり、自由な行為です。
394 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:50:30.32 0
>>393 あなたはそれを自由と捉えることに何の異論もない
395 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:50:37.70 0
>>389 言えるんじゃないの?無意識的に自分の性格や経験を反映した決定をしているだけなのに
自由に決定している気になっているだけでしょね
396 :
あまの:2014/03/09(日) 00:51:52.97 0
「ただの物質の反応」っておかしな表現だと思うわ。
どんだけ物質を矮小化するんだよ。
我々の世界には物質しかないんですよ。
397 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:55:03.98 0
思考は経験に還元されない
>>395 自分自身の性格や経験に合わない決定も出来るんだけど、そうすると結果的に神経症みたいになる
だから、そうなりたくない普通の人は敢えてそういうような変な決定はしないということではないかな?
399 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:56:06.38 0
物自体に時間(の流れ)があると考えざるをえない、
その否定は否定されると論証できたなら
唯物論を認めてもいい
400 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:57:34.17 0
>>398 精神の異常をきたした人の意思決定は、それはそれで自由だとは言えないと思うが
401 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:58:22.54 0
もうこれは屁理屈レベルで
反対意見の人は腹立つとわかってはいるんだが
自分の性格や経験と合わない決定をあえてしたとしても、それですら、そうせざるを得なかったからだと思うんだよね‥
402 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:58:24.73 0
思考と経験と記憶はセットに分析されるテーマになる
403 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:59:02.01 0
404 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 00:59:45.60 0
>>396 それは正しんだろね。物質にはエネルギーとか暗黒物質とかも含めるという前提で。
>>395 つまり、
給料や、現在の経済事情や、自分の好みや、
体調の問題、健康について、行きつけの店の店長の人柄、
人数、行き先、車の点検、ルートの計画、混み具合の想定、どこで何を食べるか、天気予報、
母親の誕生日、顔、プレゼントの好み、最近のマイブーム、
どの程度会っていないか、電話でもしておこうか、
etc...
という事を、無意識で行っているという事ですね。
気まぐれがあるだろ
エネルギーまで含めると
状態(運動・熱エネルギー)とか位置関係(位置エネルギー)も認めざるを得ないけどな
ひっくるめて言えば、
私が考え、決めていると思っていた事のすべては
無意識によって考えられ決められていた、
ゆえに自由意志はあり得ない。
そういう事ですかね。
>>391 決定論は不確定性を自ら認める度量があるからこそ役に立つ可愛いやつ。
宗教は完璧だから厄介モノ。
殴られると怒る。旨いものを食べると楽しいとか昔から感情には必然性はあったし知ってた。
いまやってる意思の必然性は脳科学的な因子と活性分野の関連性の解明といったレベルの違いだけであって「意思の自由度」の領域は古代とさして変わっていない。
ただ、解明が進むことで相手の意志を科学的に先読みしようとしたり、宗教的倫理的禁忌に踏み込んで衝突したりすることがある。
そのとき、決定論者であればこそ、意思の必然性を仮定すればこそ、イメージ戦略が必要なわけで、可愛げがない決定論はやめてほしい。
410 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:04:21.30 0
>>405 それいった人間の行動全てと、
日光に向けて葉を広げる広葉植物の反応と、
金属の塊にある形状と角度と速度を与えると空を飛ぶ、
この全てが同じ事なのかもしれない
411 :
あまの:2014/03/09(日) 01:04:51.21 0
気まぐれを支えるのは物質的基盤ですからね。
気まぐれが因果を破るとか本末転倒ですよね。
オジギソウってすげーよな
413 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:05:43.10 0
>>405 無意識を言葉で名指ししていくら網羅的に羅列してもそれは無意識を意識化したことにはならないでしょね
ていうか言語化できないほど沢山あって複雑に絡んでいるから無意識と呼ばれるんでしょね
414 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:05:57.92 0
物ありきで次点に精神が生まれたなんてことは、
少し考えればそれが誤りだとすぐわかる
>>410 私が夜食を考えるのと
アインシュタインが物理学を考えるのと
同じだと言うならそうなんでしょうね。
416 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:06:50.38 0
417 :
あまの:2014/03/09(日) 01:07:09.04 0
自由というのは笑える観念ですよね。
418 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:07:16.04 0
すべて呑み込んだ上で方便としての自由意思か
419 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:08:15.73 0
逆はないよ
質問ですが、「無意識」とは何のことですか。
そんな概念を導入する必然性がないと思うのですが。
421 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:11:05.52 0
>>420 これから立ってトイレで小便して帰るまでの行為を全部無意識抜きで出来るというならやってみな
まず辞書を引きましょう
そして幼稚園からやり直しましょう
大丈夫、次はきっと理解できます
423 :
あまの:2014/03/09(日) 01:11:23.08 0
精神と物質を対立させてもね。
同じ、現象の範疇ですからね。
精神は物質であり、物質は精神であるとしか・・
424 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:11:25.84 0
意識意識っていってるが、意識の持続を意識することができてるかね?
1.定義する必然性すら無い雑多な意識。うんこしたい、みぎてをうごかそう、とか
2.脊髄反射、脳を経由しない反応。
3.第六感。あらゆる感覚を総合的に処理して意識化できずになんとなく判断すること。
>>413 少なくとも言葉で羅列化できる程度の事で、
自身の行為は合理的に説明できますし、
自覚可能な理由よりも自覚できない理由によって
人間は行為している、という考えは「無意識」という
未知数を極大化した解釈ですよ。
行為の自覚の有無や自制の利く/利かないの区分は実際にある訳ですから。
>>421 そうではなくて、それは単純に「体(脳)がやっている」と
考えればいいのではないかということです。
サイコロの目は決定不能だろう
429 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:15:48.90 0
全て決定されているから
自分の意思が無意味だというのではなく
自らを取り巻く環境をどう活用するかで未来が変わることは確か
何もしなければ変化はないし
動けば変化する
当たり前のこと
何もしない人は何もしない理由があるのだろうし
動き回る人もまたそれだけの理由がある
変わらない人は変わらない
変わる人は変わる
マジレスすれば
この設問には答えなどないただ、立場の違いがあるだけ、だから結論を求めても永遠に得られない
このスレが有用であるのは、寂しさを紛らわせることができるツールであるということ
認めたくはないだろうが
サイコロの目はいくらでもイカサマ出来るが、むしろガウス分布に神の意志を感じるのが科学者。
>>429 それは哲学全般に言える事でもあるよね?
>>428 サイコロの目を自由に決定できるのは、決定論か非決定論か、どっちだ。
433 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:20:53.87 0
>>426 >行為の自覚の有無や自制の利く/利かないの区分は実際にある訳ですから。
実際にあることにしないと刑法で罰する根拠が無くなるよね。
ただ、逆に生まれつき超貧乏で誰が考えても全てのチャンスを奪われた気の毒な境遇の人が
犯罪を犯す気になるのも解らないではないだろ?自制にも限度というもんがあるというか
決定論は、割りと確からしいけど。
例えば、「経済現象」なるものが現実には存在していて、
それを物質レベルで決定されているところで、説明できるのならやってみろっていう。
これが「経済政策」なんて話になると、経済学上、コントロール不能という結論がでるなら
まだしも、決定論だから、コントロール不能、すでに決定済みなんてことには出来ない。
コントロール可能であるという前提でやるしかない。決定論なんてこのへんになると
そこまで固くつらぬけるもんではない。
でも、人間は完璧に自由で自らを取り巻く環境、自らを構成する肉体等からかけ離れて
気まぐれに行動を選択しているとなると、これもまた、どうしようもなくなる。
気まぐれな選択は予測もコントロールもできないのだから、「経済政策」なんて無意味になる。
精神の自由なんて言っても完全に自由なものとすると、それはそれでおかしなことになる。
435 :
あまの:2014/03/09(日) 01:22:25.04 0
なかなか滑稽なもんですね。
436 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:24:26.84 0
>>434 今現在それが出来ないことが将来も出来ないことの証明にはならんぞ
438 :
あまの:2014/03/09(日) 01:25:58.21 0
人間の実生活というのは真実からどれだけ離れていられるかということです。
>>434 「自由」というのが「法則性がない。予測不能」という意味なら、それは
自由なのではなくてキチガイですw
自然科学と社会学は扱うスケールが異なる。
一つ一つの因果法則を改名するのが自然科学で、マクロで確率論を駆使して集合全体のトレンドや統計量を見るのが社会学。
厳密に言うと物理学も確率論的欺瞞が入るんだけどそれはまた別の話。
>>433 陰湿ないじめとかに天誅を加えることは犯罪になるので自制すべきかどうか?とか
そんな一般論では論じられない事例もあるだろうしな
全能でない者達の集団行動はコントロール不能、故に完全に決定されてはいない
全能な者達はコントロール可能だが決定論自体を覆せる
443 :
あまの:2014/03/09(日) 01:29:22.41 0
哲学徒たるもの都合の悪い真実でも嬉々として受け取らねばならぬ。
真実目当てのギャラリーは我々しかいないのだよ、うん。
444 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:32:06.55 0
>>441 天誅は自制なんてしないで躊躇なく迅速に実行に移すべきだよ
ただ、びびりがあると結局できなかったりしてw
それって無意識が決定ってことか?
445 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:33:20.75 0
罰則と自己を天秤にかけてるんだろうね
こうやってあーでもないこーでもないと揉めること自体
多様性の維持という限りなく物理的性質に由来する決定事項
447 :
あまの:2014/03/09(日) 01:35:23.95 0
真実を求めるという行為もね結局のところ暇つぶしだと思うわ。
>>433 限度がある、というのは、
度合いはあるが可能だという事でしかない。
449 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:35:31.93 0
正直、世間からの目や罰則を気にしなければ
殺人だってできてしまう
どっちらでも選ぶことができるが
自分の命にとってどちらが益となるかは、その人の立場になってみないとわからない
悪いからダメなのではなく
やれば罰則がある、というだけ
おまえらは決定する、決定するばかりで何が決定因子かについては全く話が及ばないのな。原始人レベル。
451 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:36:42.62 0
>>446 あと、人間はコミュニケーションを必要とするようにできている、とも‥
>>442 「全能な者達」って何だ。そりゃ神様は決定論なんぞ覆せるだろう。
454 :
あまの:2014/03/09(日) 01:38:31.93 0
神様とか全能とか春休みかよ!!
>>453 最も確からしいことを真実と仕様じゃないか。決定論者だもの。
まあ吹き飛ばしっていうのがものっそい分かり難いよな
強打属性とかにすりゃ良かったのに
457 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:39:26.22 0
真実というのは
人を操るためのツールだよ
そんなものは最初からない
ただの設定
>>437 無理なんじゃないですかね。ラプラスの悪魔的なものを知らないわけではないでしょう。
いずれにせよ、予測可能なところを予測して、その予測結果からどう考えていくか、どうしていく
かってことになるでしょう。
ただ、政策もそうですが、刑法が先に出てましたが、法というか規範の問題は、物質的な
事実の問題とどうつなげるのか、その辺りはまた少し違った様相を呈しそうな感はありますね。
>>439 うん、だから、もう程度とかバランスとかの問題。それぞれの領域で関連しながらも、少しずつ違った
程度で決定論的な要素を取り込んでバランスと取っていくんじゃないですかね。
ごめん、ごばっく
>>458 十分な精度を確保すりゃいいだけでしょ
何も素粒子全ての位置状態を把握する必要があるとも思えないが
いや、完全予測・予知はそもそも無理だよ?
>>442 全能な者って…どんな人よ?まさか自分とか言うなよ?
>>439 何を言うんだ。キチガイほど自由なものはないぞ。
464 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:43:37.07 0
>>457 んじゃその最初からない設定のルーツを聞こうか?
465 :
あまの:2014/03/09(日) 01:43:39.43 0
466 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:43:45.08 0
467 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:44:49.99 0
>>464 ないものにルーツはないから
答えようがないな
道徳や倫理や法律等に従う場合でも、
本質はルールに従う/従わないを自分で決めているという事ですよ。
自分で、という事については、
最近はリベットの実験を反駁として挙げるのが流行りですが、
全ての行為について、
意識ではなく無意識が行った。
私ではなく脳が行った。
リベットの実験からこの種の結論を引き出し、
それをもって自由意志は不可能と言うならば、
この「無意識」は完全に「トロイの木馬」となります。
アインシュタインの相対性理論の発見は、
アインシュタインの功績ではなく、
アインシュタインの脳(無意識)の功績である。
この言明は馬鹿げています。
「アインシュタイン」と「アインシュタインの脳」
の言い換えに、全く意味がないからです。
うん、こういう流れ読まずに平気で長文垂れ流せるのは「自由だな」と思う
>そりゃ神様は決定論なんぞ覆せるだろう。
神の領域である確率を扱うサイコロは、決定論に従わないな
471 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:46:29.94 0
何かがみなぎっているんだろう
そういう時間だ
472 :
あまの:2014/03/09(日) 01:46:50.68 0
真実って現実の描写の収束ポイントだと思うわ。
473 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:47:03.79 0
>>467 それじゃあ黄檗氏の問いかけには答えられないな
>>461 そうですね。予測・予知の精度の問題でしょう。
そして、予測されたものが我々にとってマイナスの価値を有するもので
あった場合に、それをどのようにしたら変更できるのか、もしくは出来ないのか
って話になるでしょう。
しょうがねーな時間は浪費するのに非建設的なループしかできない君らにヒントを与えよう。
設問1.
すでに決定した過去に戻った時に前回のその時点と逆の手を上げることがあるでしょうか。
476 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:49:46.44 0
>>475 過去なんて宇宙誕生の瞬間から存在したことはないからな
「私ではなく、私の脳がやった。」
という主張を行うのもナンセンスです。
「脳」とは「そいつの脳」であり、
「そいつの脳の行為」は「そいつの行為」でしかない。
茫然自失やら心神喪失やら自制や自覚の有無やらは、
何も変わらずに基準として存在する訳ですからね。
>>475 過去に戻れる時点ですでに決定論ではないような
479 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:53:28.75 0
決定論を信じてても
社会ルールの中で自分の行為を決定論のせいにするのはちょっとアレな人
混ぜて考えること自体不思議だわ
まったくだぜ
「我有り」を疑ったぐらいでアスペ呼ばわりするキチガイも居るし
意識を中心に考えると、過去に戻った時点で違和感を感じるので脳内物質の出方が違っている。決定論はその時点で破綻する
決定論と自己による行為の不可能を簡単に
セットにしてしまう人は論理的思考が不足しています。
少なくともそこに熟考の余地がある事は留意すべきでしょうね。
>>476 スペースの次元を認めて時間軸を無視する必然性がない。
お前は2chのタイムラインにそってレスしてる時点で時間軸に身を委ねてる状態。
>>478 は?今のお前いったりきたり無限ループしてるよ。
>>901 お前うるせーよ。(あ、タイムトラベルw)
484 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 01:58:01.24 0
単純にルールを理解する能力に欠けてるんだろうな
このスレにはそんな人いないよ
そもそもあらゆる制限を取り払われた自由に人の精神は耐えられない様に思う
あ、
>>901は静かにする様に
487 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 02:00:31.15 0
>>483 過去に戻ると言ってる時点でその時間軸を完全に無視してるような気がするんだが。
489 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 02:03:57.59 0
>>483 時間軸?
何を言っているんだ
俺には文字しか見えないよ
>>489 馬鹿だなー
お前のレスに日時があるだろ。
お前のレスは凄いまともで時間軸仮説に何ら反しない。おれの過去の発言に対して時間的に直後に極めて論理的なレスを返してる。
それは他の掲示板もでも同じことだ。
スペースの次元仮説について認めて時間軸仮説だけのけものにするのは不条理である。
ただ、ひとつ、其の法則に反する可能性のあるレスが綺羅星のごとく輝いてるわけだ。
>>483が成功すればお前の頭のおかしい仮説が正しいことになる。
>>1001 名前:1001[] 投稿日:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
そんなバカな!!!
492 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 02:13:38.14 0
>>490 自分もこれまでは現在、過去、未来があると本気で考えていたんだがな
色々調べてみると、どうも空間と時間は同義であって
自分は未だかつて現在しか体験したことがないことに気がついたんだ
>>492 あるのは時間軸仮説の妥当性が今も過去も未来も外人も1から1001のレスにも広く膾炙して通用するという事実。
494 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 02:26:47.08 0
事象の整理方法として
有用なのは分かる
>>490 SFな話は嫌いじゃないから乗っかってみるけど。
過去に戻れるんなら、その過去はいかなる視点から見ても、別の新たな未来だろ。
もし、過去に未来からきたそいつが存在していたとするなら、そいつはどこからやってきたんだ。
アンタのいう時間軸から切り離されてる存在なんだから、存在し得ないぞ。
>>492 一見矛盾しているようだが、
それは、量子論的に観ると正しい。
時間の起点と終点はいつですか?ビッグバン?
499 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 02:32:50.60 0
仮に過去へ遡れるとする
しかし自分に過去に遡った記憶があるということは過去ではないな
500 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 02:33:59.92 0
実はまだ
>>483はそれを書き込んでいない可能性がある
>>499 まずそこが第1ステップ。
では、youtubeのシークバーを操作するニートは同じ映像を無限ループさせてるがニート自体は時間を浪費しているわけだ。
巻戻りは因果律やエントロピーから不可能といわれてるだろ
>>498 全てが元に戻ってるだけなら、それはもう戻ってるとはいえんだろう。
単に過去があるだけ。アンタのいう時間軸を単にさかのぼったってだけ。
もっと言えば、ある時点からはじめて、ランダムに現象が生じるのかどうか
ということだけなので、わざわざ過去に戻る必要など無いよん。
504 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 02:43:20.40 0
歳をとると時間が早く進むと感じるだろう?
時間とは変化を観察することによって感じる概念だ
経験を積んだ人間は、かつて見た物事に注意を払わなくなる
つまり子供にとって世界は変化だらけ、時間は早く経つ
大人にとって世界は変化のない世界、時間はあまり進まない
しかしここに客観的時間と呼ばれるものがある
それが天体の運動、つまりカレンダーだこれは残酷なほど一定の速度を維持しているため
年齢によって時間の流れに差を感じるようになる
物事を注意深く観察すればするほど
時間は長くなる
これマメな
>>503 では、過去に戻った時に別の手を上げることはできない、と?決定論者的には。
>>505 だから、過去に戻る必要なんて無いって。
決定論にもよるけど、いずれかといえば、過去だろうが今だろうが、
別の手を上げることは出来ないでしょう。
507 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 02:48:37.18 0
いや、俺たち実は全員過去に戻って
前とは反対の行動とってるんだけどな
記憶の量すら逆行するから気づいてないんだよ
508 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 02:53:11.84 0
475がすべて悪いw
509 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 02:54:12.35 0
>221が間違ってることを理解してからその手のことを考えろ
510 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 02:56:07.01 0
理想的サイコロで決めたらどうなる?
量子力学的な波の収束確率を使って完全にランダムに左右を選んだら?
512 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 02:59:06.22 0
>>510 やっとこっち側の話になったね
宇宙の全てはフラクタルだよ
お疲れー
「我々の世界」においては何度やっても右になったりする
>>507 不可知な領域を思考して、すべての確からしさを疑うとほぼなんも残らんぞ。
そんなこと言い出したら、決定論以前に決定されるか非決定かを断ずる対象
のほぼすべてがなくなるわ。アンタのいう過去とやらもなくなるし、記憶もなくなるし、
時間もなくなるわい。
515 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 03:06:17.03 0
>>294 大丈夫です
僕もあなたのレスを読んで理解できないと思ってますから。
ただ、あなたがミスをしている(もしくは嘘をついている)と仮定することであなたを理解できてます
比喩で言うと、僕はあなたの駒の動かし方に一貫性のあるルールを見いだせてません
しかし、あなたがルールをご自身で間違えている、もしくはルールを意図的にごまかしている
そういった上で言葉を使ってるのではないかと勝手に推測しています
>嘘の何が問題か
嘘をつくということはルールが一貫してなくてもよいということです
僕はここに問題意識を持ちます
しかし、あなたがそれを理解できるとは限りませんし、理解させようとする意図も僕にはございません
一貫してることは実は異常なんだぜ
>捏造であるならば矛盾を含んでも含まなくても過去と切り離された歴史であるのは当然だ
僕はそうは思いません
そもそも「歴史」は言葉であり、「過去」は言葉ではないので、歴史が過去であることは(ねつ造でなくとも)論理的にありえません
しかし、「ねつ造」とは「過去」と「歴史」との断絶された関係を指す言葉ではありません(そうならば「ねつ造」という単語は無意味になる)
あなたが書いた文章、あなたが用語を厳密にルールに合わせて使用してるならば理解できないものです
しかし、僕はあなたの言いたいことがなんとなく分かる
これは、あなたにルール違反があるのだろうと勝手に推察しています
すべての歴史は「過去に反する歴史」と「過去に反しない歴史」に分類できます
ドラマのガリレオの湯川准教授のように「ありえない」とかっこつけて言うことはできます
つまり、「ありえる歴史」と「ありえない歴史」があります
すべての「歴史」を「過去」と切り離して「捏造」とすることは
ありえる歴史とありえない歴史の境界を壊すことと同義です
そして、ありえない歴史を排除しようとする態度と共に、歴史は緩やかに過去とつながりをもつのです
僕はあなたにおいて、歴史を過去とつながりを持たせる努力を見出すことができない
そこに、あなたにルールを守ろうとしない態度を見出すわけです
ですから「あなたは過去を認めになるか?}「あなたは嘘をつくことが可能と考えるか?」という言葉が出たわけです
なぜならば、歴史と過去との関係を、次元の異なるまるで関わらないレベルで考えるならば
それは過去と歴史の関係を壊すことに他ならず、歴史がいかなるルールによっても統制されないことに他ならないからです
続き
>>296 ・政治について
「イラクに大量破壊壁があったかどうかは本質的な点ではない」とあなたは言いますが、僕はそこが本質的な点だと考えます
しかし、僕には、パウエル国務長官が退任しきっかけですし、嘘によって利益を得ることを恥じることは何より優先されねばならないと考えます
似たケースが昨今の日本にもありました
安倍首相が憲法の解釈改憲で集団的自衛権を合憲としようとしたことです
一部の新聞は「それは立憲主義の否定だ」と言いました
このことも政治における本質的点ではないことになります
あなたにとって政治の本質的点は「集団的自衛権を行使すべきかどうか」にあり
それがルールに則られて行われてるかどうか、立憲主義に適って行われるか、無視して行われるかは本質的な点ではないのでしょう
「それが実益に適うならばルールを無視してもよい」
これが政治のポイントだとあなたは考えてるのでしょう
僕はまったくそう思ってません
どんなに善いように見えることでも手続きを無視することは悪いことだと考えます
ここに僕とあなたの立場の違いが鮮明になりましたね
520 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 03:24:21.77 0
これちょっとあれだね
知能指数高い自閉症ってやつ
うちの兄貴と殆ど同じ匂いだわ
薬飲み始めてからだいぶ緩和されてきたけど
本気で本人じゃないのかと心配になるんだが
違うよね?w
>>506 絶妙な官僚答弁ありがとうございます。
ニーズに関しては空を飛びたい、遠くの人と会話したい、大阪東京2時間で移動したいと夢を見てきて実現してきたようにタイムトラベルは不純な動機含めて昔からある。
もちろん全てに副作用はあるがね。
視聴者は映画のDVDでもフィルムでも何度もループ再生できて同じ場面を何度も見返すことができる。
その映画という閉鎖系世界の外にも我々が暮らす物理空間があって一つ上の次元から神様的な視点で怖い映画も見ることができる。
でもループ再生で同じ場面が流れても視聴者の受ける印象は違う。こちらは時間が経過しているから。
映画フィルムというパッケージされた世界はいくら巻き戻しされても同じセリフを繰り返すように見えるが物理的にもフィルムがちょっとずつ傷つく。(データも純粋な意味で100%保存・コピーは不可能)
一般的に意識している3次元空間プラス時間軸の4次元以外の次元の可能性について理論物理学とか聞いたことがあるだろう。
別次元からの因子によって別の手を上げることは決定論的に全く否定出来ない。
ただ、別宇宙とのチャンネルが開いたら手の左右どころじゃなくて人間終了レベルのエネルギーで崩壊しそうな気がするけど。
>>515 おい、ネタじゃなかったぞ。びっくりだ。
SF好きやから乗っかってみたらエライのが来たぞ。
523 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 03:40:17.73 0
524 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 03:40:33.51 0
525 :
520:2014/03/09(日) 03:42:23.28 0
526 :
520:2014/03/09(日) 03:46:16.86 0
つかずっとアゲてた
皆さん、すみません
orz
528 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 03:48:44.73 0
>>525 俺のレスの宛先age520がsageでレス返す意味あるのか?
