こんな話がある

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16考える名無しさん
ビッグデータを読むには物語と仮説が必要である
――国家ではなく、産業界がビッグデータにいち早く注目したのは、そこにデータが蓄積されたからなのでしょうか。

松岡 ただ、データの蓄積からだけでは、たいした内容は読めませんね。
    幾つかのストーリーを入れて、どうしたらいいのかということ考えなければならない。つまり、物語もなく、仮説もないようなビッグデータ分析はほとんどダメだということです。

物語と仮説があれば、ビジネスチャンスになる。
ただ、あるアメリカの、日本で一般消費財を大量に売っているメーカーの重役が、グローバルなデータ構造で分析したところ、
日本はどうも結果が違うと言う。例えば、ベルリン、ニューヨーク、アトランタで当てはまるものが、日本では当てはまならない。

なぜかと言えば、ロイヤリティが違うのです。
例えば、日本ではお客さんが「キリンビールある?」と聞いて、「うちはキリンじゃなく、エビスなんですけど」と答えると、「いいや、エビスで」となる。

ところがアメリカでは、「キリンがないならば、いらない。別の店にいく」というように商品に対するロイヤリティが高い。
日本では、そのあたりのデータが非常に曖昧なので、それが膨大に重なると、日本的な市場の中の欲望動向というものをうまく切り出せなくなるんでしょうね。
それで私のところに相談にきた。ビッグデータ分析が不得意なのは非構造データだけではなく、文化的な意味あいの分析でもあるのです。

――なぜ日本ではデータを活かせないのでしょうか。

松岡 それは 情報 というものを分かっていないからでしょうね。
     情報を完全に形式値としての数値化されたデータとして見てしまう。
しかし、
情報というものは、データ であるとともに カプタ なんです。
                 キャプション(説明するための文字情報)をもつデータなんですね。

つまり、情報は読みようによって変わる、

もっと言えば、読みようと置き方によって変わる、
               データをどのロケーションに置いたかで読み方が変わっていく。

ビッグデータは物語と仮説を求めている 松岡正剛 2014年03月
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1402/25/news006.html