というか、
意味不明。
波平臭い。虚言癖ではないのだけれど、自身の立ち位置を重力に逆らって置き換えまくって逃げ延びる戦法は、既に解析して破壊方法も用意してある。
529 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 03:51:31.76 0
自演と嘘つきと「捨て身身代わり」(この波平得意の技には後に一言必殺フレーズを用意しておく)
のことは俺は人間だと思ってないから、機械相手にハンマーで叩きつけるように際限なく行くよ。感情も心拍数も動かないまま。
既に挙動不審である件についてw
531 :
520:2014/03/09(日) 03:54:24.57 0
>>528 誤解すんな
本当に心配してんだよ
馬鹿にしてるつもりは全くない
ウチの兄貴も穏やかになってから
本当に喜んでるんだ
相当辛かったようで
俺を叩くのは一向に構わないが‥
532 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 03:56:27.13 0
俺も、お前が死んだところで何も思わないから、関係なくぶっ潰す。
533 :
520:2014/03/09(日) 03:59:10.23 0
俺が兄貴の様子を心配し始めたのは
母親が兄貴の弁当に箸を入れるのを忘れて
それについて文句を言ってた時
その様子がちょっと異常な感じがして
ヤバイと思った
後から聞いたら
母親に10枚くらいの長い手紙書いて
母親を責め続けたらしい
弁当の箸のことでだよ?
当時、兄貴は自分の異常さに全く気付いてなかったらしい
とにかく母親に何かをぶつけてたみたいなんだが、母親相当泣いてたらしい
534 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 04:01:59.60 0
SF好きw.
おしゃれサブカルのつもりかしらんが。多元宇宙論なんてさんざんこすられた話。
>>507のレスがSF好きの訳ないやん。ネタでも最低限の理論的整合性残すから。
星新一ってSFか?www
537 :
黄檗:2014/03/09(日) 04:19:38.94 0
>>234 物質が精神よりも起源が古い、そのことを認めてしまうと、
それに「精神は虚無から生じない」という追加条件を補足すれば、
唯物論の優位は揺るがないのです。
ただこれは、この限定された条件下での論理を優先すれば、です。
*********************************
物質を意味づけるのが精神の仕事
たしかにそのように思えたりしますが、しかしそれはフィクションです。
少し内省すれば、結果として意味づけられたものが意識に浮上しているだけです。
その結果、それは何の所為?やっぱ精神ってもんだろー。ってことにするわけです。
こうやって「意識が」「精神が」と語ることができるのは
それらに既に「意味がある」からです。
重大問題なのは、「意味づけ」「意味の成立」を可能とするものは何か、なんですが
それも精神だ、と言って止まっては「実益」とはならないのです。
なぜなら、そんなものは「使えない」から。
結局、人間の知識なんてのは、経験則も原理もひっくるめて
どのボタンを押せばどの装置(or人間)が動くか、ってことだけなんです。
538 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 10:08:17.75 0
>>434 >気まぐれな選択は予測もコントロールもできないのだから、「経済政策」なんて無意味になる。
> 精神の自由なんて言っても完全に自由なものとすると、それはそれでおかしなことになる。
経済(政治もそうだけど)みたいに複数の人間の自由?意志が関与する事は、個々人の意志がどうであっても
予測なんかできないよ。むしろ選挙結果なんかが事前にある程度予測できること自体、不思議でしょう
日経平均が1日の始値から終値まで1円でも上がるのか下がるのか確実にわかる奴がいたら、そいつは
1年もしないうちに世界一のお金持ちになれる
選挙結果が予測できるのは、世論調査をして個々人の意志を調べているからでしょう。
540 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 10:35:32.94 0
>>537 「結局、人間の知識なんてのは、経験則も原理もひっくるめて
どのボタンを押せばどの装置(or人間)が動くか、ってことだけなんです。」と
述べているけれども、そのボタンを押すのは、“自己の意識(こころ)”ではないでしょうか。
541 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 10:38:22.23 0
>>539 経済政策はある意味選挙結果で決まるわけだから、コントロールは出来てることになるよね。
個人の意志の総体が消費税増税を決めたということになる。まあ、おれはそれでいいと思う経度。
542 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/09(日) 10:42:24.98 0
>>537 「物質を意味づける」との謂いが実在論的誤謬。
その“物質”なるものが、すでに意味(観念)だからである。
何の意味(観念)か。むろん“現象”である。現象を表徴、意味に変換するのが“主観性”だ。
主観性の“出所”はわかっている。身体である。主として脳が機能し(働き)厳密には働かされ、
質感を伴う意味(観念)や抽象的概念を表出する。この機構は、深く問わなければw唯物論的だ。
が、幾度も述べたように唯物論的言説(物理学)では“質的差異”を普遍的に表記しえない。
ロマネ…とクズワインの質的差異を物理学では記述できない。可能なのは成分の数量化だけだ。
それらが明らかにされても、なお「くずワインのほうが美味」という主観の多様性は残る。
主観は“物質”に還元できないのである。
543 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 10:50:51.98 0
>>542 そんな大げさなことではないと思うよ。
飼い犬にだって食べ物の好き嫌いくらいはあるだろ?
その犬の経験を蓄積した脳が好き嫌いを決めてると考えてもいいと思うけどな。
544 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/09(日) 11:03:21.49 0
>>537 最後の二行が黄檗氏の結論のようだ。いかにも短気な気質にふさわしく短兵急なそれである。
>>540が突っ込んでいるが、何がボタンを押すのか、その先を問うべきでしょう。
そこからが“哲学”である。黄檗氏は“脳”と答えるのかな?最高位なら《私》だろう?
545 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 11:03:55.98 0
>>542 「表記できない=脳の物理的機能ではない」というあまりに短絡的な発想が間違いなのでしょうねw
>>545 動画がグロいと思うなら、張り付けたりするな。
むしろ、貼り付けるお前の行為がグロいと気づけよ。
柏の通り魔みたいになる前にな。
548 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 11:18:02.77 0
>>547 おまえ、知能指数低いのか?
言語の読解に問題有りだぞ?
養護学校系だろ。
あたまわるいやつの考えることはまったくわからない。捻れてる。素直に伝達情報を受け取れていない。
>>548 おまえ、ほんとに通り魔にならないよう気を付けたほうがいいよ。
話の流れに全く関係ない動画を張り付けたりすることが異常者の行為だと言ってる。
550 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/09(日) 11:23:37.58 0
>>543 その好き/嫌い(の契機と理由)は、イヌの脳をどう弄くろうとも観測不能。
また「蓄積した経験」を脳のなかに見出したひともいない。
「脳が好き嫌いを決める」との謂いも、脳を擬人化、というか、主体化しすぎ。
551 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 11:24:03.16 0
>>549 通り魔みたいな小さな事はしないよ。
やるなら、もっと。
というか、レベル低すぎ。国くらいひっくり返せよ。
>>551 >国くらいひっくり返せよ。
柏の通り魔も全く同じようなことをわめいていたこと知らんのか?
553 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 11:32:49.37 0
>550
>「蓄積した経験」を脳のなかに見出したひともいない
最近の大脳生理学では記憶をつかさどる場所がだいたい解りつつあるようですよ
海馬とか、昔は何のためにある器官なのか解らなかったところとか・・。
まあ、記憶が天上界にあるクラウドに保存されていて、思い出すたびにそこを
参照していると思うなら、それでもいいけどw
554 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 11:35:39.40 0
>>552 無関係の人間を殺してどうなる?利益がないだろ。
自分のエゴのために生きてる屑なら、自殺でも水爆10億人殺害でも、どっちでも勝手に発生してろよ。
頭悪いな。
というか、思考が未熟。自然法を理解し、悟りくらい開いてから他人にアドバイスなんていう意味不明なアクション取れよ。
おまえ自身が感情的な無意味な殺人おかしそうな人間だ、ってオチじゃないのか?
おまえの驕り、「事故」を起こすよ。断言する。
>>1
>>554 結局、大口たたいても、通り魔さえやる勇気もないチッキン野郎が笑わせてくれるわw
やれるもんならやってみろ!www
556 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 11:44:45.57 0
>>555 おまえ、自分のレス、見てみ?おまえ、頭おかしいから。
555 :考える名無しさん:2014/03/09(日) 11:41:56.71 0
>>554 結局、大口たたいても、通り魔さえやる勇気もないチッキン野郎が笑わせてくれるわw
やれるもんならやってみろ!www
>>1 面白いから晒しておく。
>>550 判断ももたらす情報や記憶は単なるデータであって、
何かしらの形で、脳に存在していると考えるべきだと思いますが。
少なくとも現時点でそれを観察および抽出する事は不可能というだけで。
「主観を還元できない」という事の本質は、
どのような説明をし、物理現象に置き換えたとしても、
「ワインを味わってしまっている」という点にあります。
当然これは「クオリア」であり、唯物論的には「幻想」となる(らしい)ものですが、
ワインの味は紛れもない事実であり、その物理的な解析そのものは「味」ではない。
「痛み」はもっと分かりやすい。これらの主観的事実が、
本質的に我々という「有機的機械」に対し持つ現実性について、
唯物論はその「還元」の意味を再考しなくてはならないでしょうね。
>>556 だから、異常者はいらんから出て行ってくださいよ。(from1)
559 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/09(日) 11:51:11.53 0
>>546 そんなことはいっていない。
「表記できない」のなら“不可知”とすべき。
すべては(機械氏のいう意味の)物質でないのは明らかなのだから。
しかし数学に依拠する現行の科学が“意識/物質、精神/身体、情報/力”の二項図式を超えて
それらを包括的に表記できるものに拡張されるときはこないかもしれぬ。
560 :
黄檗:2014/03/09(日) 11:51:35.99 0
>>542 物質を意味づけ、というのはゲームさんが言った台詞です
>>234 “物質”を、物質とは違う内容を意図して使われたのですか?呼称?
**********************************
現象も、既に意味づけされたものだろうと思います。
なぜなら、「現象が直接に<私>の前に現れる」ことが既にフィクションだからです。
**********************************
質的差異
物理学によってワインの美味しさそのものを表現することはできません
しかし物理学に拠らない、いかなる記述もまたそれを表現しません。
ロマネなんたらのすばらしさを、どんな表現を用いても良いから、
言葉によって過不足なく伝えることが可能でしょうか?
実際、評論家はそうなることを目指しているのでしょうが、言語による伝達可能性は、
受け取る側の能力(感性、知識、知性)に拠るところが大きいので、結局は無理です。
では、一番納得できる方法は何か。
ロマネなんたらを実際に飲むことです。
当のワインと呼ばれる物質を、この肉体という物質にぶつけることで成立するなにごとか、
があるわけです。まったく唯物論的な話だと思いますよ。
物理学は記述であって、物質ではない。
人間はそのことを理解しているはずだと思いますが、違いますか。
561 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 11:52:52.87 0
>>557 その「現実性」が、犬にもある可能性は高いね。脳を持っているから。
ワインの味ではなくてドッグフードの味かもしれないけど。痛みなんかだと
カエルなんかにもあるんじゃないかな?
562 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 11:57:09.44 0
558 :考える名無しさん:2014/03/09(日) 11:48:07.49 0
>>556 だから、異常者はいらんから出て行ってくださいよ。(from1)
↑
この人が
やばいだろ。この頭の具合。
>>1 この人
↓
1 :「機械的唯物論」者:2014/03/03(月) 23:24:20.44 0
人間の脳が「物質」であることには、誰も異論がありません。
しかし、脳内には物質以外の「何か」がある(筈)と考える人が居ます。
・・それは願望思考・自己欺瞞という「観念論的誤謬」です。
人間の脳を構成する千億個の神経細胞は軸索を伸ばし、突端ら
分泌する神経伝達物質で、他の神経細胞に情報を伝えるだけです。
勿論、脳内には核分裂のような原子核反応もありません。
分子生物学と生理学の対象分野「分子レベルの現象」が全てです。
「この宇宙」で人間の脳だけが「特殊な物質」であるとする科学的根拠は
全くありません。人間の脳も地球上における「物質の進化」の一過程に
すぎず、人間の脳が造り出す『意識』も何ら「特別」ではありません。
『意識』は『クオリア』を持つ動物全部に生成する現象です。
「何を思うか何を意志するか」は、あらかじめ物理・化学法則により
決定されております。自由(意志)感は文字通り『感じ』にすぎません。
量子論の「不確定性」は意識には何の関係もない「単なる観測問題」です。
以上が「超・大統一理論」=量子論と相対性理論の統一後に残存し得る
『唯一の最終真理(思想)』の輪郭です。全宗教全観念論は徒労です。
前スレ◆決定論:脳は物質だから意識は必然に過ぎない226◆
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/philo/1392563332/
>>520で「高機能自閉症」という仮説が出てから、
何名か(あるいは一名)の言動が見る目におかしいw
自閉症か、そうでないか、更には、正気か、そうでないか。
実のところ哲学的文脈でそれを説明する事は難しいし、
もしかすると意味がない事でさえあるかもしれない。
だからこそ、この言葉への敏感な反応には現実味が伴うw
哲学の領域ではなく、その人の現実全体を反映した、
いわば「ガチレス」という事ですね。
君は正気か。自閉症か。アスペルガー症候群か。
これらの問いに対して、釈明を試みれば試みる程、陥穽にはまる。
機械さんや私などが時折「そこそこの社会人として生活しているアピール」
するのは、自分が「まとも」である事を常識に訴えて示している
という意味もある。
優越的な何かを得たいという俗的な感情かも知れませんが。
>>561 あるだろうね。だから何も特別な事ではない。
ただ、それを還元できないと言っているだけです。
落ちますよ。
565 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 12:01:39.66 0
>>558 逆に興味深い。
俺が、おまえのことを、これから、もっと もっと 追い詰めていったら、
『果たしてお前は俺を殺しに来るだろうか?』
その実験をしよう。
陰謀論者って呼べなくなったから異常者って呼んでる口だろ?その知能の程度も観察済みのパターンの中にある。
人の神経網は全身に広がっているから記憶が脳にあるとは限らない
細胞が量子効果を使っているなら記憶がこの次元だけにあるとも限らない
煽り煽れてすぐに理性を飛ばす様だとIQが下がって思考力が落ちて簡単に他人に洗脳され利用されるぞ
自分の能力を高めたいならネガティブな感情を大きく育てない事ように意識することで
自分でコントロール出来る
悪意や憎しみを自分の中で育てる事は知性や思考力を失う事と同じ事で自分にとってマイナスでしかないよ
蛙や犬にもある「それ」を、消去するのでなく
より拡張・深化させるようにヒトが進化した。
そういう「有機的機構」を「持ってしまっている」事については、
留意を怠るべきではない、という事ですね。
まずは現実から始めましょう。
>>560 いいレスだ。
568 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 12:08:39.02 0
まあ、英語でしか本気で反応しない俺だから、日本語で馬鹿にしまくって遊んでる感じはあるんだけどね。
阿呆が発狂しまくって笑える、ってのはある。で、英語で反論来ないから、全然もう一方通行。
檻の中の猿にバケツの水をかけてるみたいな感じ。
与えられた水という道具を、使うことも出来ずに濡れて寒がるだけの猿を見て、「これでは駄目だな」と冷静に観察している。
569 :
黄檗:2014/03/09(日) 12:18:28.07 0
>>544>>540 最後の二行(
>>537)はですね、知識とはどういうものか、
ボタンを押す判断をするための、有利な材料を集めるのが知識でしょう、
ってことを言いたいだけです。
何がボタンを押すか
その主観と呼ばれる亡霊であっても、結局は物理的な作用に追従するのです。
また、主観が本当に判断したかどうかは、物理的にボタンが押されるまで分からないのです。
ボタンを押してしまったら、それを主観が判断したのだと、後付けで言い訳するように
できているとしても、問題ないのです。
570 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 12:18:39.94 0
物理法則では意識/クオリアが働いている人間の主観的な体験、感覚は「表せない」 ←これはわかる
意識/クオリアは物理的なメカニズムで発生している ←これもわかる(推論できる)
あれ?俺は何が腑に落ちないんだっけ?
571 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/09(日) 12:23:47.80 0
>>553 その「場所」とは、細胞?いずれにせよ“物質”と呼ばれるものでしょう?
しかし、それをどのように拡大しても“記憶”は観測できないのではないか。
状況証拠から>>557も述べているように、脳にそれが保存されているらしい、
とはいえる。が、この言述がすでに二元論的である。“情報/媒体”が記憶の正体
といっているに等しいからである。
この「記憶」は“主観性”の出どころの一つである。
記憶は、場所に蓄積されるものじゃなくて、セルアセンブリのどこか一ヶ所でも刺激されようものなら
そこから連なる電気信号が、記銘された電気経路を走り抜けながら、意味を成すまとまった情報を
再構築するわけだから、その動きそのものを「観測」とするしかないんでしょうね・・・
573 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 12:41:19.19 0
>>570 両方を並立させつつ一貫してる考え方が見つからないということでは?
574 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/09(日) 13:00:17.38 0
>>560 現象は“私に”ではなく“意識”に現前します。
なお、ロマネを身体では味わうことはできない。何度も例示したので気がひけるがw
黄檗氏を眠らせ、それを与えても、身体が機能しているにもかかわらず、無感覚だ。
「ワインという物質を肉体という物質にぶつけても」その質感は“無”なのである。
物質同士が触れたのだから、物理的反応は生じるだろうが、熟睡中の黄檗さんには、
せっかくのロマネのクオリアを味わうことはできない。意識なしには、感覚も感情も
知覚も思惟…も発祥不可能。が、これは典型的な二元論である。ここでは物質は媒体
として必要条件を担う。あるいは“下部構造”的役割を果たす。
575 :
黄檗:2014/03/09(日) 13:08:23.54 0
眠らせるとか言い出したら、意識は結局、身体の機能ってことになるのではないですかね。
576 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/09(日) 13:17:52.77 0
>>575 はじめから、そういっています。意識は身体の働きによって表出される、と。
577 :
黄檗:2014/03/09(日) 13:29:23.67 0
>>576 起きているときと、寝ているときでは
身体の機能は同じなんですか?
違うとするなら、その違いが意識の表出に関係しているわけでしょう。
これ、二元論になりますか?
578 :
黄檗:2014/03/09(日) 13:33:32.64 0
下部構造も結構ですけど
それを定立することで、人間にとってどんな効果が生まれるのか「のみ」が
重大問題だと思います。
物理学のさまざまな概念の役割は、そこに尽きるわけです。
物理学が物質なのではないのです。
物質にとって物理学なんて知ったこっちゃないんです。
579 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 14:11:24.88 0
>>569 現代の「物質」の概念は、「心身二元論」を基底とした「デカルト的三次元空間」が、
基となっているけれども、彼方は「物質」の概念を、どのように定義しているのでしょうか。
“ロマネを一度も飲んだ記憶をもたないBさん”と“Aさん”がロマネを飲みに行き、
実際にそれを飲み、“Bさんが持つ味のクオリアとそれを言葉にしたもの”(C)に関して…
“事前にBさんがAさんにより睡眠中ロマネを飲まされた経験”を持つか持たないかの
2つのケースで分かれる2つの“C”を、Aさんは実際的に、両方共獲得することはでき
ない(どちらか一方のみしか獲得できない)し、勿論差異をとることもできない。
BさんはAさんにとってひとりしかいないし、Bさんの初体験は一回しかあり得ないため。
クオリアはこの問題もありますかね。
一度でも飲んだロマネと身体の反応結果は、化学的に身体の組成変化として残ると思うが、
無意識にも記録されているのか否か、思い出せるのか否かはわからない。
身体(化学的組成変化?)と無意識(?)と意識(言語的組成変化?)の
3者の相関関係はどんなものなのでしょう。
マルチエンディングのゲームはその辺の歯痒さをついたものということか
>>581 知識欲を突いた商法だな
漫画や小説も先を知りたいエンディングを知りたいと言う欲を突いたものだし
583 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 16:47:30.90 0
>>319 これもの凄く興味深いな
文字が見えて会話が聞こえても意味が取れなくなるなるところ自分の境界が分からなくなるところ
脳卒中が右脳だった場合はどう感じるんだろう
>>516 winwin氏、よくお読みください。
私は「嘘の何が問題か」と言ったのではなくて、
「嘘というものの成立する条件を破棄などしていませんよ」と
言ったのですよ。
私の書き込みでは、言葉の定義はごく普通のものを使っていますし、
論旨も普通に読んでいただければわかるし、ルール違反も特にしていないと
思いますが、なぜそんなにご不満なのか、どうも
「さっぱりわからない」(by湯川)でありますw
嘘は、一般論としてはつかない方がよいと思います。
(私はどちらかというと馬鹿正直だと注意されるような人間でありますw)
なぜかというと、「嘘をついてはいけない」というルールが制定されて、
皆がそれを守りがちな世の中の方が、おおむね誰にとっても得だからです。
「利益」が目的で、「ルール(道徳や倫理でも同じ)」が手段です。逆ではありません。
それが問題の肝ですね。
ただし、このことをあからさまに公言することは、手段としてルールを
定めた目的に反することがしばしばあります。だから、ルールはあくまでも
「自己目的」であるかのように守られる必要があります。
ここにカントのような(私に言わせればどう考えてもおかしな)考えが
珍重される意味も、パウエル氏のような剛直な行動が尊重される理由も
あるわけです。
ただ、政治、とりわけ国際政治というのは、まさに土壇場では「利益」が
「ルール(法)の支配」に優先するという通常は覆い隠されている「本音」
が噴出しがちです。(理由はまあいろいろありますが。)
こんなことは私が言うまでもなくたいていの人はよくわかっていますが、
それを再確認しているだけであります。
>>519 立憲主義ですか。日本では防衛問題に関する立憲主義はそもそも成立していません。
自衛隊は明らかに憲法9条に違反しているのに、長らくその現状が放置された
ままなのですから。自衛隊合憲という巨大な「解釈改憲」を放置しておいて、集団的自衛権
などというつまらない(小沢一郎氏が「集団的自衛権より個別的自衛権の方がよほど危険だ」
と述べていましたが、一理あります)解釈改憲で大騒ぎする理由がわかりません。
立憲主義的には憲法を改正するのが最も望ましいのですが、なぜできないかと
いえば、理由は2つあります。
一つは外国(特に中国はじめ東アジア)が反対しているからです。
日本の憲法はそもそも平和主義とは何の関係もなく、「日本は悪い国だから、
二度と武器を持たせてはならない」という第二次大戦後の戦勝国の意志によって作られたものです。
とりわけ現在の政治情勢では、中国や韓国は日本の憲法改正と軍事力の増強が
自国の利益に反するとして(本当は違うと思いますが、説得はまあ不可能でしょう)、
猛反対するに決まっています。
二つは、国民(憲法制定権力)の多くが反対しているからです。
国民が改憲に反対なのは、別に平和主義者だからでも日本が悪い国だと思っている
からでもなく(左翼の一部にはそう思っている人もいるでしょうが)、
「軍隊を公然と保持したら、それは国民の責任で戦争をする可能性を認めるということだ。
戦争は怖いし自分が死の危険にさらされるのは何が何でも絶対にいやだ」と思っているからです。
ざっくり言ってしまえば、人間の最終目的は「自分の幸福」であって、国家の繁栄も他人の幸福も
ルールも何もかも煎じ詰めればそのための手段なのですから、こういう反応もまあ当然です。
つまり、この事例はまさに「むき出しの利益のためにルールの支配が押しつぶされている」
典型なのです。
安倍首相がやっているのは、「立憲主義というルールと、日本の国益という目的を
何とか両立させようとするぎりぎりの努力」なのですから、多少は大目に見られては
いかがでしょうか。(またスレ違いすいません。本筋の議論を続けてください。)
これだけ長文ぶちかましてログ流しておいて本筋の議論を続けてください、はねえだろ
ギャグで言ってんのか?w
病人に触るな
改憲派は50%を超えているはずだが
そして国民投票になると改憲は可決する
消極的な人は行動力が低く
現状を変えたいと思う人は積極的に行動し
それが投票行動に現れるからね
589 :
大王:2014/03/09(日) 21:54:46.17 0
震災のTVやってたが、
教師の判断で学校に残って子供が大勢死んだのが
「人災」だってよw
俺が科学そのものよりも嫌いなのは、
世界現象そのものの原理を知ることで、
後から「知ってればこう判断できた」という責任転嫁、
因果性の必然信仰から起こる攻撃感情の増殖で間精神の破壊を促進するから。
科学が人を病ませるのは、「知識の増大」である点。
これだね。
590 :
大王:2014/03/09(日) 21:56:57.22 0
>増殖で間精神の破壊を促進するから。
増殖で人間精神の破壊を促進するから。
科学万能の弊害はもうきているな。
591 :
大王:2014/03/09(日) 22:00:15.03 0
判断が人災なら、
震災を予測できない人々の判断も「人災」だろうよ
くだらねえww
「防げた」が増えれば「責任がある」も増える。
それは「知ることが増えた」と比例していること。
592 :
黄檗:2014/03/09(日) 22:05:10.44 0
テレビジョンを満喫しながら科学批判とは恐れ入るわ
たしかにwwwwwwwww
というか、機械的唯物論がもし真理なら、天災と人災を区別する
理由もなくなるはずでは。
それもそうだなwwwwwwwwwww
596 :
「機械的唯物論」者:2014/03/09(日) 22:58:47.56 0
>>571 >状況証拠から>>557も述べているように、脳にそれが保存されているらしい、
>とはいえる。が、この言述がすでに二元論的である。“情報/媒体”が記憶の正体
>といっているに等しいからである。
脳は謂わば「細胞コンピュータ」です。その中に「CPU」や「各種記憶媒体」「外部情報
インターフェース」等々の「機能」が(並行的に)作動するよう、「大脳皮質」「前頭葉前部葉」「海馬」
等々の「部品」が同時に作動するようにできているだけでなく、「左脳と右脳」という「業務分担」もある
ようで、それについて報告されている科学的事実としては「左脳が言語的処理を行い、右脳がパターン的処理
を行う」…といったものです。
左脳と右脳は「脳梁」という太い神経の束で繋がっておりますが、それは「まず右脳で処理してから左脳へ」
という情報と「まず左脳で処理してから右脳へ」という(両脳間の)情報のやり取りに使用されているようです。
そのことはかつて「てんかんの治療」として実行された「脳梁切断手術患者」による
実験で証明されております。
いずれにしろ「脳(と中枢神経系)」は「全体として有機的に機能する機械」ですので、「この部分は無意識」
「この部分は意識」「この部分はエピソード記憶」「この部分は意味記憶」「この部分は非宣言的記憶」
「この部分は志向的クオリア作成」「この部分は視覚の感覚的クオリア作成」等々…といった「切り分け」は
「原理的に難しい」ものと思われます。
597 :
「機械的唯物論」者:2014/03/09(日) 23:00:24.50 0
その点においてはコンピュータでも同様です。
例えば、「CPUの負担を軽減させるためにグラフィックボードを高性能なものに買い替える」といったようなことや、
「メインメモリ」「1次キャッシュメモリ」「2次キャッシュメモリ」 「外部メモリ」を適宜切り替えたり同時に使用したり
することと類似点が多いと思われます。
あるいは、「円錐形」の3次元CGデータを元に3Dプリンターで出力中のコンピュータ(のオペレーター)に対して、
「この円柱の底辺部分はコンピュータの内部でいえば何処に当たるの?」とか「この円柱の配色はコンピュータの内部でいえば何処に当たるの?」聴くことがナンセンスであることは、どなたでもお判りになると思います。
「脳という細胞コンピュータ」に関しても、「それと同様の設問」を設定すること自体がナンセンスであることは、
申し上げるまでもないと思われます。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
598 :
考える名無しさん:2014/03/09(日) 23:15:54.78 0
通り魔みたいな小さな事はしないよ。
やるなら、もっと。
というか、レベル低すぎ。国くらいひっくり返せよ。
>>なんか最近こういう馬鹿多いよね
平和主義的ノイローゼって奴?
日本破壊マン先生のブレインウォッシュはやべえぜ!!!
600 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 01:20:14.93 O
>>592 テレビ視聴に対し正感情発生するからだよ
感情って実は物質かな?
だとするとほぼ説明付くんだがさ
>>597 比喩になっていない。まるで猿の行動のようだ。
自然的な現象として人間の思考を分析するっていうのも、
人間の意識がそのように分析すべきであるという価値判断をして
るから生じることなんだけど、そのような価値判断が生じるのも
結局、自然的な現象にすぎないとか言い出したら、卵が先かにわとりが
先かみたいなループにおちいるじゃないんですかね。
分かってねえなー、意識とか価値判断とかのプロセスは虚構なんだよ
そういうつもりになっちゃってるだけ
604 :
黄檗:2014/03/10(月) 07:18:09.63 0
>>600 テレビっていい奴になったな
>>602 んー
人間は世界を論理によってしか理解しないのだが
もし論理が人間の内部で作られたものであるとしてしまうと
「論理を作る論理」みたいな話になって、
「論理を作る仕組み」に我々の論理を適用できる根拠が無いような感じもします。
わたしとしては、論理は人間に先立って実在する、と考えています。
賛成する人はいないと思いますけど。
605 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 07:25:48.70 O
まあ
寝るのは自由意思というより自然行為
ん?
言葉が不完全なのに論理が完全であるわけが無かろう
世界は言葉や論理では「割り切れない」
607 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 08:00:09.36 O
いや、始めに言葉ありき、だ。
608 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 09:23:18.78 O
何語?
ヘブライ語の「シェマ」が翻訳され、最後に日本語になったのが
>始めに言葉ありき
610 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 11:59:20.35 0
>>604 機械氏のコンピュータの例で言えば、C言語とかアッセンブラとかプログラム言語が
なければ、コンピュータはただの箱だろう?
円錐形のデータのメモリーとかプリントアウトせよとかの命令とかは言語で処理されるわけだな。
スキャナーで取り込んだ画像なんかもすぐに言語化されるわけだな。
ともかくヒトは「人間」に洗脳された脳で生きなくちゃならないから
その脳味噌が導き出す
>>1に限らずいろんな哲学的な仮説とは
根本的に100の内容の内99はでたらめなんだとおもう。
「生きなくてはならない生き物」っていう凄まじい洗脳から人間が
解放されて、例えばまぁ一応二十歳が人として成人だという定め
があるんだから、それ以降は生きるのと死ぬのを自由意志で
選択する義務を設けるとかね。
今は生きる義務と権利しかなく、そうなるとそれに従うしかない
生きる自由という不自由を強いられるしかない。
死ぬ義務(死刑)の他に、どうしても必然的に必要なのが死ぬ権利。
自殺ではなく、死にますよと申告して安楽死できる世の中がくると
洗脳されない自由な脳による人間真理がようやっと見えてくるだろうか。
612 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 12:17:30.79 0
>>611 >>1は基本的に人間は動物の1種類に過ぎないという世界観だろうと思うが、まあその是非はおいといて、
それに対して、人間だけが>死にますよと申告して安楽死できるようにすべきだというあなたの主張も
なにか不自然ではないか?と思うが。
>>610 そのコンピュータ言語は人間の言語に基づいて考えられたものでしょ?
だから、人間の言語が自然界の原理を的確に反映したものかどうか?というほうが先行する問題だろな
>>612 動物の一種類に過ぎなかったら、地球規模での循環にある生態系から
外れられなかったんではないかと思う。
ヒト以前と以後では、本能的な骨格から解離した異質の生き物で
それ以前の系とは異なる動物の系に入った感じ。
生きるとか死ぬとかの概念が始まったのも多分ヒトからでは?
つまり、人間というのは不自然な生き物の系。
それに伴って、不自然な生き物として自覚し、合理的なルールを
定めるのは当然ではないだろうか?
615 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 12:35:47.00 0
>>611 そもそもだれが何のために人間を「洗脳」するのよ?
616 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 12:46:21.19 0
>>614 わざわざ自然に従うよりも不自然を選択するべきだと言う意味というか理由がわからない
>> 604
> わたしとしては、論理は人間に先立って実在する、と考えています。
現実には論理は存在せず、論理は人間の解釈によって与えられる、と私は考えています。
論理的に思考するためには、二つのものを同じものとみなす能力を必要とするからです。
なお、能力というと優れている印象を与えますが、考えようによっては二つのものの
厳密な差異を見分けられないという能力の限界とみることもできます。
618 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 12:55:48.17 0
>>613 よくは知らないが、コンピュータ言語というのは人間の言語より数学
の数式に近いような気がする
数学自体は自然界の原理そのものだろうから、人間が自然界の原理を
読み取って記号化したということになる コンピュータ言語も
>>615 主観的には、苦痛による洗脳が始まる、そこから逃れようとする心因的自動マインドコントロール(造語)によって
親や他の人間に対して自然発生的に生きようと希望しているかのように見せる機能もあるし
親になるまで人間として生きてこられた人にとって、死にたくない、苦痛から逃れようと回避する行為が果たされ
生き続ける結果、安定の先にある生きたい意欲という心因的自動マインドコントロールとなって
自他により当然のように洗脳される。それが人間による人間の為の洗脳って感じ。
>>616 不自然を選択すべきというのは、例えば、自然に放っておけば川が氾濫してしまうから
人間は川に手を加えて自然な流れや勢いを不自然という人間にとって自然な形に
選択するということ。それは必要なことで、自然に従っているよりそうすべき合理性がある
そういうことと同列。
621 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 13:03:20.40 0
>>617 コンピュータは論理に従ってしか動かないでしょ?ただの機械なんだから、
人間が滅亡してもコンピュータだけ動いている状況はありえる
人間は不在でも論理は残るという証拠じゃない?
622 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 13:15:52.55 0
>>617 例えばピタゴラスの定理は少なくともこの宇宙の中では普遍だと思う。
人間が出てくる以前から、人間が滅亡した後でも不変の論理はある。
>> 621
コンピュータは、実際には電気信号をむりやり論理的に操作できるように作ったものです。
コンピュータの中に1とか0とかの厳密な論理的信号があるわけではなく、
ある閾値以上の電圧を1とし、それ以下を0とみなすことによって論理を表現しています。
この「みなし」は人間がコンピュータに押しつけたもので、コンピュータや自然界の中に
元々存在するものではないですよね。
624 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/10(月) 13:20:37.11 0
>>黄檗氏
睡眠中の身体のありようについては、調べてみてください。
ここでは「目を閉じて、意識的な活動のない状態(辞典)」を指している。
その一部を除いて、身体は眠ってはいない(機能している)。
>>604 それは二元論的、というよりも典型的な観念論。「はじめに論理ありき」である。
「はじめにイデア…」の変奏で、キリスト教はこれを俗流に改めている。
世界(現実)を超越する“真”なるものが実在し、斯界はそれによって規定されている、
とする世界観はヒト特有のもので、たぶんイヌには不可能だろう。黄檗氏には、論理が
超越的“真”であるらしい。だれも、その“信仰”を否定しないだろう。
>> 622
その定理の前に3や4や5というものを認識できる必要があります。
もし人間が長さを見たままに厳密に個別に認識できるとしたら、
単位長さの3倍、4倍、・・・のような考え方はしなかったのではないでしょうか。
長さで言うとわかりづらいので、物の個数で言いますと、
目の前に二つのリンゴがあったとして、もし人間に厳密に個々に物体を認識する力があったら、
目の前に異なる物体が一つずつ存在して、これを二つと数えないのではないかと思います。
論理学や数学の世界は大変厳密な形で構築され、
哲学のように「私はこう思う」という宣言を必要とせずに、
それが主張する真理を他者に押し付ける力を持っています。
でも、それはやはり人間の解釈に基づくものであり、
解釈や認識の仕方によって成り立たなくなることもあるものだと考えます。
627 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/10(月) 14:18:46.78 0
>>596>>597 コンピュータはもとより、機械と呼ばれるものは二元的に構成されている。
ヒトに似せてつくったからである。
機械氏が挙げる脳の「大脳皮質」も「海馬」も、単なる肉塊(物体)ではあるまい。
それらは「素材と機能」とからなる、二元的存在である。むろん素材なしには機能しない。
しかし機能を壊せば、それらは存在意味を失う。これが機械的存在者の根本性格である。
これは機械だけでなく、物質、物体と呼ぶ存在者のすべてにあてはまる。
小石も原子も素粒子も、素材と機能(属性)の二元的存在である。
唯物論は“素材”だけに焦点を会わせ、属性を捨象する。属性(機能)こそが、当の存在者を
他から差異化する“本質”であるにもかかわらず。
628 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 14:22:30.76 0
>>625>>626 2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37・・・・
という数列は「素数」だが、人間が認識しようがしまいが宇宙普遍なんだよ?
宇宙線の中からこういう数列が発見されれば「知的生命体」が発信しているに違いない
宇宙というスケールでは人間だけが知的生命体であるという根拠は無い
629 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 14:37:36.79 0
脳のアナロジーにコンピュータを持ってくるのは難しい場合もあるね。
脳と違って人が設計したものだから仕組みが分かってる。
少なくとも表示されている円柱の底辺や円柱の配色に対応するデータの物理的な場所を特定するのは、
「原理的に難しい」ことはない。ナンセンスは分かる気もするけど。
あるいはメモリやバッファなどの静的なデータの場所ではなく、
CADソフトなりで与えたパラメータにしたがってハードやプログラムが
どのように動くのか時系列に記述しろという意味なら気が狂うほどメンドクサイとは思うけど
エンジニアやプログラマはそれ(の担当部分)を頭の中でシュミレートできているから設計図やプログラムが作れるわけで。
(行き当たりばったりの人もいるらしいけど…)
630 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/10(月) 14:48:50.38 0
>>584 君は、ウィン君と「歴史」と「過去」について議論していたひとですね。
もう少し、やっていただきたい。
「歴史」をフィクション(捏造、物語)とみる点では、大差なかったようにみえました。
歴史を偽造する動機は種々あるだろうが、根本的なそれは“過去”それ自体が不可知だから、
というのが君の論旨ではなかった?(間違っていたら、許されよ)
はじめはウィン君もそのような論調だったようにみえたが、途中から彼は「歴史を語る場合、
“過去に反しないように”しなければならない」といい始めた。しかし、これは過去それ自体が
わかっていなければ「反する」かどうかの判断ができない。過去それ自体がわかっているの
なら、それ自体を示せばいい。このあたりでいつもウィン君は撞着してしまいます。w
お聴きしたいのは「過去」のなかに、だれにとっても“事実”といえることがあるやなしや?
631 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/10(月) 14:54:14.19 0
昔、その質問をしたら、原爆が炸裂し、大量死を招いたのは客観的事実と
だれかがいい、そこから延々と“因果”について論争したことがある。w
632 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 14:58:20.45 0
>>(行き当たりばったりの人もいるらしいけど…)
行き当たりばったりで30億年試行錯誤すれば意識を持った人口知能ができあがるかも
>>628 2、3、・・・という数字が存在するという前提があれば、
その数字の性質から素数などの概念が普遍的に得られます。
それは同意です。
でも人間がこの世のものを全て個別のものとして認識できると仮定した場合、
それぞれが1つ存在する、この世には1だけが存在するということになり、
2とか3とかいう数字が存在しなくなって、素数という考えも得られなくなります。
(そもそも1という概念すら存在しないかもしれない)
例えば、あなたと私と、人間として認識すれば2人と数えられますが、
あなたはあなた、私は私、別個の存在と認識すれば、
数えることができなくなりますよね。
634 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 15:14:10.64 0
ぼくは分析哲学という閉ざされた世界に興味があるわけではありませんのであしからず。
635 :
633:2014/03/10(月) 15:44:37.26 0
>> 634
すんません、分析哲学ってよくわからない。。。
論理や数学には抽象的なものの見方が必要であり、
つまりは抽象的なものの見方に基づく解釈といえる。
決定論の前提として因果関係を司る普遍的真理が必要であるが、
上記の通り論理や数学は解釈であり、普遍的真理は存在しない。
従って人間の脳の活動が化学反応によるものだとしても、
決定的ではない、みたいなことが言いたいんですが。。。
636 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 16:06:18.50 0
人間知性は何かの不在によってしか
理解できないのでしょう。
>>622 ぶわっかじゃねーのwww
この世のどこに「三角形」があるのか言ってみろよwww
しやから、ループするっていうてますやん。
639 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 16:55:38.89 0
>>630 僕も彼も哲学をかじってる人間なので、その程度の話はしておりません
程度の低い横やりはご遠慮していただきたい
「理か利か」ということが話題のポイントです
理の中心にあるのは「存在」と呼ばれるような語れないものであり
語れないものがあることで、言葉を規範に従わせることで会話が可能になる
「相手の言ってることを理解する」という営みの中心には「理」があるわけです
しかし、相手の言ってることを理解しなくとも良好な関係を築くこともできるかもしれません
相手とこちらの利益が一致すれば、「理解のない友好関係」が築ける可能性があるわけです
>>585 自衛隊は憲法違反だとあなたは言いますが
どの法学者に訊ねても「直ちに憲法違反だ」とは答えないと思います
自衛隊が合憲であるような理屈は積み重ねられてます
自衛隊を保有することは憲法の禁止条項に含まれてないというのが現代の一般的な考えでしょう。
また、だからこそ自衛隊の行える行動には著しい制限が課せられてます
つまり、憲法に反しないことまでしか自衛隊は許されてません
これは日本の歴史においてずっとそうです
自衛隊が憲法を無視してもよいという政治判断がなされたことはありませんし
政治判断が法のルールを無視してもよいという司法判断がなされたこともありません
その上で、ルールを模索しながら善い方向を探るのが政治に携わる者の仕事でもあるでしょうが
ルールを無視してまで利益優位の暴走を肯定する論理はいささかもないと僕は思います
しかし、世の中にはルールに価値を置かない人も多くいます
僕の知り合いにも「バレない詐欺」「文句を言われない詐欺」に手を染めようとする人がたくさんいます
それはそれで仕方がない。そういう考えの人がいるということも世界の多様性の一つなのだとは思います
しかし、政治の世界が必ずしもそうだとは思いません
パウエルさんはあなたにとっては政治家失格なのかもしれませんがね。
642 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 18:26:27.64 0
>>569 >何がボタンを押すか
その“主観”と呼ぶ亡霊であっても、
結局は物理的な作用に追従するのです。
また、主観が本当に判断したかどうかは、物理的にボタンが
押されるまで分からないのです。
>主観は、物理的な作用に追従するのではなく、意識(=主観)の指示により、
脳の神経が作用すると捉えた方が自然であり、意識(主観)が判断したからこそ
物理的にボタンが押されたと捉えるほうが理に叶っている。
それから、
>>579で、唯心論と唯物論の本質に関わる「物質」概念の定義について
黄檗氏は、どのように「物質」の概念の定義を捉えているのでしょう。
643 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 18:27:43.01 0
>>637 ぶわっかじゃねーのwww
この世のどこに「三角形以外」があるのか言ってみろよwww
「真理」から「真利」へ
そういう動きがあっても面白いかもしれない
ある人が言うには、僕はどうやらリベラル体質らしいので、現実がカオスになっても受け入れられるらしいです
実際に「真理」が捨てられて「真利」が叫ばれる時代が来てもかまわないと僕は考えてます
(僕自身は真理の信念を捨てないでしょうが)
次の1000年を理を捨てても、さらに1000年後に反省すればいいだけだと思ってます
まぁ、理に関してなど僕は哲学板でしか語りませんし、
世の中の大半の人は目の前に利益をぶら下げられたロバのように、決定した動きしかできないとは思いますが。
そういう意味では人間も物と大差がないわけです
リンゴが重力に逆らえないように、人は利益には逆らえないわけですから。
win-winの関係ってどうして成立するか分かる?ww
646 :
パンの耳:2014/03/10(月) 18:36:46.25 0
フランク・ステラ の BMW
647 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 18:52:28.71 0
ぷぷぷぷ
>>644 局所的には逆行もあるでしょうが、
一般的には「利」から「理」に移行するのではないでしょうか。
どちらも人間にとって都合のよい解釈、という点で同じですが、
「利」は特定の人達のための都合に沿うもの、
「理」は不特定の人達の理解に沿うもの、という点で異なり、
「利」が特定の人達から不特定の人達に向けて暴露されたときに、
証明や検証、議論によって受け入れられたり変容したり否定されたりして
「理」に移行する、と考えます。
649 :
考える名無しさん:2014/03/10(月) 20:25:04.21 0
なぁ、ケツの中でビクッビクッて脈うって放出される感覚たまらねぇよな。
こっちはふにゃちんでもめちゃくちゃ興奮するし、満足感みたいなのがある。
女の気持ちが少し分かる気がするよな。
(またスレ違いすいません。本筋の議論を続けてください。)
>>596-597 「意識」のメカニズムがどこで働いているかなど、どうでもいいんですよ。
その機能がどのように成立しているかです。「意識的活動」というプログラムが
あなたの理論において実際に走っている事が問題である訳です。
あなたが「無意識」と対置する「意識」の働きとは何か。
「志向的クオリア」はなぜ「意識的」なのか。
エピソード記憶は「意識的」ではないのか。
さっさと答えてください。ばかなんですか。
>>哲学者最高位
存在とは現実です。
現実の物事が存在です。
非現実は存在ではありません。
現実である事の基準はその「確実さ」です。
不確実であるとは非現実的であることです。
現実であることと、実在であることは一致しません。
「仮想現実」も存在です。ただし、その「存在の度合い」は「仮想の現実性」によります。
例えば、理論的存在も存在です。その存在の度合いはその理論の現実性によります。
現実性とは、現実であると直接に確かめられるか、現実をよく説明ないし表現しているか、
によって決定します。
こんなところでよろしいか。
652 :
「機械的唯物論」者:2014/03/10(月) 21:50:24.75 0
>>650 すいません。最初の一行は何とか意味を把握できるのですが、
2行目以下の記述は概念の定義が混乱しているためか、文章の組み立てが
錯綜しているのか、あるいはその両方が原因で、「意味不明」です。
どなたか「設問の趣旨」を理解できる方がいらっしゃれば「翻訳」して
いただくと助かるのですが・・。
お・前・は・バ・カ・か。です。
馬鹿とは矛盾した言動をそれと認識できない
事を指します。この場では。
>>641>>685 歴史に関する議論に対しても、同様に現象をいかなる価値判断で分析するのかという視点からくる
コロラリーで説明できると思います。つまり、両者の違いは、歴史を「過去の記録であるとすべき」
であるという価値判断によって語る場合もあれば、『「単なる過去の記録」とはちがった観点から分析すべき』
という価値判断によって語る場合もあるということでしょう。もっとも、前者と後者では、そもそも語られている
歴史というもの自体が違ってくるところがあるので、両者で議論すると話が噛み合わなくなるでしょう。
このようなこともあり、私も歴史という言葉を用いるのならば、字義からしても少なくとも「過去の記録」という
ところから出発したものである必要があろうとは思います。しかしながら、まず、過去に現実に起こったであろう
ことの記録であったとしても、それは単なる事実に過ぎませんから、それを分析・評価することになります。このため、
いかように分析・評価すべきかという価値判断の違いによって、過去の記録のとらえかたは変わってきます。
これが各国の歴史認識というものの違いの一つとなるでしょう。さらに、疑いの予知のない完璧な過去の記録というものは
存在しませんし、記録そのものが存在しない部分もありますので、過去の記録というものは、様々な意味で抜け落ちている部分が
非常に多くなります(どこが抜け落ちているとすべきかも価値判断によるでしょう)。その抜け落ちた部分を埋める手法というのも、
ある価値判断からくる分析・評価等によることになりますので、結局のところ、各論者の価値判断的な要素により、あり得べき
過去の記録としての歴史というものも違ったものになってきます。このように過去の記録という点だけで歴史を見たとしても
各論者毎の価値判断により全く違ったものになります。そして、その価値判断の中に国益や個々人の利益というものが
含まれることになるのでしょう。こうして、歴史認識という意味でもまた歴史そのものというものにおいても、実益という観点も
含めて、全く違ったものができあがることになります。
>>652 とりあえず
>>28-32に指摘差し上げている
論点があなたの「矛盾的言動」の内容になります。
ヨンデモワカラナイですかね。ワカル範囲で質問はいくらでもどうぞ。
何がワカラナイのか分からないなら、
「申し訳ありません」。
職務専念を怠って評価下げないでくださいね。
656 :
「機械的唯物論」者:2014/03/10(月) 22:14:18.86 0
>>648 >証明や検証、議論によって受け入れられたり変容したり否定されたりして
>「理」に移行する、と考えます。
まあ「万人に対する万人の闘争」は「互いの『利』の追求」から必然的に生じますが、
その状態を「両方にとって得策ではない」という『理(性)』を働かせることで
「社会契約」が成立する…ということだと考えます。
要は、人間社会において「主観的な『利』の追及」が「客観的な『利』の追及」と矛盾
する場合、後者を優先することで、「winwin」の道を探る…という歴史を経験した
ことが、「自然権の一部放棄と社会契約」が「理」として成立した経緯であると思います。
従って、「基本的人権」が蹂躙されているような国家(や状況)において、「テロ行為」
が(「自然権」に基づくものとして)許容されるか否か?…については議論が分かれるところ
だと思います。
657 :
「機械的唯物論」者:2014/03/10(月) 22:41:08.23 0
>>633 >2とか3とかいう数字が存在しなくなって、素数という考えも得られなくなります。
>(そもそも1という概念すら存在しないかもしれない)
「この宇宙」の話ですが、人間(人類)が滅亡して「数」という概念を脳内で処理する
個体が一人も居なくなっても、「2個の惑星」と「2個の恒星」の共通点(「2(個)」)は
存在しますし、「2個の銀河」についても同様です。
従って「1・2・3・4・・・」という数は「自然数」と呼ばれるのです。
当然「この銀河系(ギャラクシー銀河)」内にも人類のような「知的生命体」が存在する
可能性はあり、他の銀河系も含めるとその確率は「殆ど100%に近く」になります。
どなたかが指摘したように「こちらが知的生命体であること」を発信するためには
「自然数」を「トン」「トントン」「トントントン」と1から数えて発信することより、
「素数」1・2・3・5・7・11・13・17・19・23・29・・・と発信すること
の方が「受け取る側にも解り易い」と考えられます。
すなわち「自然数が小さいほうから順に増えていく情報」は、グラフ化すると
直線になり、「自然現象の結果」である可能性を否定できなくなりますが、「素数が小さい
ほうから順に増えていく情報」は「知的生命体からのメッセージ」以外に考えられないからです。
>>630 >お聴きしたいのは「過去」のなかに、だれにとっても“事実”といえることがあるやなしや?
ゲーム氏とはたぶん根本の発想が違うので話がかみ合うかどうかわかりませんが、
大雑把に答えれば、過去が存在するのなら、そして我々がそれぞれ同じ世界の別の一部分であるならば、
過去はすべてだれにとっても“事実”だと思いますよ。
「物自体は認識できない」という言葉がありますが、認識できるできないの以前に我々もまた
物自体の一部分だと私は思います。そうでなければ、どうやって物自体が私を「触発する」のか、
まったくわかりません。
そもそも「認識する」ということが、物自体としての我々のあり方の一局面に過ぎないわけです。
「飯を食う」とか「排泄する」とか「労働する」のと全く同じように「認識する」わけで、
同じ世界に共存している以上は、いやでも認識も言葉もある程度は「共用」せざるを得ない一方で、
我々はそれぞれ世界の別個の部分なんですから(ニーチェ風に言えばパースペクティブが
違うのですから)、完全に「合致」するなんてことは、もちろん有り得ません。かみ合ったりずれたり
試行錯誤しながら「共存」していく以外、道はありませんし、その軌跡の一切が「過去」になっていく、と
まあ、そういうことです。
(私的には、以上のような考え方は、まさに「唯物論的w」です。)
ついでに、歴史の問題で「事実認識」以上に問題なのは「解釈」と「価値」です。
「原爆投下は何をもたらしたのか」という問いは、本当は「原爆を投下しなかったらどうなったか」
が分からない限り、考えようがないはずなのです。しかし、歴史はすべて一回性の
出来事の連なりなので、この問いを誰もが納得するように検証するすべは本当はありません。
アメリカでは今でも原爆投下は戦争終結を早め冷戦下でアメリカの優位を示し第三次大戦を
防止するために有効だった、という有力な考えがあるのは厳然たる事実です。
「価値」の問題はさらに厄介で、日本の侵略を受けた国々で原爆映画を上映すると、広島の上空に
キノコ雲が上がる場面で拍手と喚声が起きるというのもまた一方の厳然たる事実だそうです。
659 :
「機械的唯物論」者:2014/03/10(月) 22:46:01.39 0
>>657の一部訂正です。
>「素数」1・2・3・5・7・11・13・17・19・23・29・・・
→「素数」2・3・5・7・11・13・17・19・23・29・31・37・
「1」は素数ではないですね。
>>640-641 >「理か利か」ということが話題のポイントです
「何が」「理か利か」なのですか。両者は本来対立的に捉えるものではありません。
適切に「利」を確保するためには「理」を知らなければならない。まさに
ベーコンの「知は力なり」から福沢諭吉の「学問の勧め」まで一貫する、近現代の大原則です。
あなた自身が安倍政権に批判的な理由は、立憲主義がどうのこうでは全くなくて、
彼の戦後政治見直し路線や日本を軍事的にも強化しようという政策が
日本や世界の人々を幸福にしない(「利」にならない)、と「理(因果関係の解釈)」
によって判断されているからでしょう。(そのことをどうこう言うつもりは一切ありません。)
ここでも「利」が目的で「理」は手段なのです。
なぜそれを認めたがらないのか、「さっぱりわからない(最後w)」
>パウエルさんはあなたにとっては政治家失格なのかもしれませんがね。
そんなことはありませんよ。政治家失格とか言えるほど政治のことなど知りませんが、
あの人はまさに古武士のような風格があり、エリートではなく歴戦の軍隊の叩き上げだという
経歴がなるほどと感じられました。少なくともいるのかいないのかわからない今の国務長官より、
ずっと頼りになりそうですw
それに、私個人はイラク戦争には反対でした。大量破壊兵器がどうのは全く関係なく、
戦後の占領統治がうまくいくとは思えなかったからです。パウエル氏もブッシュ氏に
「あの国を何年も所有して国民の暮らしに責任を持つことになりますがいいのですか」と念を押したそうですが、
今にして思えばブッシュ氏は「とにかく自由と民主主義を与えて選挙をやればうまくいくはずだ」
とか考えていたのではないか、とすら思えます。善良だが視野が狭く頭が悪い、というブッシュ氏の
性格が現れております。(以上は愚にも付かない素人解釈に過ぎないのは無論ですw)
当然ながらw不評なので、この件のレスはこれで終わりにさせていただきます。ご容赦ください。
>>660 いいえ、僕が安倍さんに批判的なのは安倍さんのしゃべりが詭弁っぽいからです
日本が軍拡しようが軍宿しようがどっちでもいいです
現実に対して僕は「塞翁が馬」の精神を貫いてます
ですから、「軍縮すれば利益がある」とはまったく思いませんし、「軍拡すれば利益がある」ともまったく思ってません
好きにすればいいと思います
ですから理が捨てられて利がメインとなったところで構わないのです
(それがうまくいくかもしれないのですから)
日本から民主主義がなくなったところで構わないです
(もちろん僕は一個人として独裁には反対しますし、民主主義に対するシステムの善さを信じてますが)
「行為に対する結果は常に予測不能でありサイコロの目のように結果がどう転ぶか分からない」ということは僕の信念の核です
仮に日本が不幸になったところで津波に襲われたように思うだけです
しかしですね、災害に対する防災はできます
僕は防災の意識から被害を抑えることはできると思ってます
(もちろん、ねじくれた関係はありえる、防災することで被害が大きくなることもありえる。
防災を諦めたら奇跡が起きるかもしれない)
しかし、自分に都合よく考えずに知恵によって災害の被害を抑えることはできるだろうと考えてるわけです
そして、そのような思考が「法」を遵守する考え方を生み出したと思ってます
付け加えれば
民主主義というのは、自分の考えと違う政策が通りうるシステムです
こんなシステムを採用するのは、「どの政策をしたところで結果は闇の中だ」って感覚が不可欠だと思います
もし「軍拡しなければ日本は必ず不幸になる」と考える人がいたら、そういう人たちはクーデターに走るかもしれません
誰もが陥る「自らが正しいと信じて暴走してしまうこと」はこんなところにも潜んでいるのです
そして、このような考え方にメタ的に囚われているという意味で、あなたも全体主義者の一人なのです
もう少し言うと、僕は人間は不利益を被ってもよいと考えてます
人間には、起きた不幸を受け止めてそこから反省して未来を拓く力がある
そう信じてます
ですから、他人の手に委ねるところは多々あります
「人間は愚かで、利益の道筋を示してやらねば何もできない」と考える人もいるでしょう
彼らは手段を選ばず利益への道を現実にしようと画策するでしょう
そういう人たちもいます
利益へと確実に至る道筋を発見できるならば、それも幸福への道かもしれませんね
自分が正しいと信じるものを押し通す場所が政治の場だというのも一つの解釈です
しかし、歴史を振り返れば、「確実に幸福になる」と信じて行われたことは多くの不幸を招いただけのようにも思えます
「いやいや、彼らはバカだっただけだ。知が進歩したらその道が見つかる」というのも一つの考え方です
しかし、誰もがそう考えてるわけではないと思いますよ
思考そのものを変えることはできます
別の思考形態を想像できないという意味で、あなたにとって僕のことが「さっぱり分からない」のは当たり前のことなのかもしれませんね
663 :
考える名無しさん:2014/03/11(火) 02:03:23.99 0
56534
78
winwin がどうしようもないことが判明(いまさら
665 :
パンの耳:2014/03/11(火) 02:25:35.62 0
giyaman polyp
>>657 >「素数が小さいほうから順に増えていく情報」は「知的生命体からのメッセージ」以外に考えられないからです。
それは、知的生命体が存在しない限り素数の並びが自然に発生することはない、
ということですよね。
素数というものがこの世において何の前提もなく存在しているのではなく、
知的生命体による数の概念の上に生じてくる、ということですよね。
> 「2個の惑星」と「2個の恒星」の共通点(「2(個)」)は存在しますし、
ここでもし「惑星」と「恒星」の違いを問わずに単に「星」と見たならば「4個の星」になります。
でも「惑星」と「恒星」を同じと見ることは認めん、となればそれを合わせても「2個」と「2個」
になってしまいます。
さらに「2個の惑星」も、両者の違いを見つけて同じと見ることは認めん、となればそれは「2個」
ではなく「1個」と「1個」になります。
1+1が2になるためには、前者の1と後者の1を同じものと認める必要があります。
1本のペンと1冊のノートを合わせて2本とか2冊とか言うことはできない、
ペンとノートを文房具へと抽象化して同じものと見なすことによって2個と言うことができるようになる、
というとわかりやすいでしょうか。
規制でROMってました。
さて、名無しさんが述べている通り、「見做し」というのは、論理の本質なわけです。
物事を抽象化させなければ、見做すことは出来ないということは、言語に於いても同じ。
物と物自体を同じと見做すことで共通の認識を可能としているのである。
見做すとは、決めつけているともいえる。
この、見做しの上に論理が存在しているならば、論理の幻想性は言わずもがな、です。
機械氏が述べているのは、前野さんの受動意識仮説を、その骨子としている。
http://youtu.be/Ox8gJEIe5Ac これについては基本的に同意できるものであり、俺の考えもほぼ同じ内容である。
が、少し付け加えるならば、動画で述べている意識というのは、つまりは(エピソード記憶のための)認識ということであり、これが受動的でしかない、としているが、俺は能動的な認識も存在すると主張する。
受動的な認識とは、即ち気づきであり、能動的な認識とは、即ち注意である。
勿論、何を注意するのかは無意識的であるが、能動的に認識するものと、受動的に認識されるものとが、ワンセットになっていなければ、(受動的だけという極論は)論理的に納得できないのである。
能動無くして受動無し、という論理である。
もう一つ。
エピソード記憶のため、という結論だが、それが何を齎すかといえば、活動範囲の拡大である。
だから、活動範囲の拡大こそが本質的な指向性だと考えている。
活動範囲の拡大のためにエピソード記憶が必要であった、エピソード記憶のために認識が必要であった、ということ。
分離脳についても言及があったので、ガザニガ氏が行った有名な実験を紹介する。
http://youtu.be/VqNkoiScY2E さて、左手で描いた絵は、はたして意識的だろうか、無意識的だろうか。
患者は、何故描いたのかがわからない。
ところが、作話といって、辻褄が合うように話を作ってしまうことがある。
それは、行為を言語化する際、まずその行為を認識し、次に意味づけをして知覚としているということ。
勿論、言語化されない認識はあるのだろうから、左手で絵を描くのに認識が全く必要ない、ということではない。
左手で描いてと言われたから描いたのだ。
言語的には何故そうしているのかわからなくても行為はできる、ということは、どうも意志は意識とは別の機構であると考えられる。
まず日本語で
671 :
考える名無しさん:2014/03/11(火) 09:44:59.77 0
>>668 >能動無くして受動無し、という論理である。
機械氏も「志向的クオリアが感覚的クオリアを迎えにく」という表現で、
同じようなことを述べている。出典がどこかにあるの?
672 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/11(火) 09:57:50.00 0
>>658 >過去はすべてだれにとっても“事実”だと思われ
と君がいう場合の“事実”が曖昧なのである。
だれにとっても「過去は存在した」ということかな? が、これに対しても異論は少なくない。
まして過去の“意味”となると、百家争鳴するだろう。
もう一度、訊くが、過去について“客観的事実”といえることはあるやなしや?
もしあるのなら、それを具体的に例示していただきたい。
>我々もまた物自体の一部分だと思われ
「物自体」の解釈も種々あって、それを“他者”とみなすのもある。
いずれにせよ、物自体(なる概念)をもちだす君は、唯物(一元)論的ではない。w
対象を主/客に割り、さらに対象を二世界的に構成しているからである。
最後の数行は「解釈は相対的」という常識。
ここに帰着するのなら、長文したわりに何もいっていないのとかわらない。
ウィン君は、それを超えて何かいいたいのだろうが、彼は総花的で踏み込みが浅いので…w
673 :
黄檗:2014/03/11(火) 10:13:55.84 0
>>624 一部を除いたのであれば、同じではないでしょう。
身体は「眠っている」のです。
機能はしてるでしょう。死んではいないので。
**************************
「論理が超越的な真?それは黄檗の信仰w」
信仰を吐露した自覚はありませんが
まあ嗅覚です。
人間は論理を使っていますが、それを理解しているわけではないので。
「真」との言い方は的外れだと思いますが
この話はもうしない方がよかったですね。
674 :
黄檗:2014/03/11(火) 10:29:00.87 0
>>579 物質の概念の定義
それは難しい。。。
しかし少なくとも「延長」とは思ってませんね。
幾何学を代数学に解消し、世界を計算可能にしたデカルトは
偉いと思いますが。
物質とは、慎重に言うなら、「自ら作動する多数の素子」です。
つぎは素子の概念の定義、ですか。。。
「種としてのみ存在する粒子」ですかね
675 :
黄檗:2014/03/11(火) 10:33:35.95 0
>>642 > 脳の神経が作用すると捉えた方が自然であり、意識(主観)が判断したからこそ
> 物理的にボタンが押されたと捉えるほうが理に叶っている。
脳の神経が作用する、そのどこに意識の判断が生まれると思います?
貴方にとって、「意識=脳」ですか?
676 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/11(火) 10:57:11.83 0
>>651 ひとのことはいえないけれどもwもう少し推敲してみて。
ループしているか、もしくは現実=存在は主観の確からしさによって確証される、
といっているにすぎません。ありふれた主観主義である。
「現実」「存在」とは何かを議論するスレ。が、その前に「それらは認識できるのか」
が問われます。
一般的には、それらを前提に語られるが、ここではその前提をまず問題にします。
なお機械さんはお歳を召されていて、ぼけてはいないでしょうが、とぼけるのが
お好きです。あまりムキにならないほうが…
677 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/11(火) 11:20:26.28 0
>>673 意識を司る部分が眠っているのでしょう。
それだけで、人間は陸に打ち上げられたトド同然になります。
意識を失えば“生ける肉塊”である。
>>675 「自ら作動する」のなら、物質には“意志”があることになる。
万物有魂論(アニミズム)ですか。
しかし“万物”は他と関係しつつ「ある」というよりも「あらしめられている」。
この“関係”の外に超越するのは不可能。
この“関係”のありようが「論理」である、と私が黄檗氏なら述べるだろう。w
678 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/11(火) 11:25:58.62 0
ちなみに、いのち氏は御伽噺ふうなアニミズムではなく、今日的なwそれの樹立を
目論んでいるようにみえます。
679 :
黄檗:2014/03/11(火) 11:48:30.46 0
意識を司る部分が眠っている
その部分とは身体の部分ですか?
そこが『眠る』と陸に打ち上げられたトド同然になる。
まったく唯物論的ですよ。
作動するのに意思など不要でしょう。
作動は物質の本質であり、作動の仕方が物質を定めるので。
意思が無いと動けない、と思っているのは
主観的な思い込みを物質にまで投影しているのでしょうか。
人間は意志が無いと動けない、そう思いたい人は思えばいいと思います。
意思は、自ら決断するわけですか?それとも意思の意思があるのでしょうかね。
結局、そんなものは責任のたらい回しってだけのように思いますね。
680 :
黄檗:2014/03/11(火) 11:55:27.01 0
いのち君の相手は、ゲームさんに任せます。
私にとってはぼろ雑巾でも、人によっては西陣織なのかもしれない。
私はワインの味など分からぬ貧乏人ですので。
>>671 出典というか、俺は老荘思想の影響が強いので、相対するものは全てワンセットだと考えるのです。
美が規定されなければ醜は規定されず、長を規定しなければ短は規定できず、前を規定しなければ後は規定されない。
美醜、長短、前後は、同じものから出ずるのである。
同じように、受動だけが出ずるのはあり得ず、同時に能動もなければ、一体何をもって受動とするのか規定できないわけです。
>>678 霊魂の存在をとことん否定したいだけですよ。
分離脳患者は、それぞれの半球が独立して活動しているが、まさか「私」が分裂したわけではあるまいww
一体どちらが「私」なんだ?
最高位氏だったらなんて答えるかな。
>>681 >受動だけが出ずるのはあり得ず、同時に能動もなければ、一体何をもって受動とするのか規定できないわけです。
そういう「常に対になる概念が存在する」ということと、意識が受動的な機能しか有していないのか?ということとは完全に別問題でしょ?
話は「脳」の機能の話だよね?
脳の機能として受動的な感覚的クオリアが生じることは誰でも言える。機械氏はそれに対して、「志向的クオリア」という能動的機能が
迎えに行くとか迎えに出る」とかの表現をしている。それは前野教授?の受動意識仮説?が出所ではないとみえるけどってことを聞いてるわけだよ。
コンドーム無くして挿入無し
カタチとして凸である男も凹である女も、攻守どちらでも機能可能です
684 :
666:2014/03/11(火) 17:38:37.03 0
>>668 の動画を見ました。
いくつかあった実験結果は興味深く、また氏の説も大体は受け入れられるように思います。
ただ、意識は幻想にすぎない、で片付けているところがどうも腑に落ちないです。
能動的な意志決定に見えるものが、実は無意識による受動的な決定であるとして、
それを能動的に見せている幻想の源こそが意識や自我と言ったものではないか、と考えます。
そもそも能動的とか受動的とは何でしょうか。
能動的とは、何に依らず自分の中の思い付きによって行動を決定することでしょうか。
何かしらの制約を受けて行動を決定したら、それはもう受動的なのでしょうか。
能動と受動の違いは制約とか決定の方法とかあるのではなく、
決定に対する納得感(自分による決定としてふさわしいという承認)があるかどうか、
なのかなと思います。
外部からの刺激に対して、いくつかの行動の候補が無意識によって上げられてくる、
その中から一番納得感が得られるものを選択する、それを能動的と感じる、
ということです。
では、その納得感がどのようにして得られるのか、と言えば、またくどいようですが、
抽象化による見做しによるのではないかと考えます。
685 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/11(火) 17:47:42.31 0
>>657 そのとおりである。
>>666も指摘しているように“知的生命体”にしか事物を数えることはできない。
もっといえば「数」は“精神”においてしか表出されない“イデア”である。
機械氏の描出する「世界」は“知と物”によって構成されている。
「機械的二元論」呼ぶほうがふさわしい、といっているのです。
>>672 ・僕が何を言いたいのか?
簡単なことですよ
中国は「南京で日本軍は虐殺をした」と言い
日本は「南京で日本軍は虐殺をしなかった」と言う
相対主義者は言う「過去は相対的だ。」
しかし、過去の存在を認めるならば、虐殺をした過去と虐殺をしなかった過去とが同時にあったことは否定せねばなりません
矛盾してしまうからです
このもっとも基本的なことを見落として相対主義者が相対性を説くことは愚かなことでしかない
歴史が過去を無視してつくりだすものならば
歴史は矛盾してもよいことになります
僕は言う「昨夜、石原さとみと銀座で食事したよ。300万のロマネ・コンティをあけてラブラブだったよ」
誰かが「その時間、石原さとみはパリでロケをしてたよ」と指摘したとします
僕はこう答えることができる「うん、どちらも正しいんだよ」
湯川准教授は言うでしょう「ありえない」
ある裁判の話
検事は言う「彼は殺人犯だ」
弁護士は言う「いや、彼にはアリバイがある」
相対主義者は言う「アリバイがあるけど彼は犯人だ」
傍聴席の湯川はつぶやくでしょう「ありえない」
まったくもって、この世はありえないことだらけです
688 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/11(火) 18:12:01.10 0
>>679 誤解しないように。ヒトの意志についても、私は懐疑的である。
まして物質には意志などない、とみる。
にもかかわらず作動するとすれば“関係”しあうからである。
黄檗氏がその意志からではなく、地上に立ち続けられるのは地球との「関係」による。
「自ら作動する」のがその本質ではなく、関係において“作動させられる”のがモノである。
689 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/11(火) 18:21:41.02 0
>>686 必ずしも南京虐殺…は矛盾しない。
南京で日本軍が中国人を何人か殺した、のはどちらも“事実”として認めている。
それを“虐殺”とみなすかどうか、ここが君が考えるほど単純ではないのである。
690 :
黄檗:2014/03/11(火) 18:43:19.60 0
>>688 誤解も理解もしていません。
ゲームさんは、懐広く相手の言説に突っ込める人。
深く何かを考える人ではない。
物質に「関係」のようなものはあるでしょうね。
大まかに言えば、排斥し合うのか、融合し合うのか。
作動させられる?
『作動させる』のは何ですか?
「関係」ですか。それとも別の何か?
あるいは「主語など無い」?
いずれにせよ、受身にすることで何か素敵なことが始まりますかね。
始まるのでしょうね、きっと。
>>689 さっき通りがかりにすれ違ったおじいさんが言ってました
「日本軍は南京で中国人を一人も殺してない」
この言明に関してはどうですか?
おじいさんの発言に正しい余地はありますか?
対立する認識にはその落としどころというものがあり、それが中立的と呼ばれ目指される場とされるのは正しいけど
認識から独立した客観的客観的真理があるからそれを認めなさいなんていうのは、それは目指すべくものを目指すた
めの検証や話し合いといった方法を拒否する立場でしかないでしょうね
>>691 その場合は中国人と言う定義の問題ですね
清国人を含むのかが問題ですし
それと虐殺が1人も殺していないに変わるのも矛盾してますし
winwinの関系なんて国同士ではありえません
中国共産党には共産党軍が三光作戦で南京市周辺の街や村を襲撃して虐殺し略奪した歴史があり
それを日本軍にすり替えた前歴があるのでその事を考慮するべきですね
>>672 >“事実”が曖昧なのである。
私が言っているのは認識以前観念以前言語以前の「それ」のことなので、曖昧なのは
まあ当たり前ですw。「物自体」が誤解を招くなら「自然」が一番近いでしょうか。
「だれにとっても」というのは、すべてのだれ(主観)と相対関係にあるという意味でなく、
だれがどう認識しているいないに関係なく、それはそれ自体として存在しているでしょう、
という意味です。まさにこの意味では私は「一応唯物論者」なわけです。
>物自体(なる概念)をもちだす君は、唯物(一元)論的ではない。w
一応お断りしておくと、私はいわゆる心身問題に関する回答など
持ち合わせていないので、あしからずw
それと、黄檗氏も言っておられましたが、一応辞書的な意味では「唯物論」とは
「物質が精神(心・観念)より根源的・第一次的で、精神はそこから派生した第二次的な
存在(ないし現象)」というような意味です。必ずしも時間的な先後には尽きません。
哲学的にはむしろ一般的な発想は「はじめに言葉(ロゴス)ありき」でした。
神が言葉にあわせて自然を創り、自分の似姿として人間を創った。人間の理性は
「神様の出張所」のようなものである(これは木田元氏の表現)。だから、
頑張って理性を働かせれば、自然を最終的絶対的に認識し尽くすことができるはずだ。
これがニュートンら近代物理学の創始者のもともとの発想で、今でも物理学者らは
「物質の究極の根源」を解明するために奮闘しています。
そして、人間がまさに数式を含む言葉に従って外部に作り出した物質が「機械」であって、
当然ながら機械は言葉に沿って法則的に動きます。
その機械をモデルに全自然界を捉え、「数式という言語・物理法則という最終原理」
によってすべてを説明し尽くそうという「機械的唯物論」が、こっけいなほど
露骨な「観念論」であるのは、あなたが以前から指摘される通りです。
(続き)
本来の意味の「唯物論」はこの構図を逆転させるもので、
最初に物質があり、その極小部分として生命が誕生し、さらにその
極小部分である人間が生活する過程で発生したのが精神であり言語である、
という考えです(どうやってだかは、私にはさっぱりわかりませんw)。
だから、物質は生命や精神や言語よりもはるかに広大・
複雑・混沌とした存在なので、精神に把握し尽されたり、
言語で表現し尽くされたりするいわれは、本来ありません。
バリバリの唯物論者たるレーニンは「物質(自然)は無限に豊かで複雑で
生き生きとして多面的な存在で、その最終的解明など有り得ない」という
ようなことを述べていました、確かw
よく、「自然は善悪無記である」といわれますが、善悪以前に「言語を超えた存在」
というべきです。そして、人間も、機械も、いわば多層構造で、
表層(上澄み)の精神や言語の基底に、言語化不能の「自然」がつねに
渦巻いていて、きっかけがあれば表層を突き破って噴出してきます。
まさに善悪無記の自然が「言語に絶する」凶暴な牙を向き、それがきっかけで
ロゴスに従って設計されたはずの機械がコントロールを失って暴走を始めて、
我々がまさに「言葉を失って」呆然と立ち尽くしていたのが3年前の今日だったのは、
皆さんご記憶の通りです。これなども「だれにとっても事実」の一つの例では。
大した内容でも無いんだからまず3行にまとめる努力をしようぜ
698 :
考える名無しさん:2014/03/11(火) 21:36:59.77 0
古来から雄弁な者は無能と決まっている
小保方さん大変なことになってきたな。
結局何か問題を解決しても、それを起点にまた新たな問題が芽生え
繰り返されるのが歴史というものなのか。
700 :
「機械的唯物論」者:2014/03/11(火) 22:08:15.49 0
>>695-696 「観念論者の頭の中身は結局この程度のものである」という標本をみせて戴いて
有難うございます」としか申し上げようがないほど、あまりに無内容なので、
真面目に反論する気にもなれないですね。
あまりに「三流文学的」というか…、観念論者のお仲間も「これはまずいよ」と密かに
苦笑されていると思いますよ。
まあ、大真面目に「読む価値がある」と信じてお書きになっているのですから、
「ナニヲカイワンヤ」ですが…。
なかには読んで「おお、その通りだ」と思う(レベルの)方もいらっしゃるかも
しれませんが、まずもって「普通の考える(名無しさん)人」は「長文を読んで損
してしまった」とお考えだと思いますよ。
>>700 まず日本語を読み解く力をつけよう。小学生以下へ説明するような
無意味な説明をしても迷惑なだけである。まず一定以上の教養をもって
から発言するべきである。まず反省をしたら?
>>676 >ループしているか、もしくは現実=存在は主観の確からしさによって確証される、
>といっているにすぎません。ありふれた主観主義である。
そう読めるならそうなのでしょう。
>「現実」「存在」とは何かを議論するスレ。が、その前に「それらは認識できるのか」
>が問われます。
>一般的には、それらを前提に語られるが、ここではその前提をまず問題にします。
「「現実」は認識可能か。」
面白い事を言いますね。
認識されているものが現実です。
どうやって生きてるんですかあなたは。
>なお機械さんはお歳を召されていて、ぼけてはいないでしょうが、とぼけるのが
>お好きです。あまりムキにならないほうが…
推定30代半ばの人間をつかまえて
「お年を召されている」とはどうかと思います。
若年性認知症か何かの疑いでもあるのですか。
>>682 うーん、指向的クオリアなんて聞いたことないので、出自はわからないなぁ。
何となく意識の能動性を言いたいんだろうけど、機械氏のオリジナルなのでは?
注意・気づきというワンセットもオリジナルだし。
>>684 能動と受動とは、例えば「みずから」と「おのずから」の違いがわかりやすいのではないかな。
思いつきとか制約とかは自由の問題であり、行為そのものは能動的でしょう。
自ら行うわけだから。
それに対し、「〜したい」という欲は、自ずから湧き上がるものであり、これは受動的なのである。
因みに、抽象化による見做しは、(知覚・言語化としての)論理においてのみである。
>>682 そう。受動意識仮説は拒否しています。
「意識」という「幻想」には能動的な働きがあるそうです。
「無意識の活動の集合が自由意志という像を残す。」
そのような示唆的な書き込みが前スレでありました、
「意識」もまたそのような「像」なのかも知れません。
にしてもこのままでは意味が不明瞭ですが。
>>684 概ね同意します。
「意識がある、と認識するようにできている」
「だから意識は幻想に過ぎない。」
確かに整合的な説明であるかも知れませんが、
これはもう形而上学ですね。カントの認識論に近い。
決定論および唯物論の帰結として、「自由感」は必然的なものであり、
何らかの脳の機能ないしは活動として合理的に説明されなくてはならない。
「感じ」があるのは物理的な必然であるからこそ、
その「感じ」のメカニズムを明らかにしてもらいたいのですが。
>>704 「能動的な働きがある」んだったら、幻想ではないだろうよ。
706 :
「機械的唯物論」者:2014/03/11(火) 23:16:53.29 0
>>703 >うーん、指向的クオリアなんて聞いたことないので、出自はわからないなぁ。
>何となく意識の能動性を言いたいんだろうけど、機械氏のオリジナルなのでは?
>注意・気づきというワンセットもオリジナルだし。
残念ながら、私のオリジナルではありません。
ウィキペディアで「意味記憶能力の省略」をしている昨今の「考える名無しさん」
は、既に検索済みかもしれませんが、多分そこには「認知科学上の概念」か「脳科学
上の概念」として記述があるのではないか?…と推測いたします。
「志向的(指向的)クオリア」とは…私なりの解説を何度も繰り返していますが、
なかなか理解していただけないようで、困ったものだと思います。
例えば…「マジカルアイ」という2次元のモザイク模様を「じっと見つめている
うちに立体の字とか画像が浮き上がって見える」という本が5〜6年前に流行った
ことがありますが、その「立体像を見る」能力が…「志向的クオリアの例」として
挙げられます。
すなわち「2次元のモザイクとしか見えていない状態」の時は、「志向的クオリアが
働いていない状態」であり、ある瞬間を境に「3次元模様が見える状態」になる訳です
がその瞬間後の状態が「志向的クオリアが働いている状態」です。
そのように「志向的クオリア」は「脳が後天的に獲得した能力」である可能性が高い
「認識スキル」のようなものです。
『マジカルアイ』についても、何度繰り返しても3次元画像を見ることができない人
もいるようで、そのように「能力差がはっきりする事例」はむしろ稀であり、日常生活
を送る上で、「ある志向的クオリアを持つか持たないか」が「顕著な個人差」を産むこ
とはむしろ珍しいから、その存在に気づかない…といった性格の「脳の資質」であると
考えられます。
「ワインの鑑賞力」とか「ヴァイオリンの音の聞き分け」とかも、その微妙な「志向的
クオリアの有無」が影響していると思われる事例として挙げたのですが、よく理解して
いただけず「300万円が適切な価格かどうか?」等という脇道に逸れてしまったのは、
私の「説明力の不足」であると痛感しております。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
機械氏の 意識とはモニターのようなもの という説明と
志向的クオリアとがどうも整合しないんですよね
画素の集まりから意味を見出したりするのが志向性だと理解してるんだけど
それってクオリア=意識の役割なのかしらん
無意識がマッチングした意味を意識に流し込むクオリアってことなら理解はできるんだけど
>その「立体像を見る」能力が…「志向的クオリアの例」として
>挙げられます。
そもそもクオリアって「能力」なのかい。そんな説明聞いたことないが。
結果として見えたその「立体像」がクオリアなんじゃないの。
>>705 普通に考えればそうなる。
「仮想メモリ」であったり、「媒介変数」であったり、
いわば仮想のソフトウェアとして、「意識」を考えている
のかも知れない。それはやっぱり、「ある」訳だけれども。
一応擁護というか整理しておきますが、
どうやらこの人は、「客観的事実と異なる」という基準で
「幻想」という言葉を使っている模様です。
客観的事実を明らかにし、幻想と事実を峻別するのは
科学によって可能であると。
デカルトの「思う」主体としての「我」は
進化論の観点から(中枢神経系の)機能へと還元されるべきである、
というような事も言っている。この辺りは整合的に理解できると思います。
710 :
「機械的唯物論」者:2014/03/11(火) 23:40:35.52 0
>>703 >注意・気づきというワンセットもオリジナルだし。
いや、認知科学では重要な概念ではないのか…と推測(私は専門外なので)されます。
例えば、佐村河内守氏の耳が聞こえているか否か?について、身障者手帳の交付をして
いた横浜市が「聴力検査」を行い、佐村河内氏もその結果を記者会見で公表しましたが、
「いったいどうして正確な検査ができたのか?」…と疑問に思われた方も多いのではないでしょうか?
耳から入れる音をだんだん大きくして「聴こえた時点で手を挙げてください」…といった
「雑な検査」では、佐村河内氏のような「疑惑の聾唖者」を検査する方法として、不完全である
ことは誰でも分ります。
ではどのように行ったかというと「脳波の変化」をモニターしたのです。
各耳に送り込んだ音をだんだん大きくして「脳波が顕著に変化した」レベルを計測した訳です。
すなわち「感覚的クオリアのもとになりえる音波」のデシベルをだんだん「上げて」
両耳の「聴力」を「左は通常人平均の39%」「右は通常人平均の59%」とか正確に
測定が行われた結果、佐村河内氏の身障者手帳は没収された…ということになります。
要するに「入力された音波にどうしても反応してしまう(注意・気づき)脳」という
「科学的な成果」がこの検査の信憑性の根幹をなすものであり、佐村河内氏自身、自分の
「聴力が完全ではない」ことの主張にそれを使用し、それについて「あなたが
検査官を騙したのでは?」等という質問をする記者がいなかったことでも、その検査に
ついては信憑性が高いと思われている…と考えられます。
本日は就寝させて戴きます。
>>706 わかりにくいって。
5000円のチリワイン→クズワイン
漠然とした視覚情報→立体的視覚
音色や倍音や鳴り→名器の音像
これらが志向的クオリアな訳ですね。
一般により高度な、二次的なクオリアをもたらすクオリア
を志向的クオリアと呼び、その志向性(→)は、
複合・総合といったような意識の働きによると。
複合的クオリアをよく認識し、それらの関係性の中から
あるクオリアを取り出す事が「意識」の働き、という理解でよろしいのかな。
「志向的クオリアが意識の能動的な働き」
からはちょっと意味が離れましたが。
「ワイン」のクオリアには果実味、渋み、ボディ感、等々が
複合的に含まれ、その「ワイン」の全体を成す。
なるほどエピソード記憶的と言うのも分からなくはない、
間違ってるけど。
712 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 00:43:39.57 0
あの文章からこう見事に意図を読み取るのも860さんの志向的クオリアの働きか
713 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 01:25:23.39 0
>>706 なるほど。
まあ、そんなに興味無かったので調べもせずにレスしたわけですが、たとえば次のトピをみると、どうも「観念として想起される感覚」と言えそうです。
http://www.qualia-manifesto.com/qualia/qualia-j-0.html 私は、「観念は幻想である」というスタンスですから、感覚的クオリアの「知覚」としてくっついてくる志向的クオリアも幻想でしょうね。
ここでの幻想とは、現実に無いことを思い描くこと。
(ところが、多くの人は、抽象的見做しによって現実とマッチングをしているが)
これは「存在しない」ということではないので注意が必要。
幻想は幻想として存在している。
問題は、そんな仮想が、現実(判断・行為)に影響を齎している事実。
機械氏も、エピソード記憶のために意識があるとしている以上、映写機が発する映像の観客というだけではあきたらず、映写機そのものに影響が発生するはずである。
この影響があるのかないのかを、まずは問いたい。
>>710 注意・気づきは認知科学でも一般的な概念である。
が、これを「能動・受動の違いだけで本質的に同じ」という考えがオリジナルなのです。
チャーマーズも、実は「意識の仕組みは、気づきのプロセスと同じ」というようなことを述べており、意識とは何かを知る上で、注意・気づきは重要な概念であると考えています。
注意しているときには気づいているし、気づいているときには注意されている、ということを私は主張しており、これらの「認識」が意識だと思います。
714 :
666:2014/03/12(水) 01:55:58.31 0
>>706 > ある瞬間を境に「3次元模様が見える状態」になる訳です
> がその瞬間後の状態が「志向的クオリアが働いている状態」です。
3次元模様が見える前の「見ようとして見えない」状態は「志向的でない」(=能動的でない?)
のでしょうか。
3次元模様が見えた後の「そのように見えるようになった」や「そのようにしか見えなくなった」
状態は「志向的」(=能動的?)なのでしょうか。
さらに、3次元模様が見える前は2次元のモザイク模様が見えているわけですが、
ただの画像から2次元のモザイク模様に見えるようになった前と後はどうなるのでしょうか。
715 :
666:2014/03/12(水) 02:42:45.63 0
>>713 注意という行動によって気づいている状態が生まれ、気付いている状態によりさらに注意が継続され・・・・
もしかしたら、外部からの刺激によって行動を起こしたり意識が変化したりするのではなくて、
人間は絶えず行動し意識していて、それが外部からの刺激によって修正されているのかもしれない。
意識は常に能動的であり、外部からの刺激により時々受動的になるのかもしれない。
716 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/12(水) 03:26:48.77 O
>>713 >観念は幻想である
「幻想」というのは「誤った認識」の事であって
幻想は観念に類する
ようするに
「観念は幻想である」ではなく
「幻想は観念である」です常識的に
観念が幻想だと言って否定しようとしても無理
観念が幻想としたなら
哲学も認識も、「全ては幻想である」という事になってしまう
まぁそもそも国語的にもおかしいのだが
「幻想」というのは「蜃気楼」みたいなニュアンスなのか。
現象としては確かに存在しているが、そこに行っても何も見つからないみたいな。
718 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/12(水) 07:39:03.76 O
「見つからないなぁ」という思いが観念であり
思っているのが「私」
何故こういう
子供からみても当たり前であろう事が理解できないのだろうか
そりゃ「我思う故に我あり」が理解できないのも納得
皆が客観的立場から解析してるとこに独り主観的な意見でドヤ顔してる池沼ハケン
720 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/12(水) 08:11:43.27 O
観念なんか、客観的に解析できるわけないだろ
そんなの子供でもわかるって
721 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 09:26:05.40 0
>>716 >まぁそもそも国語的にもおかしいのだが
自己紹介ですか?
>そんなの子供でもわかるって
なるほど貴方は子供以下ってことですね。
722 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/12(水) 10:00:47.82 0
>>690(黄檗氏)
「関係」というのは、作動させ、させられる“相互性”をいう。
なぜ、それが可能なのか。黄檗氏のいう“物質”の内在性がE(力)だからである。
“自ずと関係する”ことが、Eの本性である。ただし関係のしかたは、支離滅裂ではない。
いや、もしかすればそうかもしれない。後者なら「世界は混沌」ということになる。
しかし世界は“理”的に思える。
関係(のしかた)は、黄檗氏の“論理”やウィン君の“規則”に従うようにみえる。
(物質を含む)Eは、この“理”を媒介する手段(仲立ち)のようにもみえるが、といって、
Eなしには“理”はありえない。機械さんをはじめ、ほとんどの論者がこの二元的構制に
囚われている。無自覚なだけである。
723 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/12(水) 10:19:23.88 0
>>691 もし「中国人が一人も殺されていない」のが本当なら「大虐殺」は中国のデッチあげである。
しかし「一人も殺されなかった」確率は小さい。
中国人はもとより、日本人のなかにも殺害行為があったことを認めるひとがいるし、さらに
第三国、たとえば英国人のなかにも目の当たりにしたひとがいて、殺害そのものを否定する
のは難しいのではないか。
それを“大虐殺”と呼ぶべきかどうか、互いに都合の悪い事実を隠蔽しあう状況では、事件の
“再現”は不可能であり、「虐殺はあった」も「なかった」も両立するとしかいえそうもない。
724 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 10:27:00.38 0
我思う、または我はある by ラカン
725 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 10:32:51.43 0
全てを、暗記した哲学知識の範囲に当てはめて悦に入ってるだけの
哲学利用者とは議論は成り立たないわな
>>715 いやいや、意識は能動的にもなるし受動的にもなるけど、認識のプロセスとしては同じと言っているのだよ。
「気づいていない感覚はクオリアと呼べるのか?」を考えればわかります。
ぼーっと町を眺めていて、景色は全部感覚器で捉えているのにもかかわらず、例えば「道路の色」を「注意」しなければ、それが何色なのか「気づかない」わけです。
あるいは、信号の色に「気づかなければ注意されない」わけです。
>>716 幻想は観念である、の方が国語的におかしいだろう。
それに、否定しようとしても無理とは、人が観念を超越出来ないからでしょう?
そんなことは前に議論したので、とりあえず分離脳患者の右半球と左半球のどちらが「私」なのか答えてくれ。
>>717 現象は現実ですよ。
それが「何であるか」を知覚したとき、現実とマッチングした観念が生まれるのです。
物と物自体のようにね。
機械氏ならば志向的クオリアと呼ぶのだろう。
猫と言ったとき、ね・こ、が指し示す抽象的現実、現実とマッチングして想起されるもの、これが観念です。
あるいは、学校や会社や国家など、現象ではないが想起されるもの。
集団幻想とも言うが。
728 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 10:49:52.15 0
哲学者最高位の論理
「常識的にわかる」
「子供でもわかる」
「アスペルガーにはわからない」
729 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/12(水) 11:18:13.60 0
>>702 「現実」という言葉を軽やかに用いるのは、今日ではニュースキャスターのようなひとたちです。
彼らは、そこから語り、それを説明する。たしかに、それはわかりやすい。w
>認識されているものが現実
もしそうなら“動かしがたい事実”を君はしっているのだから、これ以上、云々かんぬんする必要はないのでは?
順番に述べるのも野暮だがw現前する対象は“現実”ではなく、現象。それは感覚的クオリアとして表出され、w
指向的クオリアがお迎えしてw認識にいたる。認識(内容)は、現象の意味、すなわち観念である。
もし“現実”という言葉を使うとしても、それは君の主観的“現実”である。主観的現実を“幻想”ともいう。
ここから始発しており、主観的なそれは相互主観的“現実”に到達しうるのか、が問われているのである。
機械さんが三十代。ご冗談を。
かなり前、たぶん彼が五十代とおぼしき頃に「なぜ機械氏はトップ(経営者)になれなかったのか」を語ったことが
あった。おそらく昨年か一昨年かが彼の転機だったと思う。空想を騙ってもいいが、やめておきます。w
730 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/12(水) 11:54:08.52 0
>>700 横からだが、それは機械氏が科学雑誌に載っているのを得々と長文することにもあてはまるのでは?
感心するひともいれば、苦笑しているひともいるはずである。
機械氏は、彼のレスを「この程度のもの」といい、また「無内容」とも決めつけ、あげくに「三文文学的」と
貶している。「反論する気にならない」といいながら、長々と罵倒する。
しかし、そこには一つも“理由”“根拠”が述べられていない。たぶん機械氏には、理解不能ではないのか。
ただただハラだたしいだけなのだろう。それを言葉にすると、あのような“空虚な悪罵”になってしまう。
彼を引き下げ、機械さんは“上”に立ったように錯覚する。心理学上、よくみうける“自己欺瞞”である。
731 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 11:54:37.56 0
>>1 まじでその純一と波平のやり取り、嫌いだから。SERIOUSLY DO YOU UNDERSTAND??????? >>
>>702 DO YOU KNOW HOW MUCH I AM IRRITATED BY YOUR FUCKING REPEATING THE SAME CYCLE OF SEQUENCES OF TALKS LIKE MAKING AN INFINITE LOOP?
キチガイって言うか、知的欠陥持ち、うぜえよ。
>>723 おまえ、やってること、ずっと、ずっっと ずっと 同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ
同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じなんだよ?!同じなんだよ?!同じなんだよ?!
同じなんだよ?!
>>718 >>711 http://www.google.com
>>730 横レスだが、
>>695-696は機械氏の言うように散文的すぎるというか言わんとする意図が分からないというか、長文のわりにレベルが少し低いと判断せざるを得ない。
どこがどう?というよりゲーム氏が意味が読み取れると主張するならば、分かりやすく全体を書き直して欲しいくらいだ。小保方論文みたいにw
それとも、ゲーム氏自身が「名無し」で書いたのか?
>>723 つまり、その発言の両立は認めないわけですね?
結局のところ、相対主義が唱えることのできる相対性とは
「解釈の相対性」とか「歴史の相対性」に留まるわけであり
「起きたことが相対的である」とか「過去が相対的である」とは言えないんですよ
あなたは、虐殺があったことと誰も殺されてないことを同時に認めることをしてないんですから。
734 :
666:2014/03/12(水) 12:15:06.43 0
>>715 の続きです。
自律型ロボットの姿勢制御がこんな感じに行われていると思います。
ロボットはただ立っている状態でも実は静止しているわけではない、
ロボット自体は不安定に作られていて常に倒れようとしているのを、
センサーからのフィードバックによって安定を保っている。
人間の肉体も意識も常に不安定に動いていて、
それを外部からの刺激のフィードバックによって安定を保ったり、
ある方向へと(絶えず細かい補正を受けながら)動かしたりしているのではないか。
そして、外部刺激による補正を強く感じられたときに「受動的」と感じ、
弱く感じながら動きを達成できたときに「能動的」と感じるのではないか、と考えます。
735 :
666:2014/03/12(水) 12:16:19.92 0
>>726 注意と気づきいう言葉に対して、いのち氏は両方とも「状態」を言い、
私は「行動」と「状態」を言っているという違いがあるでしょうか。
(あるいは両方とも「行動」を言っているのかもしれませんが)。
注意している状態と気づいている状態は、同じと見ることはできると思います。
>>716 >>726 >「幻想」というのは「誤った認識」の事であって
幻想とは、現実的・物理的な裏付けを伴わない個人的な認識といった感じでしょうか。
>「観念は幻想である」
>「幻想は観念である」
幻想と観念は同種のものでしょうか、包含関係にあるものでしょうか、それとも
因果関係のあるものでしょうか。
「〜は…である」という言い方を等価以外の意味で使用すると分かりづらいと思います。
736 :
666:2014/03/12(水) 12:19:50.37 0
>>702 >>729 > 認識されているものが現実
認識と現実は別のものだと思います。
ある新種の生物が現実に存在するとして、それが発見されない限り我々の認識上は存在していません。
また発見されたとしても、それが新種であると認められるまでは新種としての存在はないわけです。
さらに新種であると認められたとしても、その生物が発見以前から現実に存在していたということを
厳密に証明することはできません。
我々は、その存在していたということを、存在の連続性を前提とすることで受け入れているのです。
上の方で南京事変についての話がありましたが、
ある事件が存在したとして、それが現実に存在したのは事件が起こった瞬間のみです。
それ以後は全て認識上の存在であり、
認識上の存在から現実の存在を証明する(現実に近づく)には、やはり存在の連続性を前提として、
確度の高い周辺事物(証拠とか当時の記事とか)から時間的・空間的・因果関係的な連続性を導いていき、
存在したあるいは存在しなかったと言うほかないのではないかと思います。
737 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/12(水) 12:29:25.31 0
>>732 いや彼とは様々なことについて、いい争ったことがあり、因縁のw名無しです。
たとえば、どこが意味不明? どこにレベルの低さを感じますか。
それを具体的に指摘すれば、彼も答えるはずです。機械氏も君も印象批評的すぎるのです。
>>736 >確度の高い周辺事物(証拠とか当時の記事とか)から時間的・空間的・因果関係的な連続性を導いていき、
> 存在したあるいは存在しなかったと言うほかないのではないかと思います。
そんな当たり前の小学生でも分かることが結論なら、南京事件のギロンには首突っ込むな。
739 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 12:39:07.22 0
>>729 >機械さんが三十代。ご冗談を。
>かなり前、たぶん彼が五十代とおぼしき頃に「なぜ機械氏はトップ(経営者)になれなかったのか」を語ったことが
> あった。
かなり昔、ITとかIT特許関係とかの会社を起業して、共同経営者してた弁護士に騙されて別の会社に移ったというようなことを漏らしていた
記憶があるんだけど、自分が50代だとか会社を辞めたとか書いてあった記憶はない。2〜3年前というとスレ番でどの辺に書いてたか記憶ある?
740 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/12(水) 12:41:08.52 0
>>733 「起きたこと」それ自体を語ってみればいい。
何が起きたのか。どのように…なぜ…起きたのか。
それが可能なら、モメはしない。
言表は、解釈にならざるをえないのである。
>>737 >たとえば、どこが意味不明? どこにレベルの低さを感じますか。
そういえば、ゲーム氏も似たようなレベルのレスしかしてませんものね?
聞いた相手を間違えました。なにしろこのスレにはコテハンが多くてwww
>>740 つまり、相対的なのは言葉で語られるものだけってことですよね?
言葉で語れないものは相対的ではないってことです
744 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 12:52:58.85 0
>>743 機械氏に言わせるとですが「観念論者の頭の中の標準」だそうですよ。
もっともらしく書いてあるけど、全部眉唾という意味で「旧約・新約聖書」と似ているらしい。
そっちも読んだら、気に入るかもしれません。ぜひ一度読んでみるだけでもしてみたらどうかな。
>>744 機械さんがあんなに拒絶反応を示すというのも意外。
確かに標準だと私も思いますが
理解されることを自覚的に目標としている。
良い意味で標準。ほっとする。
標準的な長文というのは、案外書けないように思います。
747 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 13:45:17.87 0
>>746 拒絶反応というより、いつも同じような念仏を繰り返すだけで発展性のない観念論のレスを見て、
何度もレスを返したのとおなじじゃねーか!と思ってうんざりしたんだと思うよ。
理解が早いと思っていた860氏もワインの値段とか下らんことで熱くなったりしてたし、
観念論者から総攻撃されてるスレ主も楽じゃないということじゃねーかな
748 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 13:55:23.56 0
>>746 機械氏は観念論の主要な著書は一通り読んで内容を理解してるから観念論批判を
しているんだと思います。その点からみると、あながち「50代説」が出てくる
のも、うなずけないことではない。
860の知性はワトソンレベルだよww見てて分かんないかなぁ?
750 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 14:13:29.93 0
「機械=波平」説が昔からあるくらいだからね。
751 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 14:57:29.42 O
真剣にわからないのですが、波平さんと純一さんというのは、一体誰のことですか。
752 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 15:06:44.20 0
>>674 >物質の概念の定義は難しい・・・、物質とは慎重に言うなら、「自ら作動する多数の“素子”」です。
つぎは、素子の概念の定義ですか・・・、「種としてのみ存在する“素粒子”」ですかね
>我々が普段、日常的に認識している「物体(=物質)」は、長さ、幅、深さを持つ「三次元構成」の概念で捉えられている。
この「三次元構成」に時間概念を導入しているのが、現代の一般的な科学(=物理学)であり、我々の空間の一般的解釈も
「三次元空間+時間概念」で構成されている。
目に見える物体の形、又、物体を触った時の感覚などは、立体化(=物体化)することにより可能となる。
“素粒子”は、一定の形(立体化)を持った物体であり、E=mc2で現される。
共通しているのは、論理実証主義にしても、又、現代物理学にしても、その基本としてあるのは、物質の
概念を定義する「三次元構成(長さ、幅、深さを持つもの)」が基本に成っていると解釈している。
未だに素粒子をナニカの塊と捉えてる阿呆も居るのか
754 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 15:31:24.54 0
>>754 その「ひも」とやらは
発見されたのか?
とうぜん発見されたから超ひも理論とか論拠にするんだよな
756 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 15:44:50.53 0
>>755 あなたは素粒子を「見た」ことあります?
誰かが発見したらしいっていう雑誌とか新聞記事を鵜呑みにしてるだけでしょ?
発見者が素粒子を「見た」と思ってます?
何を言いたいのかよく分からんが、お前も同じ論法の詭弁でも使おうとしたのかな?
超ひもに関しては、まだ誰も発見したと言われたことすら無いわけで
>>756 うまい反論に見えるけれど「素粒子」と「ひも」は程度において違う
「素粒子」は実験結果の積み重ねによる予測から仮定されているが
「ひも」はそこまでの段階を踏んではいないでしょ
どちらも誰も肉眼で見てはいないけれども「実験の積み重ね」の差が違うんだよ
「ひも」はそういうのがもしあったらそこから理論を構築して説明できそうという程度のもの
759 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 16:30:33.11 0
>>758 素粒子は感光板かなんかに軌跡を残すから、「発見された」とかいわれるんでしょ?
軌跡を残すってことは何らかの「塊」が動いたということを意味するのではないの?
>>760 そんなん言ったら、波動としての性質を有する粒子なんてあるんかいな。
それって、厳密に言えば粒子じゃなくないか?
762 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 16:56:49.34 0
>>761 基本的に「素粒子」は「仮説」なんだよ
だから
>>758の二行目にも「仮説」って書いたでしょ
物凄いデカくて費用のかかった加速器とか使って実験して痕跡を見つけたと
でもそういう地道な実験の積み重ねすら「ひも」には縁がない
「ひも」とか全くの思いつきだからね全然駄目
>>762 でも、波動の性質があるっていう痕跡も実験で見つかってるんじゃないの?
764 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 17:20:21.63 0
>>761 物体の性質(三次元的基本概念)を基底として考えていくと、粒子の可能性が大きいと思う。
現代の科学技術(実験装置)が、発見できる“レベル”に達していないことは事実としてある。
765 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 17:22:13.85 0
>>762 「素粒子」自体、中性子とか陽子だった時代もある
その時代、クォークとかも「全くの思いつき」だったから全然駄目だった?
それに、中性子や陽子も誰も見たことないから、未だに「仮説」ってことだね?
物理語りたいなら数学やれよ
文字だけじゃ物理は絶対に理解できねーぞ
767 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 17:26:44.55 0
753 :考える名無しさん:2014/03/12(水) 15:09:17.52 0未だに素粒子をナニカの塊と捉えてる阿呆も居るのか
759 :考える名無しさん:2014/03/12(水) 16:30:33.11 0
>>758 素粒子は感光板かなんかに軌跡を残すから、「発見された」とかいわれるんでしょ?
軌跡を残すってことは何らかの「塊」が動いたということを意味するのではないの?
760 :考える名無しさん:2014/03/12(水) 16:46:32.05 0
>>759 そういうことだよ
ひもにはそれがない
753と760は同一人物?
>>765 厳密にいえばそういうことになる
ただ何回も書いているように「実験の積み重ね」がありからね
だからそれに基づいての「信憑性」というものがある
研究が進んで「実験」によってそれまでの結果が覆されれば
当然ながらこんどはそれにかわる「新説」というものが登場する
まあこれを繰り返しながらやっていくしかないだろう
そういう「実験段階」を「ひも」は通過していない全くの思いつきだからね
そこが違いなんだよ
>>765 だから、素粒子をどう定義するかはわからんが、粒子と波動の双方の性質があって、
単なる粒子ではないだろう。そういう意味では、粒子であるという「仮説」は実験結果から
採用しがたいわけでしょうに。そんで、その粒子と波動の両性質をうまく説明できる「仮説」
の一つが「ひも」なんじゃねーの?
771 :
考える名無しさん:2014/03/12(水) 17:41:20.01 0
>>771 便宜上あたかも「粒」のように記述しているんじゃないのかな
「塊」といってもそういう状態なのかわからないし俺もわからん
だから「素粒子」という名称も仮定の範囲を出ていないと思うよ
本当にがっかりするくらいに素粒子のこととかわかっていないからね
しかし「実験の集積」があるから仮説がたてられわけ
>>772 てか、素粒子ってたぶん物質を構成する最小の単位っていうぐらいの意味しか
ない気がするぞ。
>>773 どちらにしても「実験の集積」から導き出した「仮説」だよ
素粒子物理学者だって「素粒子とは?」と聞かれても形もなにもこたえられないしね
775 :
黄檗:2014/03/12(水) 20:16:50.71 0
>>752 (E=mc2は余計だと思いますが、)
いかな数式を駆使しようとも、物理学の問題である以上、
結局は経験的(三次元)世界に於ける現象を、数式の意味するところとして
対応させる以外に道はない、ということであるなら、そのとおりだと思いますよ。
しかしですね
量子力学の重要な物理量に「確率振幅」という概念があって、
それを使わないと理論が成立しない。
しかしその量を計測する『はかり』なんてものはこの世界には存在しない。
論理的な要請上、ないものをあることにしている、とも見える。
ではあらゆる意味でそれは思考の道具に過ぎず、実在とは何の関係も無いのか、と問われて
そうだとも、そうでないとも、私は回答を知りません。
いろいろ調べて考えてもみたが見当もつかない。
物質とは何であるのか、をこの先さらに調べて行くとするなら、
それがカントのカテゴリー(量、質、関係、様態)によって理解され得るという保証は
もはやないと思います(まあ、もともと保証なんて無かったわけですが)。
なので、まともに概念を構成できる保証もないのです。
あらゆる素粒子は振動していて、確率論的にしか存在していないから、
それによって構築された物質は、当然のことながら、確率的存在と言うことに
なるわけだが・・・
しかし、脳の御都合主義的修正機能により、物質が、確率的存在に過ぎないと
解釈しない。 謂わば、脳に騙されている。
777 :
黄檗:2014/03/12(水) 20:36:54.76 0
>>722 そのE(力)ってなんぞいな?
ゲームさんは、しばしばいのっちとシンパサイズしておられるが
私には、二人が何を理解し合っておられるのか、さっぱり分かりません。
例えるならですね
「昨日の登山は間違いなく本質的だったよね」
「それもあるが、日常的でもあったよ」
みたいな感じで。
いのちくん、ゲームさんをよろしく。
>>776 騙されてるっちゃ、騙されてるんだけど、別にマクロでは重ね合わさってる状態
ってのはないんだから、そりゃそうだとしか言いようがない。マクロで確率的な現象
ってのは、まぁないんじゃないかなとは思う。
もめているWikiのページと同じだねw
確率的存在とは虚構的存在に過ぎないわけだがね。確率的に存在を許された幻想と言ってもいい
素粒子は意識に対応する反応体だよ
物質に本質的実体なんて無い
な、よくわかんねーとこにはこうやって詐欺師の巣窟になるんだよ
>>729 >もしそうなら“動かしがたい事実”を君はしっているのだから、これ以上、云々かんぬんする必要はないのでは?
動かせませんが、現実と非現実の境界はファジーです。控え目にも解釈が混じる。
それをなるべく排除する事は可能であり、それは論理や理論、科学や哲学の役割でしょうかね。
確かに云々かんぬんする必要はないのですが、事実をありのままに説明する
事はとても難しい。適当にフラグ回収するなら、事実と物語の例と同様に、
何の勝手解釈もなく現実をそのままに説明する、つまり客観的な
知識を得る事は困難なものですねと。
>>747 心外ですな。
一番機械さんの喰いつきが良かっただけなのに。
>>736 逐一同意しますね。
どこかで誤解が混ぜてしまったのかな。
認識には理論的な認識も含みます。
図鑑を見るでもいい。現実をよく説明しているという
暗黙の条件付きで図鑑に載っているものは現実です。存在します。
パケット通信も、LTE回線も存在します。
その意味で天国や神は存在しません。
直接的でなく、整合的でなく、必然的で無いからです。
高性能な目があるから騙されるんだよ
目隠しして変化の激しい場所に立ってみな
どれほどマクロで重ね合わさってる状態が有るか体感できる
この機械がヴィンテージもの?あり得ない。
30半ば、行って40手前でほぼ間違いないと思います。
時間と余白があれば、ワトスン一流の推理を披露もできるのですが、
あまりそういうゴシップ的な話題の需要は無いのですかね。
786 :
あまの:2014/03/12(水) 23:14:36.60 0
しっかしアホらしいよな。
こんな抽象的なことを考えていても、結局、実生活では物質に振り回され
その確保が生物としての最優先事項となっているわけだよ。
この世界は、徹頭徹尾、寸分の隙なく骨の髄まで物質なんだよね。
787 :
あまの:2014/03/12(水) 23:18:57.89 0
天国があるなら、天国だって物質で構成されるしか無いよ。
>>786 その「アホらしいという感じ」は物質ではないから厄介なのです。
789 :
「機械的唯物論」者:2014/03/12(水) 23:23:27.61 0
>>747>>782 すいません。未だに誤解が解けきっていないようなので、ちょっと…。
実は本日、家の前にあるイタリアンで5千円程度のワインを頼んだのですが、
2人で残り1/3飲み切れず、「お持ち帰り」にさせていただきました。
正直言って、普段飲んでいるワインは1500円〜2000円程度なので、5000円の
ワインは「クズ」どころか「非常に美味しい」と感じております。
以前「5千円のクズワイン」という表現をしたのは「2008ロマネ・コンティ」
と比べたら…「そんなもん」になるんだろうな…という「強調の意味」以外の
なんでもありません。
というわけで、本日はワインのアルコールと脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
790 :
あまの:2014/03/12(水) 23:24:37.77 0
いやいや、アホらしいという精神自体物質起源ですよ。
何事も物質の動きを伴わない現象は無い。
世界が徹頭徹尾物質ということはそういうことです。
三百万円のワインは五千円のワインの六百倍美味しい、といえないところも
厄介ですなw
>>790 「物質起源」であることと「物質である」ことが同じでないところが
厄介なのです。
物質の起源は何かね?
意識しか該当するものがないだろう
794 :
あまの:2014/03/12(水) 23:38:41.31 0
精神と物質を対比させても、対応の様態しか出てこない。
科学的なスタンスですよ。
精神と物質は同じものだと見ないと先に行けない。
だから後に戻ろうと言ってるんだよwww
物質顕現化現象は、意識が意図して起こる現象
ゆえに、物質の起源は意識・・・
とまでは言えないかな
未だ解明されていない、なにかが・・・
797 :
あまの:2014/03/12(水) 23:44:58.12 0
物質の起源?
そういうことを言うとおかしな二元論しか着地点はないよ。
世界(物質)があるのなら精神もある。(タイムラグがあってもだ。)
精神があるのなら物質世界もある。
6000年前に天地開闢により、物質と精神が同時に発生したと考えれば問題ない
化石は神が埋め込んだジョークグッズに過ぎないだろう
799 :
あまの:2014/03/12(水) 23:48:43.11 0
なぜ「精神があるか?」とか「何故物質があるか?」とか根本的なところを聞かれたならば、
(時間的プロセスは科学に任せるしかないわけで)、それは、「なぜ存在するか?」と同じ問いになるだろ。
物質の起源が何かを見極めることは、
物質と意識の関係性を論じる上で重要な論点であることは確か。
その前段階として、物質顕現化現象の解明が不可避。
これが解明できないと、議論は不毛となることは必至。
801 :
あまの:2014/03/12(水) 23:54:18.01 0
時間は形式であって、直接現象に影響する自然力ではない。
時系列でかたるのは科学であって、哲学は別に時系列に縛られる必要も無い。
物質は意識を操作できないのだから、起源が何であろうと物質は意識の付随物に過ぎないよ
803 :
あまの:2014/03/13(木) 00:05:02.89 0
物質の起源を「時間の内部」で追うとか、ローションまみれの手でうなぎを捕まえようとするようなものだろう。
>>801 そんなアホらしくもないとこもあるのよ。
価値判断が先にあるのか、それとも現象が先にあるのか。
そもそもある現象を分析・解釈しようとすれば、ある価値判断に
基づいた分析・解釈をしなければならず、そうすると、そのような
価値判断に基づいて分析・解釈することが、そもそも良い(正しい)
ことなのかっていう疑問が常につきまとってくる。
そして、それが致命的なところで顕在化してしまう(その危険性がある)
というのでは、まいっちんぐぅなところがあるのよ。
805 :
あまの:2014/03/13(木) 00:13:23.60 0
>物質は意識を操作できないのだから、起源が何であろうと物質は意識の付随物に過ぎないよ
時系列で言えば、物質の動きが意識に先行しますよ。
この点で言えば、意識のほうが物質の付随物と言うべきでしょう。
認識論的には、時間は主観の形式であって物質と意識はどちらが「実体」なのか無意味になる。
806 :
あまの:2014/03/13(木) 00:22:13.26 0
意識と物質で、どちらが主だということは、目的次第なのだが、
物質が意識の付随物であるということは無い。
この中でサイコキネシスを持つ者がまず物質を意識の付属物と言いなさい
>>806 目的次第だってのは今のところそう言わざるをえないところがあると思う。
だから、目的次第では、意識を物質の付随物としても、物質を意識の付随物としても
良いんだろうと思うよ。
問題は、その目的ってやつなんだよ。結局、目的ってやつを設定するっていうのが、
先行しちゃうと、目的という価値判断(意識による判断)が先行しちゃうのよ。
でも、それも物質にすぎないとか言い出すと、もうループがはじまるわけ。
無目的にただ解析しなさい
810 :
あまの:2014/03/13(木) 00:34:20.94 0
たしかに「物質に過ぎない」って黄門様が印籠出せてないからね。
物質を極めるって事は精神を極めるって事ですから。
>>809 いっしょだって。解析する、それだけでそのような解析をするっていう
価値判断が存在するんだって。あえて言うなら、現象になんの解釈も分析も
解析もしない、ただ現象があるだけ、少なくともそのように考えなければならなくなる。
意識が物質に支配されるって有り得るか?
作用じゃなくて支配だぞ
>>812 そのような解釈が成り立ち得ないわけではないでしょう。
例えば、エロい話をすると、媚薬とかを想定すると、もうたまらんですわ。
814 :
あまの:2014/03/13(木) 00:36:58.58 0
支配どころか、物質の別の顔が意識でしょう。
これはいのち氏も時々言っていることだが。
815 :
あまの:2014/03/13(木) 00:39:18.65 0
って言うかアルコールとかその他の薬品のんだら、精神状態速攻変えられるでしょう。
これでいうと物質は精神だって言ってもいいくらいだよ。
脳みそぶっつぶせば意識活動どころじゃありませんよ
>>811 走光性を持つ虫が自ら火に飛び込むのはどんな価値判断の結果だと思います?
それは支配じゃなくて作用でしょうが
物質の望みとは何か?望みが無いか、意識に支配されたいかであろう
物質に支配されたいと望む意識が居るか?
819 :
あまの:2014/03/13(木) 00:53:20.26 0
だからね、物質と意識と言う二元論でものを言うとありもしない状態を考える破目になるんですよ。
つまり物質と意識を対立させることは、特定の目的に限った場合有効であって、
存在論とか認識論を考える場合、誤謬しか招かないってわけですよ。
物質と意識が同じなら、機械にも人権を与えなければならないな
821 :
あまの:2014/03/13(木) 01:02:03.33 0
人権というのは社会的な概念ですからね、
機械に人権を与えて社会から馬鹿呼ばわりされなければいいんですけどね。
機械が不満を訴えてから考えれば良い話
>>819 そういうことですね。存在論、認識論の場合に有効性が全くないのかは、
よくよく考えてみないとわからないけど。
なんでんかんでん、そういう視点からとらえなきゃいかんわけじゃないんですよね。
何が何でもそこに全てを押し込めようとするのが決定論てわけでもないんでしょうから、
その辺、このスレは少々行き過ぎてるところが散見されますね。
不満を訴える能力が無い人には人権を与えなくていいのか
825 :
あまの:2014/03/13(木) 01:05:38.19 0
個人的な価値観とかこのスレではややどうでも良い扱いを受けますから気をつけてくださいね。
826 :
あまの:2014/03/13(木) 01:08:07.32 0
物質と意識というのは共通要素を含みすぎているから区分しづらいんですよ。
厳密さに欠けることおびただしい。
物質が思考を行えないのは明らかだと思うが
828 :
あまの:2014/03/13(木) 01:09:58.68 0
時系列で見れば、知性は物質の自己組織化の結果ですけどね。
わしらの脳みそは物質じゃないのか?w
脳みそ以外の物質は思考を行えないのは明らかだと思うが
831 :
あまの:2014/03/13(木) 01:12:29.30 0
だから、物質と精神の二項対立は泥仕合になるってww
>>825 そうはいってもねぇ、特に人文なんかは突き詰めていったら個人的な価値観から
出発してるところはあるよたぶん。広く共有されてるからそうとも言えないけど。
だから学問モドキのゴミと揶揄されるのさw
泥仕合になどなっていないぞ
物質に属する人工知能に意識が芽生えないのも明らかだろう
835 :
あまの:2014/03/13(木) 01:20:27.07 0
我々の知性も、研究ラボが時間的にも規模としても巨大だったから生み出されるに至っただけでしょう。
やはり前提として進化論を否定するしかないようだな
我々の脳みそに意識が芽生えてることが客観的に明らかになったのかね?
838 :
あまの:2014/03/13(木) 01:24:08.77 0
だからね、意識は特別なものじゃあないんですよ。
まあ自分大好き最高位あたりには一生理解出来ないだろうけどねえ
意識は特別なものだろう。試しに意識を喪失してみるといい
残念ながら意識的に意識だけ喪失するのは非常に困難だw
何か副作用の無い良いアイデアはあるかね?
>>833 それは自嘲も含めてw
そうは言っても、それほどまでに自然科学と比べて(比べられるのか?)
未解明で、わけわからんとこがあんのも、人文・社会科学の魅力なんじゃないw
本格的にやってる連中も、ほんとこんなんで良いのかって思いながらやってるところがあるんだよねw
反論してる人は、自分の意識が人工知能の一種だと主張するのか?
或いは自然が作り出した天然の知能回路であると?
844 :
あまの:2014/03/13(木) 01:32:39.04 0
謎ではあるがこの世界にとってとんでもない奇跡ではない。
この謎を謎にしているのは知性の側にある。
逆に超自然的な非天然の知能回路であったりするのかい?
物質に属する回路にこだわりすぎだな
超自然的なのは意識そのものだ
847 :
あまの:2014/03/13(木) 01:40:47.80 0
どうなのかなあ、意識をもっている(主客に分裂させられている)からといって
自然力を超越するなどできるんだろうか?
人間の場合自我を取り込んだ自然の流れを経験させられているだけではなかろうか?
少なくとも我々の脳内において自然を超える現象は未確認なわけなんだけど
どの辺から沸いてくるのかね?その、超自然的な代物は?
自然を知覚認識して思考を巡らす事が超自然的であると言えるだろう
さっきも言ったけど
走行性を持つ虫が自ら火に飛び込むことは超自然的なんかね?
851 :
あまの:2014/03/13(木) 01:48:16.97 0
超自然的ねえ、
でも自然力を無視できたり捻じ曲げたりすることはできないよね。
虫は機械的思考の割合が多いのだろう
空想内で自然力を無視できたり捻じ曲げられますよ
>>846 誤解を恐れず、わかりやすく説明すると。
物理学的に見れば、意識は物質に属するでしょう。
だって、物理学って物質で理解しようとするもんなんだもん。
形而上学的に見れば、超自然(超物理)的なものでしょう。
だって、metaphysicsなんだから。
そんだけの話。
855 :
あまの:2014/03/13(木) 01:52:22.44 0
>>853 それすらも自然力の内部での出来事だということもできますよ?
最新の量子物理学は物質で理解しようなどとしていません
>>855 強引な思い込みは要らないです
ちょっと前から居ついた知恵遅れの末尾Pちゃんか
858 :
666:2014/03/13(木) 01:58:58.43 0
>>783 > その意味で天国や神は存在しません。
そうですね。但しそれは、現実的には存在しない、ということですよね。
天国や神について我々は語り合うことができます。何それおいしいの?とはなりません。
その意味で、認識上の存在はあると言えます。
神はいない、と言いますが存在しないものは否定できない、なんて言うこともできます。
また、ないことを証明することはできない、と言われますが、
それも認識上の存在があるから言えることですよね。
859 :
あまの:2014/03/13(木) 02:02:17.50 0
ひとつ大事なことがありますよ。
我々の知性は原理的に自然力を知り尽くすことができない。
概念化された観念上の自然と、自然は食い違う部分が必ずある。
自然を知り尽くした上で自然を論じると言う立場に我々は決して立てないんですよ。
>>856 だから、誤解を恐れずにわかりやすく説明するとって言ってんじゃん。
量子論だろうが、超弦理論だろうが、自然科学の中では、超自然的な現象
なんてないからwww
最新の量子物理学では、物質は他世界からの射影であるという事になっています
862 :
あまの:2014/03/13(木) 02:10:43.53 0
同じ時間の流れを持っていれば他世界とかまああれだよね。
>>735 そういうことだね。
俺は両方とも状態(の比喩)として語っている。
気という概念を使うと、「気を付ける」と「気が付く」です。
或いは「認識する」と「認識される」でも良い。
まぁ行動でもあるのだろがね。
AはBである、というとき、等価と見做す場合と、Aの説明・Aの本質という場合がある。
今回はAの本質として。
>>859 原理とまで断定すると大上段に過ぎる
選択公理ぐらいにしておいた方が良いのでは?
>>861 多世界解釈のことを言ってるなら、最新でもなけりゃ、そういうことにもなってないよ。
それに、仮にそうだとして、それのどこが超自然的なのよ。
人間も自然的な存在として活動してるのであって、その活動である意識も、自然的な現象
として説明することができる、と言われれば、そうだろうとしか言えんでしょう。
でも、そういう自然的な現象という観点だけで、意識を解釈・分析するので良いのか、と言われれば、
そういうわけにもいかんでしょう。そんだけの話。
ホログラフィック宇宙論のことじゃあないかねぇ
>>866 激文系の俺は、なんじゃそれ、と思ってググっててみた。
これも誤解を恐れず、適当に感想を言ってみると、
要は、いままでやってきた物理学ってのは、ホログラフみたいに投影された部分だけ
だったんじゃねってことだね。超おもろそうだね。決定論との関連性はさっぱりわからんけど。
数学は、今のところ統計学・経済学がらみぐらいでしかやる気はないンゴwww
宇宙論は、マルチバースが主流になりつつある。
869 :
考える名無しさん:2014/03/13(木) 03:23:53.04 0
科学は特定できないものに無力だというと、天然がやってきてそんなことはない
と言い出す。
定義できないものは論理説明してはいけないんだよ。
>>777 よろしくってww
ゲーム氏と私はね、所々共感できるかなって感じだね。
ゲーム氏はエネルギー(力)と情報という二元的世界観。
私は「いのち」という営みのみの中立一元的世界観。
しかし、その実体はエネルギー(力)であり、その実態は性-徳という、パーソナルデータ-インフォメーションという情報となる。
>>814 意識はエネルギー由来であり、物質もエネルギー由来ってだけ。
>>858 >そうですね。但しそれは、現実的には存在しない、ということですよね。
>天国や神について我々は語り合うことができます。何それおいしいの?とはなりません。
>その意味で、認識上の存在はあると言えます。
例えば、
敬虔に神を信じる人の前でそれは妄想だと言う気はないですし、
その意味で「存在しないもの」は存在するかもしれない。
ではなぜそれを存在しないと判断するのか。
このテの「非存在的存在」については、それを語るにおける概念としての意味、
つまりその「認識上の存在」がどのような理論的文脈に置かれているか、
がとても不明瞭である事がほとんどです。
簡単に言えば、神は存在すると言うなら、神について説明なり説教なり、
その「意味」を明らかにせよ、不可能ならその不可能の根拠を示せ。
という事が非存在が非存在である理由の一です。
もう一つ、例えば
キリストやブッダの合成物のようなものとしての「エル・カンターレ」
などは神の中でも「存在しない」類の神と考えますが、それは上記の理由に加えて、
それが単なる夢想と区別がつかないからです。(他の神仏も程度の違いです。)
夢と現実の区別は、他の記憶との整合性や
感覚の原因となる世界の確かさ、
我々と無関係に存在しているという客観性に基づいていると考えますが、
そういう意味での現実に対応するようにこの神サマを認識できない。
更に、現実を説明するメタ構造の中においても、その構造の整合性と、
そのメタ構造内、あるいは構造を更にメタ的に根拠付けるものとして
等々、いかなる意味でもそこに神が入り込む必然性がない。
簡単に言えばそれがでっち上げでない事を示せない。
神について語るならその「意義」を示せ。
これが根拠の二です。
書き殴りですので、何かご指摘あればどうぞ。
873 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/13(木) 09:10:28.61 0
>>777 黄檗氏のいう“物質”の本性、本質をE(力)と呼んでいるのである。
(エネルギーでは長すぎるしw色々な意味が付着しているので)
しかし、その逆、Eの本性は物質ではない。物質はEの様態であり、その逆ではない。
ただ、唯物論者とはちがって“唯E論”をデッチあげるほど単純にはなれないだけ。w
いのち君が面白いのは、二元論を飽き足らなく思っているところ。
“いのち”という概念で「世界」を語りつくすことができれば… 前途は多難だが。w
なにせ当スレには、無自覚な二元論者と常識的な二元論者しかいないのだから。
874 :
考える名無しさん:2014/03/13(木) 09:29:09.04 0
スレ主「機械的唯物論」者は
>>1で
「脳は物質だから意識は必然に過ぎない」と言ってるんだから、
「物質しかない」という完全な物質一元論者
人間の自我とか意識とかさえ幻想であると断じている
存在するか否かでいえば物質がまず存在し、その物理化学的作用で
自我とか意識が生じるという立場が唯物論
確かに人間の脳だけに意識があると考えるのは傲慢というもの
高等・下等を問わずすべての動物には意識があり自我がある
しかしそを主張する必要がないから主張しないだけ
人間は単なるおしゃべり好きの動物だということは
四六時中話をやめない関西のおばちゃんを見ればわかる
話の中身なんてどうでもいいのだ ただのおしゃべり中毒なだけ
インテリぶったおっさんも結局は同じ穴の狢
>ゲーム氏
私は無自覚な二元論者ですかね?
どのあたりがそう思うのかご指摘願う。
876 :
考える名無しさん:2014/03/13(木) 11:13:01.18 0
>>875 そもそも「いのち」なんて無いんだよ。
あるのは血液が循環している肉体だけ。
肉体の一部が脳で、そこで自我とか意識という幻想が生じているだけ。
強いて言えば「血液の循環=いのち」呼吸だって人工呼吸器で出来るからね
いのちというと、一回性のイメージがあるなぁ
循環のイメージもある、うーん両方ある
光は物質と言えるの?日光が物質に当たって出来た影は物質じゃないよね?
小学生レベルの質問で申し訳ないけど、本当にどこまでが物質で
どこから物質じゃないのかはっきり考えたことも無かったから、今更考えると疑問だらけだ
879 :
考える名無しさん:2014/03/13(木) 13:09:53.08 0
>>796 物質の起原は、意識と密接に関わっていることは、誰しも疑えない事実でしょう。
その一つの解答が、メルロ=ポンティが主張する意識(精神)と物質の「心身未分化」の
“始元的存在”から論理を進めるのも一つの方法でしょう。
880 :
考える名無しさん:2014/03/13(木) 13:49:15.15 0
>>873 >“いのち”という概念で世界を語りつくすことが出来れば・・・
>いのち(=生命)は、物質の根源にあるものですし、この「生命(いのち)」は、
単に、物体的(物質的)なもののみではなく、根源に於いて、心の意志力、知力とも
関わってくる概念であり、「心身二元論」を克服する重要な概念であると思う。
そもそも命があるという意識があるだけで、命が尽きるってことは物理的にはあり得ないんだよね
肉体も脳もその命が尽きると思われている物理現象に達すると物理的に腐敗が始まるだけで
ただ物理的次元が変化するだけなんだから。
882 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/13(木) 14:30:58.77 0
>>875 いえ、君は「ちがう」といっているでしょう?
“いのち”一元論の樹立をめざす、自覚的な暫定・二元論とみています。
無自覚な二元論の典型は機械さんです。w
黄檗氏は自称・唯物主義だが、モノの外に「論理」を出したり、引っ込めたり。
昔から、たゆたう(迷い多き)ひとです。深く考えているからでしょう。w
>>876 も無自覚な二元論であるようだ。循環器や血液は“モノ”といえるのだろうが、
それらが表現する“循環”という機能はモノではない。それらは、その素材ではなく、
その機能によって存在意味が付与されている。その機能を失えば、肉塊となる。
といって、これも単なる肉塊ではない。それにもまた“属性”があり、それによって
その本質(意味)が規定される。モノは、どこまで遡行してもモノそのものの貌を露わ
にすることはなく、素材と機能(属性)からなる二元的存在なのである。
883 :
考える名無しさん:2014/03/13(木) 14:47:24.16 0
>>878 確かに、光が物質であるかどうかは、「物質」の定義次第で変わりそうだよね。
その例えは、「物質としての光」と、「概念としての光」を混同しているような気がするから、ちょっと違うかもしれないけど。
ただ、このスレでの話は、心、精神、意識とかに対して、物質が影響を及ぼすかどうかっていう話だから、二元論的な対比で「物質とは何か」が説明されるんじゃね?
すごく簡単にいえば、この手の議論は
「ココロとカラダ、にんげんのぜんぶ」ていうけど、学問的にはそうじゃないよ!
「カラダ、にんげんのぜんぶ」なんだよ! だって、ココロは脳みそじゃん。脳みそは物質じゃん。
っていう議論。
だから、ここでは、「物質=魂・霊魂などでないもの」でいいんだと思う。たぶんだけど
884 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/13(木) 15:54:53.83 O
たとえ脳の働きが精神であるとしても
物理現象と主観性の間に、質的な飛躍がある
その飛躍に、唯物論者は着目しようとしない
というか、気づけないのかな
885 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/13(木) 15:55:21.62 0
>>883 学問的には「カラダ=にんげんのぜんぶ」ではないよ。w
カラダを観察すれば、ココロのすべてがわかるの? ご冗談を。
カラダを観察してわかるのは、たとえば循環器とその機能の特徴とか、脳の生理的働き…等々。
ココロの営為、たとえば政治、経済、芸術、哲学… といった“現象”については、どう身体をためつ、
すがめつ眺めても、何もでてこないだろう。これらは“心的現象”であり、それらがカラダを必要とする
のは確かだが、そこには還元できないものが上記の現象には含まれているからだ。
それらに関しては、機械さんの物理学も君のカラダ学も無力なのである。
ココロの営為、
たとえば←ここが飛躍
政治、経済、芸術、哲学
無自覚でやってるならアホ、自覚的なら詭弁
887 :
666:2014/03/13(木) 17:19:25.04 0
>>872 言われていることは感覚的にはわかります。
でも、それがどうしてわかると思えるのかが説明できない、という感じです。
ひっかかる所の一つは、
> 簡単に言えば、神は存在すると言うなら、神について説明なり説教なり、
> その「意味」を明らかにせよ、不可能ならその不可能の根拠を示せ。
あるいは
> 神について語るならその「意義」を示せ。
とありますが、現実に存在すると考えられる人や物に対しても、
この「意味」や「意義」を明らかにできるのだろうか、ということです。
もう一つひっかかる所は、
> 夢と現実の区別は、他の記憶との整合性や
> 感覚の原因となる世界の確かさ、
> 我々と無関係に存在しているという客観性に基づいていると考えますが、
とありますが
>>783で
> 暗黙の条件付きで図鑑に載っているものは現実です。存在します。
と言われています。
図鑑で見た生物を、実際に見て触って確認したわけではないのにそれは現実で、
同じように本で見た神や妖怪は非現実的、と判断する、
その両者の間の「整合性」「確かさ」「客観性」の差は何なのでしょうか。
おそらく上記の「暗黙の条件付き」というのがそれに当たるように思えますが、
それは「暗黙の」という不確かなものなのでしょうか。
そうすると不確かなものに裏打ちされた確かさとは何なのでしょうか。
上記のようなことは感覚的にはわかる気がするんですが、
「意味」とか「確かさ」についてもう少し具体的に考えようとすると、
それらは一体どこから来るのだろうと分からなくなります。
暗黙的なところなのでしょうが、そこが人間の認識の肝のような気がします。
888 :
666:2014/03/13(木) 18:11:29.01 0
>>882 素材と機能(属性)、なんでしょうか。
属性は素材の中にあるように思えますが。
素材によって得られるさまざまな性質のうち、
機能が利用するもの、必要とするものが属性であるように思います。
> モノは、・・・素材と機能からなる二元的存在
ここでいうモノとは生物のことですよね。
無生物に機能があるように見えてもそれは生物が与えたもので、
無生物にあらかじめ機能が内蔵されているわけではありませんから。
そしてこの機能ですが、例にある循環器のように何かの部分としてモノを見たときに
現れてくるものではないでしょうか。
人間を社会の一部とみなせば人間の機能というものも出てくるでしょうが、
人間単体を見て人間の機能と言われてもピンと来ません。
モノを部分として見たときの機能に対応する、モノを全体として見たときの別名があるのではないか、
さらに言うと機能や別名の奥にそれらを与える何かがあるのではないか、
と考えます。
>>873 ゲーム氏、一元とか二元とかにこだわる必要はないのではないですか。
そもそも「物質」という記号の指示対象自体、その内実を一元的に理解する
ことなど到底できません。物質を何か無機的で等質で抽象的な
「単位記号の組み合わせ」に還元したがるのは、「観念論的悪癖w」に過ぎません。
一方の「精神」だって、本当は同じです。意識も無意識も意志も感情もクオリアも
思考もみな精神だとすると、精神とは何だか、よくわかりません。
「物質」も「精神」も、ようは人間が生きる過程で無限に多様で重層的で絶えず変容する
「自然」に対処する便宜に合わせて何とか作り出した(あるいは発生した)道具としての
記号であり概念に過ぎないんですから、それをもって自然の全体を統一的に説明
できなくたって、まあ当たり前なのです。
デカルトは物質の本質を「延長(タテヨコ高さ)」と規定しましたが、
ちょっと考えたって「それに当てはまらないけど何だか物質っぽいもの」は、
いくらも思いつきます。
「エネルギー」「力」「作用」「関係」「構造」「性質」「機能」「情報」「生命」
(機械氏の好きな「物理法則」もw)etc.
こういう「物質っぽいけれども精神っぽくもある概念」を使って何とか
「物質」と「精神」の両領域を一元的整合的に説明できないか、という発想は
よくわかるのですが、無理にそれを試みても、よほど実証的な裏づけがない限り
あまり説得力のない大風呂敷の屁理屈のようなものにしかならないのではないかと思われます。
まあ、哲学というのは(タレス以来)もともとそういうものなのですし、
そういう努力から何か新しい発見・発想が生まれる可能性もあるので、
頭から否定する気はもちろんないのですが。
890 :
「機械的唯物論」者:2014/03/13(木) 21:49:35.15 0
>>884 >たとえ脳の働きが精神であるとしても
>物理現象と主観性の間に、質的な飛躍がある
@脳の働きが精神であるとしても
A物理現象と主観性の間に、質的な飛躍がある
@は「客観的見方」であり、故に「科学的」であり「広く正しい見方」です。
Aは「主観的見方」であり、故に「非科学的」であり「狭く正しくない見方」です。
あなたは、誰でもが経験する「幼児的・自己中心的視点」からいつまでも抜け出せず、
「成人的・客観的視点」を十分に獲得するまでに至っていない…ということだと思いますよ。
891 :
666:2014/03/13(木) 21:52:51.28 0
>>881 生命は、自己を維持しようとする働きを持っているものと言えないでしょうか。
無生物や死んだ物は風化していく自身を放置したままでいますが、
生物は絶えず自身を更新していくことで風化を防いでいる。
しかし絶えず更新している、変化しつづけているならば、今の自分と少し前の自分は
別の存在なはずで、それを同じ自分であると見做しているところに自我があるのかもしれません。
892 :
考える名無しさん:2014/03/13(木) 21:53:46.91 0
数学が存在するから二元論
脳活動が精神を生んでいるだんろうな
自己とか生命とかそういう概念って人間独自の観念で、多分他の動物は生きてるとか
死にそうとかそんな概念も感覚も持たないと思える。
そういった観念を必然的に必要としなくても十分本能の働きで、自然法則としての
一時的な生命エネルギーの保管的な動物の役目は果たせるし。
絶えず自分を更新して風化を防いでいるつもりでも、老化から免れられる人はないし。
ヒトから自我が芽生えたのは、多分脳と身体のギャップによる構造からだしね。
895 :
「機械的唯物論」者:2014/03/13(木) 22:03:13.01 0
>>876 >そもそも「いのち」なんて無いんだよ。
>あるのは血液が循環している肉体だけ。
> 肉体の一部が脳で、そこで自我とか意識という幻想が生じているだけ。
> 強いて言えば「血液の循環=いのち」呼吸だって人工呼吸器で出来るからね
医師の国家資格を持っている人は誰でもそれに同意するでしょうね。
さらに踏み込んで、日本では現在「脳死者からの臓器の取り出し」を法律的に
認めておりますから、「心臓だけは動いていても脳が回復困難」な場合も、いのちは
無い「物」(死体)として取り扱うことになるわけですね。
まあ「死体はただのモノではない」という考えは「次元が違うモンダイ」であり、
一般人は「儀式」として、昔から踏襲されている「葬式」とか「火葬」とか「納骨」
とかの「儀式」を執り行って、「故人を偲ぶ」わけですが、それらの儀式は「死者のため」
に行われるかのような体裁をとりますが、本当は100%「残された人々のため」に
行われるものなのです。
896 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/13(木) 22:20:24.26 O
>>890 アホやなぁ
客観的視点で観察するのは普通に常識なんだよ
それに到達しないヤツなんていない
最初それなんだから
いろんな視点から突き詰める
キミらは、それをしない
もしくは出来ないんだよ
だから指摘してるわけ
897 :
666:2014/03/13(木) 22:27:16.53 0
>>894 > 自己とか生命とかそういう概念って人間独自の観念で、多分他の動物は生きてるとか
> 死にそうとかそんな概念も感覚も持たないと思える。
純粋に持っている持っていないではなく、他の動物はわずかしか持っていない、
人間は多分に持っている、なのかもしれませんよ。
> ヒトから自我が芽生えたのは、多分脳と身体のギャップによる構造からだしね。
ここをもう少し説明していただけますか。
898 :
考える名無しさん:2014/03/13(木) 22:44:35.48 0
俺は中身の話をしたかったんじゃなくて、「そもそも物質とは」みたいなレスがちょこちょこあるけど、ここでは「物質=魂・霊魂などでないもの」でいいんじゃないの?
ってことが883で言いたかったんだが、ちょっと書き方がよくなかったかな。
唯物論じゃない立場も書いておくべきだったわ。
>>883で書いたことの意図は、こういうこと。
そもそも、スレタイにある決定論とは、わかりやすく言えば運命論。
「今あなたがボールを手に持っているとする。手を放すとする。どうなるか」
ということを物理学的に考えれば、「落下する」という答え以外ないだろ?
不思議なことだが、物理学的な考え方をすれば、ある種の「運命」みたいなものを認めざるを得ない、ということになる。
現代の物理学が正しいとすれば、運命論≒決定論が成り立つってことね。
そして
>>1の
>「何を思うか何を意志するか」は、あらかじめ物理・化学法則により
>決定されております。自由(意志)感は文字通り『感じ』にすぎません。
というのは、「心というのは脳によって生じるもの。心と体は同じもの」という一元論と、「脳は『物質』であり、人間の心も『物質』の産物である」とする考えに基づいての、
「我々は自由に思考し、行動していると思っているが、意志が『物質』の産物ならば、それも決定論に従うべきで、実際は自由ではないことになる」という考え方。
ただし、「心と体は別物」とする二元論の主張者からは当然受け入れられないし、「心そのものは『物』ではない。『物』ではない以上、心は物理学や化学では説明しきれない」という反論や、「決定論は正しくない」という反論もある。
決定論や心身問題で議論になる点がそういうところであってるなら、とりあえずは、「物質=魂・霊魂などでないもの」と考えれば、うまくいくんじゃないの?
「物質とは何か」は重要なことではあるけど、それをやるなら別スレでいいんじゃね?
ということが言いたかった。
>>895 脳死を持ちだしたら、どちらかといえばいのちはあるということになるべよ。
人の生死は、規範を発動するための要素となるけど、規範命題それ自体に含まれる
場合もあるんだから、いつ生まれたとすべきか(胎児はいつから殺人の対象になる?)
とか、いつ死んだとすべきか(脳死は死か?)というものは、自然科学的な現象である
事実的な命題からは導出しきれないよ。
900 :
「機械的唯物論」者:2014/03/13(木) 23:04:58.39 0
>>899 >脳死を持ちだしたら、どちらかといえばいのちはあるということになるべよ。
「いのち」など、肉体のどこを探しても「無い」…ようするに「最初から無い」のです。
「肉体という物質」について「生きている状態」と「死んだ状態」の二通りがあるだけの
ことである…ということです。
科学的(医学的)に「いのちというモノ」は最初から「存在しない」という前提がある
からこそ「脳死判定者からの臓器の取り出し」が認められるようになった…ということで、
おっしゃるように、仮に「いのちがある人から臓器を取り出す」…という発想で臓器移植
が認められているとすれば、それは「殺人を認めている」ことになってしまいます。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
>>895 >「心臓だけは動いていても脳が回復困難」な場合も
困難じゃなくて、不可能だろ。
回復の可能性が0.00001%でもあるのに臓器を摘出したら、殺人だろ。
902 :
あまの:2014/03/13(木) 23:10:50.68 0
はは〜ん、やっぱり命などというものは無いな。
いろいろスッキリするな。
903 :
考える名無しさん:2014/03/13(木) 23:12:28.32 0
>>889 >デカルトは物質の本質を「延長(タテ、ヨコ、高さ)」と規定した。
我々の物質の概念は、科学的又、一般的認識として「タテ、ヨコ、高さ」を持った存在を
精神と独立した「物体(物質)」と定義づけている。
空間の認識にしても、タテ、ヨコ、高さ、と言う三次元の拡がり(延長)と時間概念によって
動的な存在領域を、立体的空間として認識している。
そりゃ命という「モノ」はないわ。
あったら最初から問題はないw
905 :
あまの:2014/03/13(木) 23:15:53.37 0
哲学で「〜というもの」と言えばイデア論的実在のことだよ。
906 :
あまの:2014/03/13(木) 23:18:26.20 0
だから、命、命とおのおの勝手に喚いているが、同じ対象を名指さしていないかもしれない。
>>905 そんなこといったら、「物質というモノ」だってないw
手を放した時にボールが落下しない確率はゼロではないぞ
909 :
あまの:2014/03/13(木) 23:21:54.80 0
物質と言うものはもちろん無いよ。
そんなことみんな知ってるんじゃないかなあ?
910 :
「機械的唯物論」者:2014/03/13(木) 23:25:46.20 0
>>901 >回復の可能性が0.00001%でもあるのに
100万分の1ですか?…まあ、それくらいは「ある」かもしれませんね。
世界中合わせても「脳死者からの臓器移植」はせいぜい年間千件あるかないか?
でしょうから、100万件の事例が集められるまで1000年くらいかかることに
なりますね。
「脳死判定作業に入ろう」とした後で意識を取り戻したような例もごく稀に
報告されているようですが、既に脳死判定を行った後で「生き返る可能性が
あったか否か?」を判定することが不可能であることは申し上げるまでもありません。
「脳死判定」については、それによって「助かりようがなかった人が助かる」ことが、
目的ですから…「ごく稀な例外事例の存在」をもって制度自体を否定することは
間違いだと思います。
本日は就寝させて戴きます。
911 :
あまの:2014/03/13(木) 23:26:36.01 0
だからね、生の死の境界とかご都合主義に委ねるしかない。
エー物質ないの?じゃあこの肉体はなに?
913 :
あまの:2014/03/13(木) 23:31:24.00 0
何パーセントで切り捨てるか決めるの社会通念というご都合主義だよね。
>>909 それは、カントの物自体とかそんな話として?
915 :
あまの:2014/03/13(木) 23:34:44.64 0
>>912 物質はあるけど、物質というもの(The matter)なるものはない。
聞くが「物質というもの」って何?
ということは、「命はあるけど、命というものはない」ということか?
>>915 >物質はあるけど、
上記の文における「物質」という単語が指し示すもの
>>913 そんなん言ったら、ご都合主義とかも社会の通念だろうに。
そんなこと言ってるってことは、要するに、変に斜に構えて
問題を(真正面から)とらえようとしてないってだけだろうさ。
919 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/14(金) 00:32:30.60 O
そもそも「命とは何か」が定まってないのに
「命があるのか、ないのか」なんて問いようがないだろ
各人のイメージで妄想を膨らませて
あるとかないとか言ってるだけで
命を私に差し替えてみたらどうだ?
921 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 00:37:40.99 O
体を探しても見当たらないものは、ない
という理屈なら
主観性もないし
クオリアも、感じない
という事になる
922 :
あまの:2014/03/14(金) 00:47:32.83 0
物自体 Thing in itself と
物質自体 Matter in itsellf は似て非なるものだ。
>>917 糞トートロジーとかなめてんのか。
>>918 別にこのスレで真正面から捉えなくてもいいかなと。
>>922 未だに物自体とかカビ臭い話すっからだよタコ
>>919 「命」は物質でないとして
現象ならいいのかな?
925 :
あまの:2014/03/14(金) 00:59:29.22 0
命って物性まで還元できてしまうよねえ〜
926 :
あまの:2014/03/14(金) 01:01:22.31 0
命があるなら非命との境界も見極められるってことだ。
ウィルスってどうなんだろうね。
>>926 命がはっきりと定義できていないから
非命といってもよくわからないだろうな
928 :
あまの:2014/03/14(金) 01:08:46.40 0
ま、一応、物質交代、自己保存と自己複製を行えるシステムのことなんだろうけどね。
929 :
あまの:2014/03/14(金) 01:10:30.64 0
その補助器官として知性が発生する。
931 :
あまの:2014/03/14(金) 01:20:13.59 0
生命とは、物性が、外界との関係性を持ちながら、ある指向性を持って展開していけるシステムかなあ。
はぁ、中学生かよ
933 :
あまの:2014/03/14(金) 01:25:32.86 0
現前する世界は、この物質の自己組織化の末に生じた補助的原理である知性に映じただけのけち臭い観念とも言えるわけだよ。
いのちは構造及びシステムです。
保持している、或いは保持されている系を、いのちがあると比喩します。
いのちそのものがあるのではなく、現象として継続されるもののこと。
自慰行為は余所でひっそりやっとくれ変態
>>882 暫定二元論ですか。
どこらへんに矛盾(二元的要素)があるのでしょうか。
938 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/14(金) 10:23:46.81 0
>>895 脳が「死んで」いても、心臓は「生きている」から、他の生体に移植できるのである。
医者が「いのちの存在」を否定する? ご冗談を。w
彼らは「生」と「死」を分別するのが仕事であり、前者にだけ関心を示す。前者だけに、
商品価値があるからだ。後者に関心を示すのは、坊主か葬儀屋。
生(いのち)がないのなら「死」もまたない。殺人は存在せず、南京のそれも“まぼろし”と
いうことになり、謎は解明される。喜べ、ウィン君。
機械さんもペットを飼っていて死なれた経験はおもちだろう? “生”を喪失した感慨は錯覚
ではなく、事実、いのちを失ったのである。
生(いのち)もまた“物質”に還元できない。人間とは生(いのち)であり、現象、あるいは
事態と呼ぶほうがよく、他のそれと同様、二元的にw構成されている。“身体と精神”である。
(心とか精神という言葉を用いたくないのだが、便宜上)
そのどちらかから一元的に生(身・心)を解き、説明しえたひとはいない。
>>915 英語わからないけど、物質は有るけど、固定したままの「もの」という状態にある
ものはないってことかな・・・
940 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 10:59:25.18 O
>>935 「いのちそのものがあるのではない」のに「いのち一元論」なのか?
>>940 構造として全てを包括出来ると考えているのですよ。
こうした構造は、力(エネルギー)によって構築されている。
942 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 12:29:24.40 0
>>938 >人間とは、生(いのち)であり、二元的(身体と精神)で構成されている。
つまり、人間の生(いのち)は、根源に於いて、身体(物質)と精神(意識)の“融合”
したものとしてあり、その“融合化”した現れが『生(いのち)』ではないでしょうか。
この観点より論理を展開すると、力(エネルギ−)とは、生(いのち)に於ける一つの“現象”
と捉えることが出来る。
究極生物も無生物も物質の過程なのだよ
身体も精神も一秒前と全く同じ現象ではいられないわけで
命があるかないかだけでいえば
生き物として生きてるような気がするかしないかの差しかない
こう考えたら面白い。
石ころや身体やすべての形あるモノは、エネルギーの一時保存系
意図を持たない無機物もあれば、質的に加味されたモノ(有機物的生き物)も
宇宙から地球が分離した時点でその慣性の法則のように資質を受け継いで
個体で一定期間や一定時間、エネルギーの保存容器として存在しているだけ。
Transit and Passage
945 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 13:32:19.30 0
>>938 >>900 >「いのち」など、肉体のどこを探しても「無い」…ようするに「最初から無い」のです。
>「肉体という物質」について「生きている状態」と「死んだ状態」の二通りがあるだけの
> ことである…ということです。
はあえて無視かよw
本気で医学の教科書に「いのち」って記述があると思うのか?
946 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 14:46:31.98 0
命短し 恋せよ 乙女
947 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 15:45:19.43 O
「恋」など、肉体のどこを探しても…
948 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 15:45:49.31 0
判った様な顔して「物質」と表現しているが 「物質とは何か」に安易に
返答できるのは ただの馬鹿だからね
霊魂の概念も奇妙だが 素粒子以下の物質概念も負けず劣らず奇妙なんだから
949 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 15:49:50.46 0
科学に「例外」「特異体」「誤差」がある内は、完璧に科学的な説明は無理でしょうね。
950 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 15:55:57.47 0
言葉もないよ
951 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 15:56:27.40 0
遠い未来 科学がどんなに進歩しても
工場で生命とか心とか知恵を生産することは出来ない
つまり 心や意志をもつコンピューターも造れないと断言する
なぜか判るだろ?
953 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 16:04:08.80 0
コンピュータが意志を持ったら 使えない
コンピュータに悪霊が宿っても 人類は殺られる
954 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 16:06:20.64 0
自身より高い能力があるものを作れたとして、それを支配できるとか
たんなる驕り、無能な奴が考えるのは便利な道具だが、自我があるそれを
いつまでも支配下におけるとか思考が腐っている。
>>951 作れないのではなく、作ってはいけない。
まず自分らが愚かなことを知るべき。
957 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 16:13:11.47 0
>>956 物事を深く・・ 限りなく深く 考えて欲しいんだよ♥
958 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 16:15:29.10 0
私は余り考えない 直感で解る
私は直観を持つ物質だから♥ (笑)
960 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 16:19:49.22 0
宇宙は、空間振動数で仕切られた階層構造。
高振動領域は、低振動領域を透過することができる。
これは、物性物理学的に非常に重要なポイント。
大気プラズマが物質を透過するのも、この原理による現象。
ある種のエネルギー体は、特定の振動数以下になると物質化する。
意識は、エネルギー体の一種で、振動数を下げると意識体(半物質)となる。
霊体は、高振動領域の非物質的エネルギー体である。
肉体は、低振動領域の物質存在振動領域に存在している。
>>961 霊体が肉体に完全に同化して、肉体を操縦している。
肉体と霊体を繋いでいるコードが完全に切れると
肉体の機能は停止して、肉体の死が訪れる。
幽体離脱は、肉体と霊体を繋いでいるコードは繋がっているが、
肉体と霊体が時空を超えて離れている状態。
幽体離脱経験者で、自分の寝顔を見たことがあると言っている者もいる。
死亡宣告から、数時間後に生き返った人の例では、
意識不明の状態で幽体離脱し、その後医学的死により、
医師から死亡宣告されたのを天井付近で見ていた、という証言もある。
ところで
>心や意志をもつコンピューターも造れない
のは何故なんだぜ?
部分的に人間より優れた能力を持つ道具なら既に色々とあるわけだが
心や意志の機能は造れない理由が全く思いつかない
964 :
666:2014/03/14(金) 17:16:41.56 0
一元論とか二元論というのは、
複数のもの(あるいは、ある一つのものについて考えたときに得られる複数の特徴や側面)に対して、
最終的に一つのもので説明できる、とか二つで説明できる、とかいうものではないですよね。
量的には一つのものが自己増殖によって二つになることは可能ですが、
質的な違いをもって一つのものが二つになることはできませんから、
複数のものを表すにはその数だけの、質的な違いを説明する何かがあるはずということになります。
そうすると、この○元論というのは、複数のものの間の質的な違いについて、
本質的な共通点を抽出し、瑣末な違いを捨てて同一視(共通化、抽象化、グルーピング)していく、
その結果として最終的に、
一元論であれば一つの共通点だけが残り、二元論であれば相容れない二つの共通点が残る
ということになるのではないかと思います。
そのように考えたときに、例えば
>>900 において「いのち」など無いと言われていますが、
我々には「いのち」に対する何らかの認識はあります。
それはどのように消えていくのでしょうか。
「いのち」の認識は人間や生物において捨てられるべき瑣末なものなのでしょうか。
あるいは、共通化の過程で別のものに置き換えられ、最終的に「物質」または「物質によるもの」
に共通化されていったのでしょうか。
人間の知性の本質は「強引な推論エンジン」である
理で表せない不確実な世界に於いて、常に何らかの答えや結論を導き出す様に出来ている
その為には捏造や改変、論理の飛躍など平然と行う。否、そうしなければ答えなど出ないのだ
翻って、世界そのものも同様のプロセスを経て常に何らかの結果を「強引に決定している」
我々に提示される世界は決定論的ではあるが、その解釈の強引さにおいて我々は自由である
>>961-962 つまり、脳が、意識を生み出しているわけではない
って言いたいわけ><?
それが、真実とすると、とんでもない卓袱台返しだな
知性の本質は自然の摂理から引っ張り出してくるだけで
すでにピースはそろってんだよね。
問題はそれを知性と理解されるまで組み立てる難しさ。
と当たり前のことしか言えない馬鹿です。
968 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 20:04:19.84 0
>>963 人類が何らかの構造体に心を芽生えさせる方法を
全く思い付かないからだよ
969 :
黄檗:2014/03/14(金) 20:11:34.75 0
思い付きが発明に先立つとは限りませんよ
970 :
黄檗:2014/03/14(金) 20:15:14.67 0
winwin氏の
>>222にはぎょっとして
すこしどきどきしましたが
先細りのままこのスレも終わりそうです
>>966 クローン技術があるんだから、生体ロボット作って
確かめるべきだな。ちょっと問題あるから、極秘で。
もうやってるかも知れんが・・・
972 :
黄檗:2014/03/14(金) 20:17:30.19 0
973 :
黄檗:2014/03/14(金) 20:19:52.71 0
エネルギーという概念は
どうして人の心を捉えるのかしらね
実際のところ交換が成り立つってだけで、実体の無い貨幣経済みたいなもんなんだけどね
世界は全て金の価値に換算出来る、と聞けば低俗で陳腐に思うけど
世界は全てエネルギーで説明出来る、と聞けばおお!と思ってしまう不思議w
975 :
黄檗:2014/03/14(金) 20:26:03.45 0
エネルギーは貨幣に似ている
わたしもそう思います
印象が違うことには
やはり理由があるのでしょうね
976 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/14(金) 20:33:17.05 0
>>945 それは機械氏のレスですね? 酔っているのでしょう、国語的に混乱しています。
いのちが何か、完全には解明されていないが、いのちと呼ばれる現象には容易に出くわすことができる。
その前に機械氏の混乱を指摘すると「いのちなど最初からない」と断言しながら「生きている状態」はある、
とのたまわっている。その「生きている状態」をいのちというのだが。違うのか。音読みすれば、せいめい。w
学術書には“いのち”はめったにでてこないかもしれぬが「生」「生命」ならふんだんに使われている。
外来的な音読みを多用する理由はしっていますね? 昔、漢語。いま、英語。
977 :
黄檗:2014/03/14(金) 20:34:49.97 0
オカルトに乗っかるなら
振動数を下げるのではなく、上げた方が物質になるのだろうな
>>975 レートが安定、つか固定してるから安心出来るんじゃないですかねえ
979 :
黄檗:2014/03/14(金) 20:42:21.22 0
わたしには
>>945はしごくまともな反論に思えます
根拠の無い感想ですが
980 :
黄檗:2014/03/14(金) 20:45:38.11 0
>>978 んー
そうですね
あと、人間が知りうる限りの存在の一切を貫くことができる、のが大きいかしら
981 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2014/03/14(金) 20:46:48.16 0
>>974 物質はいうまでもなく、エネルギーでも説明できないのです。
唯物論というのは不思議な言説である。論述できない対象は「ない」と切って捨てる。
「意識はない」「いのちはない」 手に負えぬものを消去してしまうのが宗教的言説の特徴。
ついでに貨幣も経済も「ない」ことにすれば、いかが?
>>977 氷を例にすると、固体、液体、気体、プラズマと相転移するごとに、
振動数が上がる。
つまり、固体より気体やプラズマの方が、振動数が高い。
983 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/14(金) 21:09:23.65 O
コンピュータと人間の主観性は
全く種類の違う異質なものだと
なぜ理解できない人がいるのだろうか
984 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 21:20:01.54 0
>>983 真面目に人工知能の研究をしている学者も居る
985 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/14(金) 21:27:26.80 O
>>984 それは「学習」とか、「動き」を真似しようとするものであって
本質的な部分では、異質なものにならざるをえない
986 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 21:29:46.88 0
987 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/14(金) 21:32:30.26 O
>>986 ちゃんと読んで
よく考えてから質問しましょう
988 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 21:35:10.10 0
ちゃんと読んでって、何も書いてないだろがw
990 :
黄檗:2014/03/14(金) 21:36:22.65 0
>>982 「ド・ブロイ波」で調べてみて下さい
こちらはオカルトではありませんが
貴方なら多分、気に入ると思いますよ
生体ロボットの脳と、ロボットの脳であるところのコンピューターとの
比較考量論ってとこだな
992 :
哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2014/03/14(金) 21:41:34.43 O
993 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 21:43:39.76 0
(つд⊂)ゴシゴシ (;゚ Д゚)
994 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 21:45:55.96 0
要するに心が物質構造の産物なら
そういう物質構造を作れば心が生れるのかと言う問題
995 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 21:45:52.94 0
>>982 質量と振動数に相関関係があるらしいな
振動数が上がると重量が低下する
997 :
考える名無しさん:2014/03/14(金) 21:47:08.56 0
そだよー。だから人工知能の研究してるんじゃよ。
998 :
黄檗:2014/03/14(金) 21:47:29.08 0
999 :
黄檗:2014/03/14(金) 21:48:45.84 0
オカルトを布教するなら
細部に気を配らないと
信者は集まりませんな
1000 :
せんこ ◆ALDuc1GHMs :2014/03/14(金) 21:49:01.87 0
1000
1001 :
1001:
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。